08 – イエス

これらは全能の神の聖なる言葉です。
私たちは人間の言葉には興味がありません。
神を愛する人なら誰でも...神は次のように言われています。 イエス.

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万物 ばんぶつ は、 天 てん にあるものも 地 ち にあるものも、 見 み えるものも 見 み えないものも、 位 くらい も 主権 しゅけん も、 支配 しはい も 権威 けんい も、みな 御子 みこ にあって 造 つく られたからである。これらいっさいのものは、 御子 みこ によって 造 つく られ、 御子 みこ のために 造 つく られたのである。 彼 かれ は 万物 ばんぶつ よりも 先 さき にあり、 万物 ばんぶつ は 彼 かれ にあって 成 な り 立 た っている。

彼女 かのじょ は 男 おとこ の 子 こ を 産 う むであろう。その 名 な をイエスと 名 な づけなさい。 彼 かれ は、おのれの 民 たみ をそのもろもろの 罪 つみ から 救 すく う 者 もの となるからである」。 すべてこれらのことが 起 おこ ったのは、 主 しゅ が 預言者 よげんしゃ によって 言 い われたことの 成就 じょうじゅ するためである。すなわち、 「 見 み よ、おとめがみごもって 男 おとこ の 子 こ を 産 う むであろう。その 名 な はインマヌエルと 呼 よ ばれるであろう」。これは、「 神 かみ われらと 共 とも にいます」という 意味 いみ である。

さらに 見 み ていると、 御座 みざ と 生 い き 物 もの と 長老 ちょうろう たちとのまわりに、 多 おお くの 御使 みつかい たちの 声 こえ が 上 あ がるのを 聞 き いた。その 数 かず は万の 幾 いく 万 倍 ばい 、千の 幾 いく 千 倍 ばい もあって、 大声 おおごえ で 叫 さけ んでいた、「ほふられた 小羊 こひつじ こそは、 力 ちから と、 富 とみ と、 知恵 ちえ と、 勢 いきお いと、ほまれと、 栄光 えいこう と、さんびとを 受 う けるにふさわしい」。 またわたしは、 天 てん と 地 ち 、 地 ち の 下 した と 海 うみ の 中 なか にあるすべての 造 つく られたもの、そして、それらの 中 なか にあるすべてのものの 言 い う 声 こえ を 聞 き いた、「 御座 みざ にいますかたと 小羊 こひつじ とに、さんびと、ほまれと、 栄光 えいこう と、 権力 けんりょく とが、 世々 よよ 限 かぎ りなくあるように」。 四つの 生 い き 物 もの はアァメンと 唱 とな え、 長老 ちょうろう たちはひれ 伏 ふ して 礼拝 れいはい した。

聖書の順序のすべての聖句 - 391 節

わたしは 恨 うら みをおく、おまえと 女 おんな とのあいだに、おまえのすえと 女 おんな のすえとの 間 あいだ に。 彼 かれ はおまえのかしらを 砕 くだ き、おまえは 彼 かれ のかかとを 砕 くだ くであろう」。

やがてイサクは 父 ちち アブラハムに 言 い った、「 父 ちち よ」。 彼 かれ は 答 こた えた、「 子 こ よ、わたしはここにいます」。イサクは 言 い った、「 火 ひ とたきぎとはありますが、 燔祭 はんさい の 小羊 こひつじ はどこにありますか」。 アブラハムは 言 い った、「 子 こ よ、 神 かみ みずから 燔祭 はんさい の 小羊 こひつじ を 備 そな えてくださるであろう」。こうしてふたりは 一緒 いっしょ に 行 い った。

神 かみ はモーセに 言 い われた、「わたしは、 有 あ って 有 あ る 者 もの 」。また 言 い われた、「イスラエルの 人々 ひとびと にこう 言 い いなさい、『「わたしは 有 あ る」というかたが、わたしをあなたがたのところへつかわされました』と」。

また 人 ひと がもし 罪 つみ を 犯 おか し、 主 しゅ のいましめにそむいて、してはならないことの一つをしたときは、たといそれを 知 し らなくても、 彼 かれ は 罪 つみ を 得 え 、そのとがを 負 お わなければならない。 彼 かれ はあなたの 値 ね 積 づも りにしたがって、 雄羊 おひつじ の 全 まった きものを 群 む れのうちから 取 と り、 愆祭 けんさい としてこれを 祭司 さいし のもとに 携 たずさ えてこなければならない。こうして、 祭司 さいし が 彼 かれ のために、すなわち 彼 かれ が 知 し らないで、しかもあやまって 犯 おか した 過失 かしつ のために、あがないをするならば、 彼 かれ はゆるされるであろう。

わたしは 知 し る、わたしをあがなう 者 もの は 生 い きておられる、 後 のち の 日 ひ に 彼 かれ は 必 かなら ず 地 ち の 上 うえ に 立 た たれる。

【 聖歌 せいか 隊 たい の 指揮者 しきしゃ によってあけぼののめじかのしらべにあわせてうたわせたダビデの 歌 うた 】 わが 神 かみ 、わが 神 かみ 、なにゆえわたしを 捨 す てられるのですか。なにゆえ 遠 とお く 離 はな れてわたしを 助 たす けず、わたしの 嘆 なげ きの 言葉 ことば を 聞 き かれないのですか。

わたしは 水 みず のように 注 そそ ぎ 出 だ され、わたしの 骨 ほね はことごとくはずれ、わたしの 心臓 しんぞう は、ろうのように、 胸 むね のうちで 溶 と けた。 わたしの 力 ちから は 陶器 とうき の 破片 はへん のようにかわき、わたしの 舌 した はあごにつく。あなたはわたしを 死 し のちりに 伏 ふ させられる。 まことに、 犬 いぬ はわたしをめぐり、 悪 あく を 行 おこな う 者 もの の 群 む れがわたしを 囲 かこ んで、わたしの 手 て と 足 あし を 刺 さ し 貫 つらぬ いた。 わたしは 自分 じぶん の 骨 ほね をことごとく 数 かぞ えることができる。 彼 かれ らは 目 め をとめて、わたしを 見 み る。 彼 かれ らは 互 たがい にわたしの 衣服 いふく を 分 わ け、わたしの 着物 きもの をくじ 引 ひ にする。

わたしは、わが 魂 たましい をみ 手 て にゆだねます。 主 しゅ 、まことの 神 かみ よ、あなたはわたしをあがなわれました。

主 しゅ は 彼 かれ の 骨 ほね をことごとく 守 まも られる。その一つだに 折 お られることはない。

わたしの 信頼 しんらい した 親 した しい 友 とも 、わたしのパンを 食 た べた 親 した しい 友 とも さえもわたしにそむいてくびすをあげた。

彼 かれ の 名 な はとこしえに 続 つづ き、その 名声 めいせい は 日 ひ のあらん 限 かぎ り、 絶 た えることのないように。 人々 ひとびと は 彼 かれ によって 祝福 しゅくふく を 得 え 、もろもろの 国民 こくみん は 彼 かれ をさいわいなる 者 もの ととなえるように。

わたしはまた 彼 かれ をわがういごとし、 地 ち の 王 おう たちのうちの 最 もっと も 高 たか い 者 もの とする。

家 いえ 造 つく りらの 捨 す てた 石 いし は 隅 すみ のかしら 石 いし となった。

天 てん にのぼったり、 下 くだ ったりしたのはだれか、 風 かぜ をこぶしの 中 なか に 集 あつ めたのはだれか、 水 みず を 着物 きもの に 包 つつ んだのはだれか、 地 ち のすべての 限界 げんかい を 定 さだ めた 者 もの はだれか、その 名 な は 何 なに か、その 子 こ の 名 な は 何 なに か、あなたは 確 たし かにそれを 知 し っている。

ウジヤ 王 おう の 死 し んだ 年 ねん 、わたしは 主 しゅ が 高 たか くあげられたみくらに 座 ざ し、その 衣 ころも のすそが 神殿 しんでん に 満 み ちているのを 見 み た。 その 上 うえ にセラピムが 立 た ち、おのおの六つの 翼 つばさ をもっていた。その二つをもって 顔 かお をおおい、二つをもって 足 あし をおおい、二つをもって 飛 と びかけり、 互 たがい に 呼 よ びかわして 言 い った。「 聖 せい なるかな、 聖 せい なるかな、 聖 せい なるかな、 万軍 ばんぐん の 主 しゅ 、その 栄光 えいこう は 全 ぜん 地 ち に 満 み つ」。

それゆえ、 主 しゅ はみずから一つのしるしをあなたがたに 与 あた えられる。 見 み よ、おとめがみごもって 男 おとこ の 子 こ を 産 う む。その 名 な はインマヌエルととなえられる。 その 子 こ が 悪 あく を 捨 す て、 善 ぜん を 選 えら ぶことを 知 し るころになって、 凝乳 ぎょうにゅう と、 蜂蜜 はちみつ とを 食 た べる。 それはこの 子 こ が 悪 あく を 捨 す て、 善 ぜん を 選 えら ぶことを 知 し る 前 まえ に、あなたが 恐 おそ れているふたりの 王 おう の 地 ち は 捨 す てられるからである。

暗 くら やみの 中 なか に 歩 あゆ んでいた 民 たみ は 大 おお いなる 光 ひかり を 見 み た。 暗黒 あんこく の 地 ち に 住 す んでいた 人々 ひとびと の 上 うえ に 光 ひかり が 照 て った。

ひとりのみどりごがわれわれのために 生 うま れた、ひとりの 男 おとこ の 子 こ がわれわれに 与 あた えられた。まつりごとはその 肩 かた にあり、その 名 な は、「 霊妙 れいみょう なる 議 ぎ 士 し 、 大能 たいのう の 神 かみ 、とこしえの 父 ちち 、 平和 へいわ の 君 きみ 」ととなえられる。 そのまつりごとと 平和 へいわ とは、 増 ま し 加 くわ わって 限 かぎ りなく、ダビデの 位 くらい に 座 ざ して、その 国 くに を 治 おさ め、 今 いま より 後 のち 、とこしえに 公平 こうへい と 正義 せいぎ とをもってこれを 立 た て、これを 保 たも たれる。 万軍 ばんぐん の 主 しゅ の 熱心 ねっしん がこれをなされるのである。

エッサイの 株 かぶ から一つの 芽 め が 出 で 、その 根 ね から一つの 若 わか 枝 えだ が 生 は えて 実 み を 結 むす び、 その 上 うえ に 主 しゅ の 霊 れい がとどまる。これは 知恵 ちえ と 悟 さと りの 霊 れい 、 深慮 しんりょ と 才能 さいのう の 霊 れい 、 主 しゅ を 知 し る 知識 ちしき と 主 しゅ を 恐 おそ れる 霊 れい である。

彼 かれ らはわが 聖 せい なる 山 やま のどこにおいても、そこなうことなく、やぶることがない。 水 みず が 海 うみ をおおっているように、 主 しゅ を 知 し る 知識 ちしき が 地 ち に 満 み ちるからである。 その 日 ひ 、エッサイの 根 ね が 立 た って、もろもろの 民 たみ の 旗 はた となり、もろもろの 国 くに びとはこれに 尋 たず ね 求 もと め、その 置 お かれる 所 ところ に 栄光 えいこう がある。

その 時 とき 、 目 め しいの 目 め は 開 ひら かれ、 耳 みみ しいの 耳 みみ はあけられる。 その 時 とき 、 足 あし なえは、しかのように 飛 と び 走 はし り、おしの 舌 した は 喜 よろこ び 歌 うた う。それは 荒野 あらの に 水 みず がわきいで、さばくに 川 かわ が 流 なが れるからである。

わたしの 支持 しじ するわがしもべ、わたしの 喜 よろこ ぶわが 選 えら び 人 ひと を 見 み よ。わたしはわが 霊 れい を 彼 かれ に 与 あた えた。 彼 かれ はもろもろの 国 くに びとに 道 みち をしめす。

主 しゅ 、イスラエルの 王 おう 、イスラエルをあがなう 者 もの 、 万軍 ばんぐん の 主 しゅ はこう 言 い われる、「わたしは 初 はじ めであり、わたしは 終 おわ りである。わたしのほかに 神 かみ はない。

わたしを 打 う つ 者 もの に、わたしの 背 せ をまかせ、わたしのひげを 抜 ぬ く 者 もの に、わたしのほおをまかせ、 恥 はじ とつばきとを 避 さ けるために、 顔 かお をかくさなかった。

見 み よ、わがしもべは 栄 さか える。 彼 かれ は 高 たか められ、あげられ、ひじょうに 高 たか くなる。 多 おお くの 人 ひと が 彼 かれ に 驚 おどろ いたように―― 彼 かれ の 顔 かお だちは、そこなわれて 人 ひと と 異 こと なり、その 姿 すがた は 人 ひと の 子 こ と 異 こと なっていたからである―― 彼 かれ は 多 おお くの 国民 こくみん を 驚 おどろ かす。 王 おう たちは 彼 かれ のゆえに 口 くち をつむぐ。それは 彼 かれ らがまだ 伝 つた えられなかったことを 見 み 、まだ 聞 き かなかったことを 悟 さと るからだ。

だれがわれわれの 聞 き いたことを 信 しん じ 得 え たか。 主 しゅ の 腕 うで は、だれにあらわれたか。 彼 かれ は 主 しゅ の 前 まえ に 若木 わかぎ のように、かわいた 土 つち から 出 で る 根 ね のように 育 そだ った。 彼 かれ にはわれわれの 見 み るべき 姿 すがた がなく、 威厳 いげん もなく、われわれの 慕 した うべき 美 うつく しさもない。 彼 かれ は 侮 あなど られて 人 ひと に 捨 す てられ、 悲 かな しみの 人 ひと で、 病 やまい を 知 し っていた。また 顔 かお をおおって 忌 い みきらわれる 者 もの のように、 彼 かれ は 侮 あなど られた。われわれも 彼 かれ を 尊 たっと ばなかった。 まことに 彼 かれ はわれわれの 病 やまい を 負 お い、われわれの 悲 かな しみをになった。しかるに、われわれは 思 おも った、 彼 かれ は 打 う たれ、 神 かみ にたたかれ、 苦 くる しめられたのだと。 しかし 彼 かれ はわれわれのとがのために 傷 きず つけられ、われわれの 不義 ふぎ のために 砕 くだ かれたのだ。 彼 かれ はみずから 懲 こら しめをうけて、われわれに 平安 へいあん を 与 あた え、その 打 う たれた 傷 きず によって、われわれはいやされたのだ。 われわれはみな 羊 ひつじ のように 迷 まよ って、おのおの 自分 じぶん の 道 みち に 向 む かって 行 い った。 主 しゅ はわれわれすべての 者 もの の 不義 ふぎ を、 彼 かれ の 上 うえ におかれた。 彼 かれ はしえたげられ、 苦 くる しめられたけれども、 口 くち を 開 ひら かなかった。ほふり 場 ば にひかれて 行 い く 小羊 こひつじ のように、また 毛 け を 切 き る 者 もの の 前 まえ に 黙 だま っている 羊 ひつじ のように、 口 くち を 開 ひら かなかった。 彼 かれ は 暴虐 ぼうぎゃく なさばきによって 取 と り 去 さ られた。その 代 よ の 人 ひと のうち、だれが 思 おも ったであろうか、 彼 かれ はわが 民 たみ のとがのために 打 う たれて、 生 い けるものの 地 ち から 断 た たれたのだと。 彼 かれ は 暴虐 ぼうぎゃく を 行 おこな わず、その 口 くち には 偽 いつわ りがなかったけれども、その 墓 はか は 悪 あ しき 者 もの と 共 とも に 設 もう けられ、その 塚 つか は 悪 あく をなす 者 もの と 共 とも にあった。 しかも 彼 かれ を 砕 くだ くことは 主 しゅ のみ 旨 むね であり、 主 しゅ は 彼 かれ を 悩 なや まされた。 彼 かれ が 自分 じぶん を、とがの 供 そな え 物 もの となすとき、その 子孫 しそん を 見 み ることができ、その 命 いのち をながくすることができる。かつ 主 しゅ のみ 旨 むね が 彼 かれ の 手 て によって 栄 さか える。 彼 かれ は 自分 じぶん の 魂 たましい の 苦 くる しみにより 光 ひかり を 見 み て 満足 まんぞく する。 義 ぎ なるわがしもべはその 知識 ちしき によって、 多 おお くの 人 ひと を 義 ぎ とし、また 彼 かれ らの 不義 ふぎ を 負 お う。 それゆえ、わたしは 彼 かれ に 大 おお いなる 者 もの と 共 とも に 物 もの を 分 わ かち 取 と らせる。 彼 かれ は 強 つよ い 者 もの と 共 とも に 獲物 えもの を 分 わ かち 取 と る。これは 彼 かれ が 死 し にいたるまで、 自分 じぶん の 魂 たましい をそそぎだし、とがある 者 もの と 共 とも に 数 かぞ えられたからである。しかも 彼 かれ は 多 おお くの 人 ひと の 罪 つみ を 負 お い、とがある 者 もの のためにとりなしをした。

主 しゅ なる 神 かみ の 霊 れい がわたしに 臨 のぞ んだ。これは 主 しゅ がわたしに 油 あぶら を 注 そそ いで、 貧 まず しい 者 もの に 福音 ふくいん を 宣 の べ 伝 つた えることをゆだね、わたしをつかわして 心 こころ のいためる 者 もの をいやし、 捕 とら われ 人 びと に 放免 ほうめん を 告 つ げ、 縛 しば られている 者 もの に 解放 かいほう を 告 つ げ、 主 しゅ の 恵 めぐ みの 年 とし とわれわれの 神 かみ の 報復 ほうふく の 日 ひ とを 告 つ げさせ、また、すべての 悲 かな しむ 者 もの を 慰 なぐさ め、 シオンの 中 なか の 悲 かな しむ 者 もの に 喜 よろこ びを 与 あた え、 灰 はい にかえて 冠 かんむり を 与 あた え、 悲 かな しみにかえて 喜 よろこ びの 油 あぶら を 与 あた え、 憂 うれ いの 心 こころ にかえて、さんびの 衣 ころも を 与 あた えさせるためである。こうして、 彼 かれ らは 義 ぎ のかしの 木 き ととなえられ、 主 しゅ がその 栄光 えいこう をあらわすために 植 う えられた 者 もの ととなえられる。

主 しゅ は 仰 おお せられる、 見 み よ、わたしがダビデのために一つの 正 ただ しい 枝 えだ を 起 おこ す 日 ひ がくる。 彼 かれ は 王 おう となって 世 よ を 治 おさ め、 栄 さか えて、 公平 こうへい と 正義 せいぎ を 世 よ に 行 おこな う。

主 しゅ は 言 い われる、 見 み よ、わたしがイスラエルの 家 いえ とユダの 家 いえ とに 新 あたら しい 契約 けいやく を 立 た てる 日 ひ が 来 く る。 この 契約 けいやく はわたしが 彼 かれ らの 先祖 せんぞ をその 手 て をとってエジプトの 地 ち から 導 みちび き 出 だ した 日 ひ に 立 た てたようなものではない。わたしは 彼 かれ らの 夫 おっと であったのだが、 彼 かれ らはそのわたしの 契約 けいやく を 破 やぶ ったと 主 しゅ は 言 い われる。 しかし、それらの 日 ひ の 後 のち にわたしがイスラエルの 家 いえ に 立 た てる 契約 けいやく はこれである。すなわちわたしは、わたしの 律法 りっぽう を 彼 かれ らのうちに 置 お き、その 心 こころ にしるす。わたしは 彼 かれ らの 神 かみ となり、 彼 かれ らはわたしの 民 たみ となると 主 しゅ は 言 い われる。 人 ひと はもはや、おのおのその 隣 となり とその 兄弟 きょうだい に 教 おし えて、『あなたは 主 しゅ を 知 し りなさい』とは 言 い わない。それは、 彼 かれ らが 小 しょう より 大 だい に 至 いた るまで 皆 みな 、わたしを 知 し るようになるからであると 主 しゅ は 言 い われる。わたしは 彼 かれ らの 不義 ふぎ をゆるし、もはやその 罪 つみ を 思 おも わない」。

それらの 王 おう たちの 世 よ に、 天 てん の 神 かみ は一つの 国 くに を 立 た てられます。これはいつまでも 滅 ほろ びることがなく、その 主権 しゅけん は 他 た の 民 たみ にわたされず、かえってこれらのもろもろの 国 くに を 打 う ち 破 やぶ って 滅 ほろ ぼすでしょう。そしてこの 国 くに は 立 た って 永遠 えいえん に 至 いた るのです。

その 時 とき 、ネブカデネザル 王 おう は 驚 おどろ いて 急 いそ ぎ 立 た ちあがり、 大臣 だいじん たちに 言 い った、「われわれはあの三 人 にん を 縛 しば って、 火 ひ の 中 なか に 投 な げ 入 い れたではないか」。 彼 かれ らは 王 おう に 答 こた えて 言 い った、「 王 おう よ、そのとおりです」。 王 おう は 答 こた えて 言 い った、「しかし、わたしの 見 み るのに四 人 にん の 者 もの がなわめなしに、 火 ひ の 中 なか を 歩 ある いているが、なんの 害 がい をも 受 う けていない。その 第 だい 四の 者 もの の 様子 ようす は 神 かみ の 子 こ のようだ」。

わたしが 見 み ていると、もろもろのみ 座 ざ が 設 もう けられて、 日 ひ の 老 お いたる 者 もの が 座 ざ しておられた。その 衣 ころも は 雪 ゆき のように 白 しろ く、 頭 とう の 毛 け は 混 ま じりもののない 羊 ひつじ の 毛 け のようであった。そのみ 座 ざ は 火 ひ の 炎 ほのお であり、その 車輪 しゃりん は 燃 も える 火 ひ であった。 彼 かれ の 前 まえ から、ひと 筋 すじ の 火 ひ の 流 なが れが 出 で てきた。 彼 かれ に 仕 つか える 者 もの は 千々 せんせん 、 彼 かれ の 前 まえ にはべる 者 もの は 万々 まんまん 、 審判 しんぱん を 行 おこな う 者 もの はその 席 せき に 着 つ き、かずかずの 書 か き 物 もの が 開 ひら かれた。

