09 – 懺悔
これらは全能の神の聖なる言葉です。
私たちは人間の言葉には興味がありません。
神を愛する人なら誰でも...神は次のように言われています。 懺悔.
これらは全能の神の聖なる言葉です。
私たちは人間の言葉には興味がありません。
神を愛する人なら誰でも...神は次のように言われています。 懺悔.
あなたがたに 言 い うが、そうではない。あなたがたも 悔 く い 改 あらた めなければ、みな 同 おな じように 滅 ほろ びるであろう」。
”もし、あなたの 片手 かたて が 罪 つみ を 犯 おか させるなら、それを 切 き り 捨 す てなさい。 両手 りょうて がそろったままで 地獄 じごく の 消 き えない 火 ひ の 中 なか に 落 お ち 込 こ むよりは、かたわになって 命 いのち に 入 はい る 方 ほう がよい。〔 地獄 じごく では、うじがつきず、 火 ひ も 消 き えることがない。〕
”ある 人々 ひとびと がおそいと 思 おも っているように、 主 しゅ は 約束 やくそく の 実行 じっこう をおそくしておられるのではない。ただ、ひとりも 滅 ほろ びることがなく、すべての 者 もの が 悔改 くいあらた めに 至 いた ることを 望 のぞ み、あなたがたに 対 たい してながく 忍耐 にんたい しておられるのである。
”主 しゅ なる 神 かみ はその 人 ひと に 命 めい じて 言 い われた、「あなたは 園 その のどの 木 き からでも 心 こころ のままに 取 と って 食 た べてよろしい。 しかし 善悪 ぜんあく を 知 し る 木 き からは 取 と って 食 た べてはならない。それを 取 と って 食 た べると、きっと 死 し ぬであろう」。
”アブラムの九十九 歳 さい の 時 とき 、 主 しゅ はアブラムに 現 あらわ れて 言 い われた、「わたしは 全能 ぜんのう の 神 かみ である。あなたはわたしの 前 まえ に 歩 あゆ み、 全 まった き 者 もの であれ。
”モーセは 民 たみ に 言 い った、「 恐 おそ れてはならない。 神 かみ はあなたがたを 試 こころ みるため、またその 恐 おそ れをあなたがたの 目 め の 前 まえ において、あなたがたが 罪 つみ を 犯 おか さないようにするために 臨 のぞ まれたのである」。
”モーセは 宿営 しゅくえい の 門 もん に 立 た って 言 い った、「すべて 主 しゅ につく 者 もの はわたしのもとにきなさい」。レビの 子 こ たちはみな 彼 かれ のもとに 集 あつ まった。
”彼 かれ はその 燔祭 はんさい の 獣 けもの の 頭 あたま に 手 て を 置 お かなければならない。そうすれば 受 う け 入 い れられて、 彼 かれ のためにあがないとなるであろう。
”もしこれらの一つについて、とがを 得 え たときは、その 罪 つみ を 犯 おか したことを 告白 こくはく し、
”こうして、 祭司 さいし が 主 しゅ の 前 まえ で 彼 かれ のためにあがないをするならば、 彼 かれ はそのいずれを 行 おこな ってとがを 得 え てもゆるされるであろう」。
”イスラエルの 人々 ひとびと の 汚 けが れと、そのとが、すなわち、 彼 かれ らのもろもろの 罪 つみ のゆえに、 聖所 せいじょ のためにあがないをしなければならない。また 彼 かれ らの 汚 けが れのうちに、 彼 かれ らと 共 とも にある 会見 かいけん の 幕屋 まくや のためにも、そのようにしなければならない。
”この 日 ひ にあなたがたのため、あなたがたを 清 きよ めるために、あがないがなされ、あなたがたは 主 しゅ の 前 まえ に、もろもろの 罪 つみ が 清 きよ められるからである。
”肉 にく の 命 いのち は 血 ち にあるからである。あなたがたの 魂 たましい のために 祭壇 さいだん の 上 うえ で、あがないをするため、わたしはこれをあなたがたに 与 あた えた。 血 ち は 命 いのち であるゆえに、あがなうことができるからである。
”ゆえにあなたがたは、みずからを 聖別 せいべつ し、 聖 せい なる 者 もの とならなければならない。わたしはあなたがたの 神 かみ 、 主 しゅ である。
”その 日 ひ には、どのような 仕事 しごと もしてはならない。これはあなたがたのために、あなたがたの 神 かみ 、 主 しゅ の 前 まえ にあがないをなすべき 贖罪 しょくざい の 日 ひ だからである。 すべてその 日 ひ に 身 み を 悩 なや まさない 者 もの は、 民 たみ のうちから 断 た たれるであろう。
”しかし、 彼 かれ らがもし、 自分 じぶん の 罪 つみ と、 先祖 せんぞ たちの 罪 つみ 、すなわち、わたしに 反逆 はんぎゃく し、またわたしに 逆 さか らって 歩 あゆ んだことを 告白 こくはく するならば、
”「イスラエルの 人々 ひとびと に 告 つ げなさい、『 男 おとこ または 女 おんな が、もし 人 ひと の 犯 おか す 罪 つみ をおかして、 主 しゅ に 罪 つみ を 得 え 、その 人 ひと がとがある 者 もの となる 時 とき は、
”民 たみ はモーセのもとに 行 い って 言 い った、「わたしたちは 主 しゅ にむかい、またあなたにむかい、つぶやいて 罪 つみ を 犯 おか しました。どうぞへびをわたしたちから 取 と り 去 さ られるように 主 しゅ に 祈 いの ってください」。モーセは 民 たみ のために 祈 いの った。
”しかし、その 所 ところ からあなたの 神 かみ 、 主 しゅ を 求 もと め、もし 心 こころ をつくし、 精神 せいしん をつくして、 主 しゅ を 求 もと めるならば、あなたは 主 しゅ に 会 あ うであろう。 後 のち の 日 ひ になって、あなたがなやみにあい、これらのすべての 事 こと が、あなたに 臨 のぞ むとき、もしあなたの 神 かみ 、 主 しゅ に 立 た ち 帰 かえ ってその 声 こえ に 聞 き きしたがうならば、 あなたの 神 かみ 、 主 しゅ はいつくしみの 深 ふか い 神 かみ であるから、あなたを 捨 す てず、あなたを 滅 ほろ ぼさず、またあなたの 先祖 せんぞ に 誓 ちか った 契約 けいやく を 忘 わす れられないであろう。
”それゆえ、あなたがたの 神 かみ 、 主 しゅ が 命 めい じられたとおりに、 慎 つつし んで 行 おこな わなければならない。そして 左 ひだり にも 右 みぎ にも 曲 まが ってはならない。
”あなたは 心 こころ をつくし、 精神 せいしん をつくし、 力 ちから をつくして、あなたの 神 かみ 、 主 しゅ を 愛 あい さなければならない。 きょう、わたしがあなたに 命 めい じるこれらの 言葉 ことば をあなたの 心 こころ に 留 と め、 努 つと めてこれをあなたの 子 こ らに 教 おし え、あなたが 家 いえ に 座 ざ している 時 とき も、 道 みち を 歩 ある く 時 とき も、 寝 ね る 時 とき も、 起 お きる 時 とき も、これについて 語 かた らなければならない。 またあなたはこれをあなたの 手 て につけてしるしとし、あなたの 目 め の 間 あいだ に 置 お いて 覚 おぼ えとし、 またあなたの 家 いえ の 入口 いりぐち の 柱 はしら と、あなたの 門 もん とに 書 か きしるさなければならない。
”あなたの 神 かみ 、 主 しゅ を 恐 おそ れてこれに 仕 つか え、その 名 な をさして 誓 ちか わなければならない。
”それは 彼 かれ らがあなたのむすこを 惑 まど わしてわたしに 従 したが わせず、ほかの 神々 かみがみ に 仕 つか えさせ、そのため 主 しゅ はあなたがたにむかって 怒 いか りを 発 はっ し、すみやかにあなたがたを 滅 ほろ ぼされることとなるからである。 むしろ、あなたがたはこのように 彼 かれ らに 行 おこな わなければならない。すなわち 彼 かれ らの 祭壇 さいだん をこぼち、その 石 いし の 柱 はしら を 撃 う ち 砕 くだ き、そのアシラ 像 ぞう を 切 き り 倒 たお し、その 刻 きざ んだ 像 ぞう を 火 ひ で 焼 や かなければならない。 あなたはあなたの 神 かみ 、 主 しゅ の 聖 せい なる 民 たみ である。あなたの 神 かみ 、 主 しゅ は 地 ち のおもてのすべての 民 たみ のうちからあなたを 選 えら んで、 自分 じぶん の 宝 たから の 民 たみ とされた。
”あなたの 神 かみ 、 主 しゅ の 前 まえ にあなたは 全 まった き 者 もの でなければならない。
”そしてあなたの 神 かみ 、 主 しゅ はあなたの 心 こころ とあなたの 子孫 しそん の 心 こころ に 割礼 かつれい を 施 ほどこ し、あなたをして、 心 こころ をつくし、 精神 せいしん をつくしてあなたの 神 かみ 、 主 しゅ を 愛 あい させ、こうしてあなたに 命 いのち を 得 え させられるであろう。
”イスラエルの 人々 ひとびと は 主 しゅ に 言 い った、「わたしたちは 罪 つみ を 犯 おか しました。なんでもあなたが 良 よ いと 思 おも われることをしてください。ただどうぞ、きょう、わたしたちを 救 すく ってください」。
”わたしは 主 しゅ の 前 まえ に 欠 か けた 所 ところ なく、 自 みずか らを 守 まも って 罪 つみ を 犯 おか さなかった。
”しかしダビデは 民 たみ を 数 かぞ えた 後 のち 、 心 こころ に 責 せ められた。そこでダビデは 主 しゅ に 言 い った、「わたしはこれをおこなって 大 おお きな 罪 つみ を 犯 おか しました。しかし 主 しゅ よ、 今 いま どうぞしもべの 罪 つみ を 取 と り 去 さ ってください。わたしはひじょうに 愚 おろ かなことをいたしました」。
”言 い った、「イスラエルの 神 かみ 、 主 しゅ よ、 上 うえ の 天 てん にも、 下 した の 地 ち にも、あなたのような 神 かみ はありません。あなたは 契約 けいやく を 守 まも られ、 心 こころ をつくしてあなたの 前 まえ に 歩 あゆ むあなたのしもべらに、いつくしみを 施 ほどこ し、
”もし、だれでも、あなたの 民 たみ イスラエルがみな、おのおのその 心 こころ の 悩 なや みを 知 し って、この 宮 みや に 向 む かい、 手 て を 伸 の べるならば、どんな 祈 いのり 、どんな 願 ねが いでも、 あなたは、あなたのすみかである 天 てん で 聞 き いてゆるし、かつ 行 おこな い、おのおのの 人 ひと に、その 心 こころ を 知 し っておられるゆえ、そのすべての 道 みち にしたがって 報 むく いてください。ただ、あなただけ、すべての 人 ひと の 心 こころ を 知 し っておられるからです。
”全 ぜん 地 ち よ、 主 しゅ に 向 む かって 歌 うた え。 日 ひ ごとにその 救 すくい を 宣 の べ 伝 つた えよ。
”わが 子 こ ソロモンよ、あなたの 父 ちち の 神 かみ を 知 し り、 全 まった き 心 こころ をもって 喜 よろこ び 勇 いさ んで 彼 かれ に 仕 つか えなさい。 主 しゅ はすべての 心 こころ を 探 さぐ り、すべての 思 おも いを 悟 さと られるからである。あなたがもし 彼 かれ を 求 もと めるならば 会 あ うことができる。しかしあなたがもしかれを 捨 す てるならば 彼 かれ は 長 なが くあなたを 捨 す てられるであろう。
”彼 かれ らがあなたに 対 たい して 罪 つみ を 犯 おか すことがあって、―― 罪 つみ を 犯 おか さない 人 ひと はないゆえ、――あなたが 彼 かれ らを 怒 いか って、 敵 てき にわたし、 敵 てき が 彼 かれ らを 捕虜 ほりょ として 遠 とお い 地 ち あるいは 近 ちか い 地 ち に 引 ひ いて 行 い くとき、 もし、 彼 かれ らが 捕 とら われて 行 い った 地 ち で、みずから 省 かえり みて 悔 く い、その 捕 とら われの 地 ち であなたに 願 ねが い、『われわれは 罪 つみ を 犯 おか し、よこしまな 事 こと をし、 悪 あく を 行 おこな いました』と 言 い い、 その 捕 とら われの 地 ち で 心 こころ をつくし、 精神 せいしん をつくしてあなたに 立 た ち 返 かえ り、あなたが 彼 かれ らの 先祖 せんぞ に 与 あた えられた 地 ち 、あなたが 選 えら ばれた 町 まち 、わたしがあなたの 名 な のために 建 た てたこの 宮 みや に 向 む かって 祈 いの るならば、 あなたのすみかである 天 てん から、 彼 かれ らの 祈 いのり と 願 ねが いとを 聞 き いて 彼 かれ らを 助 たす け、あなたに 向 む かって 罪 つみ を 犯 おか したあなたの 民 たみ をおゆるしください。
”時 とき に 主 しゅ は 夜 よる ソロモンに 現 あらわ れて 言 い われた、「わたしはあなたの 祈 いのり を 聞 き き、この 所 ところ をわたしのために 選 えら んで、 犠牲 ぎせい をささげる 家 いえ とした。 わたしが 天 てん を 閉 と じて 雨 あめ をなくし、またはわたしがいなごに 命 めい じて 地 ち の 物 もの を 食 く わせ、または 疫病 えきびょう を 民 たみ の 中 なか に 送 おく るとき、 わたしの 名 な をもってとなえられるわたしの 民 たみ が、もしへりくだり、 祈 いの って、わたしの 顔 かお を 求 もと め、その 悪 わる い 道 みち を 離 はな れるならば、わたしは 天 てん から 聞 き いて、その 罪 つみ をゆるし、その 地 ち をいやす。 今 いま この 所 ところ にささげられる 祈 いのり にわたしの 目 め を 開 ひら き、 耳 みみ を 傾 かたむ ける。
”そして 彼 かれ らは 契約 けいやく を 結 むす び、 心 こころ をつくし、 精神 せいしん をつくして 先祖 せんぞ の 神 かみ 、 主 しゅ を 求 もと めることと、
”わたしはこの 事 こと を 聞 き いた 時 とき 、 着物 きもの と 上着 うわぎ とを 裂 さ き、 髪 かみ の 毛 け とひげを 抜 ぬ き、 驚 おどろ きあきれてすわった。 イスラエルの 神 かみ の 言葉 ことば におののく 者 もの は 皆 みな 、 捕囚 ほしゅう から 帰 かえ って 来 き た 人々 ひとびと のとがのゆえに、わたしのもとに 集 あつ まったが、わたしは 夕 ゆう の 供 そな え 物 もの の 時 とき まで、 驚 おどろ きあきれてすわった。 夕 ゆう の 供 そな え 物 もの の 時 とき になって、わたしは 断食 だんじき から 立 た ちあがり、 着物 きもの と 上着 うわぎ を 裂 さ いたまま、ひざをかがめて、わが 神 かみ 、 主 しゅ にむかって 手 て をさし 伸 の べて、
”エズラが 神 かみ の 宮 みや の 前 まえ に 泣 な き 伏 ふ して 祈 いの り、かつざんげしていた 時 とき 、 男 おとこ 、 女 おんな および 子供 こども の 大 おお いなる 群集 ぐんしゅう がイスラエルのうちから 彼 かれ のもとに 集 あつ まってきた。 民 たみ はいたく 泣 な き 悲 かな しんだ。
”わたしはこれらの 言葉 ことば を 聞 き いた 時 とき 、すわって 泣 な き、 数日 すうじつ のあいだ 嘆 なげ き 悲 かな しみ、 断食 だんじき して 天 てん の 神 かみ の 前 まえ に 祈 いの って、 言 い った、「 天 てん の 神 かみ 、 主 しゅ 、おのれを 愛 あい し、その 戒 いまし めを 守 まも る 者 もの には 契約 けいやく を 守 まも り、いつくしみを 施 ほどこ される 大 おお いなる 恐 おそ るべき 神 かみ よ、 どうぞ 耳 みみ を 傾 かたむ け、 目 め を 開 ひら いてしもべの 祈 いのり を 聞 き いてください。わたしは 今 いま 、あなたのしもべであるイスラエルの 子孫 しそん のために、 昼 ひる も 夜 よる もみ 前 まえ に 祈 いの り、われわれイスラエルの 子孫 しそん が、あなたに 対 たい して 犯 おか した 罪 つみ をざんげいたします。まことにわたしも、わたしの 父 ちち の 家 いえ も 罪 つみ を 犯 おか しました。 われわれはあなたに 対 たい して 大 おお いに 悪 わる い 事 こと を 行 おこな い、あなたのしもべモーセに 命 めい じられた 戒 いまし めをも、 定 さだ めをも、おきてをも 守 まも りませんでした。
”その 他 た の 民 たみ 、 祭司 さいし 、レビびと、 門 もん を 守 まも る 者 もの 、 歌 うた うたう 者 もの 、 宮 みや に 仕 つか えるしもべ、ならびにすべて 国々 くにぐに の 民 たみ と 離 はな れて 神 かみ の 律法 りっぽう に 従 したが った 者 もの およびその 妻 つま 、むすこ、 娘 むすめ などすべて 知識 ちしき と 悟 さと りのある 者 もの は、 その 兄弟 きょうだい である 尊 たっと い 人々 ひとびと につき 従 したが い、 神 かみ のしもべモーセによって 授 さづ けられた 神 かみ の 律法 りっぽう に 歩 あゆ み、われわれの 主 しゅ 、 主 しゅ のすべての 戒 いまし めと、おきてと、 定 さだ めとを 守 まも り 行 おこな うために、のろいと 誓 ちか いとに 加 くわ わった。
”わたしのよこしまと、わたしの 罪 つみ がどれほどあるか。わたしのとがと 罪 つみ とをわたしに 知 し らせてください。 なにゆえ、あなたはみ 顔 かお をかくし、わたしをあなたの 敵 てき とされるのか。
”わたしの 皮 かわ がこのように 滅 ほろ ぼされたのち、わたしは 肉 にく を 離 はな れて 神 かみ を 見 み るであろう。
”( 正 ただ しいはかりをもってわたしを 量 はか れ、そうすれば 神 かみ はわたしの 潔白 けっぱく を 知 し られるであろう。)
”彼 かれ は 人々 ひとびと の 前 まえ に 歌 うた って 言 い う、『わたしは 罪 つみ を 犯 おか し、 正 ただ しい 事 こと を 曲 ま げた。しかしわたしに 報復 ほうふく がなかった。 彼 かれ はわたしの 魂 たましい をあがなって、 墓 はか に 下 くだ らせられなかった。わたしの 命 いのち は 光 ひかり を 見 み ることができる』と。
”わたしはあなたの 事 こと を 耳 みみ で 聞 き いていましたが、 今 いま はわたしの 目 め であなたを 拝見 はいけん いたします。 それでわたしはみずから 恨 うら み、ちり 灰 はい の 中 なか で 悔 く います」。
”しかしあなたがたは 知 し るがよい、 主 しゅ は 神 かみ を 敬 うやま う 人 ひと をご 自分 じぶん のために 聖別 せいべつ されたことを。 主 しゅ はわたしが 呼 よ ばわる 時 とき におききくださる。
”しかし 主 しゅ はとこしえに、み 位 くらい に 座 ざ し、さばきのために、みくらを 設 もう けられました。 主 しゅ は 正義 せいぎ をもって 世界 せかい をさばき、 公平 こうへい をもってもろもろの 民 たみ をさばかれます。
”み 名 な を 知 し る 者 もの はあなたに 寄 よ り 頼 たの みます。 主 しゅ よ、あなたを 尋 たず ね 求 もと める 者 もの をあなたは 捨 す てられたことがないからです。
”わたしの 敵 てき は「わたしは 敵 てき に 勝 か った」と 言 い い、わたしのあだは、わたしの 動 うご かされることによって 喜 よろこ ぶでしょう。
”わたしは 主 しゅ の 前 まえ に 欠 か けたところがなく、 自分 じぶん を 守 まも って 罪 つみ を 犯 おか しませんでした。
”あなたのまことをもって、わたしを 導 みちび き、わたしを 教 おし えてください。あなたはわが 救 すくい の 神 かみ です。わたしはひねもすあなたを 待 ま ち 望 のぞ みます。
”わたしの 若 わか き 時 とき の 罪 つみ と、とがとを 思 おも い 出 だ さないでください。 主 しゅ よ、あなたの 恵 めぐ みのゆえに、あなたのいつくしみにしたがって、わたしを 思 おも い 出 だ してください。
”わたしの 苦 くる しみ 悩 なや みをかえりみ、わたしのすべての 罪 つみ をおゆるしください。
”み 名 な の 栄光 えいこう を 主 しゅ に 帰 き せよ、 聖 せい なる 装 よそお いをもって 主 しゅ を 拝 おが め。
”わたしは、わが 魂 たましい をみ 手 て にゆだねます。 主 しゅ 、まことの 神 かみ よ、あなたはわたしをあがなわれました。
”【ダビデのマスキールの 歌 うた 】そのとががゆるされ、その 罪 つみ がおおい 消 け される 者 もの はさいわいである。
”わたしは 自分 じぶん の 罪 つみ をあなたに 知 し らせ、 自分 じぶん の 不義 ふぎ を 隠 かく さなかった。わたしは 言 い った、「わたしのとがを 主 しゅ に 告白 こくはく しよう」と。その 時 とき あなたはわたしの 犯 おか した 罪 つみ をゆるされた。〔セラ
”全 ぜん 地 ち は 主 しゅ を 恐 おそ れ、 世 よ に 住 す むすべての 者 もの は 主 しゅ を 恐 おそ れかしこめ。
”主 しゅ の 目 め は 正 ただ しい 人 ひと をかえりみ、その 耳 みみ は 彼 かれ らの 叫 さけ びに 傾 かたむ く。 主 しゅ のみ 顔 かお は 悪 あく を 行 おこな う 者 もの にむかい、その 記憶 きおく を 地 ち から 断 た ち 滅 ほろ ぼされる。 正 ただ しい 者 もの が 助 たす けを 叫 さけ び 求 もと めるとき、 主 しゅ は 聞 き いて、 彼 かれ らをそのすべての 悩 なや みから 助 たす け 出 だ される。 主 しゅ は 心 こころ の 砕 くだ けた 者 もの に 近 ちか く、たましいの 悔 く いくずおれた 者 もの を 救 すく われる。
”主 しゅ はそのしもべらの 命 いのち をあがなわれる。 主 しゅ に 寄 よ り 頼 たの む 者 もの はひとりだに 罪 つみ に 定 さだ められることはない。
”わたしは、みずから 不義 ふぎ を 言 い いあらわし、わが 罪 つみ のために 悲 かな しみます。
”わたしは 言 い った、「 主 しゅ よ、わたしをあわれみ、わたしをいやしてください。わたしはあなたにむかって 罪 つみ を 犯 おか しました」と。
”【 聖歌 せいか 隊 たい の 指揮者 しきしゃ によってうたわせたダビデの 歌 うた 、 これはダビデがバテセバに 通 とお った 後 のち 預言者 よげんしゃ ナタンがきたときによんだもの】 神 かみ よ、あなたのいつくしみによって、わたしをあわれみ、あなたの 豊 ゆた かなあわれみによって、わたしのもろもろのとがをぬぐい 去 さ ってください。 わたしの 不義 ふぎ をことごとく 洗 あら い 去 さ り、わたしの 罪 つみ からわたしを 清 きよ めてください。 わたしは 自分 じぶん のとがを 知 し っています。わたしの 罪 つみ はいつもわたしの 前 まえ にあります。 わたしはあなたにむかい、ただあなたに 罪 つみ を 犯 おか し、あなたの 前 まえ に 悪 わる い 事 こと を 行 おこな いました。それゆえ、あなたが 宣告 せんこく をお 与 あた えになるときは 正 ただ しく、あなたが 人 ひと をさばかれるときは 誤 あやま りがありません。
”ヒソプをもって、わたしを 清 きよ めてください、わたしは 清 きよ くなるでしょう。わたしを 洗 あら ってください、わたしは 雪 ゆき よりも 白 しろ くなるでしょう。
”み 顔 かお をわたしの 罪 つみ から 隠 かく し、わたしの 不義 ふぎ をことごとくぬぐい 去 さ ってください。 神 かみ よ、わたしのために 清 きよ い 心 こころ をつくり、わたしのうちに 新 あたら しい、 正 ただ しい 霊 れい を 与 あた えてください。 わたしをみ 前 まえ から 捨 す てないでください。あなたの 聖 せい なる 霊 れい をわたしから 取 と らないでください。
”神 かみ よ、あなたはわたしの 愚 おろ かなことを 知 し っておられます。わたしのもろもろのとがはあなたに 隠 かく れることはありません。
”神 かみ はいにしえからわたしの 王 おう であって、 救 すくい を 世 よ の 中 なか に 行 おこな われた。
”彼 かれ らは 神 かみ の 契約 けいやく を 守 まも らず、そのおきてにしたがって 歩 あゆ むことを 拒 こば み、
”われらの 先祖 せんぞ たちの 不義 ふぎ をみこころにとめられず、あわれみをもって、すみやかにわれらを 迎 むか えてください。われらは、はなはだしく 低 ひく くされたからです。 われらの 救 すくい の 神 かみ よ、み 名 な の 栄光 えいこう のためにわれらを 助 たす け、み 名 な のためにわれらを 救 すく い、われらの 罪 つみ をおゆるしください。
”主 しゅ よ、あなたは 恵 めぐ みふかく、 寛容 かんよう であって、あなたに 呼 よ ばわるすべての 者 もの にいつくしみを 豊 ゆた かに 施 ほどこ されます。
”主 しゅ はあわれみに 富 と み、めぐみふかく、 怒 いか ること 遅 おそ く、いつくしみ 豊 ゆた かでいらせられる。
”主 しゅ はわれらの 罪 つみ にしたがってわれらをあしらわず、われらの 不義 ふぎ にしたがって 報 むく いられない。 天 てん が 地 ち よりも 高 たか いように、 主 しゅ がおのれを 恐 おそ れる 者 もの に 賜 たま わるいつくしみは 大 おお きい、 東 ひがし が 西 にし から 遠 とお いように、 主 しゅ はわれらのとがをわれらから 遠 とお ざけられる。
”しかし 主 しゅ のいつくしみは、とこしえからとこしえまで、 主 しゅ を 恐 おそ れる 者 もの の 上 うえ にあり、その 義 ぎ は 子 こ らの 子 こ に 及 およ び、 その 契約 けいやく を 守 まも り、その 命令 めいれい を 心 こころ にとめて 行 おこな う 者 もの にまで 及 およ ぶ。 主 しゅ はその 玉座 ぎょくざ を 天 てん に 堅 かた くすえられ、そのまつりごとはすべての 物 もの を 統 す べ 治 おさ める。
”われらは 先祖 せんぞ たちと 同 おな じく 罪 つみ を 犯 おか した。われらは 不義 ふぎ をなし、 悪 あ しきことを 行 おこな った。
”主 しゅ を 恐 おそ れることは 知恵 ちえ のはじめである。これを 行 おこな う 者 もの はみな 良 よ き 悟 さと りを 得 え る。 主 しゅ の 誉 ほまれ は、とこしえに、うせることはない。
”主 しゅ よ、 栄光 えいこう をわれらにではなく、われらにではなく、あなたのいつくしみと、まこととのゆえに、ただ、み 名 な にのみ 帰 き してください。
”アレフおのが 道 みち を 全 まった くして、 主 しゅ のおきてに 歩 あゆ む 者 もの はさいわいです。 主 しゅ のもろもろのあかしを 守 まも り 心 こころ をつくして 主 しゅ を 尋 たず ね 求 もと め、 また 悪 あく を 行 おこな わず、 主 しゅ の 道 みち に 歩 あゆ む 者 もの はさいわいです。
”わたしはあなたにむかって 罪 つみ を 犯 おか すことのないように、 心 こころ のうちにみ 言葉 ことば をたくわえました。
”人々 ひとびと があなたのおきてを 守 まも らないので、わが 目 め の 涙 なみだ は 川 かわ のように 流 なが れます。
”イスラエルよ、 主 しゅ によって 望 のぞ みをいだけ。 主 しゅ には、いつくしみがあり、また 豊 ゆた かなあがないがあるからです。
”主 しゅ はおのれを 恐 おそ れる 者 もの とそのいつくしみを 望 のぞ む 者 もの とをよみせられる。
”主 しゅ を 恐 おそ れることは 知識 ちしき のはじめである、 愚 おろ かな 者 もの は 知恵 ちえ と 教訓 きょうくん を 軽 かろ んじる。
”心 こころ をつくして 主 しゅ に 信頼 しんらい せよ、 自分 じぶん の 知識 ちしき にたよってはならない。 すべての 道 みち で 主 しゅ を 認 みと めよ、そうすれば、 主 しゅ はあなたの 道 みち をまっすぐにされる。 自分 じぶん を 見 み て 賢 かしこ いと 思 おも ってはならない、 主 しゅ を 恐 おそ れて、 悪 あく を 離 はな れよ。
”よこしまな 者 もの の 道 みち に、はいってはならない、 悪 あ しき 者 もの の 道 みち を 歩 あゆ んではならない。 それを 避 さ けよ、 通 とお ってはならない、それを 離 はな れて 進 すす め。
”主 しゅ を 恐 おそ れるとは 悪 あく を 憎 にく むことである。わたしは 高 たか ぶりと、おごりと、 悪 あ しき 道 みち と、 偽 いつわ りの 言葉 ことば とを 憎 にく む。
”耳 みみ をそむけて 律法 りっぽう を 聞 き かない 者 もの は、その 祈 いのり でさえも 憎 にく まれる。
”その 罪 つみ を 隠 かく す 者 もの は 栄 さか えることがない、 言 い い 表 あら わしてこれを 離 はな れる 者 もの は、あわれみをうける。 常 つね に 主 しゅ を 恐 おそ れる 人 ひと はさいわいである、 心 こころ をかたくなにする 者 もの は 災 わざわい に 陥 おちい る。
”善 ぜん を 行 おこな い、 罪 つみ を 犯 おか さない 正 ただ しい 人 ひと は 世 よ にいない。
”事 こと の 帰 き する 所 ところ は、すべて 言 い われた。すなわち、 神 かみ を 恐 おそ れ、その 命令 めいれい を 守 まも れ。これはすべての 人 ひと の 本分 ほんぶん である。 神 かみ はすべてのわざ、ならびにすべての 隠 かく れた 事 こと を 善悪 ぜんあく ともにさばかれるからである。
