10 – 洗礼

これらは全能の神の聖なる言葉です。
私たちは人間の言葉には興味がありません。
神を愛する人なら誰でも...神は次のように言われています。 洗礼.

最も重要な聖句トップ3

イエスは 答 こた えられた、「よくよくあなたに 言 い っておく。だれでも、 水 みず と 霊 れい とから 生 うま れなければ、 神 かみ の 国 くに にはいることはできない。 肉 にく から 生 うま れる 者 もの は 肉 にく であり、 霊 れい から 生 うま れる 者 もの は 霊 れい である。

すると、ペテロが 答 こた えた、「 悔 く い 改 あらた めなさい。そして、あなたがたひとりびとりが 罪 つみ のゆるしを 得 え るために、イエス・キリストの 名 な によって、バプテスマを 受 う けなさい。そうすれば、あなたがたは 聖霊 せいれい の 賜物 たまもの を 受 う けるであろう。

(これを 聞 き いた 民衆 みんしゅう は 皆 みな 、また 取税人 しゅぜいにん たちも、ヨハネのバプテスマを 受 う けて 神 かみ の 正 ただ しいことを 認 みと めた。 しかし、パリサイ 人 びと と 律法 りっぽう 学者 がくしゃ たちとは 彼 かれ からバプテスマを 受 う けないで、 自分 じぶん たちに 対 たい する 神 かみ のみこころを 無 む にした。)

聖書の順序のすべての聖句 - 61 節

地 ち は 形 かたち なく、むなしく、やみが 淵 ふち のおもてにあり、 神 かみ の 霊 れい が 水 みず のおもてをおおっていた。

それゆえ、あなたがたは 心 こころ に 割礼 かつれい をおこない、もはや 強情 ごうじょう であってはならない。

わたしの 不義 ふぎ をことごとく 洗 あら い 去 さ り、わたしの 罪 つみ からわたしを 清 きよ めてください。

ヒソプをもって、わたしを 清 きよ めてください、わたしは 清 きよ くなるでしょう。わたしを 洗 あら ってください、わたしは 雪 ゆき よりも 白 しろ くなるでしょう。

あなたがたは 身 み を 洗 あら って、 清 きよ くなり、わたしの 目 め の 前 まえ からあなたがたの 悪 わる い 行 おこな いを 除 のぞ き、 悪 あく を 行 おこな うことをやめ、

エルサレムよ、あなたの 心 こころ の 悪 あく を 洗 あら い 清 きよ めよ、そうするならば 救 すく われる。 悪 あ しき 思 おも いはいつまであなたのうちにとどまるのか。

わたしは 清 きよ い 水 みず をあなたがたに 注 そそ いで、すべての 汚 けが れから 清 きよ め、またあなたがたを、すべての 偶像 ぐうぞう から 清 きよ める。 わたしは 新 あたら しい 心 こころ をあなたがたに 与 あた え、 新 あたら しい 霊 れい をあなたがたの 内 うち に 授 さづ け、あなたがたの 肉 にく から、 石 いし の 心 こころ を 除 のぞ いて、 肉 にく の 心 こころ を 与 あた える。 わたしはまたわが 霊 れい をあなたがたのうちに 置 お いて、わが 定 さだ めに 歩 あゆ ませ、わがおきてを 守 まも ってこれを 行 おこな わせる。

すると、エルサレムとユダヤ 全土 ぜんど とヨルダン 附近 ふきん 一帯 いったい の 人々 ひとびと が、ぞくぞくとヨハネのところに 出 で てきて、 自分 じぶん の 罪 つみ を 告白 こくはく し、ヨルダン 川 がわ でヨハネからバプテスマを 受 う けた。 ヨハネは、パリサイ 人 びと やサドカイ 人 びと が 大 おお ぜいバプテスマを 受 う けようとしてきたのを 見 み て、 彼 かれ らに 言 い った、「まむしの 子 こ らよ、 迫 せま ってきている 神 かみ の 怒 いか りから、おまえたちはのがれられると、だれが 教 おし えたのか。 だから、 悔改 くいあらた めにふさわしい 実 み を 結 むす べ。

