19 – 教会

これらは全能の神の聖なる言葉です。
私たちは人間の言葉には興味がありません。
神を愛する人なら誰でも...神は次のように言われています。 教会.

最も重要な聖句トップ3

ふたりまたは三 人 にん が、わたしの 名 な によって 集 あつ まっている 所 ところ には、わたしもその 中 なか にいるのである」。

あなたがたの 間 あいだ ではそうであってはならない。かえって、あなたがたの 間 あいだ で 偉 えら くなりたいと 思 おも う 者 もの は、 仕 つか える 人 ひと となり、 あなたがたの 間 あいだ でかしらになりたいと 思 おも う 者 もの は、 僕 しもべ とならねばならない。 それは、 人 ひと の 子 こ がきたのも、 仕 つか えられるためではなく、 仕 つか えるためであり、また 多 おお くの 人 ひと のあがないとして、 自分 じぶん の 命 いのち を 与 あた えるためであるのと、ちょうど 同 おな じである」。

彼 かれ らが 祈 いの り 終 お えると、その 集 あつ まっていた 場所 ばしょ が 揺 ゆ れ 動 うご き、 一同 いちどう は 聖霊 せいれい に 満 み たされて、 大胆 だいたん に 神 かみ の 言 ことば を 語 かた り 出 だ した。 信 しん じた 者 もの の 群 む れは、 心 こころ を一つにし 思 おも いを一つにして、だれひとりその 持 も ち 物 もの を 自分 じぶん のものだと 主張 しゅちょう する 者 もの がなく、いっさいの 物 もの を 共有 きょうゆう にしていた。 使徒 しと たちは 主 しゅ イエスの 復活 ふっかつ について、 非常 ひじょう に 力強 ちからづよ くあかしをした。そして 大 おお きなめぐみが、 彼 かれ ら 一同 いちどう に 注 そそ がれた。 彼 かれ らの 中 なか に 乏 とぼ しい 者 もの は、ひとりもいなかった。 地所 じしょ や 家屋 かおく を 持 も っている 人 ひと たちは、それを 売 う り、 売 う った 物 もの の 代金 だいきん をもってきて、 使徒 しと たちの 足 あし もとに 置 お いた。そしてそれぞれの 必要 ひつよう に 応 おう じて、だれにでも 分 わ け 与 あた えられた。

聖書の順序のすべての聖句 - 313 節

そして 彼 かれ は 恐 おそ れて 言 い った、「これはなんという 恐 おそ るべき 所 ところ だろう。これは 神 かみ の 家 いえ である。これは 天 てん の 門 もん だ」。

またわたしが 柱 はしら に 立 た てたこの 石 いし を 神 かみ の 家 いえ といたしましょう。そしてあなたがくださるすべての 物 もの の十 分 ぶん の一を、わたしは 必 かなら ずあなたにささげます」。

主 しゅ は 彼 かれ らの 前 まえ に 行 い かれ、 昼 ひる は 雲 くも の 柱 はしら をもって 彼 かれ らを 導 みちび き、 夜 よる は 火 ひ の 柱 はしら をもって 彼 かれ らを 照 てら し、 昼 ひる も 夜 よる も 彼 かれ らを 進 すす み 行 い かせられた。 昼 ひる は 雲 くも の 柱 はしら 、 夜 よる は 火 ひ の 柱 はしら が、 民 たみ の 前 まえ から 離 はな れなかった。

それで、もしあなたがたが、まことにわたしの 声 こえ に 聞 き き 従 したが い、わたしの 契約 けいやく を 守 まも るならば、あなたがたはすべての 民 たみ にまさって、わたしの 宝 たから となるであろう。 全 ぜん 地 ち はわたしの 所有 しょゆう だからである。 あなたがたはわたしに 対 たい して 祭司 さいし の 国 くに となり、また 聖 せい なる 民 たみ となるであろう』。これがあなたのイスラエルの 人々 ひとびと に 語 かた るべき 言葉 ことば である」。

主 しゅ に 近 ちか づく 祭司 さいし たちにもまた、その 身 み をきよめさせなさい。 主 しゅ が 彼 かれ らを 打 う つことのないようにするためである」。

また、 彼 かれ らにわたしのために 聖所 せいじょ を 造 つく らせなさい。わたしが 彼 かれ らのうちに 住 す むためである。

モーセが 幕屋 まくや にはいると、 雲 くも の 柱 はしら が 下 くだ って 幕屋 まくや の 入口 いりぐち に 立 た った。そして 主 しゅ はモーセと 語 かた られた。 民 たみ はみな 幕屋 まくや の 入口 いりぐち に 雲 くも の 柱 はしら が 立 た つのを 見 み ると、 立 た っておのおの 自分 じぶん の 天幕 てんまく の 入口 いりぐち で 礼拝 れいはい した。 人 ひと がその 友 とも と 語 かた るように、 主 しゅ はモーセと 顔 かお を 合 あ わせて 語 かた られた。こうしてモーセは 宿営 しゅくえい に 帰 かえ ったが、その 従者 じゅうしゃ なる 若者 わかもの 、ヌンの 子 こ ヨシュアは 幕屋 まくや を 離 はな れなかった。

「あなたも、あなたの 子 こ たちも 会見 かいけん の 幕屋 まくや にはいる 時 とき には、 死 し ぬことのないように、ぶどう 酒 しゅ と 濃 こ い 酒 さけ を 飲 の んではならない。これはあなたがたが 代々 よよ 永 なが く 守 まも るべき 定 さだ めとしなければならない。 これはあなたがたが 聖 せい なるものと 俗 ぞく なるもの、 汚 けが れたものと 清 きよ いものとの 区別 くべつ をすることができるため、

幕屋 まくや を 建 た てた 日 ひ に、 雲 くも は 幕屋 まくや をおおった。すれはすなわち、あかしの 幕屋 まくや であって、 夕 ゆう には、 幕屋 まくや の 上 うえ に、 雲 くも は 火 ひ のように 見 み えて、 朝 あさ にまで 及 およ んだ。 常 つね にそうであって、 昼 ひる は 雲 くも がそれをおおい、 夜 よる は 火 ひ のように 見 み えた。

わたしはイスラエルの 人々 ひとびと をエジプトから 導 みちび き 出 だ した 日 ひ から 今日 こんにち まで、 家 いえ に 住 す まわず、 天幕 てんまく をすまいとして 歩 あゆ んできた。

「あなたが 建 た てるこの 宮 みや については、もしあなたがわたしの 定 さだ めに 歩 あゆ み、おきてを 行 おこな い、すべての 戒 いまし めを 守 まも り、それに 従 したが って 歩 あゆ むならば、わたしはあなたの 父 ちち ダビデに 約束 やくそく したことを 成就 じょうじゅ する。 そしてわたしはイスラエルの 人々 ひとびと のうちに 住 す み、わたしの 民 たみ イスラエルを 捨 す てることはない」。

そして 祭司 さいし たちが 聖所 せいじょ から 出 で たとき、 雲 くも が 主 しゅ の 宮 みや に 満 み ちたので、 祭司 さいし たちは 雲 くも のために 立 た って 仕 つか えることができなかった。 主 しゅ の 栄光 えいこう が 主 しゅ の 宮 みや に 満 み ちたからである。

ソロモンが 主 しゅ の 宮 みや と 王 おう の 宮殿 きゅうでん およびソロモンが 建 た てようと 望 のぞ んだすべてのものを 建 た て 終 おわ った 時 とき 、

その 時 とき 大 だい 祭司 さいし ヒルキヤは 書記官 しょきかん シャパンに 言 い った、「わたしは 主 しゅ の 宮 みや で 律法 りっぽう の 書 しょ を 見 み つけました」。そしてヒルキヤがその 書物 しょもつ をシャパンに 渡 わた したので、 彼 かれ はそれを 読 よ んだ。

また 主 しゅ の 宮 みや にあった 神殿 しんでん 男娼 だんしょう の 家 いえ をこわした。そこは 女 おんな たちがアシラ 像 ぞう のために 掛 か け 幕 まく を 織 お る 所 ところ であった。

それであなたがたは 心 こころ をつくし、 精神 せいしん をつくしてあなたがたの 神 かみ 、 主 しゅ を 求 もと めなさい。たって 主 しゅ なる 神 かみ の 聖所 せいじょ を 建 た て、 主 しゅ の 名 な のために 建 た てるその 家 いえ に、 主 しゅ の 契約 けいやく の 箱 はこ と 神 かみ の 聖 せい なるもろもろの 器 うつわ を 携 たずさ え 入 い れなさい」。

ラッパ 吹 ふ く 者 もの と 歌 うた うたう 者 もの とは、ひとりのように 声 こえ を 合 あ わせて 主 しゅ をほめ、 感謝 かんしゃ した)、そして 彼 かれ らがラッパと、シンバルとその 他 た の 楽器 がっき をもって 声 こえ をふりあげ、 主 しゅ をほめて「 主 しゅ は 恵 めぐ みあり、そのあわれみはとこしえに 絶 た えることがない」と 言 い ったとき、 雲 くも はその 宮 みや すなわち 主 しゅ の 宮 みや に 満 み ちた。 祭司 さいし たちは 雲 くも のゆえに 立 た って 勤 つと めをすることができなかった。 主 しゅ の 栄光 えいこう が 神 かみ の 宮 みや に 満 み ちたからである。

ソロモンが 祈 いの り 終 おわ ったとき、 天 てん から 火 ひ が 下 くだ って 燔祭 はんさい と 犠牲 ぎせい を 焼 や き、 主 しゅ の 栄光 えいこう が 宮 みや に 満 み ちた。 主 しゅ の 栄光 えいこう が 主 しゅ の 宮 みや に 満 み ちたので、 祭司 さいし たちは 主 しゅ の 宮 みや に、はいることができなかった。 イスラエルの 人々 ひとびと はみな 火 ひ が 下 くだ ったのを 見 み 、また 主 しゅ の 栄光 えいこう が 宮 みや に 臨 のぞ んだのを 見 み て、 敷石 しきいし の 上 うえ で 地 ち にひれ 伏 ふ して 拝 はい し、 主 しゅ に 感謝 かんしゃ して 言 い った、「 主 しゅ は 恵 めぐ みふかく、そのいつくしみはとこしえに 絶 た えることがない」。

彼 かれ はまた 主 しゅ の 宮 みや のもろもろの 門 もん に 門衛 もんえい を 置 お き、 汚 けが れた 者 もの は 何 なに によって 汚 けが れた 者 もの でも、はいらせないようにした。

あなたがたの 父 ちち たちのように 強情 ごうじょう にならないで、 主 しゅ に 帰服 きふく し、 主 しゅ がとこしえに 聖別 せいべつ された 聖所 せいじょ に 入 い り、あなたがたの 神 かみ 、 主 しゅ に 仕 つか えなさい。そうすれば、その 激 はげ しい 怒 いか りがあなたがたを 離 はな れるでしょう。

またエルサレムに 住 す む 民 たみ に、 祭司 さいし とレビびとにその 分 ぶん を 与 あた えることを 命 めい じた。これは 彼 かれ らをして 主 しゅ の 律法 りっぽう に 身 み をゆだねさせるためである。

その 先祖 せんぞ の 神 かみ 、 主 しゅ はその 民 たみ と、すみかをあわれむがゆえに、しきりに、その 使者 ししゃ を 彼 かれ らにつかわされたが、

彼 かれ らはその 書 しょ 、すなわち 神 かみ の 律法 りっぽう をめいりょうに 読 よ み、その 意味 いみ を 解 と き 明 あ かしてその 読 よ むところを 悟 さと らせた。

すなわちイスラエルの 人々 ひとびと およびレビの 子孫 しそん は 穀物 こくもつ 、ぶどう 酒 しゅ 、および 油 あぶら の 供 そな え 物 もの を 携 たずさ えて 行 い って、 聖所 せいじょ の 器物 うつわもの および 勤 つと めをする 祭司 さいし 、 門衛 もんえい 、 歌 うた うたう 者 もの たちのいるへやにこれを 納 おさ めなければならない。こうしてわれわれは、われわれの 神 かみ の 宮 みや をなおざりにしない。

地 ち にある 聖徒 せいと は、すべてわたしの 喜 よろこ ぶすぐれた 人々 ひとびと である。

わたしはあなたのみ 名 な を 兄弟 きょうだい たちに 告 つ げ、 会衆 かいしゅう の 中 なか であなたをほめたたえるでしょう。

わたしの 生 い きているかぎりは 必 かなら ず 恵 めぐ みといつくしみとが 伴 ともな うでしょう。わたしはとこしえに 主 しゅ の 宮 みや に 住 す むでしょう。

わたしは一つの 事 こと を 主 しゅ に 願 ねが った、わたしはそれを 求 もと める。わたしの 生 い きるかぎり、 主 しゅ の 家 いえ に 住 す んで、 主 しゅ のうるわしきを 見 み 、その 宮 みや で 尋 たず ねきわめることを。

どうぞ、あなたの 民 たみ を 救 すく い、あなたの 嗣 し 業 ぎょう を 恵 めぐ み、 彼 かれ らの 牧者 ぼくしゃ となって、とこしえに 彼 かれ らをいだき 導 みちび いてください。

わたしと 共 とも に 主 しゅ をあがめよ、われらは 共 とも にみ 名 な をほめたたえよう。

わたしはかつて 祭 まつり を 守 まも る 多 おお くの 人 ひと と 共 とも に 群 む れをなして 行 い き、 喜 よろこ びと 感謝 かんしゃ の 歌 うた をもって 彼 かれ らを 神 かみ の 家 いえ に 導 みちび いた。 今 いま これらの 事 こと を 思 おも い 起 おこ して、わが 魂 たましい をそそぎ 出 だ すのである。

あなたに 選 えら ばれ、あなたに 近 ちか づけられて、あなたの 大庭 おおにわ に 住 す む 人 ひと はさいわいである。われらはあなたの 家 いえ 、あなたの 聖 せい なる 宮 みや の 恵 めぐ みによって 飽 あ くことができる。

神 かみ は 寄 よ るべなき 者 もの に 住 す むべき 家 いえ を 与 あた え、めしゅうどを 解 と いて 幸福 こうふく に 導 みちび かれる。しかしそむく 者 もの はかわいた 地 ち に 住 す む。

そうすれば、あなたの 民 たみ 、あなたの 牧 ぼく の 羊 ひつじ は、とこしえにあなたに 感謝 かんしゃ し、 世々 よよ あなたをほめたたえるでしょう。

【 聖歌 せいか 隊 たい の 指揮者 しきしゃ によってギテトのしらべにあわせてうたわせたコラの 子 こ の 歌 うた 】 万軍 ばんぐん の 主 しゅ よ、あなたのすまいはいかに 麗 うるわ しいことでしょう。 わが 魂 たましい は 絶 た えいるばかりに 主 しゅ の 大庭 おおにわ を 慕 した い、わが 心 こころ とわが 身 み は 生 い ける 神 かみ にむかって 喜 よろこ び 歌 うた います。 すずめがすみかを 得 え 、つばめがそのひなをいれる 巣 す を 得 え るように、 万軍 ばんぐん の 主 しゅ 、わが 王 おう 、わが 神 かみ よ、あなたの 祭壇 さいだん のかたわらにわがすまいを 得 え させてください。 あなたの 家 いえ に 住 す み、 常 つね にあなたをほめたたえる 人 ひと はさいわいです。〔セラ

あなたの 大庭 おおにわ にいる一 日 にち は、よそにいる千 日 にち にもまさるのです。わたしは 悪 あく の 天幕 てんまく にいるよりは、むしろ、わが 神 かみ の 家 いえ の 門守 かどもり となることを 願 ねが います。

主 しゅ は 聖 せい なる 者 もの の 会議 かいぎ において 恐 おそ るべき 神 かみ 、そのまわりにあるすべての 者 もの にまさって 大 おお いなる 恐 おそ るべき 者 もの です。

彼 かれ らは 主 しゅ の 家 いえ に 植 う えられ、われらの 神 かみ の 大庭 おおにわ に 栄 さか えます。

主 しゅ をほめたたえよ。わたしは 正 ただ しい 者 もの のつどい、および 公会 こうかい で、 心 こころ をつくして 主 しゅ に 感謝 かんしゃ する。

【ダビデがよんだ 都 みやこ もうでの 歌 うた 】 人々 ひとびと がわたしにむかって「われらは 主 しゅ の 家 いえ に 行 い こう」と 言 い ったとき、わたしは 喜 よろこ んだ。

【ソロモンがよんだ 都 みやこ もうでの 歌 うた 】 主 しゅ が 家 いえ を 建 た てられるのでなければ、 建 た てる 者 もの の 勤労 きんろう はむなしい。 主 しゅ が 町 まち を 守 まも られるのでなければ、 守 まも る 者 もの のさめているのはむなしい。

【ダビデがよんだ 都 みやこ もうでの 歌 うた 】 見 み よ、 兄弟 きょうだい が 和合 わごう して 共 とも におるのはいかに 麗 うるわ しく 楽 たの しいことであろう。

主 しゅ をほめたたえよ。 主 しゅ にむかって 新 あたら しい 歌 うた をうたえ。 聖徒 せいと のつどいで、 主 しゅ の 誉 ほまれ を 歌 うた え。

子 こ をその 行 い くべき 道 みち に 従 したが って 教 おし えよ、そうすれば 年老 としお いても、それを 離 はな れることがない。

鉄 てつ は 鉄 てつ をとぐ、そのように 人 ひと はその 友 とも の 顔 かお をとぐ。

神 かみ の 宮 みや に 行 ゆ く 時 とき には、その 足 あし を 慎 つつし むがよい。 近 ちか よって 聞 き くのは 愚 おろ かな 者 もの の 犠牲 ぎせい をささげるのにまさる。 彼 かれ らは 悪 あく を 行 おこな っていることを 知 し らないからである。

ウジヤ 王 おう の 死 し んだ 年 ねん 、わたしは 主 しゅ が 高 たか くあげられたみくらに 座 ざ し、その 衣 ころも のすそが 神殿 しんでん に 満 み ちているのを 見 み た。

わたしはまた 主 しゅ の 言 い われる 声 こえ を 聞 き いた、「わたしはだれをつかわそうか。だれがわれわれのために 行 い くだろうか」。その 時 とき わたしは 言 い った、「ここにわたしがおります。わたしをおつかわしください」。 主 しゅ は 言 い われた、「あなたは 行 い って、この 民 たみ にこう 言 い いなさい、『あなたがたはくりかえし 聞 き くがよい、しかし 悟 さと ってはならない。あなたがたはくりかえし 見 み るがよい、しかしわかってはならない』と。

去 さ れよ、 去 さ れよ、そこを 出 で て、 汚 けが れた 物 もの にさわるな。その 中 なか を 出 で よ、 主 しゅ の 器 うつわ をになう 者 もの よ、おのれを 清 きよ く 保 たも て。

また 主 しゅ に 連 つら なり、 主 しゅ に 仕 つか え、 主 しゅ の 名 な を 愛 あい し、そのしもべとなり、すべて 安息日 あんそくにち を 守 まも って、これを 汚 けが さず、わが 契約 けいやく を 堅 かた く 守 まも る 異邦人 いほうじん は―― わたしはこれをわが 聖 せい なる 山 やま にこさせ、わが 祈 いのり の 家 いえ のうちで 楽 たの しませる、 彼 かれ らの 燔祭 はんさい と 犠牲 ぎせい とは、わが 祭壇 さいだん の 上 うえ に 受 う けいれられる。わが 家 や はすべての 民 たみ の 祈 いのり の 家 いえ ととなえられるからである」。

わたしは 自分 じぶん の 心 こころ にかなう 牧者 ぼくしゃ たちをあなたがたに 与 あた える。 彼 かれ らは 知識 ちしき と 悟 さと りとをもってあなたがたを 養 やしな う。

主 しゅ は 言 い われる、「わが 牧場 まきば の 羊 ひつじ を 滅 ほろ ぼし 散 ち らす 牧者 ぼくしゃ はわざわいである」。 それゆえイスラエルの 神 かみ 、 主 しゅ はわが 民 たみ を 養 やしな う 牧者 ぼくしゃ についてこう 言 い われる、「あなたがたはわたしの 群 む れを 散 ち らし、これを 追 お いやって 顧 かえり みなかった。 見 み よ、わたしはあなたがたの 悪 あ しき 行 おこな いによってあなたがたに 報 むく いると、 主 しゅ は 言 い われる。 わたしの 群 む れの 残 のこ った 者 もの を、 追 お いやったすべての 地 ち から 集 あつ め、 再 ふたた びこれをそのおりに 帰 かえ らせよう。 彼 かれ らは 子 こ を 産 う んでその 数 かず が 多 おお くなる。 わたしはこれを 養 やしな う 牧者 ぼくしゃ をその 上 うえ に 立 た てる、 彼 かれ らは 再 ふたた び 恐 おそ れることなく、またおののくことなく、いなくなることもないと、 主 しゅ は 言 い われる。

「 預言者 よげんしゃ と 祭司 さいし とは 共 とも に 神 かみ を 汚 けが す 者 もの である。わたしの 家 いえ においてすら 彼 かれ らの 悪 あく を 見 み たと、 主 しゅ は 言 い われる。

「 人 ひと の 子 こ よ、わたしはあなたをイスラエルの 家 いえ のために 見守 みまも る 者 もの とした。あなたはわたしの 口 くち から 言葉 ことば を 聞 き くたびに、わたしに 代 かわ って 彼 かれ らを 戒 いまし めなさい。 わたしが 悪人 あくにん に『あなたは 必 かなら ず 死 し ぬ』と 言 い うとき、あなたは 彼 かれ の 命 いのち を 救 すく うために 彼 かれ を 戒 いまし めず、また 悪人 あくにん を 戒 いまし めて、その 悪 わる い 道 みち から 離 はな れるように 語 かた らないなら、その 悪人 あくにん は 自分 じぶん の 悪 あく のために 死 し ぬ。しかしその 血 ち をわたしはあなたの 手 て から 求 もと める。 しかし、もしあなたが 悪人 あくにん を 戒 いまし めても、 彼 かれ がその 悪 あく をも、またその 悪 わる い 道 みち をも 離 はな れないなら、 彼 かれ はその 悪 あく のために 死 し ぬ。しかしあなたは 自分 じぶん の 命 いのち を 救 すく う。 また 義人 ぎじん がその 義 ぎ にそむき、 不義 ふぎ を 行 おこな うなら、わたしは 彼 かれ の 前 まえ に、つまずきを 置 お き、 彼 かれ は 死 し ぬ。あなたが 彼 かれ を 戒 いまし めなかったゆえ、 彼 かれ はその 罪 つみ のために 死 し に、その 行 おこな った 義 ぎ は 覚 おぼ えられない。しかしその 血 ち をわたしはあなたの 手 て から 求 もと める。 けれども、もしあなたが 義人 ぎじん を 戒 いまし めて、 罪 つみ を 犯 おか さないように 語 かた り、そして 彼 かれ が 罪 つみ を 犯 おか さないなら、 彼 かれ は 戒 いまし めを 受 う けいれたゆえに、その 命 いのち を 保 たも ち、あなたは 自分 じぶん の 命 いのち を 救 すく う」。