わたしはまた 夜 よる の 幻 まぼろし のうちに 見 み ていると、 見 み よ、 人 ひと の 子 こ のような 者 もの が、 天 てん の 雲 くも に 乗 の ってきて、 日 ひ の 老 お いたる 者 もの のもとに 来 く ると、その 前 まえ に 導 みちび かれた。 彼 かれ に 主権 しゅけん と 光栄 こうえい と 国 くに とを 賜 たま い、 諸民 しょみん 、 諸 しょ 族 ぞく 、 諸国 しょこく 語 ご の 者 もの を 彼 かれ に 仕 つか えさせた。その 主権 しゅけん は 永遠 えいえん の 主権 しゅけん であって、なくなることがなく、その 国 くに は 滅 ほろ びることがない。

それゆえ、エルサレムを 建 た て 直 なお せという 命令 めいれい が 出 で てから、メシヤなるひとりの 君 きみ が 来 く るまで、七 週 しゅう と六十二 週 しゅう あることを 知 し り、かつ 悟 さと りなさい。その 間 あいだ に、しかも 不安 ふあん な 時代 じだい に、エルサレムは 広場 ひろば と 街路 がいろ とをもって、 建 た て 直 なお されるでしょう。 その六十二 週 しゅう の 後 のち にメシヤは 断 た たれるでしょう。ただし 自分 じぶん のためにではありません。またきたるべき 君 きみ の 民 たみ は、 町 まち と 聖所 せいじょ とを 滅 ほろ ぼすでしょう。その 終 おわ りは 洪水 こうずい のように 臨 のぞ むでしょう。そしてその 終 おわ りまで 戦争 せんそう が 続 つづ き、 荒廃 こうはい は 定 さだ められています。

しかしベツレヘム・エフラタよ、あなたはユダの 氏族 しぞく のうちで 小 ちい さい 者 もの だが、イスラエルを 治 おさ める 者 もの があなたのうちからわたしのために 出 で る。その 出 で るのは 昔 むかし から、いにしえの 日 ひ からである。

彼 かれ は 主 しゅ の 力 ちから により、その 神 かみ 、 主 しゅ の 名 な の 威光 いこう により、 立 た ってその 群 む れを 養 やしな い、 彼 かれ らを 安 やす らかにおらせる。 今 いま 、 彼 かれ は 大 おお いなる 者 もの となって、 地 ち の 果 はて にまで 及 およ ぶからである。

主 しゅ の 家 いえ の 後 のち の 栄光 えいこう は、 前 まえ の 栄光 えいこう よりも 大 おお きいと、 万軍 ばんぐん の 主 しゅ は 言 い われる。わたしはこの 所 ところ に 繁栄 はんえい を 与 あた えると、 万軍 ばんぐん の 主 しゅ は 言 い われる』」。

シオンの 娘 むすめ よ、 大 おお いに 喜 よろこ べ、エルサレムの 娘 むすめ よ、 呼 よ ばわれ。 見 み よ、あなたの 王 おう はあなたの 所 ところ に 来 く る。 彼 かれ は 義 ぎ なる 者 もの であって 勝利 しょうり を 得 え 、 柔和 にゅうわ であって、ろばに 乗 の る。すなわち、ろばの 子 こ である 子 こ 馬 うま に 乗 の る。

主 しゅ はわたしに 言 い われた、「 彼 かれ らによって、わたしが 値 ね 積 つ られたその 尊 たっと い 価 あたい を、 宮 みや のさいせん 箱 はこ に 投 な げ 入 い れよ」。わたしは 銀 ぎん 三十シケルを 取 と って、これを 主 しゅ の 宮 みや のさいせん 箱 はこ に 投 な げ 入 い れた。

わたしはダビデの 家 いえ およびエルサレムの 住民 じゅうみん に、 恵 めぐ みと 祈 いのり の 霊 れい とを 注 そそ ぐ。 彼 かれ らはその 刺 さ した 者 もの を 見 み る 時 とき 、ひとり 子 こ のために 嘆 なげ くように 彼 かれ のために 嘆 なげ き、ういごのために 悲 かな しむように、 彼 かれ のためにいたく 悲 かな しむ。

もし、 人 ひと が 彼 かれ に『あなたの 背中 せなか の 傷 きず は 何 なに か』と 尋 たず ねるならば、『これはわたしの 友 とも だちの 家 いえ で 受 う けた 傷 きず だ』と、 彼 かれ は 言 い うであろう」。 万軍 ばんぐん の 主 しゅ は 言 い われる、「つるぎよ、 立 た ち 上 あ がってわが 牧者 ぼくしゃ を 攻 せ めよ。わたしの 次 つぎ に 立 た つ 人 ひと を 攻 せ めよ。 牧者 ぼくしゃ を 撃 う て、その 羊 ひつじ は 散 ち る。わたしは 手 て をかえして、 小 ちい さい 者 もの どもを 攻 せ める。

アブラハムの 子 こ であるダビデの 子 こ 、イエス・キリストの 系図 けいず。

ヤコブはマリヤの 夫 おっと ヨセフの 父 ちち であった。このマリヤからキリストといわれるイエスがお 生 うま れになった。

だから、アブラハムからダビデまでの 代 だい は 合 あ わせて十四 代 だい 、ダビデからバビロンへ 移 うつ されるまでは十四 代 だい 、そして、バビロンへ 移 うつ されてからキリストまでは十四 代 だい である。

イエス・キリストの 誕生 たんじょう の 次第 しだい はこうであった。 母 はは マリヤはヨセフと 婚約 こんやく していたが、まだ 一緒 いっしょ にならない 前 まえ に、 聖霊 せいれい によって 身重 みおも になった。

彼女 かのじょ は 男 おとこ の 子 こ を 産 う むであろう。その 名 な をイエスと 名 な づけなさい。 彼 かれ は、おのれの 民 たみ をそのもろもろの 罪 つみ から 救 すく う 者 もの となるからである」。 すべてこれらのことが 起 おこ ったのは、 主 しゅ が 預言者 よげんしゃ によって 言 い われたことの 成就 じょうじゅ するためである。すなわち、 「 見 み よ、おとめがみごもって 男 おとこ の 子 こ を 産 う むであろう。その 名 な はインマヌエルと 呼 よ ばれるであろう」。これは、「 神 かみ われらと 共 とも にいます」という 意味 いみ である。

しかし、 子 こ が 生 うま れるまでは、 彼女 かのじょ を 知 し ることはなかった。そして、その 子 こ をイエスと 名 な づけた。

イエスがヘロデ 王 おう の 代 だい に、ユダヤのベツレヘムでお 生 うま れになったとき、 見 み よ、 東 ひがし からきた 博士 はかせ たちがエルサレムに 着 つ いて 言 い った、 「ユダヤ 人 じん の 王 おう としてお 生 うま れになったかたは、どこにおられますか。わたしたちは 東 ひがし の 方 ほう でその 星 ほし を 見 み たので、そのかたを 拝 おが みにきました」。 ヘロデ 王 おう はこのことを 聞 き いて 不安 ふあん を 感 かん じた。エルサレムの 人々 ひとびと もみな、 同様 どうよう であった。 そこで 王 おう は 祭司長 さいしちょう たちと 民 たみ の 律法 りっぽう 学者 がくしゃ たちとを 全部 ぜんぶ 集 あつ めて、キリストはどこに 生 うま れるのかと、 彼 かれ らに 問 と いただした。 彼 かれ らは 王 おう に 言 い った、「それはユダヤのベツレヘムです。 預言者 よげんしゃ がこうしるしています、 『ユダの 地 ち 、ベツレヘムよ、おまえはユダの 君 きみ たちの 中 なか で、 決 けっ して 最 もっと も 小 ちい さいものではない。おまえの 中 なか からひとりの 君 きみ が 出 で て、わが 民 たみ イスラエルの 牧者 ぼくしゃ となるであろう』」。

そして、 家 いえ にはいって、 母 はは マリヤのそばにいる 幼 おさ な 子 ご に 会 あ い、ひれ 伏 ふ して 拝 おが み、また、 宝 たから の 箱 はこ をあけて、 黄金 おうごん ・ 乳香 にゅうこう ・ 没薬 もつやく などの 贈 おく り 物 もの をささげた。

わたしは 悔改 くいあらた めのために、 水 みず でおまえたちにバプテスマを 授 さづ けている。しかし、わたしのあとから 来 く る 人 ひと はわたしよりも 力 ちから のあるかたで、わたしはそのくつをぬがせてあげる 値 ね うちもない。このかたは、 聖霊 せいれい と 火 ひ とによっておまえたちにバプテスマをお 授 さづ けになるであろう。 また、 箕 み を 手 て に 持 も って、 打 う ち 場 ば の 麦 むぎ をふるい 分 わ け、 麦 むぎ は 倉 くら に 納 おさ め、からは 消 き えない 火 ひ で 焼 や き 捨 す てるであろう」。

そのときイエスは、ガリラヤを 出 で てヨルダン 川 がわ に 現 あらわ れ、ヨハネのところにきて、バプテスマを 受 う けようとされた。 ところがヨハネは、それを 思 おも いとどまらせようとして 言 い った、「わたしこそあなたからバプテスマを 受 う けるはずですのに、あなたがわたしのところにおいでになるのですか」。 しかし、イエスは 答 こた えて 言 い われた、「 今 いま は 受 う けさせてもらいたい。このように、すべての 正 ただ しいことを 成就 じょうじゅ するのは、われわれにふさわしいことである」。そこでヨハネはイエスの 言 い われるとおりにした。 イエスはバプテスマを 受 う けるとすぐ、 水 みず から 上 あ がられた。すると、 見 み よ、 天 てん が 開 ひら け、 神 かみ の 御霊 みたま がはとのように 自分 じぶん の 上 うえ に 下 くだ ってくるのを、ごらんになった。 また 天 てん から 声 こえ があって 言 い った、「これはわたしの 愛 あい する 子 こ 、わたしの 心 こころ にかなう 者 もの である」。

さて、イエスは 御霊 みたま によって 荒野 あらの に 導 みちび かれた。 悪魔 あくま に 試 こころ みられるためである。 そして、四十 日 にち 四十 夜 や 、 断食 だんじき をし、そののち 空腹 くうふく になられた。

この 時 とき からイエスは 教 おしえ を 宣 の べはじめて 言 い われた、「 悔 く い 改 あらた めよ、 天国 てんごく は 近 ちか づいた」。

イエスはガリラヤの 全 ぜん 地 ち を 巡 めぐ り 歩 ある いて、 諸 しょ 会堂 かいどう で 教 おし え、 御国 みくに の 福音 ふくいん を 宣 の べ 伝 つた え、 民 たみ の 中 なか のあらゆる 病気 びょうき 、あらゆるわずらいをおいやしになった。 そこで、その 評判 ひょうばん はシリヤ 全 ぜん 地 ち にひろまり、 人々 ひとびと があらゆる 病 やまい にかかっている 者 もの 、すなわち、いろいろの 病気 びょうき と 苦 くる しみとに 悩 なや んでいる 者 もの 、 悪霊 あくれい につかれている 者 もの 、てんかん、 中風 ちゅうぶ の 者 もの などをイエスのところに 連 つ れてきたので、これらの 人々 ひとびと をおいやしになった。 こうして、ガリラヤ、デカポリス、エルサレム、ユダヤ 及 およ びヨルダンの 向 む こうから、おびただしい 群衆 ぐんしゅう がきてイエスに 従 したが った。

わたしが 律法 りっぽう や 預言者 よげんしゃ を 廃 はい するためにきた、と 思 おも ってはならない。 廃 はい するためではなく、 成就 じょうじゅ するためにきたのである。

それだから、あなたがたに 言 い っておく。 何 なに を 食 た べようか、 何 なに を 飲 の もうかと、 自分 じぶん の 命 いのち のことで 思 おも いわずらい、 何 なに を 着 き ようかと 自分 じぶん のからだのことで 思 おも いわずらうな。 命 いのち は 食物 しょくもつ にまさり、からだは 着物 きもの にまさるではないか。

わたしにむかって『 主 しゅ よ、 主 しゅ よ』と 言 い う 者 もの が、みな 天国 てんごく にはいるのではなく、ただ、 天 てん にいますわが 父 ちち の 御旨 みむね を 行 おこな う 者 もの だけが、はいるのである。

イエスはその 人 ひと に 言 い われた、「きつねには 穴 あな があり、 空 そら の 鳥 とり には 巣 す がある。しかし、 人 ひと の 子 こ にはまくらする 所 ところ がない」。

彼 かれ らは 驚 おどろ いて 言 い った、「このかたはどういう 人 ひと なのだろう。 風 かぜ も 海 うみ も 従 したが わせるとは」。

イエスは 彼 かれ らの 考 かんが えを 見抜 みぬ いて、「なぜ、あなたがたは 心 こころ の 中 なか で 悪 わる いことを 考 かんが えているのか。

しかし、 人 ひと の 子 こ は 地上 ちじょう で 罪 つみ をゆるす 権威 けんい をもっていることが、あなたがたにわかるために」と 言 い い、 中風 ちゅうぶ の 者 もの にむかって、「 起 お きよ、 床 とこ を 取 と りあげて 家 いえ に 帰 かえ れ」と 言 い われた。

イエスは、すべての 町々 まちまち 村々 むらむら を 巡 めぐ り 歩 ある いて、 諸 しょ 会堂 かいどう で 教 おし え、 御国 みくに の 福音 ふくいん を 宣 の べ 伝 つた え、あらゆる 病気 びょうき 、あらゆるわずらいをおいやしになった。

そこで、イエスは十二 弟子 でし を 呼 よ び 寄 よ せて、 汚 けが れた 霊 れい を 追 お い 出 だ し、あらゆる 病気 びょうき 、あらゆるわずらいをいやす 権威 けんい をお 授 さづ けになった。

またあなたがたは、わたしの 名 な のゆえにすべての 人 ひと に 憎 にく まれるであろう。しかし、 最後 さいご まで 耐 た え 忍 しの ぶ 者 もの は 救 すく われる。

だから 人 ひと の 前 まえ でわたしを 受 う けいれる 者 もの を、わたしもまた、 天 てん にいますわたしの 父 ちち の 前 まえ で 受 う けいれるであろう。 しかし、 人 ひと の 前 まえ でわたしを 拒 こば む 者 もの を、わたしも 天 てん にいますわたしの 父 ちち の 前 まえ で 拒 こば むであろう。

地上 ちじょう に 平和 へいわ をもたらすために、わたしがきたと 思 おも うな。 平和 へいわ ではなく、つるぎを 投 な げ 込 こ むためにきたのである。 わたしがきたのは、 人 ひと をその 父 ちち と、 娘 むすめ をその 母 はは と、 嫁 よめ をそのしゅうとめと 仲 なか たがいさせるためである。

わたしよりも 父 ちち または 母 はは を 愛 あい する 者 もの は、わたしにふさわしくない。わたしよりもむすこや 娘 むすめ を 愛 あい する 者 もの は、わたしにふさわしくない。 また 自分 じぶん の 十字架 じゅうじか をとってわたしに 従 したが ってこない 者 もの はわたしにふさわしくない。

また 人 ひと の 子 こ がきて、 食 た べたり 飲 の んだりしていると、 見 み よ、あれは 食 しょく をむさぼる 者 もの 、 大酒 おおざけ を 飲 の む 者 もの 、また 取税人 しゅぜいにん 、 罪人 つみびと の 仲間 なかま だ、と 言 い う。しかし、 知恵 ちえ の 正 ただ しいことは、その 働 はたら きが 証明 しょうめい する」。

すべての 事 こと は 父 ちち からわたしに 任 まか せられています。そして、 子 こ を 知 し る 者 もの は 父 ちち のほかにはなく、 父 ちち を 知 し る 者 もの は、 子 こ と、 父 ちち をあらわそうとして 子 こ が 選 えら んだ 者 もの とのほかに、だれもありません。

すべて 重荷 おもに を 負 お うて 苦労 くろう している 者 もの は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを 休 やす ませてあげよう。 わたしは 柔和 にゅうわ で 心 こころ のへりくだった 者 もの であるから、わたしのくびきを 負 お うて、わたしに 学 まな びなさい。そうすれば、あなたがたの 魂 たましい に 休 やす みが 与 あた えられるであろう。 わたしのくびきは 負 お いやすく、わたしの 荷 に は 軽 かる いからである」。

人 ひと の 子 こ は 安息日 あんそくにち の 主 しゅ である」。

異邦人 いほうじん は 彼 かれ の 名 な に 望 のぞ みを 置 お くであろう」。

そのとき、 人々 ひとびと が 悪霊 あくれい につかれた 盲人 もうじん のおしを 連 つ れてきたので、イエスは 彼 かれ をいやして、 物 もの を 言 い い、また 目 め が 見 み えるようにされた。 すると 群衆 ぐんしゅう はみな 驚 おどろ いて 言 い った、「この 人 ひと が、あるいはダビデの 子 こ ではあるまいか」。

イエスは 彼 かれ らの 思 おも いを 見抜 みぬ いて 言 い われた、「おおよそ、 内部 ないぶ で 分 わか れ 争 あらそ う 国 くに は 自滅 じめつ し、 内 うち わで 分 わか れ 争 あらそ う 町 まち や 家 いえ は 立 た ち 行 い かない。

しかし、わたしが 神 かみ の 霊 れい によって 悪霊 あくれい を 追 お い 出 だ しているのなら、 神 かみ の 国 くに はすでにあなたがたのところにきたのである。

すなわち、ヨナが三 日 か 三 晩 ばん 、 大魚 たいぎょ の 腹 はら の 中 うち にいたように、 人 ひと の 子 こ も三 日 か 三 晩 ばん 、 地 ち の 中 なか にいるであろう。

天 てん にいますわたしの 父 ちち のみこころを 行 おこな う 者 もの はだれでも、わたしの 兄弟 きょうだい 、また 姉妹 しまい 、また 母 はは なのである」。

人 ひと の 子 こ はその 使 つかい たちをつかわし、つまずきとなるものと 不法 ふほう を 行 おこな う 者 もの とを、ことごとく 御国 みくに からとり 集 あつ めて、

そして 群衆 ぐんしゅう に 命 めい じて、 草 くさ の 上 うえ にすわらせ、五つのパンと二ひきの 魚 うお とを 手 て に 取 と り、 天 てん を 仰 あお いでそれを 祝福 しゅくふく し、パンをさいて 弟子 でし たちに 渡 わた された。 弟子 でし たちはそれを 群衆 ぐんしゅう に 与 あた えた。 みんなの 者 もの は 食 た べて 満腹 まんぷく した。パンくずの 残 のこ りを 集 あつ めると、十二のかごにいっぱいになった。 食 た べた 者 もの は、 女 おんな と 子供 こども とを 除 のぞ いて、おおよそ五千 人 にん であった。

イエスは 夜明 よあ けの四 時 じ ごろ、 海 うみ の 上 うえ を 歩 ある いて 彼 かれ らの 方 ほう へ 行 い かれた。 弟子 でし たちは、イエスが 海 うみ の 上 うえ を 歩 ある いておられるのを 見 み て、 幽霊 ゆうれい だと 言 い っておじ 惑 まど い、 恐怖 きょうふ のあまり 叫 さけ び 声 ごえ をあげた。

舟 ふね の 中 なか にいた 者 もの たちはイエスを 拝 はい して、「ほんとうに、あなたは 神 かみ の 子 こ です」と 言 い った。

するとその 土地 とち の 人々 ひとびと はイエスと 知 し って、その 附近 ふきん 全体 ぜんたい に 人 ひと をつかわし、イエスのところに 病人 びょうにん をみな 連 つ れてこさせた。 そして 彼 かれ らにイエスの 上着 うわぎ のふさにでも、さわらせてやっていただきたいとお 願 ねが いした。そしてさわった 者 もの は 皆 みな いやされた。

すると 大 おお ぜいの 群衆 ぐんしゅう が、 足 あし なえ、 不具者 ふぐしゃ 、 盲人 もうじん 、おし、そのほか 多 おお くの 人々 ひとびと を 連 つ れてきて、イエスの 足 あし もとに 置 お いたので、 彼 かれ らをおいやしになった。

七つのパンと 魚 うお とを 取 と り、 感謝 かんしゃ してこれをさき、 弟子 でし たちにわたされ、 弟子 でし たちはこれを 群衆 ぐんしゅう にわけた。 一同 いちどう の 者 もの は 食 た べて 満腹 まんぷく した。そして 残 のこ ったパンくずを 集 あつ めると、七つのかごにいっぱいになった。 食 た べた 者 もの は、 女 おんな と 子供 こども とを 除 のぞ いて四千 人 にん であった。

シモン・ペテロが 答 こた えて 言 い った、「あなたこそ、 生 い ける 神 かみ の 子 こ キリストです」。

そのとき、イエスは、 自分 じぶん がキリストであることをだれにも 言 い ってはいけないと、 弟子 でし たちを 戒 いまし められた。

この 時 とき から、イエス・キリストは、 自分 じぶん が 必 かなら ずエルサレムに 行 い き、 長老 ちょうろう 、 祭司長 さいしちょう 、 律法 りっぽう 学者 がくしゃ たちから 多 おお くの 苦 くる しみを 受 う け、 殺 ころ され、そして三 日 か 目 め によみがえるべきことを、 弟子 でし たちに 示 しめ しはじめられた。

人 ひと の 子 こ は 父 ちち の 栄光 えいこう のうちに、 御使 みつかい たちを 従 したが えて 来 く るが、その 時 とき には、 実際 じっさい のおこないに 応 おう じて、それぞれに 報 むく いるであろう。

ところが、 彼 かれ らの 目 め の 前 まえ でイエスの 姿 すがた が 変 かわ り、その 顔 かお は 日 ひ のように 輝 かがや き、その 衣 ころも は 光 ひかり のように 白 しろ くなった。

彼 かれ がまだ 話 はな し 終 お えないうちに、たちまち、 輝 かがや く 雲 くも が 彼 かれ らをおおい、そして 雲 くも の 中 なか から 声 こえ がした、「これはわたしの 愛 あい する 子 こ 、わたしの 心 こころ にかなう 者 もの である。これに 聞 き け」。