”あなたがたは 身 み を 洗 あら って、 清 きよ くなり、わたしの 目 め の 前 まえ からあなたがたの 悪 わる い 行 おこな いを 除 のぞ き、 悪 あく を 行 おこな うことをやめ、
”主 しゅ は 言 い われる、さあ、われわれは 互 たがい に 論 ろん じよう。たといあなたがたの 罪 つみ は 緋 ひ のようであっても、 雪 ゆき のように 白 しろ くなるのだ。 紅 くれない のように 赤 あか くても、 羊 ひつじ の 毛 け のようになるのだ。
”わざわいなるかな、 彼 かれ らは 悪 あく を 呼 よ んで 善 ぜん といい、 善 ぜん を 呼 よ んで 悪 あく といい、 暗 くら きを 光 ひかり とし、 光 ひかり を 暗 くら しとし、 苦 にが きを 甘 あま しとし、 甘 あま きを 苦 にが しとする。 わざわいなるかな、 彼 かれ らはおのれを 見 み て、 賢 かしこ しとし、みずから 顧 かえり みて、さとしとする。
”わたしの 口 くち に 触 ふ れて 言 い った、「 見 み よ、これがあなたのくちびるに 触 ふ れたので、あなたの 悪 あく は 除 のぞ かれ、あなたの 罪 つみ はゆるされた」。
”「 主 しゅ なるわたしは 正義 せいぎ をもってあなたを 召 め した。わたしはあなたの 手 て をとり、あなたを 守 まも った。わたしはあなたを 民 たみ の 契約 けいやく とし、もろもろの 国 くに びとの 光 ひかり として 与 あた え、
”わたしこそ、わたし 自身 じしん のためにあなたのとがを 消 け す 者 もの である。わたしは、あなたの 罪 つみ を 心 こころ にとめない。 あなたは、 自分 じぶん の 正 ただ しいことを 証明 しょうめい するために 自分 じぶん のことを 述 の べて、わたしに 思 おも い 出 だ させよ。われわれは 共 とも に 論 ろん じよう。
”わたしはあなたのとがを 雲 くも のように 吹 ふ き 払 はら い、あなたの 罪 つみ を 霧 きり のように 消 け した。わたしに 立 た ち 返 かえ れ、わたしはあなたをあがなったから。 天 てん よ、 歌 うた え、 主 しゅ がこの 事 こと をなされたから。 地 ち の 深 ふか き 所 ところ よ、 呼 よ ばわれ。もろもろの 山 やま よ、 林 はやし およびその 中 なか のもろもろの 木 き よ、 声 こえ を 放 はな って 歌 うた え。 主 しゅ はヤコブをあがない、イスラエルのうちに 栄光 えいこう をあらわされたから。
”あなたがたの 言 い い 分 ぶん を 持 も ってきて 述 の べよ。また 共 とも に 相談 そうだん せよ。この 事 こと をだれがいにしえから 示 しめ したか。だれが 昔 むかし から 告 つ げたか。わたし、すなわち 主 しゅ ではなかったか。わたしのほかに 神 かみ はない。わたしは 義 ぎ なる 神 かみ 、 救主 すくいぬし であって、わたしのほかに 神 かみ はない。 地 ち の 果 はて なるもろもろの 人 ひと よ、わたしを 仰 あお ぎのぞめ、そうすれば 救 すく われる。わたしは 神 かみ であって、ほかに 神 かみ はないからだ。
”主 しゅ にあがなわれた 者 もの は、 歌 うた うたいつつ、シオンに 帰 かえ ってきて、そのこうべに、とこしえの 喜 よろこ びをいただき、 彼 かれ らは 喜 よろこ びと 楽 たの しみとを 得 え 、 悲 かな しみと 嘆 なげ きとは 逃 に げ 去 さ る。
”しかし 彼 かれ はわれわれのとがのために 傷 きず つけられ、われわれの 不義 ふぎ のために 砕 くだ かれたのだ。 彼 かれ はみずから 懲 こら しめをうけて、われわれに 平安 へいあん を 与 あた え、その 打 う たれた 傷 きず によって、われわれはいやされたのだ。 われわれはみな 羊 ひつじ のように 迷 まよ って、おのおの 自分 じぶん の 道 みち に 向 む かって 行 い った。 主 しゅ はわれわれすべての 者 もの の 不義 ふぎ を、 彼 かれ の 上 うえ におかれた。
”あなたがたは 主 しゅ にお 会 あ いすることのできるうちに、 主 しゅ を 尋 たず ねよ。 近 ちか くおられるうちに 呼 よ び 求 もと めよ。 悪 あ しき 者 もの はその 道 みち を 捨 す て、 正 ただしか らぬ 人 ひと はその 思 おも いを 捨 す てて、 主 しゅ に 帰 かえ れ。そうすれば、 主 しゅ は 彼 かれ にあわれみを 施 ほどこ される。われわれの 神 かみ に 帰 かえ れ、 主 しゅ は 豊 ゆた かにゆるしを 与 あた えられる。 わが 思 おも いは、あなたがたの 思 おも いとは 異 こと なり、わが 道 みち は、あなたがたの 道 みち とは 異 こと なっていると 主 しゅ は 言 い われる。 天 てん が 地 ち よりも 高 たか いように、わが 道 みち は、あなたがたの 道 みち よりも 高 たか く、わが 思 おも いは、あなたがたの 思 おも いよりも 高 たか い。
”いと 高 たか く、いと 上 うえ なる 者 もの 、とこしえに 住 す む 者 もの 、その 名 な を 聖 せい ととなえられる 者 もの がこう 言 い われる、「わたしは 高 たか く、 聖 せい なる 所 ところ に 住 す み、また 心 こころ 砕 くだ けて、へりくだる 者 もの と 共 とも に 住 す み、へりくだる 者 もの の 霊 れい をいかし、 砕 くだ ける 者 もの の 心 こころ をいかす。
”主 しゅ なる 神 かみ の 霊 れい がわたしに 臨 のぞ んだ。これは 主 しゅ がわたしに 油 あぶら を 注 そそ いで、 貧 まず しい 者 もの に 福音 ふくいん を 宣 の べ 伝 つた えることをゆだね、わたしをつかわして 心 こころ のいためる 者 もの をいやし、 捕 とら われ 人 びと に 放免 ほうめん を 告 つ げ、 縛 しば られている 者 もの に 解放 かいほう を 告 つ げ、 主 しゅ の 恵 めぐ みの 年 とし とわれわれの 神 かみ の 報復 ほうふく の 日 ひ とを 告 つ げさせ、また、すべての 悲 かな しむ 者 もの を 慰 なぐさ め、 シオンの 中 なか の 悲 かな しむ 者 もの に 喜 よろこ びを 与 あた え、 灰 はい にかえて 冠 かんむり を 与 あた え、 悲 かな しみにかえて 喜 よろこ びの 油 あぶら を 与 あた え、 憂 うれ いの 心 こころ にかえて、さんびの 衣 ころも を 与 あた えさせるためである。こうして、 彼 かれ らは 義 ぎ のかしの 木 き ととなえられ、 主 しゅ がその 栄光 えいこう をあらわすために 植 う えられた 者 もの ととなえられる。
”われわれはみな 汚 けが れた 人 ひと のようになり、われわれの 正 ただ しい 行 おこな いは、ことごとく 汚 けが れた 衣 ころも のようである。われわれはみな 木 こ の 葉 は のように 枯 か れ、われわれの 不義 ふぎ は 風 かぜ のようにわれわれを 吹 ふ き 去 さ る。
”主 しゅ は 言 い われる、「わが 手 て はすべてこれらの 物 もの を 造 つく った。これらの 物 もの はことごとくわたしのものである。しかし、わたしが 顧 かえり みる 人 ひと はこれである。すなわち、へりくだって 心 こころ 悔 く い、わが 言葉 ことば に 恐 おそ れおののく 者 もの である。
”ただあなたは 自分 じぶん の 罪 つみ を 認 みと め、あなたの 神 かみ 、 主 しゅ にそむいてすべての 青 あお 木 き の 下 した で 異 こと なる 神々 かみがみ にあなたの 愛 あい を 惜 お しまず 与 あた えたこと、わたしの 声 こえ に 聞 き き 従 したが わなかったことを 言 い いあらわせと、 主 しゅ は 言 い われる。
”われわれは 恥 はじ の 中 なか に 伏 ふ し、はずかしめにおおわれています。それはわれわれと 先祖 せんぞ とが、われわれの 幼少 ようしょう の 時 とき から 今日 こんにち まで、われわれの 神 かみ 、 主 しゅ に 罪 つみ を 犯 おか し、われわれの 神 かみ 、 主 しゅ の 声 こえ に 従 したが わなかったからです」。
”エルサレムよ、あなたの 心 こころ の 悪 あく を 洗 あら い 清 きよ めよ、そうするならば 救 すく われる。 悪 あ しき 思 おも いはいつまであなたのうちにとどまるのか。
”地 ち よ、 聞 き け。 見 み よ、わたしはこの 民 たみ に 災 わざわい をくだす。それは 彼 かれ らのたくらみの 実 み である。 彼 かれ らがわたしの 言葉 ことば に 気 き をつけず、わたしのおきてを 捨 す てたからである。
”わたしは 気 き をつけて 聞 き いたが、 彼 かれ らは 正 ただ しくは 語 かた らなかった。その 悪 あく を 悔 く いて、『わたしのした 事 こと は 何 なに か』という 者 もの はひとりもない。 彼 かれ らはみな 戦場 せんじょう に、はせ 入 い る 馬 うま のように、 自分 じぶん のすきな 道 みち に 向 む かう。
”主 しゅ は 言 い われる、「それは 彼 かれ らの 前 まえ にわたしが 立 た てたおきてを 彼 かれ らが 捨 す てて、わたしの 声 こえ に 聞 き き 従 したが わず、そのとおりに 歩 ある かなかったからである。 彼 かれ らは 強情 ごうじょう に 自分 じぶん の 心 こころ に 従 したが い、また 先祖 せんぞ の 教 おし えたようにバアルに 従 したが った。
”主 しゅ よ、われわれの 罪 つみ がわれわれを 訴 うった えて 不利 ふり な 証言 しょうげん をしても、あなたの 名 な のために、 事 こと をなしてください。われわれの 背信 はいしん の 数 かず は 多 おお く、あなたに 向 む かって 罪 つみ を 犯 おか しました。
”主 しゅ よ、われわれは 自分 じぶん の 悪 あく と、 先祖 せんぞ のとがとを 認 みと めています。われわれはあなたに 罪 つみ を 犯 おか しました。
”主 しゅ よ、わたしをいやしてください、そうすれば、わたしはいえます。わたしをお 救 すく いください、そうすれば、わたしは 救 すく われます。あなたはわたしのほめたたえる 者 もの だからです。
”わたしは 彼 かれ らにわたしが 主 しゅ であることを 知 し る 心 こころ を 与 あた えよう。 彼 かれ らはわたしの 民 たみ となり、わたしは 彼 かれ らの 神 かみ となる。 彼 かれ らは 一心 いっしん にわたしのもとに 帰 かえ ってくる。
”主 しゅ のいつくしみは 絶 た えることがなく、そのあわれみは 尽 つ きることがない。 これは 朝 あさ ごとに 新 あたら しく、あなたの 真実 しんじつ は 大 おお きい。
”われわれの 心 こころ の 喜 よろこ びはやみ、 踊 おど りは 悲 かな しみに 変 かわ り、 われわれの 冠 かんむり はこうべから 落 お ちた。わざわいなるかな、われわれは 罪 つみ を 犯 おか したからである。 このために、われわれの 心 こころ は 衰 おとろ え、これらの 事 こと のために、われわれの 目 め はくらくなった。
”見 み よ、すべての 魂 たましい はわたしのものである。 父 ちち の 魂 たましい も 子 こ の 魂 たましい もわたしのものである。 罪 つみ を 犯 おか した 魂 たましい は 必 かなら ず 死 し ぬ。
”罪 つみ を 犯 おか す 魂 たましい は 死 し ぬ。 子 こ は 父 ちち の 悪 あく を 負 お わない。 父 ちち は 子 こ の 悪 あく を 負 お わない。 義人 ぎじん の 義 ぎ はその 人 ひと に 帰 き し、 悪人 あくにん の 悪 あく はその 人 ひと に 帰 き する。
”しかし、 悪人 あくにん がもしその 行 おこな ったもろもろの 罪 つみ を 離 はな れ、わたしのすべての 定 さだ めを 守 まも り、 公道 こうどう と 正義 せいぎ とを 行 おこな うならば、 彼 かれ は 必 かなら ず 生 い きる。 死 し ぬことはない。 その 犯 おか したもろもろのとがは、 彼 かれ に 対 たい して 覚 おぼ えられない。 彼 かれ はそのなした 正 ただ しい 事 こと のために 生 い きる。 主 しゅ なる 神 かみ は 言 い われる、わたしは 悪人 あくにん の 死 し を 好 この むであろうか。むしろ 彼 かれ がそのおこないを 離 はな れて 生 い きることを 好 この んでいるではないか。
”しかし 義人 ぎじん がもしその 義 ぎ を 離 はな れて 悪 あく を 行 おこな い、 悪人 あくにん のなすもろもろの 憎 にく むべき 事 こと を 行 おこな うならば、 生 い きるであろうか。 彼 かれ が 行 おこな ったもろもろの 正 ただ しい 事 こと は 覚 おぼ えられない。 彼 かれ はその 犯 おか したとがと、その 犯 おか した 罪 つみ とのために 死 し ぬ。
”しかしあなたがたは、『 主 しゅ のおこないは 正 ただ しくない』と 言 い う。イスラエルの 家 いえ よ、 聞 き け。わたしのおこないは 正 ただ しくないのか。 正 ただ しくないのは、あなたがたのおこないではないか。
”義人 ぎじん がその 義 ぎ を 離 はな れて 悪 あく を 行 おこな い、そのために 死 し ぬならば、 彼 かれ は 自分 じぶん の 行 おこな った 悪 あく のために 死 し ぬのである。
”しかし 悪人 あくにん がその 行 おこな った 悪 あく を 離 はな れて、 公道 こうどう と 正義 せいぎ とを 行 おこな うならば、 彼 かれ は 自分 じぶん の 命 いのち を 救 すく うことができる。 彼 かれ は 省 かえり みて、その 犯 おか したすべてのとがを 離 はな れたのだから 必 かなら ず 生 い きる。 死 し ぬことはない。
”しかしイスラエルの 家 いえ は『 主 しゅ のおこないは 正 ただ しくない』と 言 い う。イスラエルの 家 いえ よ、わたしのおこないは、はたして 正 ただ しくないのか。 正 ただ しくないのは、あなたがたのおこないではないか。
”それゆえ、イスラエルの 家 いえ よ、わたしはあなたがたを、おのおのそのおこないに 従 したが ってさばくと、 主 しゅ なる 神 かみ は 言 い われる。 悔 く い 改 あらた めて、あなたがたのすべてのとがを 離 はな れよ。さもないと 悪 あく はあなたがたを 滅 ほろ ぼす。 あなたがたがわたしに 対 たい しておこなったすべてのとがを 捨 す て 去 さ り、 新 あたら しい 心 こころ と、 新 あたら しい 霊 れい とを 得 え よ。イスラエルの 家 いえ よ、あなたがたはどうして 死 し んでよかろうか。 わたしは 何人 なにび との 死 し をも 喜 よろこ ばないのであると、 主 しゅ なる 神 かみ は 言 い われる。それゆえ、あなたがたは 翻 ひるがえ って 生 い きよ」。
”またその 所 ところ であなたがたは、その 身 み を 汚 けが したあなたがたのおこないと、すべてのわざとを 思 おも い 出 だ し、みずから 行 おこな ったすべての 悪事 あくじ のために、 自分 じぶん を 忌 い みきらうようになる。
”義人 ぎじん がその 義 ぎ を 離 はな れて、 罪 つみ を 犯 おか すならば、 彼 かれ はこれがために 死 し ぬ。 悪人 あくにん がその 悪 あく を 離 はな れて、 公道 こうどう と 正義 せいぎ とを 行 おこな うならば、 彼 かれ はこれによって 生 い きる。
”わたしは 清 きよ い 水 みず をあなたがたに 注 そそ いで、すべての 汚 けが れから 清 きよ め、またあなたがたを、すべての 偶像 ぐうぞう から 清 きよ める。 わたしは 新 あたら しい 心 こころ をあなたがたに 与 あた え、 新 あたら しい 霊 れい をあなたがたの 内 うち に 授 さづ け、あなたがたの 肉 にく から、 石 いし の 心 こころ を 除 のぞ いて、 肉 にく の 心 こころ を 与 あた える。
”それでわたしは、わが 顔 かお を 主 しゅ なる 神 かみ に 向 む け、 断食 だんじき をなし、 荒布 あらぬの を 着 き 、 灰 はい をかぶって 祈 いの り、かつ 願 ねが い 求 もと めた。 すなわちわたしは、わが 神 かみ 、 主 しゅ に 祈 いの り、ざんげして 言 い った、「ああ、 大 おお いなる 恐 おそ るべき 神 かみ 、 主 しゅ 、おのれを 愛 あい し、おのれの 戒 いまし めを 守 まも る 者 もの のために 契約 けいやく を 保 たも ち、いつくしみを 施 ほどこ される 者 もの よ、 われわれは 罪 つみ を 犯 おか し、 悪 あく をおこない、よこしまなふるまいをなし、そむいて、あなたの 戒 いまし めと、おきてを 離 はな れました。 われわれはまた、あなたのしもべなる 預言者 よげんしゃ たちが、あなたの 名 な をもって、われわれの 王 おう たち、 君 きみ たち、 先祖 せんぞ たち、および 国 くに のすべての 民 たみ に 告 つ げた 言葉 ことば に 聞 き き 従 したが いませんでした。
”主 しゅ よ、 恥 はじ はわれわれのもの、われわれの 王 おう たち、 君 きみ たちおよび 先祖 せんぞ たちのものです。これはわれわれがあなたにむかって 罪 つみ を 犯 おか したからです。
”あわれみと、ゆるしはわれわれの 神 かみ 、 主 しゅ のものです。これはわれわれが 彼 かれ にそむいたからです。 またわれわれの 神 かみ 、 主 しゅ のみ 声 こえ に 聞 き き 従 したが わず、 主 しゅ がそのしもべ 預言者 よげんしゃ たちによって、われわれの 前 まえ に 賜 たま わった 律法 りっぽう を 行 おこな わなかったからです。
”わたしがこう 言 い って 祈 いの り、かつわが 罪 つみ とわが 民 たみ イスラエルの 罪 つみ をざんげし、わが 神 かみ の 聖 せい なる 山 やま のために、わが 神 かみ 、 主 しゅ の 前 まえ に 願 ねが いをしていたとき、
”また 地 ち のちりの 中 なか に 眠 ねむ っている 者 もの のうち、 多 おお くの 者 もの は 目 め をさますでしょう。そのうち 永遠 えいえん の 生命 せいめい にいたる 者 もの もあり、また 恥 はじ と、 限 かぎ りなき 恥辱 ちじょく をうける 者 もの もあるでしょう。
”イスラエルよ、あなたの 神 かみ 、 主 しゅ に 帰 かえ れ。あなたは 自分 じぶん の 不義 ふぎ によって、つまずいたからだ。
”主 しゅ は 言 い われる、「 今 いま からでも、あなたがたは 心 こころ をつくし、 断食 だんじき と 嘆 なげ きと、 悲 かな しみとをもってわたしに 帰 かえ れ。 あなたがたは 衣服 いふく ではなく、 心 こころ を 裂 さ け」。あなたがたの 神 かみ 、 主 しゅ に 帰 かえ れ。 主 しゅ は 恵 めぐ みあり、あわれみあり、 怒 いか ることがおそく、いつくしみが 豊 ゆた かで、 災 わざわい を 思 おも いかえされるからである。
”群衆 ぐんしゅう また 群衆 ぐんしゅう は、さばきの 谷 たに におる。 主 しゅ の 日 ひ がさばきの 谷 たに に 近 ちか いからである。
”そこでニネベの 人々 ひとびと は 神 かみ を 信 しん じ、 断食 だんじき をふれ、 大 おお きい 者 もの から 小 ちい さい 者 もの まで 荒布 あらぬの を 着 き た。 このうわさがニネベの 王 おう に 達 たっ すると、 彼 かれ はその 王座 おうざ から 立 た ち 上 あ がり、 朝 ちょう 服 ふく を 脱 ぬ ぎ、 荒布 あらぬの をまとい、 灰 はい の 中 なか に 座 ざ した。 また 王 おう とその 大臣 だいじん の 布告 ふこく をもって、ニネベ 中 なか にふれさせて 言 い った、「 人 ひと も 獣 けもの も 牛 うし も 羊 ひつじ もみな、 何 なに をも 味 あじ わってはならない。 物 もの を 食 く い、 水 みず を 飲 の んではならない。 人 ひと も 獣 けもの も 荒布 あらぬの をまとい、ひたすら 神 かみ に 呼 よ ばわり、おのおのその 悪 わる い 道 みち およびその 手 て にある 強暴 きょうぼう を 離 はな れよ。 あるいは 神 かみ はみ 心 こころ をかえ、その 激 はげ しい 怒 いか りをやめて、われわれを 滅 ほろ ぼされないかもしれない。だれがそれを 知 し るだろう」。 神 かみ は 彼 かれ らのなすところ、その 悪 わる い 道 みち を 離 はな れたのを 見 み られ、 彼 かれ らの 上 うえ に 下 くだ そうと 言 い われた 災 わざわい を 思 おも いかえして、これをおやめになった。
”主 しゅ はわが 訴 うった えを 取 と りあげ、わたしのためにさばきを 行 おこな われるまで、わたしは 主 しゅ の 怒 いか りを 負 お わなければならない。 主 しゅ に 対 たい して 罪 つみ を 犯 おか したからである。 主 しゅ はわたしを 光 ひかり に 導 みちび き 出 だ してくださる。わたしは 主 しゅ の 正義 せいぎ を 見 み るであろう。
”だれかあなたのように 不義 ふぎ をゆるし、その 嗣 し 業 ぎょう の 残 のこ れる 者 もの のためにとがを 見過 みす ごされる 神 かみ があろうか。 神 かみ はいつくしみを 喜 よろこ ばれるので、その 怒 いか りをながく 保 たも たず、 再 ふたた びわれわれをあわれみ、われわれの 不義 ふぎ を 足 あし で 踏 ふ みつけられる。あなたはわれわれのもろもろの 罪 つみ を 海 うみ の 深 ふか みに 投 な げ 入 い れ、
”彼女 かのじょ は 男 おとこ の 子 こ を 産 う むであろう。その 名 な をイエスと 名 な づけなさい。 彼 かれ は、おのれの 民 たみ をそのもろもろの 罪 つみ から 救 すく う 者 もの となるからである」。
”「 悔 く い 改 あらた めよ、 天国 てんごく は 近 ちか づいた」。
”すると、エルサレムとユダヤ 全土 ぜんど とヨルダン 附近 ふきん 一帯 いったい の 人々 ひとびと が、ぞくぞくとヨハネのところに 出 で てきて、 自分 じぶん の 罪 つみ を 告白 こくはく し、ヨルダン 川 がわ でヨハネからバプテスマを 受 う けた。
”ヨハネは、パリサイ 人 びと やサドカイ 人 びと が 大 おお ぜいバプテスマを 受 う けようとしてきたのを 見 み て、 彼 かれ らに 言 い った、「まむしの 子 こ らよ、 迫 せま ってきている 神 かみ の 怒 いか りから、おまえたちはのがれられると、だれが 教 おし えたのか。 だから、 悔改 くいあらた めにふさわしい 実 み を 結 むす べ。
”斧 おの がすでに 木 き の 根 ね もとに 置 お かれている。だから、 良 よ い 実 み を 結 むす ばない 木 き はことごとく 切 き られて、 火 ひ の 中 なか に 投 な げ 込 こ まれるのだ。 わたしは 悔改 くいあらた めのために、 水 みず でおまえたちにバプテスマを 授 さづ けている。しかし、わたしのあとから 来 く る 人 ひと はわたしよりも 力 ちから のあるかたで、わたしはそのくつをぬがせてあげる 値 ね うちもない。このかたは、 聖霊 せいれい と 火 ひ とによっておまえたちにバプテスマをお 授 さづ けになるであろう。 また、 箕 み を 手 て に 持 も って、 打 う ち 場 ば の 麦 むぎ をふるい 分 わ け、 麦 むぎ は 倉 くら に 納 おさ め、からは 消 き えない 火 ひ で 焼 や き 捨 す てるであろう」。
”そのときイエスは、ガリラヤを 出 で てヨルダン 川 がわ に 現 あらわ れ、ヨハネのところにきて、バプテスマを 受 う けようとされた。 ところがヨハネは、それを 思 おも いとどまらせようとして 言 い った、「わたしこそあなたからバプテスマを 受 う けるはずですのに、あなたがわたしのところにおいでになるのですか」。 しかし、イエスは 答 こた えて 言 い われた、「 今 いま は 受 う けさせてもらいたい。このように、すべての 正 ただ しいことを 成就 じょうじゅ するのは、われわれにふさわしいことである」。そこでヨハネはイエスの 言 い われるとおりにした。
”暗黒 あんこく の 中 なか に 住 す んでいる 民 たみ は 大 おお いなる 光 ひかり を 見 み 、 死 し の 地 ち 、 死 し の 陰 かげ に 住 す んでいる 人々 ひとびと に、 光 ひかり がのぼった」。 この 時 とき からイエスは 教 おしえ を 宣 の べはじめて 言 い われた、「 悔 く い 改 あらた めよ、 天国 てんごく は 近 ちか づいた」。
”「こころの 貧 まず しい 人 ひと たちは、さいわいである、 天国 てんごく は 彼 かれ らのものである。 悲 かな しんでいる 人 ひと たちは、さいわいである、 彼 かれ らは 慰 なぐさ められるであろう。 柔和 にゅうわ な 人 ひと たちは、さいわいである、 彼 かれ らは 地 ち を 受 う けつぐであろう。 義 ぎ に 飢 う えかわいている 人 ひと たちは、さいわいである、 彼 かれ らは 飽 あ き 足 た りるようになるであろう。 あわれみ 深 ぶか い 人 ひと たちは、さいわいである、 彼 かれ らはあわれみを 受 う けるであろう。 心 こころ の 清 きよ い 人 ひと たちは、さいわいである、 彼 かれ らは 神 かみ を 見 み るであろう。 平和 へいわ をつくり 出 だ す 人 ひと たちは、さいわいである、 彼 かれ らは 神 かみ の 子 こ と 呼 よ ばれるであろう。 義 ぎ のために 迫害 はくがい されてきた 人 ひと たちは、さいわいである、 天国 てんごく は 彼 かれ らのものである。
”よく 言 い っておく。 天地 てんち が 滅 ほろ び 行 ゆ くまでは、 律法 りっぽう の一 点 てん 、 一画 いっかく もすたることはなく、ことごとく 全 まっと うされるのである。 それだから、これらの 最 もっと も 小 ちい さいいましめの一つでも 破 やぶ り、またそうするように 人 ひと に 教 おし えたりする 者 もの は、 天国 てんごく で 最 もっと も 小 ちい さい 者 もの と 呼 よ ばれるであろう。しかし、これをおこないまたそう 教 おし える 者 もの は、 天国 てんごく で 大 おお いなる 者 もの と 呼 よ ばれるであろう。 わたしは 言 い っておく。あなたがたの 義 ぎ が 律法 りっぽう 学者 がくしゃ やパリサイ 人 びと の 義 ぎ にまさっていなければ、 決 けっ して 天国 てんごく に、はいることはできない。
”もしあなたの 右 みぎ の 目 め が 罪 つみ を 犯 おか させるなら、それを 抜 ぬ き 出 だ して 捨 す てなさい。 五体 ごたい の 一部 いちぶ を 失 うしな っても、 全身 ぜんしん が 地獄 じごく に 投 な げ 入 い れられない 方 ほう が、あなたにとって 益 えき である。 もしあなたの 右 みぎ の 手 て が 罪 つみ を 犯 おか させるなら、それを 切 き って 捨 す てなさい。 五体 ごたい の 一部 いちぶ を 失 うしな っても、 全身 ぜんしん が 地獄 じごく に 落 お ち 込 こ まない 方 ほう が、あなたにとって 益 えき である。
”それだから、あなたがたの 天 てん の 父 ちち が 完全 かんぜん であられるように、あなたがたも 完全 かんぜん な 者 もの となりなさい。
”だから、あなたがたはこう 祈 いの りなさい、 天 てん にいますわれらの 父 ちち よ、 御名 みな があがめられますように。 御国 みくに がきますように。みこころが 天 てん に 行 おこな われるとおり、 地 ち にも 行 おこな われますように。 わたしたちの 日 ひ ごとの 食物 しょくもつ を、きょうもお 与 あた えください。 わたしたちに 負債 ふさい のある 者 もの をゆるしましたように、わたしたちの 負債 ふさい をもおゆるしください。 わたしたちを 試 こころ みに 会 あ わせないで、 悪 あ しき 者 もの からお 救 すく いください。
”もしも、あなたがたが、 人々 ひとびと のあやまちをゆるすならば、あなたがたの 天 てん の 父 ちち も、あなたがたをゆるして 下 くだ さるであろう。 もし 人 ひと をゆるさないならば、あなたがたの 父 ちち も、あなたがたのあやまちをゆるして 下 くだ さらないであろう。
”目 め はからだのあかりである。だから、あなたの 目 め が 澄 す んでおれば、 全身 ぜんしん も 明 あか るいだろう。 しかし、あなたの 目 め が 悪 わる ければ、 全身 ぜんしん も 暗 くら いだろう。だから、もしあなたの 内 うち なる 光 ひかり が 暗 くら ければ、その 暗 くら さは、どんなであろう。
”だれも、ふたりの 主人 しゅじん に 兼 か ね 仕 つか えることはできない。 一方 いっぽう を 憎 にく んで 他方 たほう を 愛 あい し、あるいは、 一方 いっぽう に 親 した しんで 他方 たほう をうとんじるからである。あなたがたは、 神 かみ と 富 とみ とに 兼 か ね 仕 つか えることはできない。
”まず 神 かみ の 国 くに と 神 かみ の 義 ぎ とを 求 もと めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて 添 そ えて 与 あた えられるであろう。