その 祭司 さいし たちはわが 律法 りっぽう を 犯 おか し、 聖 せい なる 物 もの を 汚 けが した。 彼 かれ らは 聖 せい なる 物 もの と 汚 けが れた 物 もの とを 区別 くべつ せず、 清 きよ くない 物 もの と 清 きよ い 物 もの との 違 ちが いを 教 おし えず、わが 安息日 あんそくにち を 無視 むし し、こうしてわたしは 彼 かれ らの 間 あいだ に 汚 けが されている。

「 人 ひと の 子 こ よ、イスラエルの 牧者 ぼくしゃ たちに 向 む かって 預言 よげん せよ。 預言 よげん して 彼 かれ ら 牧者 ぼくしゃ に 言 い え、 主 しゅ なる 神 かみ はこう 言 い われる、わざわいなるかな、 自分 じぶん 自身 じしん を 養 やしな うイスラエルの 牧者 ぼくしゃ。 牧者 ぼくしゃ は 群 む れを 養 やしな うべき 者 もの ではないか。 ところが、あなたがたは 脂肪 しぼう を 食 た べ、 毛織物 けおりもの をまとい、 肥 こ えたものをほふるが、 群 む れを 養 やしな わない。 あなたがたは 弱 よわ った 者 もの を 強 つよ くせず、 病 や んでいる 者 もの をいやさず、 傷 きず ついた 者 もの をつつまず、 迷 まよ い 出 で た 者 もの を 引 ひ き 返 かえ らせず、うせた 者 もの を 尋 たず ねず、 彼 かれ らを 手荒 てあら く、きびしく 治 おさ めている。 彼 かれ らは 牧者 ぼくしゃ がないために 散 ち り、 野 の のもろもろの 獣 けもの のえじきになる。 わが 羊 ひつじ は 散 ち らされている。 彼 かれ らはもろもろの 山 やま と、もろもろの 高 たか き 丘 おか にさまよい、わが 羊 ひつじ は 地 ち の 全面 ぜんめん に 散 ち らされているが、これを 捜 さが す 者 もの もなく、 尋 たず ねる 者 もの もない。

それゆえ、 牧者 ぼくしゃ よ、 主 しゅ の 言葉 ことば を 聞 き け。 主 しゅ なる 神 かみ は 言 い われる、わたしは 生 い きている。わが 羊 ひつじ はかすめられ、わが 羊 ひつじ は 野 の のもろもろの 獣 けもの のえじきとなっているが、その 牧者 ぼくしゃ はいない。わが 牧者 ぼくしゃ はわが 羊 ひつじ を 尋 たず ねない。 牧者 ぼくしゃ は 自身 じしん を 養 やしな うが、わが 羊 ひつじ を 養 やしな わない。 それゆえ 牧者 ぼくしゃ らよ、 主 しゅ の 言葉 ことば を 聞 き け。 主 しゅ なる 神 かみ はこう 言 い われる、 見 み よ、わたしは 牧者 ぼくしゃ らの 敵 てき となり、わたしの 羊 ひつじ を 彼 かれ らの 手 て に 求 もと め、 彼 かれ らにわたしの 群 む れを 養 やしな うことをやめさせ、 再 ふたた び 牧者 ぼくしゃ 自身 じしん を 養 やしな わせない。またわが 羊 ひつじ を 彼 かれ らの 口 くち から 救 すく って、 彼 かれ らの 食物 しょくもつ にさせない。

それゆえ、 主 しゅ なる 神 かみ はこう 彼 かれ らに 言 い われる、 見 み よ、わたしは 肥 こ えた 羊 ひつじ と、やせた 羊 ひつじ との 間 あいだ をさばく。 あなたがたは、わきと 肩 かた とをもって 押 お し、 角 つの をもって、すべて 弱 よわ い 者 もの を 突 つ き、ついに 彼 かれ らを 外 そと に 追 お い 散 ち らした。 それゆえ、わたしはわが 群 む れを 助 たす けて、 再 ふたた びかすめさせず、 羊 ひつじ と 羊 ひつじ との 間 あいだ をさばく。

わたしは 彼 かれ らの 上 うえ にひとりの 牧者 ぼくしゃ を 立 た てる。すなわちわがしもべダビデである。 彼 かれ は 彼 かれ らを 養 やしな う。 彼 かれ は 彼 かれ らを 養 やしな い、 彼 かれ らの 牧者 ぼくしゃ となる。

わがすみかは 彼 かれ らと 共 とも にあり、わたしは 彼 かれ らの 神 かみ となり、 彼 かれ らはわが 民 たみ となる。

彼 かれ はまたわたしを 連 つ れて、 北 きた の 門 もん の 道 みち から 宮 みや の 前 まえ に 行 い った。わたしが 見 み ていると、 見 み よ、 主 しゅ の 栄光 えいこう が 主 しゅ の 宮 みや に 満 み ちた。わたしがひれ 伏 ふ すと、

彼 かれ らはわが 民 たみ に、 聖 せい と 俗 ぞく との 区別 くべつ を 教 おし え、 汚 けが れたものと、 清 きよ いものとの 区別 くべつ を 示 しめ さなければならない。

彼 かれ は 聖所 せいじょ に 入 い り、 内庭 うちにわ に 行 い き、 聖所 せいじょ で 務 つとめ に 当 あた る 日 ひ には、 罪祭 ざいさい をささげなければならないと、 主 しゅ なる 神 かみ は 言 い われる。

これは 国 くに の 中 なか で 聖 せい なる 所 ところ であって、 主 しゅ に 近 ちか く 仕 つか える 聖所 せいじょ の 仕 つか え 人 びと である 祭司 さいし に 帰 き 属 ぞく する。これは 彼 かれ らのためには 家 いえ を 建 た てる 所 ところ 、 聖所 せいじょ のためには 聖地 せいち となる。

その 後 のち わたしはわが 霊 れい をすべての 肉 にく なる 者 もの に 注 そそ ぐ。あなたがたのむすこ、 娘 むすめ は 預言 よげん をし、あなたがたの 老人 ろうじん たちは 夢 ゆめ を 見 み 、あなたがたの 若者 わかもの たちは 幻 まぼろし を 見 み る。 その 日 ひ わたしはまたわが 霊 れい をしもべ、はしために 注 そそ ぐ。

まことに 主 しゅ なる 神 かみ はそのしもべである 預言者 よげんしゃ にその 隠 かく れた 事 こと を 示 しめ さないでは、 何事 なにごと をもなされない。

わたしはまた 万国民 ばんこくみん を 震 ふる う。 万国民 ばんこくみん の 財宝 ざいほう は、はいって 来 き て、わたしは 栄光 えいこう をこの 家 いえ に 満 み たすと、 万軍 ばんぐん の 主 しゅ は 言 い われる。 銀 ぎん はわたしのもの、 金 きん もわたしのものであると、 万軍 ばんぐん の 主 しゅ は 言 い われる。 主 しゅ の 家 いえ の 後 のち の 栄光 えいこう は、 前 まえ の 栄光 えいこう よりも 大 おお きいと、 万軍 ばんぐん の 主 しゅ は 言 い われる。わたしはこの 所 ところ に 繁栄 はんえい を 与 あた えると、 万軍 ばんぐん の 主 しゅ は 言 い われる』」。

祭司 さいし のくちびるは 知識 ちしき を 保 たも ち、 人々 ひとびと が 彼 かれ の 口 くち から 律法 りっぽう を 尋 たず ねるのが 当然 とうぜん である。 彼 かれ は 万軍 ばんぐん の 主 しゅ の 使者 ししゃ だからだ。

わたしの 宮 みや に 食物 しょくもつ のあるように、十 分 ぶん の一 全部 ぜんぶ をわたしの 倉 くら に 携 たずさ えてきなさい。これをもってわたしを 試 こころ み、わたしが 天 てん の 窓 まど を 開 ひら いて、あふるる 恵 めぐ みを、あなたがたに 注 そそ ぐか 否 いな かを 見 み なさいと、 万軍 ばんぐん の 主 しゅ は 言 い われる。

イエスは 彼 かれ らに 言 い われた、「わたしについてきなさい。あなたがたを、 人間 にんげん をとる 漁師 りょうし にしてあげよう」。

イエスはガリラヤの 全 ぜん 地 ち を 巡 めぐ り 歩 ある いて、 諸 しょ 会堂 かいどう で 教 おし え、 御国 みくに の 福音 ふくいん を 宣 の べ 伝 つた え、 民 たみ の 中 なか のあらゆる 病気 びょうき 、あらゆるわずらいをおいやしになった。

また、 祈 いの る 場合 ばあい 、 異邦人 いほうじん のように、くどくどと 祈 いの るな。 彼 かれ らは 言葉 ことば かずが 多 おお ければ、 聞 き きいれられるものと 思 おも っている。

まず 神 かみ の 国 くに と 神 かみ の 義 ぎ とを 求 もと めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて 添 そ えて 与 あた えられるであろう。

にせ 預言者 よげんしゃ を 警戒 けいかい せよ。 彼 かれ らは、 羊 ひつじ の 衣 ころも を 着 き てあなたがたのところに 来 く るが、その 内側 うちがわ は 強欲 ごうよく なおおかみである。

イエスは、すべての 町々 まちまち 村々 むらむら を 巡 めぐ り 歩 ある いて、 諸 しょ 会堂 かいどう で 教 おし え、 御国 みくに の 福音 ふくいん を 宣 の べ 伝 つた え、あらゆる 病気 びょうき 、あらゆるわずらいをおいやしになった。 また 群衆 ぐんしゅう が 飼 か う 者 もの のない 羊 ひつじ のように 弱 よわ り 果 は てて、 倒 たお れているのをごらんになって、 彼 かれ らを 深 ふか くあわれまれた。 そして 弟子 でし たちに 言 い われた、「 収穫 しゅうかく は 多 おお いが、 働 はたら き 人 びと が 少 すく ない。 だから、 収穫 しゅうかく の 主 しゅ に 願 ねが って、その 収穫 しゅうかく のために 働 はたら き 人 びと を 送 おく り 出 だ すようにしてもらいなさい」。

そこで、イエスは十二 弟子 でし を 呼 よ び 寄 よ せて、 汚 けが れた 霊 れい を 追 お い 出 だ し、あらゆる 病気 びょうき 、あらゆるわずらいをいやす 権威 けんい をお 授 さづ けになった。

病人 びょうにん をいやし、 死人 しにん をよみがえらせ、らい 病人 びょうにん をきよめ、 悪霊 あくれい を 追 お い 出 だ せ。ただで 受 う けたのだから、ただで 与 あた えるがよい。

人々 ひとびと に 注意 ちゅうい しなさい。 彼 かれ らはあなたがたを 衆議所 しゅうぎしょ に 引 ひ き 渡 わた し、 会堂 かいどう でむち 打 う つであろう。

あなたがたを 受 う けいれる 者 もの は、わたしを 受 う けいれるのである。わたしを 受 う けいれる 者 もの は、わたしをおつかわしになったかたを 受 う けいれるのである。 預言者 よげんしゃ の 名 な のゆえに 預言者 よげんしゃ を 受 う けいれる 者 もの は、 預言者 よげんしゃ の 報 むく いを 受 う け、 義人 ぎじん の 名 な のゆえに 義人 ぎじん を 受 う けいれる 者 もの は、 義人 ぎじん の 報 むく いを 受 う けるであろう。 わたしの 弟子 でし であるという 名 な のゆえに、この 小 ちい さい 者 もの のひとりに 冷 つめ たい 水 みず 一 杯 ぱい でも 飲 の ませてくれる 者 もの は、よく 言 い っておくが、 決 けっ してその 報 むく いからもれることはない」。

そして 郷里 きょうり に 行 い き、 会堂 かいどう で 人々 ひとびと を 教 おし えられたところ、 彼 かれ らは 驚 おどろ いて 言 い った、「この 人 ひと は、この 知恵 ちえ とこれらの 力 ちから あるわざとを、どこで 習 なら ってきたのか。

そこで、わたしもあなたに 言 い う。あなたはペテロである。そして、わたしはこの 岩 いわ の 上 うえ にわたしの 教会 きょうかい を 建 た てよう。 黄泉 よみ の 力 ちから もそれに 打 う ち 勝 か つことはない。 わたしは、あなたに 天国 てんごく のかぎを 授 さづ けよう。そして、あなたが 地上 ちじょう でつなぐことは、 天 てん でもつながれ、あなたが 地上 ちじょう で 解 と くことは 天 てん でも 解 と かれるであろう」。

あなたがたはどう 思 おも うか。ある 人 ひと に百 匹 ぴき の 羊 ひつじ があり、その 中 なか の一 匹 ぴき が 迷 まよ い 出 で たとすれば、九十九 匹 ひき を 山 やま に 残 のこ しておいて、その 迷 まよ い 出 で ている 羊 ひつじ を 捜 さが しに 出 で かけないであろうか。 もしそれを 見 み つけたなら、よく 聞 き きなさい、 迷 まよ わないでいる九十九 匹 ひき のためよりも、むしろその一 匹 ぴき のために 喜 よろこ ぶであろう。

もしあなたの 兄弟 きょうだい が 罪 つみ を 犯 おか すなら、 行 い って、 彼 かれ とふたりだけの 所 ところ で 忠告 ちゅうこく しなさい。もし 聞 き いてくれたら、あなたの 兄弟 きょうだい を 得 え たことになる。 もし 聞 き いてくれないなら、ほかにひとりふたりを、 一緒 いっしょ に 連 つ れて 行 い きなさい。それは、ふたりまたは三 人 にん の 証人 しょうにん の 口 くち によって、すべてのことがらが 確 たし かめられるためである。 もし 彼 かれ らの 言 い うことを 聞 き かないなら、 教会 きょうかい に 申 もう し 出 で なさい。もし 教会 きょうかい の 言 い うことも 聞 き かないなら、その 人 ひと を 異邦人 いほうじん または 取税人 しゅぜいにん 同様 どうよう に 扱 あつか いなさい。

ふたりまたは三 人 にん が、わたしの 名 な によって 集 あつ まっている 所 ところ には、わたしもその 中 なか にいるのである」。

あなたがたの 間 あいだ ではそうであってはならない。かえって、あなたがたの 間 あいだ で 偉 えら くなりたいと 思 おも う 者 もの は、 仕 つか える 人 ひと となり、 あなたがたの 間 あいだ でかしらになりたいと 思 おも う 者 もの は、 僕 しもべ とならねばならない。 それは、 人 ひと の 子 こ がきたのも、 仕 つか えられるためではなく、 仕 つか えるためであり、また 多 おお くの 人 ひと のあがないとして、 自分 じぶん の 命 いのち を 与 あた えるためであるのと、ちょうど 同 おな じである」。

それから、イエスは 宮 みや にはいられた。そして、 宮 みや の 庭 にわ で 売 う り 買 か いしていた 人々 ひとびと をみな 追 お い 出 だ し、また 両替人 りょうがえにん の 台 だい や、はとを 売 う る 者 もの の 腰掛 こしかけ をくつがえされた。 そして 彼 かれ らに 言 い われた、「『わたしの 家 いえ は、 祈 いのり の 家 いえ ととなえらるべきである』と 書 か いてある。それだのに、あなたがたはそれを 強盗 ごうとう の 巣 す にしている」。

そのとき 宮 みや の 庭 にわ で、 盲人 もうじん や 足 あし なえがみもとにきたので、 彼 かれ らをおいやしになった。 しかし、 祭司長 さいしちょう 、 律法 りっぽう 学者 がくしゃ たちは、イエスがなされた 不思議 ふしぎ なわざを 見 み 、また 宮 みや の 庭 にわ で「ダビデの 子 こ に、ホサナ」と 叫 さけ んでいる 子供 こども たちを 見 み て 立腹 りっぷく し、

しかし、あなたがたは 先生 せんせい と 呼 よ ばれてはならない。あなたがたの 先生 せんせい は、ただひとりであって、あなたがたはみな 兄弟 きょうだい なのだから。 また、 地上 ちじょう のだれをも、 父 ちち と 呼 よ んではならない。あなたがたの 父 ちち はただひとり、すなわち、 天 てん にいます 父 ちち である。 また、あなたがたは 教師 きょうし と 呼 よ ばれてはならない。あなたがたの 教師 きょうし はただひとり、すなわち、キリストである。 そこで、あなたがたのうちでいちばん 偉 えら い 者 もの は、 仕 つか える 人 ひと でなければならない。 だれでも 自分 じぶん を 高 たか くする 者 もの は 低 ひく くされ、 自分 じぶん を 低 ひく くする 者 もの は 高 たか くされるであろう。

にせキリストたちや、にせ 預言者 よげんしゃ たちが 起 おこ って、 大 おお いなるしるしと 奇跡 きせき とを 行 おこな い、できれば、 選民 せんみん をも 惑 まど わそうとするであろう。

裸 はだか であったときに 着 き せ、 病気 びょうき のときに 見舞 みま い、 獄 ごく にいたときに 尋 たず ねてくれたからである』。

すると 見 み よ、 神殿 しんでん の 幕 まく が 上 うえ から 下 した まで 真二 まっぷた つに 裂 さ けた。また 地震 じしん があり、 岩 いわ が 裂 さ け、

それゆえに、あなたがたは 行 い って、すべての 国民 こくみん を 弟子 でし として、 父 ちち と 子 こ と 聖霊 せいれい との 名 な によって、 彼 かれ らにバプテスマを 施 ほどこ し、 あなたがたに 命 めい じておいたいっさいのことを 守 まも るように 教 おし えよ。 見 み よ、わたしは 世 よ の 終 おわ りまで、いつもあなたがたと 共 とも にいるのである」。

そして、ガリラヤ 全 ぜん 地 ち を 巡 めぐ りあるいて、 諸 しょ 会堂 かいどう で 教 おしえ を 宣 の べ 伝 つた え、また 悪霊 あくれい を 追 お い 出 だ された。 ひとりのらい 病人 びょうにん が、イエスのところに 願 ねが いにきて、ひざまずいて 言 い った、「みこころでしたら、きよめていただけるのですが」。 イエスは 深 ふか くあわれみ、 手 て を 伸 の ばして 彼 かれ にさわり、「そうしてあげよう、きよくなれ」と 言 い われた。

そこで十二 人 にん をお 立 た てになった。 彼 かれ らを 自分 じぶん のそばに 置 お くためであり、さらに 宣教 せんきょう につかわし、 また 悪霊 あくれい を 追 お い 出 だ す 権威 けんい を 持 も たせるためであった。

そして、 安息日 あんそくにち になったので、 会堂 かいどう で 教 おし えはじめられた。それを 聞 き いた 多 おお くの 人々 ひとびと は、 驚 おどろ いて 言 い った、「この 人 ひと は、これらのことをどこで 習 なら ってきたのか。また、この 人 ひと の 授 さず かった 知恵 ちえ はどうだろう。このような 力 ちから あるわざがその 手 て で 行 おこな われているのは、どうしてか。

人間 にんげん のいましめを 教 おしえ として 教 おし え、 無意味 むいみ にわたしを 拝 おが んでいる』。 あなたがたは、 神 かみ のいましめをさしおいて、 人間 にんげん の 言伝 いいつた えを 固執 こしつ している」。 また、 言 い われた、「あなたがたは、 自分 じぶん たちの 言伝 いいつた えを 守 まも るために、よくも 神 かみ のいましめを 捨 す てたものだ。

こうしてあなたがたは、 自分 じぶん たちが 受 う けついだ 言伝 いいつた えによって、 神 かみ の 言 ことば を 無 む にしている。また、このような 事 こと をしばしばおこなっている」。

だれでも、キリストについている 者 もの だというので、あなたがたに 水 みず 一杯 いっぱい でも 飲 の ませてくれるものは、よく 言 い っておくが、 決 けっ してその 報 むく いからもれることはないであろう。

それから、 彼 かれ らはエルサレムにきた。イエスは 宮 みや に 入 はい り、 宮 みや の 庭 にわ で 売 う り 買 か いしていた 人々 ひとびと を 追 お い 出 だ しはじめ、 両替人 りょうがえにん の 台 だい や、はとを 売 う る 者 もの の 腰掛 こしかけ をくつがえし、 また 器 うつわ ものを 持 も って 宮 みや の 庭 にわ を 通 とお り 抜 ぬ けるのをお 許 ゆる しにならなかった。 そして、 彼 かれ らに 教 おし えて 言 い われた、「『わたしの 家 いえ は、すべての 国民 こくみん の 祈 いのり の 家 いえ ととなえらるべきである』と 書 か いてあるではないか。それだのに、あなたがたはそれを 強盗 ごうとう の 巣 す にしてしまった」。

イエスは 言 い われた、「あなたは、これらの 大 おお きな 建物 たてもの をながめているのか。その 石 いし 一つでもくずされないままで、 他 た の 石 いし の 上 うえ に 残 のこ ることもなくなるであろう」。

あなたがたは 自分 じぶん で 気 き をつけていなさい。あなたがたは、わたしのために、 衆議所 しゅうぎしょ に 引 ひ きわたされ、 会堂 かいどう で 打 う たれ、 長官 ちょうかん たちや 王 おう たちの 前 まえ に 立 た たされ、 彼 かれ らに 対 たい してあかしをさせられるであろう。

そのとき、 神殿 しんでん の 幕 まく が 上 うえ から 下 した まで 真二 まっぷた つに 裂 さ けた。

そして 彼 かれ らに 言 い われた、「 全 ぜん 世界 せかい に 出 で て 行 い って、すべての 造 つく られたものに 福音 ふくいん を 宣 の べ 伝 つた えよ。 信 しん じてバプテスマを 受 う ける 者 もの は 救 すく われる。しかし、 不 ふ 信仰 しんこう の 者 もの は 罪 つみ に 定 さだ められる。 信 しん じる 者 もの には、このようなしるしが 伴 ともな う。すなわち、 彼 かれ らはわたしの 名 な で 悪霊 あくれい を 追 お い 出 だ し、 新 あたら しい 言葉 ことば を 語 かた り、 へびをつかむであろう。また、 毒 どく を 飲 の んでも、 決 けっ して 害 がい を 受 う けない。 病人 びょうにん に 手 て をおけば、いやされる」。

弟子 でし たちは 出 で て 行 い って、 至 いた る 所 ところ で 福音 ふくいん を 宣 の べ 伝 つた えた。 主 しゅ も 彼 かれ らと 共 とも に 働 はたら き、 御言 みことば に 伴 ともな うしるしをもって、その 確 たし かなことをお 示 しめ しになった。〕

それからお 育 そだ ちになったナザレに 行 い き、 安息日 あんそくにち にいつものように 会堂 かいどう にはいり、 聖書 せいしょ を 朗読 ろうどく しようとして 立 た たれた。