彼 かれ らがガリラヤで 集 あつ まっていた 時 とき 、イエスは 言 い われた、「 人 ひと の 子 こ は 人々 ひとびと の 手 て にわたされ、 彼 かれ らに 殺 ころ され、そして三 日 か 目 め によみがえるであろう」。 弟子 でし たちは 非常 ひじょう に 心 こころ をいためた。

あなたがたは、これらの 小 ちい さい 者 もの のひとりをも 軽 かろ んじないように、 気 き をつけなさい。あなたがたに 言 い うが、 彼 かれ らの 御使 みつかい たちは 天 てん にあって、 天 てん にいますわたしの 父 ちち のみ 顔 かお をいつも 仰 あお いでいるのである。〔 人 ひと の 子 こ は、 滅 ほろ びる 者 もの を 救 すく うためにきたのである。〕

ふたりまたは三 人 にん が、わたしの 名 な によって 集 あつ まっている 所 ところ には、わたしもその 中 なか にいるのである」。

イエスは 彼 かれ に 言 い われた、「もしあなたが 完全 かんぜん になりたいと 思 おも うなら、 帰 かえ ってあなたの 持 も ち 物 もの を 売 う り 払 はら い、 貧 まず しい 人々 ひとびと に 施 ほどこ しなさい。そうすれば、 天 てん に 宝 たから を 持 も つようになろう。そして、わたしに 従 したが ってきなさい」。

「 見 み よ、わたしたちはエルサレムへ 上 のぼ って 行 い くが、 人 ひと の 子 こ は 祭司長 さいしちょう 、 律法 りっぽう 学者 がくしゃ たちの 手 て に 渡 わた されるであろう。 彼 かれ らは 彼 かれ に 死刑 しけい を 宣告 せんこく し、 そして 彼 かれ をあざけり、むち 打 う ち、 十字架 じゅうじか につけさせるために、 異邦人 いほうじん に 引 ひ きわたすであろう。そして 彼 かれ は三 日 か 目 め によみがえるであろう」。

それは、 人 ひと の 子 こ がきたのも、 仕 つか えられるためではなく、 仕 つか えるためであり、また 多 おお くの 人 ひと のあがないとして、 自分 じぶん の 命 いのち を 与 あた えるためであるのと、ちょうど 同 おな じである」。

群衆 ぐんしゅう のうち 多 おお くの 者 もの は 自分 じぶん たちの 上着 うわぎ を 道 みち に 敷 し き、また、ほかの 者 もの たちは 木 き の 枝 えだ を 切 き ってきて 道 みち に 敷 し いた。 そして 群衆 ぐんしゅう は、 前 まえ に 行 ゆ く 者 もの も、あとに 従 したが う 者 もの も、 共 とも に 叫 さけ びつづけた、「ダビデの 子 こ に、ホサナ。 主 しゅ の 御名 みな によってきたる 者 もの に、 祝福 しゅくふく あれ。いと 高 たか き 所 ところ に、ホサナ」。

それから、イエスは 宮 みや にはいられた。そして、 宮 みや の 庭 にわ で 売 う り 買 か いしていた 人々 ひとびと をみな 追 お い 出 だ し、また 両替人 りょうがえにん の 台 だい や、はとを 売 う る 者 もの の 腰掛 こしかけ をくつがえされた。 そして 彼 かれ らに 言 い われた、「『わたしの 家 いえ は、 祈 いのり の 家 いえ ととなえらるべきである』と 書 か いてある。それだのに、あなたがたはそれを 強盗 ごうとう の 巣 す にしている」。 そのとき 宮 みや の 庭 にわ で、 盲人 もうじん や 足 あし なえがみもとにきたので、 彼 かれ らをおいやしになった。 しかし、 祭司長 さいしちょう 、 律法 りっぽう 学者 がくしゃ たちは、イエスがなされた 不思議 ふしぎ なわざを 見 み 、また 宮 みや の 庭 にわ で「ダビデの 子 こ に、ホサナ」と 叫 さけ んでいる 子供 こども たちを 見 み て 立腹 りっぷく し、

イエスは 彼 かれ らに 言 い われた、「あなたがたは、 聖書 せいしょ でまだ 読 よ んだことがないのか、『 家 いえ 造 つく りらの 捨 す てた 石 いし が 隅 すみ のかしら 石 いし になった。これは 主 しゅ がなされたことで、わたしたちの 目 め には 不思議 ふしぎ に 見 み える』。 それだから、あなたがたに 言 い うが、 神 かみ の 国 くに はあなたがたから 取 と り 上 あ げられて、 御国 みくに にふさわしい 実 み を 結 むす ぶような 異邦人 いほうじん に 与 あた えられるであろう。 またその 石 いし の 上 うえ に 落 お ちる 者 もの は 打 う ち 砕 くだ かれ、それがだれかの 上 うえ に 落 お ちかかるなら、その 人 ひと はこなみじんにされるであろう」。

パリサイ 人 びと たちが 集 あつ まっていたとき、イエスは 彼 かれ らにお 尋 たず ねになった、 「あなたがたはキリストをどう 思 おも うか。だれの 子 こ なのか」。 彼 かれ らは「ダビデの 子 こ です」と 答 こた えた。 イエスは 言 い われた、「それではどうして、ダビデが 御霊 みたま に 感 かん じてキリストを 主 しゅ と 呼 よ んでいるのか。 すなわち『 主 しゅ はわが 主 しゅ に 仰 おお せになった、あなたの 敵 てき をあなたの 足 あし もとに 置 お くときまでは、わたしの 右 みぎ に 座 ざ していなさい』。 このように、ダビデ 自身 じしん がキリストを 主 しゅ と 呼 よ んでいるなら、キリストはどうしてダビデの 子 こ であろうか」。 イエスにひと 言 こと でも 答 こた えうる 者 もの は、なかったし、その 日 ひ からもはや、 進 すす んでイエスに 質問 しつもん する 者 もの も、いなくなった。

また、あなたがたは 教師 きょうし と 呼 よ ばれてはならない。あなたがたの 教師 きょうし はただひとり、すなわち、キリストである。

そのとき 人々 ひとびと は、あなたがたを 苦 くる しみにあわせ、また 殺 ころ すであろう。またあなたがたは、わたしの 名 な のゆえにすべての 民 たみ に 憎 にく まれるであろう。

ちょうど、いなずまが 東 ひがし から 西 にし にひらめき 渡 わた るように、 人 ひと の 子 こ も 現 あらわ れるであろう。

そのとき、 人 ひと の 子 こ のしるしが 天 てん に 現 あらわ れるであろう。またそのとき、 地 ち のすべての 民族 みんぞく は 嘆 なげ き、そして 力 ちから と 大 おお いなる 栄光 えいこう とをもって、 人 ひと の 子 こ が 天 てん の 雲 くも に 乗 の って 来 く るのを、 人々 ひとびと は 見 み るであろう。

天地 てんち は 滅 ほろ びるであろう。しかしわたしの 言葉 ことば は 滅 ほろ びることがない。

人 ひと の 子 こ が 栄光 えいこう の 中 なか にすべての 御使 みつかい たちを 従 したが えて 来 く るとき、 彼 かれ はその 栄光 えいこう の 座 ざ につくであろう。 そして、すべての 国民 こくみん をその 前 まえ に 集 あつ めて、 羊飼 ひつじかい が 羊 ひつじ とやぎとを 分 わ けるように、 彼 かれ らをより 分 わ け、 羊 ひつじ を 右 みぎ に、やぎを 左 ひだり におくであろう。 そのとき、 王 おう は 右 みぎ にいる 人々 ひとびと に 言 い うであろう、『わたしの 父 ちち に 祝福 しゅくふく された 人 ひと たちよ、さあ、 世 よ の 初 はじ めからあなたがたのために 用意 ようい されている 御国 みくに を 受 う けつぎなさい。

一同 いちどう が 食事 しょくじ をしているとき、イエスはパンを 取 と り、 祝福 しゅくふく してこれをさき、 弟子 でし たちに 与 あた えて 言 い われた、「 取 と って 食 た べよ、これはわたしのからだである」。 また 杯 さかずき を 取 と り、 感謝 かんしゃ して 彼 かれ らに 与 あた えて 言 い われた、「みな、この 杯 さかずき から 飲 の め。 これは、 罪 つみ のゆるしを 得 え させるようにと、 多 おお くの 人 ひと のために 流 なが すわたしの 契約 けいやく の 血 ち である。 あなたがたに 言 い っておく。わたしの 父 ちち の 国 くに であなたがたと 共 とも に、 新 あたら しく 飲 の むその 日 ひ までは、わたしは 今後 こんご 決 けっ して、ぶどうの 実 み から 造 つく ったものを 飲 の むことをしない」。

そのとき、 彼 かれ らに 言 い われた、「わたしは 悲 かな しみのあまり 死 し ぬほどである。ここに 待 ま っていて、わたしと 一緒 いっしょ に 目 め をさましていなさい」。

それとも、わたしが 父 ちち に 願 ねが って、 天 てん の 使 つかい たちを十二 軍団 ぐんだん 以上 いじょう も、 今 いま つかわしていただくことができないと、あなたは 思 おも うのか。 しかし、それでは、こうならねばならないと 書 か いてある 聖書 せいしょ の 言葉 ことば は、どうして 成就 じょうじゅ されようか」。

しかし、イエスは 黙 だま っておられた。そこで 大祭司 だいさいし は 言 い った、「あなたは 神 かみ の 子 こ キリストなのかどうか、 生 い ける 神 かみ に 誓 ちか ってわれわれに 答 こた えよ」。 イエスは 彼 かれ に 言 い われた、「あなたの 言 い うとおりである。しかし、わたしは 言 い っておく。あなたがたは、 間 ま もなく、 人 ひと の 子 こ が 力 ちから ある 者 もの の 右 みぎ に 座 ざ し、 天 てん の 雲 くも に 乗 の って 来 く るのを 見 み るであろう」。

それから、 彼 かれ らはイエスの 顔 かお につばきをかけて、こぶしで 打 う ち、またある 人 ひと は 手 て のひらでたたいて 言 い った、 「キリストよ、 言 い いあててみよ、 打 う ったのはだれか」。

さて、イエスは 総督 そうとく の 前 まえ に 立 た たれた。すると 総督 そうとく はイエスに 尋 たず ねて 言 い った、「あなたがユダヤ 人 じん の 王 おう であるか」。イエスは「そのとおりである」と 言 い われた。

それで、 彼 かれ らが 集 あつ まったとき、ピラトは 言 い った、「おまえたちは、だれをゆるしてほしいのか。バラバか、それとも、キリストといわれるイエスか」。

ピラトは 言 い った、「それではキリストといわれるイエスは、どうしたらよいか」。 彼 かれ らはいっせいに「 十字架 じゅうじか につけよ」と 言 い った。

そしてその 上着 うわぎ をぬがせて、 赤 あか い 外套 がいとう を 着 き せ、 また、いばらで 冠 かんむり を 編 あ んでその 頭 あたま にかぶらせ、 右 みぎ の 手 て には 葦 あし の 棒 ぼう を 持 も たせ、それからその 前 まえ にひざまずき、 嘲弄 ちょうろう して、「ユダヤ 人 じん の 王 おう 、ばんざい」と 言 い った。 また、イエスにつばきをかけ、 葦 あし の 棒 ぼう を 取 と りあげてその 頭 あたま をたたいた。 こうしてイエスを 嘲弄 ちょうろう したあげく、 外套 がいとう をはぎ 取 と って 元 もと の 上着 うわぎ を 着 き せ、それから 十字架 じゅうじか につけるために 引 ひ き 出 だ した。

そしてその 頭 あたま の 上 うえ の 方 ほう に、「これはユダヤ 人 じん の 王 おう イエス」と 書 か いた 罪状 ざいじょう 書 が きをかかげた。

祭司長 さいしちょう たちも 同 おな じように、 律法 りっぽう 学者 がくしゃ 、 長老 ちょうろう たちと 一緒 いっしょ になって、 嘲弄 ちょうろう して 言 い った、 「 他人 たにん を 救 すく ったが、 自分 じぶん 自身 じしん を 救 すく うことができない。あれがイスラエルの 王 おう なのだ。いま 十字架 じゅうじか からおりてみよ。そうしたら 信 しん じよう。 彼 かれ は 神 かみ にたよっているが、 神 かみ のおぼしめしがあれば、 今 いま 、 救 すく ってもらうがよい。 自分 じぶん は 神 かみ の 子 こ だと 言 い っていたのだから」。

そして三 時 じ ごろに、イエスは 大声 おおごえ で 叫 さけ んで、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」と 言 い われた。それは「わが 神 かみ 、わが 神 かみ 、どうしてわたしをお 見捨 みす てになったのですか」という 意味 いみ である。

イエスはもう 一度 いちど 大声 おおごえ で 叫 さけ んで、ついに 息 いき をひきとられた。 すると 見 み よ、 神殿 しんでん の 幕 まく が 上 うえ から 下 した まで 真二 まっぷた つに 裂 さ けた。また 地震 じしん があり、 岩 いわ が 裂 さ け、 また 墓 はか が 開 あ け、 眠 ねむ っている 多 おお くの 聖徒 せいと たちの 死体 したい が 生 い き 返 かえ った。 そしてイエスの 復活 ふっかつ ののち、 墓 はか から 出 で てきて、 聖 せい なる 都 みやこ にはいり、 多 おお くの 人 ひと に 現 あらわ れた。 百卒長 ひゃくそつちょう 、および 彼 かれ と 一緒 いっしょ にイエスの 番 ばん をしていた 人々 ひとびと は、 地震 じしん や、いろいろのできごとを 見 み て 非常 ひじょう に 恐 おそ れ、「まことに、この 人 ひと は 神 かみ の 子 こ であった」と 言 い った。

すると、 大 おお きな 地震 じしん が 起 おこ った。それは 主 しゅ の 使 つかい が 天 てん から 下 くだ って、そこにきて 石 いし をわきへころがし、その 上 うえ にすわったからである。 その 姿 すがた はいなずまのように 輝 かがや き、その 衣 ころも は 雪 ゆき のように 真白 まっしろ であった。 見張 みは りをしていた 人 ひと たちは、 恐 おそ ろしさの 余 あま り 震 ふる えあがって、 死人 しにん のようになった。 この 御使 みつかい は 女 おんな たちにむかって 言 い った、「 恐 おそ れることはない。あなたがたが 十字架 じゅうじか におかかりになったイエスを 捜 さが していることは、わたしにわかっているが、 もうここにはおられない。かねて 言 い われたとおりに、よみがえられたのである。さあ、イエスが 納 おさ められていた 場所 ばしょ をごらんなさい。 そして、 急 いそ いで 行 い って、 弟子 でし たちにこう 伝 つた えなさい、『イエスは 死人 しにん の 中 なか からよみがえられた。 見 み よ、あなたがたより 先 さき にガリラヤへ 行 い かれる。そこでお 会 あ いできるであろう』。あなたがたに、これだけ 言 い っておく」。

すると、イエスは 彼 かれ らに 出会 であ って、「 平安 へいあん あれ」と 言 い われたので、 彼 かれ らは 近寄 ちかよ りイエスのみ 足 あし をいだいて 拝 はい した。 そのとき、イエスは 彼 かれ らに 言 い われた、「 恐 おそ れることはない。 行 い って 兄弟 きょうだい たちに、ガリラヤに 行 い け、そこでわたしに 会 あ えるであろう、と 告 つ げなさい」。

イエスは 彼 かれ らに 近 ちか づいてきて 言 い われた、「わたしは、 天 てん においても 地 ち においても、いっさいの 権威 けんい を 授 さづ けられた。 それゆえに、あなたがたは 行 い って、すべての 国民 こくみん を 弟子 でし として、 父 ちち と 子 こ と 聖霊 せいれい との 名 な によって、 彼 かれ らにバプテスマを 施 ほどこ し、 あなたがたに 命 めい じておいたいっさいのことを 守 まも るように 教 おし えよ。 見 み よ、わたしは 世 よ の 終 おわ りまで、いつもあなたがたと 共 とも にいるのである」。

神 かみ の 子 こ イエス・キリストの 福音 ふくいん のはじめ。

わたしは 水 みず でバプテスマを 授 さづ けたが、このかたは、 聖霊 せいれい によってバプテスマをお 授 さづ けになるであろう」。

そのころ、イエスはガリラヤのナザレから 出 で てきて、ヨルダン 川 がわ で、ヨハネからバプテスマをお 受 う けになった。 そして、 水 みず の 中 なか から 上 あ がられるとすぐ、 天 てん が 裂 さ けて、 聖霊 せいれい がはとのように 自分 じぶん に 下 くだ って 来 く るのを、ごらんになった。 すると 天 てん から 声 こえ があった、「あなたはわたしの 愛 あい する 子 こ 、わたしの 心 こころ にかなう 者 もの である」。 それからすぐに、 御霊 みたま がイエスを 荒野 あらの に 追 お いやった。 イエスは四十 日 にち のあいだ 荒野 あらの にいて、サタンの 試 こころ みにあわれた。そして 獣 けもの もそこにいたが、 御使 みつかい たちはイエスに 仕 つか えていた。

それから、 彼 かれ らはカペナウムに 行 い った。そして 安息日 あんそくにち にすぐ、イエスは 会堂 かいどう にはいって 教 おし えられた。 人々 ひとびと は、その 教 おしえ に 驚 おどろ いた。 律法 りっぽう 学者 がくしゃ たちのようにではなく、 権威 けんい ある 者 もの のように、 教 おし えられたからである。 ちょうどその 時 とき 、けがれた 霊 れい につかれた 者 もの が 会堂 かいどう にいて、 叫 さけ んで 言 い った、 「ナザレのイエスよ、あなたはわたしたちとなんの 係 かか わりがあるのです。わたしたちを 滅 ほろ ぼしにこられたのですか。あなたがどなたであるか、わかっています。 神 かみ の 聖者 せいじゃ です」。 イエスはこれをしかって、「 黙 だま れ、この 人 ひと から 出 で て 行 い け」と 言 い われた。 すると、けがれた 霊 れい は 彼 かれ をひきつけさせ、 大声 おおごえ をあげて、その 人 ひと から 出 で て 行 い った。 人々 ひとびと はみな 驚 おどろ きのあまり、 互 たがい に 論 ろん じて 言 い った、「これは、いったい 何事 なにごと か。 権威 けんい ある 新 あたら しい 教 おしえ だ。けがれた 霊 れい にさえ 命 めい じられると、 彼 かれ らは 従 したが うのだ」。 こうしてイエスのうわさは、たちまちガリラヤの 全 ぜん 地方 ちほう 、いたる 所 ところ にひろまった。

イエスは、さまざまの 病 やまい をわずらっている 多 おお くの 人々 ひとびと をいやし、また 多 おお くの 悪霊 あくれい を 追 お い 出 だ された。また、 悪霊 あくれい どもに、 物言 ものい うことをお 許 ゆる しにならなかった。 彼 かれ らがイエスを 知 し っていたからである。

しかし、 彼 かれ は 出 で て 行 い って、 自分 じぶん の 身 み に 起 おこ ったことを 盛 さか んに 語 かた り、また 言 い いひろめはじめたので、イエスはもはや 表立 おもてだ っては 町 まち に、はいることができなくなり、 外 そと の 寂 さび しい 所 ところ にとどまっておられた。しかし、 人々 ひとびと は 方々 ほうぼう から、イエスのところにぞくぞくと 集 あつ まってきた。

そして、 村 むら でも 町 まち でも 部落 ぶらく でも、イエスがはいって 行 い かれる 所 ところ では、 病人 びょうにん たちをその 広場 ひろば におき、せめてその 上着 うわぎ のふさにでも、さわらせてやっていただきたいと、お 願 ねが いした。そしてさわった 者 もの は 皆 みな いやされた。

そこでイエスは 彼 かれ らに 尋 たず ねられた、「それでは、あなたがたはわたしをだれと 言 い うか」。ペテロが 答 こた えて 言 い った、「あなたこそキリストです」。

それから、 人 ひと の 子 こ は 必 かなら ず 多 おお くの 苦 くる しみを 受 う け、 長老 ちょうろう 、 祭司長 さいしちょう 、 律法 りっぽう 学者 がくしゃ たちに 捨 す てられ、また 殺 ころ され、そして三 日 か の 後 のち によみがえるべきことを、 彼 かれ らに 教 おし えはじめ、

それは、イエスが 弟子 でし たちに 教 おし えて、「 人 ひと の 子 こ は 人々 ひとびと の 手 て にわたされ、 彼 かれ らに 殺 ころ され、 殺 ころ されてから三 日 か の 後 のち によみがえるであろう」と 言 い っておられたからである。

さて、 一同 いちどう はエルサレムへ 上 のぼ る 途上 とじょう にあったが、イエスが 先頭 せんとう に 立 た って 行 い かれたので、 彼 かれ らは 驚 おどろ き 怪 あや しみ、 従 したが う 者 もの たちは 恐 おそ れた。するとイエスはまた十二 弟子 でし を 呼 よ び 寄 よ せて、 自分 じぶん の 身 み に 起 おこ ろうとすることについて 語 かた りはじめられた、 「 見 み よ、わたしたちはエルサレムへ 上 のぼ って 行 い くが、 人 ひと の 子 こ は 祭司長 さいしちょう 、 律法 りっぽう 学者 がくしゃ たちの 手 て に 引 ひ きわたされる。そして 彼 かれ らは 死刑 しけい を 宣告 せんこく した 上 うえ 、 彼 かれ を 異邦人 いほうじん に 引 ひ きわたすであろう。 また 彼 かれ をあざけり、つばきをかけ、むち 打 う ち、ついに 殺 ころ してしまう。そして 彼 かれ は三 日 か の 後 のち によみがえるであろう」。

人 ひと の 子 こ がきたのも、 仕 つか えられるためではなく、 仕 つか えるためであり、また 多 おお くの 人 ひと のあがないとして、 自分 じぶん の 命 いのち を 与 あた えるためである」。