斧 おの がすでに 木 き の 根 ね もとに 置 お かれている。だから、 良 よ い 実 み を 結 むす ばない 木 き はことごとく 切 き られて、 火 ひ の 中 なか に 投 な げ 込 こ まれるのだ。 わたしは 悔改 くいあらた めのために、 水 みず でおまえたちにバプテスマを 授 さづ けている。しかし、わたしのあとから 来 く る 人 ひと はわたしよりも 力 ちから のあるかたで、わたしはそのくつをぬがせてあげる 値 ね うちもない。このかたは、 聖霊 せいれい と 火 ひ とによっておまえたちにバプテスマをお 授 さづ けになるであろう。 また、 箕 み を 手 て に 持 も って、 打 う ち 場 ば の 麦 むぎ をふるい 分 わ け、 麦 むぎ は 倉 くら に 納 おさ め、からは 消 き えない 火 ひ で 焼 や き 捨 す てるであろう」。

そのときイエスは、ガリラヤを 出 で てヨルダン 川 がわ に 現 あらわ れ、ヨハネのところにきて、バプテスマを 受 う けようとされた。 ところがヨハネは、それを 思 おも いとどまらせようとして 言 い った、「わたしこそあなたからバプテスマを 受 う けるはずですのに、あなたがわたしのところにおいでになるのですか」。 しかし、イエスは 答 こた えて 言 い われた、「 今 いま は 受 う けさせてもらいたい。このように、すべての 正 ただ しいことを 成就 じょうじゅ するのは、われわれにふさわしいことである」。そこでヨハネはイエスの 言 い われるとおりにした。 イエスはバプテスマを 受 う けるとすぐ、 水 みず から 上 あ がられた。すると、 見 み よ、 天 てん が 開 ひら け、 神 かみ の 御霊 みたま がはとのように 自分 じぶん の 上 うえ に 下 くだ ってくるのを、ごらんになった。 また 天 てん から 声 こえ があって 言 い った、「これはわたしの 愛 あい する 子 こ 、わたしの 心 こころ にかなう 者 もの である」。

そこでイエスは 彼 かれ らに 言 い われた、「わたしも一つだけ 尋 たず ねよう。あなたがたがそれに 答 こた えてくれたなら、わたしも、 何 なに の 権威 けんい によってこれらの 事 こと をするのか、あなたがたに 言 い おう。 ヨハネのバプテスマはどこからきたのであったか。 天 てん からであったか、 人 ひと からであったか」。すると、 彼 かれ らは 互 たがい に 論 ろん じて 言 い った、「もし 天 てん からだと 言 い えば、では、なぜ 彼 かれ を 信 しん じなかったのか、とイエスは 言 い うだろう。 しかし、もし 人 ひと からだと 言 い えば、 群衆 ぐんしゅう が 恐 おそ ろしい。 人々 ひとびと がみなヨハネを 預言者 よげんしゃ と 思 おも っているのだから」。 そこで 彼 かれ らは、「わたしたちにはわかりません」と 答 こた えた。すると、イエスが 言 い われた、「わたしも 何 なに の 権威 けんい によってこれらの 事 こと をするのか、あなたがたに 言 い うまい。

それゆえに、あなたがたは 行 い って、すべての 国民 こくみん を 弟子 でし として、 父 ちち と 子 こ と 聖霊 せいれい との 名 な によって、 彼 かれ らにバプテスマを 施 ほどこ し、 あなたがたに 命 めい じておいたいっさいのことを 守 まも るように 教 おし えよ。 見 み よ、わたしは 世 よ の 終 おわ りまで、いつもあなたがたと 共 とも にいるのである」。

バプテスマのヨハネが 荒野 あらの に 現 あらわ れて、 罪 つみ のゆるしを 得 え させる 悔改 くいあらた めのバプテスマを 宣 の べ 伝 つた えていた。 そこで、ユダヤ 全土 ぜんど とエルサレムの 全 ぜん 住民 じゅうみん とが、 彼 かれ のもとにぞくぞくと 出 で て 行 い って、 自分 じぶん の 罪 つみ を 告白 こくはく し、ヨルダン 川 がわ でヨハネからバプテスマを 受 う けた。 このヨハネは、らくだの 毛 け ごろもを 身 み にまとい、 腰 こし に 皮 かわ の 帯 おび をしめ、いなごと 野 の 蜜 みつ とを 食物 しょくもつ としていた。 彼 かれ は 宣 の べ 伝 つた えて 言 い った、「わたしよりも 力 ちから のあるかたが、あとからおいでになる。わたしはかがんで、そのくつのひもを 解 と く 値 ね うちもない。 わたしは 水 みず でバプテスマを 授 さづ けたが、このかたは、 聖霊 せいれい によってバプテスマをお 授 さづ けになるであろう」。