”狭 せま い 門 もん からはいれ。 滅 ほろ びにいたる 門 もん は 大 おお きく、その 道 みち は 広 ひろ い。そして、そこからはいって 行 い く 者 もの が 多 おお い。 命 いのち にいたる 門 もん は 狭 せま く、その 道 みち は 細 ほそ い。そして、それを 見 み いだす 者 もの が 少 すく ない。
”そのように、すべて 良 よ い 木 き は 良 よ い 実 み を 結 むす び、 悪 わる い 木 き は 悪 わる い 実 み を 結 むす ぶ。 良 よ い 木 き が 悪 わる い 実 み をならせることはないし、 悪 わる い 木 き が 良 よ い 実 み をならせることはできない。 良 よ い 実 み を 結 むす ばない 木 き はことごとく 切 き られて、 火 ひ の 中 なか に 投 な げ 込 こ まれる。 このように、あなたがたはその 実 み によって 彼 かれ らを 見 み わけるのである。
”わたしにむかって『 主 しゅ よ、 主 しゅ よ』と 言 い う 者 もの が、みな 天国 てんごく にはいるのではなく、ただ、 天 てん にいますわが 父 ちち の 御旨 みむね を 行 おこな う 者 もの だけが、はいるのである。 その 日 ひ には、 多 おお くの 者 もの が、わたしにむかって『 主 しゅ よ、 主 しゅ よ、わたしたちはあなたの 名 な によって 預言 よげん したではありませんか。また、あなたの 名 な によって 悪霊 あくれい を 追 お い 出 だ し、あなたの 名 な によって 多 おお くの 力 ちから あるわざを 行 おこな ったではありませんか』と 言 い うであろう。 そのとき、わたしは 彼 かれ らにはっきり、こう 言 い おう、『あなたがたを 全 まった く 知 し らない。 不法 ふほう を 働 はたら く 者 もの どもよ、 行 い ってしまえ』。
”またあなたがたは、わたしの 名 な のゆえにすべての 人 ひと に 憎 にく まれるであろう。しかし、 最後 さいご まで 耐 た え 忍 しの ぶ 者 もの は 救 すく われる。
”また、からだを 殺 ころ しても、 魂 たましい を 殺 ころ すことのできない 者 もの どもを 恐 おそ れるな。むしろ、からだも 魂 たましい も 地獄 じごく で 滅 ほろ ぼす 力 ちから のあるかたを 恐 おそ れなさい。
”だから 人 ひと の 前 まえ でわたしを 受 う けいれる 者 もの を、わたしもまた、 天 てん にいますわたしの 父 ちち の 前 まえ で 受 う けいれるであろう。 しかし、 人 ひと の 前 まえ でわたしを 拒 こば む 者 もの を、わたしも 天 てん にいますわたしの 父 ちち の 前 まえ で 拒 こば むであろう。
”わたしよりも 父 ちち または 母 はは を 愛 あい する 者 もの は、わたしにふさわしくない。わたしよりもむすこや 娘 むすめ を 愛 あい する 者 もの は、わたしにふさわしくない。 また 自分 じぶん の 十字架 じゅうじか をとってわたしに 従 したが ってこない 者 もの はわたしにふさわしくない。 自分 じぶん の 命 いのち を 得 え ている 者 もの はそれを 失 うしな い、わたしのために 自分 じぶん の 命 いのち を 失 うしな っている 者 もの は、それを 得 え るであろう。
”それからイエスは、 数々 かずかず の 力 ちから あるわざがなされたのに、 悔 く い 改 あらた めることをしなかった 町々 まちまち を、 責 せ めはじめられた。
”というのは、 悪 わる い 思 おも い、すなわち、 殺人 さつじん 、 姦淫 かんいん 、 不品行 ふひんこう 、 盗 ぬす み、 偽証 ぎしょう 、 誹 そし りは、 心 こころ の 中 なか から 出 で てくるのであって、
”たとい 人 ひと が 全 ぜん 世界 せかい をもうけても、 自分 じぶん の 命 いのち を 損 そん したら、なんの 得 とく になろうか。また、 人 ひと はどんな 代価 だいか を 払 はら って、その 命 いのち を 買 か いもどすことができようか。
”「よく 聞 き きなさい。 心 こころ をいれかえて 幼 おさ な 子 ご のようにならなければ、 天国 てんごく にはいることはできないであろう。
”しかし、わたしを 信 しん ずるこれらの 小 ちい さい 者 もの のひとりをつまずかせる 者 もの は、 大 おお きなひきうすを 首 くび にかけられて 海 うみ の 深 ふか みに 沈 しず められる 方 ほう が、その 人 ひと の 益 えき になる。
”もしあなたの 片手 かたて または 片足 かたあし が、 罪 つみ を 犯 おか させるなら、それを 切 き って 捨 す てなさい。 両手 りょうて 、 両足 りょうあし がそろったままで、 永遠 えいえん の 火 ひ に 投 な げ 込 こ まれるよりは、 片手 かたて 、 片足 かたあし になって 命 いのち に 入 はい る 方 ほう がよい。 もしあなたの 片目 かため が 罪 つみ を 犯 おか させるなら、それを 抜 ぬ き 出 だ して 捨 す てなさい。 両 りょう 眼 がん がそろったままで 地獄 じごく の 火 ひ に 投 な げ 入 い れられるよりは、 片目 かため になって 命 いのち に 入 はい る 方 ほう がよい。
”そのとき、ペテロがイエスのもとにきて 言 い った、「 主 しゅ よ、 兄弟 きょうだい がわたしに 対 たい して 罪 つみ を 犯 おか した 場合 ばあい 、 幾 いく たびゆるさねばなりませんか。七たびまでですか」。 イエスは 彼 かれ に 言 い われた、「わたしは七たびまでとは 言 い わない。七たびを七十 倍 ばい するまでにしなさい。
”あなたがためいめいも、もし 心 こころ から 兄弟 きょうだい をゆるさないならば、わたしの 天 てん の 父 ちち もまたあなたがたに 対 たい して、そのようになさるであろう」。
”おおよそ、わたしの 名 な のために、 家 いえ 、 兄弟 きょうだい 、 姉妹 しまい 、 父 ちち 、 母 はは 、 子 こ 、もしくは 畑 はたけ を 捨 す てた 者 もの は、その 幾 いく 倍 ばい もを 受 う け、また 永遠 えいえん の 生命 せいめい を 受 う けつぐであろう。
”それは、 人 ひと の 子 こ がきたのも、 仕 つか えられるためではなく、 仕 つか えるためであり、また 多 おお くの 人 ひと のあがないとして、 自分 じぶん の 命 いのち を 与 あた えるためであるのと、ちょうど 同 おな じである」。
”というのは、ヨハネがあなたがたのところにきて、 義 ぎ の 道 みち を 説 と いたのに、あなたがたは 彼 かれ を 信 しん じなかった。ところが、 取税人 しゅぜいにん や 遊女 ゆうじょ は 彼 かれ を 信 しん じた。あなたがたはそれを 見 み たのに、あとになっても、 心 こころ をいれ 変 か えて 彼 かれ を 信 しん じようとしなかった。
”王 おう は 客 きゃく を 迎 むか えようとしてはいってきたが、そこに 礼服 れいふく をつけていないひとりの 人 ひと を 見 み て、 彼 かれ に 言 い った、『 友 とも よ、どうしてあなたは 礼服 れいふく をつけないで、ここにはいってきたのですか』。しかし、 彼 かれ は 黙 だま っていた。 そこで、 王 おう はそばの 者 もの たちに 言 い った、『この 者 もの の 手足 てあし をしばって、 外 そと の 暗 くら やみにほうり 出 だ せ。そこで 泣 な き 叫 さけ んだり、 歯 は がみをしたりするであろう』。 招 まね かれる 者 もの は 多 おお いが、 選 えら ばれる 者 もの は 少 すく ない」。
”イエスは 言 い われた、「『 心 こころ をつくし、 精神 せいしん をつくし、 思 おも いをつくして、 主 しゅ なるあなたの 神 かみ を 愛 あい せよ』。 これがいちばん 大切 たいせつ な、 第 だい 一のいましめである。 第 だい 二もこれと 同様 どうよう である、『 自分 じぶん を 愛 あい するようにあなたの 隣 とな り 人 びと を 愛 あい せよ』。 これらの二つのいましめに、 律法 りっぽう 全体 ぜんたい と 預言者 よげんしゃ とが、かかっている」。
”しかし、 最後 さいご まで 耐 た え 忍 しの ぶ 者 もの は 救 すく われる。
”そこで 天国 てんごく は、十 人 にん のおとめがそれぞれあかりを 手 て にして、 花婿 はなむこ を 迎 むか えに 出 で て 行 い くのに 似 に ている。 その 中 なか の五 人 にん は 思慮 しりょ が 浅 あさ く、五 人 にん は 思慮 しりょ 深 ぶか い 者 もの であった。 思慮 しりょ の 浅 あさ い 者 もの たちは、あかりは 持 も っていたが、 油 あぶら を 用意 ようい していなかった。 しかし、 思慮 しりょ 深 ぶか い 者 もの たちは、 自分 じぶん たちのあかりと 一緒 いっしょ に、 入 い れものの 中 なか に 油 あぶら を 用意 ようい していた。 花婿 はなむこ の 来 く るのがおくれたので、 彼 かれ らはみな 居眠 いねむ りをして、 寝 ね てしまった。 夜中 よなか に、『さあ、 花婿 はなむこ だ、 迎 むか えに 出 で なさい』と 呼 よ ぶ 声 こえ がした。 そのとき、おとめたちはみな 起 お きて、それぞれあかりを 整 ととの えた。 ところが、 思慮 しりょ の 浅 あさ い 女 おんな たちが、 思慮 しりょ 深 ぶか い 女 おんな たちに 言 い った、『あなたがたの 油 あぶら をわたしたちにわけてください。わたしたちのあかりが 消 き えかかっていますから』。 すると、 思慮 しりょ 深 ぶか い 女 おんな たちは 答 こた えて 言 い った、『わたしたちとあなたがたとに 足 た りるだけは、 多分 たぶん ないでしょう。 店 みせ に 行 い って、あなたがたの 分 ふん をお 買 か いになる 方 ほう がよいでしょう』。 彼 かれ らが 買 か いに 出 で ているうちに、 花婿 はなむこ が 着 つ いた。そこで、 用意 ようい のできていた 女 おんな たちは、 花婿 はなむこ と 一緒 いっしょ に 婚 こん 宴 えん のへやにはいり、そして 戸 と がしめられた。 そのあとで、ほかのおとめたちもきて、『ご 主人様 しゅじんさま 、ご 主人様 しゅじんさま 、どうぞ、あけてください』と 言 い った。 しかし 彼 かれ は 答 こた えて、『はっきり 言 い うが、わたしはあなたがたを 知 し らない』と 言 い った。
”人 ひと の 子 こ が 栄光 えいこう の 中 なか にすべての 御使 みつかい たちを 従 したが えて 来 く るとき、 彼 かれ はその 栄光 えいこう の 座 ざ につくであろう。 そして、すべての 国民 こくみん をその 前 まえ に 集 あつ めて、 羊飼 ひつじかい が 羊 ひつじ とやぎとを 分 わ けるように、 彼 かれ らをより 分 わ け、 羊 ひつじ を 右 みぎ に、やぎを 左 ひだり におくであろう。 そのとき、 王 おう は 右 みぎ にいる 人々 ひとびと に 言 い うであろう、『わたしの 父 ちち に 祝福 しゅくふく された 人 ひと たちよ、さあ、 世 よ の 初 はじ めからあなたがたのために 用意 ようい されている 御国 みくに を 受 う けつぎなさい。 あなたがたは、わたしが 空腹 くうふく のときに 食 た べさせ、かわいていたときに 飲 の ませ、 旅人 たびびと であったときに 宿 やど を 貸 か し、 裸 はだか であったときに 着 き せ、 病気 びょうき のときに 見舞 みま い、 獄 ごく にいたときに 尋 たず ねてくれたからである』。 そのとき、 正 ただ しい 者 もの たちは 答 こた えて 言 い うであろう、『 主 しゅ よ、いつ、わたしたちは、あなたが 空腹 くうふく であるのを 見 み て 食物 しょくもつ をめぐみ、かわいているのを 見 み て 飲 の ませましたか。 いつあなたが 旅人 たびびと であるのを 見 み て 宿 やど を 貸 か し、 裸 はだか なのを 見 み て 着 き せましたか。 また、いつあなたが 病気 びょうき をし、 獄 ごく にいるのを 見 み て、あなたの 所 ところ に 参 まい りましたか』。 すると、 王 おう は 答 こた えて 言 い うであろう、『あなたがたによく 言 い っておく。わたしの 兄弟 きょうだい であるこれらの 最 もっと も 小 ちい さい 者 もの のひとりにしたのは、すなわち、わたしにしたのである』。 それから、 左 ひだり にいる 人々 ひとびと にも 言 い うであろう、『のろわれた 者 もの どもよ、わたしを 離 はな れて、 悪魔 あくま とその 使 つかい たちとのために 用意 ようい されている 永遠 えいえん の 火 ひ にはいってしまえ。 あなたがたは、わたしが 空腹 くうふく のときに 食 た べさせず、かわいていたときに 飲 の ませず、 旅人 たびびと であったときに 宿 やど を 貸 か さず、 裸 はだか であったときに 着 き せず、また 病気 びょうき のときや、 獄 ごく にいたときに、わたしを 尋 たず ねてくれなかったからである』。 そのとき、 彼 かれ らもまた 答 こた えて 言 い うであろう、『 主 しゅ よ、いつ、あなたが 空腹 くうふく であり、かわいておられ、 旅人 たびびと であり、 裸 はだか であり、 病気 びょうき であり、 獄 ごく におられたのを 見 み て、わたしたちはお 世話 せわ をしませんでしたか』。 そのとき、 彼 かれ は 答 こた えて 言 い うであろう、『あなたがたによく 言 い っておく。これらの 最 もっと も 小 ちい さい 者 もの のひとりにしなかったのは、すなわち、わたしにしなかったのである』。 そして 彼 かれ らは 永遠 えいえん の 刑罰 けいばつ を 受 う け、 正 ただ しい 者 もの は 永遠 えいえん の 生命 せいめい に 入 い るであろう」。
”これは、 罪 つみ のゆるしを 得 え させるようにと、 多 おお くの 人 ひと のために 流 なが すわたしの 契約 けいやく の 血 ち である。
”誘惑 ゆうわく に 陥 おちい らないように、 目 め をさまして 祈 いの っていなさい。 心 こころ は 熱 ねっ しているが、 肉体 にくたい が 弱 よわ いのである」。
”イエスはもう 一度 いちど 大声 おおごえ で 叫 さけ んで、ついに 息 いき をひきとられた。 すると 見 み よ、 神殿 しんでん の 幕 まく が 上 うえ から 下 した まで 真二 まっぷた つに 裂 さ けた。また 地震 じしん があり、 岩 いわ が 裂 さ け、
”それゆえに、あなたがたは 行 い って、すべての 国民 こくみん を 弟子 でし として、 父 ちち と 子 こ と 聖霊 せいれい との 名 な によって、 彼 かれ らにバプテスマを 施 ほどこ し、
”バプテスマのヨハネが 荒野 あらの に 現 あらわ れて、 罪 つみ のゆるしを 得 え させる 悔改 くいあらた めのバプテスマを 宣 の べ 伝 つた えていた。 そこで、ユダヤ 全土 ぜんど とエルサレムの 全 ぜん 住民 じゅうみん とが、 彼 かれ のもとにぞくぞくと 出 で て 行 い って、 自分 じぶん の 罪 つみ を 告白 こくはく し、ヨルダン 川 がわ でヨハネからバプテスマを 受 う けた。
”「 時 とき は 満 み ちた、 神 かみ の 国 くに は 近 ちか づいた。 悔 く い 改 あらた めて 福音 ふくいん を 信 しん ぜよ」。
”また、あなたがたを 迎 むか えず、あなたがたの 話 はなし を 聞 き きもしない 所 ところ があったなら、そこから 出 で て 行 い くとき、 彼 かれ らに 対 たい する 抗議 こうぎ のしるしに、 足 あし の 裏 うら のちりを 払 はら い 落 おと しなさい」。 そこで、 彼 かれ らは 出 で て 行 い って、 悔改 くいあらた めを 宣 の べ 伝 つた え、
”さらに 言 い われた、「 人 ひと から 出 で て 来 く るもの、それが 人 ひと をけがすのである。 すなわち 内部 ないぶ から、 人 ひと の 心 こころ の 中 なか から、 悪 わる い 思 おも いが 出 で て 来 く る。 不品行 ふひんこう 、 盗 ぬす み、 殺人 さつじん 、 姦淫 かんいん 、 貪欲 どんよく 、 邪悪 じゃあく 、 欺 あざむ き、 好色 こうしょく 、 妬 ねた み、 誹 そし り、 高慢 こうまん 、 愚痴 ぐち。 これらの 悪 あく はすべて 内部 ないぶ から 出 で てきて、 人 ひと をけがすのである」。
”それから 群衆 ぐんしゅう を 弟子 でし たちと 一緒 いっしょ に 呼 よ び 寄 よ せて、 彼 かれ らに 言 い われた、「だれでもわたしについてきたいと 思 おも うなら、 自分 じぶん を 捨 す て、 自分 じぶん の 十字架 じゅうじか を 負 お うて、わたしに 従 したが ってきなさい。 自分 じぶん の 命 いのち を 救 すく おうと 思 おも う 者 もの はそれを 失 うしな い、わたしのため、また 福音 ふくいん のために、 自分 じぶん の 命 いのち を 失 うしな う 者 もの は、それを 救 すく うであろう。 人 ひと が 全 ぜん 世界 せかい をもうけても、 自分 じぶん の 命 いのち を 損 そん したら、なんの 得 え になろうか。 また、 人 ひと はどんな 代価 だいか を 払 はら って、その 命 いのち を 買 か いもどすことができようか。
”邪悪 じゃあく で 罪深 つみぶか いこの 時代 じだい にあって、わたしとわたしの 言葉 ことば とを 恥 は じる 者 もの に 対 たい しては、 人 ひと の 子 こ もまた、 父 ちち の 栄光 えいこう のうちに 聖 せい なる 御使 みつかい たちと 共 とも に 来 く るときに、その 者 もの を 恥 は じるであろう」。
”もし、あなたの 片手 かたて が 罪 つみ を 犯 おか させるなら、それを 切 き り 捨 す てなさい。 両手 りょうて がそろったままで 地獄 じごく の 消 き えない 火 ひ の 中 なか に 落 お ち 込 こ むよりは、かたわになって 命 いのち に 入 はい る 方 ほう がよい。〔 地獄 じごく では、うじがつきず、 火 ひ も 消 き えることがない。〕
”もし、あなたの 片足 かたあし が 罪 つみ を 犯 おか させるなら、それを 切 き り 捨 す てなさい。 両足 りょうあし がそろったままで 地獄 じごく に 投 な げ 入 い れられるよりは、 片足 かたあし で 命 いのち に 入 はい る 方 ほう がよい。〔 地獄 じごく では、うじがつきず、 火 ひ も 消 き えることがない。〕
”もし、あなたの 片目 かため が 罪 つみ を 犯 おか させるなら、それを 抜 ぬ き 出 だ しなさい。 両 りょう 眼 がん がそろったままで 地獄 じごく に 投 な げ 入 い れられるよりは、 片目 かため になって 神 かみ の 国 くに に 入 はい る 方 ほう がよい。 地獄 じごく では、うじがつきず、 火 ひ も 消 き えることがない。
”よく 聞 き いておくがよい。だれでも 幼 おさ な 子 ご のように 神 かみ の 国 くに を 受 う けいれる 者 もの でなければ、そこにはいることは 決 けっ してできない」。
”人 ひと の 子 こ がきたのも、 仕 つか えられるためではなく、 仕 つか えるためであり、また 多 おお くの 人 ひと のあがないとして、 自分 じぶん の 命 いのち を 与 あた えるためである」。
”また 立 た って 祈 いの るとき、だれかに 対 たい して、 何 なに か 恨 うら み 事 こと があるならば、ゆるしてやりなさい。そうすれば、 天 てん にいますあなたがたの 父 ちち も、あなたがたのあやまちを、ゆるしてくださるであろう。〔
”もしゆるさないならば、 天 てん にいますあなたがたの 父 ちち も、あなたがたのあやまちを、ゆるしてくださらないであろう〕」。
”また、あなたがたはわたしの 名 な のゆえに、すべての 人 ひと に 憎 にく まれるであろう。しかし、 最後 さいご まで 耐 た え 忍 しの ぶ 者 もの は 救 すく われる。
”イエスはまた 言 い われた、「これは、 多 おお くの 人 ひと のために 流 なが すわたしの 契約 けいやく の 血 ち である。
”「アバ、 父 ちち よ、あなたには、できないことはありません。どうか、この 杯 さかずき をわたしから 取 と りのけてください。しかし、わたしの 思 おも いではなく、みこころのままになさってください」。
”誘惑 ゆうわく に 陥 おちい らないように、 目 め をさまして 祈 いの っていなさい。 心 こころ は 熱 ねっ しているが、 肉体 にくたい が 弱 よわ いのである」。
”信 しん じてバプテスマを 受 う ける 者 もの は 救 すく われる。しかし、 不 ふ 信仰 しんこう の 者 もの は 罪 つみ に 定 さだ められる。
”そのあわれみは、 代々 よよ 限 かぎ りなく 主 しゅ をかしこみ 恐 おそ れる 者 もの に 及 およ びます。
”生 い きている 限 かぎ り、きよく 正 ただ しく、みまえに 恐 おそ れなく 仕 つか えさせてくださるのである。
”罪 つみ のゆるしによる 救 すくい をその 民 たみ に 知 し らせるのであるから。
”彼 かれ はヨルダンのほとりの 全 ぜん 地方 ちほう に 行 い って、 罪 つみ のゆるしを 得 え させる 悔改 くいあらた めのバプテスマを 宣 の べ 伝 つた えた。
”さて、ヨハネは、 彼 かれ からバプテスマを 受 う けようとして 出 で てきた 群衆 ぐんしゅう にむかって 言 い った、「まむしの 子 こ らよ、 迫 せま ってきている 神 かみ の 怒 いか りから、のがれられると、おまえたちにだれが 教 おし えたのか。 だから、 悔改 くいあらた めにふさわしい 実 み を 結 むす べ。 自分 じぶん たちの 父 ちち にはアブラハムがあるなどと、 心 こころ の 中 なか で 思 おも ってもみるな。おまえたちに 言 い っておく。 神 かみ はこれらの 石 いし ころからでも、アブラハムの 子 こ を 起 おこ すことができるのだ。 斧 おの がすでに 木 き の 根 ね もとに 置 お かれている。だから、 良 よ い 実 み を 結 むす ばない 木 き はことごとく 切 き られて、 火 ひ の 中 なか に 投 な げ 込 こ まれるのだ」。
”取税人 しゅぜいにん もバプテスマを 受 う けにきて、 彼 かれ に 言 い った、「 先生 せんせい 、わたしたちは 何 なに をすればよいのですか」。
”さて、 民衆 みんしゅう がみなバプテスマを 受 う けたとき、イエスもバプテスマを 受 う けて 祈 いの っておられると、 天 てん が 開 ひら けて、
”「 主 しゅ の 御霊 みたま がわたしに 宿 やど っている。 貧 まず しい 人々 ひとびと に 福音 ふくいん を 宣 の べ 伝 つた えさせるために、わたしを 聖 せい 別 べつ してくださったからである。 主 しゅ はわたしをつかわして、 囚人 しゅうじん が 解放 かいほう され、 盲人 もうじん の 目 め が 開 ひら かれることを 告 つ げ 知 し らせ、 打 う ちひしがれている 者 もの に 自由 じゆう を 得 え させ、
”これを 見 み てシモン・ペテロは、イエスのひざもとにひれ 伏 ふ して 言 い った、「 主 しゅ よ、わたしから 離 はな れてください。わたしは 罪深 つみふか い 者 もの です」。
”あなたがたの 父 ちち なる 神 かみ が 慈悲 じひ 深 ぶか いように、あなたがたも 慈悲 じひ 深 ぶか い 者 もの となれ。 人 ひと をさばくな。そうすれば、 自分 じぶん もさばかれることがないであろう。また 人 ひと を 罪 つみ に 定 さだ めるな。そうすれば、 自分 じぶん も 罪 つみ に 定 さだ められることがないであろう。ゆるしてやれ。そうすれば、 自分 じぶん もゆるされるであろう。
”しかし、パリサイ 人 びと と 律法 りっぽう 学者 がくしゃ たちとは 彼 かれ からバプテスマを 受 う けないで、 自分 じぶん たちに 対 たい する 神 かみ のみこころを 無 む にした。)
”あなたはわたしの 頭 あたま に 油 あぶら を 塗 ぬ ってくれなかったが、 彼女 かのじょ はわたしの 足 あし に 香油 こうゆ を 塗 ぬ ってくれた。 それであなたに 言 い うが、この 女 おんな は 多 おお く 愛 あい したから、その 多 おお くの 罪 つみ はゆるされているのである。 少 すこ しだけゆるされた 者 もの は、 少 すこ しだけしか 愛 あい さない」。 そして 女 おんな に、「あなたの 罪 つみ はゆるされた」と 言 い われた。
”それから、みんなの 者 もの に 言 い われた、「だれでもわたしについてきたいと 思 おも うなら、 自分 じぶん を 捨 す て、 日々 ひび 自分 じぶん の 十字架 じゅうじか を 負 お うて、わたしに 従 したが ってきなさい。 自分 じぶん の 命 いのち を 救 すく おうと 思 おも う 者 もの はそれを 失 うしな い、わたしのために 自分 じぶん の 命 いのち を 失 うしな う 者 もの は、それを 救 すく うであろう。 人 ひと が 全 ぜん 世界 せかい をもうけても、 自分 じぶん 自身 じしん を 失 うしな いまたは 損 そん したら、なんの 得 え になろうか。
”わたしとわたしの 言葉 ことば とを 恥 は じる 者 もの に 対 たい しては、 人 ひと の 子 こ もまた、 自分 じぶん の 栄光 えいこう と、 父 ちち と 聖 せい なる 御使 みつかい との 栄光 えいこう のうちに 現 あらわ れて 来 く るとき、その 者 もの を 恥 は じるであろう。
”イエスは 言 い われた、「 手 て をすきにかけてから、うしろを 見 み る 者 もの は、 神 かみ の 国 くに にふさわしくないものである」。
”そこで 彼 かれ らに 言 い われた、「 祈 いの るときには、こう 言 い いなさい、『 父 ちち よ、 御名 みな があがめられますように。 御国 みくに がきますように。 わたしたちの 日 ひ ごとの 食物 しょくもつ を、 日々 ひび お 与 あた えください。 わたしたちに 負債 ふさい のある 者 もの を 皆 みな ゆるしますから、わたしたちの 罪 つみ をもおゆるしください。わたしたちを 試 こころ みに 会 あ わせないでください』」。
”そこで、あなたがたに 言 い う。だれでも 人 ひと の 前 まえ でわたしを 受 う けいれる 者 もの を、 人 ひと の 子 こ も 神 かみ の 使 つかい たちの 前 まえ で 受 う けいれるであろう。 しかし、 人 ひと の 前 まえ でわたしを 拒 こば む 者 もの は、 神 かみ の 使 つかい たちの 前 まえ で 拒 こば まれるであろう。
”そこでイエスは 答 こた えて 言 い われた、「それらのガリラヤ 人 びと が、そのような 災難 さいなん にあったからといって、 他 た のすべてのガリラヤ 人 びと 以上 いじょう に 罪 つみ が 深 ふか かったと 思 おも うのか。 あなたがたに 言 い うが、そうではない。あなたがたも 悔 く い 改 あらた めなければ、みな 同 おな じように 滅 ほろ びるであろう。 また、シロアムの 塔 とう が 倒 たお れたためにおし 殺 ころ されたあの十八 人 にん は、エルサレムの 他 た の 全 ぜん 住民 じゅうみん 以上 いじょう に 罪 つみ の 負債 ふさい があったと 思 おも うか。 あなたがたに 言 い うが、そうではない。あなたがたも 悔 く い 改 あらた めなければ、みな 同 おな じように 滅 ほろ びるであろう」。
”よく 聞 き きなさい。それと 同 おな じように、 罪人 つみびと がひとりでも 悔 く い 改 あらた めるなら、 悔改 くいあらた めを 必要 ひつよう としない九十九 人 にん の 正 ただ しい 人 ひと のためにもまさる 大 おお きいよろこびが、 天 てん にあるであろう。
”よく 聞 き きなさい。それと 同 おな じように、 罪人 つみびと がひとりでも 悔 く い 改 あらた めるなら、 神 かみ の 御使 みつかい たちの 前 まえ でよろこびがあるであろう」。