それから、 彼 かれ らはエルサレムにきた。イエスは 宮 みや に 入 はい り、 宮 みや の 庭 にわ で 売 う り 買 か いしていた 人々 ひとびと を 追 お い 出 だ しはじめ、 両替人 りょうがえにん の 台 だい や、はとを 売 う る 者 もの の 腰掛 こしかけ をくつがえし、 また 器 うつわ ものを 持 も って 宮 みや の 庭 にわ を 通 とお り 抜 ぬ けるのをお 許 ゆる しにならなかった。 そして、 彼 かれ らに 教 おし えて 言 い われた、「『わたしの 家 いえ は、すべての 国民 こくみん の 祈 いのり の 家 いえ ととなえらるべきである』と 書 か いてあるではないか。それだのに、あなたがたはそれを 強盗 ごうとう の 巣 す にしてしまった」。 祭司長 さいしちょう 、 律法 りっぽう 学者 がくしゃ たちはこれを 聞 き いて、どうかしてイエスを 殺 ころ そうと 計 はか った。 彼 かれ らは、 群衆 ぐんしゅう がみなその 教 おしえ に 感動 かんどう していたので、イエスを 恐 おそ れていたからである。

イエスが 宮 みや で 教 おし えておられたとき、こう 言 い われた、「 律法 りっぽう 学者 がくしゃ たちは、どうしてキリストをダビデの 子 こ だと 言 い うのか。

また、あなたがたはわたしの 名 な のゆえに、すべての 人 ひと に 憎 にく まれるであろう。しかし、 最後 さいご まで 耐 た え 忍 しの ぶ 者 もの は 救 すく われる。

そのとき、 大 おお いなる 力 ちから と 栄光 えいこう とをもって、 人 ひと の 子 こ が 雲 くも に 乗 の って 来 く るのを、 人々 ひとびと は 見 み るであろう。

天地 てんち は 滅 ほろ びるであろう。しかしわたしの 言葉 ことば は 滅 ほろ びることがない。

一同 いちどう が 食事 しょくじ をしているとき、イエスはパンを 取 と り、 祝福 しゅくふく してこれをさき、 弟子 でし たちに 与 あた えて 言 い われた、「 取 と れ、これはわたしのからだである」。 また 杯 さかずき を 取 と り、 感謝 かんしゃ して 彼 かれ らに 与 あた えられると、 一同 いちどう はその 杯 さかずき から 飲 の んだ。 イエスはまた 言 い われた、「これは、 多 おお くの 人 ひと のために 流 なが すわたしの 契約 けいやく の 血 ち である。

しかし、イエスは 黙 だま っていて、 何 なに もお 答 こた えにならなかった。 大祭司 だいさいし は 再 ふたた び 聞 き きただして 言 い った、「あなたは、ほむべき 者 もの の 子 こ 、キリストであるか」。 イエスは 言 い われた、「わたしがそれである。あなたがたは 人 ひと の 子 こ が 力 ちから ある 者 もの の 右 みぎ に 座 ざ し、 天 てん の 雲 くも に 乗 の って 来 く るのを 見 み るであろう」。

ピラトはイエスに 尋 たず ねた、「あなたがユダヤ 人 じん の 王 おう であるか」。イエスは、「そのとおりである」とお 答 こた えになった。

そしてイエスに 紫 むらさき の 衣 ころも を 着 き せ、いばらの 冠 かんむり を 編 あ んでかぶらせ、 「ユダヤ 人 じん の 王 おう 、ばんざい」と 言 い って 敬礼 けいれい をしはじめた。 また、 葦 あし の 棒 ぼう でその 頭 あたま をたたき、つばきをかけ、ひざまずいて 拝 おが んだりした。 こうして、イエスを 嘲弄 ちょうろう したあげく、 紫 むらさき の 衣 ころも をはぎとり、 元 もと の 上着 うわぎ を 着 き せた。それから、 彼 かれ らはイエスを 十字架 じゅうじか につけるために 引 ひ き 出 だ した。

イエスの 罪状 ざいじょう 書 が きには「ユダヤ 人 じん の 王 おう 」と、しるしてあった。 また、イエスと 共 とも にふたりの 強盗 ごうとう を、ひとりを 右 みぎ に、ひとりを 左 ひだり に、 十字架 じゅうじか につけた。〔 こうして「 彼 かれ は 罪人 つみびと たちのひとりに 数 かぞ えられた」と 書 か いてある 言葉 ことば が 成就 じょうじゅ したのである。〕

イスラエルの 王 おう キリスト、いま 十字架 じゅうじか からおりてみるがよい。それを 見 み たら 信 しん じよう」。また、 一緒 いっしょ に 十字架 じゅうじか につけられた 者 もの たちも、イエスをののしった。

そして三 時 じ に、イエスは 大声 おおごえ で、「エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ」と 叫 さけ ばれた。それは「わが 神 かみ 、わが 神 かみ 、どうしてわたしをお 見捨 みす てになったのですか」という 意味 いみ である。

イエスは 声 こえ 高 たか く 叫 さけ んで、ついに 息 いき をひきとられた。 そのとき、 神殿 しんでん の 幕 まく が 上 うえ から 下 した まで 真二 まっぷた つに 裂 さ けた。 イエスにむかって 立 た っていた 百卒長 ひゃくそつちょう は、このようにして 息 いき をひきとられたのを 見 み て 言 い った、「まことに、この 人 ひと は 神 かみ の 子 こ であった」。

墓 はか の 中 なか にはいると、 右手 みぎて に 真白 まっしろ な 長 なが い 衣 ころも を 着 き た 若者 わかもの がすわっているのを 見 み て、 非常 ひじょう に 驚 おどろ いた。 するとこの 若者 わかもの は 言 い った、「 驚 おどろ くことはない。あなたがたは 十字架 じゅうじか につけられたナザレ 人 びと イエスを 捜 さが しているのであろうが、イエスはよみがえって、ここにはおられない。ごらんなさい、ここがお 納 おさ めした 場所 ばしょ である。 今 いま から 弟子 でし たちとペテロとの 所 ところ へ 行 い って、こう 伝 つた えなさい。イエスはあなたがたより 先 さき にガリラヤへ 行 い かれる。かねて、あなたがたに 言 い われたとおり、そこでお 会 あ いできるであろう、と」。 女 おんな たちはおののき 恐 おそ れながら、 墓 はか から 出 で て 逃 に げ 去 さ った。そして、 人 ひと には 何 なに も 言 い わなかった。 恐 おそ ろしかったからである。〔

主 しゅ イエスは 彼 かれ らに 語 かた り 終 おわ ってから、 天 てん にあげられ、 神 かみ の 右 みぎ にすわられた。 弟子 でし たちは 出 で て 行 い って、 至 いた る 所 ところ で 福音 ふくいん を 宣 の べ 伝 つた えた。 主 しゅ も 彼 かれ らと 共 とも に 働 はたら き、 御言 みことば に 伴 ともな うしるしをもって、その 確 たし かなことをお 示 しめ しになった。〕

見 み よ、あなたはみごもって 男 おとこ の 子 こ を 産 う むでしょう。その 子 こ をイエスと 名 な づけなさい。 彼 かれ は 大 おお いなる 者 もの となり、いと 高 たか き 者 もの の 子 こ と、となえられるでしょう。そして、 主 しゅ なる 神 かみ は 彼 かれ に 父 ちち ダビデの 王座 おうざ をお 与 あた えになり、 彼 かれ はとこしえにヤコブの 家 いえ を 支配 しはい し、その 支配 しはい は 限 かぎ りなく 続 つづ くでしょう」。

そこでマリヤは 御使 みつかい に 言 い った、「どうして、そんな 事 こと があり 得 え ましょうか。わたしにはまだ 夫 おっと がありませんのに」。 御使 みつかい が 答 こた えて 言 い った、「 聖霊 せいれい があなたに 臨 のぞ み、いと 高 たか き 者 もの の 力 ちから があなたをおおうでしょう。それゆえに、 生 うま れ 出 で る 子 こ は 聖 せい なるものであり、 神 かみ の 子 こ と、となえられるでしょう。

初子 ういご を 産 う み、 布 ぬの にくるんで、 飼葉 かいば おけの 中 なか に 寝 ね かせた。 客間 きゃくま には 彼 かれ らのいる 余地 よち がなかったからである。

きょうダビデの 町 まち に、あなたがたのために 救主 すくいぬし がお 生 うま れになった。このかたこそ 主 しゅ なるキリストである。 あなたがたは、 幼 おさ な 子 ご が 布 ぬの にくるまって 飼葉 かいば おけの 中 なか に 寝 ね かしてあるのを 見 み るであろう。それが、あなたがたに 与 あた えられるしるしである」。 するとたちまち、おびただしい 天 てん の 軍勢 ぐんぜい が 現 あらわ れ、 御使 みつかい と 一緒 いっしょ になって 神 かみ をさんびして 言 い った、 「いと 高 たか きところでは、 神 かみ に 栄光 えいこう があるように、 地 ち の 上 うえ では、み 心 こころ にかなう 人々 ひとびと に 平和 へいわ があるように」。

するとシメオンは 彼 かれ らを 祝 しゅく し、そして 母 はは マリヤに 言 い った、「ごらんなさい、この 幼 おさ な 子 ご は、イスラエルの 多 おお くの 人 ひと を 倒 たお れさせたり 立 た ちあがらせたりするために、また 反対 はんたい を 受 う けるしるしとして、 定 さだ められています。―― そして、あなた 自身 じしん もつるぎで 胸 むね を 刺 さ し 貫 つらぬ かれるでしょう。――それは 多 おお くの 人 ひと の 心 こころ にある 思 おも いが、 現 あらわ れるようになるためです」。

さて、 民衆 みんしゅう がみなバプテスマを 受 う けたとき、イエスもバプテスマを 受 う けて 祈 いの っておられると、 天 てん が 開 ひら けて、 聖霊 せいれい がはとのような 姿 すがた をとってイエスの 上 うえ に 下 くだ り、そして 天 てん から 声 こえ がした、「あなたはわたしの 愛 あい する 子 こ 、わたしの 心 こころ にかなう 者 もの である」。

それからイエスは 御霊 みたま の 力 ちから に 満 み ちあふれてガリラヤへ 帰 かえ られると、そのうわさがその 地方 ちほう 全体 ぜんたい にひろまった。 イエスは 諸 しょ 会堂 かいどう で 教 おし え、みんなの 者 もの から 尊敬 そんけい をお 受 う けになった。

すると 預言者 よげんしゃ イザヤの 書 しょ が 手渡 てわた されたので、その 書 しょ を 開 ひら いて、こう 書 か いてある 所 ところ を 出 だ された、 「 主 しゅ の 御霊 みたま がわたしに 宿 やど っている。 貧 まず しい 人々 ひとびと に 福音 ふくいん を 宣 の べ 伝 つた えさせるために、わたしを 聖 せい 別 べつ してくださったからである。 主 しゅ はわたしをつかわして、 囚人 しゅうじん が 解放 かいほう され、 盲人 もうじん の 目 め が 開 ひら かれることを 告 つ げ 知 し らせ、 打 う ちひしがれている 者 もの に 自由 じゆう を 得 え させ、 主 しゅ のめぐみの 年 とし を 告 つ げ 知 し らせるのである」。 イエスは 聖書 せいしょ を 巻 ま いて 係 かか りの 者 もの に 返 かえ し、 席 せき に 着 つ かれると、 会堂 かいどう にいるみんなの 者 もの の 目 め がイエスに 注 そそ がれた。 そこでイエスは、「この 聖 せい 句 く は、あなたがたが 耳 みみ にしたこの 日 ひ に 成就 じょうじゅ した」と 説 と きはじめられた。

その 言葉 ことば に 権威 けんい があったので、 彼 かれ らはその 教 おしえ に 驚 おどろ いた。 すると、 汚 けが れた 悪霊 あくれい につかれた 人 ひと が 会堂 かいどう にいて、 大声 おおごえ で 叫 さけ び 出 だ した、 「ああ、ナザレのイエスよ、あなたはわたしたちとなんの 係 かか わりがあるのです。わたしたちを 滅 ほろ ぼしにこられたのですか。あなたがどなたであるか、わかっています。 神 かみ の 聖者 せいじゃ です」。 イエスはこれをしかって、「 黙 だま れ、この 人 ひと から 出 で て 行 い け」と 言 い われた。すると 悪霊 あくれい は 彼 かれ を 人 ひと なかに 投 な げ 倒 たお し、 傷 きず は 負 お わせずに、その 人 ひと から 出 で て 行 い った。 みんなの 者 もの は 驚 おどろ いて、 互 たがい に 語 かた り 合 あ って 言 い った、「これは、いったい、なんという 言葉 ことば だろう。 権威 けんい と 力 ちから とをもって 汚 けが れた 霊 れい に 命 めい じられると、 彼 かれ らは 出 で て 行 い くのだ」。

悪霊 あくれい も「あなたこそ 神 かみ の 子 こ です」と 叫 さけ びながら 多 おお くの 人々 ひとびと から 出 で ていった。しかし、イエスは 彼 かれ らを 戒 いまし めて、 物 もの を 言 い うことをお 許 ゆる しにならなかった。 彼 かれ らがイエスはキリストだと 知 し っていたからである。

話 はなし がすむと、シモンに「 沖 おき へこぎ 出 だ し、 網 あみ をおろして 漁 りょう をしてみなさい」と 言 い われた。 シモンは 答 こた えて 言 い った、「 先生 せんせい 、わたしたちは 夜通 よどお し 働 はたら きましたが、 何 なに も 取 と れませんでした。しかし、お 言葉 ことば ですから、 網 あみ をおろしてみましょう」。 そしてそのとおりにしたところ、おびただしい 魚 うお の 群 む れがはいって、 網 あみ が 破 やぶ れそうになった。 そこで、もう一そうの 舟 ふね にいた 仲間 なかま に、 加勢 かせい に 来 く るよう 合図 あいず をしたので、 彼 かれ らがきて 魚 うお を 両方 りょうほう の 舟 ふね いっぱいに 入 い れた。そのために、 舟 ふね が 沈 しず みそうになった。 これを 見 み てシモン・ペテロは、イエスのひざもとにひれ 伏 ふ して 言 い った、「 主 しゅ よ、わたしから 離 はな れてください。わたしは 罪深 つみふか い 者 もの です」。

イエスは 彼 かれ らの 論議 ろんぎ を 見 み ぬいて、「あなたがたは 心 こころ の 中 なか で 何 なに を 論 ろん じているのか。

人々 ひとびと があなたがたを 憎 にく むとき、また 人 ひと の 子 こ のためにあなたがたを 排斥 はいせき し、ののしり、 汚名 おめい を 着 き せるときは、あなたがたはさいわいだ。

彼 かれ らに 言 い われた、「それでは、あなたがたはわたしをだれと 言 い うか」。ペテロが 答 こた えて 言 い った、「 神 かみ のキリストです」。 イエスは 彼 かれ らを 戒 いまし め、この 事 こと をだれにも 言 い うなと 命 めい じ、そして 言 い われた、 「 人 ひと の 子 こ は 必 かなら ず 多 おお くの 苦 くる しみを 受 う け、 長老 ちょうろう 、 祭司長 さいしちょう 、 律法 りっぽう 学者 がくしゃ たちに 捨 す てられ、また 殺 ころ され、そして三 日 か 目 め によみがえる」。

すべての 事 こと は 父 ちち からわたしに 任 まか せられています。そして、 子 こ がだれであるかは、 父 ちち のほか 知 し っている 者 もの はありません。また 父 ちち がだれであるかは、 子 こ と、 父 ちち をあらわそうとして 子 こ が 選 えら んだ 者 もの とのほか、だれも 知 し っている 者 もの はいません」。

そこで、あなたがたに 言 い う。だれでも 人 ひと の 前 まえ でわたしを 受 う けいれる 者 もの を、 人 ひと の 子 こ も 神 かみ の 使 つかい たちの 前 まえ で 受 う けいれるであろう。 しかし、 人 ひと の 前 まえ でわたしを 拒 こば む 者 もの は、 神 かみ の 使 つかい たちの 前 まえ で 拒 こば まれるであろう。

イエスは十二 弟子 でし を 呼 よ び 寄 よ せて 言 い われた、「 見 み よ、わたしたちはエルサレムへ 上 のぼ って 行 い くが、 人 ひと の 子 こ について 預言者 よげんしゃ たちがしるしたことは、すべて 成就 じょうじゅ するであろう。 人 ひと の 子 こ は 異邦人 いほうじん に 引 ひ きわたされ、あざけられ、はずかしめを 受 う け、つばきをかけられ、 また、むち 打 う たれてから、ついに 殺 ころ され、そして三 日 か 目 め によみがえるであろう」。

人 ひと の 子 こ がきたのは、 失 うしな われたものを 尋 たず ね 出 だ して 救 すく うためである」。

それから 宮 みや にはいり、 商売人 しょうばいにん たちを 追 お い 出 だ しはじめて、 彼 かれ らに 言 い われた、「『わが 家 や は 祈 いのり の 家 いえ であるべきだ』と 書 か いてあるのに、あなたがたはそれを 盗賊 とうぞく の 巣 す にしてしまった」。 イエスは 毎日 まいにち 、 宮 みや で 教 おし えておられた。 祭司長 さいしちょう 、 律法 りっぽう 学者 がくしゃ また 民衆 みんしゅう の 重立 おもだ った 者 もの たちはイエスを 殺 ころ そうと 思 おも っていたが、 民衆 みんしゅう がみな 熱心 ねっしん にイエスに 耳 みみ を 傾 かたむ けていたので、 手 て のくだしようがなかった。

そこで、イエスは 彼 かれ らを 見 み つめて 言 い われた、「それでは、『 家 いえ 造 つく りらの 捨 す てた 石 いし が 隅 すみ のかしら 石 いし になった』と 書 か いてあるのは、どういうことか。 すべてその 石 いし の 上 うえ に 落 お ちる 者 もの は 打 う ち 砕 くだ かれ、それがだれかの 上 うえ に 落 お ちかかるなら、その 人 ひと はこなみじんにされるであろう」。

また、わたしの 名 な のゆえにすべての 人 ひと に 憎 にく まれるであろう。

そのとき、 大 おお いなる 力 ちから と 栄光 えいこう とをもって、 人 ひと の 子 こ が 雲 くも に 乗 の って 来 く るのを、 人々 ひとびと は 見 み るであろう。

天地 てんち は 滅 ほろ びるであろう。しかしわたしの 言葉 ことば は 決 けっ して 滅 ほろ びることがない。

またパンを 取 と り、 感謝 かんしゃ してこれをさき、 弟子 でし たちに 与 あた えて 言 い われた、「これは、あなたがたのために 与 あた えるわたしのからだである。わたしを 記念 きねん するため、このように 行 おこな いなさい」。 食事 しょくじ ののち、 杯 さかずき も 同 おな じ 様 よう にして 言 い われた、「この 杯 さかずき は、あなたがたのために 流 なが すわたしの 血 ち で 立 た てられる 新 あたら しい 契約 けいやく である。

あなたがたは、わたしの 試錬 しれん のあいだ、わたしと 一緒 いっしょ に 最後 さいご まで 忍 しの んでくれた 人 ひと たちである。 それで、わたしの 父 ちち が 国 くに の 支配 しはい をわたしにゆだねてくださったように、わたしもそれをあなたがたにゆだね、 わたしの 国 くに で 食卓 しょくたく について 飲 の み 食 く いをさせ、また 位 くらい に 座 ざ してイスラエルの十二の 部族 ぶぞく をさばかせるであろう。

イエスは 苦 くる しみもだえて、ますます 切 せつ に 祈 いの られた。そして、その 汗 あせ が 血 ち のしたたりのように 地 ち に 落 お ちた。

しかし、 人 ひと の 子 こ は 今 いま からのち、 全能 ぜんのう の 神 かみ の 右 みぎ に 座 ざ するであろう」。 彼 かれ らは 言 い った、「では、あなたは 神 かみ の 子 こ なのか」。イエスは 言 い われた、「あなたがたの 言 い うとおりである」。

ピラトはイエスに 尋 たず ねた、「あなたがユダヤ 人 じん の 王 おう であるか」。イエスは「そのとおりである」とお 答 こた えになった。

されこうべと 呼 よ ばれている 所 ところ に 着 つ くと、 人々 ひとびと はそこでイエスを 十字架 じゅうじか につけ、 犯罪 はんざい 人 にん たちも、ひとりは 右 みぎ に、ひとりは 左 ひだり に、 十字架 じゅうじか につけた。 そのとき、イエスは 言 い われた、「 父 ちち よ、 彼 かれ らをおゆるしください。 彼 かれ らは 何 なに をしているのか、わからずにいるのです」。 人々 ひとびと はイエスの 着物 きもの をくじ 引 ひ きで 分 わ け 合 あ った。

イエスの 上 うえ には、「これはユダヤ 人 じん の 王 おう 」と 書 か いた 札 ふだ がかけてあった。

そして 言 い った、「イエスよ、あなたが 御国 みくに の 権威 けんい をもっておいでになる 時 とき には、わたしを 思 おも い 出 だ してください」。 イエスは 言 い われた、「よく 言 い っておくが、あなたはきょう、わたしと 一緒 いっしょ にパラダイスにいるであろう」。

時 とき はもう 昼 ひる の十二 時 じ ごろであったが、 太陽 たいよう は 光 ひかり を 失 うしな い、 全 ぜん 地 ち は 暗 くら くなって、三 時 じ に 及 およ んだ。 そして 聖所 せいじょ の 幕 まく がまん 中 なか から 裂 さ けた。 そのとき、イエスは 声 こえ 高 たか く 叫 さけ んで 言 い われた、「 父 ちち よ、わたしの 霊 れい をみ 手 て にゆだねます」。こう 言 い ってついに 息 いき を 引 ひ きとられた。

そのため 途方 とほう にくれていると、 見 み よ、 輝 かがや いた 衣 ころも を 着 き たふたりの 者 もの が、 彼 かれ らに 現 あらわ れた。 女 おんな たちは 驚 おどろ き 恐 おそ れて、 顔 かお を 地 ち に 伏 ふ せていると、このふたりの 者 もの が 言 い った、「あなたがたは、なぜ 生 い きた 方 ほう を 死人 しにん の 中 なか にたずねているのか。 そのかたは、ここにはおられない。よみがえられたのだ。まだガリラヤにおられたとき、あなたがたにお 話 はな しになったことを 思 おも い 出 だ しなさい。