その 言葉 ことば に 権威 けんい があったので、 彼 かれ らはその 教 おしえ に 驚 おどろ いた。 すると、 汚 けが れた 悪霊 あくれい につかれた 人 ひと が 会堂 かいどう にいて、 大声 おおごえ で 叫 さけ び 出 だ した、 「ああ、ナザレのイエスよ、あなたはわたしたちとなんの 係 かか わりがあるのです。わたしたちを 滅 ほろ ぼしにこられたのですか。あなたがどなたであるか、わかっています。 神 かみ の 聖者 せいじゃ です」。 イエスはこれをしかって、「 黙 だま れ、この 人 ひと から 出 で て 行 い け」と 言 い われた。すると 悪霊 あくれい は 彼 かれ を 人 ひと なかに 投 な げ 倒 たお し、 傷 きず は 負 お わせずに、その 人 ひと から 出 で て 行 い った。 みんなの 者 もの は 驚 おどろ いて、 互 たがい に 語 かた り 合 あ って 言 い った、「これは、いったい、なんという 言葉 ことば だろう。 権威 けんい と 力 ちから とをもって 汚 けが れた 霊 れい に 命 めい じられると、 彼 かれ らは 出 で て 行 い くのだ」。

そして、ユダヤの 諸 しょ 会堂 かいどう で 教 おしえ を 説 と かれた。

シモンの 仲間 なかま であったゼベダイの 子 こ ヤコブとヨハネも、 同様 どうよう であった。すると、イエスがシモンに 言 い われた、「 恐 おそ れることはない。 今 いま からあなたは 人間 にんげん をとる 漁師 りょうし になるのだ」。

また、ほかの 安息日 あんそくにち に 会堂 かいどう にはいって 教 おし えておられたところ、そこに 右手 みぎて のなえた 人 ひと がいた。

弟子 でし はその 師 し 以上 いじょう のものではないが、 修業 しゅうぎょう をつめば、みなその 師 し のようになろう。

それからイエスは十二 弟子 でし を 呼 よ び 集 あつ めて、 彼 かれ らにすべての 悪霊 あくれい を 制 せい し、 病気 びょうき をいやす 力 ちから と 権威 けんい とをお 授 さづ けになった。 また 神 かみ の 国 くに を 宣 の べ 伝 つた え、かつ 病気 びょうき をなおすためにつかわして

ただ、 御国 みくに を 求 もと めなさい。そうすれば、これらのものは 添 そ えて 与 あた えられるであろう。 恐 おそ れるな、 小 ちい さい 群 む れよ。 御国 みくに を 下 くだ さることは、あなたがたの 父 ちち のみこころなのである。

安息日 あんそくにち に、ある 会堂 かいどう で 教 おし えておられると、 そこに十八 年間 ねんかん も 病気 びょうき の 霊 れい につかれ、かがんだままで、からだを 伸 の ばすことの 全 まった くできない 女 おんな がいた。 イエスはこの 女 おんな を 見 み て、 呼 よ びよせ、「 女 おんな よ、あなたの 病気 びょうき はなおった」と 言 い って、 手 て をその 上 うえ に 置 お かれた。すると 立 た ちどころに、そのからだがまっすぐになり、そして 神 かみ をたたえはじめた。 ところが 会堂司 かいどうづかさ は、イエスが 安息日 あんそくにち に 病気 びょうき をいやされたことを 憤 いきどお り、 群衆 ぐんしゅう にむかって 言 い った、「 働 はたら くべき 日 ひ は 六日 むいか ある。その 間 あいだ に、なおしてもらいにきなさい。 安息日 あんそくにち にはいけない」。

「あなたがたのうちに、百 匹 ぴき の 羊 ひつじ を 持 も っている 者 もの がいたとする。その一 匹 ぴき がいなくなったら、九十九 匹 ひき を 野原 のはら に 残 のこ しておいて、いなくなった一 匹 ぴき を 見 み つけるまでは 捜 さが し 歩 ある かないであろうか。 そして 見 み つけたら、 喜 よろこ んでそれを 自分 じぶん の 肩 かた に 乗 の せ、 家 いえ に 帰 かえ ってきて 友人 ゆうじん や 隣 とな り 人 びと を 呼 よ び 集 あつ め、『わたしと 一緒 いっしょ に 喜 よろこ んでください。いなくなった 羊 ひつじ を 見 み つけましたから』と 言 い うであろう。 よく 聞 き きなさい。それと 同 おな じように、 罪人 つみびと がひとりでも 悔 く い 改 あらた めるなら、 悔改 くいあらた めを 必要 ひつよう としない九十九 人 にん の 正 ただ しい 人 ひと のためにもまさる 大 おお きいよろこびが、 天 てん にあるであろう。

あなたがたは、 自分 じぶん で 注意 ちゅうい していなさい。もしあなたの 兄弟 きょうだい が 罪 つみ を 犯 おか すなら、 彼 かれ をいさめなさい。そして 悔 く い 改 あらた めたら、ゆるしてやりなさい。

そして 聖所 せいじょ の 幕 まく がまん 中 なか から 裂 さ けた。

彼 かれ らは〔イエスを 拝 はい し、〕 非常 ひじょう な 喜 よろこ びをもってエルサレムに 帰 かえ り、 絶 た えず 宮 みや にいて、 神 かみ をほめたたえていた。

なわでむちを 造 つく り、 羊 ひつじ も 牛 うし もみな 宮 みや から 追 お いだし、 両替人 りょうがえにん の 金 かね を 散 ち らし、その 台 だい をひっくりかえし、 はとを 売 う る 人々 ひとびと には「これらのものを 持 も って、ここから 出 で て 行 い け。わたしの 父 ちち の 家 いえ を 商売 しょうばい の 家 いえ とするな」と 言 い われた。 弟子 でし たちは、「あなたの 家 いえ を 思 おも う 熱心 ねっしん が、わたしを 食 く いつくすであろう」と 書 か いてあることを 思 おも い 出 だ した。

イエスは 彼 かれ らに 言 い われた、「よくよく 言 い っておく。 人 ひと の 子 こ の 肉 にく を 食 た べず、また、その 血 ち を 飲 の まなければ、あなたがたの 内 うち に 命 いのち はない。

わたしにはまた、この 囲 かこ いにいない 他 た の 羊 ひつじ がある。わたしは 彼 かれ らをも 導 みちび かねばならない。 彼 かれ らも、わたしの 声 こえ に 聞 き き 従 したが うであろう。そして、ついに一つの 群 む れ、ひとりの 羊飼 ひつじかい となるであろう。

わたしは、 新 あたら しいいましめをあなたがたに 与 あた える、 互 たがい に 愛 あい し 合 あ いなさい。わたしがあなたがたを 愛 あい したように、あなたがたも 互 たがい に 愛 あい し 合 あ いなさい。 互 たがい に 愛 あい し 合 あ うならば、それによって、あなたがたがわたしの 弟子 でし であることを、すべての 者 もの が 認 みと めるであろう」。

人々 ひとびと はあなたがたを 会堂 かいどう から 追 お い 出 だ すであろう。 更 さら にあなたがたを 殺 ころ す 者 もの がみな、それによって 自分 じぶん たちは 神 かみ に 仕 つか えているのだと 思 おも う 時 とき が 来 く るであろう。 彼 かれ らがそのようなことをするのは、 父 ちち をもわたしをも 知 し らないからである。

わたしはもうこの 世 よ にはいなくなりますが、 彼 かれ らはこの 世 よ に 残 のこ っており、わたしはみもとに 参 まい ります。 聖 せい なる 父 ちち よ、わたしに 賜 たま わった 御名 みな によって 彼 かれ らを 守 まも って 下 くだ さい。それはわたしたちが一つであるように、 彼 かれ らも一つになるためであります。

わたしが 世 よ のものでないように、 彼 かれ らも 世 よ のものではありません。 真理 しんり によって 彼 かれ らを 聖 せい 別 べつ して 下 くだ さい。あなたの 御言 みことば は 真理 しんり であります。

父 ちち よ、それは、あなたがわたしのうちにおられ、わたしがあなたのうちにいるように、みんなの 者 もの が一つとなるためであります。すなわち、 彼 かれ らをもわたしたちのうちにおらせるためであり、それによって、あなたがわたしをおつかわしになったことを、 世 よ が 信 しん じるようになるためであります。 わたしは、あなたからいただいた 栄光 えいこう を 彼 かれ らにも 与 あた えました。それは、わたしたちが一つであるように、 彼 かれ らも一つになるためであります。

彼 かれ らが 食事 しょくじ をすませると、イエスはシモン・ペテロに 言 い われた、「ヨハネの 子 こ シモンよ、あなたはこの 人 ひと たちが 愛 あい する 以上 いじょう に、わたしを 愛 あい するか」。ペテロは 言 い った、「 主 しゅ よ、そうです。わたしがあなたを 愛 あい することは、あなたがご 存 ぞん じです」。イエスは 彼 かれ に「わたしの 小羊 こひつじ を 養 やしな いなさい」と 言 い われた。 またもう 一度 いちど 彼 かれ に 言 い われた、「ヨハネの 子 こ シモンよ、わたしを 愛 あい するか」。 彼 かれ はイエスに 言 い った、「 主 しゅ よ、そうです。わたしがあなたを 愛 あい することは、あなたがご 存 ぞん じです」。イエスは 彼 かれ に 言 い われた、「わたしの 羊 ひつじ を 飼 か いなさい」。 イエスは三 度目 どめ に 言 い われた、「ヨハネの 子 こ シモンよ、わたしを 愛 あい するか」。ペテロは「わたしを 愛 あい するか」とイエスが三 度 ど も 言 い われたので、 心 こころ をいためてイエスに 言 い った、「 主 しゅ よ、あなたはすべてをご 存 ぞん じです。わたしがあなたを 愛 あい していることは、おわかりになっています」。イエスは 彼 かれ に 言 い われた、「わたしの 羊 ひつじ を 養 やしな いなさい。

ただ、 聖霊 せいれい があなたがたにくだる 時 とき 、あなたがたは 力 ちから を 受 う けて、エルサレム、ユダヤとサマリヤの 全土 ぜんど 、さらに 地 ち のはてまで、わたしの 証人 しょうにん となるであろう」。

彼 かれ らはみな、 婦人 ふじん たち、 特 とく にイエスの 母 はは マリヤ、およびイエスの 兄弟 きょうだい たちと 共 とも に、 心 こころ を 合 あ わせて、ひたすら 祈 いのり をしていた。 そのころ、百二十 名 めい ばかりの 人々 ひとびと が、 一団 いちだん となって 集 あつ まっていたが、ペテロはこれらの 兄弟 きょうだい たちの 中 なか に 立 た って 言 い った、

五旬節 ごじゅんせつ の 日 ひ がきて、みんなの 者 もの が 一緒 いっしょ に 集 あつ まっていると、 突然 とつぜん 、 激 はげ しい 風 かぜ が 吹 ふ いてきたような 音 おと が 天 てん から 起 おこ ってきて、 一同 いちどう がすわっていた 家 いえ いっぱいに 響 ひび きわたった。 また、 舌 した のようなものが、 炎 ほのお のように 分 わか れて 現 あらわ れ、ひとりびとりの 上 うえ にとどまった。 すると、 一同 いちどう は 聖霊 せいれい に 満 み たされ、 御霊 みたま が 語 かた らせるままに、いろいろの 他国 たこく の 言葉 ことば で 語 かた り 出 だ した。

そこで、 彼 かれ の 勧 すす めの 言葉 ことば を 受 う けいれた 者 もの たちは、バプテスマを 受 う けたが、その 日 ひ 、 仲間 なかま に 加 くわ わったものが三千 人 にん ほどあった。 そして 一同 いちどう はひたすら、 使徒 しと たちの 教 おしえ を 守 まも り、 信徒 しんと の 交 まじ わりをなし、 共 とも にパンをさき、 祈 いのり をしていた。 みんなの 者 もの におそれの 念 ねん が 生 しょう じ、 多 おお くの 奇跡 きせき としるしとが、 使徒 しと たちによって、 次々 つぎつぎ に 行 おこな われた。 信者 しんじゃ たちはみな 一緒 いっしょ にいて、いっさいの 物 もの を 共有 きょうゆう にし、 資産 しさん や 持 も ち 物 もの を 売 う っては、 必要 ひつよう に 応 おう じてみんなの 者 もの に 分 わ け 与 あた えた。 そして 日々 ひび 心 こころ を一つにして、 絶 た えず 宮 みや もうでをなし、 家 いえ ではパンをさき、よろこびと、まごころとをもって、 食事 しょくじ を 共 とも にし、 神 かみ をさんびし、すべての 人 ひと に 好意 こうい を 持 も たれていた。そして 主 しゅ は、 救 すく われる 者 もの を 日々 ひび 仲間 なかま に 加 くわ えて 下 くだ さったのである。

彼 かれ らが 祈 いの り 終 お えると、その 集 あつ まっていた 場所 ばしょ が 揺 ゆ れ 動 うご き、 一同 いちどう は 聖霊 せいれい に 満 み たされて、 大胆 だいたん に 神 かみ の 言 ことば を 語 かた り 出 だ した。 信 しん じた 者 もの の 群 む れは、 心 こころ を一つにし 思 おも いを一つにして、だれひとりその 持 も ち 物 もの を 自分 じぶん のものだと 主張 しゅちょう する 者 もの がなく、いっさいの 物 もの を 共有 きょうゆう にしていた。 使徒 しと たちは 主 しゅ イエスの 復活 ふっかつ について、 非常 ひじょう に 力強 ちからづよ くあかしをした。そして 大 おお きなめぐみが、 彼 かれ ら 一同 いちどう に 注 そそ がれた。 彼 かれ らの 中 なか に 乏 とぼ しい 者 もの は、ひとりもいなかった。 地所 じしょ や 家屋 かおく を 持 も っている 人 ひと たちは、それを 売 う り、 売 う った 物 もの の 代金 だいきん をもってきて、 使徒 しと たちの 足 あし もとに 置 お いた。そしてそれぞれの 必要 ひつよう に 応 おう じて、だれにでも 分 わ け 与 あた えられた。

教会 きょうかい 全体 ぜんたい ならびにこれを 伝 つた え 聞 き いた 人 ひと たちは、みな 非常 ひじょう なおそれを 感 かん じた。 そのころ、 多 おお くのしるしと 奇跡 きせき とが、 次々 つぎつぎ に 使徒 しと たちの 手 て により 人々 ひとびと の 中 なか で 行 おこな われた。そして、 一同 いちどう は 心 こころ を一つにして、ソロモンの 廊 ろう に 集 あつ まっていた。 ほかの 者 もの たちは、だれひとり、その 交 まじ わりに 入 い ろうとはしなかったが、 民衆 みんしゅう は 彼 かれ らを 尊敬 そんけい していた。 しかし、 主 しゅ を 信 しん じて 仲間 なかま に 加 くわ わる 者 もの が、 男女 だんじょ とも、ますます 多 おお くなってきた。 ついには、 病人 びょうにん を 大通 おおどお りに 運 はこ び 出 だ し、 寝台 しんだい や 寝床 ねどこ の 上 うえ に 置 お いて、ペテロが 通 とお るとき、 彼 かれ の 影 かげ なりと、そのうちのだれかにかかるようにしたほどであった。 またエルサレム 附近 ふきん の 町々 まちまち からも、 大 おお ぜいの 人 ひと が、 病人 びょうにん や 汚 けが れた 霊 れい に 苦 くる しめられている 人 ひと たちを 引 ひ き 連 つ れて、 集 あつ まってきたが、その 全部 ぜんぶ の 者 もの が、ひとり 残 のこ らずいやされた。

そして、 毎日 まいにち 、 宮 みや や 家 いえ で、イエスがキリストであることを、 引 ひ きつづき 教 おし えたり 宣 の べ 伝 つた えたりした。

わたしたちは、もっぱら 祈 いのり と 御言 みことば のご 用 よう に 当 あた ることにしよう」。

こうして 神 かみ の 言 ことば は、ますますひろまり、エルサレムにおける 弟子 でし の 数 かず が、 非常 ひじょう にふえていき、 祭司 さいし たちも 多数 たすう 、 信仰 しんこう を 受 う けいれるようになった。 さて、ステパノは 恵 めぐ みと 力 ちから とに 満 み ちて、 民衆 みんしゅう の 中 なか で、めざましい 奇跡 きせき としるしとを 行 おこな っていた。 すると、いわゆる「リベルテン」の 会堂 かいどう に 属 ぞく する 人々 ひとびと 、クレネ 人 びと 、アレキサンドリヤ 人 びと 、キリキヤやアジヤからきた 人々 ひとびと などが 立 た って、ステパノと 議論 ぎろん したが、 彼 かれ は 知恵 ちえ と 御霊 みたま とで 語 かた っていたので、それに 対抗 たいこう できなかった。 そこで、 彼 かれ らは 人々 ひとびと をそそのかして、「わたしたちは、 彼 かれ がモーセと 神 かみ とを 汚 けが す 言葉 ことば を 吐 は くのを 聞 き いた」と 言 い わせた。

しかし、いと 高 たか き 者 もの は、 手 て で 造 つく った 家 いえ の 内 うち にはお 住 す みにならない。 預言者 よげんしゃ が 言 い っているとおりである、 『 主 しゅ が 仰 おお せられる、どんな 家 いえ をわたしのために 建 た てるのか。わたしのいこいの 場所 ばしょ は、どれか。 天 てん はわたしの 王座 おうざ 、 地 ち はわたしの 足 あし 台 だい である。

サウロは、ステパノを 殺 ころ すことに 賛成 さんせい していた。その 日 ひ 、エルサレムの 教会 きょうかい に 対 たい して 大 おお 迫害 はくがい が 起 おこ り、 使徒 しと 以外 いがい の 者 もの はことごとく、ユダヤとサマリヤとの 地方 ちほう に 散 ち らされて 行 い った。

さて、 散 ち らされて 行 い った 人 ひと たちは、 御言 みことば を 宣 の べ 伝 つた えながら、めぐり 歩 ある いた。 ピリポはサマリヤの 町 まち に 下 くだ って 行 い き、 人々 ひとびと にキリストを 宣 の べはじめた。 群衆 ぐんしゅう はピリポの 話 はなし を 聞 き き、その 行 おこな っていたしるしを 見 み て、こぞって 彼 かれ の 語 かた ることに 耳 みみ を 傾 かたむ けた。 汚 けが れた 霊 れい につかれた 多 おお くの 人々 ひとびと からは、その 霊 れい が 大声 おおごえ でわめきながら 出 で て 行 い くし、また、 多 おお くの 中風 ちゅうぶ をわずらっている 者 もの や、 足 あし のきかない 者 もの がいやされたからである。 それで、この 町 まち では 人々 ひとびと が、 大変 たいへん なよろこびかたであった。

さてサウロは、なおも 主 しゅ の 弟子 でし たちに 対 たい する 脅迫 きょうはく 、 殺害 さつがい の 息 いき をはずませながら、 大祭司 だいさいし のところに 行 い って、 ダマスコの 諸 しょ 会堂 かいどう あての 添書 てんしょ を 求 もと めた。それは、この 道 みち の 者 もの を 見 み つけ 次第 しだい 、 男女 だんじょ の 別 べつ なく 縛 しば りあげて、エルサレムにひっぱって 来 く るためであった。

ところが、 道 みち を 急 いそ いでダマスコの 近 ちか くにきたとき、 突然 とつぜん 、 天 てん から 光 ひかり がさして、 彼 かれ をめぐり 照 てら した。 彼 かれ は 地 ち に 倒 たお れたが、その 時 とき 「サウロ、サウロ、なぜわたしを 迫害 はくがい するのか」と 呼 よ びかける 声 こえ を 聞 き いた。 そこで 彼 かれ は「 主 しゅ よ、あなたは、どなたですか」と 尋 たず ねた。すると 答 こたえ があった、「わたしは、あなたが 迫害 はくがい しているイエスである。 さあ 立 た って、 町 まち にはいって 行 い きなさい。そうすれば、そこであなたのなすべき 事 こと が 告 つ げられるであろう」。 サウロの 同行者 どうこうしゃ たちは 物 もの も 言 い えずに 立 た っていて、 声 こえ だけは 聞 きこ えたが、だれも 見 み えなかった。 サウロは 地 ち から 起 お き 上 あ がって 目 め を 開 ひら いてみたが、 何 なに も 見 み えなかった。そこで 人々 ひとびと は、 彼 かれ の 手 て を 引 ひ いてダマスコへ 連 つ れて 行 い った。 彼 かれ は三 日間 かかん 、 目 め が 見 み えず、また 食 た べることも 飲 の むこともしなかった。

ただちに 諸 しょ 会堂 かいどう でイエスのことを 宣 の べ 伝 つた え、このイエスこそ 神 かみ の 子 こ であると 説 と きはじめた。 これを 聞 き いた 人 ひと たちはみな 非常 ひじょう に 驚 おどろ いて 言 い った、「あれは、エルサレムでこの 名 な をとなえる 者 もの たちを 苦 くる しめた 男 おとこ ではないか。その 上 うえ ここにやってきたのも、 彼 かれ らを 縛 しば りあげて、 祭司長 さいしちょう たちのところへひっぱって 行 い くためではなかったか」。 しかし、サウロはますます 力 ちから が 加 くわ わり、このイエスがキリストであることを 論証 ろんしょう して、ダマスコに 住 す むユダヤ 人 じん たちを 言 い い 伏 ふ せた。

サウロはエルサレムに 着 つ いて、 弟子 でし たちの 仲間 なかま に 加 くわ わろうと 努 つと めたが、みんなの 者 もの は 彼 かれ を 弟子 でし だとは 信 しん じないで、 恐 おそ れていた。 ところが、バルナバは 彼 かれ の 世話 せわ をして 使徒 しと たちのところへ 連 つ れて 行 い き、 途中 とちゅう で 主 しゅ が 彼 かれ に 現 あらわ れて 語 かた りかけたことや、 彼 かれ がダマスコでイエスの 名 な で 大胆 だいたん に 宣 の べ 伝 つた えた 次第 しだい を、 彼 かれ らに 説明 せつめい して 聞 き かせた。 それ 以来 いらい 、 彼 かれ は 使徒 しと たちの 仲間 なかま に 加 くわ わり、エルサレムに 出入 でい りし、 主 しゅ の 名 な によって 大胆 だいたん に 語 かた り、 ギリシヤ 語 ご を 使 つか うユダヤ 人 じん たちとしばしば 語 かた り 合 あ い、また 論 ろん じ 合 あ った。しかし、 彼 かれ らは 彼 かれ を 殺 ころ そうとねらっていた。

こうして 教会 きょうかい は、ユダヤ、ガリラヤ、サマリヤ 全 ぜん 地方 ちほう にわたって 平安 へいあん を 保 たも ち、 基礎 きそ がかたまり、 主 しゅ をおそれ 聖霊 せいれい にはげまされて 歩 あゆ み、 次第 しだい に 信徒 しんと の 数 かず を 増 ま して 行 い った。

それから、イエスご 自身 じしん が 生者 せいじゃ と 死者 ししゃ との 審判者 しんぱんしゃ として 神 かみ に 定 さだ められたかたであることを、 人々 ひとびと に 宣 の べ 伝 つた え、またあかしするようにと、 神 かみ はわたしたちにお 命 めい じになったのです。