そのころ、イエスはガリラヤのナザレから 出 で てきて、ヨルダン 川 がわ で、ヨハネからバプテスマをお 受 う けになった。 そして、 水 みず の 中 なか から 上 あ がられるとすぐ、 天 てん が 裂 さ けて、 聖霊 せいれい がはとのように 自分 じぶん に 下 くだ って 来 く るのを、ごらんになった。 すると 天 てん から 声 こえ があった、「あなたはわたしの 愛 あい する 子 こ 、わたしの 心 こころ にかなう 者 もの である」。

そこで、イエスは 彼 かれ らに 言 い われた、「一つだけ 尋 たず ねよう。それに 答 こた えてほしい。そうしたら、 何 なに の 権威 けんい によって、わたしがこれらの 事 こと をするのか、あなたがたに 言 い おう。 ヨハネのバプテスマは 天 てん からであったか、 人 ひと からであったか、 答 こた えなさい」。 すると、 彼 かれ らは 互 たがい に 論 ろん じて 言 い った、「もし 天 てん からだと 言 い えば、では、なぜ 彼 かれ を 信 しん じなかったのか、とイエスは 言 い うだろう。 しかし、 人 ひと からだと 言 い えば……」。 彼 かれ らは 群衆 ぐんしゅう を 恐 おそ れていた。 人々 ひとびと が 皆 みな 、ヨハネを 預言者 よげんしゃ だとほんとうに 思 おも っていたからである。 それで 彼 かれ らは「わたしたちにはわかりません」と 答 こた えた。するとイエスは 言 い われた、「わたしも 何 なに の 権威 けんい によってこれらの 事 こと をするのか、あなたがたに 言 い うまい」。

そして 彼 かれ らに 言 い われた、「 全 ぜん 世界 せかい に 出 で て 行 い って、すべての 造 つく られたものに 福音 ふくいん を 宣 の べ 伝 つた えよ。 信 しん じてバプテスマを 受 う ける 者 もの は 救 すく われる。しかし、 不 ふ 信仰 しんこう の 者 もの は 罪 つみ に 定 さだ められる。 信 しん じる 者 もの には、このようなしるしが 伴 ともな う。すなわち、 彼 かれ らはわたしの 名 な で 悪霊 あくれい を 追 お い 出 だ し、 新 あたら しい 言葉 ことば を 語 かた り、

彼 かれ はヨルダンのほとりの 全 ぜん 地方 ちほう に 行 い って、 罪 つみ のゆるしを 得 え させる 悔改 くいあらた めのバプテスマを 宣 の べ 伝 つた えた。

さて、ヨハネは、 彼 かれ からバプテスマを 受 う けようとして 出 で てきた 群衆 ぐんしゅう にむかって 言 い った、「まむしの 子 こ らよ、 迫 せま ってきている 神 かみ の 怒 いか りから、のがれられると、おまえたちにだれが 教 おし えたのか。 だから、 悔改 くいあらた めにふさわしい 実 み を 結 むす べ。 自分 じぶん たちの 父 ちち にはアブラハムがあるなどと、 心 こころ の 中 なか で 思 おも ってもみるな。おまえたちに 言 い っておく。 神 かみ はこれらの 石 いし ころからでも、アブラハムの 子 こ を 起 おこ すことができるのだ。 斧 おの がすでに 木 き の 根 ね もとに 置 お かれている。だから、 良 よ い 実 み を 結 むす ばない 木 き はことごとく 切 き られて、 火 ひ の 中 なか に 投 な げ 込 こ まれるのだ」。

取税人 しゅぜいにん もバプテスマを 受 う けにきて、 彼 かれ に 言 い った、「 先生 せんせい 、わたしたちは 何 なに をすればよいのですか」。

そこでヨハネはみんなの 者 もの にむかって 言 い った、「わたしは 水 みず でおまえたちにバプテスマを 授 さづ けるが、わたしよりも 力 ちから のあるかたが、おいでになる。わたしには、そのくつのひもを 解 と く 値 ね うちもない。このかたは、 聖霊 せいれい と 火 ひ とによっておまえたちにバプテスマをお 授 さづ けになるであろう。 また、 箕 み を 手 て に 持 も って、 打 う ち 場 ば の 麦 むぎ をふるい 分 わ け、 麦 むぎ は 倉 くら に 納 おさ め、からは 消 き えない 火 ひ で 焼 や き 捨 す てるであろう」。