こう 言 い って、モーセやすべての 預言者 よげんしゃ からはじめて、 聖書 せいしょ 全体 ぜんたい にわたり、ご 自身 じしん についてしるしてある 事 こと どもを、 説 と きあかされた。

それから 彼 かれ らに 対 たい して 言 い われた、「わたしが 以前 いぜん あなたがたと 一緒 いっしょ にいた 時分 じぶん に 話 はな して 聞 き かせた 言葉 ことば は、こうであった。すなわち、モーセの 律法 りっぽう と 預言 よげん 書 しょ と 詩篇 しへん とに、わたしについて 書 か いてあることは、 必 かなら ずことごとく 成就 じょうじゅ する」。 そこでイエスは、 聖書 せいしょ を 悟 さと らせるために 彼 かれ らの 心 こころ を 開 ひら いて 言 い われた、「こう、しるしてある。キリストは 苦 くる しみを 受 う けて、三 日 か 目 め に 死人 しにん の 中 なか からよみがえる。 そして、その 名 な によって 罪 つみ のゆるしを 得 え させる 悔改 くいあらた めが、エルサレムからはじまって、もろもろの 国民 こくみん に 宣 の べ 伝 つた えられる。

祝福 しゅくふく しておられるうちに、 彼 かれ らを 離 はな れて、〔 天 てん にあげられた。〕 彼 かれ らは〔イエスを 拝 はい し、〕 非常 ひじょう な 喜 よろこ びをもってエルサレムに 帰 かえ り、

初 はじ めに 言 ことば があった。 言 ことば は 神 かみ と 共 とも にあった。 言 ことば は 神 かみ であった。 この 言 ことば は 初 はじ めに 神 かみ と 共 とも にあった。 すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。

彼 かれ は 世 よ にいた。そして、 世 よ は 彼 かれ によってできたのであるが、 世 よ は 彼 かれ を 知 し らずにいた。 彼 かれ は 自分 じぶん のところにきたのに、 自分 じぶん の 民 たみ は 彼 かれ を 受 う けいれなかった。 しかし、 彼 かれ を 受 う けいれた 者 もの 、すなわち、その 名 な を 信 しん じた 人々 ひとびと には、 彼 かれ は 神 かみ の 子 こ となる 力 ちから を 与 あた えたのである。 それらの 人 ひと は、 血 ち すじによらず、 肉 にく の 欲 よく によらず、また、 人 ひと の 欲 よく にもよらず、ただ 神 かみ によって 生 うま れたのである。 そして 言 ことば は 肉体 にくたい となり、わたしたちのうちに 宿 やど った。わたしたちはその 栄光 えいこう を 見 み た。それは 父 ちち のひとり 子 こ としての 栄光 えいこう であって、めぐみとまこととに 満 み ちていた。

律法 りっぽう はモーセをとおして 与 あた えられ、めぐみとまこととは、イエス・キリストをとおしてきたのである。

その 翌日 よくじつ 、ヨハネはイエスが 自分 じぶん の 方 ほう にこられるのを 見 み て 言 い った、「 見 み よ、 世 よ の 罪 つみ を 取 と り 除 のぞ く 神 かみ の 小羊 こひつじ。

イエスが 歩 ある いておられるのに 目 め をとめて 言 い った、「 見 み よ、 神 かみ の 小羊 こひつじ 」。

彼 かれ はまず 自分 じぶん の 兄弟 きょうだい シモンに 出会 であ って 言 い った、「わたしたちはメシヤ( 訳 やく せば、キリスト)にいま 出会 であ った」。

ナタナエルは 答 こた えた、「 先生 せんせい 、あなたは 神 かみ の 子 こ です。あなたはイスラエルの 王 おう です」。

そこには、ユダヤ 人 じん のきよめのならわしに 従 したが って、それぞれ四、五 斗 と もはいる 石 いし の 水 みず がめが、六つ 置 お いてあった。 イエスは 彼 かれ らに「かめに 水 みず をいっぱい 入 い れなさい」と 言 い われたので、 彼 かれ らは 口 くち のところまでいっぱいに 入 い れた。 そこで 彼 かれ らに 言 い われた、「さあ、くんで、 料理 りょうり がしらのところに 持 も って 行 い きなさい」。すると、 彼 かれ らは 持 も って 行 い った。 料理 りょうり がしらは、ぶどう 酒 しゅ になった 水 みず をなめてみたが、それがどこからきたのか 知 し らなかったので、( 水 みず をくんだ 僕 しもべ たちは 知 し っていた) 花婿 はなむこ を 呼 よ んで 言 い った、「どんな 人 ひと でも、 初 はじ めによいぶどう 酒 しゅ を 出 だ して、 酔 よ いがまわったころにわるいのを 出 だ すものだ。それだのに、あなたはよいぶどう 酒 しゅ を 今 いま までとっておかれました」。

なわでむちを 造 つく り、 羊 ひつじ も 牛 うし もみな 宮 みや から 追 お いだし、 両替人 りょうがえにん の 金 かね を 散 ち らし、その 台 だい をひっくりかえし、 はとを 売 う る 人々 ひとびと には「これらのものを 持 も って、ここから 出 で て 行 い け。わたしの 父 ちち の 家 いえ を 商売 しょうばい の 家 いえ とするな」と 言 い われた。 弟子 でし たちは、「あなたの 家 いえ を 思 おも う 熱心 ねっしん が、わたしを 食 く いつくすであろう」と 書 か いてあることを 思 おも い 出 だ した。 そこで、ユダヤ 人 じん はイエスに 言 い った、「こんなことをするからには、どんなしるしをわたしたちに 見 み せてくれますか」。 イエスは 彼 かれ らに 答 こた えて 言 い われた、「この 神殿 しんでん をこわしたら、わたしは三 日 か のうちに、それを 起 おこ すであろう」。

わたしが 地上 ちじょう のことを 語 かた っているのに、あなたがたが 信 しん じないならば、 天上 てんじょう のことを 語 かた った 場合 ばあい 、どうしてそれを 信 しん じるだろうか。 天 てん から 下 くだ ってきた 者 もの 、すなわち 人 ひと の 子 こ のほかには、だれも 天 てん に 上 のぼ った 者 もの はない。 そして、ちょうどモーセが 荒野 あらの でへびを 上 あ げたように、 人 ひと の 子 こ もまた 上 あ げられなければならない。 それは 彼 かれ を 信 しん じる 者 もの が、すべて 永遠 えいえん の 命 いのち を 得 え るためである」。 神 かみ はそのひとり 子 こ を 賜 たま わったほどに、この 世 よ を 愛 あい して 下 くだ さった。それは 御子 みこ を 信 しん じる 者 もの がひとりも 滅 ほろ びないで、 永遠 えいえん の 命 いのち を 得 え るためである。 神 かみ が 御子 みこ を 世 よ につかわされたのは、 世 よ をさばくためではなく、 御子 みこ によって、この 世 よ が 救 すく われるためである。 彼 かれ を 信 しん じる 者 もの は、さばかれない。 信 しん じない 者 もの は、すでにさばかれている。 神 かみ のひとり 子 こ の 名 な を 信 しん じることをしないからである。

上 うえ から 来 く る 者 もの は、すべてのものの 上 うえ にある。 地 ち から 出 で る 者 もの は、 地 ち に 属 ぞく する 者 もの であって、 地 ち のことを 語 かた る。 天 てん から 来 く る 者 もの は、すべてのものの 上 うえ にある。

父 ちち は 御子 みこ を 愛 あい して、 万物 ばんぶつ をその 手 て にお 与 あた えになった。 御子 みこ を 信 しん じる 者 もの は 永遠 えいえん の 命 いのち をもつ。 御子 みこ に 従 したが わない 者 もの は、 命 いのち にあずかることがないばかりか、 神 かみ の 怒 いか りがその 上 うえ にとどまるのである」。

イエスは 女 おんな に 答 こた えて 言 い われた、「この 水 みず を 飲 の む 者 もの はだれでも、またかわくであろう。 しかし、わたしが 与 あた える 水 みず を 飲 の む 者 もの は、いつまでも、かわくことがないばかりか、わたしが 与 あた える 水 みず は、その 人 ひと のうちで 泉 いずみ となり、 永遠 えいえん の 命 いのち に 至 いた る 水 みず が、わきあがるであろう」。

女 おんな はイエスに 言 い った、「わたしは、キリストと 呼 よ ばれるメシヤがこられることを 知 し っています。そのかたがこられたならば、わたしたちに、いっさいのことを 知 し らせて 下 くだ さるでしょう」。 イエスは 女 おんな に 言 い われた、「あなたと 話 はなし をしているこのわたしが、それである」。

このためにユダヤ 人 じん たちは、ますますイエスを 殺 ころ そうと 計 はか るようになった。それは、イエスが 安息日 あんそくにち を 破 やぶ られたばかりではなく、 神 かみ を 自分 じぶん の 父 ちち と 呼 よ んで、 自分 じぶん を 神 かみ と 等 ひと しいものとされたからである。 さて、イエスは 彼 かれ らに 答 こた えて 言 い われた、「よくよくあなたがたに 言 い っておく。 子 こ は 父 ちち のなさることを 見 み てする 以外 いがい に、 自分 じぶん からは 何事 なにごと もすることができない。 父 ちち のなさることであればすべて、 子 こ もそのとおりにするのである。 なぜなら、 父 ちち は 子 こ を 愛 あい して、みずからなさることは、すべて 子 こ にお 示 しめ しになるからである。そして、それよりもなお 大 おお きなわざを、お 示 しめ しになるであろう。あなたがたが、それによって 不思議 ふしぎ に 思 おも うためである。 すなわち、 父 ちち が 死人 しにん を 起 おこ して 命 いのち をお 与 あた えになるように、 子 こ もまた、そのこころにかなう 人々 ひとびと に 命 いのち を 与 あた えるであろう。 父 ちち はだれをもさばかない。さばきのことはすべて、 子 こ にゆだねられたからである。 それは、すべての 人 ひと が 父 ちち を 敬 うやま うと 同様 どうよう に、 子 こ を 敬 うやま うためである。 子 こ を 敬 うやま わない 者 もの は、 子 こ をつかわされた 父 ちち をも 敬 うやま わない。 よくよくあなたがたに 言 い っておく。わたしの 言葉 ことば を 聞 き いて、わたしをつかわされたかたを 信 しん じる 者 もの は、 永遠 えいえん の 命 いのち を 受 う け、またさばかれることがなく、 死 し から 命 いのち に 移 うつ っているのである。

よくよくあなたがたに 言 い っておく。 死 し んだ 人 ひと たちが、 神 かみ の 子 こ の 声 こえ を 聞 き く 時 とき が 来 く る。 今 いま すでにきている。そして 聞 き く 人 ひと は 生 い きるであろう。 それは、 父 ちち がご 自分 じぶん のうちに 生命 せいめい をお 持 も ちになっていると 同様 どうよう に、 子 こ にもまた、 自分 じぶん のうちに 生命 せいめい を 持 も つことをお 許 ゆる しになったからである。 そして 子 こ は 人 ひと の 子 こ であるから、 子 こ にさばきを 行 おこな う 権威 けんい をお 与 あた えになった。 このことを 驚 おどろ くには 及 およ ばない。 墓 はか の 中 なか にいる 者 もの たちがみな 神 かみ の 子 こ の 声 こえ を 聞 き き、 善 ぜん をおこなった 人々 ひとびと は、 生命 せいめい を 受 う けるためによみがえり、 悪 あく をおこなった 人々 ひとびと は、さばきを 受 う けるためによみがえって、それぞれ 出 で てくる 時 とき が 来 く るであろう。

イエスは 彼 かれ らに 言 い われた、「わたしが 命 いのち のパンである。わたしに 来 く る 者 もの は 決 けっ して 飢 う えることがなく、わたしを 信 しん じる 者 もの は 決 けっ してかわくことがない。

わたしが 天 てん から 下 くだ ってきたのは、 自分 じぶん のこころのままを 行 おこな うためではなく、わたしをつかわされたかたのみこころを 行 おこな うためである。

わたしは 天 てん から 下 くだ ってきた 生 い きたパンである。それを 食 た べる 者 もの は、いつまでも 生 い きるであろう。わたしが 与 あた えるパンは、 世 よ の 命 いのち のために 与 あた えるわたしの 肉 にく である」。

イエスは 彼 かれ らに 言 い われた、「よくよく 言 い っておく。 人 ひと の 子 こ の 肉 にく を 食 た べず、また、その 血 ち を 飲 の まなければ、あなたがたの 内 うち に 命 いのち はない。 わたしの 肉 にく を 食 た べ、わたしの 血 ち を 飲 の む 者 もの には、 永遠 えいえん の 命 いのち があり、わたしはその 人 ひと を 終 おわ りの 日 ひ によみがえらせるであろう。 わたしの 肉 にく はまことの 食物 しょくもつ 、わたしの 血 ち はまことの 飲 の み 物 もの である。 わたしの 肉 にく を 食 た べ、わたしの 血 ち を 飲 の む 者 もの はわたしにおり、わたしもまたその 人 ひと におる。

弟子 でし たちのうちの 多 おお くの 者 もの は、これを 聞 き いて 言 い った、「これは、ひどい 言葉 ことば だ。だれがそんなことを 聞 き いておられようか」。 しかしイエスは、 弟子 でし たちがそのことでつぶやいているのを 見破 みやぶ って、 彼 かれ らに 言 い われた、「このことがあなたがたのつまずきになるのか。 それでは、もし 人 ひと の 子 こ が 前 まえ にいた 所 ところ に 上 のぼ るのを 見 み たら、どうなるのか。 人 ひと を 生 い かすものは 霊 れい であって、 肉 にく はなんの 役 やく にも 立 た たない。わたしがあなたがたに 話 はな した 言葉 ことば は 霊 れい であり、また 命 いのち である。

そしてイエスは 言 い われた、「それだから、 父 ちち が 与 あた えて 下 くだ さった 者 もの でなければ、わたしに 来 く ることはできないと、 言 い ったのである」。

それ 以来 いらい 、 多 おお くの 弟子 でし たちは 去 さ っていって、もはやイエスと 行動 こうどう を 共 とも にしなかった。 そこでイエスは十二 弟子 でし に 言 い われた、「あなたがたも 去 さ ろうとするのか」。 シモン・ペテロが 答 こた えた、「 主 しゅ よ、わたしたちは、だれのところに 行 い きましょう。 永遠 えいえん の 命 いのち の 言 ことば をもっているのはあなたです。

そこでイエスは 彼 かれ らに 答 こた えて 言 い われた、「わたしの 教 おしえ はわたし 自身 じしん の 教 おしえ ではなく、わたしをつかわされたかたの 教 おしえ である。 神 かみ のみこころを 行 おこな おうと 思 おも う 者 もの であれば、だれでも、わたしの 語 かた っているこの 教 おしえ が 神 かみ からのものか、それとも、わたし 自身 じしん から 出 で たものか、わかるであろう。 自分 じぶん から 出 で たことを 語 かた る 者 もの は、 自分 じぶん の 栄光 えいこう を 求 もと めるが、 自分 じぶん をつかわされたかたの 栄光 えいこう を 求 もと める 者 もの は 真実 しんじつ であって、その 人 ひと の 内 うち には 偽 いつわ りがない。

イエスは、また 人々 ひとびと に 語 かた ってこう 言 い われた、「わたしは 世 よ の 光 ひかり である。わたしに 従 したが って 来 く る 者 もの は、やみのうちを 歩 ある くことがなく、 命 いのち の 光 ひかり をもつであろう」。

しかし、もしわたしがさばくとすれば、わたしのさばきは 正 ただ しい。なぜなら、わたしはひとりではなく、わたしをつかわされたかたが、わたしと 一緒 いっしょ だからである。

わたし 自身 じしん のことをあかしするのは、わたしであるし、わたしをつかわされた 父 ちち も、わたしのことをあかしして 下 くだ さるのである」。

イエスは 彼 かれ らに 言 い われた、「あなたがたは 下 した から 出 で た 者 もの だが、わたしは 上 うえ からきた 者 もの である。あなたがたはこの 世 よ の 者 もの であるが、わたしはこの 世 よ の 者 もの ではない。 だからわたしは、あなたがたは 自分 じぶん の 罪 つみ のうちに 死 し ぬであろうと、 言 い ったのである。もしわたしがそういう 者 もの であることをあなたがたが 信 しん じなければ、 罪 つみ のうちに 死 し ぬことになるからである」。

そこでイエスは 言 い われた、「あなたがたが 人 ひと の 子 こ を 上 あ げてしまった 後 のち はじめて、わたしがそういう 者 もの であること、また、わたしは 自分 じぶん からは 何 なに もせず、ただ 父 ちち が 教 おし えて 下 くだ さったままを 話 はな していたことが、わかってくるであろう。 わたしをつかわされたかたは、わたしと 一緒 いっしょ におられる。わたしは、いつも 神 かみ のみこころにかなうことをしているから、わたしをひとり 置 お きざりになさることはない」。

イエスは 彼 かれ らに 言 い われた、「よくよくあなたがたに 言 い っておく。アブラハムの 生 うま れる 前 まえ からわたしは、いるのである」。

イエスは、その 人 ひと が 外 そと へ 追 お い 出 だ されたことを 聞 き かれた。そして 彼 かれ に 会 あ って 言 い われた、「あなたは 人 ひと の 子 こ を 信 しん じるか」。 彼 かれ は 答 こた えて 言 い った、「 主 しゅ よ、それはどなたですか。そのかたを 信 しん じたいのですが」。 イエスは 彼 かれ に 言 い われた、「あなたは、もうその 人 ひと に 会 あ っている。 今 いま あなたと 話 はな しているのが、その 人 ひと である」。 すると 彼 かれ は、「 主 しゅ よ、 信 しん じます」と 言 い って、イエスを 拝 はい した。

そこで、イエスはまた 言 い われた、「よくよくあなたがたに 言 い っておく。わたしは 羊 ひつじ の 門 もん である。

わたしはよい 羊飼 ひつじかい である。よい 羊飼 ひつじかい は、 羊 ひつじ のために 命 いのち を 捨 す てる。

わたしはよい 羊飼 ひつじかい であって、わたしの 羊 ひつじ を 知 し り、わたしの 羊 ひつじ はまた、わたしを 知 し っている。 それはちょうど、 父 ちち がわたしを 知 し っておられ、わたしが 父 ちち を 知 し っているのと 同 おな じである。そして、わたしは 羊 ひつじ のために 命 いのち を 捨 す てるのである。 わたしにはまた、この 囲 かこ いにいない 他 た の 羊 ひつじ がある。わたしは 彼 かれ らをも 導 みちび かねばならない。 彼 かれ らも、わたしの 声 こえ に 聞 き き 従 したが うであろう。そして、ついに一つの 群 む れ、ひとりの 羊飼 ひつじかい となるであろう。 父 ちち は、わたしが 自分 じぶん の 命 いのち を 捨 す てるから、わたしを 愛 あい して 下 くだ さるのである。 命 いのち を 捨 す てるのは、それを 再 ふたた び 得 え るためである。 だれかが、わたしからそれを 取 と り 去 さ るのではない。わたしが、 自分 じぶん からそれを 捨 す てるのである。わたしには、それを 捨 す てる 力 ちから があり、またそれを 受 う ける 力 ちから もある。これはわたしの 父 ちち から 授 さず かった 定 さだ めである」。

イエスは 彼 かれ らに 答 こた えられた、「わたしは 話 はな したのだが、あなたがたは 信 しん じようとしない。わたしの 父 ちち の 名 な によってしているすべてのわざが、わたしのことをあかししている。 あなたがたが 信 しん じないのは、わたしの 羊 ひつじ でないからである。 わたしの 羊 ひつじ はわたしの 声 こえ に 聞 き き 従 したが う。わたしは 彼 かれ らを 知 し っており、 彼 かれ らはわたしについて 来 く る。 わたしは、 彼 かれ らに 永遠 えいえん の 命 いのち を 与 あた える。だから、 彼 かれ らはいつまでも 滅 ほろ びることがなく、また、 彼 かれ らをわたしの 手 て から 奪 うば い 去 さ る 者 もの はない。 わたしの 父 ちち がわたしに 下 くだ さったものは、すべてにまさるものである。そしてだれも 父 ちち のみ 手 て から、それを 奪 うば い 取 と ることはできない。 わたしと 父 ちち とは一つである」。

わたしと 父 ちち とは一つである」。 そこでユダヤ 人 じん たちは、イエスを 打 う ち 殺 ころ そうとして、また 石 いし を 取 と りあげた。 するとイエスは 彼 かれ らに 答 こた えられた、「わたしは、 父 ちち による 多 おお くのよいわざを、あなたがたに 示 しめ した。その 中 なか のどのわざのために、わたしを 石 いし で 打 う ち 殺 ころ そうとするのか」。 ユダヤ 人 じん たちは 答 こた えた、「あなたを 石 いし で 殺 ころ そうとするのは、よいわざをしたからではなく、 神 かみ を 汚 けが したからである。また、あなたは 人間 にんげん であるのに、 自分 じぶん を 神 かみ としているからである」。

しかし、もし 行 おこな っているなら、たといわたしを 信 しん じなくても、わたしのわざを 信 しん じるがよい。そうすれば、 父 ちち がわたしにおり、また、わたしが 父 ちち におることを 知 し って 悟 さと るであろう」。

イエスは 彼女 かのじょ に 言 い われた、「わたしはよみがえりであり、 命 いのち である。わたしを 信 しん じる 者 もの は、たとい 死 し んでも 生 い きる。 また、 生 い きていて、わたしを 信 しん じる 者 もの は、いつまでも 死 し なない。あなたはこれを 信 しん じるか」。 マルタはイエスに 言 い った、「 主 しゅ よ、 信 しん じます。あなたがこの 世 よ にきたるべきキリスト、 神 かみ の 御子 みこ であると 信 しん じております」。

イエスは 涙 なみだ を 流 なが された。

こう 言 い いながら、 大声 おおごえ で「ラザロよ、 出 で てきなさい」と 呼 よ ばわれた。 すると、 死人 しにん は 手足 てあし を 布 ぬの でまかれ、 顔 かお も 顔 かお おおいで 包 つつ まれたまま、 出 で てきた。イエスは 人々 ひとびと に 言 い われた、「 彼 かれ をほどいてやって、 帰 かえ らせなさい」。