そして、 主 しゅ のみ 手 て が 彼 かれ らと 共 とも にあったため、 信 しん じて 主 しゅ に 帰依 きえ するものの 数 かず が 多 おお かった。

彼 かれ を 見 み つけたうえ、アンテオケに 連 つ れて 帰 かえ った。ふたりは、まる一 年 ねん 、ともどもに 教会 きょうかい で 集 あつ まりをし、 大 おお ぜいの 人々 ひとびと を 教 おし えた。このアンテオケで 初 はじ めて、 弟子 でし たちがクリスチャンと 呼 よ ばれるようになった。

そのころ、ヘロデ 王 おう は 教会 きょうかい のある 者 もの たちに 圧迫 あっぱく の 手 て をのばし、 ヨハネの 兄弟 きょうだい ヤコブをつるぎで 切 き り 殺 ころ した。 そして、それがユダヤ 人 じん たちの 意 い にかなったのを 見 み て、さらにペテロをも 捕 とら えにかかった。それは 除酵祭 じょこうさい の 時 とき のことであった。

こうして、ペテロは 獄 ごく に 入 い れられていた。 教会 きょうかい では、 彼 かれ のために 熱心 ねっしん な 祈 いのり が 神 かみ にささげられた。 ヘロデが 彼 かれ を 引 ひ き 出 だ そうとしていたその 夜 よる 、ペテロは 二重 にじゅう の 鎖 くさり につながれ、ふたりの 兵卒 へいそつ の 間 あいだ に 置 お かれて 眠 ねむ っていた。 番兵 ばんぺい たちは 戸口 とぐち で 獄 ごく を 見張 みは っていた。 すると、 突然 とつぜん 、 主 しゅ の 使 つかい がそばに 立 た ち、 光 ひかり が 獄内 ごくない を 照 てら した。そして 御使 みつかい はペテロのわき 腹 ばら をつついて 起 おこ し、「 早 はや く 起 お きあがりなさい」と 言 い った。すると 鎖 くさり が 彼 かれ の 両手 りょうて から、はずれ 落 お ちた。

ふたりが 会堂 かいどう を 出 で る 時 とき 、 人々 ひとびと は 次 つぎ の 安息日 あんそくにち にも、これと 同 おな じ 話 はなし をしてくれるようにと、しきりに 願 ねが った。 そして 集会 しゅうかい が 終 おわ ってからも、 大 おお ぜいのユダヤ 人 じん や 信心 しんじん 深 ぶか い 改宗者 かいしゅうしゃ たちが、パウロとバルナバとについてきたので、ふたりは、 彼 かれ らが 引 ひ きつづき 神 かみ のめぐみにとどまっているようにと、 説 と きすすめた。 次 つぎ の 安息日 あんそくにち には、ほとんど 全市 ぜんし をあげて、 神 かみ の 言 ことば を 聞 き きに 集 あつ まってきた。 するとユダヤ 人 じん たちは、その 群衆 ぐんしゅう を 見 み てねたましく 思 おも い、パウロの 語 かた ることに 口 くち ぎたなく 反対 はんたい した。 パウロとバルナバとは 大胆 だいたん に 語 かた った、「 神 かみ の 言 ことば は、まず、あなたがたに 語 かた り 伝 つた えられなければならなかった。しかし、あなたがたはそれを 退 しりぞ け、 自分 じぶん 自身 じしん を 永遠 えいえん の 命 いのち にふさわしからぬ 者 もの にしてしまったから、さあ、わたしたちはこれから 方向 ほうこう をかえて、 異邦人 いほうじん たちの 方 ほう に 行 い くのだ。

ふたりは、イコニオムでも 同 おな じようにユダヤ 人 じん の 会堂 かいどう にはいって 語 かた った 結果 けっか 、ユダヤ 人 じん やギリシヤ 人 じん が 大 おお ぜい 信 しん じた。 ところが、 信 しん じなかったユダヤ 人 じん たちは 異邦人 いほうじん たちをそそのかして、 兄弟 きょうだい たちに 対 たい して 悪意 あくい をいだかせた。 それにもかかわらず、ふたりは 長 なが い 期間 きかん をそこで 過 す ごして、 大胆 だいたん に 主 しゅ のことを 語 かた った。 主 しゅ は、 彼 かれ らの 手 て によってしるしと 奇跡 きせき とを 行 おこな わせ、そのめぐみの 言葉 ことば をあかしされた。

また 教会 きょうかい ごとに 彼 かれ らのために 長老 ちょうろう たちを 任命 にんめい し、 断食 だんじき をして 祈 いの り、 彼 かれ らをその 信 しん じている 主 しゅ にゆだねた。

彼 かれ らは 到着 とうちゃく 早々 そうそう 、 教会 きょうかい の 人々 ひとびと を 呼 よ び 集 あつ めて、 神 かみ が 彼 かれ らと 共 とも にいてして 下 くだ さった 数々 かずかず のこと、また 信仰 しんこう の 門 もん を 異邦人 いほうじん に 開 ひら いて 下 くだ さったことなどを、 報告 ほうこく した。

真夜中 まよなか ごろ、パウロとシラスとは、 神 かみ に 祈 いの り、さんびを 歌 うた いつづけたが、 囚人 しゅうじん たちは 耳 みみ をすまして 聞 き きいっていた。 ところが 突然 とつぜん 、 大 おお 地震 じしん が 起 おこ って、 獄 ごく の 土台 どだい が 揺 ゆ れ 動 うご き、 戸 と は 全部 ぜんぶ たちまち 開 ひら いて、みんなの 者 もの の 鎖 くさり が 解 と けてしまった。

ここにいるユダヤ 人 じん はテサロニケの 者 もの たちよりも 素直 すなお であって、 心 こころ から 教 おしえ を 受 う けいれ、 果 はた してそのとおりかどうかを 知 し ろうとして、 日々 ひび 聖書 せいしょ を 調 しら べていた。 そういうわけで、 彼 かれ らのうちの 多 おお くの 者 もの が 信者 しんじゃ になった。また、ギリシヤの 貴婦人 きふじん や 男子 だんし で 信 しん じた 者 もの も、 少 すく なくなかった。

そこで 彼 かれ は、 会堂 かいどう ではユダヤ 人 じん や 信心 しんじん 深 ぶか い 人 ひと たちと 論 ろん じ、 広場 ひろば では 毎日 まいにち そこで 出会 であ う 人々 ひとびと を 相手 あいて に 論 ろん じた。

パウロは 安息日 あんそくにち ごとに 会堂 かいどう で 論 ろん じては、ユダヤ 人 じん やギリシヤ 人 じん の 説得 せっとく に 努 つと めた。

彼 かれ は 会堂 かいどう で 大胆 だいたん に 語 かた り 始 はじ めた。それをプリスキラとアクラとが 聞 き いて、 彼 かれ を 招 まね きいれ、さらに 詳 くわ しく 神 かみ の 道 みち を 解 と き 聞 き かせた。

それから、パウロは 会堂 かいどう にはいって、三か 月 げつ のあいだ、 大胆 だいたん に 神 かみ の 国 くに について 論 ろん じ、また 勧 すす めをした。 ところが、ある 人 ひと たちは 心 こころ をかたくなにして、 信 しん じようとせず、 会衆 かいしゅう の 前 まえ でこの 道 みち をあしざまに 言 い ったので、 彼 かれ は 弟子 でし たちを 引 ひ き 連 つ れて、その 人 ひと たちから 離 はな れ、ツラノの 講堂 こうどう で 毎日 まいにち 論 ろん じた。

そのころ、この 道 みち について 容易 ようい ならぬ 騒動 そうどう が 起 おこ った。

また、あなたがたの 益 えき になることは、 公衆 こうしゅう の 前 まえ でも、また 家々 いえいえ でも、すべてあますところなく 話 はな して 聞 き かせ、また 教 おし え、 ユダヤ 人 じん にもギリシヤ 人 じん にも、 神 かみ に 対 たい する 悔改 くいあらた めと、わたしたちの 主 しゅ イエスに 対 たい する 信仰 しんこう とを、 強 つよ く 勧 すす めてきたのである。

どうか、あなたがた 自身 じしん に 気 き をつけ、また、すべての 群 む れに 気 き をくばっていただきたい。 聖霊 せいれい は、 神 かみ が 御子 みこ の 血 ち であがない 取 と られた 神 かみ の 教会 きょうかい を 牧 ぼく させるために、あなたがたをその 群 む れの 監督者 かんとくしゃ にお 立 た てになったのである。 わたしが 去 さ った 後 のち 、 狂暴 きょうぼう なおおかみが、あなたがたの 中 なか にはいり 込 こ んできて、 容赦 ようしゃ なく 群 む れを 荒 あら すようになることを、わたしは 知 し っている。 また、あなたがた 自身 じしん の 中 なか からも、いろいろ 曲 まが ったことを 言 い って、 弟子 でし たちを 自分 じぶん の 方 ほう に、ひっぱり 込 こ もうとする 者 もの らが 起 おこ るであろう。 だから、 目 め をさましていなさい。そして、わたしが三 年 ねん の 間 あいだ 、 夜 よる も 昼 ひる も 涙 なみだ をもって、あなたがたひとりびとりを 絶 た えずさとしてきたことを、 忘 わす れないでほしい。

そして、この 道 みち を 迫害 はくがい し、 男 おとこ であれ 女 おんな であれ、 縛 しば りあげて 獄 ごく に 投 とう じ、 彼 かれ らを 死 し に 至 いた らせた。 このことは、 大祭司 だいさいし も 長老 ちょうろう たち 一同 いちどう も、 証明 しょうめい するところである。さらにわたしは、この 人 ひと たちからダマスコの 同志 どうし たちへあてた 手紙 てがみ をもらって、その 地 ち にいる 者 もの たちを 縛 しば りあげ、エルサレムにひっぱってきて、 処罰 しょばつ するため、 出 で かけて 行 い った。

ただ、わたしはこの 事 こと は 認 みと めます。わたしは、 彼 かれ らが 異端 いたん だとしている 道 みち にしたがって、わたしたちの 先祖 せんぞ の 神 かみ に 仕 つか え、 律法 りっぽう の 教 おし えるところ、また 預言者 よげんしゃ の 書 しょ に 書 か いてあることを、ことごとく 信 しん じ、

ここでペリクスは、この 道 みち のことを 相当 そうとう わきまえていたので、「 千卒長 せんそつちょう ルシヤが 下 くだ って 来 く るのを 待 ま って、おまえたちの 事件 じけん を 判決 はんけつ することにする」と 言 い って、 裁判 さいばん を 延期 えんき した。

キリスト・イエスの 僕 しもべ 、 神 かみ の 福音 ふくいん のために 選 えら び 別 わか たれ、 召 め されて 使徒 しと となったパウロから――

被 ひ 造物 ぞうぶつ は、 実 じつ に、 切 せつ なる 思 おも いで 神 かみ の 子 こ たちの 出現 しゅつげん を 待 ま ち 望 のぞ んでいる。

しかし、 信 しん じたことのない 者 もの を、どうして 呼 よ び 求 もと めることがあろうか。 聞 き いたことのない 者 もの を、どうして 信 しん じることがあろうか。 宣 の べ 伝 つた える 者 もの がいなくては、どうして 聞 き くことがあろうか。 つかわされなくては、どうして 宣 の べ 伝 つた えることがあろうか。「ああ、 麗 うるわ しいかな、 良 よ きおとずれを 告 つ げる 者 もの の 足 あし は」と 書 か いてあるとおりである。

なぜなら、一つのからだにたくさんの 肢体 したい があるが、それらの 肢体 したい がみな 同 おな じ 働 はたら きをしてはいないように、 わたしたちも 数 かず は 多 おお いが、キリストにあって一つのからだであり、また 各自 かくじ は 互 たがい に 肢体 したい だからである。 このように、わたしたちは 与 あた えられた 恵 めぐ みによって、それぞれ 異 こと なった 賜物 たまもの を 持 も っているので、もし、それが 預言 よげん であれば、 信仰 しんこう の 程度 ていど に 応 おう じて 預言 よげん をし、 奉仕 ほうし であれば 奉仕 ほうし をし、また 教 おし える 者 もの であれば 教 おし え、 勧 すす めをする 者 もの であれば 勧 すす め、 寄附 きふ する 者 もの は 惜 お しみなく 寄附 きふ し、 指導 しどう する 者 もの は 熱心 ねっしん に 指導 しどう し、 慈善 じぜん をする 者 もの は 快 こころよ く 慈善 じぜん をすべきである。

兄弟 きょうだい の 愛 あい をもって 互 たがい にいつくしみ、 進 すす んで 互 たがい に 尊敬 そんけい し 合 あ いなさい。

このように 恵 めぐ みを 受 う けたのは、わたしが 異邦人 いほうじん のためにキリスト・イエスに 仕 つか える 者 もの となり、 神 かみ の 福音 ふくいん のために 祭司 さいし の 役 やく を 勤 つと め、こうして 異邦人 いほうじん を、 聖霊 せいれい によってきよめられた、 御旨 みむね にかなうささげ 物 もの とするためである。

ケンクレヤにある 教会 きょうかい の 執事 しつじ 、わたしたちの 姉妹 しまい フィベを、あなたがたに 紹介 しょうかい する。 どうか、 聖徒 せいと たるにふさわしく、 主 しゅ にあって 彼女 かのじょ を 迎 むか え、そして、 彼女 かのじょ があなたがたにしてもらいたいことがあれば、 何事 なにごと でも、 助 たす けてあげてほしい。 彼女 かのじょ は 多 おお くの 人 ひと の 援助者 えんじょしゃ であり、またわたし 自身 じしん の 援助者 えんじょしゃ でもあった。 キリスト・イエスにあるわたしの 同労者 どうろうしゃ プリスカとアクラとに、よろしく 言 い ってほしい。 彼 かれ らは、わたしのいのちを 救 すく うために、 自分 じぶん の 首 くび をさえ 差 さ し 出 だ してくれたのである。 彼 かれ らに 対 たい しては、わたしだけではなく、 異邦人 いほうじん のすべての 教会 きょうかい も、 感謝 かんしゃ している。 また、 彼 かれ らの 家 いえ の 教会 きょうかい にも、よろしく。わたしの 愛 あい するエパネトに、よろしく 言 い ってほしい。 彼 かれ は、キリストにささげられたアジヤの 初穂 はつほ である。

きよい 接吻 せっぷん をもって、 互 たがい にあいさつをかわしなさい。キリストのすべての 教会 きょうかい から、あなたがたによろしく。

コリントにある 神 かみ の 教会 きょうかい 、すなわち、わたしたちの 主 しゅ イエス・キリストの 御名 みな を 至 いた る 所 ところ で 呼 よ び 求 もと めているすべての 人々 ひとびと と 共 とも に、キリスト・イエスにあってきよめられ、 聖徒 せいと として 召 め されたかたがたへ。このキリストは、わたしたちの 主 しゅ であり、また 彼 かれ らの 主 しゅ であられる。

神 かみ は 真実 しんじつ なかたである。あなたがたは 神 かみ によって 召 め され、 御子 みこ 、わたしたちの 主 しゅ イエス・キリストとの 交 まじ わりに、はいらせていただいたのである。 さて 兄弟 きょうだい たちよ。わたしたちの 主 しゅ イエス・キリストの 名 な によって、あなたがたに 勧 すす める。みな 語 かた ることを一つにし、お 互 たがい の 間 あいだ に 分争 ぶんそう がないようにし、 同 おな じ 心 こころ 、 同 おな じ 思 おも いになって、 堅 かた く 結 むす び 合 あ っていてほしい。 わたしの 兄弟 きょうだい たちよ。 実 じつ は、クロエの 家 いえ の 者 もの たちから、あなたがたの 間 あいだ に 争 あらそ いがあると 聞 き かされている。 はっきり 言 い うと、あなたがたがそれぞれ、「わたしはパウロにつく」「わたしはアポロに」「わたしはケパに」「わたしはキリストに」と 言 い い 合 あ っていることである。 キリストは、いくつにも 分 わ けられたのか。パウロは、あなたがたのために 十字架 じゅうじか につけられたことがあるのか。それとも、あなたがたは、パウロの 名 な によってバプテスマを 受 う けたのか。

しかしわたしたちは、 十字架 じゅうじか につけられたキリストを 宣 の べ 伝 つた える。このキリストは、ユダヤ 人 じん にはつまずかせるもの、 異邦人 いほうじん には 愚 おろ かなものであるが、

兄弟 きょうだい たちよ。わたしもまた、あなたがたの 所 ところ に 行 い ったとき、 神 かみ のあかしを 宣 の べ 伝 つた えるのに、すぐれた 言葉 ことば や 知恵 ちえ を 用 もち いなかった。

そして、わたしの 言葉 ことば もわたしの 宣教 せんきょう も、 巧 たく みな 知恵 ちえ の 言葉 ことば によらないで、 霊 れい と 力 ちから との 証明 しょうめい によったのである。 それは、あなたがたの 信仰 しんこう が 人 ひと の 知恵 ちえ によらないで、 神 かみ の 力 ちから によるものとなるためであった。 しかしわたしたちは、 円熟 えんじゅく している 者 もの の 間 あいだ では、 知恵 ちえ を 語 かた る。この 知恵 ちえ は、この 世 よ の 者 もの の 知恵 ちえ ではなく、この 世 よ の 滅 ほろ び 行 い く 支配者 しはいしゃ たちの 知恵 ちえ でもない。 むしろ、わたしたちが 語 かた るのは、 隠 かく された 奥義 おくぎ としての 神 かみ の 知恵 ちえ である。それは 神 かみ が、わたしたちの 受 う ける 栄光 えいこう のために、 世 よ の 始 はじ まらぬ 先 さき から、あらかじめ 定 さだ めておかれたものである。 この 世 よ の 支配者 しはいしゃ たちのうちで、この 知恵 ちえ を 知 し っていた 者 もの は、ひとりもいなかった。もし 知 し っていたなら、 栄光 えいこう の 主 しゅ を 十字架 じゅうじか につけはしなかったであろう。

この 賜物 たまもの について 語 かた るにも、わたしたちは 人間 にんげん の 知恵 ちえ が 教 おし える 言葉 ことば を 用 もち いないで、 御霊 みたま の 教 おし える 言葉 ことば を 用 もち い、 霊 れい によって 霊 れい のことを 解釈 かいしゃく するのである。

わたしは 植 う え、アポロは 水 みず をそそいだ。しかし 成長 せいちょう させて 下 くだ さるのは、 神 かみ である。 だから、 植 う える 者 もの も 水 みず をそそぐ 者 もの も、ともに 取 と るに 足 た りない。 大事 だいじ なのは、 成長 せいちょう させて 下 くだ さる 神 かみ のみである。 植 う える 者 もの と 水 みず をそそぐ 者 もの とは一つであって、それぞれその 働 はたら きに 応 おう じて 報酬 ほうしゅう を 得 え るであろう。 わたしたちは 神 かみ の 同労者 どうろうしゃ である。あなたがたは 神 かみ の 畑 はたけ であり、 神 かみ の 建物 たてもの である。

神 かみ から 賜 たま わった 恵 めぐ みによって、わたしは 熟練 じゅくれん した 建築 けんちく 師 し のように、 土台 どだい をすえた。そして 他 た の 人 ひと がその 上 うえ に 家 いえ を 建 た てるのである。しかし、どういうふうに 建 た てるか、それぞれ 気 き をつけるがよい。 なぜなら、すでにすえられている 土台 どだい 以外 いがい のものをすえることは、だれにもできない。そして、この 土台 どだい はイエス・キリストである。

あなたがたは 神 かみ の 宮 みや であって、 神 かみ の 御霊 みたま が 自分 じぶん のうちに 宿 やど っていることを 知 し らないのか。 もし 人 ひと が、 神 かみ の 宮 みや を 破壊 はかい するなら、 神 かみ はその 人 ひと を 滅 ほろ ぼすであろう。なぜなら、 神 かみ の 宮 みや は 聖 せい なるものであり、そして、あなたがたはその 宮 みや なのだからである。

このようなわけだから、 人 ひと はわたしたちを、キリストに 仕 つか える 者 もの 、 神 かみ の 奥義 おくぎ を 管理 かんり している 者 もの と 見 み るがよい。 この 場合 ばあい 、 管理者 かんりしゃ に 要求 ようきゅう されているのは、 忠実 ちゅうじつ であることである。

しかし、わたしが 実際 じっさい に 書 か いたのは、 兄弟 きょうだい と 呼 よ ばれる 人 ひと で、 不品行 ふひんこう な 者 もの 、 貪欲 どんよく な 者 もの 、 偶像 ぐうぞう 礼拝 れいはい をする 者 もの 、 人 ひと をそしる 者 もの 、 酒 さけ に 酔 よ う 者 もの 、 略奪 りゃくだつ をする 者 もの があれば、そんな 人 ひと と 交際 こうさい をしてはいけない、 食事 しょくじ を 共 とも にしてもいけない、ということであった。 外 そと の 人 ひと たちをさばくのは、わたしのすることであろうか。あなたがたのさばくべき 者 もの は、 内 うち の 人 ひと たちではないか。 外 そと の 人 ひと たちは、 神 かみ がさばくのである。 その 悪人 あくにん を、あなたがたの 中 なか から 除 のぞ いてしまいなさい。

あなたがたは 知 し らないのか。 自分 じぶん のからだは、 神 かみ から 受 う けて 自分 じぶん の 内 うち に 宿 やど っている 聖霊 せいれい の 宮 みや であって、あなたがたは、もはや 自分 じぶん 自身 じしん のものではないのである。

あなたがたは、 宮仕 みやづか えをしている 人 ひと たちは 宮 みや から 下 さ がる 物 もの を 食 た べ、 祭壇 さいだん に 奉仕 ほうし している 人 ひと たちは 祭壇 さいだん の 供 そな え 物 もの の 分 わ け 前 まえ にあずかることを、 知 し らないのか。 それと 同様 どうよう に、 主 しゅ は、 福音 ふくいん を 宣 の べ 伝 つた えている 者 もの たちが 福音 ふくいん によって 生活 せいかつ すべきことを、 定 さだ められたのである。

わたしが 福音 ふくいん を 宣 の べ 伝 つた えても、それは 誇 ほこり にはならない。なぜなら、わたしは、そうせずにはおれないからである。もし 福音 ふくいん を 宣 の べ 伝 つた えないなら、わたしはわざわいである。

それでは、その 報酬 ほうしゅう はなんであるか。 福音 ふくいん を 宣 の べ 伝 つた えるのにそれを 無 む 代価 だいか で 提供 ていきょう し、わたしが 宣教者 せんきょうしゃ として 持 も つ 権利 けんり を 利 り 用 よう しないことである。

すなわち、 自分 じぶん のからだを 打 う ちたたいて 服従 ふくじゅう させるのである。そうしないと、ほかの 人 ひと に 宣 の べ 伝 つた えておきながら、 自分 じぶん は 失格者 しっかくしゃ になるかも 知 し れない。