”また 言 い われた、「ある 人 ひと に、ふたりのむすこがあった。 ところが、 弟 おとうと が 父親 ちちおや に 言 い った、『 父 ちち よ、あなたの 財産 ざいさん のうちでわたしがいただく 分 ぶん をください』。そこで、 父 ちち はその 身代 しんだい をふたりに 分 わ けてやった。 それから 幾日 いくにち もたたないうちに、 弟 おとうと は 自分 じぶん のものを 全部 ぜんぶ とりまとめて 遠 とお い 所 ところ へ 行 い き、そこで 放蕩 ほうとう に 身 み を 持 も ちくずして 財産 ざいさん を 使 つか い 果 はた した。 何 なに もかも 浪費 ろうひ してしまったのち、その 地方 ちほう にひどいききんがあったので、 彼 かれ は 食 た べることにも 窮 きゅう しはじめた。 そこで、その 地方 ちほう のある 住民 じゅうみん のところに 行 い って 身 み を 寄 よ せたところが、その 人 ひと は 彼 かれ を 畑 はたけ にやって 豚 ぶた を 飼 か わせた。 彼 かれ は、 豚 ぶた の 食 た べるいなご 豆 まめ で 腹 はら を 満 み たしたいと 思 おも うほどであったが、 何 なに もくれる 人 ひと はなかった。 そこで 彼 かれ は 本心 ほんしん に 立 た ちかえって 言 い った、『 父 ちち のところには 食物 しょくもつ のあり 余 あま っている 雇人 やといにん が 大 おお ぜいいるのに、わたしはここで 飢 う えて 死 し のうとしている。 立 た って、 父 ちち のところへ 帰 かえ って、こう 言 い おう、 父 ちち よ、わたしは 天 てん に 対 たい しても、あなたにむかっても、 罪 つみ を 犯 おか しました。 もう、あなたのむすこと 呼 よ ばれる 資格 しかく はありません。どうぞ、 雇人 やといにん のひとり 同様 どうよう にしてください』。 そこで 立 た って、 父 ちち のところへ 出 で かけた。まだ 遠 とお く 離 はな れていたのに、 父 ちち は 彼 かれ をみとめ、 哀 あわ れに 思 おも って 走 はし り 寄 よ り、その 首 くび をだいて 接吻 せっぷん した。 むすこは 父 ちち に 言 い った、『 父 ちち よ、わたしは 天 てん に 対 たい しても、あなたにむかっても、 罪 つみ を 犯 おか しました。もうあなたのむすこと 呼 よ ばれる 資格 しかく はありません』。 しかし 父 ちち は 僕 しもべ たちに 言 い いつけた、『さあ、 早 はや く、 最上 さいじょう の 着物 きもの を 出 だ してきてこの 子 こ に 着 き せ、 指輪 ゆびわ を 手 て にはめ、はきものを 足 あし にはかせなさい。 また、 肥 こ えた 子 こ 牛 うし を 引 ひ いてきてほふりなさい。 食 た べて 楽 たの しもうではないか。 このむすこが 死 し んでいたのに 生 い き 返 かえ り、いなくなっていたのに 見 み つかったのだから』。それから 祝宴 しゅくえん がはじまった。 ところが、 兄 あに は 畑 はたけ にいたが、 帰 かえ ってきて 家 いえ に 近 ちか づくと、 音楽 おんがく や 踊 おど りの 音 おと が 聞 きこ えたので、 ひとりの 僕 しもべ を 呼 よ んで、『いったい、これは 何事 なにごと なのか』と 尋 たず ねた。 僕 しもべ は 答 こた えた、『あなたのご 兄弟 きょうだい がお 帰 かえ りになりました。 無事 ぶじ に 迎 むか えたというので、 父上 ちちうえ が 肥 こ えた 子 こ 牛 うし をほふらせなさったのです』。 兄 あに はおこって 家 いえ にはいろうとしなかったので、 父 ちち が 出 で てきてなだめると、 兄 あに は 父 ちち にむかって 言 い った、『わたしは 何 なん か 年 ねん もあなたに 仕 つか えて、一 度 ど でもあなたの 言 い いつけにそむいたことはなかったのに、 友 とも だちと 楽 たの しむために 子 こ やぎ一 匹 ぴき も 下 くだ さったことはありません。 それだのに、 遊女 ゆうじょ どもと 一緒 いっしょ になって、あなたの 身代 しんだい を 食 く いつぶしたこのあなたの 子 こ が 帰 かえ ってくると、そのために 肥 こ えた 子 こ 牛 うし をほふりなさいました』。 すると 父 ちち は 言 い った、『 子 こ よ、あなたはいつもわたしと 一緒 いっしょ にいるし、またわたしのものは 全部 ぜんぶ あなたのものだ。 しかし、このあなたの 弟 おとうと は、 死 し んでいたのに 生 い き 返 かえ り、いなくなっていたのに 見 み つかったのだから、 喜 よろこ び 祝 いわ うのはあたりまえである』」。
”金持 かねもち が 言 い った、『いえいえ、 父 ちち アブラハムよ、もし 死人 しにん の 中 なか からだれかが 兄弟 きょうだい たちのところへ 行 い ってくれましたら、 彼 かれ らは 悔 く い 改 あらた めるでしょう』。 アブラハムは 言 い った、『もし 彼 かれ らがモーセと 預言者 よげんしゃ とに 耳 みみ を 傾 かたむ けないなら、 死人 しにん の 中 なか からよみがえってくる 者 もの があっても、 彼 かれ らはその 勧 すす めを 聞 き き 入 い れはしないであろう』」。
”あなたがたは、 自分 じぶん で 注意 ちゅうい していなさい。もしあなたの 兄弟 きょうだい が 罪 つみ を 犯 おか すなら、 彼 かれ をいさめなさい。そして 悔 く い 改 あらた めたら、ゆるしてやりなさい。 もしあなたに 対 たい して一 日 にち に七 度 ど 罪 つみ を 犯 おか し、そして七 度 ど 『 悔 く い 改 あらた めます』と 言 い ってあなたのところへ 帰 かえ ってくれば、ゆるしてやるがよい」。
”ところが、 取税人 しゅぜいにん は 遠 とお く 離 はな れて 立 た ち、 目 め を 天 てん にむけようともしないで、 胸 むね を 打 う ちながら 言 い った、『 神様 かみさま 、 罪人 つみびと のわたしをおゆるしください』と。
”人 ひと の 子 こ がきたのは、 失 うしな われたものを 尋 たず ね 出 だ して 救 すく うためである」。
”またパンを 取 と り、 感謝 かんしゃ してこれをさき、 弟子 でし たちに 与 あた えて 言 い われた、「これは、あなたがたのために 与 あた えるわたしのからだである。わたしを 記念 きねん するため、このように 行 おこな いなさい」。 食事 しょくじ ののち、 杯 さかずき も 同 おな じ 様 よう にして 言 い われた、「この 杯 さかずき は、あなたがたのために 流 なが すわたしの 血 ち で 立 た てられる 新 あたら しい 契約 けいやく である。
”いつもの 場所 ばしょ に 着 つ いてから、 彼 かれ らに 言 い われた、「 誘惑 ゆうわく に 陥 おちい らないように 祈 いの りなさい」。
”「 父 ちち よ、みこころならば、どうぞ、この 杯 さかずき をわたしから 取 と りのけてください。しかし、わたしの 思 おも いではなく、みこころが 成 な るようにしてください」。
”十字架 じゅうじか にかけられた 犯罪 はんざい 人 にん のひとりが、「あなたはキリストではないか。それなら、 自分 じぶん を 救 すく い、またわれわれも 救 すく ってみよ」と、イエスに 悪口 わるくち を 言 い いつづけた。 もうひとりは、それをたしなめて 言 い った、「おまえは 同 おな じ 刑 けい を 受 う けていながら、 神 かみ を 恐 おそ れないのか。 お 互 たがい は 自分 じぶん のやった 事 こと のむくいを 受 う けているのだから、こうなったのは 当然 とうぜん だ。しかし、このかたは 何 なに も 悪 わる いことをしたのではない」。 そして 言 い った、「イエスよ、あなたが 御国 みくに の 権威 けんい をもっておいでになる 時 とき には、わたしを 思 おも い 出 だ してください」。 イエスは 言 い われた、「よく 言 い っておくが、あなたはきょう、わたしと 一緒 いっしょ にパラダイスにいるであろう」。
”言 い われた、「こう、しるしてある。キリストは 苦 くる しみを 受 う けて、三 日 か 目 め に 死人 しにん の 中 なか からよみがえる。 そして、その 名 な によって 罪 つみ のゆるしを 得 え させる 悔改 くいあらた めが、エルサレムからはじまって、もろもろの 国民 こくみん に 宣 の べ 伝 つた えられる。
”しかし、 彼 かれ を 受 う けいれた 者 もの 、すなわち、その 名 な を 信 しん じた 人々 ひとびと には、 彼 かれ は 神 かみ の 子 こ となる 力 ちから を 与 あた えたのである。 それらの 人 ひと は、 血 ち すじによらず、 肉 にく の 欲 よく によらず、また、 人 ひと の 欲 よく にもよらず、ただ 神 かみ によって 生 うま れたのである。
”その 翌日 よくじつ 、ヨハネはイエスが 自分 じぶん の 方 ほう にこられるのを 見 み て 言 い った、「 見 み よ、 世 よ の 罪 つみ を 取 と り 除 のぞ く 神 かみ の 小羊 こひつじ。
”イエスは 答 こた えて 言 い われた、「よくよくあなたに 言 い っておく。だれでも 新 あたら しく 生 うま れなければ、 神 かみ の 国 くに を 見 み ることはできない」。
”イエスは 答 こた えられた、「よくよくあなたに 言 い っておく。だれでも、 水 みず と 霊 れい とから 生 うま れなければ、 神 かみ の 国 くに にはいることはできない。 肉 にく から 生 うま れる 者 もの は 肉 にく であり、 霊 れい から 生 うま れる 者 もの は 霊 れい である。 あなたがたは 新 あたら しく 生 うま れなければならないと、わたしが 言 い ったからとて、 不思議 ふしぎ に 思 おも うには 及 およ ばない。
”そして、ちょうどモーセが 荒野 あらの でへびを 上 あ げたように、 人 ひと の 子 こ もまた 上 あ げられなければならない。 それは 彼 かれ を 信 しん じる 者 もの が、すべて 永遠 えいえん の 命 いのち を 得 え るためである」。 神 かみ はそのひとり 子 こ を 賜 たま わったほどに、この 世 よ を 愛 あい して 下 くだ さった。それは 御子 みこ を 信 しん じる 者 もの がひとりも 滅 ほろ びないで、 永遠 えいえん の 命 いのち を 得 え るためである。 神 かみ が 御子 みこ を 世 よ につかわされたのは、 世 よ をさばくためではなく、 御子 みこ によって、この 世 よ が 救 すく われるためである。 彼 かれ を 信 しん じる 者 もの は、さばかれない。 信 しん じない 者 もの は、すでにさばかれている。 神 かみ のひとり 子 こ の 名 な を 信 しん じることをしないからである。 そのさばきというのは、 光 ひかり がこの 世 よ にきたのに、 人々 ひとびと はそのおこないが 悪 わる いために、 光 ひかり よりもやみの 方 ほう を 愛 あい したことである。 悪 あく を 行 おこな っている 者 もの はみな 光 ひかり を 憎 にく む。そして、そのおこないが 明 あか るみに 出 だ されるのを 恐 おそ れて、 光 ひかり にこようとはしない。 しかし、 真理 しんり を 行 おこな っている 者 もの は 光 ひかり に 来 く る。その 人 ひと のおこないの、 神 かみ にあってなされたということが、 明 あき らかにされるためである。
”こののち、イエスは 弟子 でし たちとユダヤの 地 ち に 行 い き、 彼 かれ らと 一緒 いっしょ にそこに 滞在 たいざい して、バプテスマを 授 さづ けておられた。
”御子 みこ を 信 しん じる 者 もの は 永遠 えいえん の 命 いのち をもつ。 御子 みこ に 従 したが わない 者 もの は、 命 いのち にあずかることがないばかりか、 神 かみ の 怒 いか りがその 上 うえ にとどまるのである」。
”神 かみ は 霊 れい であるから、 礼拝 れいはい をする 者 もの も、 霊 れい とまこととをもって 礼拝 れいはい すべきである」。
”そののち、イエスは 宮 みや でその 人 ひと に 出会 であ ったので、 彼 かれ に 言 い われた、「ごらん、あなたはよくなった。もう 罪 つみ を 犯 おか してはいけない。 何 なに かもっと 悪 わる いことが、あなたの 身 み に 起 おこ るかも 知 し れないから」。
”よくよくあなたがたに 言 い っておく。わたしの 言葉 ことば を 聞 き いて、わたしをつかわされたかたを 信 しん じる 者 もの は、 永遠 えいえん の 命 いのち を 受 う け、またさばかれることがなく、 死 し から 命 いのち に 移 うつ っているのである。
”このことを 驚 おどろ くには 及 およ ばない。 墓 はか の 中 なか にいる 者 もの たちがみな 神 かみ の 子 こ の 声 こえ を 聞 き き、 善 ぜん をおこなった 人々 ひとびと は、 生命 せいめい を 受 う けるためによみがえり、 悪 あく をおこなった 人々 ひとびと は、さばきを 受 う けるためによみがえって、それぞれ 出 で てくる 時 とき が 来 く るであろう。
”父 ちち がわたしに 与 あた えて 下 くだ さる 者 もの は 皆 みな 、わたしに 来 く るであろう。そして、わたしに 来 く る 者 もの を 決 けっ して 拒 こば みはしない。
”わたしの 父 ちち のみこころは、 子 こ を 見 み て 信 しん じる 者 もの が、ことごとく 永遠 えいえん の 命 いのち を 得 え ることなのである。そして、わたしはその 人々 ひとびと を 終 おわ りの 日 ひ によみがえらせるであろう」。
”わたしをつかわされた 父 ちち が 引 ひ きよせて 下 くだ さらなければ、だれもわたしに 来 く ることはできない。わたしは、その 人々 ひとびと を 終 おわ りの 日 ひ によみがえらせるであろう。 預言者 よげんしゃ の 書 しょ に、『 彼 かれ らはみな 神 かみ に 教 おし えられるであろう』と 書 か いてある。 父 ちち から 聞 き いて 学 まな んだ 者 もの は、みなわたしに 来 く るのである。
”よくよくあなたがたに 言 い っておく。 信 しん じる 者 もの には 永遠 えいえん の 命 いのち がある。
”わたしは 天 てん から 下 くだ ってきた 生 い きたパンである。それを 食 た べる 者 もの は、いつまでも 生 い きるであろう。わたしが 与 あた えるパンは、 世 よ の 命 いのち のために 与 あた えるわたしの 肉 にく である」。
”イエスは 彼 かれ らに 言 い われた、「よくよく 言 い っておく。 人 ひと の 子 こ の 肉 にく を 食 た べず、また、その 血 ち を 飲 の まなければ、あなたがたの 内 うち に 命 いのち はない。 わたしの 肉 にく を 食 た べ、わたしの 血 ち を 飲 の む 者 もの には、 永遠 えいえん の 命 いのち があり、わたしはその 人 ひと を 終 おわ りの 日 ひ によみがえらせるであろう。 わたしの 肉 にく はまことの 食物 しょくもつ 、わたしの 血 ち はまことの 飲 の み 物 もの である。 わたしの 肉 にく を 食 た べ、わたしの 血 ち を 飲 の む 者 もの はわたしにおり、わたしもまたその 人 ひと におる。 生 い ける 父 ちち がわたしをつかわされ、また、わたしが 父 ちち によって 生 い きているように、わたしを 食 た べる 者 もの もわたしによって 生 い きるであろう。 天 てん から 下 くだ ってきたパンは、 先祖 せんぞ たちが 食 た べたが 死 し んでしまったようなものではない。このパンを 食 た べる 者 もの は、いつまでも 生 い きるであろう」。
”イエスは、また 人々 ひとびと に 語 かた ってこう 言 い われた、「わたしは 世 よ の 光 ひかり である。わたしに 従 したが って 来 く る 者 もの は、やみのうちを 歩 ある くことがなく、 命 いのち の 光 ひかり をもつであろう」。
”だからわたしは、あなたがたは 自分 じぶん の 罪 つみ のうちに 死 し ぬであろうと、 言 い ったのである。もしわたしがそういう 者 もの であることをあなたがたが 信 しん じなければ、 罪 つみ のうちに 死 し ぬことになるからである」。
”イエスは 自分 じぶん を 信 しん じたユダヤ 人 じん たちに 言 い われた、「もしわたしの 言葉 ことば のうちにとどまっておるなら、あなたがたは、ほんとうにわたしの 弟子 でし なのである。 また 真理 しんり を 知 し るであろう。そして 真理 しんり は、あなたがたに 自由 じゆう を 得 え させるであろう」。
”わたしたちはこのことを 知 し っています。 神 かみ は 罪人 つみびと の 言 い うことはお 聞 き きいれになりませんが、 神 かみ を 敬 うやま い、そのみこころを 行 おこな う 人 ひと の 言 い うことは、 聞 き きいれて 下 くだ さいます。
”わたしにはまた、この 囲 かこ いにいない 他 た の 羊 ひつじ がある。わたしは 彼 かれ らをも 導 みちび かねばならない。 彼 かれ らも、わたしの 声 こえ に 聞 き き 従 したが うであろう。そして、ついに一つの 群 む れ、ひとりの 羊飼 ひつじかい となるであろう。
”あなたがたが 信 しん じないのは、わたしの 羊 ひつじ でないからである。 わたしの 羊 ひつじ はわたしの 声 こえ に 聞 き き 従 したが う。わたしは 彼 かれ らを 知 し っており、 彼 かれ らはわたしについて 来 く る。 わたしは、 彼 かれ らに 永遠 えいえん の 命 いのち を 与 あた える。だから、 彼 かれ らはいつまでも 滅 ほろ びることがなく、また、 彼 かれ らをわたしの 手 て から 奪 うば い 去 さ る 者 もの はない。
”イエスは 彼女 かのじょ に 言 い われた、「わたしはよみがえりであり、 命 いのち である。わたしを 信 しん じる 者 もの は、たとい 死 し んでも 生 い きる。 また、 生 い きていて、わたしを 信 しん じる 者 もの は、いつまでも 死 し なない。あなたはこれを 信 しん じるか」。 マルタはイエスに 言 い った、「 主 しゅ よ、 信 しん じます。あなたがこの 世 よ にきたるべきキリスト、 神 かみ の 御子 みこ であると 信 しん じております」。
”自分 じぶん の 命 いのち を 愛 あい する 者 もの はそれを 失 うしな い、この 世 よ で 自分 じぶん の 命 いのち を 憎 にく む 者 もの は、それを 保 たも って 永遠 えいえん の 命 いのち に 至 いた るであろう。
”しかし、 役人 やくにん たちの 中 なか にも、イエスを 信 しん じた 者 もの が 多 おお かったが、パリサイ 人 びと をはばかって、 告白 こくはく はしなかった。 会堂 かいどう から 追 お い 出 だ されるのを 恐 おそ れていたのである。 彼 かれ らは 神 かみ のほまれよりも、 人 ひと のほまれを 好 この んだからである。
”わたしは 光 ひかり としてこの 世 よ にきた。それは、わたしを 信 しん じる 者 もの が、やみのうちにとどまらないようになるためである。
”わたしを 捨 す てて、わたしの 言葉 ことば を 受 う けいれない 人 ひと には、その 人 ひと をさばくものがある。わたしの 語 かた ったその 言葉 ことば が、 終 おわ りの 日 ひ にその 人 ひと をさばくであろう。
”イエスは 彼 かれ に 言 い われた、「わたしは 道 みち であり、 真理 しんり であり、 命 いのち である。だれでもわたしによらないでは、 父 ちち のみもとに 行 い くことはできない。
”もしあなたがたがわたしを 愛 あい するならば、わたしのいましめを 守 まも るべきである。
”わたしのいましめは、これである。わたしがあなたがたを 愛 あい したように、あなたがたも 互 たがい に 愛 あい し 合 あ いなさい。 人 ひと がその 友 とも のために 自分 じぶん の 命 いのち を 捨 す てること、これよりも 大 おお きな 愛 あい はない。
”それがきたら、 罪 つみ と 義 ぎ とさばきとについて、 世 よ の 人 ひと の 目 め を 開 ひら くであろう。 罪 つみ についてと 言 い ったのは、 彼 かれ らがわたしを 信 しん じないからである。 義 ぎ についてと 言 い ったのは、わたしが 父 ちち のみもとに 行 い き、あなたがたは、もはやわたしを 見 み なくなるからである。 さばきについてと 言 い ったのは、この 世 よ の 君 きみ がさばかれるからである。
”真理 しんり によって 彼 かれ らを 聖 せい 別 べつ して 下 くだ さい。あなたの 御言 みことば は 真理 しんり であります。
”イエスは 彼 かれ に 言 い われた、「あなたはわたしを 見 み たので 信 しん じたのか。 見 み ないで 信 しん ずる 者 もの は、さいわいである」。 イエスは、この 書 しょ に 書 か かれていないしるしを、ほかにも 多 おお く、 弟子 でし たちの 前 まえ で 行 おこな われた。 しかし、これらのことを 書 か いたのは、あなたがたがイエスは 神 かみ の 子 こ キリストであると 信 しん じるためであり、また、そう 信 しん じて、イエスの 名 な によって 命 いのち を 得 え るためである。
”そのとき、 主 しゅ の 名 な を 呼 よ び 求 もと める 者 もの は、みな 救 すく われるであろう』。
”すると、ペテロが 答 こた えた、「 悔 く い 改 あらた めなさい。そして、あなたがたひとりびとりが 罪 つみ のゆるしを 得 え るために、イエス・キリストの 名 な によって、バプテスマを 受 う けなさい。そうすれば、あなたがたは 聖霊 せいれい の 賜物 たまもの を 受 う けるであろう。
”そこで、 彼 かれ の 勧 すす めの 言葉 ことば を 受 う けいれた 者 もの たちは、バプテスマを 受 う けたが、その 日 ひ 、 仲間 なかま に 加 くわ わったものが三千 人 にん ほどあった。 そして 一同 いちどう はひたすら、 使徒 しと たちの 教 おしえ を 守 まも り、 信徒 しんと の 交 まじ わりをなし、 共 とも にパンをさき、 祈 いのり をしていた。
”だから、 自分 じぶん の 罪 つみ をぬぐい 去 さ っていただくために、 悔 く い 改 あらた めて 本心 ほんしん に 立 た ちかえりなさい。
”この 人 ひと による 以外 いがい に 救 すくい はない。わたしたちを 救 すく いうる 名 な は、これを 別 べつ にしては、 天下 てんか のだれにも 与 あた えられていないからである」。
”そして、イスラエルを 悔 く い 改 あらた めさせてこれに 罪 つみ のゆるしを 与 あた えるために、このイエスを 導 みちび き 手 て とし 救主 すくいぬし として、ご 自身 じしん の 右 みぎ に 上 あ げられたのである。
”ところが、ピリポが 神 かみ の 国 くに とイエス・キリストの 名 な について 宣 の べ 伝 つた えるに 及 およ んで、 男 おとこ も 女 おんな も 信 しん じて、ぞくぞくとバプテスマを 受 う けた。 シモン 自身 じしん も 信 しん じて、バプテスマを 受 う け、それから、 引 ひ きつづきピリポについて 行 い った。そして、 数々 かずかず のしるしやめざましい 奇跡 きせき が 行 おこな われるのを 見 み て、 驚 おどろ いていた。
”だから、この 悪事 あくじ を 悔 く いて、 主 しゅ に 祈 いの れ。そうすればあるいはそんな 思 おも いを 心 こころ にいだいたことが、ゆるされるかも 知 し れない。
”道 みち を 進 すす んで 行 い くうちに、 水 みず のある 所 ところ にきたので、 宦官 かんがん が 言 い った、「ここに 水 みず があります。わたしがバプテスマを 受 う けるのに、なんのさしつかえがありますか」。〔 これに 対 たい して、ピリポは、「あなたがまごころから 信 しん じるなら、 受 う けてさしつかえはありません」と 言 い った。すると、 彼 かれ は「わたしは、イエス・キリストを 神 かみ の 子 こ と 信 しん じます」と 答 こた えた。〕
”するとたちどころに、サウロの 目 め から、うろこのようなものが 落 お ちて、 元 もと どおり 見 み えるようになった。そこで 彼 かれ は 立 た ってバプテスマを 受 う け、
”そこでペテロは 口 くち を 開 ひら いて 言 い った、「 神 かみ は 人 ひと をかたよりみないかたで、 神 かみ を 敬 うやま い 義 ぎ を 行 おこな う 者 もの はどの 国民 こくみん でも 受 う けいれて 下 くだ さることが、ほんとうによくわかってきました。
”それから、イエスご 自身 じしん が 生者 せいじゃ と 死者 ししゃ との 審判者 しんぱんしゃ として 神 かみ に 定 さだ められたかたであることを、 人々 ひとびと に 宣 の べ 伝 つた え、またあかしするようにと、 神 かみ はわたしたちにお 命 めい じになったのです。 預言者 よげんしゃ たちもみな、イエスを 信 しん じる 者 もの はことごとく、その 名 な によって 罪 つみ のゆるしが 受 う けられると、あかしをしています」。
”こう 言 い って、ペテロはその 人々 ひとびと に 命 めい じて、イエス・キリストの 名 な によってバプテスマを 受 う けさせた。それから、 彼 かれ らはペテロに 願 ねが って、なお 数日 すうじつ のあいだ 滞在 たいざい してもらった。
”人々 ひとびと はこれを 聞 き いて 黙 だま ってしまった。それから 神 かみ をさんびして、「それでは 神 かみ は、 異邦人 いほうじん にも 命 いのち にいたる 悔改 くいあらた めをお 与 あた えになったのだ」と 言 い った。
”神 かみ は 約束 やくそく にしたがって、このダビデの 子孫 しそん の 中 なか から 救主 すくいぬし イエスをイスラエルに 送 おく られたが、 そのこられる 前 まえ に、ヨハネがイスラエルのすべての 民 たみ に 悔改 くいあらた めのバプテスマを、あらかじめ 宣 の べ 伝 つた えていた。
”だから、 兄弟 きょうだい たちよ、この 事 こと を 承知 しょうち しておくがよい。すなわち、このイエスによる 罪 つみ のゆるしの 福音 ふくいん が、 今 いま やあなたがたに 宣 の べ 伝 つた えられている。そして、モーセの 律法 りっぽう では 義 ぎ とされることができなかったすべての 事 こと についても、 信 しん じる 者 もの はもれなく、イエスによって 義 ぎ とされるのである。
”弟子 でし たちを 力 ちから づけ、 信仰 しんこう を 持 も ちつづけるようにと 奨励 しょうれい し、「わたしたちが 神 かみ の 国 くに にはいるのには、 多 おお くの 苦難 くなん を 経 へ なければならない」と 語 かた った。
”それから、ふたりを 外 そと に 連 つ れ 出 だ して 言 い った、「 先生 せんせい がた、わたしは 救 すく われるために、 何 なに をすべきでしょうか」。 ふたりが 言 い った、「 主 しゅ イエスを 信 しん じなさい。そうしたら、あなたもあなたの 家族 かぞく も 救 すく われます」。 それから、 彼 かれ とその 家族 かぞく 一同 いちどう とに、 神 かみ の 言 ことば を 語 かた って 聞 き かせた。 彼 かれ は 真夜中 まよなか にもかかわらず、ふたりを 引 ひ き 取 と って、その 打 う ち 傷 きず を 洗 あら ってやった。そして、その 場 ば で 自分 じぶん も 家族 かぞく も、ひとり 残 のこ らずバプテスマを 受 う け、
”神 かみ は、このような 無知 むち の 時代 じだい を、これまでは 見過 みす ごしにされていたが、 今 いま はどこにおる 人 ひと でも、みな 悔 く い 改 あらた めなければならないことを 命 めい じておられる。 神 かみ は、 義 ぎ をもってこの 世界 せかい をさばくためその 日 ひ を 定 さだ め、お 選 えら びになったかたによってそれをなし 遂 と げようとされている。すなわち、このかたを 死人 しにん の 中 なか からよみがえらせ、その 確証 かくしょう をすべての 人 ひと に 示 しめ されたのである」。
”会堂司 かいどうづかさ クリスポは、その 家族 かぞく 一同 いちどう と 共 とも に 主 しゅ を 信 しん じた。また 多 おお くのコリント 人 びと も、パウロの 話 はなし を 聞 き いて 信 しん じ、ぞくぞくとバプテスマを 受 う けた。
”そこで、パウロが 言 い った、「ヨハネは 悔改 くいあらた めのバプテスマを 授 さづ けたが、それによって、 自分 じぶん のあとに 来 く るかた、すなわち、イエスを 信 しん じるように、 人々 ひとびと に 勧 すす めたのである」。 人々 ひとびと はこれを 聞 き いて、 主 しゅ イエスの 名 な によるバプテスマを 受 う けた。
”また 信者 しんじゃ になった 者 もの が 大 おお ぜいきて、 自分 じぶん の 行為 こうい を 打 う ちあけて 告白 こくはく した。
”ユダヤ 人 じん にもギリシヤ 人 じん にも、 神 かみ に 対 たい する 悔改 くいあらた めと、わたしたちの 主 しゅ イエスに 対 たい する 信仰 しんこう とを、 強 つよ く 勧 すす めてきたのである。
”どうか、あなたがた 自身 じしん に 気 き をつけ、また、すべての 群 む れに 気 き をくばっていただきたい。 聖霊 せいれい は、 神 かみ が 御子 みこ の 血 ち であがない 取 と られた 神 かみ の 教会 きょうかい を 牧 ぼく させるために、あなたがたをその 群 む れの 監督者 かんとくしゃ にお 立 た てになったのである。
”そこで 今 いま 、なんのためらうことがあろうか。すぐ 立 た って、み 名 な をとなえてバプテスマを 受 う け、あなたの 罪 つみ を 洗 あら い 落 おと しなさい』。
”それは、 彼 かれ らの 目 め を 開 ひら き、 彼 かれ らをやみから 光 ひかり へ、 悪魔 あくま の 支配 しはい から 神 かみ のみもとへ 帰 かえ らせ、また、 彼 かれ らが 罪 つみ のゆるしを 得 え 、わたしを 信 しん じる 信仰 しんこう によって、 聖 せい 別 べつ された 人々 ひとびと に 加 くわ わるためである』。
”そこで、あなたがたは 知 し っておくがよい。 神 かみ のこの 救 すくい の 言葉 ことば は、 異邦人 いほうじん に 送 おく られたのだ。 彼 かれ らは、これに 聞 き きしたがうであろう」。〔
”わたしは 福音 ふくいん を 恥 はじ としない。それは、ユダヤ 人 じん をはじめ、ギリシヤ 人 じん にも、すべて 信 しん じる 者 もの に、 救 すくい を 得 え させる 神 かみ の 力 ちから である。