その 翌日 よくじつ 、 祭 まつり にきていた 大 おお ぜいの 群衆 ぐんしゅう は、イエスがエルサレムにこられると 聞 き いて、 しゅろの 枝 えだ を 手 て にとり、 迎 むか えに 出 で て 行 い った。そして 叫 さけ んだ、「ホサナ、 主 しゅ の 御名 みな によってきたる 者 もの に 祝福 しゅくふく あれ、イスラエルの 王 おう に」。

すると、イエスは 答 こた えて 言 い われた、「 人 ひと の 子 こ が 栄光 えいこう を 受 う ける 時 とき がきた。

父 ちち よ、み 名 な があがめられますように」。すると 天 てん から 声 こえ があった、「わたしはすでに 栄光 えいこう をあらわした。そして、 更 さら にそれをあらわすであろう」。

そして、わたしがこの 地 ち から 上 あ げられる 時 とき には、すべての 人 ひと をわたしのところに 引 ひ きよせるであろう」。 イエスはこう 言 い って、 自分 じぶん がどんな 死 し に 方 ほう で 死 し のうとしていたかを、お 示 しめ しになったのである。

イザヤがこう 言 い ったのは、イエスの 栄光 えいこう を 見 み たからであって、イエスのことを 語 かた ったのである。

わたしを 捨 す てて、わたしの 言葉 ことば を 受 う けいれない 人 ひと には、その 人 ひと をさばくものがある。わたしの 語 かた ったその 言葉 ことば が、 終 おわ りの 日 ひ にその 人 ひと をさばくであろう。 わたしは 自分 じぶん から 語 かた ったのではなく、わたしをつかわされた 父 ちち ご 自身 じしん が、わたしの 言 い うべきこと、 語 かた るべきことをお 命 めい じになったのである。

過越 すぎこし の 祭 まつり の 前 まえ に、イエスは、この 世 よ を 去 さ って 父 ちち のみもとに 行 い くべき 自分 じぶん の 時 とき がきたことを 知 し り、 世 よ にいる 自分 じぶん の 者 もの たちを 愛 あい して、 彼 かれ らを 最後 さいご まで 愛 あい し 通 とお された。

さて、 彼 かれ が 出 で て 行 い くと、イエスは 言 い われた、「 今 いま や 人 ひと の 子 こ は 栄光 えいこう を 受 う けた。 神 かみ もまた 彼 かれ によって 栄光 えいこう をお 受 う けになった。 彼 かれ によって 栄光 えいこう をお 受 う けになったのなら、 神 かみ ご 自身 じしん も 彼 かれ に 栄光 えいこう をお 授 さづ けになるであろう。すぐにもお 授 さづ けになるであろう。

イエスは 彼 かれ に 言 い われた、「わたしは 道 みち であり、 真理 しんり であり、 命 いのち である。だれでもわたしによらないでは、 父 ちち のみもとに 行 い くことはできない。 もしあなたがたがわたしを 知 し っていたならば、わたしの 父 ちち をも 知 し ったであろう。しかし、 今 いま は 父 ちち を 知 し っており、またすでに 父 ちち を 見 み たのである」。

わたしが 父 ちち におり、 父 ちち がわたしにおられることをあなたは 信 しん じないのか。わたしがあなたがたに 話 はな している 言葉 ことば は、 自分 じぶん から 話 はな しているのではない。 父 ちち がわたしのうちにおられて、みわざをなさっているのである。 わたしが 父 ちち におり、 父 ちち がわたしにおられることを 信 しん じなさい。もしそれが 信 しん じられないならば、わざそのものによって 信 しん じなさい。

よくよくあなたがたに 言 い っておく。わたしを 信 しん じる 者 もの は、またわたしのしているわざをするであろう。そればかりか、もっと 大 おお きいわざをするであろう。わたしが 父 ちち のみもとに 行 い くからである。 わたしの 名 な によって 願 ねが うことは、なんでもかなえてあげよう。 父 ちち が 子 こ によって 栄光 えいこう をお 受 う けになるためである。 何事 なにごと でもわたしの 名 な によって 願 ねが うならば、わたしはそれをかなえてあげよう。 もしあなたがたがわたしを 愛 あい するならば、わたしのいましめを 守 まも るべきである。

その 日 ひ には、わたしはわたしの 父 ちち におり、あなたがたはわたしにおり、また、わたしがあなたがたにおることが、わかるであろう。

わたしを 愛 あい さない 者 もの はわたしの 言葉 ことば を 守 まも らない。あなたがたが 聞 き いている 言葉 ことば は、わたしの 言葉 ことば ではなく、わたしをつかわされた 父 ちち の 言葉 ことば である。

『わたしは 去 さ って 行 い くが、またあなたがたのところに 帰 かえ って 来 く る』と、わたしが 言 い ったのを、あなたがたは 聞 き いている。もしわたしを 愛 あい しているなら、わたしが 父 ちち のもとに 行 い くのを 喜 よろこ んでくれるであろう。 父 ちち がわたしより 大 おお きいかたであるからである。

わたしはまことのぶどうの 木 き 、わたしの 父 ちち は 農夫 のうふ である。

わたしはぶどうの 木 き 、あなたがたはその 枝 えだ である。もし 人 ひと がわたしにつながっており、またわたしがその 人 ひと とつながっておれば、その 人 ひと は 実 み を 豊 ゆた かに 結 むす ぶようになる。わたしから 離 はな れては、あなたがたは 何一 なにひと つできないからである。 人 ひと がわたしにつながっていないならば、 枝 えだ のように 外 そと に 投 な げすてられて 枯 か れる。 人々 ひとびと はそれをかき 集 あつ め、 火 ひ に 投 な げ 入 い れて、 焼 や いてしまうのである。 あなたがたがわたしにつながっており、わたしの 言葉 ことば があなたがたにとどまっているならば、なんでも 望 のぞ むものを 求 もと めるがよい。そうすれば、 与 あた えられるであろう。

父 ちち がわたしを 愛 あい されたように、わたしもあなたがたを 愛 あい したのである。わたしの 愛 あい のうちにいなさい。 もしわたしのいましめを 守 まも るならば、あなたがたはわたしの 愛 あい のうちにおるのである。それはわたしがわたしの 父 ちち のいましめを 守 まも ったので、その 愛 あい のうちにおるのと 同 おな じである。 わたしがこれらのことを 話 はな したのは、わたしの 喜 よろこ びがあなたがたのうちにも 宿 やど るため、また、あなたがたの 喜 よろこ びが 満 み ちあふれるためである。

わたしのいましめは、これである。わたしがあなたがたを 愛 あい したように、あなたがたも 互 たがい に 愛 あい し 合 あ いなさい。 人 ひと がその 友 とも のために 自分 じぶん の 命 いのち を 捨 す てること、これよりも 大 おお きな 愛 あい はない。

もしこの 世 よ があなたがたを 憎 にく むならば、あなたがたよりも 先 さき にわたしを 憎 にく んだことを、 知 し っておくがよい。

わたしを 憎 にく む 者 もの は、わたしの 父 ちち をも 憎 にく む。

御霊 みたま はわたしに 栄光 えいこう を 得 え させるであろう。わたしのものを 受 う けて、それをあなたがたに 知 し らせるからである。 父 ちち がお 持 も ちになっているものはみな、わたしのものである。 御霊 みたま はわたしのものを 受 う けて、それをあなたがたに 知 し らせるのだと、わたしが 言 い ったのは、そのためである。

あなたはすべてのことをご 存 ぞん じであり、だれもあなたにお 尋 たず ねする 必要 ひつよう のないことが、 今 いま わかりました。このことによって、わたしたちはあなたが 神 かみ からこられたかたであると 信 しん じます」。

見 み よ、あなたがたは 散 ち らされて、それぞれ 自分 じぶん の 家 いえ に 帰 かえ り、わたしをひとりだけ 残 のこ す 時 とき が 来 く るであろう。いや、すでにきている。しかし、わたしはひとりでいるのではない。 父 ちち がわたしと 一緒 いっしょ におられるのである。 これらのことをあなたがたに 話 はな したのは、わたしにあって 平安 へいあん を 得 え るためである。あなたがたは、この 世 よ ではなやみがある。しかし、 勇気 ゆうき を 出 だ しなさい。わたしはすでに 世 よ に 勝 か っている」。

これらのことを 語 かた り 終 お えると、イエスは 天 てん を 見 み あげて 言 い われた、「 父 ちち よ、 時 とき がきました。あなたの 子 こ があなたの 栄光 えいこう をあらわすように、 子 こ の 栄光 えいこう をあらわして 下 くだ さい。 あなたは、 子 こ に 賜 たま わったすべての 者 もの に、 永遠 えいえん の 命 いのち を 授 さづ けさせるため、 万民 ばんみん を 支配 しはい する 権威 けんい を 子 こ にお 与 あた えになったのですから。 永遠 えいえん の 命 いのち とは、 唯一 ゆいいつ の、まことの 神 かみ でいますあなたと、また、あなたがつかわされたイエス・キリストとを 知 し ることであります。 わたしは、わたしにさせるためにお 授 さづ けになったわざをなし 遂 と げて、 地上 ちじょう であなたの 栄光 えいこう をあらわしました。 父 ちち よ、 世 よ が 造 つく られる 前 まえ に、わたしがみそばで 持 も っていた 栄光 えいこう で、 今 いま み 前 まえ にわたしを 輝 かがや かせて 下 くだ さい。

わたしは 彼 かれ らのためにお 願 ねが いします。わたしがお 願 ねが いするのは、この 世 よ のためにではなく、あなたがわたしに 賜 たま わった 者 もの たちのためです。 彼 かれ らはあなたのものなのです。 わたしのものは 皆 みな あなたのもの、あなたのものはわたしのものです。そして、わたしは 彼 かれ らによって 栄光 えいこう を 受 う けました。

今 いま わたしはみもとに 参 まい ります。そして 世 よ にいる 間 あいだ にこれらのことを 語 かた るのは、わたしの 喜 よろこ びが 彼 かれ らのうちに 満 み ちあふれるためであります。 わたしは 彼 かれ らに 御言 みことば を 与 あた えましたが、 世 よ は 彼 かれ らを 憎 にく みました。わたしが 世 よ のものでないように、 彼 かれ らも 世 よ のものではないからです。

父 ちち よ、それは、あなたがわたしのうちにおられ、わたしがあなたのうちにいるように、みんなの 者 もの が一つとなるためであります。すなわち、 彼 かれ らをもわたしたちのうちにおらせるためであり、それによって、あなたがわたしをおつかわしになったことを、 世 よ が 信 しん じるようになるためであります。 わたしは、あなたからいただいた 栄光 えいこう を 彼 かれ らにも 与 あた えました。それは、わたしたちが一つであるように、 彼 かれ らも一つになるためであります。 わたしが 彼 かれ らにおり、あなたがわたしにいますのは、 彼 かれ らが 完全 かんぜん に一つとなるためであり、また、あなたがわたしをつかわし、わたしを 愛 あい されたように、 彼 かれ らをお 愛 あい しになったことを、 世 よ が 知 し るためであります。 父 ちち よ、あなたがわたしに 賜 たま わった 人々 ひとびと が、わたしのいる 所 ところ に 一緒 いっしょ にいるようにして 下 くだ さい。 天地 てんち が 造 つく られる 前 まえ からわたしを 愛 あい して 下 くだ さって、わたしに 賜 たま わった 栄光 えいこう を、 彼 かれ らに 見 み させて 下 くだ さい。

彼 かれ らは「ナザレのイエスを」と 答 こた えた。イエスは 彼 かれ らに 言 い われた、「わたしが、それである」。イエスを 裏切 うらぎ ったユダも、 彼 かれ らと 一緒 いっしょ に 立 た っていた。 イエスが 彼 かれ らに「わたしが、それである」と 言 い われたとき、 彼 かれ らはうしろに 引 ひ きさがって 地 ち に 倒 たお れた。

イエスは 答 こた えられた、「わたしの 国 くに はこの 世 よ のものではない。もしわたしの 国 くに がこの 世 よ のものであれば、わたしに 従 したが っている 者 もの たちは、わたしをユダヤ 人 じん に 渡 わた さないように 戦 たたか ったであろう。しかし 事実 じじつ 、わたしの 国 くに はこの 世 よ のものではない」。 そこでピラトはイエスに 言 い った、「それでは、あなたは 王 おう なのだな」。イエスは 答 こた えられた、「あなたの 言 い うとおり、わたしは 王 おう である。わたしは 真理 しんり についてあかしをするために 生 うま れ、また、そのためにこの 世 よ にきたのである。だれでも 真理 しんり につく 者 もの は、わたしの 声 こえ に 耳 みみ を 傾 かたむ ける」。

兵卒 へいそつ たちは、いばらで 冠 かんむり をあんで、イエスの 頭 あたま にかぶらせ、 紫 むらさき の 上着 うわぎ を 着 き せ、 それから、その 前 まえ に 進 すす み 出 で て、「ユダヤ 人 じん の 王 おう 、ばんざい」と 言 い った。そして 平手 ひらて でイエスを 打 う ちつづけた。

ユダヤ 人 じん たちは 彼 かれ に 答 こた えた、「わたしたちには 律法 りっぽう があります。その 律法 りっぽう によれば、 彼 かれ は 自分 じぶん を 神 かみ の 子 こ としたのだから、 死罪 しざい に 当 あた る 者 もの です」。

その 日 ひ は 過越 すぎこし の 準備 じゅんび の 日 ひ であって、 時 とき は 昼 ひる の十二 時 じ ころであった。ピラトはユダヤ 人 じん らに 言 い った、「 見 み よ、これがあなたがたの 王 おう だ」。 すると 彼 かれ らは 叫 さけ んだ、「 殺 ころ せ、 殺 ころ せ、 彼 かれ を 十字架 じゅうじか につけよ」。ピラトは 彼 かれ らに 言 い った、「あなたがたの 王 おう を、わたしが 十字架 じゅうじか につけるのか」。 祭司長 さいしちょう たちは 答 こた えた、「わたしたちには、カイザル 以外 いがい に 王 おう はありません」。

ピラトは 罪状 ざいじょう 書 が きを 書 か いて、 十字架 じゅうじか の 上 うえ にかけさせた。それには「ユダヤ 人 じん の 王 おう 、ナザレのイエス」と 書 か いてあった。 イエスが 十字架 じゅうじか につけられた 場所 ばしょ は 都 みやこ に 近 ちか かったので、 多 おお くのユダヤ 人 じん がこの 罪状 ざいじょう 書 が きを 読 よ んだ。それはヘブル、ローマ、ギリシヤの 国語 こくご で 書 か いてあった。 ユダヤ 人 じん の 祭司長 さいしちょう たちがピラトに 言 い った、「『ユダヤ 人 じん の 王 おう 』と 書 か かずに、『この 人 ひと はユダヤ 人 じん の 王 おう と 自 じ 称 しょう していた』と 書 か いてほしい」。 ピラトは 答 こた えた、「わたしが 書 か いたことは、 書 か いたままにしておけ」。

そののち、イエスは 今 いま や 万事 ばんじ が 終 おわ ったことを 知 し って、「わたしは、かわく」と 言 い われた。それは、 聖書 せいしょ が 全 まっと うされるためであった。

すると、イエスはそのぶどう 酒 しゅ を 受 う けて、「すべてが 終 おわ った」と 言 い われ、 首 くび をたれて 息 いき をひきとられた。

白 しろ い 衣 ころも を 着 き たふたりの 御使 みつかい が、イエスの 死体 したい のおかれていた 場所 ばしょ に、ひとりは 頭 あたま の 方 ほう に、ひとりは 足 あし の 方 ほう に、すわっているのを 見 み た。 すると、 彼 かれ らはマリヤに、「 女 おんな よ、なぜ 泣 な いているのか」と 言 い った。マリヤは 彼 かれ らに 言 い った、「だれかが、わたしの 主 しゅ を 取 と り 去 さ りました。そして、どこに 置 お いたのか、わからないのです」。 そう 言 い って、うしろをふり 向 む くと、そこにイエスが 立 た っておられるのを 見 み た。しかし、それがイエスであることに 気 き がつかなかった。 イエスは 女 おんな に 言 い われた、「 女 おんな よ、なぜ 泣 な いているのか。だれを 捜 さが しているのか」。マリヤは、その 人 ひと が 園 その の 番人 ばんにん だと 思 おも って 言 い った、「もしあなたが、あのかたを 移 うつ したのでしたら、どこへ 置 お いたのか、どうぞ、おっしゃって 下 くだ さい。わたしがそのかたを 引 ひ き 取 と ります」。 イエスは 彼女 かのじょ に「マリヤよ」と 言 い われた。マリヤはふり 返 かえ って、イエスにむかってヘブル 語 ご で「ラボニ」と 言 い った。それは、 先生 せんせい という 意味 いみ である。

その 日 ひ 、すなわち、一 週 しゅう の 初 はじ めの 日 ひ の 夕方 ゆうがた 、 弟子 でし たちはユダヤ 人 じん をおそれて、 自分 じぶん たちのおる 所 ところ の 戸 と をみなしめていると、イエスがはいってきて、 彼 かれ らの 中 なか に 立 た ち、「 安 やす かれ」と 言 い われた。

八 日 か ののち、イエスの 弟子 でし たちはまた 家 いえ の 内 うち におり、トマスも 一緒 いっしょ にいた。 戸 と はみな 閉 と ざされていたが、イエスがはいってこられ、 中 なか に 立 た って「 安 やす かれ」と 言 い われた。 それからトマスに 言 い われた、「あなたの 指 ゆび をここにつけて、わたしの 手 て を 見 み なさい。 手 て をのばしてわたしのわきにさし 入 い れてみなさい。 信 しん じない 者 もの にならないで、 信 しん じる 者 もの になりなさい」。 トマスはイエスに 答 こた えて 言 い った、「わが 主 しゅ よ、わが 神 かみ よ」。

イエスは、この 書 しょ に 書 か かれていないしるしを、ほかにも 多 おお く、 弟子 でし たちの 前 まえ で 行 おこな われた。 しかし、これらのことを 書 か いたのは、あなたがたがイエスは 神 かみ の 子 こ キリストであると 信 しん じるためであり、また、そう 信 しん じて、イエスの 名 な によって 命 いのち を 得 え るためである。

すると、イエスは 彼 かれ らに 言 い われた、「 舟 ふね の 右 みぎ の 方 ほう に 網 あみ をおろして 見 み なさい。そうすれば、 何 なに かとれるだろう」。 彼 かれ らは 網 あみ をおろすと、 魚 うお が 多 おお くとれたので、それを 引 ひ き 上 あ げることができなかった。 イエスの 愛 あい しておられた 弟子 でし が、ペテロに「あれは 主 しゅ だ」と 言 い った。シモン・ペテロは 主 しゅ であると 聞 き いて、 裸 はだか になっていたため、 上着 うわぎ をまとって 海 うみ にとびこんだ。

イエスのなさったことは、このほかにまだ 数多 かずおお くある。もしいちいち 書 か きつけるならば、 世界 せかい もその 書 か かれた 文書 ぶんしょ を 収 おさ めきれないであろうと 思 おも う。

イエスは 苦難 くなん を 受 う けたのち、 自分 じぶん の 生 い きていることを 数々 かずかず の 確 たし かな 証拠 しょうこ によって 示 しめ し、四十 日 にち にわたってたびたび 彼 かれ らに 現 あらわ れて、 神 かみ の 国 くに のことを 語 かた られた。

こう 言 い い 終 おわ ると、イエスは 彼 かれ らの 見 み ている 前 まえ で 天 てん に 上 あ げられ、 雲 くも に 迎 むか えられて、その 姿 すがた が 見 み えなくなった。 イエスの 上 のぼ って 行 い かれるとき、 彼 かれ らが 天 てん を 見 み つめていると、 見 み よ、 白 しろ い 衣 ころも を 着 き たふたりの 人 ひと が、 彼 かれ らのそばに 立 た っていて 言 い った、「ガリラヤの 人 ひと たちよ、なぜ 天 てん を 仰 あお いで 立 た っているのか。あなたがたを 離 はな れて 天 てん に 上 あ げられたこのイエスは、 天 てん に 上 のぼ って 行 い かれるのをあなたがたが 見 み たのと 同 おな じ 有様 ありさま で、またおいでになるであろう」。

イスラエルの 人 ひと たちよ、 今 いま わたしの 語 かた ることを 聞 き きなさい。あなたがたがよく 知 し っているとおり、ナザレ 人 びと イエスは、 神 かみ が 彼 かれ をとおして、あなたがたの 中 なか で 行 おこな われた 数々 かずかず の 力 ちから あるわざと 奇跡 きせき としるしとにより、 神 かみ からつかわされた 者 もの であることを、あなたがたに 示 しめ されたかたであった。 このイエスが 渡 わた されたのは 神 かみ の 定 さだ めた 計画 けいかく と 予知 よち とによるのであるが、あなたがたは 彼 かれ を 不法 ふほう の 人々 ひとびと の 手 て で 十字架 じゅうじか につけて 殺 ころ した。

キリストの 復活 ふっかつ をあらかじめ 知 し って、『 彼 かれ は 黄泉 よみ に 捨 す ておかれることがなく、またその 肉体 にくたい が 朽 く ち 果 は てることもない』と 語 かた ったのである。

それで、イエスは 神 かみ の 右 みぎ に 上 あ げられ、 父 ちち から 約束 やくそく の 聖霊 せいれい を 受 う けて、それをわたしたちに 注 そそ がれたのである。このことは、あなたがたが 現 げん に 見聞 みき きしているとおりである。

だから、イスラエルの 全 ぜん 家 か は、この 事 こと をしかと 知 し っておくがよい。あなたがたが 十字架 じゅうじか につけたこのイエスを、 神 かみ は、 主 しゅ またキリストとしてお 立 た てになったのである」。

いのちの 君 きみ を 殺 ころ してしまった。しかし、 神 かみ はこのイエスを 死人 しにん の 中 なか から、よみがえらせた。わたしたちは、その 事 こと の 証人 しょうにん である。