さて、 民衆 みんしゅう がみなバプテスマを 受 う けたとき、イエスもバプテスマを 受 う けて 祈 いの っておられると、 天 てん が 開 ひら けて、 聖霊 せいれい がはとのような 姿 すがた をとってイエスの 上 うえ に 下 くだ り、そして 天 てん から 声 こえ がした、「あなたはわたしの 愛 あい する 子 こ 、わたしの 心 こころ にかなう 者 もの である」。

(これを 聞 き いた 民衆 みんしゅう は 皆 みな 、また 取税人 しゅぜいにん たちも、ヨハネのバプテスマを 受 う けて 神 かみ の 正 ただ しいことを 認 みと めた。 しかし、パリサイ 人 びと と 律法 りっぽう 学者 がくしゃ たちとは 彼 かれ からバプテスマを 受 う けないで、 自分 じぶん たちに 対 たい する 神 かみ のみこころを 無 む にした。)

ヨハネはまたあかしをして 言 い った、「わたしは、 御霊 みたま がはとのように 天 てん から 下 くだ って、 彼 かれ の 上 うえ にとどまるのを 見 み た。 わたしはこの 人 ひと を 知 し らなかった。しかし、 水 みず でバプテスマを 授 さづ けるようにと、わたしをおつかわしになったそのかたが、わたしに 言 い われた、『ある 人 ひと の 上 うえ に、 御霊 みたま が 下 くだ ってとどまるのを 見 み たら、その 人 ひと こそは、 御霊 みたま によってバプテスマを 授 さづ けるかたである』。 わたしはそれを 見 み たので、このかたこそ 神 かみ の 子 こ であると、あかしをしたのである」。

イエスは 答 こた えて 言 い われた、「よくよくあなたに 言 い っておく。だれでも 新 あたら しく 生 うま れなければ、 神 かみ の 国 くに を 見 み ることはできない」。 ニコデモは 言 い った、「 人 ひと は 年 とし をとってから 生 うま れることが、どうしてできますか。もう 一度 いちど 、 母 はは の 胎 たい にはいって 生 うま れることができましょうか」。 イエスは 答 こた えられた、「よくよくあなたに 言 い っておく。だれでも、 水 みず と 霊 れい とから 生 うま れなければ、 神 かみ の 国 くに にはいることはできない。 肉 にく から 生 うま れる 者 もの は 肉 にく であり、 霊 れい から 生 うま れる 者 もの は 霊 れい である。 あなたがたは 新 あたら しく 生 うま れなければならないと、わたしが 言 い ったからとて、 不思議 ふしぎ に 思 おも うには 及 およ ばない。

こののち、イエスは 弟子 でし たちとユダヤの 地 ち に 行 い き、 彼 かれ らと 一緒 いっしょ にそこに 滞在 たいざい して、バプテスマを 授 さづ けておられた。 ヨハネもサリムに 近 ちか いアイノンで、バプテスマを 授 さづ けていた。そこには 水 みず がたくさんあったからである。 人々 ひとびと がぞくぞくとやってきてバプテスマを 受 う けていた。

ところが、ヨハネの 弟子 でし たちとひとりのユダヤ 人 じん との 間 あいだ に、きよめのことで 争論 そうろん が 起 おこ った。 そこで 彼 かれ らはヨハネのところにきて 言 い った、「 先生 せんせい 、ごらん 下 くだ さい。ヨルダンの 向 む こうであなたと 一緒 いっしょ にいたことがあり、そして、あなたがあかしをしておられたあのかたが、バプテスマを 授 さづ けており、 皆 みな の 者 もの が、そのかたのところへ 出 で かけています」。 ヨハネは 答 こた えて 言 い った、「 人 ひと は 天 てん から 与 あた えられなければ、 何 なに ものも 受 う けることはできない。

イエスが、ヨハネよりも 多 おお く 弟子 でし をつくり、またバプテスマを 授 さづ けておられるということを、パリサイ 人 びと たちが 聞 き き、それを 主 しゅ が 知 し られたとき、 (しかし、イエスみずからが、バプテスマをお 授 さづ けになったのではなく、その 弟子 でし たちであった) ユダヤを 去 さ って、またガリラヤへ 行 い かれた。