”そして、 彼 かれ らは 神 かみ を 認 みと めることを 正 ただ しいとしなかったので、 神 かみ は 彼 かれ らを 正 ただ しからぬ 思 おも いにわたし、なすべからざる 事 こと をなすに 任 まか せられた。 すなわち、 彼 かれ らは、あらゆる 不義 ふぎ と 悪 あく と 貪欲 どんよく と 悪意 あくい とにあふれ、ねたみと 殺意 さつい と 争 あらそ いと 詐欺 さぎ と 悪念 あくねん とに 満 み ち、また、ざん 言 げん する 者 もの 、 そしる 者 もの 、 神 かみ を 憎 にく む 者 もの 、 不遜 ふそん な 者 もの 、 高慢 こうまん な 者 もの 、 大言壮語 たいげんそうご する 者 もの 、 悪事 あくじ をたくらむ 者 もの 、 親 おや に 逆 さか らう 者 もの となり、 無知 むち 、 不誠実 ふせいじつ 、 無情 むじょう 、 無慈悲 むじひ な 者 もの となっている。 彼 かれ らは、こうした 事 こと を 行 おこな う 者 もの どもが 死 し に 価 あたい するという 神 かみ の 定 さだ めをよく 知 し りながら、 自 みずか らそれを 行 おこな うばかりではなく、それを 行 おこな う 者 もの どもを 是認 ぜにん さえしている。
”わたしたちは、 神 かみ のさばきが、このような 事 こと を 行 おこな う 者 もの どもの 上 うえ に 正 ただ しく 下 くだ ることを、 知 し っている。 ああ、このような 事 こと を 行 おこな う 者 もの どもをさばきながら、しかも 自 みずか ら 同 おな じことを 行 おこな う 人 ひと よ。あなたは、 神 かみ のさばきをのがれうると 思 おも うのか。 それとも、 神 かみ の 慈愛 じあい があなたを 悔改 くいあらた めに 導 みちび くことも 知 し らないで、その 慈愛 じあい と 忍耐 にんたい と 寛容 かんよう との 富 とみ を 軽 かろ んじるのか。 あなたのかたくなな、 悔改 くいあらた めのない 心 こころ のゆえに、あなたは、 神 かみ の 正 ただ しいさばきの 現 あらわ れる 怒 いか りの 日 ひ のために 神 かみ の 怒 いか りを、 自分 じぶん の 身 み に 積 つ んでいるのである。 神 かみ は、おのおのに、そのわざにしたがって 報 むく いられる。 すなわち、 一方 いっぽう では、 耐 た え 忍 しの んで 善 ぜん を 行 おこな って、 光栄 こうえい とほまれと 朽 く ちぬものとを 求 もと める 人 ひと に、 永遠 えいえん のいのちが 与 あた えられ、 他方 たほう では、 党派心 とうはしん をいだき、 真理 しんり に 従 したが わないで 不義 ふぎ に 従 したが う 人 ひと に、 怒 いか りと 激 はげ しい 憤 いきどお りとが 加 くわ えられる。 悪 あく を 行 おこな うすべての 人 ひと には、ユダヤ 人 じん をはじめギリシヤ 人 じん にも、 患難 かんなん と 苦悩 くのう とが 与 あた えられ、 善 ぜん を 行 おこな うすべての 人 ひと には、ユダヤ 人 じん をはじめギリシヤ 人 じん にも、 光栄 こうえい とほまれと 平安 へいあん とが 与 あた えられる。 なぜなら、 神 かみ には、かたより 見 み ることがないからである。
”そして、これらのことは、わたしの 福音 ふくいん によれば、 神 かみ がキリスト・イエスによって 人々 ひとびと の 隠 かく れた 事 こと がらをさばかれるその 日 ひ に、 明 あき らかにされるであろう。
”次 つぎ のように 書 か いてある、「 義人 ぎじん はいない、ひとりもいない。 悟 さと りのある 人 ひと はいない、 神 かみ を 求 もと める 人 ひと はいない。
”彼 かれ らの 目 め の 前 まえ には、 神 かみ に 対 たい する 恐 おそ れがない」。 さて、わたしたちが 知 し っているように、すべて 律法 りっぽう の 言 い うところは、 律法 りっぽう のもとにある 者 もの たちに 対 たい して 語 かた られている。それは、すべての 口 くち がふさがれ、 全 ぜん 世界 せかい が 神 かみ のさばきに 服 ふく するためである。
”なぜなら、 律法 りっぽう を 行 おこな うことによっては、すべての 人間 にんげん は 神 かみ の 前 まえ に 義 ぎ とせられないからである。 律法 りっぽう によっては、 罪 つみ の 自覚 じかく が 生 しょう じるのみである。
”すなわち、すべての 人 ひと は 罪 つみ を 犯 おか したため、 神 かみ の 栄光 えいこう を 受 う けられなくなっており、 彼 かれ らは、 価 あたい なしに、 神 かみ の 恵 めぐ みにより、キリスト・イエスによるあがないによって 義 ぎ とされるのである。 神 かみ はこのキリストを 立 た てて、その 血 ち による、 信仰 しんこう をもって 受 う くべきあがないの 供 そな え 物 もの とされた。それは 神 かみ の 義 ぎ を 示 しめ すためであった。すなわち、 今 いま までに 犯 おか された 罪 つみ を、 神 かみ は 忍耐 にんたい をもって 見 み のがしておられたが、
”わたしたちは、こう 思 おも う。 人 ひと が 義 ぎ とされるのは、 律法 りっぽう の 行 おこな いによるのではなく、 信仰 しんこう によるのである。
”「 不法 ふほう をゆるされ、 罪 つみ をおおわれた 人 ひと たちは、さいわいである。
”主 しゅ は、わたしたちの 罪過 ざいか のために 死 し に 渡 わた され、わたしたちが 義 ぎ とされるために、よみがえらされたのである。
”このように、わたしたちは、 信仰 しんこう によって 義 ぎ とされたのだから、わたしたちの 主 しゅ イエス・キリストにより、 神 かみ に 対 たい して 平和 へいわ を 得 え ている。 わたしたちは、さらに 彼 かれ により、いま 立 た っているこの 恵 めぐ みに 信仰 しんこう によって 導 みちび き 入 い れられ、そして、 神 かみ の 栄光 えいこう にあずかる 希望 きぼう をもって 喜 よろこ んでいる。 それだけではなく、 患難 かんなん をも 喜 よろこ んでいる。なぜなら、 患難 かんなん は 忍耐 にんたい を 生 う み 出 だ し、 忍耐 にんたい は 錬達 れんたつ を 生 う み 出 だ し、 錬達 れんたつ は 希望 きぼう を 生 う み 出 だ すことを、 知 し っているからである。 そして、 希望 きぼう は 失望 しつぼう に 終 おわ ることはない。なぜなら、わたしたちに 賜 たま わっている 聖霊 せいれい によって、 神 かみ の 愛 あい がわたしたちの 心 こころ に 注 そそ がれているからである。
”しかし、まだ 罪人 つみびと であった 時 とき 、わたしたちのためにキリストが 死 し んで 下 くだ さったことによって、 神 かみ はわたしたちに 対 たい する 愛 あい を 示 しめ されたのである。 わたしたちは、キリストの 血 ち によって 今 いま は 義 ぎ とされているのだから、なおさら、 彼 かれ によって 神 かみ の 怒 いか りから 救 すく われるであろう。 もし、わたしたちが 敵 てき であった 時 とき でさえ、 御子 みこ の 死 し によって 神 かみ との 和解 わかい を 受 う けたとすれば、 和解 わかい を 受 う けている 今 いま は、なおさら、 彼 かれ のいのちによって 救 すく われるであろう。 そればかりではなく、わたしたちは、 今 いま や 和解 わかい を 得 え させて 下 くだ さったわたしたちの 主 しゅ イエス・キリストによって、 神 かみ を 喜 よろこ ぶのである。
”律法 りっぽう がはいり 込 こ んできたのは、 罪過 ざいか の 増 ま し 加 くわ わるためである。しかし、 罪 つみ の 増 ま し 加 くわ わったところには、 恵 めぐ みもますます 満 み ちあふれた。 それは、 罪 つみ が 死 し によって 支配 しはい するに 至 いた ったように、 恵 めぐ みもまた 義 ぎ によって 支配 しはい し、わたしたちの 主 しゅ イエス・キリストにより、 永遠 えいえん のいのちを 得 え させるためである。
”では、わたしたちは、なんと 言 い おうか。 恵 めぐ みが 増 ま し 加 くわ わるために、 罪 つみ にとどまるべきであろうか。 断 だん じてそうではない。 罪 つみ に 対 たい して 死 し んだわたしたちが、どうして、なお、その 中 なか に 生 い きておれるだろうか。 それとも、あなたがたは 知 し らないのか。キリスト・イエスにあずかるバプテスマを 受 う けたわたしたちは、 彼 かれ の 死 し にあずかるバプテスマを 受 う けたのである。
”すなわち、わたしたちは、その 死 し にあずかるバプテスマによって、 彼 かれ と 共 とも に 葬 ほうむ られたのである。それは、キリストが 父 ちち の 栄光 えいこう によって、 死人 しにん の 中 なか からよみがえらされたように、わたしたちもまた、 新 あたら しいいのちに 生 い きるためである。 もしわたしたちが、 彼 かれ に 結 むす びついてその 死 し の 様 さま にひとしくなるなら、さらに、 彼 かれ の 復活 ふっかつ の 様 さま にもひとしくなるであろう。 わたしたちは、この 事 こと を 知 し っている。わたしたちの 内 うち の 古 ふる き 人 ひと はキリストと 共 とも に 十字架 じゅうじか につけられた。それは、この 罪 つみ のからだが 滅 ほろ び、わたしたちがもはや、 罪 つみ の 奴隷 どれい となることがないためである。 それは、すでに 死 し んだ 者 もの は、 罪 つみ から 解放 かいほう されているからである。
”それは、すでに 死 し んだ 者 もの は、 罪 つみ から 解放 かいほう されているからである。 もしわたしたちが、キリストと 共 とも に 死 し んだなら、また 彼 かれ と 共 とも に 生 い きることを 信 しん じる。 キリストは 死人 しにん の 中 なか からよみがえらされて、もはや 死 し ぬことがなく、 死 し はもはや 彼 かれ を 支配 しはい しないことを、 知 し っているからである。 なぜなら、キリストが 死 し んだのは、ただ一 度 ど 罪 つみ に 対 たい して 死 し んだのであり、キリストが 生 い きるのは、 神 かみ に 生 い きるのだからである。 このように、あなたがた 自身 じしん も、 罪 つみ に 対 たい して 死 し んだ 者 もの であり、キリスト・イエスにあって 神 かみ に 生 い きている 者 もの であることを、 認 みと むべきである。
”このように、あなたがた 自身 じしん も、 罪 つみ に 対 たい して 死 し んだ 者 もの であり、キリスト・イエスにあって 神 かみ に 生 い きている 者 もの であることを、 認 みと むべきである。 だから、あなたがたの 死 し ぬべきからだを 罪 つみ の 支配 しはい にゆだねて、その 情欲 じょうよく に 従 したが わせることをせず、 また、あなたがたの 肢体 したい を 不義 ふぎ の 武器 ぶき として 罪 つみ にささげてはならない。むしろ、 死人 しにん の 中 なか から 生 い かされた 者 もの として、 自分 じぶん 自身 じしん を 神 かみ にささげ、 自分 じぶん の 肢体 したい を 義 ぎ の 武器 ぶき として 神 かみ にささげるがよい。 なぜなら、あなたがたは 律法 りっぽう の 下 もと にあるのではなく、 恵 めぐ みの 下 もと にあるので、 罪 つみ に 支配 しはい されることはないからである。
”しかし、 神 かみ は 感謝 かんしゃ すべきかな。あなたがたは 罪 つみ の 僕 しもべ であったが、 伝 つた えられた 教 おしえ の 基準 きじゅん に 心 こころ から 服従 ふくじゅう して、 罪 つみ から 解放 かいほう され、 義 ぎ の 僕 しもべ となった。 わたしは 人間 にんげん 的 てき な 言 い い 方 かた をするが、それは、あなたがたの 肉 にく の 弱 よわ さのゆえである。あなたがたは、かつて 自分 じぶん の 肢体 したい を 汚 けが れと 不法 ふほう との 僕 しもべ としてささげて 不法 ふほう に 陥 おちい ったように、 今 いま や 自分 じぶん の 肢体 したい を 義 ぎ の 僕 しもべ としてささげて、きよくならねばならない。
”しかし 今 いま や、あなたがたは 罪 つみ から 解放 かいほう されて 神 かみ に 仕 つか え、きよきに 至 いた る 実 み を 結 むす んでいる。その 終極 しゅうきょく は 永遠 えいえん のいのちである。 罪 つみ の 支払 しはら う 報酬 ほうしゅう は 死 し である。しかし 神 かみ の 賜物 たまもの は、わたしたちの 主 しゅ キリスト・イエスにおける 永遠 えいえん のいのちである。
”というのは、わたしたちが 肉 にく にあった 時 とき には、 律法 りっぽう による 罪 つみ の 欲情 よくじょう が、 死 し のために 実 み を 結 むす ばせようとして、わたしたちの 肢体 したい のうちに 働 はたら いていた。 しかし 今 いま は、わたしたちをつないでいたものに 対 たい して 死 し んだので、わたしたちは 律法 りっぽう から 解放 かいほう され、その 結果 けっか 、 古 ふる い 文字 もんじ によってではなく、 新 あたら しい 霊 れい によって 仕 つか えているのである。
”しかるに、 罪 つみ は 戒 いまし めによって 機会 きかい を 捕 とら え、わたしの 内 うち に 働 はたら いて、あらゆるむさぼりを 起 おこ させた。すなわち、 律法 りっぽう がなかったら、 罪 つみ は 死 し んでいるのである。
”わたしたちは、 律法 りっぽう は 霊的 れいてき なものであると 知 し っている。しかし、わたしは 肉 にく につける 者 もの であって、 罪 つみ の 下 もと に 売 う られているのである。 わたしは 自分 じぶん のしていることが、わからない。なぜなら、わたしは 自分 じぶん の 欲 ほっ する 事 こと は 行 おこな わず、かえって 自分 じぶん の 憎 にく む 事 こと をしているからである。 もし、 自分 じぶん の 欲 ほっ しない 事 こと をしているとすれば、わたしは 律法 りっぽう が 良 よ いものであることを 承認 しょうにん していることになる。 そこで、この 事 こと をしているのは、もはやわたしではなく、わたしの 内 うち に 宿 やど っている 罪 つみ である。 わたしの 内 うち に、すなわち、わたしの 肉 にく の 内 うち には、 善 ぜん なるものが 宿 やど っていないことを、わたしは 知 し っている。なぜなら、 善 ぜん をしようとする 意志 いし は、 自分 じぶん にあるが、それをする 力 ちから がないからである。 すなわち、わたしの 欲 ほっ している 善 ぜん はしないで、 欲 ほっ していない 悪 あく は、これを 行 おこな っている。 もし、 欲 ほっ しないことをしているとすれば、それをしているのは、もはやわたしではなく、わたしの 内 うち に 宿 やど っている 罪 つみ である。
”そこで、 善 ぜん をしようと 欲 ほっ しているわたしに、 悪 あく がはいり 込 こ んでいるという 法則 ほうそく があるのを 見 み る。 すなわち、わたしは、 内 うち なる 人 ひと としては 神 かみ の 律法 りっぽう を 喜 よろこ んでいるが、 わたしの 肢体 したい には 別 べつ の 律法 りっぽう があって、わたしの 心 こころ の 法則 ほうそく に 対 たい して 戦 たたか いをいどみ、そして、 肢体 したい に 存在 そんざい する 罪 つみ の 法則 ほうそく の 中 なか に、わたしをとりこにしているのを 見 み る。 わたしは、なんというみじめな 人間 にんげん なのだろう。だれが、この 死 し のからだから、わたしを 救 すく ってくれるだろうか。 わたしたちの 主 しゅ イエス・キリストによって、 神 かみ は 感謝 かんしゃ すべきかな。このようにして、わたし 自身 じしん は、 心 こころ では 神 かみ の 律法 りっぽう に 仕 つか えているが、 肉 にく では 罪 つみ の 律法 りっぽう に 仕 つか えているのである。
”こういうわけで、 今 いま やキリスト・イエスにある 者 もの は 罪 つみ に 定 さだ められることがない。 なぜなら、キリスト・イエスにあるいのちの 御霊 みたま の 法則 ほうそく は、 罪 つみ と 死 し との 法則 ほうそく からあなたを 解放 かいほう したからである。 律法 りっぽう が 肉 にく により 無力 むりょく になっているためになし 得 え なかった 事 こと を、 神 かみ はなし 遂 と げて 下 くだ さった。すなわち、 御子 みこ を、 罪 つみ の 肉 にく の 様 さま で 罪 つみ のためにつかわし、 肉 にく において 罪 つみ を 罰 ばっ せられたのである。 これは 律法 りっぽう の 要求 ようきゅう が、 肉 にく によらず 霊 れい によって 歩 ある くわたしたちにおいて、 満 み たされるためである。 なぜなら、 肉 にく に 従 したが う 者 もの は 肉 にく のことを 思 おも い、 霊 れい に 従 したが う 者 もの は 霊 れい のことを 思 おも うからである。 肉 にく の 思 おも いは 死 し であるが、 霊 れい の 思 おも いは、いのちと 平安 へいあん とである。 なぜなら、 肉 にく の 思 おも いは 神 かみ に 敵 てき するからである。すなわち、それは 神 かみ の 律法 りっぽう に 従 したが わず、 否 いな 、 従 したが い 得 え ないのである。 また、 肉 にく にある 者 もの は、 神 かみ を 喜 よろこ ばせることができない。
”しかし、 神 かみ の 御霊 みたま があなたがたの 内 うち に 宿 やど っているなら、あなたがたは 肉 にく におるのではなく、 霊 れい におるのである。もし、キリストの 霊 れい を 持 も たない 人 ひと がいるなら、その 人 ひと はキリストのものではない。 もし、キリストがあなたがたの 内 うち におられるなら、からだは 罪 つみ のゆえに 死 し んでいても、 霊 れい は 義 ぎ のゆえに 生 い きているのである。 もし、イエスを 死人 しにん の 中 なか からよみがえらせたかたの 御霊 みたま が、あなたがたの 内 うち に 宿 やど っているなら、キリスト・イエスを 死人 しにん の 中 なか からよみがえらせたかたは、あなたがたの 内 うち に 宿 やど っている 御霊 みたま によって、あなたがたの 死 し ぬべきからだをも、 生 い かしてくださるであろう。
”それゆえに、 兄弟 きょうだい たちよ。わたしたちは、 果 はた すべき 責任 せきにん を 負 お っている 者 もの であるが、 肉 にく に 従 したが って 生 い きる 責任 せきにん を 肉 にく に 対 たい して 負 お っているのではない。 なぜなら、もし、 肉 にく に 従 したが って 生 い きるなら、あなたがたは 死 し ぬ 外 ほか はないからである。しかし、 霊 れい によってからだの 働 はたら きを 殺 ころ すなら、あなたがたは 生 い きるであろう。 すべて 神 かみ の 御霊 みたま に 導 みちび かれている 者 もの は、すなわち、 神 かみ の 子 こ である。 あなたがたは 再 ふたた び 恐 おそ れをいだかせる 奴隷 どれい の 霊 れい を 受 う けたのではなく、 子 こ たる 身分 みぶん を 授 さづ ける 霊 れい を 受 う けたのである。その 霊 れい によって、わたしたちは「アバ、 父 ちち よ」と 呼 よ ぶのである。 御霊 みたま みずから、わたしたちの 霊 れい と 共 とも に、わたしたちが 神 かみ の 子 こ であることをあかしして 下 くだ さる。 もし 子 こ であれば、 相続人 そうぞくにん でもある。 神 かみ の 相続人 そうぞくにん であって、キリストと 栄光 えいこう を 共 とも にするために 苦難 くなん をも 共 とも にしている 以上 いじょう 、キリストと 共同 きょうどう の 相続人 そうぞくにん なのである。
”わたしは 思 おも う。 今 いま のこの 時 とき の 苦 くる しみは、やがてわたしたちに 現 あらわ されようとする 栄光 えいこう に 比 くら べると、 言 い うに 足 た りない。 被 ひ 造物 ぞうぶつ は、 実 じつ に、 切 せつ なる 思 おも いで 神 かみ の 子 こ たちの 出現 しゅつげん を 待 ま ち 望 のぞ んでいる。
”ご 自身 じしん の 御子 みこ をさえ 惜 お しまないで、わたしたちすべての 者 もの のために 死 し に 渡 わた されたかたが、どうして、 御子 みこ のみならず 万物 ばんぶつ をも 賜 たま わらないことがあろうか。 だれが、 神 かみ の 選 えら ばれた 者 もの たちを 訴 うった えるのか。 神 かみ は 彼 かれ らを 義 ぎ とされるのである。 だれが、わたしたちを 罪 つみ に 定 さだ めるのか。キリスト・イエスは、 死 し んで、 否 いな 、よみがえって、 神 かみ の 右 みぎ に 座 ざ し、また、わたしたちのためにとりなして 下 くだ さるのである。 だれが、キリストの 愛 あい からわたしたちを 離 はな れさせるのか。 患難 かんなん か、 苦悩 くのう か、 迫害 はくがい か、 飢 う えか、 裸 はだか か、 危難 きなん か、 剣 つるぎ か。 「わたしたちはあなたのために 終日 しゅうじつ 、 死 し に 定 さだ められており、ほふられる 羊 ひつじ のように 見 み られている」と 書 か いてあるとおりである。 しかし、わたしたちを 愛 あい して 下 くだ さったかたによって、わたしたちは、これらすべての 事 こと において 勝 か ち 得 え て 余 あま りがある。
”神 かみ はモーセに 言 い われた、「わたしは 自分 じぶん のあわれもうとする 者 もの をあわれみ、いつくしもうとする 者 もの を、いつくしむ」。 ゆえに、それは 人間 にんげん の 意志 いし や 努力 どりょく によるのではなく、ただ 神 かみ のあわれみによるのである。
”なぜなら、 彼 かれ らは 神 かみ の 義 ぎ を 知 し らないで、 自分 じぶん の 義 ぎ を 立 た てようと 努 つと め、 神 かみ の 義 ぎ に 従 したが わなかったからである。 キリストは、すべて 信 しん じる 者 もの に 義 ぎ を 得 え させるために、 律法 りっぽう の 終 おわ りとなられたのである。
”すなわち、 自分 じぶん の 口 くち で、イエスは 主 しゅ であると 告白 こくはく し、 自分 じぶん の 心 こころ で、 神 かみ が 死人 しにん の 中 なか からイエスをよみがえらせたと 信 しん じるなら、あなたは 救 すく われる。 なぜなら、 人 ひと は 心 こころ に 信 しん じて 義 ぎ とされ、 口 くち で 告白 こくはく して 救 すく われるからである。 聖書 せいしょ は、「すべて 彼 かれ を 信 しん じる 者 もの は、 失望 しつぼう に 終 おわ ることがない」と 言 い っている。 ユダヤ 人 じん とギリシヤ 人 じん との 差別 さべつ はない。 同一 どういつ の 主 しゅ が 万民 ばんみん の 主 しゅ であって、 彼 かれ を 呼 よ び 求 もと めるすべての 人 ひと を 豊 ゆた かに 恵 めぐ んで 下 くだ さるからである。 なぜなら、「 主 しゅ の 御名 みな を 呼 よ び 求 もと める 者 もの は、すべて 救 すく われる」とあるからである。
”したがって、 信仰 しんこう は 聞 き くことによるのであり、 聞 き くことはキリストの 言葉 ことば から 来 く るのである。
”しかし、 彼 かれ に 対 たい する 御 み 告 つ げはなんであったか、「バアルにひざをかがめなかった七千 人 にん を、わたしのために 残 のこ しておいた」。 それと 同 おな じように、 今 いま の 時 とき にも、 恵 めぐ みの 選 えら びによって 残 のこ された 者 もの がいる。
”もし 神 かみ が 元木 もとき の 枝 えだ を 惜 お しまなかったとすれば、あなたを 惜 お しむようなことはないであろう。 神 かみ の 慈愛 じあい と 峻厳 しゅんげん とを 見 み よ。 神 かみ の 峻厳 しゅんげん は 倒 たお れた 者 もの たちに 向 む けられ、 神 かみ の 慈愛 じあい は、もしあなたがその 慈愛 じあい にとどまっているなら、あなたに 向 む けられる。そうでないと、あなたも 切 き り 取 と られるであろう。
”そして、これが、 彼 かれ らの 罪 つみ を 除 のぞ き 去 さ る 時 とき に、 彼 かれ らに 対 たい して 立 た てるわたしの 契約 けいやく である」。
”兄弟 きょうだい たちよ。そういうわけで、 神 かみ のあわれみによってあなたがたに 勧 すす める。あなたがたのからだを、 神 かみ に 喜 よろこ ばれる、 生 い きた、 聖 せい なる 供 そな え 物 もの としてささげなさい。それが、あなたがたのなすべき 霊的 れいてき な 礼拝 れいはい である。 あなたがたは、この 世 よ と 妥協 だきょう してはならない。むしろ、 心 こころ を 新 あら たにすることによって、 造 つく りかえられ、 何 なに が 神 かみ の 御旨 みむね であるか、 何 なに が 善 ぜん であって、 神 かみ に 喜 よろこ ばれ、かつ 全 まった きことであるかを、わきまえ 知 し るべきである。
”悪 あく に 負 ま けてはいけない。かえって、 善 ぜん をもって 悪 あく に 勝 か ちなさい。
”なお、あなたがたは 時 とき を 知 し っているのだから、 特 とく に、この 事 こと を 励 はげ まねばならない。すなわち、あなたがたの 眠 ねむ りからさめるべき 時 とき が、すでにきている。なぜなら 今 いま は、わたしたちの 救 すくい が、 初 はじ め 信 しん じた 時 とき よりも、もっと 近 ちか づいているからである。
”あなたがたは、 主 しゅ イエス・キリストを 着 き なさい。 肉 にく の 欲 よく を 満 み たすことに 心 こころ を 向 む けてはならない。
”それだのに、あなたは、なぜ 兄弟 きょうだい をさばくのか。あなたは、なぜ 兄弟 きょうだい を 軽 かろ んじるのか。わたしたちはみな、 神 かみ のさばきの 座 ざ の 前 まえ に 立 た つのである。 すなわち、「 主 しゅ が 言 い われる。わたしは 生 い きている。すべてのひざは、わたしに 対 たい してかがみ、すべての 舌 した は、 神 かみ にさんびをささげるであろう」と 書 か いてある。 だから、わたしたちひとりびとりは、 神 かみ に 対 たい して 自分 じぶん の 言 い いひらきをすべきである。
”どうか、 望 のぞ みの 神 かみ が、 信仰 しんこう から 来 く るあらゆる 喜 よろこ びと 平安 へいあん とを、あなたがたに 満 み たし、 聖霊 せいれい の 力 ちから によって、あなたがたを、 望 のぞ みにあふれさせて 下 くだ さるように。
”主 しゅ もまた、あなたがたを 最後 さいご まで 堅 かた くささえて、わたしたちの 主 しゅ イエス・キリストの 日 ひ に、 責 せ められるところのない 者 もの にして 下 くだ さるであろう。
”十字架 じゅうじか の 言 ことば は、 滅 ほろ び 行 い く 者 もの には 愚 おろ かであるが、 救 すくい にあずかるわたしたちには、 神 かみ の 力 ちから である。
”それは、どんな 人間 にんげん でも、 神 かみ のみまえに 誇 ほこ ることがないためである。 あなたがたがキリスト・イエスにあるのは、 神 かみ によるのである。キリストは 神 かみ に 立 た てられて、わたしたちの 知恵 ちえ となり、 義 ぎ と 聖 せい とあがないとになられたのである。
”あなたがたは 神 かみ の 宮 みや であって、 神 かみ の 御霊 みたま が 自分 じぶん のうちに 宿 やど っていることを 知 し らないのか。 もし 人 ひと が、 神 かみ の 宮 みや を 破壊 はかい するなら、 神 かみ はその 人 ひと を 滅 ほろ ぼすであろう。なぜなら、 神 かみ の 宮 みや は 聖 せい なるものであり、そして、あなたがたはその 宮 みや なのだからである。
”しかし、わたしが 実際 じっさい に 書 か いたのは、 兄弟 きょうだい と 呼 よ ばれる 人 ひと で、 不品行 ふひんこう な 者 もの 、 貪欲 どんよく な 者 もの 、 偶像 ぐうぞう 礼拝 れいはい をする 者 もの 、 人 ひと をそしる 者 もの 、 酒 さけ に 酔 よ う 者 もの 、 略奪 りゃくだつ をする 者 もの があれば、そんな 人 ひと と 交際 こうさい をしてはいけない、 食事 しょくじ を 共 とも にしてもいけない、ということであった。 外 そと の 人 ひと たちをさばくのは、わたしのすることであろうか。あなたがたのさばくべき 者 もの は、 内 うち の 人 ひと たちではないか。 外 そと の 人 ひと たちは、 神 かみ がさばくのである。 その 悪人 あくにん を、あなたがたの 中 なか から 除 のぞ いてしまいなさい。