あなたがたご 一同 いちどう も、またイスラエルの 人々 ひとびと 全体 ぜんたい も、 知 し っていてもらいたい。この 人 ひと が 元気 げんき になってみんなの 前 まえ に 立 た っているのは、ひとえに、あなたがたが 十字架 じゅうじか につけて 殺 ころ したのを、 神 かみ が 死人 しにん の 中 なか からよみがえらせたナザレ 人 びと イエス・キリストの 御名 みな によるのである。 このイエスこそは『あなたがた 家 いえ 造 つく りらに 捨 す てられたが、 隅 すみ のかしら 石 いし となった 石 いし 』なのである。 この 人 ひと による 以外 いがい に 救 すくい はない。わたしたちを 救 すく いうる 名 な は、これを 別 べつ にしては、 天下 てんか のだれにも 与 あた えられていないからである」。

わたしたちの 先祖 せんぞ の 神 かみ は、あなたがたが 木 き にかけて 殺 ころ したイエスをよみがえらせ、 そして、イスラエルを 悔 く い 改 あらた めさせてこれに 罪 つみ のゆるしを 与 あた えるために、このイエスを 導 みちび き 手 て とし 救主 すくいぬし として、ご 自身 じしん の 右 みぎ に 上 あ げられたのである。

しかし、 彼 かれ は 聖霊 せいれい に 満 み たされて、 天 てん を 見 み つめていると、 神 かみ の 栄光 えいこう が 現 あらわ れ、イエスが 神 かみ の 右 みぎ に 立 た っておられるのが 見 み えた。 そこで、 彼 かれ は「ああ、 天 てん が 開 ひら けて、 人 ひと の 子 こ が 神 かみ の 右 みぎ に 立 た っておいでになるのが 見 み える」と 言 い った。

彼 かれ が 読 よ んでいた 聖書 せいしょ の 箇所 かしょ は、これであった、「 彼 かれ は、ほふり 場 ば に 引 ひ かれて 行 い く 羊 ひつじ のように、また、 黙々 もくもく として、 毛 け を 刈 か る 者 もの の 前 まえ に 立 た つ 小羊 こひつじ のように、 口 くち を 開 ひら かない。

あなたがたは、 神 かみ がすべての 者 もの の 主 しゅ なるイエス・キリストによって 平和 へいわ の 福音 ふくいん を 宣 の べ 伝 つた えて、イスラエルの 子 こ らにお 送 おく り 下 くだ さった 御言 みことば をご 存 ぞん じでしょう。

神 かみ はナザレのイエスに 聖霊 せいれい と 力 ちから とを 注 そそ がれました。このイエスは、 神 かみ が 共 とも におられるので、よい 働 はたら きをしながら、また 悪魔 あくま に 押 おさ えつけられている 人々 ひとびと をことごとくいやしながら、 巡回 じゅんかい されました。

しかし 神 かみ はイエスを三 日 か 目 め によみがえらせ、 全部 ぜんぶ の 人々 ひとびと にではなかったが、わたしたち 証人 しょうにん としてあらかじめ 選 えら ばれた 者 もの たちに 現 あらわ れるようにして 下 くだ さいました。わたしたちは、イエスが 死人 しにん の 中 なか から 復活 ふっかつ された 後 のち 、 共 とも に 飲食 いんしょく しました。 それから、イエスご 自身 じしん が 生者 せいじゃ と 死者 ししゃ との 審判者 しんぱんしゃ として 神 かみ に 定 さだ められたかたであることを、 人々 ひとびと に 宣 の べ 伝 つた え、またあかしするようにと、 神 かみ はわたしたちにお 命 めい じになったのです。 預言者 よげんしゃ たちもみな、イエスを 信 しん じる 者 もの はことごとく、その 名 な によって 罪 つみ のゆるしが 受 う けられると、あかしをしています」。

キリストは 必 かなら ず 苦難 くなん を 受 う け、そして 死人 しにん の 中 なか からよみがえるべきこと、また「わたしがあなたがたに 伝 つた えているこのイエスこそは、キリストである」とのことを、 説明 せつめい もし 論証 ろんしょう もした。

すなわち、キリストが 苦難 くなん を 受 う けること、また、 死人 しにん の 中 なか から 最初 さいしょ によみがえって、この 国民 こくみん と 異邦人 いほうじん とに、 光 ひかり を 宣 の べ 伝 つた えるに 至 いた ることを、あかししたのです」。

御子 みこ に 関 かん するものである。 御子 みこ は、 肉 にく によればダビデの 子孫 しそん から 生 うま れ、 聖 せい なる 霊 れい によれば、 死人 しにん からの 復活 ふっかつ により、 御 み 力 ちから をもって 神 かみ の 御子 みこ と 定 さだ められた。これがわたしたちの 主 しゅ イエス・キリストである。

このように、わたしたちは、 信仰 しんこう によって 義 ぎ とされたのだから、わたしたちの 主 しゅ イエス・キリストにより、 神 かみ に 対 たい して 平和 へいわ を 得 え ている。

しかし、まだ 罪人 つみびと であった 時 とき 、わたしたちのためにキリストが 死 し んで 下 くだ さったことによって、 神 かみ はわたしたちに 対 たい する 愛 あい を 示 しめ されたのである。 わたしたちは、キリストの 血 ち によって 今 いま は 義 ぎ とされているのだから、なおさら、 彼 かれ によって 神 かみ の 怒 いか りから 救 すく われるであろう。 もし、わたしたちが 敵 てき であった 時 とき でさえ、 御子 みこ の 死 し によって 神 かみ との 和解 わかい を 受 う けたとすれば、 和解 わかい を 受 う けている 今 いま は、なおさら、 彼 かれ のいのちによって 救 すく われるであろう。 そればかりではなく、わたしたちは、 今 いま や 和解 わかい を 得 え させて 下 くだ さったわたしたちの 主 しゅ イエス・キリストによって、 神 かみ を 喜 よろこ ぶのである。

もしわたしたちが、キリストと 共 とも に 死 し んだなら、また 彼 かれ と 共 とも に 生 い きることを 信 しん じる。 キリストは 死人 しにん の 中 なか からよみがえらされて、もはや 死 し ぬことがなく、 死 し はもはや 彼 かれ を 支配 しはい しないことを、 知 し っているからである。 なぜなら、キリストが 死 し んだのは、ただ一 度 ど 罪 つみ に 対 たい して 死 し んだのであり、キリストが 生 い きるのは、 神 かみ に 生 い きるのだからである。 このように、あなたがた 自身 じしん も、 罪 つみ に 対 たい して 死 し んだ 者 もの であり、キリスト・イエスにあって 神 かみ に 生 い きている 者 もの であることを、 認 みと むべきである。

罪 つみ の 支払 しはら う 報酬 ほうしゅう は 死 し である。しかし 神 かみ の 賜物 たまもの は、わたしたちの 主 しゅ キリスト・イエスにおける 永遠 えいえん のいのちである。

こういうわけで、 今 いま やキリスト・イエスにある 者 もの は 罪 つみ に 定 さだ められることがない。 なぜなら、キリスト・イエスにあるいのちの 御霊 みたま の 法則 ほうそく は、 罪 つみ と 死 し との 法則 ほうそく からあなたを 解放 かいほう したからである。 律法 りっぽう が 肉 にく により 無力 むりょく になっているためになし 得 え なかった 事 こと を、 神 かみ はなし 遂 と げて 下 くだ さった。すなわち、 御子 みこ を、 罪 つみ の 肉 にく の 様 さま で 罪 つみ のためにつかわし、 肉 にく において 罪 つみ を 罰 ばっ せられたのである。

だれが、キリストの 愛 あい からわたしたちを 離 はな れさせるのか。 患難 かんなん か、 苦悩 くのう か、 迫害 はくがい か、 飢 う えか、 裸 はだか か、 危難 きなん か、 剣 つるぎ か。

わたしは 確信 かくしん する。 死 し も 生 せい も、 天使 てんし も 支配者 しはいしゃ も、 現在 げんざい のものも 将来 しょうらい のものも、 力 ちから あるものも、 高 たか いものも 深 ふか いものも、その 他 た どんな 被 ひ 造物 ぞうぶつ も、わたしたちの 主 しゅ キリスト・イエスにおける 神 かみ の 愛 あい から、わたしたちを 引 ひ き 離 はな すことはできないのである。

また 父祖 ふそ たちも 彼 かれ らのものであり、 肉 にく によればキリストもまた 彼 かれ らから 出 で られたのである。 万物 ばんぶつ の 上 うえ にいます 神 かみ は、 永遠 えいえん にほむべきかな、アァメン。

すなわち、 自分 じぶん の 口 くち で、イエスは 主 しゅ であると 告白 こくはく し、 自分 じぶん の 心 こころ で、 神 かみ が 死人 しにん の 中 なか からイエスをよみがえらせたと 信 しん じるなら、あなたは 救 すく われる。

なぜなら、キリストは、 死者 ししゃ と 生者 せいしゃ との 主 しゅ となるために、 死 し んで 生 い き 返 かえ られたからである。

いったい、キリストがわたしをつかわされたのは、バプテスマを 授 さづ けるためではなく、 福音 ふくいん を 宣 の べ 伝 つた えるためであり、しかも 知恵 ちえ の 言葉 ことば を 用 もち いずに 宣 の べ 伝 つた えるためであった。それは、キリストの 十字架 じゅうじか が 無力 むりょく なものになってしまわないためなのである。 十字架 じゅうじか の 言 ことば は、 滅 ほろ び 行 い く 者 もの には 愚 おろ かであるが、 救 すくい にあずかるわたしたちには、 神 かみ の 力 ちから である。

しかしわたしたちは、 十字架 じゅうじか につけられたキリストを 宣 の べ 伝 つた える。このキリストは、ユダヤ 人 じん にはつまずかせるもの、 異邦人 いほうじん には 愚 おろ かなものであるが、 召 め された 者 もの 自身 じしん にとっては、ユダヤ 人 じん にもギリシヤ 人 じん にも、 神 かみ の 力 ちから 、 神 かみ の 知恵 ちえ たるキリストなのである。

あなたがたがキリスト・イエスにあるのは、 神 かみ によるのである。キリストは 神 かみ に 立 た てられて、わたしたちの 知恵 ちえ となり、 義 ぎ と 聖 せい とあがないとになられたのである。

なぜなら、わたしはイエス・キリスト、しかも 十字架 じゅうじか につけられたキリスト 以外 いがい のことは、あなたがたの 間 あいだ では 何 なに も 知 し るまいと、 決心 けっしん したからである。

この 世 よ の 支配者 しはいしゃ たちのうちで、この 知恵 ちえ を 知 し っていた 者 もの は、ひとりもいなかった。もし 知 し っていたなら、 栄光 えいこう の 主 しゅ を 十字架 じゅうじか につけはしなかったであろう。

すなわち、 主 しゅ イエスの 名 な によって、あなたがたもわたしの 霊 れい も 共 とも に、わたしたちの 主 しゅ イエスの 権威 けんい のもとに 集 あつ まって、

新 あたら しい 粉 こな のかたまりになるために、 古 ふる いパン 種 だね を 取 と り 除 のぞ きなさい。あなたがたは、 事実 じじつ パン 種 だね のない 者 もの なのだから。わたしたちの 過越 すぎこし の 小羊 こひつじ であるキリストは、すでにほふられたのだ。

わたしたちには、 父 ちち なる 唯一 ゆいいつ の 神 かみ のみがいますのである。 万物 ばんぶつ はこの 神 かみ から 出 で て、わたしたちもこの 神 かみ に 帰 き する。また、 唯一 ゆいいつ の 主 しゅ イエス・キリストのみがいますのである。 万物 ばんぶつ はこの 主 しゅ により、わたしたちもこの 主 しゅ によっている。

そこで、あなたがたに 言 い っておくが、 神 かみ の 霊 れい によって 語 かた る 者 もの はだれも「イエスはのろわれよ」とは 言 い わないし、また、 聖霊 せいれい によらなければ、だれも「イエスは 主 しゅ である」と 言 い うことができない。

あなたがたはキリストのからだであり、ひとりびとりはその 肢体 したい である。 そして、 神 かみ は 教会 きょうかい の 中 なか で、 人々 ひとびと を 立 た てて、 第 だい 一に 使徒 しと 、 第 だい 二に 預言者 よげんしゃ 、 第 だい 三に 教師 きょうし とし、 次 つぎ に 力 ちから あるわざを 行 おこな う 者 もの 、 次 つぎ にいやしの 賜物 たまもの を 持 も つ 者 もの 、また 補助者 ほじょしゃ 、 管理者 かんりしゃ 、 種々 しゅじゅ の 異言 いげん を 語 かた る 者 もの をおかれた。

わたしが 最 もっと も 大事 だいじ なこととしてあなたがたに 伝 つた えたのは、わたし 自身 じしん も 受 う けたことであった。すなわちキリストが、 聖書 せいしょ に 書 か いてあるとおり、わたしたちの 罪 つみ のために 死 し んだこと、 そして 葬 ほうむ られたこと、 聖書 せいしょ に 書 か いてあるとおり、三 日 か 目 め によみがえったこと、 ケパに 現 あらわ れ、 次 つぎ に、十二 人 にん に 現 あらわ れたことである。 そののち、五百 人 にん 以上 いじょう の 兄弟 きょうだい たちに、 同時 どうじ に 現 あらわ れた。その 中 なか にはすでに 眠 ねむ った 者 もの たちもいるが、 大多数 だいたすう はいまなお 生存 せいぞん している。

しかし 事実 じじつ 、キリストは 眠 ねむ っている 者 もの の 初穂 はつほ として、 死人 しにん の 中 なか からよみがえったのである。 それは、 死 し がひとりの 人 ひと によってきたのだから、 死人 しにん の 復活 ふっかつ もまた、ひとりの 人 ひと によってこなければならない。 アダムにあってすべての 人 ひと が 死 し んでいるのと 同 おな じように、キリストにあってすべての 人 ひと が 生 い かされるのである。 ただ、 各自 かくじ はそれぞれの 順序 じゅんじょ に 従 したが わねばならない。 最初 さいしょ はキリスト、 次 つぎ に、 主 しゅ の 来臨 らいりん に 際 さい してキリストに 属 ぞく する 者 もの たち、 それから 終末 しゅうまつ となって、その 時 とき に、キリストはすべての 君 きみ たち、すべての 権威 けんい と 権力 けんりょく とを 打 う ち 滅 ほろ ぼして、 国 くに を 父 ちち なる 神 かみ に 渡 わた されるのである。 なぜなら、キリストはあらゆる 敵 てき をその 足 あし もとに 置 お く 時 とき までは、 支配 しはい を 続 つづ けることになっているからである。 最後 さいご の 敵 てき として 滅 ほろ ぼされるのが、 死 し である。 「 神 かみ は 万物 ばんぶつ を 彼 かれ の 足 あし もとに 従 したが わせた」からである。ところが、 万物 ばんぶつ を 従 したが わせたと 言 い われる 時 とき 、 万物 ばんぶつ を 従 したが わせたかたがそれに 含 ふく まれていないことは、 明 あき らかである。 そして、 万物 ばんぶつ が 神 かみ に 従 したが う 時 とき には、 御子 みこ 自身 じしん もまた、 万物 ばんぶつ を 従 したが わせたそのかたに 従 したが うであろう。それは、 神 かみ がすべての 者 もの にあって、すべてとなられるためである。

実際 じっさい 、 彼 かれ らの 思 おも いは 鈍 にぶ くなっていた。 今日 こんにち に 至 いた るまで、 彼 かれ らが 古 ふる い 契約 けいやく を 朗読 ろうどく する 場合 ばあい 、その 同 おな じおおいが 取 と り 去 さ られないままで 残 のこ っている。それは、キリストにあってはじめて 取 と り 除 のぞ かれるのである。

もしわたしたちの 福音 ふくいん がおおわれているなら、 滅 ほろ びる 者 もの どもにとっておおわれているのである。 彼 かれ らの 場合 ばあい 、この 世 よ の 神 かみ が 不信 ふしん の 者 もの たちの 思 おも いをくらませて、 神 かみ のかたちであるキリストの 栄光 えいこう の 福音 ふくいん の 輝 かがや きを、 見 み えなくしているのである。 しかし、わたしたちは 自分 じぶん 自身 じしん を 宣 の べ 伝 つた えるのではなく、 主 しゅ なるキリスト・イエスを 宣 の べ 伝 つた える。わたしたち 自身 じしん は、ただイエスのために 働 はたら くあなたがたの 僕 しもべ にすぎない。 「やみの 中 なか から 光 ひかり が 照 て りいでよ」と 仰 おお せになった 神 かみ は、キリストの 顔 かお に 輝 かがや く 神 かみ の 栄光 えいこう の 知識 ちしき を 明 あき らかにするために、わたしたちの 心 こころ を 照 てら して 下 くだ さったのである。

なぜなら、わたしたちは 皆 みな 、キリストのさばきの 座 ざ の 前 まえ にあらわれ、 善 ぜん であれ 悪 あく であれ、 自分 じぶん の 行 おこな ったことに 応 おう じて、それぞれ 報 むく いを 受 う けねばならないからである。

だれでもキリストにあるならば、その 人 ひと は 新 あたら しく 造 つく られた 者 もの である。 古 ふる いものは 過 す ぎ 去 さ った、 見 み よ、すべてが 新 あたら しくなったのである。

神 かみ はわたしたちの 罪 つみ のために、 罪 つみ を 知 し らないかたを 罪 つみ とされた。それは、わたしたちが、 彼 かれ にあって 神 かみ の 義 ぎ となるためなのである。

あなたがたは、わたしたちの 主 しゅ イエス・キリストの 恵 めぐ みを 知 し っている。すなわち、 主 しゅ は 富 と んでおられたのに、あなたがたのために 貧 まず しくなられた。それは、あなたがたが、 彼 かれ の 貧 まず しさによって 富 と む 者 もの になるためである。

生 い きているのは、もはや、わたしではない。キリストが、わたしのうちに 生 い きておられるのである。しかし、わたしがいま 肉 にく にあって 生 い きているのは、わたしを 愛 あい し、わたしのためにご 自身 じしん をささげられた 神 かみ の 御子 みこ を 信 しん じる 信仰 しんこう によって、 生 い きているのである。

キリストは、わたしたちのためにのろいとなって、わたしたちを 律法 りっぽう ののろいからあがない 出 だ して 下 くだ さった。 聖書 せいしょ に、「 木 き にかけられる 者 もの は、すべてのろわれる」と 書 か いてある。

しかし、 時 とき の 満 み ちるに 及 およ んで、 神 かみ は 御子 みこ を 女 おんな から 生 うま れさせ、 律法 りっぽう の 下 もと に 生 うま れさせて、おつかわしになった。 それは、 律法 りっぽう の 下 もと にある 者 もの をあがない 出 だ すため、わたしたちに 子 こ たる 身分 みぶん を 授 さづ けるためであった。

どうか、わたしたちの 主 しゅ イエス・キリストの 神 かみ 、 栄光 えいこう の 父 ちち が、 知恵 ちえ と 啓示 けいじ との 霊 れい をあなたがたに 賜 たま わって 神 かみ を 認 みと めさせ、 あなたがたの 心 こころ の 目 め を 明 あき らかにして 下 くだ さるように、そして、あなたがたが 神 かみ に 召 め されていだいている 望 のぞ みがどんなものであるか、 聖徒 せいと たちがつぐべき 神 かみ の 国 くに がいかに 栄光 えいこう に 富 と んだものであるか、 また、 神 かみ の 力強 ちからづよ い 活動 かつどう によって 働 はたら く 力 ちから が、わたしたち 信 しん じる 者 もの にとっていかに 絶大 ぜつだい なものであるかを、あなたがたが 知 し るに 至 いた るように、と 祈 いの っている。 神 かみ はその 力 ちから をキリストのうちに 働 はたら かせて、 彼 かれ を 死人 しにん の 中 なか からよみがえらせ、 天上 てんじょう においてご 自分 じぶん の 右 みぎ に 座 ざ せしめ、 彼 かれ を、すべての 支配 しはい 、 権威 けんい 、 権力 けんりょく 、 権勢 けんせい の 上 うえ におき、また、この 世 よ ばかりでなくきたるべき 世 よ においても 唱 とな えられる、あらゆる 名 な の 上 うえ におかれたのである。 そして、 万物 ばんぶつ をキリストの 足 あし の 下 した に 従 したが わせ、 彼 かれ を 万物 ばんぶつ の 上 うえ にかしらとして 教会 きょうかい に 与 あた えられた。 この 教会 きょうかい はキリストのからだであって、すべてのものを、すべてのもののうちに 満 み たしているかたが、 満 み ちみちているものに、ほかならない。

またあなたがたは、 使徒 しと たちや 預言者 よげんしゃ たちという 土台 どだい の 上 うえ に 建 た てられたものであって、キリスト・イエスご 自身 じしん が 隅 すみ のかしら 石 いし である。 このキリストにあって、 建物 たてもの 全体 ぜんたい が 組 く み 合 あ わされ、 主 しゅ にある 聖 せい なる 宮 みや に 成長 せいちょう し、 そしてあなたがたも、 主 しゅ にあって 共 とも に 建 た てられて、 霊 れい なる 神 かみ のすまいとなるのである。

降 お りてこられた 者 もの 自身 じしん は、 同時 どうじ に、あらゆるものに 満 み ちるために、もろもろの 天 てん の 上 うえ にまで 上 のぼ られたかたなのである。

愛 あい にあって 真理 しんり を 語 かた り、あらゆる 点 てん において 成長 せいちょう し、かしらなるキリストに 達 たっ するのである。 また、キリストを 基 もとい として、 全身 ぜんしん はすべての 節々 ふしぶし の 助 たす けにより、しっかりと 組 く み 合 あ わされ 結 むす び 合 あ わされ、それぞれの 部分 ぶぶん は 分 ぶん に 応 おう じて 働 はたら き、からだを 成長 せいちょう させ、 愛 あい のうちに 育 そだ てられていくのである。

こうして、あなたがたは、 神 かみ に 愛 あい されている 子供 こども として、 神 かみ にならう 者 もの になりなさい。 また 愛 あい のうちを 歩 ある きなさい。キリストもあなたがたを 愛 あい して 下 くだ さって、わたしたちのために、ご 自身 じしん を、 神 かみ へのかんばしいかおりのささげ 物 もの 、また、いけにえとしてささげられたのである。