もしあなたがたがわたしを 愛 あい するならば、わたしのいましめを 守 まも るべきである。

そして 食事 しょくじ を 共 とも にしているとき、 彼 かれ らにお 命 めい じになった、「エルサレムから 離 はな れないで、かねてわたしから 聞 き いていた 父 ちち の 約束 やくそく を 待 ま っているがよい。 すなわち、ヨハネは 水 みず でバプテスマを 授 さづ けたが、あなたがたは 間 ま もなく 聖霊 せいれい によって、バプテスマを 授 さづ けられるであろう」。

五旬節 ごじゅんせつ の 日 ひ がきて、みんなの 者 もの が 一緒 いっしょ に 集 あつ まっていると、 突然 とつぜん 、 激 はげ しい 風 かぜ が 吹 ふ いてきたような 音 おと が 天 てん から 起 おこ ってきて、 一同 いちどう がすわっていた 家 いえ いっぱいに 響 ひび きわたった。 また、 舌 した のようなものが、 炎 ほのお のように 分 わか れて 現 あらわ れ、ひとりびとりの 上 うえ にとどまった。 すると、 一同 いちどう は 聖霊 せいれい に 満 み たされ、 御霊 みたま が 語 かた らせるままに、いろいろの 他国 たこく の 言葉 ことば で 語 かた り 出 だ した。

すると、ペテロが 答 こた えた、「 悔 く い 改 あらた めなさい。そして、あなたがたひとりびとりが 罪 つみ のゆるしを 得 え るために、イエス・キリストの 名 な によって、バプテスマを 受 う けなさい。そうすれば、あなたがたは 聖霊 せいれい の 賜物 たまもの を 受 う けるであろう。

そこで、 彼 かれ の 勧 すす めの 言葉 ことば を 受 う けいれた 者 もの たちは、バプテスマを 受 う けたが、その 日 ひ 、 仲間 なかま に 加 くわ わったものが三千 人 にん ほどあった。 そして 一同 いちどう はひたすら、 使徒 しと たちの 教 おしえ を 守 まも り、 信徒 しんと の 交 まじ わりをなし、 共 とも にパンをさき、 祈 いのり をしていた。 みんなの 者 もの におそれの 念 ねん が 生 しょう じ、 多 おお くの 奇跡 きせき としるしとが、 使徒 しと たちによって、 次々 つぎつぎ に 行 おこな われた。

ところが、ピリポが 神 かみ の 国 くに とイエス・キリストの 名 な について 宣 の べ 伝 つた えるに 及 およ んで、 男 おとこ も 女 おんな も 信 しん じて、ぞくぞくとバプテスマを 受 う けた。 シモン 自身 じしん も 信 しん じて、バプテスマを 受 う け、それから、 引 ひ きつづきピリポについて 行 い った。そして、 数々 かずかず のしるしやめざましい 奇跡 きせき が 行 おこな われるのを 見 み て、 驚 おどろ いていた。

エルサレムにいる 使徒 しと たちは、サマリヤの 人々 ひとびと が、 神 かみ の 言 ことば を 受 う け 入 い れたと 聞 き いて、ペテロとヨハネとを、そこにつかわした。 ふたりはサマリヤに 下 くだ って 行 い って、みんなが 聖霊 せいれい を 受 う けるようにと、 彼 かれ らのために 祈 いの った。 それは、 彼 かれ らはただ 主 しゅ イエスの 名 な によってバプテスマを 受 う けていただけで、 聖霊 せいれい はまだだれにも 下 くだ っていなかったからである。 そこで、ふたりが 手 て を 彼 かれ らの 上 うえ においたところ、 彼 かれ らは 聖霊 せいれい を 受 う けた。

道 みち を 進 すす んで 行 い くうちに、 水 みず のある 所 ところ にきたので、 宦官 かんがん が 言 い った、「ここに 水 みず があります。わたしがバプテスマを 受 う けるのに、なんのさしつかえがありますか」。〔 これに 対 たい して、ピリポは、「あなたがまごころから 信 しん じるなら、 受 う けてさしつかえはありません」と 言 い った。すると、 彼 かれ は「わたしは、イエス・キリストを 神 かみ の 子 こ と 信 しん じます」と 答 こた えた。〕 そこで 車 くるま をとめさせ、ピリポと 宦官 かんがん と、ふたりとも、 水 みず の 中 なか に 降 お りて 行 い き、ピリポが 宦官 かんがん にバプテスマを 授 さづ けた。 ふたりが 水 みず から 上 あ がると、 主 しゅ の 霊 れい がピリポをさらって 行 い ったので、 宦官 かんがん はもう 彼 かれ を 見 み ることができなかった。 宦官 かんがん はよろこびながら 旅 たび をつづけた。 その 後 のち 、ピリポはアゾトに 姿 すがた をあらわして、 町々 まちまち をめぐり 歩 ある き、いたるところで 福音 ふくいん を 宣 の べ 伝 つた えて、ついにカイザリヤに 着 つ いた。