”それとも、 正 ただ しくない 者 もの が 神 かみ の 国 くに をつぐことはないのを、 知 し らないのか。まちがってはいけない。 不品行 ふひんこう な 者 もの 、 偶像 ぐうぞう を 礼拝 れいはい する 者 もの 、 姦淫 かんいん をする 者 もの 、 男娼 だんしょう となる 者 もの 、 男色 なんしょく をする 者 もの 、 盗 ぬす む 者 もの 、 貪欲 どんよく な 者 もの 、 酒 さけ に 酔 よ う 者 もの 、そしる 者 もの 、 略奪 りゃくだつ する 者 もの は、いずれも 神 かみ の 国 くに をつぐことはないのである。 あなたがたの 中 なか には、 以前 いぜん はそんな 人 ひと もいた。しかし、あなたがたは、 主 しゅ イエス・キリストの 名 な によって、またわたしたちの 神 かみ の 霊 れい によって、 洗 あら われ、きよめられ、 義 ぎ とされたのである。
”不品行 ふひんこう を 避 さ けなさい。 人 ひと の 犯 おか すすべての 罪 つみ は、からだの 外 そと にある。しかし 不品行 ふひんこう をする 者 もの は、 自分 じぶん のからだに 対 たい して 罪 つみ を 犯 おか すのである。 あなたがたは 知 し らないのか。 自分 じぶん のからだは、 神 かみ から 受 う けて 自分 じぶん の 内 うち に 宿 やど っている 聖霊 せいれい の 宮 みや であって、あなたがたは、もはや 自分 じぶん 自身 じしん のものではないのである。 あなたがたは、 代価 だいか を 払 はら って 買 か いとられたのだ。それだから、 自分 じぶん のからだをもって、 神 かみ の 栄光 えいこう をあらわしなさい。
”割礼 かつれい があってもなくても、それは 問題 もんだい ではない。 大事 だいじ なのは、ただ 神 かみ の 戒 いまし めを 守 まも ることである。
”あなたがたは、 代価 だいか を 払 はら って 買 か いとられたのだ。 人 ひと の 奴隷 どれい となってはいけない。
”また、ある 者 もの たちがしたように、わたしたちは 不品行 ふひんこう をしてはならない。 不品行 ふひんこう をしたため 倒 たお された 者 もの が、一 日 にち に二万三千 人 にん もあった。 また、ある 者 もの たちがしたように、わたしたちは 主 しゅ を 試 こころ みてはならない。 主 しゅ を 試 こころ みた 者 もの は、へびに 殺 ころ された。 また、ある 者 もの たちがつぶやいたように、つぶやいてはならない。つぶやいた 者 もの は、「 死 し の 使 つかい 」に 滅 ほろ ぼされた。 これらの 事 こと が 彼 かれ らに 起 おこ ったのは、 他 ほか に 対 たい する 警告 けいこく としてであって、それが 書 か かれたのは、 世 よ の 終 おわ りに 臨 のぞ んでいるわたしたちに 対 たい する 訓戒 くんかい のためである。 だから、 立 た っていると 思 おも う 者 もの は、 倒 たお れないように 気 き をつけるがよい。
”あなたがたの 会 あ った 試錬 しれん で、 世 よ の 常 つね でないものはない。 神 かみ は 真実 しんじつ である。あなたがたを 耐 た えられないような 試錬 しれん に 会 あ わせることはないばかりか、 試錬 しれん と 同時 どうじ に、それに 耐 た えられるように、のがれる 道 みち も 備 そな えて 下 くだ さるのである。
”なぜなら、わたしたちは 皆 みな 、ユダヤ 人 じん もギリシヤ 人 じん も、 奴隷 どれい も 自由人 じゆうじん も、一つの 御霊 みたま によって、一つのからだとなるようにバプテスマを 受 う け、そして 皆 みな 一つの 御霊 みたま を 飲 の んだからである。
”わたしが 最 もっと も 大事 だいじ なこととしてあなたがたに 伝 つた えたのは、わたし 自身 じしん も 受 う けたことであった。すなわちキリストが、 聖書 せいしょ に 書 か いてあるとおり、わたしたちの 罪 つみ のために 死 し んだこと、 そして 葬 ほうむ られたこと、 聖書 せいしょ に 書 か いてあるとおり、三 日 か 目 め によみがえったこと、
”まちがってはいけない。「 悪 わる い 交 まじ わりは、 良 よ いならわしをそこなう」。 目 め ざめて 身 み を 正 ただ し、 罪 つみ を 犯 おか さないようにしなさい。あなたがたのうちには、 神 かみ について 無知 むち な 人々 ひとびと がいる。あなたがたをはずかしめるために、わたしはこう 言 い うのだ。
”死 し のとげは 罪 つみ である。 罪 つみ の 力 ちから は 律法 りっぽう である。
”もしわたしたちの 福音 ふくいん がおおわれているなら、 滅 ほろ びる 者 もの どもにとっておおわれているのである。 彼 かれ らの 場合 ばあい 、この 世 よ の 神 かみ が 不信 ふしん の 者 もの たちの 思 おも いをくらませて、 神 かみ のかたちであるキリストの 栄光 えいこう の 福音 ふくいん の 輝 かがや きを、 見 み えなくしているのである。
”いつもイエスの 死 し をこの 身 み に 負 お うている。それはまた、イエスのいのちが、この 身 み に 現 あらわ れるためである。 わたしたち 生 い きている 者 もの は、イエスのために 絶 た えず 死 し に 渡 わた されているのである。それはイエスのいのちが、わたしたちの 死 し ぬべき 肉体 にくたい に 現 あらわ れるためである。
”なぜなら、このしばらくの 軽 かる い 患難 かんなん は 働 はたら いて、 永遠 えいえん の 重 おも い 栄光 えいこう を、あふれるばかりにわたしたちに 得 え させるからである。 わたしたちは、 見 み えるものにではなく、 見 み えないものに 目 め を 注 そそ ぐ。 見 み えるものは 一時 いちじ 的 てき であり、 見 み えないものは 永遠 えいえん につづくのである。
”なぜなら、わたしたちは 皆 みな 、キリストのさばきの 座 ざ の 前 まえ にあらわれ、 善 ぜん であれ 悪 あく であれ、 自分 じぶん の 行 おこな ったことに 応 おう じて、それぞれ 報 むく いを 受 う けねばならないからである。
”そして、 彼 かれ がすべての 人 ひと のために 死 し んだのは、 生 い きている 者 もの がもはや 自分 じぶん のためにではなく、 自分 じぶん のために 死 し んでよみがえったかたのために、 生 い きるためである。
”だれでもキリストにあるならば、その 人 ひと は 新 あたら しく 造 つく られた 者 もの である。 古 ふる いものは 過 す ぎ 去 さ った、 見 み よ、すべてが 新 あたら しくなったのである。
”神 かみ がわたしたちをとおして 勧 すす めをなさるのであるから、わたしたちはキリストの 使者 ししゃ なのである。そこで、キリストに 代 かわ って 願 ねが う、 神 かみ の 和解 わかい を 受 う けなさい。 神 かみ はわたしたちの 罪 つみ のために、 罪 つみ を 知 し らないかたを 罪 つみ とされた。それは、わたしたちが、 彼 かれ にあって 神 かみ の 義 ぎ となるためなのである。
”神 かみ はこう 言 い われる、「わたしは、 恵 めぐ みの 時 とき にあなたの 願 ねが いを 聞 き きいれ、 救 すくい の 日 ひ にあなたを 助 たす けた」。 見 み よ、 今 いま は 恵 めぐ みの 時 とき 、 見 み よ、 今 いま は 救 すくい の 日 ひ である。
”不信者 ふしんじゃ と、つり 合 あ わないくびきを 共 とも にするな。 義 ぎ と 不義 ふぎ となんの 係 かか わりがあるか。 光 ひかり とやみとなんの 交 まじ わりがあるか。
”だから、「 彼 かれ らの 間 あいだ から 出 で て 行 い き、 彼 かれ らと 分離 ぶんり せよ、と 主 しゅ は 言 い われる。そして、 汚 けが れたものに 触 ふれ てはならない。 触 ふれ なければ、わたしはあなたがたを 受 う けいれよう。 そしてわたしは、あなたがたの 父 ちち となり、あなたがたは、わたしのむすこ、むすめとなるであろう。 全能 ぜんのう の 主 しゅ が、こう 言 い われる」。
”愛 あい する 者 もの たちよ。わたしたちは、このような 約束 やくそく を 与 あた えられているのだから、 肉 にく と 霊 れい とのいっさいの 汚 けが れから 自分 じぶん をきよめ、 神 かみ をおそれて 全 まった く 清 きよ くなろうではないか。
”今 いま は 喜 よろこ んでいる。それは、あなたがたが 悲 かな しんだからではなく、 悲 かな しんで 悔 く い 改 あらた めるに 至 いた ったからである。あなたがたがそのように 悲 かな しんだのは、 神 かみ のみこころに 添 そ うたことであって、わたしたちからはなんの 損 そん 害 がい も 受 う けなかったのである。 神 かみ のみこころに 添 そ うた 悲 かな しみは、 悔 く いのない 救 すくい を 得 え させる 悔改 くいあらた めに 導 みちび き、この 世 よ の 悲 かな しみは 死 し をきたらせる。 見 み よ、 神 かみ のみこころに 添 そ うたその 悲 かな しみが、どんなにか 熱 ねつ 情 じょう をあなたがたに 起 おこ させたことか。また、 弁明 べんめい 、 義憤 ぎふん 、 恐 おそ れ、 愛慕 あいぼ 、 熱意 ねつい 、それから 処罰 しょばつ に 至 いた らせたことか。あなたがたはあの 問題 もんだい については、すべての 点 てん において 潔白 けっぱく であることを 証明 しょうめい したのである。
”すなわち、この 援助 えんじょ を 行 おこな った 結果 けっか として、あなたがたがキリストの 福音 ふくいん の 告白 こくはく に 対 たい して 従順 じゅうじゅん であることや、 彼 かれ らにも、すべての 人 ひと にも、 惜 お しみなく 施 ほどこ しをしていることがわかってきて、 彼 かれ らは 神 かみ に 栄光 えいこう を 帰 き し、
”わたしは、こんな 心配 しんぱい をしている。わたしが 行 い ってみると、もしかしたら、あなたがたがわたしの 願 ねが っているような 者 もの ではなく、わたしも、あなたがたの 願 ねが っているような 者 もの でないことになりはすまいか。もしかしたら、 争 あらそ い、ねたみ、 怒 いか り、 党派心 とうはしん 、そしり、ざんげん、 高慢 こうまん 、 騒乱 そうらん などがありはすまいか。 わたしが 再 ふたた びそちらに 行 い った 場合 ばあい 、わたしの 神 かみ が、あなたがたの 前 まえ でわたしに 恥 はじ をかかせ、その 上 うえ 、 多 おお くの 人 ひと が 前 まえ に 罪 つみ を 犯 おか していながら、その 汚 けが れと 不品行 ふひんこう と 好色 こうしょく とを 悔 く い 改 あらた めていないので、わたしを 悲 かな しませることになりはすまいか。
”あなたがたは、はたして 信仰 しんこう があるかどうか、 自分 じぶん を 反省 はんせい し、 自分 じぶん を 吟味 ぎんみ するがよい。それとも、イエス・キリストがあなたがたのうちにおられることを、 悟 さと らないのか。もし 悟 さと らなければ、あなたがたは、にせものとして 見捨 みす てられる。
”人 ひと の 義 ぎ とされるのは 律法 りっぽう の 行 おこな いによるのではなく、ただキリスト・イエスを 信 しん じる 信仰 しんこう によることを 認 みと めて、わたしたちもキリスト・イエスを 信 しん じたのである。それは、 律法 りっぽう の 行 おこな いによるのではなく、キリストを 信 しん じる 信仰 しんこう によって 義 ぎ とされるためである。なぜなら、 律法 りっぽう の 行 おこな いによっては、だれひとり 義 ぎ とされることがないからである。
”生 い きているのは、もはや、わたしではない。キリストが、わたしのうちに 生 い きておられるのである。しかし、わたしがいま 肉 にく にあって 生 い きているのは、わたしを 愛 あい し、わたしのためにご 自身 じしん をささげられた 神 かみ の 御子 みこ を 信 しん じる 信仰 しんこう によって、 生 い きているのである。
”キリストは、わたしたちのためにのろいとなって、わたしたちを 律法 りっぽう ののろいからあがない 出 だ して 下 くだ さった。 聖書 せいしょ に、「 木 き にかけられる 者 もの は、すべてのろわれる」と 書 か いてある。
”このようにして 律法 りっぽう は、 信仰 しんこう によって 義 ぎ とされるために、わたしたちをキリストに 連 つ れて 行 ゆ く 養育掛 よういくがかり となったのである。
”キリストに 合 あ うバプテスマを 受 う けたあなたがたは、 皆 みな キリストを 着 き たのである。
”しかし、 時 とき の 満 み ちるに 及 およ んで、 神 かみ は 御子 みこ を 女 おんな から 生 うま れさせ、 律法 りっぽう の 下 もと に 生 うま れさせて、おつかわしになった。 それは、 律法 りっぽう の 下 もと にある 者 もの をあがない 出 だ すため、わたしたちに 子 こ たる 身分 みぶん を 授 さづ けるためであった。
”わたしは 命 めい じる、 御霊 みたま によって 歩 ある きなさい。そうすれば、 決 けっ して 肉 にく の 欲 よく を 満 み たすことはない。 なぜなら、 肉 にく の 欲 ほっ するところは 御霊 みたま に 反 はん し、また 御霊 みたま の 欲 ほっ するところは 肉 にく に 反 はん するからである。こうして、二つのものは 互 たがい に 相 あい さからい、その 結果 けっか 、あなたがたは 自分 じぶん でしようと 思 おも うことを、することができないようになる。 もしあなたがたが 御霊 みたま に 導 みちび かれるなら、 律法 りっぽう の 下 もと にはいない。
”肉 にく の 働 はたら きは 明白 めいはく である。すなわち、 不品行 ふひんこう 、 汚 けが れ、 好色 こうしょく 、 偶像 ぐうぞう 礼拝 れいはい 、まじない、 敵意 てきい 、 争 あらそ い、そねみ、 怒 いか り、 党派心 とうはしん 、 分裂 ぶんれつ 、 分派 ぶんぱ 、 ねたみ、 泥酔 でいすい 、 宴楽 えんらく 、および、そのたぐいである。わたしは 以前 いぜん も 言 い ったように、 今 いま も 前 まえ もって 言 い っておく。このようなことを 行 おこな う 者 もの は、 神 かみ の 国 くに をつぐことがない。
”しかし、 御霊 みたま の 実 み は、 愛 あい 、 喜 よろこ び、 平和 へいわ 、 寛容 かんよう 、 慈愛 じあい 、 善意 ぜんい 、 忠実 ちゅうじつ 、 柔和 にゅうわ 、 自制 じせい であって、これらを 否定 ひてい する 律法 りっぽう はない。
”キリスト・イエスに 属 ぞく する 者 もの は、 自分 じぶん の 肉 にく を、その 情 じょう と 欲 よく と 共 とも に 十字架 じゅうじか につけてしまったのである。 もしわたしたちが 御霊 みたま によって 生 い きるのなら、また 御霊 みたま によって 進 すすむ もうではないか。
”まちがってはいけない、 神 かみ は 侮 あなど られるようなかたではない。 人 ひと は 自分 じぶん のまいたものを、 刈 か り 取 と ることになる。 すなわち、 自分 じぶん の 肉 にく にまく 者 もの は、 肉 にく から 滅 ほろ びを 刈 か り 取 と り、 霊 れい にまく 者 もの は、 霊 れい から 永遠 えいえん のいのちを 刈 か り 取 と るであろう。
”割礼 かつれい のあるなしは 問題 もんだい ではなく、ただ、 新 あたら しく 造 つく られることこそ、 重要 じゅうよう なのである。
”ほむべきかな、わたしたちの 主 しゅ イエス・キリストの 父 ちち なる 神 かみ。 神 かみ はキリストにあって、 天上 てんじょう で 霊 れい のもろもろの 祝福 しゅくふく をもって、わたしたちを 祝福 しゅくふく し、 みまえにきよく 傷 きず のない 者 もの となるようにと、 天地 てんち の 造 つく られる 前 まえ から、キリストにあってわたしたちを 選 えら び、 わたしたちに、イエス・キリストによって 神 かみ の 子 こ たる 身分 みぶん を 授 さづ けるようにと、 御旨 みむね のよしとするところに 従 したが い、 愛 あい のうちにあらかじめ 定 さだ めて 下 くだ さったのである。 これは、その 愛 あい する 御子 みこ によって 賜 たま わった 栄光 えいこう ある 恵 めぐ みを、わたしたちがほめたたえるためである。 わたしたちは、 御子 みこ にあって、 神 かみ の 豊 ゆた かな 恵 めぐ みのゆえに、その 血 ち によるあがない、すなわち、 罪過 ざいか のゆるしを 受 う けたのである。 神 かみ はその 恵 めぐ みをさらに 増 ま し 加 くわ えて、あらゆる 知恵 ちえ と 悟 さと りとをわたしたちに 賜 たま わり、
”わたしたちは、 御旨 みむね の 欲 ほっ するままにすべての 事 こと をなさるかたの 目的 もくてき の 下 もと に、キリストにあってあらかじめ 定 さだ められ、 神 かみ の 民 たみ として 選 えら ばれたのである。 それは、 早 はや くからキリストに 望 のぞ みをおいているわたしたちが、 神 かみ の 栄光 えいこう をほめたたえる 者 もの となるためである。 あなたがたもまた、キリストにあって、 真理 しんり の 言葉 ことば 、すなわち、あなたがたの 救 すくい の 福音 ふくいん を 聞 き き、また、 彼 かれ を 信 しん じた 結果 けっか 、 約束 やくそく された 聖霊 せいれい の 証印 しょういん をおされたのである。 この 聖霊 せいれい は、わたしたちが 神 かみ の 国 くに をつぐことの 保証 ほしょう であって、やがて 神 かみ につける 者 もの が 全 まった くあがなわれ、 神 かみ の 栄光 えいこう をほめたたえるに 至 いた るためである。
”さてあなたがたは、 先 さき には 自分 じぶん の 罪過 ざいか と 罪 つみ とによって 死 し んでいた 者 もの であって、 かつてはそれらの 中 なか で、この 世 よ のならわしに 従 したが い、 空中 くうちゅう の 権 けん をもつ 君 きみ 、すなわち、 不 ふ 従順 じゅうじゅん の 子 こ らの 中 なか に 今 いま も 働 はたら いている 霊 れい に 従 したが って、 歩 ある いていたのである。 また、わたしたちもみな、かつては 彼 かれ らの 中 なか にいて、 肉 にく の 欲 よく に 従 したが って 日 ひ を 過 す ごし、 肉 にく とその 思 おも いとの 欲 ほっ するままを 行 おこな い、ほかの 人々 ひとびと と 同 おな じく、 生 うま れながらの 怒 いか りの 子 こ であった。 しかるに、あわれみに 富 と む 神 かみ は、わたしたちを 愛 あい して 下 くだ さったその 大 おお きな 愛 あい をもって、 罪過 ざいか によって 死 し んでいたわたしたちを、キリストと 共 とも に 生 い かし――あなたがたの 救 すく われたのは、 恵 めぐ みによるのである―― キリスト・イエスにあって、 共 とも によみがえらせ、 共 とも に 天上 てんじょう で 座 ざ につかせて 下 くだ さったのである。 それは、キリスト・イエスにあってわたしたちに 賜 たま わった 慈愛 じあい による 神 かみ の 恵 めぐ みの 絶大 ぜつだい な 富 とみ を、きたるべき 世々 よよ に 示 しめ すためであった。 あなたがたの 救 すく われたのは、 実 じつ に、 恵 めぐ みにより、 信仰 しんこう によるのである。それは、あなたがた 自身 じしん から 出 で たものではなく、 神 かみ の 賜物 たまもの である。 決 けっ して 行 おこな いによるのではない。それは、だれも 誇 ほこ ることがないためなのである。 わたしたちは 神 かみ の 作品 さくひん であって、 良 よ い 行 おこな いをするように、キリスト・イエスにあって 造 つく られたのである。 神 かみ は、わたしたちが、 良 よ い 行 おこな いをして 日 ひ を 過 す ごすようにと、あらかじめ 備 そな えて 下 くだ さったのである。
”すなわち、あなたがたは、 以前 いぜん の 生活 せいかつ に 属 ぞく する、 情欲 じょうよく に 迷 まよ って 滅 ほろ び 行 い く 古 ふる き 人 ひと を 脱 ぬ ぎ 捨 す て、 心 こころ の 深 ふか みまで 新 あら たにされて、 真 しん の 義 ぎ と 聖 せい とをそなえた 神 かみ にかたどって 造 つく られた 新 あたら しき 人 ひと を 着 き るべきである。
”神 かみ の 聖霊 せいれい を 悲 かな しませてはいけない。あなたがたは、あがないの 日 ひ のために、 聖霊 せいれい の 証印 しょういん を 受 う けたのである。
”互 たがい に 情深 なさけぶか く、あわれみ 深 ぶか い 者 もの となり、 神 かみ がキリストにあってあなたがたをゆるして 下 くだ さったように、あなたがたも 互 たがい にゆるし 合 あ いなさい。
”また、 不品行 ふひんこう といろいろな 汚 けが れや 貪欲 どんよく などを、 聖徒 せいと にふさわしく、あなたがたの 間 あいだ では、 口 くち にすることさえしてはならない。 また、 卑 いや しい 言葉 ことば と 愚 おろ かな 話 はなし やみだらな 冗談 じょうだん を 避 さ けなさい。これらは、よろしくない 事 こと である。それよりは、むしろ 感謝 かんしゃ をささげなさい。 あなたがたは、よく 知 し っておかねばならない。すべて 不品行 ふひんこう な 者 もの 、 汚 けが れたことをする 者 もの 、 貪欲 どんよく な 者 もの 、すなわち、 偶像 ぐうぞう を 礼拝 れいはい する 者 もの は、キリストと 神 かみ との 国 くに をつぐことができない。 あなたがたは、だれにも 不誠実 ふせいじつ な 言葉 ことば でだまされてはいけない。これらのことから、 神 かみ の 怒 いか りは 不 ふ 従順 じゅうじゅん の 子 こ らに 下 くだ るのである。
”キリストがそうなさったのは、 水 みず で 洗 あら うことにより、 言葉 ことば によって、 教会 きょうかい をきよめて 聖 せい なるものとするためであり、 また、しみも、しわも、そのたぐいのものがいっさいなく、 清 きよ くて 傷 きず のない 栄光 えいこう の 姿 すがた の 教会 きょうかい を、ご 自分 じぶん に 迎 むか えるためである。
”そして、あなたがたのうちに 良 よ いわざを 始 はじ められたかたが、キリスト・イエスの 日 ひ までにそれを 完成 かんせい して 下 くだ さるにちがいないと、 確信 かくしん している。
”そこで、わたしが 切実 せつじつ な 思 おも いで 待 ま ち 望 のぞ むことは、わたしが、どんなことがあっても 恥 は じることなく、かえって、いつものように 今 いま も、 大胆 だいたん に 語 かた ることによって、 生 い きるにも 死 し ぬにも、わたしの 身 み によってキリストがあがめられることである。 わたしにとっては、 生 い きることはキリストであり、 死 し ぬことは 益 えき である。
”あなたがたはキリストのために、ただ 彼 かれ を 信 しん じることだけではなく、 彼 かれ のために 苦 くる しむことをも 賜 たま わっている。
”わたしの 愛 あい する 者 もの たちよ。そういうわけだから、あなたがたがいつも 従順 じゅうじゅん であったように、わたしが 一緒 いっしょ にいる 時 とき だけでなく、いない 今 いま は、いっそう 従順 じゅうじゅん でいて、 恐 おそ れおののいて 自分 じぶん の 救 すくい の 達成 たっせい に 努 つと めなさい。
”神 かみ の 霊 れい によって 礼拝 れいはい をし、キリスト・イエスを 誇 ほこり とし、 肉 にく を 頼 たの みとしないわたしたちこそ、 割礼 かつれい の 者 もの である。
”わたしがそう 言 い うのは、キリストの 十字架 じゅうじか に 敵対 てきたい して 歩 ある いている 者 もの が 多 おお いからである。わたしは、 彼 かれ らのことをしばしばあなたがたに 話 はな したが、 今 いま また 涙 なみだ を 流 なが して 語 かた る。 彼 かれ らの 最後 さいご は 滅 ほろ びである。 彼 かれ らの 神 かみ はその 腹 はら 、 彼 かれ らの 栄光 えいこう はその 恥 はじ 、 彼 かれ らの 思 おも いは 地上 ちじょう のことである。 しかし、わたしたちの 国籍 こくせき は 天 てん にある。そこから、 救主 すくいぬし 、 主 しゅ イエス・キリストのこられるのを、わたしたちは 待 ま ち 望 のぞ んでいる。 彼 かれ は、 万物 ばんぶつ をご 自身 じしん に 従 したが わせうる 力 ちから の 働 はたら きによって、わたしたちの 卑 いや しいからだを、ご 自身 じしん の 栄光 えいこう のからだと 同 おな じかたちに 変 か えて 下 くだ さるであろう。
”わたしを 強 つよ くして 下 くだ さるかたによって、 何事 なにごと でもすることができる。
”神 かみ は、わたしたちをやみの 力 ちから から 救 すく い 出 だ して、その 愛 あい する 御子 みこ の 支配下 しはいか に 移 うつ して 下 くだ さった。 わたしたちは、この 御子 みこ によってあがない、すなわち、 罪 つみ のゆるしを 受 う けているのである。
”あなたがたも、かつては 悪 わる い 行 おこな いをして 神 かみ から 離 はな れ、 心 こころ の 中 なか で 神 かみ に 敵対 てきたい していた。 しかし 今 いま では、 御子 みこ はその 肉 にく のからだにより、その 死 し をとおして、あなたがたを 神 かみ と 和解 わかい させ、あなたがたを 聖 せい なる、 傷 きず のない、 責 せ められるところのない 者 もの として、みまえに 立 た たせて 下 くだ さったのである。
”あなたがたはまた、 彼 かれ にあって、 手 て によらない 割礼 かつれい 、すなわち、キリストの 割礼 かつれい を 受 う けて、 肉 にく のからだを 脱 ぬ ぎ 捨 す てたのである。 あなたがたはバプテスマを 受 う けて 彼 かれ と 共 とも に 葬 ほうむ られ、 同時 どうじ に、 彼 かれ を 死人 しにん の 中 なか からよみがえらせた 神 かみ の 力 ちから を 信 しん じる 信仰 しんこう によって、 彼 かれ と 共 とも によみがえらされたのである。 あなたがたは、 先 さき には 罪 つみ の 中 なか にあり、かつ 肉 にく の 割礼 かつれい がないままで 死 し んでいた 者 もの であるが、 神 かみ は、あなたがたをキリストと 共 とも に 生 い かし、わたしたちのいっさいの 罪 つみ をゆるして 下 くだ さった。
”あなたがたは 上 うえ にあるものを 思 おも うべきであって、 地上 ちじょう のものに 心 こころ を 引 ひ かれてはならない。 あなたがたはすでに 死 し んだものであって、あなたがたのいのちは、キリストと 共 とも に 神 かみ のうちに 隠 かく されているのである。 わたしたちのいのちなるキリストが 現 あらわ れる 時 とき には、あなたがたも、キリストと 共 とも に 栄光 えいこう のうちに 現 あらわ れるであろう。
”だから、 地上 ちじょう の 肢体 したい 、すなわち、 不品行 ふひんこう 、 汚 けが れ、 情欲 じょうよく 、 悪 あく 欲 よく 、また 貪欲 どんよく を 殺 ころ してしまいなさい。 貪欲 どんよく は 偶像 ぐうぞう 礼拝 れいはい にほかならない。 これらのことのために、 神 かみ の 怒 いか りが 下 くだ るのである。 あなたがたも、 以前 いぜん これらのうちに 日 ひ を 過 す ごしていた 時 とき には、これらのことをして 歩 ある いていた。 しかし 今 いま は、これらいっさいのことを 捨 す て、 怒 いか り、 憤 いきどお り、 悪意 あくい 、そしり、 口 くち から 出 で る 恥 は ずべき 言葉 ことば を、 捨 す ててしまいなさい。 互 たがい にうそを 言 い ってはならない。あなたがたは、 古 ふる き 人 ひと をその 行 おこな いと 一緒 いっしょ に 脱 ぬ ぎ 捨 す て、
”だから、あなたがたは、 神 かみ に 選 えら ばれた 者 もの 、 聖 せい なる、 愛 あい されている 者 もの であるから、あわれみの 心 こころ 、 慈愛 じあい 、 謙 けん そん、 柔和 にゅうわ 、 寛容 かんよう を 身 み に 着 つ けなさい。 互 たがい に 忍 しの びあい、もし 互 たがい に 責 せめ むべきことがあれば、ゆるし 合 あ いなさい。 主 しゅ もあなたがたをゆるして 下 くだ さったのだから、そのように、あなたがたもゆるし 合 あ いなさい。 これらいっさいのものの 上 うえ に、 愛 あい を 加 くわ えなさい。 愛 あい は、すべてを 完全 かんぜん に 結 むす ぶ 帯 おび である。
”不正 ふせい を 行 おこな う 者 もの は、 自分 じぶん の 行 おこな った 不正 ふせい に 対 たい して 報 むく いを 受 う けるであろう。それには 差別 さべつ 扱 あつか いはない。
”そして、どうか、わたしたちの 主 しゅ イエスが、そのすべての 聖 せい なる 者 もの と 共 とも にこられる 時 とき 、 神 かみ のみまえに、あなたがたの 心 こころ を 強 つよ め、 清 きよ く、 責 せ められるところのない 者 もの にして 下 くだ さるように。
”神 かみ のみこころは、あなたがたが 清 きよ くなることである。すなわち、 不品行 ふひんこう を 慎 つつし み、 各自 かくじ 、 気 き をつけて 自分 じぶん のからだを 清 きよ く 尊 たっと く 保 たも ち、
”神 かみ は、わたしたちを 怒 いか りにあわせるように 定 さだ められたのではなく、わたしたちの 主 しゅ イエス・キリストによって 救 すくい を 得 え るように 定 さだ められたのである。