わたしたちが 祝福 しゅくふく する 祝福 しゅくふく の 杯 さかずき 、それはキリストの 血 ち にあずかることではないか。わたしたちがさくパン、それはキリストのからだにあずかることではないか。 パンが一つであるから、わたしたちは 多 おお くいても、一つのからだなのである。みんなの 者 もの が一つのパンを 共 とも にいただくからである。 肉 にく によるイスラエルを 見 み るがよい。 供 そな え 物 もの を 食 た べる 人 ひと たちは、 祭壇 さいだん にあずかるのではないか。 すると、なんと 言 い ったらよいか。 偶像 ぐうぞう にささげる 供 そな え 物 もの は、 何 なに か 意味 いみ があるのか。また、 偶像 ぐうぞう は 何 なに かほんとうにあるものか。 そうではない。 人々 ひとびと が 供 そな える 物 もの は、 悪霊 あくれい ども、すなわち、 神 かみ ならぬ 者 もの に 供 そな えるのである。わたしは、あなたがたが 悪霊 あくれい の 仲間 なかま になることを 望 のぞ まない。 主 しゅ の 杯 さかずき と 悪霊 あくれい どもの 杯 さかずき とを、 同時 どうじ に 飲 の むことはできない。 主 しゅ の 食卓 しょくたく と 悪霊 あくれい どもの 食卓 しょくたく とに、 同時 どうじ にあずかることはできない。

わたしがキリストにならう 者 もの であるように、あなたがたもわたしにならう 者 もの になりなさい。

ところで、 次 つぎ のことを 命 めい じるについては、あなたがたをほめるわけにはいかない。というのは、あなたがたの 集 あつ まりが 利益 りえき にならないで、かえって 損失 そんしつ になっているからである。 まず、あなたがたが 教会 きょうかい に 集 あつ まる 時 とき 、お 互 たがい の 間 あいだ に 分争 ぶんそう があることを、わたしは 耳 みみ にしており、そしていくぶんか、それを 信 しん じている。 たしかに、あなたがたの 中 なか でほんとうの 者 もの が 明 あき らかにされるためには、 分派 ぶんぱ もなければなるまい。

だから、あなたがたは、このパンを 食 しょく し、この 杯 さかずき を 飲 の むごとに、それによって、 主 しゅ がこられる 時 とき に 至 いた るまで、 主 しゅ の 死 し を 告 つ げ 知 し らせるのである。 だから、ふさわしくないままでパンを 食 しょく し 主 しゅ の 杯 さかずき を 飲 の む 者 もの は、 主 しゅ のからだと 血 ち とを 犯 おか すのである。 だれでもまず 自分 じぶん を 吟味 ぎんみ し、それからパンを 食 た べ 杯 さかずき を 飲 の むべきである。 主 しゅ のからだをわきまえないで 飲 の み 食 く いする 者 もの は、その 飲 の み 食 く いによって 自分 じぶん にさばきを 招 まね くからである。 あなたがたの 中 なか に、 弱 よわ い 者 もの や 病人 びょうにん が 大 おお ぜいおり、また 眠 ねむ った 者 もの も 少 すく なくないのは、そのためである。

兄弟 きょうだい たちよ。 霊 れい の 賜物 たまもの については、 次 つぎ のことを 知 し らずにいてもらいたくない。

霊 れい の 賜物 たまもの は 種々 しゅじゅ あるが、 御霊 みたま は 同 おな じである。 務 つとめ は 種々 しゅじゅ あるが、 主 しゅ は 同 おな じである。 働 はたら きは 種々 しゅじゅ あるが、すべてのものの 中 なか に 働 はたら いてすべてのことをなさる 神 かみ は、 同 おな じである。 各自 かくじ が 御霊 みたま の 現 あらわ れを 賜 たま わっているのは、 全体 ぜんたい の 益 えき になるためである。 すなわち、ある 人 ひと には 御霊 みたま によって 知恵 ちえ の 言葉 ことば が 与 あた えられ、ほかの 人 ひと には、 同 おな じ 御霊 みたま によって 知識 ちしき の 言 ことば 、 またほかの 人 ひと には、 同 おな じ 御霊 みたま によって 信仰 しんこう 、またほかの 人 ひと には、一つの 御霊 みたま によっていやしの 賜物 たまもの 、 またほかの 人 ひと には 力 ちから あるわざ、またほかの 人 ひと には 預言 よげん 、またほかの 人 ひと には 霊 れい を 見 み わける 力 ちから 、またほかの 人 ひと には 種々 しゅじゅ の 異言 いげん 、またほかの 人 ひと には 異言 いげん を 解 と く 力 ちから が、 与 あた えられている。 すべてこれらのものは、一つの 同 おな じ 御霊 みたま の 働 はたら きであって、 御霊 みたま は 思 おも いのままに、それらを 各自 かくじ に 分 わ け 与 あた えられるのである。

からだが一つであっても 肢体 したい は 多 おお くあり、また、からだのすべての 肢体 したい が 多 おお くあっても、からだは一つであるように、キリストの 場合 ばあい も 同様 どうよう である。 なぜなら、わたしたちは 皆 みな 、ユダヤ 人 じん もギリシヤ 人 じん も、 奴隷 どれい も 自由人 じゆうじん も、一つの 御霊 みたま によって、一つのからだとなるようにバプテスマを 受 う け、そして 皆 みな 一つの 御霊 みたま を 飲 の んだからである。

実際 じっさい 、からだは一つの 肢体 したい だけではなく、 多 おお くのものからできている。 もし 足 あし が、わたしは 手 て ではないから、からだに 属 ぞく していないと 言 い っても、それで、からだに 属 ぞく さないわけではない。 また、もし 耳 みみ が、わたしは 目 め ではないから、からだに 属 ぞく していないと 言 い っても、それで、からだに 属 ぞく さないわけではない。 もしからだ 全体 ぜんたい が 目 め だとすれば、どこで 聞 き くのか。もし、からだ 全体 ぜんたい が 耳 みみ だとすれば、どこでかぐのか。 そこで 神 かみ は 御旨 みむね のままに、 肢体 したい をそれぞれ、からだに 備 そな えられたのである。 もし、すべてのものが一つの 肢体 したい なら、どこにからだがあるのか。 ところが 実際 じっさい 、 肢体 したい は 多 おお くあるが、からだは一つなのである。 目 め は 手 て にむかって、「おまえはいらない」とは 言 い えず、また 頭 あたま は 足 あし にむかって、「おまえはいらない」とも 言 い えない。 そうではなく、むしろ、からだのうちで 他 ほか よりも 弱 よわ く 見 み える 肢体 したい が、かえって 必要 ひつよう なのであり、 からだのうちで、 他 ほか よりも 見 み 劣 おと りがすると 思 おも えるところに、ものを 着 き せていっそう 見 み よくする。 麗 うるわ しくない 部分 ぶぶん はいっそう 麗 うるわ しくするが、 麗 うるわ しい 部分 ぶぶん はそうする 必要 ひつよう がない。 神 かみ は 劣 おと っている 部分 ぶぶん をいっそう 見 み よくして、からだに 調和 ちょうわ をお 与 あた えになったのである。 それは、からだの 中 なか に 分裂 ぶんれつ がなく、それぞれの 肢体 したい が 互 たがい にいたわり 合 あ うためなのである。 もし一つの 肢体 したい が 悩 なや めば、ほかの 肢体 したい もみな 共 とも に 悩 なや み、一つの 肢体 したい が 尊 たっと ばれると、ほかの 肢体 したい もみな 共 とも に 喜 よろこ ぶ。 あなたがたはキリストのからだであり、ひとりびとりはその 肢体 したい である。

そして、 神 かみ は 教会 きょうかい の 中 なか で、 人々 ひとびと を 立 た てて、 第 だい 一に 使徒 しと 、 第 だい 二に 預言者 よげんしゃ 、 第 だい 三に 教師 きょうし とし、 次 つぎ に 力 ちから あるわざを 行 おこな う 者 もの 、 次 つぎ にいやしの 賜物 たまもの を 持 も つ 者 もの 、また 補助者 ほじょしゃ 、 管理者 かんりしゃ 、 種々 しゅじゅ の 異言 いげん を 語 かた る 者 もの をおかれた。 みんなが 使徒 しと だろうか。みんなが 預言者 よげんしゃ だろうか。みんなが 教師 きょうし だろうか。みんなが 力 ちから あるわざを 行 おこな う 者 もの だろうか。 みんながいやしの 賜物 たまもの を 持 も っているのだろうか。みんなが 異言 いげん を 語 かた るのだろうか。みんなが 異言 いげん を 解 と くのだろうか。

しかし 預言 よげん をする 者 もの は、 人 ひと に 語 かた ってその 徳 とく を 高 たか め、 彼 かれ を 励 はげ まし、 慰 なぐさ めるのである。 異言 いげん を 語 かた る 者 もの は 自分 じぶん だけの 徳 とく を 高 たか めるが、 預言 よげん をする 者 もの は 教会 きょうかい の 徳 とく を 高 たか める。 わたしは 実際 じっさい 、あなたがたがひとり 残 のこ らず 異言 いげん を 語 かた ることを 望 のぞ むが、 特 とく に 預言 よげん をしてもらいたい。 教会 きょうかい の 徳 とく を 高 たか めるように 異言 いげん を 解 と かない 限 かぎ り、 異言 いげん を 語 かた る 者 もの よりも、 預言 よげん をする 者 もの の 方 ほう がまさっている。

しかし 教会 きょうかい では、一万の 言葉 ことば を 異言 いげん で 語 かた るよりも、ほかの 人 ひと たちをも 教 おし えるために、むしろ五つの 言葉 ことば を 知性 ちせい によって 語 かた る 方 ほう が 願 ねが わしい。

このように、 異言 いげん は 信者 しんじゃ のためではなく 未信者 みしんじゃ のためのしるしであるが、 預言 よげん は 未信者 みしんじゃ のためではなく 信者 しんじゃ のためのしるしである。 もし 全 ぜん 教会 きょうかい が 一緒 いっしょ に 集 あつ まって、 全員 ぜんいん が 異言 いげん を 語 かた っているところに、 初心者 しょしんじゃ か 不信者 ふしんじゃ かがはいってきたら、 彼 かれ らはあなたがたを 気違 きちが いだと 言 い うだろう。 しかし、 全員 ぜんいん が 預言 よげん をしているところに、 不信者 ふしんじゃ か 初心者 しょしんじゃ がはいってきたら、 彼 かれ の 良心 りょうしん はみんなの 者 もの に 責 せ められ、みんなの 者 もの にさばかれ、 その 心 こころ の 秘密 ひみつ があばかれ、その 結果 けっか 、ひれ 伏 ふ して 神 かみ を 拝 おが み、「まことに、 神 かみ があなたがたのうちにいます」と 告白 こくはく するに 至 いた るであろう。

すると、 兄弟 きょうだい たちよ。どうしたらよいのか。あなたがたが 一緒 いっしょ に 集 あつ まる 時 とき 、 各自 かくじ はさんびを 歌 うた い、 教 おしえ をなし、 啓示 けいじ を 告 つ げ、 異言 いげん を 語 かた り、それを 解 と くのであるが、すべては 徳 とく を 高 たか めるためにすべきである。 もし 異言 いげん を 語 かた る 者 もの があれば、ふたりか、 多 おお くて三 人 にん の 者 もの が、 順々 じゅんじゅん に 語 かた り、そして、ひとりがそれを 解 と くべきである。 もし 解 と く 者 もの がいない 時 とき には、 教会 きょうかい では 黙 だま っていて、 自分 じぶん に 対 たい しまた 神 かみ に 対 たい して 語 かた っているべきである。 預言 よげん をする 者 もの の 場合 ばあい にも、ふたりか三 人 にん かが 語 かた り、ほかの 者 もの はそれを 吟味 ぎんみ すべきである。 しかし、 席 せき にいる 他 た の 者 もの が 啓示 けいじ を 受 う けた 場合 ばあい には、 初 はじ めの 者 もの は 黙 だま るがよい。 あなたがたは、みんなが 学 まな びみんなが 勧 すす めを 受 う けるために、ひとりずつ 残 のこ らず 預言 よげん をすることができるのだから。 かつ、 預言者 よげんしゃ の 霊 れい は 預言者 よげんしゃ に 服従 ふくじゅう するものである。 神 かみ は 無 む 秩序 ちつじょ の 神 かみ ではなく、 平和 へいわ の 神 かみ である。 聖徒 せいと たちのすべての 教会 きょうかい で 行 おこな われているように、

婦人 ふじん たちは 教会 きょうかい では 黙 だま っていなければならない。 彼 かれ らは 語 かた ることが 許 ゆる されていない。だから、 律法 りっぽう も 命 めい じているように、 服従 ふくじゅう すべきである。 もし 何 なに か 学 まな びたいことがあれば、 家 いえ で 自分 じぶん の 夫 おっと に 尋 たず ねるがよい。 教会 きょうかい で 語 かた るのは、 婦人 ふじん にとっては 恥 は ずべきことである。 それとも、 神 かみ の 言 ことば はあなたがたのところから 出 で たのか。あるいは、あなたがただけにきたのか。 もしある 人 ひと が、 自分 じぶん は 預言者 よげんしゃ か 霊 れい の 人 ひと であると 思 おも っているなら、わたしがあなたがたに 書 か いていることは、 主 しゅ の 命令 めいれい だと 認 みと めるべきである。 もしそれを 無視 むし する 者 もの があれば、その 人 ひと もまた 無視 むし される。

わたしの 兄弟 きょうだい たちよ。このようなわけだから、 預言 よげん することを 熱心 ねっしん に 求 もと めなさい。また、 異言 いげん を 語 かた ることを 妨 さまた げてはならない。 しかし、すべてのことを 適宜 てきぎ に、かつ 秩序 ちつじょ を 正 ただ して 行 おこな うがよい。

実際 じっさい わたしは、 神 かみ の 教会 きょうかい を 迫害 はくがい したのであるから、 使徒 しと たちの 中 なか でいちばん 小 ちい さい 者 もの であって、 使徒 しと と 呼 よ ばれる 値 ね うちのない 者 もの である。

まちがってはいけない。「 悪 わる い 交 まじ わりは、 良 よ いならわしをそこなう」。

すべての 兄弟 きょうだい たちから、よろしく。あなたがたも 互 たがい に、きよい 接吻 せっぷん をもってあいさつをかわしなさい。

しかし、わたしたちは、 多 おお くの 人 ひと のように 神 かみ の 言 ことば を 売物 うりもの にせず、 真心 まごころ をこめて、 神 かみ につかわされた 者 もの として 神 かみ のみまえで、キリストにあって 語 かた るのである。

もちろん、 自分 じぶん 自身 じしん で 事 こと を 定 さだ める 力 ちから が 自分 じぶん にある、と 言 い うのではない。わたしたちのこうした 力 ちから は、 神 かみ からきている。 神 かみ はわたしたちに 力 ちから を 与 あた えて、 新 あたら しい 契約 けいやく に 仕 つか える 者 もの とされたのである。それは、 文字 もんじ に 仕 つか える 者 もの ではなく、 霊 れい に 仕 つか える 者 もの である。 文字 もんじ は 人 ひと を 殺 ころ し、 霊 れい は 人 ひと を 生 い かす。

恥 は ずべき 隠 かく れたことを 捨 す て 去 さ り、 悪巧 わるだく みによって 歩 ある かず、 神 かみ の 言 ことば を 曲 ま げず、 真理 しんり を 明 あき らかにし、 神 かみ のみまえに、すべての 人 ひと の 良心 りょうしん に 自分 じぶん を 推薦 すいせん するのである。

しかし、わたしたちは 自分 じぶん 自身 じしん を 宣 の べ 伝 つた えるのではなく、 主 しゅ なるキリスト・イエスを 宣 の べ 伝 つた える。わたしたち 自身 じしん は、ただイエスのために 働 はたら くあなたがたの 僕 しもべ にすぎない。

わたしたちの 住 す んでいる 地上 ちじょう の 幕屋 まくや がこわれると、 神 かみ からいただく 建物 たてもの 、すなわち 天 てん にある、 人 ひと の 手 て によらない 永遠 えいえん の 家 いえ が 備 そな えてあることを、わたしたちは 知 し っている。

神 かみ がわたしたちをとおして 勧 すす めをなさるのであるから、わたしたちはキリストの 使者 ししゃ なのである。そこで、キリストに 代 かわ って 願 ねが う、 神 かみ の 和解 わかい を 受 う けなさい。

わたしたちはまた、 神 かみ と 共 とも に 働 はたら く 者 もの として、あなたがたに 勧 すす める。 神 かみ の 恵 めぐ みをいたずらに 受 う けてはならない。

かえって、あらゆる 場合 ばあい に、 神 かみ の 僕 しもべ として、 自分 じぶん を 人々 ひとびと にあらわしている。すなわち、 極度 きょくど の 忍苦 にんく にも、 患難 かんなん にも、 危機 きき にも、 行 ゆ き 詰 づ まりにも、

神 かみ の 宮 みや と 偶像 ぐうぞう となんの 一致 いっち があるか。わたしたちは、 生 い ける 神 かみ の 宮 みや である。 神 かみ がこう 仰 おお せになっている、「わたしは 彼 かれ らの 間 あいだ に 住 す み、かつ 出入 でい りをするであろう。そして、わたしは 彼 かれ らの 神 かみ となり、 彼 かれ らはわたしの 民 たみ となるであろう」。 だから、「 彼 かれ らの 間 あいだ から 出 で て 行 い き、 彼 かれ らと 分離 ぶんり せよ、と 主 しゅ は 言 い われる。そして、 汚 けが れたものに 触 ふれ てはならない。 触 ふれ なければ、わたしはあなたがたを 受 う けいれよう。

聖徒 せいと たちへの 奉仕 ほうし に 加 くわ わる 恵 めぐ みにあずかりたいと、わたしたちに 熱心 ねっしん に 願 ねが い 出 で て、

テトスについて 言 い えば、 彼 かれ はわたしの 仲間 なかま であり、あなたがたに 対 たい するわたしの 協力者 きょうりょくしゃ である。この 兄弟 きょうだい たちについて 言 い えば、 彼 かれ らは 諸 しょ 教会 きょうかい の 使者 ししゃ 、キリストの 栄光 えいこう である。 だから、あなたがたの 愛 あい と、また、あなたがたについてわたしたちがいだいている 誇 ほこり とが、 真実 しんじつ であることを、 諸 しょ 教会 きょうかい の 前 まえ で 彼 かれ らにあかししていただきたい。

しかし、わたしは、 現在 げんざい していることを 今後 こんご もしていこう。それは、わたしたちと 同 おな じように 誇 ほこ りうる 立 た ち 場 ば を 得 え ようと 機会 きかい をねらっている 者 もの どもから、その 機会 きかい を 断 た ち 切 き ってしまうためである。 こういう 人々 ひとびと はにせ 使徒 しと 、 人 ひと をだます 働 はたら き 人 びと であって、キリストの 使徒 しと に 擬装 ぎそう しているにすぎないからである。

わたしは、 使徒 しと たるの 実 じつ を、しるしと 奇跡 きせき と 力 ちから あるわざとにより、 忍耐 にんたい をつくして、あなたがたの 間 あいだ であらわしてきた。

"きよい 接吻 せっぷん をもって 互 たがい にあいさつをかわしなさい。 聖徒 せいと たち 一同 いちどう が、あなたがたによろしく。" 主 しゅ イエス・キリストの 恵 めぐ みと、 神 かみ の 愛 あい と、 聖霊 せいれい の 交 まじ わりとが、あなたがた 一同 いちどう と 共 とも にあるように。

しかし、たといわたしたちであろうと、 天 てん からの 御使 みつかい であろうと、わたしたちが 宣 の べ 伝 つた えた 福音 ふくいん に 反 はん することをあなたがたに 宣 の べ 伝 つた えるなら、その 人 ひと はのろわるべきである。 わたしたちが 前 まえ に 言 い っておいたように、 今 いま わたしは 重 かさ ねて 言 い う。もしある 人 ひと が、あなたがたの 受 う けいれた 福音 ふくいん に 反 はん することを 宣 の べ 伝 つた えているなら、その 人 ひと はのろわるべきである。 今 いま わたしは、 人 ひと に 喜 よろこ ばれようとしているのか、それとも、 神 かみ に 喜 よろこ ばれようとしているのか。あるいは、 人 ひと の 歓心 かんしん を 買 か おうと 努 つと めているのか。もし、 今 いま もなお 人 ひと の 歓心 かんしん を 買 か おうとしているとすれば、わたしはキリストの 僕 しもべ ではあるまい。

兄弟 きょうだい たちよ。もしもある 人 ひと が 罪過 ざいか に 陥 おちい っていることがわかったなら、 霊 れい の 人 ひと であるあなたがたは、 柔和 にゅうわ な 心 こころ をもって、その 人 ひと を 正 ただ しなさい。それと 同時 どうじ に、もしか 自分 じぶん 自身 じしん も 誘惑 ゆうわく に 陥 おちい ることがありはしないかと、 反省 はんせい しなさい。 互 たがい に 重荷 おもに を 負 お い 合 あ いなさい。そうすれば、あなたがたはキリストの 律法 りっぽう を 全 まっと うするであろう。 もしある 人 ひと が、 事実 じじつ そうでないのに、 自分 じぶん が 何 なに か 偉 えら い 者 もの であるように 思 おも っているとすれば、その 人 ひと は 自分 じぶん を 欺 あざむ いているのである。

だから、 機会 きかい のあるごとに、だれに 対 たい しても、とくに 信仰 しんこう の 仲間 なかま に 対 たい して、 善 ぜん を 行 おこな おうではないか。

そして、 万物 ばんぶつ をキリストの 足 あし の 下 した に 従 したが わせ、 彼 かれ を 万物 ばんぶつ の 上 うえ にかしらとして 教会 きょうかい に 与 あた えられた。 この 教会 きょうかい はキリストのからだであって、すべてのものを、すべてのもののうちに 満 み たしているかたが、 満 み ちみちているものに、ほかならない。

そこであなたがたは、もはや 異国人 いこくじん でも 宿 やど り 人 びと でもなく、 聖徒 せいと たちと 同 おな じ 国籍 こくせき の 者 もの であり、 神 かみ の 家族 かぞく なのである。 またあなたがたは、 使徒 しと たちや 預言者 よげんしゃ たちという 土台 どだい の 上 うえ に 建 た てられたものであって、キリスト・イエスご 自身 じしん が 隅 すみ のかしら 石 いし である。 このキリストにあって、 建物 たてもの 全体 ぜんたい が 組 く み 合 あ わされ、 主 しゅ にある 聖 せい なる 宮 みや に 成長 せいちょう し、 そしてあなたがたも、 主 しゅ にあって 共 とも に 建 た てられて、 霊 れい なる 神 かみ のすまいとなるのである。