するとたちどころに、サウロの 目 め から、うろこのようなものが 落 お ちて、 元 もと どおり 見 み えるようになった。そこで 彼 かれ は 立 た ってバプテスマを 受 う け、

「この 人 ひと たちがわたしたちと 同 おな じように 聖霊 せいれい を 受 う けたからには、 彼 かれ らに 水 みず でバプテスマを 授 さづ けるのを、だれがこばみ 得 え ようか」。 こう 言 い って、ペテロはその 人々 ひとびと に 命 めい じて、イエス・キリストの 名 な によってバプテスマを 受 う けさせた。それから、 彼 かれ らはペテロに 願 ねが って、なお 数日 すうじつ のあいだ 滞在 たいざい してもらった。

その 時 とき わたしは、 主 しゅ が『ヨハネは 水 みず でバプテスマを 授 さづ けたが、あなたがたは 聖霊 せいれい によってバプテスマを 受 う けるであろう』と 仰 おお せになった 言葉 ことば を 思 おも い 出 だ した。 このように、わたしたちが 主 しゅ イエス・キリストを 信 しん じた 時 とき に 下 くだ さったのと 同 おな じ 賜物 たまもの を、 神 かみ が 彼 かれ らにもお 与 あた えになったとすれば、わたしのような 者 もの が、どうして 神 かみ を 妨 さまた げることができようか」。 人々 ひとびと はこれを 聞 き いて 黙 だま ってしまった。それから 神 かみ をさんびして、「それでは 神 かみ は、 異邦人 いほうじん にも 命 いのち にいたる 悔改 くいあらた めをお 与 あた えになったのだ」と 言 い った。

神 かみ は 約束 やくそく にしたがって、このダビデの 子孫 しそん の 中 なか から 救主 すくいぬし イエスをイスラエルに 送 おく られたが、 そのこられる 前 まえ に、ヨハネがイスラエルのすべての 民 たみ に 悔改 くいあらた めのバプテスマを、あらかじめ 宣 の べ 伝 つた えていた。

ところが、テアテラ 市 し の 紫 むらさき 布 ぬの の 商人 しょうにん で、 神 かみ を 敬 うやま うルデヤという 婦人 ふじん が 聞 き いていた。 主 しゅ は 彼女 かのじょ の 心 こころ を 開 ひら いて、パウロの 語 かた ることに 耳 みみ を 傾 かたむ けさせた。 そして、この 婦人 ふじん もその 家族 かぞく も、 共 とも にバプテスマを 受 う けたが、その 時 とき 、 彼女 かのじょ は「もし、わたしを 主 しゅ を 信 しん じる 者 もの とお 思 おも いでしたら、どうぞ、わたしの 家 いえ にきて 泊 と まって 下 くだ さい」と 懇望 こんもう し、しいてわたしたちをつれて 行 い った。

ふたりが 言 い った、「 主 しゅ イエスを 信 しん じなさい。そうしたら、あなたもあなたの 家族 かぞく も 救 すく われます」。 それから、 彼 かれ とその 家族 かぞく 一同 いちどう とに、 神 かみ の 言 ことば を 語 かた って 聞 き かせた。 彼 かれ は 真夜中 まよなか にもかかわらず、ふたりを 引 ひ き 取 と って、その 打 う ち 傷 きず を 洗 あら ってやった。そして、その 場 ば で 自分 じぶん も 家族 かぞく も、ひとり 残 のこ らずバプテスマを 受 う け、

会堂司 かいどうづかさ クリスポは、その 家族 かぞく 一同 いちどう と 共 とも に 主 しゅ を 信 しん じた。また 多 おお くのコリント 人 びと も、パウロの 話 はなし を 聞 き いて 信 しん じ、ぞくぞくとバプテスマを 受 う けた。