”すべてのものを 識別 しきべつ して、 良 よ いものを 守 まも り、 あらゆる 種類 しゅるい の 悪 あく から 遠 とお ざかりなさい。 どうか、 平和 へいわ の 神 かみ ご 自身 じしん が、あなたがたを 全 まった くきよめて 下 くだ さるように。また、あなたがたの 霊 れい と 心 こころ とからだとを 完全 かんぜん に 守 まも って、わたしたちの 主 しゅ イエス・キリストの 来臨 らいりん のときに、 責 せ められるところのない 者 もの にして 下 くだ さるように。
”しかし、 主 しゅ に 愛 あい されている 兄弟 きょうだい たちよ。わたしたちはいつもあなたがたのことを、 神 かみ に 感謝 かんしゃ せずにはおられない。それは、 神 かみ があなたがたを 初 はじ めから 選 えら んで、 御霊 みたま によるきよめと、 真理 しんり に 対 たい する 信仰 しんこう とによって、 救 すくい を 得 え させようとし、
”すなわち、 律法 りっぽう は 正 ただ しい 人 ひと のために 定 さだ められたのではなく、 不法 ふほう な 者 もの と 法 ほう に 服 ふく さない 者 もの 、 不信心 ふしんじん な 者 もの と 罪 つみ ある 者 もの 、 神聖 しんせい を 汚 けが す 者 もの と 俗悪 ぞくあく な 者 もの 、 父 ちち を 殺 ころ す 者 もの と 母 はは を 殺 ころ す 者 もの 、 人 ひと を 殺 ころ す 者 もの 、 不品行 ふひんこう な 者 もの 、 男色 なんしょく をする 者 もの 、 誘 ゆう かいする 者 もの 、 偽 いつわ る 者 もの 、 偽 いつわ り 誓 ちか う 者 もの 、そのほか 健全 けんぜん な 教 おしえ にもとることがあれば、そのために 定 さだ められていることを 認 みと むべきである。
”「キリスト・イエスは、 罪人 つみびと を 救 すく うためにこの 世 よ にきて 下 くだ さった」という 言葉 ことば は、 確実 かくじつ で、そのまま 受 う けいれるに 足 た るものである。わたしは、その 罪人 つみびと のかしらなのである。 しかし、わたしがあわれみをこうむったのは、キリスト・イエスが、まずわたしに 対 たい して 限 かぎ りない 寛容 かんよう を 示 しめ し、そして、わたしが 今後 こんご 、 彼 かれ を 信 しん じて 永遠 えいえん のいのちを 受 う ける 者 もの の 模範 もはん となるためである。
”神 かみ は、すべての 人 ひと が 救 すく われて、 真理 しんり を 悟 さと るに 至 いた ることを 望 のぞ んでおられる。
”神 かみ は 唯一 ゆいいつ であり、 神 かみ と 人 ひと との 間 あいだ の 仲保者 ちゅうほしゃ もただひとりであって、それは 人 ひと なるキリスト・イエスである。 彼 かれ は、すべての 人 ひと のあがないとしてご 自身 じしん をささげられたが、それは、 定 さだ められた 時 とき になされたあかしにほかならない。
”しかし、 御霊 みたま は 明 あき らかに 告 つ げて 言 い う。 後 のち の 時 とき になると、ある 人々 ひとびと は、 惑 まど わす 霊 れい と 悪霊 あくりょう の 教 おしえ とに 気 き をとられて、 信仰 しんこう から 離 はな れ 去 さ るであろう。 それは、 良心 りょうしん に 焼 や き 印 いん をおされている 偽 いつわ り 者 もの の 偽善 ぎぜん のしわざである。
”これらのことを 命 めい じて、 彼女 かのじょ たちを 非難 ひなん のない 者 もの としなさい。
”わたしたちの 主 しゅ イエス・キリストの 出現 しゅつげん まで、その 戒 いまし めを 汚 けが すことがなく、また、それを 非難 ひなん のないように 守 まも りなさい。
”だから、あなたは、わたしたちの 主 しゅ のあかしをすることや、わたしが 主 しゅ の 囚人 しゅうじん であることを、 決 けっ して 恥 は ずかしく 思 おも ってはならない。むしろ、 神 かみ の 力 ちから にささえられて、 福音 ふくいん のために、わたしと 苦 くる しみを 共 とも にしてほしい。 神 かみ はわたしたちを 救 すく い、 聖 せい なる 招 まね きをもって 召 め して 下 くだ さったのであるが、それは、わたしたちのわざによるのではなく、 神 かみ ご 自身 じしん の 計画 けいかく に 基 もとづ き、また、 永遠 えいえん の 昔 むかし にキリスト・イエスにあってわたしたちに 賜 たま わっていた 恵 めぐ み、 そして 今 いま や、わたしたちの 救主 すくいぬし キリスト・イエスの 出現 しゅつげん によって 明 あき らかにされた 恵 めぐ みによるのである。キリストは 死 し を 滅 ほろ ぼし、 福音 ふくいん によっていのちと 不 ふ 死 し とを 明 あき らかに 示 しめ されたのである。
”それだから、わたしは 選 えら ばれた 人 ひと たちのために、いっさいのことを 耐 た え 忍 しの ぶのである。それは、 彼 かれ らもキリスト・イエスによる 救 すくい を 受 う け、また、それと 共 とも に 永遠 えいえん の 栄光 えいこう を 受 う けるためである。 次 つぎ の 言葉 ことば は 確実 かくじつ である。「もしわたしたちが、 彼 かれ と 共 とも に 死 し んだなら、また 彼 かれ と 共 とも に 生 い きるであろう。 もし 耐 た え 忍 しの ぶなら、 彼 かれ と 共 とも に 支配者 しはいしゃ となるであろう。もし 彼 かれ を 否 いな むなら、 彼 かれ もわたしたちを 否 いな むであろう。
”しかし、 神 かみ のゆるがない 土台 どだい はすえられていて、それに 次 つぎ の 句 く が 証印 しょういん として、しるされている。「 主 しゅ は 自分 じぶん の 者 もの たちを 知 し る」。また「 主 しゅ の 名 な を 呼 よ ぶ 者 もの は、すべて 不義 ふぎ から 離 はな れよ」。
”主 しゅ の 僕 しもべ たる 者 もの は 争 あらそ ってはならない。だれに 対 たい しても 親切 しんせつ であって、よく 教 おし え、よく 忍 しの び、 反対 はんたい する 者 もの を 柔和 にゅうわ な 心 こころ で 教 おし え 導 みちび くべきである。おそらく 神 かみ は、 彼 かれ らに 悔改 くいあらた めの 心 こころ を 与 あた えて、 真理 しんり を 知 し らせ、 一 度 ど は 悪魔 あくま に 捕 とら えられてその 欲 ほっ するままになっていても、 目 め ざめて 彼 かれ のわなからのがれさせて 下 くだ さるであろう。
”その 時 とき 、 人々 ひとびと は 自分 じぶん を 愛 あい する 者 もの 、 金 かね を 愛 あい する 者 もの 、 大言壮語 たいげんそうご する 者 もの 、 高慢 こうまん な 者 もの 、 神 かみ をそしる 者 もの 、 親 おや に 逆 さか らう 者 もの 、 恩 おん を 知 し らぬ 者 もの 、 神聖 しんせい を 汚 けが す 者 もの 、 無情 むじょう な 者 もの 、 融和 ゆうわ しない 者 もの 、そしる 者 もの 、 無 む 節制 せっせい な 者 もの 、 粗暴 そぼう な 者 もの 、 善 ぜん を 好 この まない 者 もの 、 裏切 うらぎ り 者 もの 、 乱暴 らんぼう 者 もの 、 高言 こうげん をする 者 もの 、 神 かみ よりも 快楽 かいらく を 愛 あい する 者 もの 、 信心 しんじん 深 ぶか い 様子 ようす をしながらその 実 じつ を 捨 す てる 者 もの となるであろう。こうした 人々 ひとびと を 避 さ けなさい。
”いったい、キリスト・イエスにあって 信心 しんじん 深 ぶか く 生 い きようとする 者 もの は、みな、 迫害 はくがい を 受 う ける。
”聖書 せいしょ は、すべて 神 かみ の 霊 れい 感 かん を 受 う けて 書 か かれたものであって、 人 ひと を 教 おし え、 戒 いまし め、 正 ただ しくし、 義 ぎ に 導 みちび くのに 有益 ゆうえき である。 それによって、 神 かみ の 人 ひと が、あらゆる 良 よ いわざに 対 たい して 十分 じゅうぶん な 準備 じゅんび ができて、 完全 かんぜん にととのえられた 者 もの になるのである。
”今 いま や、 義 ぎ の 冠 かんむり がわたしを 待 ま っているばかりである。かの 日 ひ には、 公平 こうへい な 審判者 しんぱんしゃ である 主 しゅ が、それを 授 さづ けて 下 くだ さるであろう。わたしばかりではなく、 主 しゅ の 出現 しゅつげん を 心 こころ から 待 ま ち 望 のぞ んでいたすべての 人 ひと にも 授 さづ けて 下 くだ さるであろう。
”主 しゅ はわたしを、すべての 悪 あく のわざから 助 たす け 出 だ し、 天 てん にある 御国 みくに に 救 すく い 入 い れて 下 くだ さるであろう。 栄光 えいこう が 永遠 えいえん から 永遠 えいえん にわたって 主 しゅ にあるように、アァメン。
”偽 いつわ りのない 神 かみ が 永遠 えいえん の 昔 むかし に 約束 やくそく された 永遠 えいえん のいのちの 望 のぞ みに 基 もとづ くのである。
”すべての 人 ひと を 救 すく う 神 かみ の 恵 めぐ みが 現 あらわ れた。 そして、わたしたちを 導 みちび き、 不信心 ふしんじん とこの 世 よ の 情欲 じょうよく とを 捨 す てて、 慎 つつし み 深 ぶか く、 正 ただ しく、 信心 しんじん 深 ぶか くこの 世 よ で 生活 せいかつ し、 祝福 しゅくふく に 満 み ちた 望 のぞ み、すなわち、 大 おお いなる 神 かみ 、わたしたちの 救主 すくいぬし キリスト・イエスの 栄光 えいこう の 出現 しゅつげん を 待 ま ち 望 のぞ むようにと、 教 おし えている。 このキリストが、わたしたちのためにご 自身 じしん をささげられたのは、わたしたちをすべての 不法 ふほう からあがない 出 だ して、 良 よ いわざに 熱心 ねっしん な 選 えら びの 民 たみ を、ご 自身 じしん のものとして 聖 せい 別 べつ するためにほかならない。
”わたしたちの 行 おこな った 義 ぎ のわざによってではなく、ただ 神 かみ のあわれみによって、 再生 さいせい の 洗 あら いを 受 う け、 聖霊 せいれい により 新 あら たにされて、わたしたちは 救 すく われたのである。
”これは、わたしたちが、キリストの 恵 めぐ みによって 義 ぎ とされ、 永遠 えいえん のいのちを 望 のぞ むことによって、 御国 みくに をつぐ 者 もの となるためである。
”こういうわけだから、わたしたちは 聞 き かされていることを、いっそう 強 つよ く 心 こころ に 留 と めねばならない。そうでないと、おし 流 なが されてしまう。 というのは、 御使 みつかい たちをとおして 語 かた られた 御言 みことば が 効力 こうりょく を 持 も ち、あらゆる 罪過 ざいか と 不 ふ 従順 じゅうじゅん とに 対 たい して 正当 せいとう な 報 むく いが 加 くわ えられたとすれば、 わたしたちは、こんなに 尊 たっと い 救 すくい をなおざりにしては、どうして 報 むく いをのがれることができようか。この 救 すくい は、 初 はじ め 主 しゅ によって 語 かた られたものであって、 聞 き いた 人々 ひとびと からわたしたちにあかしされ、
”主 しゅ ご 自身 じしん 、 試錬 しれん を 受 う けて 苦 くる しまれたからこそ、 試錬 しれん の 中 なか にある 者 もの たちを 助 たす けることができるのである。
”兄弟 きょうだい たちよ。 気 き をつけなさい。あなたがたの 中 なか には、あるいは、 不 ふ 信仰 しんこう な 悪 わる い 心 こころ をいだいて、 生 い ける 神 かみ から 離 はな れ 去 さ る 者 もの があるかも 知 し れない。
”あなたがたの 中 なか に、 罪 つみ の 惑 まど わしに 陥 おちい って、 心 こころ をかたくなにする 者 もの がないように、「きょう」といううちに、 日々 ひび 、 互 たがい に 励 はげ まし 合 あ いなさい。
”それについて、こう 言 い われている、「きょう、み 声 こえ を 聞 き いたなら、 神 かみ にそむいた 時 とき のように、あなたがたの 心 こころ を、かたくなにしてはいけない」。
”そして、 神 かみ のみまえには、あらわでない 被 ひ 造物 ぞうぶつ はひとつもなく、すべてのものは、 神 かみ の 目 め には 裸 はだか であり、あらわにされているのである。この 神 かみ に 対 たい して、わたしたちは 言 い い 開 ひら きをしなくてはならない。 さて、わたしたちには、もろもろの 天 てん をとおって 行 い かれた 大祭司 だいさいし なる 神 かみ の 子 こ イエスがいますのであるから、わたしたちの 告白 こくはく する 信仰 しんこう をかたく 守 まも ろうではないか。 この 大祭司 だいさいし は、わたしたちの 弱 よわ さを 思 おも いやることのできないようなかたではない。 罪 つみ は 犯 おか されなかったが、すべてのことについて、わたしたちと 同 おな じように 試錬 しれん に 会 あ われたのである。 だから、わたしたちは、あわれみを 受 う け、また、 恵 めぐ みにあずかって 時機 じき を 得 え た 助 たす けを 受 う けるために、はばかることなく 恵 めぐ みの 御座 みざ に 近 ちか づこうではないか。
”いったん、 光 ひかり を 受 う けて 天 てん よりの 賜物 たまもの を 味 あじ わい、 聖霊 せいれい にあずかる 者 もの となり、 また、 神 かみ の 良 よ きみ 言葉 ことば と、きたるべき 世 よ の 力 ちから とを 味 あじ わった 者 もの たちが、 そののち 堕落 だらく した 場合 ばあい には、またもや 神 かみ の 御子 みこ を、 自 みずか ら 十字架 じゅうじか につけて、さらしものにするわけであるから、ふたたび 悔改 くいあらた めにたち 帰 かえ ることは 不可能 ふかのう である。
”そこでまた、 彼 かれ は、いつも 生 い きていて 彼 かれ らのためにとりなしておられるので、 彼 かれ によって 神 かみ に 来 く る 人々 ひとびと を、いつも 救 すく うことができるのである。
”わたしが、それらの 日 ひ の 後 のち 、イスラエルの 家 いえ と 立 た てようとする 契約 けいやく はこれである、と 主 しゅ が 言 い われる。すなわち、わたしの 律法 りっぽう を 彼 かれ らの 思 おも いの 中 なか に 入 い れ、 彼 かれ らの 心 こころ に 書 か きつけよう。こうして、わたしは 彼 かれ らの 神 かみ となり、 彼 かれ らはわたしの 民 たみ となるであろう。
”わたしは、 彼 かれ らの 不義 ふぎ をあわれみ、もはや、 彼 かれ らの 罪 つみ を 思 おも い 出 だ すことはしない」。
”かつ、やぎと 子 こ 牛 うし との 血 ち によらず、ご 自身 じしん の 血 ち によって、一 度 ど だけ 聖所 せいじょ にはいられ、それによって 永遠 えいえん のあがないを 全 まっと うされたのである。
”それだから、キリストは 新 あたら しい 契約 けいやく の 仲保者 ちゅうほしゃ なのである。それは、 彼 かれ が 初 はじ めの 契約 けいやく のもとで 犯 おか した 罪過 ざいか をあがなうために 死 し なれた 結果 けっか 、 召 め された 者 もの たちが、 約束 やくそく された 永遠 えいえん の 国 くに を 受 う け 継 つ ぐためにほかならない。
”こうして、ほとんどすべての 物 もの が、 律法 りっぽう に 従 したが い、 血 ち によってきよめられたのである。 血 ち を 流 なが すことなしには、 罪 つみ のゆるしはあり 得 え ない。
”そして、一 度 ど だけ 死 し ぬことと、 死 し んだ 後 のち さばきを 受 う けることとが、 人間 にんげん に 定 さだ まっているように、 キリストもまた、 多 おお くの 人 ひと の 罪 つみ を 負 お うために、一 度 ど だけご 自身 じしん をささげられた 後 のち 、 彼 かれ を 待 ま ち 望 のぞ んでいる 人々 ひとびと に、 罪 つみ を 負 お うためではなしに二 度目 どめ に 現 あらわ れて、 救 すくい を 与 あた えられるのである。
”この 御旨 みむね に 基 もとづ きただ一 度 ど イエス・キリストのからだがささげられたことによって、わたしたちはきよめられたのである。
”しかるに、キリストは 多 おお くの 罪 つみ のために一つの 永遠 えいえん のいけにえをささげた 後 のち 、 神 かみ の 右 みぎ に 座 ざ し、
”彼 かれ は一つのささげ 物 もの によって、きよめられた 者 もの たちを 永遠 えいえん に 全 まっと うされたのである。 聖霊 せいれい もまた、わたしたちにあかしをして、 「わたしが、それらの 日 ひ の 後 のち 、 彼 かれ らに 対 たい して 立 た てようとする 契約 けいやく はこれであると、 主 しゅ が 言 い われる。わたしの 律法 りっぽう を 彼 かれ らの 心 こころ に 与 あた え、 彼 かれ らの 思 おも いのうちに 書 か きつけよう」と 言 い い、 さらに、「もはや、 彼 かれ らの 罪 つみ と 彼 かれ らの 不法 ふほう とを、 思 おも い 出 だ すことはしない」と 述 の べている。 これらのことに 対 たい するゆるしがある 以上 いじょう 、 罪 つみ のためのささげ 物 もの は、もはやあり 得 え ない。
”兄弟 きょうだい たちよ。こういうわけで、わたしたちはイエスの 血 ち によって、はばかることなく 聖所 せいじょ にはいることができ、 彼 かれ の 肉体 にくたい なる 幕 まく をとおり、わたしたちのために 開 ひら いて 下 くだ さった 新 あたら しい 生 い きた 道 みち をとおって、はいって 行 ゆ くことができるのであり、 さらに、 神 かみ の 家 いえ を 治 おさ める 大 おお いなる 祭司 さいし があるのだから、 心 こころ はすすがれて 良心 りょうしん のとがめを 去 さ り、からだは 清 きよ い 水 みず で 洗 あら われ、まごころをもって 信仰 しんこう の 確信 かくしん に 満 み たされつつ、みまえに 近 ちか づこうではないか。
”もしわたしたちが、 真理 しんり の 知識 ちしき を 受 う けたのちにもなお、ことさらに 罪 つみ を 犯 おか しつづけるなら、 罪 つみ のためのいけにえは、もはやあり 得 え ない。 ただ、さばきと、 逆 さか らう 者 もの たちを 焼 や きつくす 激 はげ しい 火 ひ とを、 恐 おそ れつつ 待 ま つことだけがある。 モーセの 律法 りっぽう を 無視 むし する 者 もの が、あわれみを 受 う けることなしに、二、三の 人 ひと の 証言 しょうげん に 基 もとづ いて 死刑 しけい に 処 しょ せられるとすれば、 神 かみ の 子 こ を 踏 ふ みつけ、 自分 じぶん がきよめられた 契約 けいやく の 血 ち を 汚 けが れたものとし、さらに 恵 めぐ みの 御霊 みたま を 侮 あなど る 者 もの は、どんなにか 重 おも い 刑罰 けいばつ に 価 あたい することであろう。 「 復讐 ふくしゅう はわたしのすることである。わたし 自身 じしん が 報復 ほうふく する」と 言 い われ、また「 主 しゅ はその 民 たみ をさばかれる」と 言 い われたかたを、わたしたちは 知 し っている。 生 い ける 神 かみ のみ 手 て のうちに 落 お ちるのは、 恐 おそ ろしいことである。
”さて、 信仰 しんこう とは、 望 のぞ んでいる 事 こと がらを 確信 かくしん し、まだ 見 み ていない 事実 じじつ を 確認 かくにん することである。
”信仰 しんこう がなくては、 神 かみ に 喜 よろこ ばれることはできない。なぜなら、 神 かみ に 来 く る 者 もの は、 神 かみ のいますことと、ご 自身 じしん を 求 もと める 者 もの に 報 むく いて 下 くだ さることとを、 必 かなら ず 信 しん じるはずだからである。
”こういうわけで、わたしたちは、このような 多 おお くの 証人 しょうにん に 雲 くも のように 囲 かこ まれているのであるから、いっさいの 重荷 おもに と、からみつく 罪 つみ とをかなぐり 捨 す てて、わたしたちの 参加 さんか すべき 競走 きょうそう を、 耐 た え 忍 しの んで 走 はし りぬこうではないか。
”あなたがたは、 罪 つみ と 取 と り 組 く んで 戦 たたか う 時 とき 、まだ 血 ち を 流 なが すほどの 抵抗 ていこう をしたことがない。
”すべての 人 ひと と 相 あい 和 わ し、また、 自 みずか らきよくなるように 努 つと めなさい。きよくならなければ、だれも 主 しゅ を 見 み ることはできない。
”あなたがたの 知 し っているように、 彼 かれ はその 後 のち 、 祝福 しゅくふく を 受 う け 継 つ ごうと 願 ねが ったけれども、 捨 す てられてしまい、 涙 なみだ を 流 なが してそれを 求 もと めたが、 悔改 くいあらた めの 機会 きかい を 得 え なかったのである。
”すべての 人 ひと は、 結婚 けっこん を 重 おも んずべきである。また 寝床 ねどこ を 汚 けが してはならない。 神 かみ は、 不品行 ふひんこう な 者 もの や 姦淫 かんいん をする 者 もの をさばかれる。
”だから、わたしたちはイエスによって、さんびのいけにえ、すなわち、 彼 かれ の 御名 みな をたたえるくちびるの 実 み を、たえず 神 かみ にささげようではないか。
”永遠 えいえん の 契約 けいやく の 血 ち による 羊 ひつじ の 大牧者 だいぼくしゃ 、わたしたちの 主 しゅ イエスを、 死人 しにん の 中 なか から 引 ひ き 上 あ げられた 平和 へいわ の 神 かみ が、
”あなたがたのうち、 知恵 ちえ に 不足 ふそく している 者 もの があれば、その 人 ひと は、とがめもせずに 惜 お しみなくすべての 人 ひと に 与 あた える 神 かみ に、 願 ねが い 求 もと めるがよい。そうすれば、 与 あた えられるであろう。
”試錬 しれん を 耐 た え 忍 しの ぶ 人 ひと は、さいわいである。それを 忍 しの びとおしたなら、 神 かみ を 愛 あい する 者 もの たちに 約束 やくそく されたいのちの 冠 かんむり を 受 う けるであろう。 だれでも 誘惑 ゆうわく に 会 あ う 場合 ばあい 、「この 誘惑 ゆうわく は、 神 かみ からきたものだ」と 言 い ってはならない。 神 かみ は 悪 あく の 誘惑 ゆうわく に 陥 おちい るようなかたではなく、また 自 みずか ら 進 すす んで 人 ひと を 誘惑 ゆうわく することもなさらない。
”人 ひと が 誘惑 ゆうわく に 陥 おちい るのは、それぞれ、 欲 よく に 引 ひ かれ、さそわれるからである。 欲 よく がはらんで 罪 つみ を 生 う み、 罪 つみ が 熟 じゅく して 死 し を 生 う み 出 だ す。
”だから、すべての 汚 けが れや、はなはだしい 悪 あく を 捨 す て 去 さ って、 心 こころ に 植 う えつけられている 御言 みことば を、すなおに 受 う け 入 い れなさい。 御言 みことば には、あなたがたのたましいを 救 すく う 力 ちから がある。 そして、 御言 みことば を 行 おこな う 人 ひと になりなさい。おのれを 欺 あざむ いて、ただ 聞 き くだけの 者 もの となってはいけない。
”なぜなら、 律法 りっぽう をことごとく 守 まも ったとしても、その一つの 点 てん にでも 落 お ち 度 ど があれば、 全体 ぜんたい を 犯 おか したことになるからである。
”わたしの 兄弟 きょうだい たちよ。ある 人 ひと が 自分 じぶん には 信仰 しんこう があると 称 しょう していても、もし 行 おこな いがなかったら、なんの 役 やく に 立 た つか。その 信仰 しんこう は 彼 かれ を 救 すく うことができるか。 ある 兄弟 きょうだい または 姉妹 しまい が 裸 はだか でいて、その 日 ひ の 食物 しょくもつ にもこと 欠 か いている 場合 ばあい 、 あなたがたのうち、だれかが、「 安 やす らかに 行 い きなさい。 暖 あたた まって、 食 た べ 飽 あ きなさい」と 言 い うだけで、そのからだに 必要 ひつよう なものを 何 なに ひとつ 与 あた えなかったとしたら、なんの 役 やく に 立 た つか。 信仰 しんこう も、それと 同様 どうよう に、 行 おこな いを 伴 ともな わなければ、それだけでは 死 し んだものである。
”これでわかるように、 人 ひと が 義 ぎ とされるのは、 行 おこな いによるのであって、 信仰 しんこう だけによるのではない。
”霊魂 れいこん のないからだが 死 し んだものであると 同様 どうよう に、 行 おこな いのない 信仰 しんこう も 死 し んだものなのである。
”不貞 ふてい のやからよ。 世 よ を 友 とも とするのは、 神 かみ への 敵対 てきたい であることを、 知 し らないか。おおよそ 世 よ の 友 とも となろうと 思 おも う 者 もの は、 自 みずか らを 神 かみ の 敵 てき とするのである。 それとも、「 神 かみ は、わたしたちの 内 うち に 住 す まわせた 霊 れい を、ねたむほどに 愛 あい しておられる」と 聖書 せいしょ に 書 か いてあるのは、むなしい 言葉 ことば だと 思 おも うのか。 しかし 神 かみ は、いや 増 ま しに 恵 めぐ みを 賜 たま う。であるから、「 神 かみ は 高 たか ぶる 者 もの をしりぞけ、へりくだる 者 もの に 恵 めぐ みを 賜 たま う」とある。 そういうわけだから、 神 かみ に 従 したが いなさい。そして、 悪魔 あくま に 立 た ちむかいなさい。そうすれば、 彼 かれ はあなたがたから 逃 に げ 去 さ るであろう。 神 かみ に 近 ちか づきなさい。そうすれば、 神 かみ はあなたがたに 近 ちか づいて 下 くだ さるであろう。 罪人 つみびと どもよ、 手 て をきよめよ。 二心 ふたごころ の 者 もの どもよ、 心 こころ を 清 きよ くせよ。 苦 くる しめ、 悲 かな しめ、 泣 な け。あなたがたの 笑 わら いを 悲 かな しみに、 喜 よろこ びを 憂 うれ いに 変 か えよ。 主 しゅ のみまえにへりくだれ。そうすれば、 主 しゅ は、あなたがたを 高 たか くして 下 くだ さるであろう。
”人 ひと が、なすべき 善 ぜん を 知 し りながら 行 おこな わなければ、それは 彼 かれ にとって 罪 つみ である。
”信仰 しんこう による 祈 いのり は、 病 や んでいる 人 ひと を 救 すく い、そして、 主 しゅ はその 人 ひと を 立 た ちあがらせて 下 くだ さる。かつ、その 人 ひと が 罪 つみ を 犯 おか していたなら、それもゆるされる。 だから、 互 たがい に 罪 つみ を 告白 こくはく し 合 あ い、また、いやされるようにお 互 たがい のために 祈 いの りなさい。 義人 ぎじん の 祈 いのり は、 大 おお いに 力 ちから があり、 効果 こうか のあるものである。
”わたしの 兄弟 きょうだい たちよ。あなたがたのうち、 真理 しんり の 道 みち から 踏 ふ み 迷 まよ う 者 もの があり、だれかが 彼 かれ を 引 ひ きもどすなら、 かように 罪人 つみびと を 迷 まよ いの 道 みち から 引 ひ きもどす 人 ひと は、そのたましいを 死 し から 救 すく い 出 だ し、かつ、 多 おお くの 罪 つみ をおおうものであることを、 知 し るべきである。
”ほむべきかな、わたしたちの 主 しゅ イエス・キリストの 父 ちち なる 神 かみ。 神 かみ は、その 豊 ゆた かなあわれみにより、イエス・キリストを 死人 しにん の 中 なか からよみがえらせ、それにより、わたしたちを 新 あら たに 生 うま れさせて 生 い ける 望 のぞ みをいだかせ、 あなたがたのために 天 てん にたくわえてある、 朽 く ちず 汚 けが れず、しぼむことのない 資産 しさん を 受 う け 継 つ ぐ 者 もの として 下 くだ さったのである。 あなたがたは、 終 おわ りの 時 とき に 啓示 けいじ さるべき 救 すくい にあずかるために、 信仰 しんこう により 神 かみ の 御 み 力 ちから に 守 まも られているのである。
”そのことを 思 おも って、 今 いま しばらくのあいだは、さまざまな 試錬 しれん で 悩 なや まねばならないかも 知 し れないが、あなたがたは 大 おお いに 喜 よろこ んでいる。 こうして、あなたがたの 信仰 しんこう はためされて、 火 ひ で 精錬 せいれん されても 朽 く ちる 外 ほか はない 金 きん よりもはるかに 尊 たっと いことが 明 あき らかにされ、イエス・キリストの 現 あらわ れるとき、さんびと 栄光 えいこう とほまれとに 変 かわ るであろう。 あなたがたは、イエス・キリストを 見 み たことはないが、 彼 かれ を 愛 あい している。 現在 げんざい 、 見 み てはいないけれども、 信 しん じて、 言葉 ことば につくせない、 輝 かがや きにみちた 喜 よろこ びにあふれている。 それは、 信仰 しんこう の 結果 けっか なるたましいの 救 すくい を 得 え ているからである。