この 奥義 おくぎ は、いまは、 御霊 みたま によって 彼 かれ の 聖 せい なる 使徒 しと たちと 預言者 よげんしゃ たちとに 啓示 けいじ されているが、 前 まえ の 時代 じだい には、 人 ひと の 子 こ らに 対 たい して、そのように 知 し らされてはいなかったのである。 それは、 異邦人 いほうじん が、 福音 ふくいん によりキリスト・イエスにあって、わたしたちと 共 とも に 神 かみ の 国 くに をつぐ 者 もの となり、 共 とも に一つのからだとなり、 共 とも に 約束 やくそく にあずかる 者 もの となることである。 わたしは、 神 かみ の 力 ちから がわたしに 働 はたら いて、 自分 じぶん に 与 あた えられた 神 かみ の 恵 めぐ みの 賜物 たまもの により、 福音 ふくいん の 僕 しもべ とされたのである。 すなわち、 聖徒 せいと たちのうちで 最 もっと も 小 ちい さい 者 もの であるわたしにこの 恵 めぐ みが 与 あた えられたが、それは、キリストの 無尽蔵 むじんぞう の 富 とみ を 異邦人 いほうじん に 宣 の べ 伝 つた え、 更 さら にまた、 万物 ばんぶつ の 造 つく り 主 しゅ である 神 かみ の 中 なか に 世々 よよ 隠 かく されていた 奥義 おくぎ にあずかる 務 つとめ がどんなものであるかを、 明 あき らかに 示 しめ すためである。 それは 今 いま 、 天上 てんじょう にあるもろもろの 支配 しはい や 権威 けんい が、 教会 きょうかい をとおして、 神 かみ の 多種 たしゅ 多様 たよう な 知恵 ちえ を 知 し るに 至 いた るためであって、

教会 きょうかい により、また、キリスト・イエスによって、 栄光 えいこう が 世々 よよ 限 かぎ りなくあるように、アァメン。

さて、 主 しゅ にある 囚人 しゅうじん であるわたしは、あなたがたに 勧 すす める。あなたがたが 召 め されたその 召 め しにふさわしく 歩 ある き、 できる 限 かぎ り 謙虚 けんきょ で、かつ 柔和 にゅうわ であり、 寛容 かんよう を 示 しめ し、 愛 あい をもって 互 たがい に 忍 しの びあい、 平和 へいわ のきずなで 結 むす ばれて、 聖霊 せいれい による 一致 いっち を 守 まも り 続 つづ けるように 努 つと めなさい。 からだは一つ、 御霊 みたま も一つである。あなたがたが 召 め されたのは、一つの 望 のぞ みを 目 め ざして 召 め されたのと 同様 どうよう である。 主 しゅ は一つ、 信仰 しんこう は一つ、バプテスマは一つ。 すべてのものの 上 うえ にあり、すべてのものを 貫 つらぬ き、すべてのものの 内 うち にいます、すべてのものの 父 ちち なる 神 かみ は一つである。

そして 彼 かれ は、ある 人 ひと を 使徒 しと とし、ある 人 ひと を 預言者 よげんしゃ とし、ある 人 ひと を 伝道者 でんどうしゃ とし、ある 人 ひと を 牧師 ぼくし 、 教師 きょうし として、お 立 た てになった。 それは、 聖徒 せいと たちをととのえて 奉仕 ほうし のわざをさせ、キリストのからだを 建 た てさせ、 わたしたちすべての 者 もの が、 神 かみ の 子 こ を 信 しん じる 信仰 しんこう の 一致 いっち と 彼 かれ を 知 し る 知識 ちしき の 一致 いっち とに 到達 とうたつ し、 全 まった き 人 ひと となり、ついに、キリストの 満 み ちみちた 徳 とく の 高 たか さにまで 至 いた るためである。 こうして、わたしたちはもはや 子供 こども ではないので、だまし 惑 まど わす 策略 さくりゃく により、 人々 ひとびと の 悪巧 わるだく みによって 起 おこ る 様々 さまざま な 教 おしえ の 風 かぜ に 吹 ふ きまわされたり、もてあそばれたりすることがなく、 愛 あい にあって 真理 しんり を 語 かた り、あらゆる 点 てん において 成長 せいちょう し、かしらなるキリストに 達 たっ するのである。 また、キリストを 基 もとい として、 全身 ぜんしん はすべての 節々 ふしぶし の 助 たす けにより、しっかりと 組 く み 合 あ わされ 結 むす び 合 あ わされ、それぞれの 部分 ぶぶん は 分 ぶん に 応 おう じて 働 はたら き、からだを 成長 せいちょう させ、 愛 あい のうちに 育 そだ てられていくのである。

詩 し とさんびと 霊 れい の 歌 うた とをもって 語 かた り 合 あ い、 主 しゅ にむかって 心 こころ からさんびの 歌 うた をうたいなさい。 そしてすべてのことにつき、いつも、わたしたちの 主 しゅ イエス・キリストの 御名 みな によって、 父 ちち なる 神 かみ に 感謝 かんしゃ し、 キリストに 対 たい する 恐 おそ れの 心 こころ をもって、 互 たがい に 仕 つか え 合 あ うべきである。

キリストが 教会 きょうかい のかしらであって、 自 みずか らは、からだなる 教会 きょうかい の 救主 すくいぬし であられるように、 夫 おっと は 妻 つま のかしらである。 そして 教会 きょうかい がキリストに 仕 つか えるように、 妻 つま もすべてのことにおいて、 夫 おっと に 仕 つか えるべきである。 夫 おっと たる 者 もの よ。キリストが 教会 きょうかい を 愛 あい してそのためにご 自身 じしん をささげられたように、 妻 つま を 愛 あい しなさい。 キリストがそうなさったのは、 水 みず で 洗 あら うことにより、 言葉 ことば によって、 教会 きょうかい をきよめて 聖 せい なるものとするためであり、 また、しみも、しわも、そのたぐいのものがいっさいなく、 清 きよ くて 傷 きず のない 栄光 えいこう の 姿 すがた の 教会 きょうかい を、ご 自分 じぶん に 迎 むか えるためである。

自分 じぶん 自身 じしん を 憎 にく んだ 者 もの は、いまだかつて、ひとりもいない。かえって、キリストが 教会 きょうかい になさったようにして、おのれを 育 そだ て 養 やしな うのが 常 つね である。 わたしたちは、キリストのからだの 肢体 したい なのである。 「それゆえに、 人 ひと は 父母 ふぼ を 離 はな れてその 妻 つま と 結 むす ばれ、ふたりの 者 もの は 一体 いったい となるべきである」。 この 奥義 おくぎ は 大 おお きい。それは、キリストと 教会 きょうかい とをさしている。

そこで、あなたがたに、キリストによる 勧 すす め、 愛 あい の 励 はげ まし、 御霊 みたま の 交 まじ わり、 熱愛 ねつあい とあわれみとが、いくらかでもあるなら、 どうか 同 おな じ 思 おも いとなり、 同 おな じ 愛 あい の 心 こころ を 持 も ち、 心 こころ を 合 あ わせ、一つ 思 おも いになって、わたしの 喜 よろこ びを 満 み たしてほしい。 何事 なにごと も 党派心 とうはしん や 虚栄 きょえい からするのでなく、へりくだった 心 こころ をもって 互 たがい に 人 ひと を 自分 じぶん よりすぐれた 者 もの としなさい。 おのおの、 自分 じぶん のことばかりでなく、 他人 たにん のことも 考 かんが えなさい。

兄弟 きょうだい たちよ。どうか、わたしにならう 者 もの となってほしい。また、あなたがたの 模範 もはん にされているわたしたちにならって 歩 ある く 人 ひと たちに、 目 め をとめなさい。

ついては、 真実 しんじつ な 協力者 きょうりょくしゃ よ。あなたにお 願 ねが いする。このふたりの 女 おんな を 助 たす けてあげなさい。 彼 かれ らは、「いのちの 書 しょ 」に 名 な を 書 か きとめられているクレメンスや、その 他 た の 同労者 どうろうしゃ たちと 協力 きょうりょく して、 福音 ふくいん のためにわたしと 共 とも に 戦 たたか ってくれた 女 おんな たちである。

そして 自 みずか らは、そのからだなる 教会 きょうかい のかしらである。 彼 かれ は 初 はじ めの 者 もの であり、 死人 しにん の 中 なか から 最初 さいしょ に 生 うま れたかたである。それは、ご 自身 じしん がすべてのことにおいて 第 だい 一の 者 もの となるためである。

今 いま わたしは、あなたがたのための 苦難 くなん を 喜 よろこ んで 受 う けており、キリストのからだなる 教会 きょうかい のために、キリストの 苦 くる しみのなお 足 た りないところを、わたしの 肉体 にくたい をもって 補 おぎな っている。 わたしは、 神 かみ の 言 ことば を 告 つ げひろめる 務 つとめ を、あなたがたのために 神 かみ から 与 あた えられているが、そのために 教会 きょうかい に 奉仕 ほうし する 者 もの になっているのである。

キリストなるかしらに、しっかりと 着 つ くことをしない。このかしらから 出 で て、からだ 全体 ぜんたい は、 節 ふし と 節 ふし 、 筋 すじ と 筋 すじ とによって 強 つよ められ 結 むす び 合 あ わされ、 神 かみ に 育 そだ てられて 成長 せいちょう していくのである。

だから、あなたがたは、 神 かみ に 選 えら ばれた 者 もの 、 聖 せい なる、 愛 あい されている 者 もの であるから、あわれみの 心 こころ 、 慈愛 じあい 、 謙 けん そん、 柔和 にゅうわ 、 寛容 かんよう を 身 み に 着 つ けなさい。 互 たがい に 忍 しの びあい、もし 互 たがい に 責 せめ むべきことがあれば、ゆるし 合 あ いなさい。 主 しゅ もあなたがたをゆるして 下 くだ さったのだから、そのように、あなたがたもゆるし 合 あ いなさい。 これらいっさいのものの 上 うえ に、 愛 あい を 加 くわ えなさい。 愛 あい は、すべてを 完全 かんぜん に 結 むす ぶ 帯 おび である。 キリストの 平和 へいわ が、あなたがたの 心 こころ を 支配 しはい するようにしなさい。あなたがたが 召 め されて 一体 いったい となったのは、このためでもある。いつも 感謝 かんしゃ していなさい。 キリストの 言葉 ことば を、あなたがたのうちに 豊 ゆた かに 宿 やど らせなさい。そして、 知恵 ちえ をつくして 互 たがい に 教 おし えまた 訓戒 くんかい し、 詩 し とさんびと 霊 れい の 歌 うた とによって、 感謝 かんしゃ して 心 こころ から 神 かみ をほめたたえなさい。

かえって、わたしたちは 神 かみ の 信 しん 任 にん を 受 う けて 福音 ふくいん を 託 たく されたので、 人間 にんげん に 喜 よろこ ばれるためではなく、わたしたちの 心 こころ を 見分 みわ ける 神 かみ に 喜 よろこ ばれるように、 福音 ふくいん を 語 かた るのである。 わたしたちは、あなたがたが 知 し っているように、 決 けっ してへつらいの 言葉 ことば を 用 もち いたこともなく、 口実 こうじつ を 設 もう けて、むさぼったこともない。それは、 神 かみ があかしして 下 くだ さる。 また、わたしたちは、キリストの 使徒 しと として 重 おも んじられることができたのであるが、あなたがたからにもせよ、ほかの 人々 ひとびと からにもせよ、 人間 にんげん からの 栄誉 えいよ を 求 もと めることはしなかった。 むしろ、あなたがたの 間 あいだ で、ちょうど 母 はは がその 子供 こども を 育 そだ てるように、やさしくふるまった。 このように、あなたがたを 慕 した わしく 思 おも っていたので、ただ 神 かみ の 福音 ふくいん ばかりではなく、 自分 じぶん のいのちまでもあなたがたに 与 あた えたいと 願 ねが ったほどに、あなたがたを 愛 あい したのである。 兄弟 きょうだい たちよ。あなたがたはわたしたちの 労苦 ろうく と 努力 どりょく とを 記憶 きおく していることであろう。すなわち、あなたがたのだれにも 負担 ふたん をかけまいと 思 おも って、 日夜 にちや はたらきながら、あなたがたに 神 かみ の 福音 ふくいん を 宣 の べ 伝 つた えた。

兄弟 きょうだい 愛 あい については、 今 いま さら 書 か きおくる 必要 ひつよう はない。あなたがたは、 互 たがい に 愛 あい し 合 あ うように 神 かみ に 直接 ちょくせつ 教 おし えられており、

だから、あなたがたは、 今 いま しているように、 互 たがい に 慰 なぐさ め 合 あ い、 相互 そうご の 徳 とく を 高 たか めなさい。 兄弟 きょうだい たちよ。わたしたちはお 願 ねが いする。どうか、あなたがたの 間 あいだ で 労 ろう し、 主 しゅ にあってあなたがたを 指導 しどう し、かつ 訓戒 くんかい している 人々 ひとびと を 重 おも んじ、 彼 かれ らの 働 はたら きを 思 おも って、 特 とく に 愛 あい し 敬 うやま いなさい。 互 たがい に 平和 へいわ に 過 す ごしなさい。 兄弟 きょうだい たちよ。あなたがたにお 勧 すす めする。 怠惰 たいだ な 者 もの を 戒 いまし め、 小心 しょうしん な 者 もの を 励 はげ まし、 弱 よわ い 者 もの を 助 たす け、すべての 人 ひと に 対 たい して 寛容 かんよう でありなさい。

そのために、わたしたち 自身 じしん は、あなたがたがいま 受 う けているあらゆる 迫害 はくがい と 患難 かんなん とのただ 中 なか で 示 しめ している 忍耐 にんたい と 信仰 しんこう とにつき、 神 かみ の 諸 しょ 教会 きょうかい に 対 たい してあなたがたを 誇 ほこり としている。 これは、あなたがたを、 神 かみ の 国 くに にふさわしい 者 もの にしようとする 神 かみ のさばきが 正 ただ しいことを、 証拠 しょうこ だてるものである。その 神 かみ の 国 くに のために、あなたがたも 苦 くる しんでいるのである。

兄弟 きょうだい たちよ。 主 しゅ イエス・キリストの 名 な によってあなたがたに 命 めい じる。 怠惰 たいだ な 生活 せいかつ をして、わたしたちから 受 う けた 言伝 いいつた えに 従 したが わないすべての 兄弟 きょうだい たちから、 遠 とお ざかりなさい。

もしこの 手紙 てがみ にしるしたわたしたちの 言葉 ことば に 聞 き き 従 したが わない 人 ひと があれば、そのような 人 ひと には 注意 ちゅうい をして、 交際 こうさい しないがよい。 彼 かれ が 自 みずか ら 恥 は じるようになるためである。 しかし、 彼 かれ を 敵 てき のように 思 おも わないで、 兄弟 きょうだい として 訓戒 くんかい しなさい。

ある 人々 ひとびと はこれらのものからそれて 空論 くうろん に 走 はし り、 律法 りっぽう の 教師 きょうし たることを 志 こころざ していながら、 自分 じぶん の 言 い っていることも 主張 しゅちょう していることも、わからないでいる。

そのために、わたしは 立 た てられて 宣教者 せんきょうしゃ 、 使徒 しと となり(わたしは 真実 しんじつ を 言 い っている、 偽 いつわ ってはいない)、また 異邦人 いほうじん に 信仰 しんこう と 真理 しんり とを 教 おし える 教師 きょうし となったのである。 男 おとこ は、 怒 いか ったり 争 あらそ ったりしないで、どんな 場所 ばしょ でも、きよい 手 て をあげて 祈 いの ってほしい。

また、 女 おんな はつつましい 身 み なりをし、 適度 てきど に 慎 つつし み 深 ぶか く 身 み を 飾 かざ るべきであって、 髪 かみ を 編 あ んだり、 金 きん や 真珠 しんじゅ をつけたり、 高価 こうか な 着物 きもの を 着 き たりしてはいけない。 むしろ、 良 よ いわざをもって 飾 かざ りとすることが、 信仰 しんこう を 言 い いあらわしている 女 おんな に 似 に つかわしい。 女 おんな は 静 しず かにしていて、 万事 ばんじ につけ 従順 じゅうじゅん に 教 おしえ を 学 まな ぶがよい。 女 おんな が 教 おし えたり、 男 おとこ の 上 うえ に 立 た ったりすることを、わたしは 許 ゆる さない。むしろ、 静 しず かにしているべきである。 なぜなら、アダムがさきに 造 つく られ、それからエバが 造 つく られたからである。 またアダムは 惑 まど わされなかったが、 女 おんな は 惑 まど わされて、あやまちを 犯 おか した。

「もし 人 ひと が 監督 かんとく の 職 しょく を 望 のぞ むなら、それは 良 よ い 仕事 しごと を 願 ねが うことである」とは 正 ただ しい 言葉 ことば である。 さて、 監督 かんとく は、 非難 ひなん のない 人 ひと で、ひとりの 妻 つま の 夫 おっと であり、 自 みずか らを 制 せい し、 慎 つつし み 深 ぶか く、 礼儀 れいぎ 正 ただ しく、 旅人 たびびと をもてなし、よく 教 おし えることができ、 酒 さけ を 好 この まず、 乱暴 らんぼう でなく、 寛容 かんよう であって、 人 ひと と 争 あらそ わず、 金 かね に 淡泊 たんぱく で、 自分 じぶん の 家 いえ をよく 治め おさめ 、 謹厳 きんげん であって、 子供 こども たちを 従順 じゅうじゅん な 者 もの に 育 そだ てている 人 ひと でなければならない。 自分 じぶん の 家 いえ を 治 おさ めることも 心得 こころえ ていない 人 ひと が、どうして 神 かみ の 教会 きょうかい を 預 あづ かることができようか。 彼 かれ はまた、 信者 しんじゃ になって 間 あいだ もないものであってはならない。そうであると、 高慢 こうまん になって、 悪魔 あくま と 同 おな じ 審判 しんぱん を 受 う けるかも 知 し れない。 さらにまた、 教会外 きょうかいがい の 人々 ひとびと にもよく 思 おも われている 人 ひと でなければならない。そうでないと、そしりを 受 う け、 悪魔 あくま のわなにかかるであろう。

それと 同様 どうよう に、 執事 しつじ も 謹厳 きんげん であって、 二枚舌 にまいじた を 使 つか わず、 大酒 おおざけ を 飲 の まず、 利 り をむさぼらず、 きよい 良心 りょうしん をもって、 信仰 しんこう の 奥義 おくぎ を 保 たも っていなければならない。 彼 かれ らはまず 調 しら べられて、 不都合 ふつごう なことがなかったなら、それから 執事 しつじ の 職 しょく につかすべきである。 女 おんな たちも、 同様 どうよう に 謹厳 きんげん で、 他人 たにん をそしらず、 自 みずか らを 制 せい し、すべてのことに 忠実 ちゅうじつ でなければならない。 執事 しつじ はひとりの 妻 つま の 夫 おっと であって、 子供 こども と 自分 じぶん の 家 いえ とをよく 治 おさ める 者 もの でなければならない。 執事 しつじ の 職 しょく をよくつとめた 者 もの は、 良 よ い 地位 ちい を 得 え 、さらにキリスト・イエスを 信 しん じる 信仰 しんこう による、 大 おお いなる 確信 かくしん を 得 え るであろう。

万一 まんいち わたしが遅れる 場合 ばあい には、 神 かみ の 家 いえ でいかに 生活 せいかつ すべきかを、あなたに 知 し ってもらいたいからである。 神 かみ の 家 いえ というのは、 生 い ける 神 かみ の 教会 きょうかい のことであって、それは 真理 しんり の 柱 はしら 、 真理 しんり の 基礎 きそ なのである。

しかし、 御霊 みたま は 明 あき らかに 告 つ げて 言 い う。 後 のち の 時 とき になると、ある 人々 ひとびと は、 惑 まど わす 霊 れい と 悪霊 あくりょう の 教 おしえ とに 気 き をとられて、 信仰 しんこう から 離 はな れ 去 さ るであろう。

これらのことを 兄弟 きょうだい たちに 教 おし えるなら、あなたは、 信仰 しんこう の 言葉 ことば とあなたの 従 したが ってきた 良 よ い 教 おしえ の 言葉 ことば とに 養 やしな われて、キリスト・イエスのよい 奉仕者 ほうししゃ になるであろう。 しかし、 俗悪 ぞくあく で 愚 ぐ にもつかない 作 つく り 話 ばなし は 避 さ けなさい。 信心 しんじん のために 自分 じぶん を 訓練 くんれん しなさい。

これらの 事 こと を 命 めい じ、また 教 おし えなさい。 あなたは、 年 とし が 若 わか いために 人 ひと に 軽 かろ んじられてはならない。むしろ、 言葉 ことば にも、 行状 ぎょうじょう にも、 愛 あい にも、 信仰 しんこう にも、 純潔 じゅんけつ にも、 信者 しんじゃ の 模範 もはん になりなさい。 わたしがそちらに 行 ゆ く 時 とき まで、 聖書 せいしょ を 朗読 ろうどく することと、 勧 すす めをすることと、 教 おし えることとに 心 こころ を 用 もち いなさい。 長老 ちょうろう の 按手 あんしゅ を 受 う けた 時 とき 、 預言 よげん によってあなたに 与 あた えられて 内 うち に 持 も っている 恵 めぐ みの 賜物 たまもの を、 軽視 けいし してはならない。 すべての 事 こと にあなたの 進歩 しんぽ があらわれるため、これらの 事 こと を 実行 じっこう し、それを 励 はげ みなさい。 自分 じぶん のことと 教 おしえ のこととに 気 き をつけ、それらを 常 つね に 努 つと めなさい。そうすれば、あなたは、 自分 じぶん 自身 じしん とあなたの 教 おしえ を 聞 き く 者 もの たちとを、 救 すく うことになる。

よい 指導 しどう をしている 長老 ちょうろう 、 特 とく に 宣教 せんきょう と 教 おしえ とのために 労 ろう している 長老 ちょうろう は、二 倍 ばい の 尊敬 そんけい を 受 う けるにふさわしい 者 もの である。 聖書 せいしょ は、「 穀物 こくもつ をこなしている 牛 うし に、くつこをかけてはならない」また「 働 はたら き 人 びと がその 報酬 ほうしゅう を 受 う けるのは 当然 とうぜん である」と 言 い っている。 長老 ちょうろう に 対 たい する 訴訟 そしょう は、ふたりか三 人 にん の 証人 しょうにん がない 場合 ばあい には、 受理 じゅり してはならない。 罪 つみ を 犯 おか した 者 もの に 対 たい しては、ほかの 人々 ひとびと も 恐 おそ れをいだくに 至 いた るために、すべての 人 ひと の 前 まえ でその 罪 つみ をとがむべきである。 わたしは、 神 かみ とキリスト・イエスと 選 えら ばれた 御使 みつかい たちとの 前 まえ で、おごそかにあなたに 命 めい じる。これらのことを 偏見 へんけん なしに 守 まも り、 何事 なにごと についても、 不 ふ 公平 こうへい な 仕方 しかた をしてはならない。 軽々 かるがる しく 人 ひと に 手 て をおいてはならない。また、ほかの 人 ひと の 罪 つみ に 加 くわ わってはいけない。 自分 じぶん をきよく 守 まも りなさい。