彼 かれ らに「あなたがたは、 信仰 しんこう にはいった 時 とき に、 聖霊 せいれい を 受 う けたのか」と 尋 たず ねたところ、「いいえ、 聖霊 せいれい なるものがあることさえ、 聞 き いたことがありません」と 答 こた えた。 「では、だれの 名 な によってバプテスマを 受 う けたのか」と 彼 かれ がきくと、 彼 かれ らは「ヨハネの 名 な によるバプテスマを 受 う けました」と 答 こた えた。 そこで、パウロが 言 い った、「ヨハネは 悔改 くいあらた めのバプテスマを 授 さづ けたが、それによって、 自分 じぶん のあとに 来 く るかた、すなわち、イエスを 信 しん じるように、 人々 ひとびと に 勧 すす めたのである」。 人々 ひとびと はこれを 聞 き いて、 主 しゅ イエスの 名 な によるバプテスマを 受 う けた。 そして、パウロが 彼 かれ らの 上 うえ に 手 て をおくと、 聖霊 せいれい が 彼 かれ らにくだり、それから 彼 かれ らは 異言 いげん を 語 かた ったり、 預言 よげん をしたりし 出 だ した。

そこで 今 いま 、なんのためらうことがあろうか。すぐ 立 た って、み 名 な をとなえてバプテスマを 受 う け、あなたの 罪 つみ を 洗 あら い 落 おと しなさい』。

それとも、あなたがたは 知 し らないのか。キリスト・イエスにあずかるバプテスマを 受 う けたわたしたちは、 彼 かれ の 死 し にあずかるバプテスマを 受 う けたのである。 すなわち、わたしたちは、その 死 し にあずかるバプテスマによって、 彼 かれ と 共 とも に 葬 ほうむ られたのである。それは、キリストが 父 ちち の 栄光 えいこう によって、 死人 しにん の 中 なか からよみがえらされたように、わたしたちもまた、 新 あたら しいいのちに 生 い きるためである。 もしわたしたちが、 彼 かれ に 結 むす びついてその 死 し の 様 さま にひとしくなるなら、さらに、 彼 かれ の 復活 ふっかつ の 様 さま にもひとしくなるであろう。 わたしたちは、この 事 こと を 知 し っている。わたしたちの 内 うち の 古 ふる き 人 ひと はキリストと 共 とも に 十字架 じゅうじか につけられた。それは、この 罪 つみ のからだが 滅 ほろ び、わたしたちがもはや、 罪 つみ の 奴隷 どれい となることがないためである。 それは、すでに 死 し んだ 者 もの は、 罪 つみ から 解放 かいほう されているからである。 もしわたしたちが、キリストと 共 とも に 死 し んだなら、また 彼 かれ と 共 とも に 生 い きることを 信 しん じる。

このように、あなたがた 自身 じしん も、 罪 つみ に 対 たい して 死 し んだ 者 もの であり、キリスト・イエスにあって 神 かみ に 生 い きている 者 もの であることを、 認 みと むべきである。

もし、キリストがあなたがたの 内 うち におられるなら、からだは 罪 つみ のゆえに 死 し んでいても、 霊 れい は 義 ぎ のゆえに 生 い きているのである。

あなたがたの 中 なか には、 以前 いぜん はそんな 人 ひと もいた。しかし、あなたがたは、 主 しゅ イエス・キリストの 名 な によって、またわたしたちの 神 かみ の 霊 れい によって、 洗 あら われ、きよめられ、 義 ぎ とされたのである。

なぜなら、わたしたちは 皆 みな 、ユダヤ 人 じん もギリシヤ 人 じん も、 奴隷 どれい も 自由人 じゆうじん も、一つの 御霊 みたま によって、一つのからだとなるようにバプテスマを 受 う け、そして 皆 みな 一つの 御霊 みたま を 飲 の んだからである。

だれでもキリストにあるならば、その 人 ひと は 新 あたら しく 造 つく られた 者 もの である。 古 ふる いものは 過 す ぎ 去 さ った、 見 み よ、すべてが 新 あたら しくなったのである。

あなたがたはみな、キリスト・イエスにある 信仰 しんこう によって、 神 かみ の 子 こ なのである。 キリストに 合 あ うバプテスマを 受 う けたあなたがたは、 皆 みな キリストを 着 き たのである。