”従順 じゅうじゅん な 子供 こども として、 無知 むち であった 時代 じだい の 欲情 よくじょう に 従 したが わず、 むしろ、あなたがたを 召 め して 下 くだ さった 聖 せい なるかたにならって、あなたがた 自身 じしん も、あらゆる 行 おこな いにおいて 聖 せい なる 者 もの となりなさい。 聖書 せいしょ に、「わたしが 聖 せい なる 者 もの であるから、あなたがたも 聖 せい なる 者 もの になるべきである」と 書 か いてあるからである。
”あなたがたは、 人 ひと をそれぞれのしわざに 応 おう じて、 公平 こうへい にさばくかたを、 父 ちち と 呼 よ んでいるからには、 地上 ちじょう に 宿 やど っている 間 あいだ を、おそれの 心 こころ をもって 過 す ごすべきである。 あなたがたのよく 知 し っているとおり、あなたがたが 先祖 せんぞ 伝来 でんらい の 空疎 くうそ な 生活 せいかつ からあがない 出 だ されたのは、 銀 ぎん や 金 きん のような 朽 く ちる 物 もの によったのではなく、 きずも、しみもない 小羊 こひつじ のようなキリストの 尊 たっと い 血 ち によったのである。
”あなたがたは、 真理 しんり に 従 したが うことによって、たましいをきよめ、 偽 いつわ りのない 兄弟 きょうだい 愛 あい をいだくに 至 いた ったのであるから、 互 たがい に 心 こころ から 熱 あつ く 愛 あい し 合 あ いなさい。 あなたがたが 新 あら たに 生 うま れたのは、 朽 く ちる 種 たね からではなく、 朽 く ちない 種 たね から、すなわち、 神 かみ の 変 かわ ることのない 生 い ける 御言 みことば によったのである。 「 人 ひと はみな 草 くさ のごとく、その 栄華 えいが はみな 草 くさ の 花 はな に 似 に ている。 草 くさ は 枯 か れ、 花 はな は散る。 しかし、 主 しゅ の 言葉 ことば は、とこしえに 残 のこ る」。これが、あなたがたに 宣 の べ 伝 つた えられた 御言葉 みことば である。
”さらに、わたしたちが 罪 つみ に 死 し に、 義 ぎ に 生 い きるために、 十字架 じゅうじか にかかって、わたしたちの 罪 つみ をご 自分 じぶん の 身 み に 負 お われた。その 傷 きず によって、あなたがたは、いやされたのである。 あなたがたは、 羊 ひつじ のようにさ 迷 まよ っていたが、 今 いま は、たましいの 牧者 ぼくしゃ であり 監督 かんとく であるかたのもとに、たち 帰 かえ ったのである。
”キリストも、あなたがたを 神 かみ に近づけようとして、 自 みずか らは 義 ぎ なるかたであるのに、 不義 ふぎ なる 人々 ひとびと のために、ひとたび 罪 つみ のゆえに 死 し なれた。ただし、 肉 にく においては 殺 ころ されたが、 霊 れい においては 生 い かされたのである。
”この 水 みず はバプテスマを 象徴 しょうちょう するものであって、 今 いま やあなたがたをも 救 すく うのである。それは、イエス・キリストの 復活 ふっかつ によるのであって、からだの 汚 けが れを 除 のぞ くことではなく、 明 あき らかな 良心 りょうしん を 神 かみ に 願 ねが い 求 もと めることである。 キリストは 天 てん に 上 のぼ って 神 かみ の 右 みぎ に 座 ざ し、 天使 てんし たちともろもろの 権威 けんい 、 権力 けんりょく を 従 したが えておられるのである。
”このように、キリストは 肉 にく において 苦 くる しまれたのであるから、あなたがたも 同 おな じ 覚悟 かくご で 心 こころ の 武装 ぶそう をしなさい。 肉 にく において 苦 くる しんだ 人 ひと は、それによって 罪 つみ からのがれたのである。 それは、 肉 にく における 残 のこ りの 生涯 しょうがい を、もはや 人間 にんげん の 欲情 よくじょう によらず、 神 かみ の 御旨 みむね によって 過 す ごすためである。 過 す ぎ 去 さ った 時代 じだい には、あなたがたは、 異邦人 いほうじん の 好 この みにまかせて、 好色 こうしょく 、 欲情 よくじょう 、 酔酒 すいしゅ 、 宴楽 えんらく 、 暴飲 ぼういん 、 気 き ままな 偶像 ぐうぞう 礼拝 れいはい などにふけってきたが、もうそれで 十分 じゅうぶん であろう。
”万物 ばんぶつ の 終 おわ りが 近 ちか づいている。だから、 心 こころ を 確 たし かにし、 身 み を 慎 つつし んで、 努 つと めて 祈 いの りなさい。 何 なに よりもまず、 互 たがい の 愛 あい を 熱 あつ く 保 たも ちなさい。 愛 あい は 多 おお くの 罪 つみ をおおうものである。
”愛 あい する 者 もの たちよ。あなたがたを 試 こころ みるために 降 ふ りかかって 来 く る 火 ひ のような 試錬 しれん を、 何 なに か 思 おも いがけないことが 起 おこ ったかのように 驚 おどろ きあやしむことなく、 むしろ、キリストの 苦 くる しみにあずかればあずかるほど、 喜 よろこ ぶがよい。それは、キリストの 栄光 えいこう が 現 あらわ れる 際 さい に、よろこびにあふれるためである。
”さばきが 神 かみ の 家 いえ から 始 はじ められる 時 とき がきた。それが、わたしたちからまず 始 はじ められるとしたら、 神 かみ の 福音 ふくいん に 従 したが わない 人々 ひとびと の 行 ゆ く 末 すえ は、どんなであろうか。 また 義人 ぎじん でさえ、かろうじて 救 すく われるのだとすれば、 不信 ふしん なる 者 もの や 罪人 つみびと は、どうなるであろうか。
”だから、 神 かみ の 御旨 みむね に 従 したが って 苦 くる しみを 受 う ける 人々 ひとびと は、 善 ぜん をおこない、そして、 真実 しんじつ であられる 創造者 そうぞうしゃ に、 自分 じぶん のたましいをゆだねるがよい。
”この 悪魔 あくま にむかい、 信仰 しんこう にかたく 立 た って、 抵抗 ていこう しなさい。あなたがたのよく 知 し っているとおり、 全 ぜん 世界 せかい にいるあなたがたの 兄弟 きょうだい たちも、 同 おな じような 苦 くる しみの 数々 かずかず に 会 あ っているのである。 あなたがたをキリストにある 永遠 えいえん の 栄光 えいこう に 招 まね き 入 い れて 下 くだ さったあふるる 恵 めぐ みの 神 かみ は、しばらくの 苦 くる しみの 後 のち 、あなたがたをいやし、 強 つよ め、 力 ちから づけ、 不動 ふどう のものとして 下 くだ さるであろう。
”兄弟 きょうだい たちよ。それだから、ますます 励 はげ んで、あなたがたの 受 う けた 召 め しと 選 えら びとを、 確 たし かなものにしなさい。そうすれば、 決 けっ してあやまちに 陥 おちい ることはない。 こうして、わたしたちの 主 しゅ また 救主 すくいぬし イエス・キリストの 永遠 えいえん の 国 くに に 入 はい る 恵 めぐ みが、あなたがたに 豊 ゆた かに 与 あた えられるからである。
”こういうわけで、 主 しゅ は、 信心 しんじん 深 ぶか い 者 もの を 試錬 しれん の 中 なか から 救 すく い 出 だ し、また、 不義 ふぎ な 者 もの ども、
”ある 人々 ひとびと がおそいと 思 おも っているように、 主 しゅ は 約束 やくそく の 実行 じっこう をおそくしておられるのではない。ただ、ひとりも 滅 ほろ びることがなく、すべての 者 もの が 悔改 くいあらた めに 至 いた ることを 望 のぞ み、あなたがたに 対 たい してながく 忍耐 にんたい しておられるのである。
”愛 あい する 者 もの たちよ。それだから、この 日 ひ を 待 ま っているあなたがたは、しみもなくきずもなく、 安 やす らかな 心 こころ で、 神 かみ のみまえに 出 で られるように 励 はげ みなさい。
”神 かみ と 交 まじ わりをしていると 言 い いながら、もし、やみの 中 なか を 歩 ある いているなら、わたしたちは 偽 いつわ っているのであって、 真理 しんり を 行 おこな っているのではない。 しかし、 神 かみ が 光 ひかり の 中 なか にいますように、わたしたちも 光 ひかり の 中 なか を 歩 ある くならば、わたしたちは 互 たがい に 交 まじ わりをもち、そして、 御子 みこ イエスの 血 ち が、すべての 罪 つみ からわたしたちをきよめるのである。 もし、 罪 つみ がないと 言 い うなら、それは 自分 じぶん を 欺 あざむ くことであって、 真理 しんり はわたしたちのうちにない。 もし、わたしたちが 自分 じぶん の 罪 つみ を 告白 こくはく するならば、 神 かみ は 真実 しんじつ で 正 ただ しいかたであるから、その 罪 つみ をゆるし、すべての 不義 ふぎ からわたしたちをきよめて 下 くだ さる。 もし、 罪 つみ を 犯 おか したことがないと 言 い うなら、それは 神 かみ を 偽 いつわ り 者 もの とするのであって、 神 かみ の 言 ことば はわたしたちのうちにない。
”わたしの 子 こ たちよ。これらのことを 書 か きおくるのは、あなたがたが 罪 つみ を 犯 おか さないようになるためである。もし、 罪 つみ を 犯 おか す 者 もの があれば、 父 ちち のみもとには、わたしたちのために 助 たす け 主 ぬし 、すなわち、 義 ぎ なるイエス・キリストがおられる。 彼 かれ は、わたしたちの 罪 つみ のための、あがないの 供 そな え 物 もの である。ただ、わたしたちの 罪 つみ のためばかりではなく、 全 ぜん 世界 せかい の 罪 つみ のためである。 もし、わたしたちが 彼 かれ の 戒 いまし めを 守 まも るならば、それによって 彼 かれ を 知 し っていることを 悟 さと るのである。 「 彼 かれ を 知 し っている」と 言 い いながら、その 戒 いまし めを 守 まも らない 者 もの は、 偽 いつわ り 者 もの であって、 真理 しんり はその 人 ひと のうちにない。 しかし、 彼 かれ の 御言 みことば を 守 まも る 者 もの があれば、その 人 ひと のうちに、 神 かみ の 愛 あい が 真 しん に 全 まっと うされるのである。それによって、わたしたちが 彼 かれ にあることを 知 し るのである。 「 彼 かれ におる」と 言 い う 者 もの は、 彼 かれ が 歩 ある かれたように、その 人 ひと 自身 じしん も 歩 ある くべきである。
”子 こ たちよ。あなたがたにこれを 書 か きおくるのは、 御名 みな のゆえに、あなたがたの 多 おお くの 罪 つみ がゆるされたからである。
”世 よ と 世 よ にあるものとを、 愛 あい してはいけない。もし、 世 よ を 愛 あい する 者 もの があれば、 父 ちち の 愛 あい は 彼 かれ のうちにない。 すべて 世 よ にあるもの、すなわち、 肉 にく の 欲 よく 、 目 め の 欲 よく 、 持 も ち 物 もの の 誇 ほこり は、 父 ちち から 出 で たものではなく、 世 よ から 出 で たものである。 世 よ と 世 よ の 欲 よく とは 過 す ぎ 去 さ る。しかし、 神 かみ の 御旨 みむね を 行 おこな う 者 もの は、 永遠 えいえん にながらえる。
”わたしが 書 か きおくったのは、あなたがたが 真理 しんり を 知 し らないからではなく、それを 知 し っているからであり、また、すべての 偽 いつわ りは 真理 しんり から 出 で るものでないことを、 知 し っているからである。 偽 いつわ り 者 もの とは、だれであるか。イエスのキリストであることを 否定 ひてい する 者 もの ではないか。 父 ちち と 御子 みこ とを 否定 ひてい する 者 もの は、 反 はん キリストである。 御子 みこ を 否定 ひてい する 者 もの は 父 ちち を 持 も たず、 御子 みこ を 告白 こくはく する 者 もの は、また 父 ちち をも 持 も つのである。
”これが、 彼 かれ 自 みずか らわたしたちに 約束 やくそく された 約束 やくそく であって、すなわち、 永遠 えいえん のいのちである。 わたしは、あなたがたを 惑 まど わす 者 もの たちについて、これらのことを 書 か きおくった。
”そこで、 子 こ たちよ。キリストのうちにとどまっていなさい。それは、 彼 かれ が 現 あらわ れる 時 とき に、 確信 かくしん を 持 も ち、その 来臨 らいりん に 際 さい して、みまえに 恥 は じいることがないためである。 彼 かれ の 義 ぎ なるかたであることがわかれば、 義 ぎ を 行 おこな う 者 もの はみな 彼 かれ から 生 うま れたものであることを、 知 し るであろう。
”彼 かれ についてこの 望 のぞ みをいだいている 者 もの は 皆 みな 、 彼 かれ がきよくあられるように、 自 みずか らをきよくする。
”すべて 罪 つみ を 犯 おか す 者 もの は、 不法 ふほう を 行 おこな う 者 もの である。 罪 つみ は 不法 ふほう である。 あなたがたが 知 し っているとおり、 彼 かれ は 罪 つみ をとり 除 のぞ くために 現 あらわ れたのであって、 彼 かれ にはなんらの 罪 つみ がない。 すべて 彼 かれ におる 者 もの は、 罪 つみ を 犯 おか さない。すべて 罪 つみ を 犯 おか す 者 もの は 彼 かれ を 見 み たこともなく、 知 し ったこともない 者 もの である。 子 こ たちよ。だれにも 惑 まど わされてはならない。 彼 かれ が 義人 ぎじん であると 同様 どうよう に、 義 ぎ を 行 おこな う 者 もの は 義人 ぎじん である。 罪 つみ を 犯 おか す 者 もの は、 悪魔 あくま から 出 で た 者 もの である。 悪魔 あくま は 初 はじ めから 罪 つみ を 犯 おか しているからである。 神 かみ の 子 こ が 現 あらわ れたのは、 悪魔 あくま のわざを 滅 ほろ ぼしてしまうためである。 すべて 神 かみ から 生 うま れた 者 もの は、 罪 つみ を 犯 おか さない。 神 かみ の 種 たね が、その 人 ひと のうちにとどまっているからである。また、その 人 ひと は、 神 かみ から 生 うま れた 者 もの であるから、 罪 つみ を 犯 おか すことができない。 神 かみ の 子 こ と 悪魔 あくま の 子 こ との 区別 くべつ は、これによって 明 あき らかである。すなわち、すべて 義 ぎ を 行 おこな わない 者 もの は、 神 かみ から 出 で た 者 もの ではない。 兄弟 きょうだい を 愛 あい さない 者 もの も、 同様 どうよう である。
”そして、 願 ねが い 求 もと めるものは、なんでもいただけるのである。それは、わたしたちが 神 かみ の 戒 いまし めを 守 まも り、みこころにかなうことを、 行 おこな っているからである。
”その 戒 いまし めというのは、 神 かみ の 子 こ イエス・キリストの 御名 みな を 信 しん じ、わたしたちに 命 めい じられたように、 互 たがい に 愛 あい し 合 あ うべきことである。 神 かみ の 戒 いまし めを 守 まも る 人 ひと は、 神 かみ におり、 神 かみ もまたその 人 ひと にいます。そして、 神 かみ がわたしたちのうちにいますことは、 神 かみ がわたしたちに 賜 たま わった 御霊 みたま によって 知 し るのである。
”愛 あい する 者 もの たちよ。わたしたちは 互 たがい に 愛 あい し合おうではないか。 愛 あい は、 神 かみ から 出 で たものなのである。すべて 愛 あい する 者 もの は、 神 かみ から 生 うま れた 者 もの であって、 神 かみ を 知 し っている。 愛 あい さない 者 もの は、 神 かみ を 知 し らない。 神 かみ は 愛 あい である。
”もし 人 ひと が、イエスを 神 かみ の 子 こ と 告白 こくはく すれば、 神 かみ はその 人 ひと のうちにいまし、その 人 ひと は 神 かみ のうちにいるのである。
”「 神 かみ を 愛 あい している」と 言 い いながら 兄弟 きょうだい を 憎 にく む 者 もの は、 偽 いつわ り 者 もの である。 現 げん に 見 み ている 兄弟 きょうだい を 愛 あい さない 者 もの は、 目 め に 見 み えない 神 かみ を 愛 あい することはできない。 神 かみ を 愛 あい する 者 もの は、 兄弟 きょうだい をも 愛 あい すべきである。この 戒 いまし めを、わたしたちは 神 かみ から 授 さず かっている。
”すべてイエスのキリストであることを 信 しん じる 者 もの は、 神 かみ から 生 うま れた 者 もの である。すべて 生 う んで 下 くだ さったかたを 愛 あい する 者 もの は、そのかたから 生 うま れた 者 もの をも 愛 あい するのである。 神 かみ を 愛 あい してその 戒 いまし めを 行 おこな えば、それによってわたしたちは、 神 かみ の 子 こ たちを 愛 あい していることを 知 し るのである。 神 かみ を 愛 あい するとは、すなわち、その 戒 いまし めを 守 まも ることである。そして、その 戒 いまし めはむずかしいものではない。 なぜなら、すべて 神 かみ から 生 うま れた 者 もの は、 世 よ に 勝 か つからである。そして、わたしたちの 信仰 しんこう こそ、 世 よ に 勝 か たしめた 勝利 しょうり の 力 ちから である。 世 よ に 勝 か つ 者 もの はだれか。イエスを 神 かみ の 子 こ と 信 しん じる 者 もの ではないか。
”神 かみ の 子 こ を 信 しん じる 者 もの は、 自分 じぶん のうちにこのあかしを 持 も っている。 神 かみ を 信 しん じない 者 もの は、 神 かみ を 偽 いつわ り 者 もの とする。 神 かみ が 御子 みこ についてあかしせられたそのあかしを、 信 しん じていないからである。 そのあかしとは、 神 かみ が 永遠 えいえん のいのちをわたしたちに 賜 たま わり、かつ、そのいのちが 御子 みこ のうちにあるということである。 御子 みこ を 持 も つ 者 もの はいのちを 持 も ち、 神 かみ の 御子 みこ を 持 も たない 者 もの はいのちを 持 も っていない。
”これらのことをあなたがたに 書 か きおくったのは、 神 かみ の 子 こ の 御名 みな を 信 しん じるあなたがたに、 永遠 えいえん のいのちを 持 も っていることを、 悟 さと らせるためである。
”わたしたちが 神 かみ に 対 たい していだいている 確信 かくしん は、こうである。すなわち、わたしたちが 何事 なにごと でも 神 かみ の 御旨 みむね に 従 したが って 願 ねが い 求 もと めるなら、 神 かみ はそれを 聞 き きいれて 下 くだ さるということである。
”すべて 神 かみ から 生 うま れた 者 もの は 罪 つみ を 犯 おか さないことを、わたしたちは 知 し っている。 神 かみ から 生 うま れたかたが 彼 かれ を 守 まも っていて 下 くだ さるので、 悪 あ しき 者 もの が 手 て を 触 ふ れるようなことはない。
”すべてキリストの 教 おしえ をとおり 過 す ごして、それにとどまらない 者 もの は、 神 かみ を 持 も っていないのである。その 教 おしえ にとどまっている 者 もの は、 父 ちち を 持 も ち、また 御子 みこ をも 持 も つ。 この 教 おしえ を 持 も たずにあなたがたのところに 来 く る 者 もの があれば、その 人 ひと を 家 いえ に 入 い れることも、あいさつすることもしてはいけない。 そのような 人 ひと にあいさつする 者 もの は、その 悪 わる い 行 おこな いにあずかることになるからである。
”神 かみ の 愛 あい の 中 なか に 自 みずか らを 保 たも ち、 永遠 えいえん のいのちを 目 め あてとして、わたしたちの 主 しゅ イエス・キリストのあわれみを 待 ま ち 望 のぞ みなさい。 疑 うたが いをいだく 人々 ひとびと があれば、 彼 かれ らをあわれみ、 火 ひ の 中 なか から 引 ひ き 出 だ して 救 すく ってやりなさい。また、そのほかの 人 ひと たちを、おそれの 心 こころ をもってあわれみなさい。しかし、 肉 にく に 汚 けが れた 者 もの に 対 たい しては、その 下着 したぎ さえも 忌 い みきらいなさい。 あなたがたを 守 まも ってつまずかない 者 もの とし、また、その 栄光 えいこう のまえに 傷 きず なき 者 もの として、 喜 よろこ びのうちに 立 た たせて 下 くだ さるかた、
”また、 忠実 ちゅうじつ な 証人 しょうにん 、 死人 しにん の 中 なか から 最初 さいしょ に 生 うま れた 者 もの 、 地上 ちじょう の 諸王 しょおう の 支配者 しはいしゃ であるイエス・キリストから、 恵 めぐ みと 平安 へいあん とが、あなたがたにあるように。わたしたちを 愛 あい し、その 血 ち によってわたしたちを 罪 つみ から 解放 かいほう し、
”しかし、あなたに 対 たい して 責 せめ むべきことがある。あなたは 初 はじ めの 愛 あい から 離 はな れてしまった。 そこで、あなたはどこから 落 お ちたかを 思 おも い 起 おこ し、 悔 く い 改 あらた めて 初 はじ めのわざを 行 おこな いなさい。もし、そうしないで 悔 く い 改 あらた めなければ、わたしはあなたのところにきて、あなたの 燭台 しょくだい をその 場所 ばしょ から 取 と りのけよう。
”だから、 悔 く い 改 あらた めなさい。そうしないと、わたしはすぐにあなたのところに 行 い き、わたしの 口 くち のつるぎをもって 彼 かれ らと 戦 たたか おう。
”わたしは、この 女 おんな に 悔 く い 改 あらた めるおりを 与 あた えたが、 悔 く い 改 あらた めてその 不品行 ふひんこう をやめようとはしない。
”勝利 しょうり を 得 え る 者 もの は、このように 白 しろ い 衣 ころも を 着 き せられるのである。わたしは、その 名 な をいのちの 書 か から 消 け すようなことを、 決 けっ してしない。また、わたしの 父 ちち と 御使 みつかい たちの 前 まえ で、その 名 な を 言 い いあらわそう。
”わたしはあなたのわざを 知 し っている。あなたは 冷 つめ たくもなく、 熱 あつ くもない。むしろ、 冷 つめ たいか 熱 あつ いかであってほしい。 このように、 熱 あつ くもなく、 冷 つめ たくもなく、なまぬるいので、あなたを 口 くち から 吐 は き 出 だ そう。
”あなたは、 自分 じぶん は 富 と んでいる、 豊 ゆた かになった、なんの 不自由 ふじゆう もないと 言 い っているが、 実 じつ は、あなた 自身 じしん がみじめな 者 もの 、あわれむべき 者 もの 、 貧 まず しい 者 もの 、 目 め の 見 み えない 者 もの 、 裸 はだか な 者 もの であることに 気 き がついていない。 そこで、あなたに 勧 すす める。 富 と む 者 もの となるために、わたしから 火 ひ で 精錬 せいれん された 金 きん を 買 か い、また、あなたの 裸 はだか の 恥 はじ をさらさないため 身 み に 着 つ けるように、 白 しろ い 衣 ころも を 買 か いなさい。また、 見 み えるようになるため、 目 め にぬる 目薬 めぐすり を 買 か いなさい。 すべてわたしの 愛 あい している 者 もの を、わたしはしかったり、 懲 こ らしめたりする。だから、 熱心 ねっしん になって 悔 く い 改 あらた めなさい。
”見 み よ、わたしは 戸 と の 外 そと に 立 た って、たたいている。だれでもわたしの 声 こえ を 聞 き いて 戸 と をあけるなら、わたしはその 中 なか にはいって 彼 かれ と 食 しょく を 共 とも にし、 彼 かれ もまたわたしと 食 しょく を 共 とも にするであろう。
”勝利 しょうり を 得 え る 者 もの には、わたしと 共 とも にわたしの 座 ざ につかせよう。それはちょうど、わたしが 勝利 しょうり を 得 え てわたしの 父 ちち と 共 とも にその 御座 みざ についたのと 同様 どうよう である。
”わたしは 彼 かれ に 答 こた えた、「わたしの 主 しゅ よ、それはあなたがご 存 ぞん じです」。すると、 彼 かれ はわたしに 言 い った、「 彼 かれ らは 大 おお きな 患難 かんなん をとおってきた 人 ひと たちであって、その 衣 ころも を 小羊 こひつじ の 血 ち で 洗 あら い、それを 白 しろ くしたのである。
”兄弟 きょうだい たちは、 小羊 こひつじ の 血 ち と 彼 かれ らのあかしの 言葉 ことば とによって、 彼 かれ にうち 勝 か ち、 死 し に 至 いた るまでもそのいのちを 惜 お しまなかった。
”彼 かれ らの 口 くち には 偽 いつわ りがなく、 彼 かれ らは 傷 きず のない 者 もの であった。
”ここに、 神 かみ の 戒 いまし めを 守 まも り、イエスを 信 しん じる 信仰 しんこう を 持 も ちつづける 聖徒 せいと の 忍耐 にんたい がある」。
”主 しゅ よ、あなたをおそれず、 御名 みな をほめたたえない 者 もの が、ありましょうか。あなただけが 聖 せい なるかたであり、あらゆる 国民 こくみん はきて、あなたを 伏 ふ し 拝 おが むでしょう。あなたの 正 ただ しいさばきが、あらわれるに 至 いた ったからであります」。
”また 見 み ていると、 大 おお きな 白 しろ い 御座 みざ があり、そこにいますかたがあった。 天 てん も 地 ち も 御顔 みかお の 前 まえ から 逃 に げ 去 さ って、あとかたもなくなった。 また、 死 し んでいた 者 もの が、 大 おお いなる 者 もの も 小 ちい さき 者 もの も 共 とも に、 御座 みざ の 前 まえ に 立 た っているのが 見 み えた。かずかずの 書物 しょもつ が 開 ひら かれたが、もう一つの 書物 しょもつ が 開 ひら かれた。これはいのちの 書 しょ であった。 死人 しにん はそのしわざに 応 おう じ、この 書物 しょもつ に 書 か かれていることにしたがって、さばかれた。
”人 ひと の 目 め から 涙 なみだ を 全 まった くぬぐいとって 下 くだ さる。もはや、 死 し もなく、 悲 かな しみも、 叫 さけ びも、 痛 いた みもない。 先 さき のものが、すでに 過 す ぎ 去 さ ったからである」。 すると、 御座 みざ にいますかたが 言 い われた、「 見 み よ、わたしはすべてのものを 新 あら たにする」。また 言 い われた、「 書 か きしるせ。これらの 言葉 ことば は、 信 しん ずべきであり、まことである」。 そして、わたしに 仰 おお せられた、「 事 こと はすでに 成 な った。わたしは、アルパでありオメガである。 初 はじ めであり 終 おわ りである。かわいている 者 もの には、いのちの 水 みず の 泉 いずみ から 価 あたい なしに 飲 の ませよう。 勝利 しょうり を 得 え る 者 もの は、これらのものを 受 う け 継 つ ぐであろう。わたしは 彼 かれ の 神 かみ となり、 彼 かれ はわたしの 子 こ となる。 しかし、おくびょうな 者 もの 、 信 しん じない 者 もの 、 忌 い むべき 者 もの 、 人殺 ひとごろ し、 姦淫 かんいん を 行 おこな う 者 もの 、まじないをする 者 もの 、 偶像 ぐうぞう を 拝 おが む 者 もの 、すべて 偽 いつわ りを 言 い う 者 もの には、 火 ひ と 硫黄 いおう の 燃 も えている 池 いけ が、 彼 かれ らの 受 う くべき 報 むく いである。これが 第 だい 二の 死 し である」。
”不義 ふぎ な 者 もの はさらに 不義 ふぎ を 行 おこな い、 汚 けが れた 者 もの はさらに 汚 けが れたことを 行 おこな い、 義 ぎ なる 者 もの はさらに 義 ぎ を 行 おこな い、 聖 せい なる 者 もの はさらに 聖 せい なることを 行 おこな うままにさせよ」。
”いのちの 木 き にあずかる 特権 とっけん を 与 あた えられ、また 門 もん をとおって 都 みやこ にはいるために、 自分 じぶん の 着物 きもの を 洗 あら う 者 もの たちは、さいわいである。
”御霊 みたま も 花嫁 はなよめ も 共 とも に 言 い った、「きたりませ」。また、 聞 き く 者 もの も「きたりませ」と 言 い いなさい。かわいている 者 もの はここに 来 く るがよい。いのちの 水 みず がほしい 者 もの は、 価 あたい なしにそれを 受 う けるがよい。
”この 書 しょ の 預言 よげん の 言葉 ことば を 聞 き くすべての 人々 ひとびと に 対 たい して、わたしは 警告 けいこく する。もしこれに 書 か き 加 くわ える 者 もの があれば、 神 かみ はその 人 ひと に、この 書 しょ に 書 か かれている 災害 さいがい を 加 くわ えられる。 また、もしこの 預言 よげん の 書 しょ の 言葉 ことば をとり 除 のぞ く 者 もの があれば、 神 かみ はその 人 ひと の 受 う くべき 分 ふん を、この 書 しょ に 書 か かれているいのちの 木 き と 聖 せい なる 都 みやこ から、とり 除 のぞ かれる。
”