もし 違 ちが ったことを 教 おし えて、わたしたちの 主 しゅ イエス・キリストの 健全 けんぜん な 言葉 ことば 、ならびに 信心 しんじん にかなう 教 おしえ に 同意 どうい しないような 者 もの があれば、

わたしは、この 福音 ふくいん のために 立 た てられて、その 宣教者 せんきょうしゃ 、 使徒 しと 、 教師 きょうし になった。 そのためにまた、わたしはこのような 苦 くる しみを 受 う けているが、それを 恥 はじ としない。なぜなら、わたしは 自分 じぶん の 信 しん じてきたかたを 知 し っており、またそのかたは、わたしにゆだねられているものを、かの 日 ひ に 至 いた るまで 守 まも って 下 くだ さることができると、 確信 かくしん しているからである。

そして、あなたが 多 おお くの 証人 しょうにん の 前 まえ でわたしから 聞 き いたことを、さらにほかの 者 もの たちにも 教 おし えることのできるような 忠実 ちゅうじつ な 人々 ひとびと に、ゆだねなさい。 キリスト・イエスの 良 よ い 兵卒 へいそつ として、わたしと 苦 くる しみを 共 とも にしてほしい。

あなたは 真理 しんり の 言葉 ことば を 正 ただ しく 教 おし え、 恥 は じるところのない 錬達 れんたつ した 働 はたら き 人 びと になって、 神 かみ に 自分 じぶん をささげるように 努 つと めはげみなさい。 俗悪 ぞくあく なむだ 話 はなし を 避 さ けなさい。それによって 人々 ひとびと は、ますます 不信心 ふしんじん に 落 お ちていき、 彼 かれ らの 言葉 ことば は、がんのように 腐 くさ れひろがるであろう。その 中 なか にはヒメナオとピレトとがいる。 彼 かれ らは 真理 しんり からはずれ、 復活 ふっかつ はすでに 済 す んでしまったと 言 い い、そして、ある 人々 ひとびと の 信仰 しんこう をくつがえしている。 しかし、 神 かみ のゆるがない 土台 どだい はすえられていて、それに 次 つぎ の 句 く が 証印 しょういん として、しるされている。「 主 しゅ は 自分 じぶん の 者 もの たちを 知 し る」。また「 主 しゅ の 名 な を 呼 よ ぶ 者 もの は、すべて 不義 ふぎ から 離 はな れよ」。

愚 おろ かで 無知 むち な 論議 ろんぎ をやめなさい。それは、あなたが 知 し っているとおり、ただ 争 あらそ いに 終 おわ るだけである。 主 しゅ の 僕 しもべ たる 者 もの は 争 あらそ ってはならない。だれに 対 たい しても 親切 しんせつ であって、よく 教 おし え、よく 忍 しの び、 反対 はんたい する 者 もの を 柔和 にゅうわ な 心 こころ で 教 おし え 導 みちび くべきである。おそらく 神 かみ は、 彼 かれ らに 悔改 くいあらた めの 心 こころ を 与 あた えて、 真理 しんり を 知 し らせ、 一 度 ど は 悪魔 あくま に 捕 とら えられてその 欲 ほっ するままになっていても、 目 め ざめて 彼 かれ のわなからのがれさせて 下 くだ さるであろう。

聖書 せいしょ は、すべて 神 かみ の 霊 れい 感 かん を 受 う けて 書 か かれたものであって、 人 ひと を 教 おし え、 戒 いまし め、 正 ただ しくし、 義 ぎ に 導 みちび くのに 有益 ゆうえき である。 それによって、 神 かみ の 人 ひと が、あらゆる 良 よ いわざに 対 たい して 十分 じゅうぶん な 準備 じゅんび ができて、 完全 かんぜん にととのえられた 者 もの になるのである。

神 かみ のみまえと、 生 い きている 者 もの と 死 し んだ 者 もの とをさばくべきキリスト・イエスのみまえで、キリストの 出現 しゅつげん とその 御国 みくに とを 思 おも い、おごそかに 命 めい じる。 御言 みことば を 宣 の べ 伝 つた えなさい。 時 とき が 良 よ くても 悪 わる くても、それを 励 はげ み、あくまでも 寛容 かんよう な 心 こころ でよく 教 おし えて、 責 せ め、 戒 いまし め、 勧 すす めなさい。 人々 ひとびと が 健全 けんぜん な 教 おしえ に 耐 た えられなくなり、 耳 みみ ざわりのよい 話 はなし をしてもらおうとして、 自分 じぶん 勝手 かって な 好 この みにまかせて 教師 きょうし たちを 寄 よ せ 集 あつ め、 そして、 真理 しんり からは 耳 みみ をそむけて、 作 つく り 話 ばなし の 方 ほう にそれていく 時 とき が 来 く るであろう。 しかし、あなたは、 何事 なにごと にも 慎 つつし み、 苦難 くなん を 忍 しの び、 伝道者 でんどうしゃ のわざをなし、 自分 じぶん の 務 つとめ を 全 まっと うしなさい。

あなたをクレテにおいてきたのは、わたしがあなたに 命 めい じておいたように、そこにし 残 のこ してあることを 整理 せいり してもらい、また、 町々 まちまち に 長老 ちょうろう を 立 た ててもらうためにほかならない。 長老 ちょうろう は、 責 せ められる 点 てん がなく、ひとりの 妻 つま の 夫 おっと であって、その 子 こ たちも 不品行 ふひんこう のうわさをたてられず、 親不孝 おやふこう をしない 信者 しんじゃ でなくてはならない。 監督 かんとく たる 者 もの は、 神 かみ に 仕 つか える 者 もの として、 責 せ められる 点 てん がなく、わがままでなく、 軽々 かるがる しく 怒 いか らず、 酒 さけ を 好 この まず、 乱暴 らんぼう でなく、 利 り をむさぼらず、 かえって、 旅人 たびびと をもてなし、 善 ぜん を 愛 あい し、 慎 つつし み 深 ふか く、 正 ただ しく、 信仰 しんこう 深 ぶか く、 自 じ 制 せい する 者 もの であり、 教 おしえ にかなった 信頼 しんらい すべき 言葉 ことば を 守 まも る 人 ひと でなければならない。それは、 彼 かれ が 健全 けんぜん な 教 おしえ によって 人 ひと をさとし、また、 反対者 はんたいしゃ の 誤 あやま りを 指摘 してき することができるためである。

あなたは、 権威 けんい をもってこれらのことを 語 かた り、 勧 すす め、また 責 せ めなさい。だれにも 軽 かろ んじられてはならない。

すなわち、「わたしは、 御名 みな をわたしの 兄弟 きょうだい たちに 告 つ げ 知 し らせ、 教会 きょうかい の 中 なか で、あなたをほめ 歌 うた おう」と 言 い い、 また、「わたしは、 彼 かれ により 頼 たの む」、また、「 見 み よ、わたしと、 神 かみ がわたしに 賜 たま わった 子 こ らとは」と 言 い われた。 このように、 子 こ たちは 血 ち と 肉 にく とに 共 とも にあずかっているので、イエスもまた 同様 どうよう に、それらをそなえておられる。それは、 死 し の 力 ちから を 持 も つ 者 もの 、すなわち 悪魔 あくま を、ご 自分 じぶん の 死 し によって 滅 ほろ ぼし、

キリストは 御子 みこ として、 神 かみ の 家 いえ を 治 おさ めるのに 忠実 ちゅうじつ であられたのである。もしわたしたちが、 望 のぞ みの 確信 かくしん と 誇 ほこり とを 最後 さいご までしっかりと 持 も ち 続 つづ けるなら、わたしたちは 神 かみ の 家 いえ なのである。

あなたがたの 中 なか に、 罪 つみ の 惑 まど わしに 陥 おちい って、 心 こころ をかたくなにする 者 もの がないように、「きょう」といううちに、 日々 ひび 、 互 たがい に 励 はげ まし 合 あ いなさい。

あなたがたは、 久 ひさ しい 以前 いぜん からすでに 教師 きょうし となっているはずなのに、もう一 度 ど 神 かみ の 言 ことば の 初歩 しょほ を、 人 ひと から 手 て ほどきしてもらわねばならない 始末 しまつ である。あなたがたは 堅 かた い 食物 しょくもつ ではなく、 乳 ちち を 必要 ひつよう としている。 すべて 乳 ちち を 飲 の んでいる 者 もの は、 幼 おさ な 子 ご なのだから、 義 ぎ の 言葉 ことば を 味 あじ わうことができない。 しかし、 堅 かた い 食物 しょくもつ は、 善悪 ぜんあく を 見 み わける 感覚 かんかく を 実際 じっさい に 働 はたら かせて 訓練 くんれん された 成人 せいじん のとるべきものである。

さらに、 神 かみ の 家 いえ を 治 おさ める 大 おお いなる 祭司 さいし があるのだから、

愛 あい と 善行 ぜんこう とを 励 はげ むように 互 たがい に 努 つと め、 ある 人 ひと たちがいつもしているように、 集会 しゅうかい をやめることはしないで 互 たがい に 励 はげ まし、かの 日 ひ が 近 ちか づいているのを 見 み て、ますます、そうしようではないか。

しかしあなたがたが 近 ちか づいているのは、シオンの 山 やま 、 生 い ける 神 かみ の 都 みやこ 、 天 てん にあるエルサレム、 無数 むすう の 天使 てんし の 祝 いわい 会 かい 、 天 てん に 登録 とうろく されている 長子 ちょうし たちの 教会 きょうかい 、 万民 ばんみん の 審判者 しんぱんしゃ なる 神 かみ 、 全 まっと うされた 義人 ぎじん の 霊 れい 、

神 かみ の 言 ことば をあなたがたに 語 かた った 指導者 しどうしゃ たちのことを、いつも 思 おも い 起 おこ しなさい。 彼 かれ らの 生活 せいかつ の 最後 さいご を 見 み て、その 信仰 しんこう にならいなさい。

あなたがたの 指導者 しどうしゃ たちの 言 い うことを 聞 き きいれて、 従 したが いなさい。 彼 かれ らは、 神 かみ に 言 い いひらきをすべき 者 もの として、あなたがたのたましいのために、 目 め をさましている。 彼 かれ らが 嘆 なげ かないで、 喜 よろこ んでこのことをするようにしなさい。そうでないと、あなたがたの 益 えき にならない。 わたしたちのために、 祈 いの ってほしい。わたしたちは 明 あき らかな 良心 りょうしん を 持 も っていると 信 しん じており、 何事 なにごと についても、 正 ただ しく 行動 こうどう しようと 願 ねが っている。

たとえば、あなたがたの 会堂 かいどう に、 金 きん の 指輪 ゆびわ をはめ、りっぱな 着物 きもの を 着 き た 人 ひと がはいって 来 く ると 同時 どうじ に、みすぼらしい 着物 きもの を 着 き た 貧 まず しい 人 ひと がはいってきたとする。 その 際 さい 、りっぱな 着物 きもの を 着 き た 人 ひと に 対 たい しては、うやうやしく「どうぞ、こちらの 良 よ い 席 せき にお 掛 か け 下 くだ さい」と 言 い い、 貧 まず しい 人 ひと には、「あなたは、そこに 立 た っていなさい。それとも、わたしの 足 あし もとにすわっているがよい」と 言 い ったとしたら、 あなたがたは、 自分 じぶん たちの 間 あいだ で 差別 さべつ 立 だ てをし、よからぬ 考 かんが えで 人 ひと をさばく 者 もの になったわけではないか。 愛 あい する 兄弟 きょうだい たちよ。よく 聞 き きなさい。 神 かみ は、この 世 よ の 貧 まず しい 人 ひと たちを 選 えら んで 信仰 しんこう に 富 と ませ、 神 かみ を 愛 あい する 者 もの たちに 約束 やくそく された 御国 みくに の 相続者 そうぞくしゃ とされたではないか。

あなたがたの 中 なか に、 病 や んでいる 者 もの があるか。その 人 ひと は、 教会 きょうかい の 長老 ちょうろう たちを 招 まね き、 主 しゅ の 御名 みな によって、オリブ 油 ゆ を 注 そそ いで 祈 いの ってもらうがよい。 信仰 しんこう による 祈 いのり は、 病 や んでいる 人 ひと を 救 すく い、そして、 主 しゅ はその 人 ひと を 立 た ちあがらせて 下 くだ さる。かつ、その 人 ひと が 罪 つみ を 犯 おか していたなら、それもゆるされる。 だから、 互 たがい に 罪 つみ を 告白 こくはく し 合 あ い、また、いやされるようにお 互 たがい のために 祈 いの りなさい。 義人 ぎじん の 祈 いのり は、 大 おお いに 力 ちから があり、 効果 こうか のあるものである。

この 主 しゅ のみもとにきて、あなたがたも、それぞれ 生 い ける 石 いし となって、 霊 れい の 家 いえ に 築 きず き 上 あ げられ、 聖 せい なる 祭司 さいし となって、イエス・キリストにより、 神 かみ によろこばれる 霊 れい のいけにえを、ささげなさい。 聖書 せいしょ にこう 書 か いてある、「 見 み よ、わたしはシオンに、 選 えら ばれた 尊 たっと い 石 いし 、 隅 すみ のかしら 石 いし を 置 お く。それにより 頼 たの む 者 もの は、 決 けっ して、 失望 しつぼう に 終 おわ ることがない」。 この 石 いし は、より 頼 たの んでいるあなたがたには 尊 たっと いものであるが、 不 ふ 信仰 しんこう な 人々 ひとびと には「 家 いえ 造 つく りらの 捨 す てた 石 いし で、 隅 すみ のかしら 石 いし となったもの」、 また「つまずきの 石 いし 、 妨 さまた げの 岩 いわ 」である。しかし、 彼 かれ らがつまずくのは、 御言 みことば に 従 したが わないからであって、 彼 かれ らは、 実 じつ は、そうなるように 定 さだ められていたのである。 しかし、あなたがたは、 選 えら ばれた 種族 しゅぞく 、 祭司 さいし の 国 くに 、 聖 せい なる 国民 こくみん 、 神 かみ につける 民 たみ である。それによって、 暗 くら やみから 驚 おどろ くべきみ 光 ひかり に 招 まね き 入 い れて 下 くだ さったかたのみわざを、あなたがたが 語 かた り 伝 つた えるためである。 あなたがたは、 以前 いぜん は 神 かみ の 民 たみ でなかったが、いまは 神 かみ の 民 たみ であり、 以前 いぜん は、あわれみを 受 う けたことのない 者 もの であったが、いまは、あわれみを 受 う けた 者 もの となっている。

何 なに よりもまず、 互 たがい の 愛 あい を 熱 あつ く 保 たも ちなさい。 愛 あい は 多 おお くの 罪 つみ をおおうものである。 不平 ふへい を 言 い わずに、 互 たがい にもてなし 合 あ いなさい。 あなたがたは、それぞれ 賜物 たまもの をいただいているのだから、 神 かみ のさまざまな 恵 めぐ みの 良 よ き 管理人 かんりにん として、それをお 互 たがい のために 役 やく 立 た てるべきである。 語 かた る 者 もの は、 神 かみ の 御言 みことば を 語 かた る 者 もの にふさわしく 語 かた り、 奉仕 ほうし する 者 もの は、 神 かみ から 賜 たま わる 力 ちから による 者 もの にふさわしく 奉仕 ほうし すべきである。それは、すべてのことにおいてイエス・キリストによって、 神 かみ があがめられるためである。 栄光 えいこう と 力 ちから とが 世々 よよ 限 かぎ りなく、 彼 かれ にあるように、アァメン。

さばきが 神 かみ の 家 いえ から 始 はじ められる 時 とき がきた。それが、わたしたちからまず 始 はじ められるとしたら、 神 かみ の 福音 ふくいん に 従 したが わない 人々 ひとびと の 行 ゆ く 末 すえ は、どんなであろうか。

そこで、あなたがたのうちの 長老 ちょうろう たちに 勧 すす める。わたしも、 長老 ちょうろう のひとりで、キリストの 苦難 くなん についての 証人 しょうにん であり、また、やがて 現 あらわ れようとする 栄光 えいこう にあずかる 者 もの である。 あなたがたにゆだねられている 神 かみ の 羊 ひつじ の 群 む れを 牧 ぼく しなさい。しいられてするのではなく、 神 かみ に 従 したが って 自 みずか ら 進 すす んでなし、 恥 は ずべき 利得 りとく のためではなく、 本心 ほんしん から、それをしなさい。 また、ゆだねられた 者 もの たちの 上 うえ に 権力 けんりょく をふるうことをしないで、むしろ、 群 む れの 模範 もはん となるべきである。 そうすれば、 大牧者 だいぼくしゃ が 現 あらわ れる 時 とき には、しぼむことのない 栄光 えいこう の 冠 かんむり を 受 う けるであろう。 同 おな じように、 若 わか い 人 ひと たちよ。 長老 ちょうろう たちに 従 したが いなさい。また、みな 互 たがい に 謙遜 けんそん を 身 み につけなさい。 神 かみ は 高 たか ぶる 者 もの をしりぞけ、へりくだる 者 もの に 恵 めぐ みを 賜 たま うからである。

愛 あい の 接吻 せっぷん をもって 互 たがい にあいさつをかわしなさい。キリストにあるあなたがた 一同 いちどう に、 平安 へいあん があるように。

しかし、 民 たみ の 間 あいだ に、にせ 預言者 よげんしゃ が 起 おこ ったことがあるが、それと 同 おな じく、あなたがたの 間 あいだ にも、にせ 教師 きょうし が 現 あらわ れるであろう。 彼 かれ らは、 滅 ほろ びに 至 いた らせる 異端 いたん をひそかに 持 も ち 込 こ み、 自分 じぶん たちをあがなって 下 くだ さった 主 しゅ を 否定 ひてい して、すみやかな 滅亡 めつぼう を 自分 じぶん の 身 み に 招 まね いている。 また、 大 おお ぜいの 人 ひと が 彼 かれ らの 放縦 ほうしょう を 見習 みなら い、そのために、 真理 しんり の 道 みち がそしりを 受 う けるに 至 いた るのである。 彼 かれ らは、 貪欲 どんよく のために、 甘言 かんげん をもってあなたがたをあざむき、 利 り をむさぼるであろう。 彼 かれ らに 対 たい するさばきは 昔 むかし から 猶予 ゆうよ なく 行 おこな われ、 彼 かれ らの 滅亡 めつぼう も滞ることはない。

すなわち、わたしたちが 見 み たもの、 聞 き いたものを、あなたがたにも 告 つ げ 知 し らせる。それは、あなたがたも、わたしたちの 交 まじ わりにあずかるようになるためである。わたしたちの 交 まじ わりとは、 父 ちち ならびに 御子 みこ イエス・キリストとの 交 まじ わりのことである。

しかし、 神 かみ が 光 ひかり の 中 なか にいますように、わたしたちも 光 ひかり の 中 なか を 歩 ある くならば、わたしたちは 互 たがい に 交 まじ わりをもち、そして、 御子 みこ イエスの 血 ち が、すべての 罪 つみ からわたしたちをきよめるのである。

「 彼 かれ におる」と 言 い う 者 もの は、 彼 かれ が 歩 ある かれたように、その 人 ひと 自身 じしん も 歩 ある くべきである。

彼 かれ らはわたしたちから 出 で て 行 い った。しかし、 彼 かれ らはわたしたちに 属 ぞく する 者 もの ではなかったのである。もし 属 ぞく する 者 もの であったなら、わたしたちと 一緒 いっしょ にとどまっていたであろう。しかし、 出 で て 行 い ったのは、 元来 がんらい 、 彼 かれ らがみなわたしたちに 属 ぞく さない 者 もの であることが、 明 あき らかにされるためである。

わたしは、あなたがたを 惑 まど わす 者 もの たちについて、これらのことを 書 か きおくった。 あなたがたのうちには、キリストからいただいた 油 あぶら がとどまっているので、だれにも 教 おし えてもらう 必要 ひつよう はない。この 油 あぶら が、すべてのことをあなたがたに 教 おし える。それはまことであって、 偽 いつわ りではないから、その 油 あぶら が 教 おし えたように、あなたがたは 彼 かれ のうちにとどまっていなさい。

すべて 神 かみ から 生 うま れた 者 もの は、 罪 つみ を 犯 おか さない。 神 かみ の 種 たね が、その 人 ひと のうちにとどまっているからである。また、その 人 ひと は、 神 かみ から 生 うま れた 者 もの であるから、 罪 つみ を 犯 おか すことができない。 神 かみ の 子 こ と 悪魔 あくま の 子 こ との 区別 くべつ は、これによって 明 あき らかである。すなわち、すべて 義 ぎ を 行 おこな わない 者 もの は、 神 かみ から 出 で た 者 もの ではない。 兄弟 きょうだい を 愛 あい さない 者 もの も、 同様 どうよう である。 わたしたちは 互 たがい に 愛 あい し 合 あ うべきである。これが、あなたがたの 初 はじ めから 聞 き いていたおとずれである。

わたしたちは、 兄弟 きょうだい を 愛 あい しているので、 死 し からいのちへ 移 うつ ってきたことを、 知 し っている。 愛 あい さない 者 もの は、 死 し のうちにとどまっている。

主 しゅ は、わたしたちのためにいのちを 捨 す てて 下 くだ さった。それによって、わたしたちは 愛 あい ということを 知 し った。それゆえに、わたしたちもまた、 兄弟 きょうだい のためにいのちを 捨 す てるべきである。 世 よ の 富 とみ を 持 も っていながら、 兄弟 きょうだい が 困 こま っているのを 見 み て、あわれみの 心 こころ を 閉 と じる 者 もの には、どうして 神 かみ の 愛 あい が、 彼 かれ のうちにあろうか。 子 こ たちよ。わたしたちは 言葉 ことば や 口 くち 先 さき だけで 愛 あい するのではなく、 行 おこな いと 真実 しんじつ とをもって 愛 あい し合おうではないか。

愛 あい する 者 もの たちよ。すべての 霊 れい を 信 しん じることはしないで、それらの 霊 れい が 神 かみ から 出 で たものであるかどうか、ためしなさい。 多 おお くのにせ 預言者 よげんしゃ が 世 よ に 出 で てきているからである。

すべてキリストの 教 おしえ をとおり 過 す ごして、それにとどまらない 者 もの は、 神 かみ を 持 も っていないのである。その 教 おしえ にとどまっている 者 もの は、 父 ちち を 持 も ち、また 御子 みこ をも 持 も つ。 この 教 おしえ を 持 も たずにあなたがたのところに 来 く る 者 もの があれば、その 人 ひと を 家 いえ に 入 い れることも、あいさつすることもしてはいけない。 そのような 人 ひと にあいさつする 者 もの は、その 悪 わる い 行 おこな いにあずかることになるからである。

わたしは 少 すこ しばかり 教会 きょうかい に 書 か きおくっておいたが、みんなのかしらになりたがっているデオテレペスが、わたしたちを 受 う けいれてくれない。 だから、わたしがそちらへ 行 い った 時 とき 、 彼 かれ のしわざを 指摘 してき しようと 思 おも う。 彼 かれ は 口 くち ぎたなくわたしたちをののしり、そればかりか、 兄弟 きょうだい たちを 受 う けいれようともせず、 受 う けいれようとする 人 ひと たちを 妨 さまた げて、 教会 きょうかい から 追 お い 出 だ している。 愛 あい する 者 もの よ。 悪 あく にならわないで、 善 ぜん にならいなさい。 善 ぜん を 行 おこな う 者 もの は 神 かみ から 出 で た 者 もの であり、 悪 あく を 行 おこな う 者 もの は 神 かみ を 見 み たことのない 者 もの である。