さてあなたがたは、 先 さき には 自分 じぶん の 罪過 ざいか と 罪 つみ とによって 死 し んでいた 者 もの であって、

罪過 ざいか によって 死 し んでいたわたしたちを、キリストと 共 とも に 生 い かし――あなたがたの 救 すく われたのは、 恵 めぐ みによるのである―― キリスト・イエスにあって、 共 とも によみがえらせ、 共 とも に 天上 てんじょう で 座 ざ につかせて 下 くだ さったのである。

からだは一つ、 御霊 みたま も一つである。あなたがたが 召 め されたのは、一つの 望 のぞ みを 目 め ざして 召 め されたのと 同様 どうよう である。 主 しゅ は一つ、 信仰 しんこう は一つ、バプテスマは一つ。

キリストがそうなさったのは、 水 みず で 洗 あら うことにより、 言葉 ことば によって、 教会 きょうかい をきよめて 聖 せい なるものとするためであり、 また、しみも、しわも、そのたぐいのものがいっさいなく、 清 きよ くて 傷 きず のない 栄光 えいこう の 姿 すがた の 教会 きょうかい を、ご 自分 じぶん に 迎 むか えるためである。

あなたがたはまた、 彼 かれ にあって、 手 て によらない 割礼 かつれい 、すなわち、キリストの 割礼 かつれい を 受 う けて、 肉 にく のからだを 脱 ぬ ぎ 捨 す てたのである。 あなたがたはバプテスマを 受 う けて 彼 かれ と 共 とも に 葬 ほうむ られ、 同時 どうじ に、 彼 かれ を 死人 しにん の 中 なか からよみがえらせた 神 かみ の 力 ちから を 信 しん じる 信仰 しんこう によって、 彼 かれ と 共 とも によみがえらされたのである。

そういうわけだから、わたしたちは、キリストの 教 おしえ の 初歩 しょほ をあとにして、 完成 かんせい を 目 め ざして 進 すすむ もうではないか。 今 いま さら、 死 し んだ 行 おこな いの 悔改 くいあらた めと 神 かみ への 信仰 しんこう 、 洗 あら いごとについての 教 おしえ と 按手 あんしゅ 、 死人 しにん の 復活 ふっかつ と 永遠 えいえん のさばき、などの 基本 きほん の 教 おしえ をくりかえし 学 まな ぶことをやめようではないか。 神 かみ の 許 ゆる しを 得 え て、そうすることにしよう。

兄弟 きょうだい たちよ。こういうわけで、わたしたちはイエスの 血 ち によって、はばかることなく 聖所 せいじょ にはいることができ、 彼 かれ の 肉体 にくたい なる 幕 まく をとおり、わたしたちのために 開 ひら いて 下 くだ さった 新 あたら しい 生 い きた 道 みち をとおって、はいって 行 ゆ くことができるのであり、 さらに、 神 かみ の 家 いえ を 治 おさ める 大 おお いなる 祭司 さいし があるのだから、 心 こころ はすすがれて 良心 りょうしん のとがめを 去 さ り、からだは 清 きよ い 水 みず で 洗 あら われ、まごころをもって 信仰 しんこう の 確信 かくしん に 満 み たされつつ、みまえに 近 ちか づこうではないか。

あなたがたは、 真理 しんり に 従 したが うことによって、たましいをきよめ、 偽 いつわ りのない 兄弟 きょうだい 愛 あい をいだくに 至 いた ったのであるから、 互 たがい に 心 こころ から 熱 あつ く 愛 あい し 合 あ いなさい。 あなたがたが 新 あら たに 生 うま れたのは、 朽 く ちる 種 たね からではなく、 朽 く ちない 種 たね から、すなわち、 神 かみ の 変 かわ ることのない 生 い ける 御言 みことば によったのである。

この 水 みず はバプテスマを 象徴 しょうちょう するものであって、 今 いま やあなたがたをも 救 すく うのである。それは、イエス・キリストの 復活 ふっかつ によるのであって、からだの 汚 けが れを 除 のぞ くことではなく、 明 あき らかな 良心 りょうしん を 神 かみ に 願 ねが い 求 もと めることである。

いのちの 木 き にあずかる 特権 とっけん を 与 あた えられ、また 門 もん をとおって 都 みやこ にはいるために、 自分 じぶん の 着物 きもの を 洗 あら う 者 もの たちは、さいわいである。

Japanese - 日本語 - JA

KOG1955 - Kougoyaku Senji Kuroi Colloquial - 1955

This Bible is in the Public Domain.
https://www.biblesupersearch.com/bible-downloads/
Languages are made available to you by www.ipedge.net