ヨハネからアジヤにある七つの 教会 きょうかい へ。 今 いま いまし、 昔 むかし いまし、やがてきたるべきかたから、また、その 御座 みざ の 前 まえ にある七つの 霊 れい から、

あなたがわたしの 右手 みぎて に 見 み た七つの 星 ほし と、七つの 金 きん の 燭台 しょくだい との 奥義 おくぎ は、こうである。すなわち、七つの 星 ほし は七つの 教会 きょうかい の 御使 みつかい であり、七つの 燭台 しょくだい は七つの 教会 きょうかい である。

エペソにある 教会 きょうかい の 御使 みつかい に、こう 書 か きおくりなさい。『 右 みぎ の 手 て に七つの 星 ほし を 持 も つ 者 もの 、七つの 金 きん の 燭台 しょくだい の 間 あいだ を 歩 ある く 者 もの が、 次 つぎ のように 言 い われる。 わたしは、あなたのわざと 労苦 ろうく と 忍耐 にんたい とを 知 し っている。また、あなたが、 悪 わる い 者 もの たちをゆるしておくことができず、 使徒 しと と 自 じ 称 しょう してはいるが、その 実 じつ 、 使徒 しと でない 者 もの たちをためしてみて、にせ 者 もの であると 見抜 みぬ いたことも、 知 し っている。 あなたは 忍耐 にんたい をし 続 つづ け、わたしの 名 な のために 忍 しの びとおして、 弱 よわ り 果 は てることがなかった。 しかし、あなたに 対 たい して 責 せめ むべきことがある。あなたは 初 はじ めの 愛 あい から 離 はな れてしまった。 そこで、あなたはどこから 落 お ちたかを 思 おも い 起 おこ し、 悔 く い 改 あらた めて 初 はじ めのわざを 行 おこな いなさい。もし、そうしないで 悔 く い 改 あらた めなければ、わたしはあなたのところにきて、あなたの 燭台 しょくだい をその 場所 ばしょ から 取 と りのけよう。 しかし、こういうことはある、あなたはニコライ 宗 しゅう の 人々 ひとびと のわざを 憎 にく んでおり、わたしもそれを 憎 にく んでいる。 耳 みみ のある 者 もの は、 御霊 みたま が 諸 しょ 教会 きょうかい に 言 い うことを 聞 き くがよい。 勝利 しょうり を 得 え る 者 もの には、 神 かみ のパラダイスにあるいのちの 木 き の 実 み を 食 た べることをゆるそう』。

スミルナにある 教会 きょうかい の 御使 みつかい に、こう 書 か きおくりなさい。『 初 はじ めであり、 終 おわ りである 者 もの 、 死 し んだことはあるが 生 い き 返 かえ った 者 もの が、 次 つぎ のように 言 い われる。 わたしは、あなたの 苦難 くなん や、 貧 まず しさを 知 し っている(しかし 実際 じっさい は、あなたは 富 と んでいるのだ)。また、ユダヤ 人 じん と 自 じ 称 しょう してはいるが、その 実 じつ ユダヤ 人 じん でなくてサタンの 会堂 かいどう に 属 ぞく する 者 もの たちにそしられていることも、わたしは 知 し っている。 あなたの 受 う けようとする 苦 くる しみを 恐 おそ れてはならない。 見 み よ、 悪魔 あくま が、あなたがたのうちのある 者 もの をためすために、 獄 ごく に 入 い れようとしている。あなたがたは十 日 か の 間 あいだ 、 苦難 くなん にあうであろう。 死 し に 至 いた るまで 忠実 ちゅうじつ であれ。そうすれば、いのちの 冠 かんむり を 与 あた えよう。 耳 みみ のある 者 もの は、 御霊 みたま が 諸 しょ 教会 きょうかい に 言 い うことを 聞 き くがよい。 勝利 しょうり を 得 え る 者 もの は、 第 だい 二の 死 し によって 滅 ほろ ぼされることはない』。

ペルガモにある 教会 きょうかい の 御使 みつかい に、こう 書 か きおくりなさい。『 鋭 するど いもろ 刃 は のつるぎを 持 も っているかたが、 次 つぎ のように 言 い われる。 わたしはあなたの 住 す んでいる 所 ところ を 知 し っている。そこにはサタンの 座 ざ がある。あなたは、わたしの 名 な を 堅 かた く 持 も ちつづけ、わたしの 忠実 ちゅうじつ な 証人 しょうにん アンテパスがサタンの 住 す んでいるあなたがたの 所 ところ で 殺 ころ された 時 とき でさえ、わたしに 対 たい する 信仰 しんこう を 捨 す てなかった。 しかし、あなたに 対 たい して 責 せめ むべきことが、 少 すこ しばかりある。あなたがたの 中 なか には、 現 げん にバラムの 教 おしえ を 奉 ほう じている 者 もの がある。バラムは、バラクに 教 おし え 込 こ み、イスラエルの 子 こ らの 前 まえ に、つまずきになるものを 置 お かせて、 偶像 ぐうぞう にささげたものを 食 た べさせ、また 不品行 ふひんこう をさせたのである。 同 おな じように、あなたがたの 中 なか には、ニコライ 宗 しゅう の 教 おしえ を 奉 ほう じている 者 もの もいる。 だから、 悔 く い 改 あらた めなさい。そうしないと、わたしはすぐにあなたのところに 行 い き、わたしの 口 くち のつるぎをもって 彼 かれ らと 戦 たたか おう。 耳 みみ のある 者 もの は、 御霊 みたま が 諸 しょ 教会 きょうかい に 言 い うことを 聞 き くがよい。 勝利 しょうり を 得 え る 者 もの には、 隠 かく されているマナを 与 あた えよう。また、 白 しろ い 石 いし を 与 あた えよう。この 石 いし の 上 うえ には、これを 受 う ける 者 もの のほかだれも 知 し らない 新 あたら しい 名 な が 書 か いてある』。

テアテラにある 教会 きょうかい の 御使 みつかい に、こう 書 か きおくりなさい。『 燃 も える 炎 ほのお のような 目 め と 光 ひか り 輝 かがや くしんちゅうのような 足 あし とを 持 も った 神 かみ の 子 こ が、 次 つぎ のように 言 い われる。 わたしは、あなたのわざと、あなたの 愛 あい と 信仰 しんこう と 奉仕 ほうし と 忍耐 にんたい とを 知 し っている。また、あなたの 後 のち のわざが、 初 はじ めのよりもまさっていることを 知 し っている。 しかし、あなたに 対 たい して 責 せめ むべきことがある。あなたは、あのイゼベルという 女 おんな を、そのなすがままにさせている。この 女 おんな は 女 おんな 預言者 よげんしゃ と 自 じ 称 しょう し、わたしの 僕 しもべ たちを 教 おし え、 惑 まど わして、 不品行 ふひんこう をさせ、 偶像 ぐうぞう にささげたものを 食 た べさせている。 わたしは、この 女 おんな に 悔 く い 改 あらた めるおりを 与 あた えたが、 悔 く い 改 あらた めてその 不品行 ふひんこう をやめようとはしない。 見 み よ、わたしはこの 女 おんな を 病 やまい の 床 とこ に 投 な げ 入 い れる。この 女 おんな と 姦淫 かんいん する 者 もの をも、 悔 く い 改 あらた めて 彼女 かのじょ のわざから 離 はな れなければ、 大 おお きな 患難 かんなん の 中 なか に 投 な げ 入 い れる。 また、この 女 おんな の 子 こ 供 とも たちをも 打 う ち 殺 ころ そう。こうしてすべての 教会 きょうかい は、わたしが 人 ひと の 心 こころ の 奥底 おくそこ までも 探 さぐ り 知 し る 者 もの であることを 悟 さと るであろう。そしてわたしは、あなたがたひとりびとりのわざに 応 おう じて 報 むく いよう。 また、テアテラにいるほかの 人 ひと たちで、まだあの 女 おんな の 教 おしえ を 受 う けておらず、サタンの、いわゆる「 深 ふか み」を 知 し らないあなたがたに 言 い う。わたしは 別 べつ にほかの 重荷 おもに を、あなたがたに 負 お わせることはしない。 ただ、わたしが 来 く る 時 とき まで、 自分 じぶん の 持 も っているものを 堅 かた く 保 たも っていなさい。 勝利 しょうり を 得 え る 者 もの 、わたしのわざを 最後 さいご まで 持 も ち 続 つづ ける 者 もの には、 諸 しょ 国民 こくみん を 支配 しはい する 権威 けんい を 授 さづ ける。 彼 かれ は 鉄 てつ のつえをもって、ちょうど 土 つち の 器 うつわ を 砕 くだ くように、 彼 かれ らを 治 おさ めるであろう。それは、わたし 自身 じしん が 父 ちち から 権威 けんい を 受 う けて 治 おさ めるのと 同様 どうよう である。 わたしはまた、 彼 かれ に 明 あ けの 明星 みょうじょう を 与 あた える。 耳 みみ のある 者 もの は、 御霊 みたま が 諸 しょ 教会 きょうかい に 言 い うことを 聞 き くがよい』。

サルデスにある 教会 きょうかい の 御使 みつかい に、こう 書 か きおくりなさい。『 神 かみ の七つの 霊 れい と七つの 星 ほし とを 持 も つかたが、 次 つぎ のように 言 い われる。わたしはあなたのわざを 知 し っている。すなわち、あなたは、 生 い きているというのは 名 な だけで、 実 じつ は 死 し んでいる。 目 め をさましていて、 死 し にかけている 残 のこ りの 者 もの たちを 力 ちから づけなさい。わたしは、あなたのわざが、わたしの 神 かみ のみまえに 完全 かんぜん であるとは 見 み ていない。 だから、あなたが、どのようにして 受 う けたか、また 聞 き いたかを 思 おも い 起 おこ して、それを 守 まも りとおし、かつ 悔 く い 改 あらた めなさい。もし 目 め をさましていないなら、わたしは 盗人 ぬすびと のように 来 く るであろう。どんな 時 とき にあなたのところに 来 く るか、あなたには 決 けっ してわからない。 しかし、サルデスにはその 衣 ころも を 汚 けが さない 人 ひと が、 数人 すうにん いる。 彼 かれ らは 白 しろ い 衣 ころも を 着 き て、わたしと 共 とも に 歩 あゆ みを 続 つづ けるであろう。 彼 かれ らは、それにふさわしい 者 もの である。 勝利 しょうり を 得 え る 者 もの は、このように 白 しろ い 衣 ころも を 着 き せられるのである。わたしは、その 名 な をいのちの 書 か から 消 け すようなことを、 決 けっ してしない。また、わたしの 父 ちち と 御使 みつかい たちの 前 まえ で、その 名 な を 言 い いあらわそう。 耳 みみ のある 者 もの は、 御霊 みたま が 諸 しょ 教会 きょうかい に 言 い うことを 聞 き くがよい』。

ヒラデルヒヤにある 教会 きょうかい の 御使 みつかい に、こう 書 か きおくりなさい。『 聖 せい なる 者 もの 、まことなる 者 もの 、ダビデのかぎを 持 も つ 者 もの 、 開 ひら けばだれにも 閉 と じられることがなく、 閉 と じればだれにも 開 ひら かれることのない 者 もの が、 次 つぎ のように 言 い われる。 わたしは、あなたのわざを 知 し っている。 見 み よ、わたしは、あなたの 前 まえ に、だれも 閉 と じることのできない 門 もん を 開 ひら いておいた。なぜなら、あなたには 少 すこ ししか 力 ちから がなかったにもかかわらず、わたしの 言葉 ことば を 守 まも り、わたしの 名 な を 否 いな まなかったからである。 見 み よ、サタンの 会堂 かいどう に 属 ぞく する 者 もの 、すなわち、ユダヤ 人 じん と 自 じ 称 しょう してはいるが、その 実 じつ ユダヤ 人 じん でなくて、 偽 いつわ る 者 もの たちに、こうしよう。 見 み よ、 彼 かれ らがあなたの 足 あし もとにきて 平伏 へいふく するようにし、そして、わたしがあなたを 愛 あい していることを、 彼 かれ らに 知 し らせよう。 忍耐 にんたい についてのわたしの 言葉 ことば をあなたが 守 まも ったから、わたしも、 地上 ちじょう に 住 す む 者 もの たちをためすために、 全 ぜん 世界 せかい に 臨 のぞ もうとしている 試錬 しれん の 時 とき に、あなたを 防 ふせ ぎ 守 まも ろう。 わたしは、すぐに 来 く る。あなたの 冠 かんむり がだれにも 奪 うば われないように、 自分 じぶん の 持 も っているものを 堅 かた く 守 まも っていなさい。 勝利 しょうり を 得 え る 者 もの を、わたしの 神 かみ の 聖所 せいじょ における 柱 はしら にしよう。 彼 かれ は 決 けっ して二 度 ど と 外 そと へ 出 で ることはない。そして 彼 かれ の 上 うえ に、わたしの 神 かみ の 御名 みな と、わたしの 神 かみ の 都 みやこ 、すなわち、 天 てん とわたしの 神 かみ のみもとから 下 くだ ってくる 新 あたら しいエルサレムの 名 な と、わたしの 新 あたら しい 名 な とを、 書 か きつけよう。 耳 みみ のある 者 もの は、 御霊 みたま が 諸 しょ 教会 きょうかい に 言 い うことを 聞 き くがよい』。

ラオデキヤにある 教会 きょうかい の 御使 みつかい に、こう 書 か きおくりなさい。『アァメンたる 者 もの 、 忠実 ちゅうじつ な、まことの 証人 しょうにん 、 神 かみ に 造 つく られたものの 根源 こんげん であるかたが、 次 つぎ のように 言 い われる。 わたしはあなたのわざを 知 し っている。あなたは 冷 つめ たくもなく、 熱 あつ くもない。むしろ、 冷 つめ たいか 熱 あつ いかであってほしい。 このように、 熱 あつ くもなく、 冷 つめ たくもなく、なまぬるいので、あなたを 口 くち から 吐 は き 出 だ そう。 あなたは、 自分 じぶん は 富 と んでいる、 豊 ゆた かになった、なんの 不自由 ふじゆう もないと 言 い っているが、 実 じつ は、あなた 自身 じしん がみじめな 者 もの 、あわれむべき 者 もの 、 貧 まず しい 者 もの 、 目 め の 見 み えない 者 もの 、 裸 はだか な 者 もの であることに 気 き がついていない。 そこで、あなたに 勧 すす める。 富 と む 者 もの となるために、わたしから 火 ひ で 精錬 せいれん された 金 きん を 買 か い、また、あなたの 裸 はだか の 恥 はじ をさらさないため 身 み に 着 つ けるように、 白 しろ い 衣 ころも を 買 か いなさい。また、 見 み えるようになるため、 目 め にぬる 目薬 めぐすり を 買 か いなさい。 すべてわたしの 愛 あい している 者 もの を、わたしはしかったり、 懲 こ らしめたりする。だから、 熱心 ねっしん になって 悔 く い 改 あらた めなさい。 見 み よ、わたしは 戸 と の 外 そと に 立 た って、たたいている。だれでもわたしの 声 こえ を 聞 き いて 戸 と をあけるなら、わたしはその 中 なか にはいって 彼 かれ と 食 しょく を 共 とも にし、 彼 かれ もまたわたしと 食 しょく を 共 とも にするであろう。 勝利 しょうり を 得 え る 者 もの には、わたしと 共 とも にわたしの 座 ざ につかせよう。それはちょうど、わたしが 勝利 しょうり を 得 え てわたしの 父 ちち と 共 とも にその 御座 みざ についたのと 同様 どうよう である。 耳 みみ のある 者 もの は、 御霊 みたま が 諸 しょ 教会 きょうかい に 言 い うことを 聞 き くがよい』」。

それだから 彼 かれ らは、 神 かみ の 御座 みざ の 前 まえ におり、 昼 ひる も 夜 よる もその 聖所 せいじょ で 神 かみ に 仕 つか えているのである。 御座 みざ にいますかたは、 彼 かれ らの 上 うえ に 幕屋 まくや を 張 は って 共 とも に 住 す まわれるであろう。

それから、わたしはつえのような 測 はか りざおを 与 あた えられて、こう 命 めい じられた、「さあ 立 た って、 神 かみ の 聖所 せいじょ と 祭壇 さいだん と、そこで 礼拝 れいはい している 人々 ひとびと とを、 測 はか りなさい。

そして、 天 てん にある 神 かみ の 聖所 せいじょ が 開 ひら けて、 聖所 せいじょ の 中 なか に 契約 けいやく の 箱 はこ が 見 み えた。また、いなずまと、もろもろの 声 こえ と、 雷鳴 らいめい と、 地震 じしん とが 起 おこ り、 大粒 おおつぶ の 雹 ひょう が 降 ふ った。

ここに、 神 かみ の 戒 いまし めを 守 まも り、イエスを 信 しん じる 信仰 しんこう を 持 も ちつづける 聖徒 せいと の 忍耐 にんたい がある」。

すると、 聖所 せいじょ は 神 かみ の 栄光 えいこう とその 力 ちから とから 立 た ちのぼる 煙 けむり で 満 み たされ、七 人 にん の 御使 みつかい の七つの 災害 さいがい が 終 おわ ってしまうまでは、だれも 聖所 せいじょ にはいることができなかった。

わたしはまた、もうひとつの 声 こえ が 天 てん から 出 で るのを 聞 き いた、「わたしの 民 たみ よ。 彼女 かのじょ から 離 はな れ 去 さ って、その 罪 つみ にあずからないようにし、その 災害 さいがい に 巻 ま き 込 こ まれないようにせよ。

天 てん よ、 聖徒 せいと たちよ、 使徒 しと たちよ、 預言者 よげんしゃ たちよ。この 都 みやこ について 大 おお いに 喜 よろこ べ。 神 かみ は、あなたがたのために、この 都 みやこ をさばかれたのである」。

その 時 とき 、 御座 みざ から 声 こえ が 出 で て 言 い った、「すべての 神 かみ の 僕 しもべ たちよ、 神 かみ をおそれる 者 もの たちよ。 小 ちい さき 者 もの も 大 おお いなる 者 もの も、 共 とも に、われらの 神 かみ をさんびせよ」。 わたしはまた、 大 だい 群衆 ぐんしゅう の 声 こえ 、 多 おお くの 水 みず の 音 おと 、また 激 はげ しい 雷鳴 らいめい のようなものを 聞 き いた。それはこう 言 い った、「ハレルヤ、 全能者 ぜんのうしゃ にして 主 しゅ なるわれらの 神 かみ は、 王 おう なる 支配者 しはいしゃ であられる。 わたしたちは 喜 よろこ び 楽 たの しみ、 神 かみ をあがめまつろう。 小羊 こひつじ の 婚姻 こんいん の 時 とき がきて、 花嫁 はなよめ はその 用意 ようい をしたからである。 彼女 かのじょ は、 光 ひか り 輝 かがや く、 汚 けが れのない 麻布 あさぬの の 衣 ころも を 着 き ることを 許 ゆる された。この 麻布 あさぬの の 衣 ころも は、 聖徒 せいと たちの 正 ただ しい 行 おこな いである」。 それから、 御使 みつかい はわたしに 言 い った、「 書 か きしるせ。 小羊 こひつじ の 婚 こん 宴 えん に 招 まね かれた 者 もの は、さいわいである」。またわたしに 言 い った、「これらは、 神 かみ の 真実 しんじつ の 言葉 ことば である」。

また、 聖 せい なる 都 みやこ 、 新 あたら しいエルサレムが、 夫 おっと のために 着飾 きかざ った 花嫁 はなよめ のように 用意 ようい をととのえて、 神 かみ のもとを 出 で て、 天 てん から 下 くだ って 来 く るのを 見 み た。 また、 御座 みざ から 大 おお きな 声 こえ が 叫 さけ ぶのを 聞 き いた、「 見 み よ、 神 かみ の 幕屋 まくや が 人 ひと と 共 とも にあり、 神 かみ が 人 ひと と 共 とも に 住 す み、 人 ひと は 神 かみ の 民 たみ となり、 神 かみ 自 みずか ら 人 ひと と 共 とも にいまして、 人 ひと の 目 め から 涙 なみだ を 全 まった くぬぐいとって 下 くだ さる。もはや、 死 し もなく、 悲 かな しみも、 叫 さけ びも、 痛 いた みもない。 先 さき のものが、すでに 過 す ぎ 去 さ ったからである」。

最後 さいご の七つの 災害 さいがい が 満 み ちている七つの 鉢 はち を 持 も っていた七 人 にん の 御使 みつかい のひとりがきて、わたしに 語 かた って 言 い った、「さあ、きなさい。 小羊 こひつじ の 妻 つま なる 花嫁 はなよめ を 見 み せよう」。 この 御使 みつかい は、わたしを 御霊 みたま に 感 かん じたまま、 大 おお きな 高 たか い 山 やま に 連 つ れて 行 い き、 聖 せい 都 みやこ エルサレムが、 神 かみ の 栄光 えいこう のうちに、 神 かみ のみもとを 出 で て 天 てん から 下 くだ って 来 く るのを 見 み せてくれた。 その 都 みやこ の 輝 かがや きは、 高価 こうか な 宝石 ほうせき のようであり、 透明 とうめい な 碧玉 へきぎょく のようであった。 それには 大 おお きな、 高 たか い 城壁 じょうへき があって、十二の 門 もん があり、それらの 門 もん には、十二の 御使 みつかい がおり、イスラエルの 子 こ らの十二 部族 ぶぞく の 名 な が、それに 書 か いてあった。 東 ひがし に三つの 門 もん 、 北 きた に三つの 門 もん 、 南 みなみ に三つの 門 もん 、 西 にし に三つの 門 もん があった。 また 都 みやこ の 城壁 じょうへき には十二の 土台 どだい があり、それには 小羊 こひつじ の十二 使徒 しと の十二の 名 な が 書 か いてあった。

わたしは、この 都 みやこ の 中 なか には 聖所 せいじょ を 見 み なかった。 全能者 ぜんのうしゃ にして 主 しゅ なる 神 かみ と 小羊 こひつじ とが、その 聖所 せいじょ なのである。

わたしイエスは、 使 つかい をつかわして、 諸 しょ 教会 きょうかい のために、これらのことをあなたがたにあかしした。わたしは、ダビデの 若 わか 枝 えだ また 子孫 しそん であり、 輝 かがや く 明 あ けの 明星 みょうじょう である」。

Japanese - 日本語 - JA

KOG1955 - Kougoyaku Senji Kuroi Colloquial - 1955

This Bible is in the Public Domain.
https://www.biblesupersearch.com/bible-downloads/
Languages are made available to you by www.ipedge.net