わたしたちは、キリストのからだの 肢体 したい なのである。

キリスト・イエスにあっていだいているのと 同 おな じ 思 おも いを、あなたがたの 間 あいだ でも 互 たがい に 生 い かしなさい。 キリストは、 神 かみ のかたちであられたが、 神 かみ と 等 ひと しくあることを 固守 こしゅ すべき 事 こと とは 思 おも わず、 かえって、おのれをむなしうして 僕 しもべ のかたちをとり、 人間 にんげん の 姿 すがた になられた。その 有様 ありさま は 人 ひと と 異 こと ならず、 おのれを 低 ひく くして、 死 し に 至 いた るまで、しかも 十字架 じゅうじか の 死 し に 至 いた るまで 従順 じゅうじゅん であられた。 それゆえに、 神 かみ は 彼 かれ を 高 たか く 引 ひ き 上 あ げ、すべての 名 な にまさる 名 な を 彼 かれ に 賜 たま わった。 それは、イエスの 御名 みな によって、 天上 てんじょう のもの、 地上 ちじょう のもの、 地下 ちか のものなど、あらゆるものがひざをかがめ、 また、あらゆる 舌 した が、「イエス・キリストは 主 しゅ である」と 告白 こくはく して、 栄光 えいこう を 父 ちち なる 神 かみ に 帰 き するためである。

すなわち、キリストとその 復活 ふっかつ の 力 ちから とを 知 し り、その 苦難 くなん にあずかって、その 死 し のさまとひとしくなり、 なんとかして 死人 しにん のうちからの 復活 ふっかつ に 達 たっ したいのである。

神 かみ は、わたしたちをやみの 力 ちから から 救 すく い 出 だ して、その 愛 あい する 御子 みこ の 支配下 しはいか に 移 うつ して 下 くだ さった。 わたしたちは、この 御子 みこ によってあがない、すなわち、 罪 つみ のゆるしを 受 う けているのである。 御子 みこ は、 見 み えない 神 かみ のかたちであって、すべての 造 つく られたものに 先 さき だって 生 うま れたかたである。 万物 ばんぶつ は、 天 てん にあるものも 地 ち にあるものも、 見 み えるものも 見 み えないものも、 位 くらい も 主権 しゅけん も、 支配 しはい も 権威 けんい も、みな 御子 みこ にあって 造 つく られたからである。これらいっさいのものは、 御子 みこ によって 造 つく られ、 御子 みこ のために 造 つく られたのである。 彼 かれ は 万物 ばんぶつ よりも 先 さき にあり、 万物 ばんぶつ は 彼 かれ にあって 成 な り 立 た っている。 そして 自 みずか らは、そのからだなる 教会 きょうかい のかしらである。 彼 かれ は 初 はじ めの 者 もの であり、 死人 しにん の 中 なか から 最初 さいしょ に 生 うま れたかたである。それは、ご 自身 じしん がすべてのことにおいて 第 だい 一の 者 もの となるためである。 神 かみ は、 御旨 みむね によって、 御子 みこ のうちにすべての 満 み ちみちた 徳 とく を 宿 やど らせ、 そして、その 十字架 じゅうじか の 血 ち によって 平和 へいわ をつくり、 万物 ばんぶつ 、すなわち、 地 ち にあるもの、 天 てん にあるものを、ことごとく、 彼 かれ によってご 自分 じぶん と 和解 わかい させて 下 くだ さったのである。

それは 彼 かれ らが、 心 こころ を 励 はげ まされ、 愛 あい によって 結 むす び 合 あ わされ、 豊 ゆた かな 理解力 りかいりょく を 十分 じゅうぶん に 与 あた えられ、 神 かみ の 奥義 おくぎ なるキリストを 知 し るに 至 いた るためである。 キリストのうちには、 知恵 ちえ と 知識 ちしき との 宝 たから が、いっさい 隠 かく されている。

キリストにこそ、 満 み ちみちているいっさいの 神 かみ の 徳 とく が、かたちをとって 宿 やど っており、 そしてあなたがたは、キリストにあって、それに 満 み たされているのである。 彼 かれ はすべての 支配 しはい と 権威 けんい とのかしらであり、

そして、もろもろの 支配 しはい と 権威 けんい との 武装 ぶそう を 解除 かいじょ し、キリストにあって 凱旋 がいせん し、 彼 かれ らをその 行列 ぎょうれつ に 加 くわ えて、さらしものとされたのである。

このように、あなたがたはキリストと 共 とも によみがえらされたのだから、 上 うえ にあるものを 求 もと めなさい。そこではキリストが 神 かみ の 右 みぎ に 座 ざ しておられるのである。

神 かみ は 唯一 ゆいいつ であり、 神 かみ と 人 ひと との 間 あいだ の 仲保者 ちゅうほしゃ もただひとりであって、それは 人 ひと なるキリスト・イエスである。 彼 かれ は、すべての 人 ひと のあがないとしてご 自身 じしん をささげられたが、それは、 定 さだ められた 時 とき になされたあかしにほかならない。

確 たし かに 偉大 いだい なのは、この 信心 しんじん の 奥義 おくぎ である、「キリストは 肉 にく において 現 あらわ れ、 霊 れい において 義 ぎ とせられ、 御使 みつかい たちに 見 み られ、 諸 しょ 国民 こくみん の 間 あいだ に 伝 つた えられ、 世界 せかい の 中 なか で 信 しん じられ、 栄光 えいこう のうちに 天 てん に 上 あ げられた」。

わたしたちの 主 しゅ イエス・キリストの 出現 しゅつげん まで、その 戒 いまし めを 汚 けが すことがなく、また、それを 非難 ひなん のないように 守 まも りなさい。 時 とき がくれば、 祝福 しゅくふく に 満 み ちた、ただひとりの 力 ちから あるかた、もろもろの 王 おう の 王 おう 、もろもろの 主 しゅ の 主 しゅ が、キリストを 出現 しゅつげん させて 下 くだ さるであろう。 神 かみ はただひとり 不 ふ 死 し を 保 たも ち、 近 ちか づきがたい 光 ひかり の 中 なか に 住 す み、 人間 にんげん の 中 なか でだれも 見 み た 者 もの がなく、 見 み ることもできないかたである。ほまれと 永遠 えいえん の 支配 しはい とが、 神 かみ にあるように、アァメン。

神 かみ のみまえと、 生 い きている 者 もの と 死 し んだ 者 もの とをさばくべきキリスト・イエスのみまえで、キリストの 出現 しゅつげん とその 御国 みくに とを 思 おも い、おごそかに 命 めい じる。

祝福 しゅくふく に 満 み ちた 望 のぞ み、すなわち、 大 おお いなる 神 かみ 、わたしたちの 救主 すくいぬし キリスト・イエスの 栄光 えいこう の 出現 しゅつげん を 待 ま ち 望 のぞ むようにと、 教 おし えている。

神 かみ は、むかしは、 預言者 よげんしゃ たちにより、いろいろな 時 とき に、いろいろな 方法 ほうほう で、 先祖 せんぞ たちに 語 かた られたが、 この 終 おわ りの 時 とき には、 御子 みこ によって、わたしたちに 語 かた られたのである。 神 かみ は 御子 みこ を 万物 ばんぶつ の 相続者 そうぞくしゃ と 定 さだ め、また、 御子 みこ によって、もろもろの 世界 せかい を 造 つく られた。 御子 みこ は 神 かみ の 栄光 えいこう の 輝 かがや きであり、 神 かみ の 本質 ほんしつ の 真 しん の 姿 すがた であって、その 力 ちから ある 言葉 ことば をもって 万物 ばんぶつ を 保 たも っておられる。そして 罪 つみ のきよめのわざをなし 終 お えてから、いと 高 たか き 所 ところ にいます 大能者 たいのうしゃ の 右 みぎ に、 座 ざ につかれたのである。

いったい、 神 かみ は 御使 みつかい たちのだれに 対 たい して、「あなたこそは、わたしの 子 こ。きょう、わたしはあなたを 生 う んだ」と 言 い い、さらにまた、「わたしは 彼 かれ の 父 ちち となり、 彼 かれ はわたしの 子 こ となるであろう」と 言 い われたことがあるか。 さらにまた、 神 かみ は、その 長子 ちょうし を 世界 せかい に 導 みちび き 入 い れるに 当 あた って、「 神 かみ の 御使 みつかい たちはことごとく、 彼 かれ を 拝 はい すべきである」と 言 い われた。

御子 みこ については、「 神 かみ よ、あなたの 御座 みざ は、 世々 よよ 限 かぎ りなく 続 つづ き、あなたの 支配 しはい のつえは、 公平 こうへい のつえである。 あなたは 義 ぎ を 愛 あい し、 不法 ふほう を 憎 にく まれた。それゆえに、 神 かみ 、あなたの 神 かみ は、 喜 よろこ びのあぶらを、あなたの 友 とも に 注 そそ ぐよりも 多 おお く、あなたに 注 そそ がれた」と 言 い い、 さらに、「 主 しゅ よ、あなたは 初 はじ めに、 地 ち の 基 もとい をおすえになった。もろもろの 天 てん も、み 手 て のわざである。 これらのものは 滅 ほろ びてしまうが、あなたは、いつまでもいますかたである。すべてのものは 衣 ころも のように 古 ふる び、 それらをあなたは、 外套 がいとう のように 巻 ま かれる。これらのものは、 衣 ころも のように 変 かわ るが、あなたは、いつも 変 かわ ることがなく、あなたのよわいは、 尽 つ きることがない」とも 言 い われている。

主 しゅ ご 自身 じしん 、 試錬 しれん を 受 う けて 苦 くる しまれたからこそ、 試錬 しれん の 中 なか にある 者 もの たちを 助 たす けることができるのである。

そこで、 天 てん の 召 め しにあずかっている 聖 せい なる 兄弟 きょうだい たちよ。あなたがたは、わたしたちが 告白 こくはく する 信仰 しんこう の 使者 ししゃ また 大祭司 だいさいし なるイエスを、 思 おも いみるべきである。

さて、わたしたちには、もろもろの 天 てん をとおって 行 い かれた 大祭司 だいさいし なる 神 かみ の 子 こ イエスがいますのであるから、わたしたちの 告白 こくはく する 信仰 しんこう をかたく 守 まも ろうではないか。 この 大祭司 だいさいし は、わたしたちの 弱 よわ さを 思 おも いやることのできないようなかたではない。 罪 つみ は 犯 おか されなかったが、すべてのことについて、わたしたちと 同 おな じように 試錬 しれん に 会 あ われたのである。

キリストは、その 肉 にく の 生活 せいかつ の 時 とき には、 激 はげ しい 叫 さけ びと 涙 なみだ とをもって、ご 自分 じぶん を 死 し から 救 すく う 力 ちから のあるかたに、 祈 いのり と 願 ねが いとをささげ、そして、その 深 ふか い 信仰 しんこう のゆえに 聞 き きいれられたのである。 彼 かれ は 御子 みこ であられたにもかかわらず、さまざまの 苦 くる しみによって 従順 じゅうじゅん を 学 まな び、 そして、 全 まった き 者 もの とされたので、 彼 かれ に 従順 じゅうじゅん であるすべての 人 ひと に 対 たい して、 永遠 えいえん の 救 すくい の 源 みなもと となり、 神 かみ によって、メルキゼデクに 等 ひと しい 大祭司 だいさいし と、となえられたのである。

しかし 彼 かれ は、 永遠 えいえん にいますかたであるので、 変 かわ らない 祭司 さいし の 務 つとめ を 持 も ちつづけておられるのである。 そこでまた、 彼 かれ は、いつも 生 い きていて 彼 かれ らのためにとりなしておられるので、 彼 かれ によって 神 かみ に 来 く る 人々 ひとびと を、いつも 救 すく うことができるのである。 このように、 聖 せい にして、 悪 あく も 汚 けが れもなく、 罪人 つみびと とは 区別 くべつ され、かつ、もろもろの 天 てん よりも 高 たか くされている 大祭司 だいさいし こそ、わたしたちにとってふさわしいかたである。 彼 かれ は、ほかの 大祭司 だいさいし のように、まず 自分 じぶん の 罪 つみ のため、 次 つぎ に 民 たみ の 罪 つみ のために、 日々 ひび 、いけにえをささげる 必要 ひつよう はない。なぜなら、 自分 じぶん をささげて、一 度 ど だけ、それをされたからである。 律法 りっぽう は、 弱 よわ さを 身 み に 負 お う 人間 にんげん を 立 た てて 大祭司 だいさいし とするが、 律法 りっぽう の 後 のち にきた 誓 ちか いの 御言 みことば は、 永遠 えいえん に 全 まっと うされた 御子 みこ を 立 た てて、 大祭司 だいさいし としたのである。

以上 いじょう 述 の べたことの 要点 ようてん は、このような 大祭司 だいさいし がわたしたちのためにおられ、 天 てん にあって 大能者 たいのうしゃ の 御座 みざ の 右 みぎ に 座 ざ し、

もし 初 はじ めの 契約 けいやく に 欠 か けたところがなかったなら、あとのものが 立 た てられる 余地 よち はなかったであろう。 ところが、 神 かみ は 彼 かれ らを 責 せ めて 言 い われた、「 主 しゅ は 言 い われる、 見 み よ、わたしがイスラエルの 家 いえ およびユダの 家 いえ と、 新 あたら しい 契約 けいやく を 結 むす ぶ 日 ひ が 来 く る。

神 かみ は、「 新 あたら しい」と 言 い われたことによって、 初 はじ めの 契約 けいやく を 古 ふる いとされたのである。 年 とし を 経 へ て 古 ふる びたものは、やがて 消 き えていく。

しかしキリストがすでに 現 あらわ れた 祝福 しゅくふく の 大祭司 だいさいし としてこられたとき、 手 て で 造 つく られず、この 世 よ 界に 属 ぞく さない、さらに 大 おお きく、 完全 かんぜん な 幕屋 まくや をとおり、 かつ、やぎと 子 こ 牛 うし との 血 ち によらず、ご 自身 じしん の 血 ち によって、一 度 ど だけ 聖所 せいじょ にはいられ、それによって 永遠 えいえん のあがないを 全 まっと うされたのである。

それだから、キリストは 新 あたら しい 契約 けいやく の 仲保者 ちゅうほしゃ なのである。それは、 彼 かれ が 初 はじ めの 契約 けいやく のもとで 犯 おか した 罪過 ざいか をあがなうために 死 し なれた 結果 けっか 、 召 め された 者 もの たちが、 約束 やくそく された 永遠 えいえん の 国 くに を 受 う け 継 つ ぐためにほかならない。 いったい、 遺言 ゆいごん には、 遺言者 ゆいごんしゃ の 死 し の 証明 しょうめい が 必要 ひつよう である。 遺言 ゆいごん は 死 し によってのみその 効力 こうりょく を 生 しょう じ、 遺言者 ゆいごんしゃ が 生 い きている 間 あいだ は、 効力 こうりょく がない。 だから、 初 はじ めの 契約 けいやく も、 血 ち を 流 なが すことなしに 成立 せいりつ したのではない。

こうして、ほとんどすべての 物 もの が、 律法 りっぽう に 従 したが い、 血 ち によってきよめられたのである。 血 ち を 流 なが すことなしには、 罪 つみ のゆるしはあり 得 え ない。

ところが、キリストは、ほんとうのものの 模型 もけい にすぎない、 手 て で 造 つく った 聖所 せいじょ にはいらないで、 上 うえ なる 天 てん にはいり、 今 いま やわたしたちのために 神 かみ のみまえに 出 で て 下 くだ さったのである。

キリストもまた、 多 おお くの 人 ひと の 罪 つみ を 負 お うために、一 度 ど だけご 自身 じしん をささげられた 後 のち 、 彼 かれ を 待 ま ち 望 のぞ んでいる 人々 ひとびと に、 罪 つみ を 負 お うためではなしに二 度目 どめ に 現 あらわ れて、 救 すくい を 与 あた えられるのである。

しかるに、キリストは 多 おお くの 罪 つみ のために一つの 永遠 えいえん のいけにえをささげた 後 のち 、 神 かみ の 右 みぎ に 座 ざ し、

兄弟 きょうだい たちよ。こういうわけで、わたしたちはイエスの 血 ち によって、はばかることなく 聖所 せいじょ にはいることができ、 彼 かれ の 肉体 にくたい なる 幕 まく をとおり、わたしたちのために 開 ひら いて 下 くだ さった 新 あたら しい 生 い きた 道 みち をとおって、はいって 行 ゆ くことができるのであり、 さらに、 神 かみ の 家 いえ を 治 おさ める 大 おお いなる 祭司 さいし があるのだから、

信仰 しんこう の 導 みちび き 手 て であり、またその 完成 かんせい 者 もの であるイエスを 仰 あお ぎ 見 み つつ、 走 はし ろうではないか。 彼 かれ は、 自分 じぶん の 前 まえ におかれている 喜 よろこ びのゆえに、 恥 はじ をもいとわないで 十字架 じゅうじか を 忍 しの び、 神 かみ の 御座 みざ の 右 みぎ に 座 ざ するに 至 いた ったのである。 あなたがたは、 弱 よわ り 果 は てて 意気 いき そそうしないために、 罪人 つみびと らのこのような 反抗 はんこう を 耐 た え 忍 しの んだかたのことを、 思 おも いみるべきである。

新 あたら しい 契約 けいやく の 仲保者 ちゅうほしゃ イエス、ならびに、アベルの 血 ち よりも 力強 ちからづよ く 語 かた るそそがれた 血 ち である。

イエス・キリストは、きのうも、きょうも、いつまでも 変 かわ ることがない。

永遠 えいえん の 契約 けいやく の 血 ち による 羊 ひつじ の 大牧者 だいぼくしゃ 、わたしたちの 主 しゅ イエスを、 死人 しにん の 中 なか から 引 ひ き 上 あ げられた 平和 へいわ の 神 かみ が、 イエス・キリストによって、みこころにかなうことをわたしたちにして 下 くだ さり、あなたがたが 御旨 みむね を 行 おこな うために、すべての 良 よ きものを 備 そな えて 下 くだ さるようにこい 願 ねが う。 栄光 えいこう が、 世々 よよ 限 かぎ りなく 神 かみ にあるように、アァメン。

わたしの 兄弟 きょうだい たちよ。わたしたちの 栄光 えいこう の 主 しゅ イエス・キリストへの 信仰 しんこう を 守 まも るのに、 分 わ け 隔 へだ てをしてはならない。

ほむべきかな、わたしたちの 主 しゅ イエス・キリストの 父 ちち なる 神 かみ。 神 かみ は、その 豊 ゆた かなあわれみにより、イエス・キリストを 死人 しにん の 中 なか からよみがえらせ、それにより、わたしたちを 新 あら たに 生 うま れさせて 生 い ける 望 のぞ みをいだかせ、 あなたがたのために 天 てん にたくわえてある、 朽 く ちず 汚 けが れず、しぼむことのない 資産 しさん を 受 う け 継 つ ぐ 者 もの として 下 くだ さったのである。 あなたがたは、 終 おわ りの 時 とき に 啓示 けいじ さるべき 救 すくい にあずかるために、 信仰 しんこう により 神 かみ の 御 み 力 ちから に 守 まも られているのである。

きずも、しみもない 小羊 こひつじ のようなキリストの 尊 たっと い 血 ち によったのである。 キリストは、 天地 てんち が 造 つく られる 前 まえ から、あらかじめ 知 し られていたのであるが、この 終 おわ りの 時 とき に 至 いた って、あなたがたのために 現 あらわ れたのである。 あなたがたは、このキリストによって、 彼 かれ を 死人 しにん の 中 なか からよみがえらせて、 栄光 えいこう をお 与 あた えになった 神 かみ を 信 しん じる 者 もの となったのであり、したがって、あなたがたの 信仰 しんこう と 望 のぞ みとは、 神 かみ にかかっているのである。

主 しゅ は、 人 ひと には 捨 す てられたが、 神 かみ にとっては 選 えら ばれた 尊 たっと い 生 い ける 石 いし である。 この 主 しゅ のみもとにきて、あなたがたも、それぞれ 生 い ける 石 いし となって、 霊 れい の 家 いえ に 築 きず き 上 あ げられ、 聖 せい なる 祭司 さいし となって、イエス・キリストにより、 神 かみ によろこばれる 霊 れい のいけにえを、ささげなさい。 聖書 せいしょ にこう 書 か いてある、「 見 み よ、わたしはシオンに、 選 えら ばれた 尊 たっと い 石 いし 、 隅 すみ のかしら 石 いし を 置 お く。それにより 頼 たの む 者 もの は、 決 けっ して、 失望 しつぼう に 終 おわ ることがない」。

この 石 いし は、より 頼 たの んでいるあなたがたには 尊 たっと いものであるが、 不 ふ 信仰 しんこう な 人々 ひとびと には「 家 いえ 造 つく りらの 捨 す てた 石 いし で、 隅 すみ のかしら 石 いし となったもの」、 また「つまずきの 石 いし 、 妨 さまた げの 岩 いわ 」である。しかし、 彼 かれ らがつまずくのは、 御言 みことば に 従 したが わないからであって、 彼 かれ らは、 実 じつ は、そうなるように 定 さだ められていたのである。

あなたがたは、 実 じつ に、そうするようにと 召 め されたのである。キリストも、あなたがたのために 苦 くる しみを 受 う け、 御足 みあし の 跡 あと を 踏 ふ み 従 したが うようにと、 模範 もはん を 残 のこ されたのである。 キリストは 罪 つみ を 犯 おか さず、その 口 くち には 偽 いつわ りがなかった。 ののしられても、ののしりかえさず、 苦 くる しめられても、おびやかすことをせず、 正 ただ しいさばきをするかたに、いっさいをゆだねておられた。 さらに、わたしたちが 罪 つみ に 死 し に、 義 ぎ に 生 い きるために、 十字架 じゅうじか にかかって、わたしたちの 罪 つみ をご 自分 じぶん の 身 み に 負 お われた。その 傷 きず によって、あなたがたは、いやされたのである。 あなたがたは、 羊 ひつじ のようにさ 迷 まよ っていたが、 今 いま は、たましいの 牧者 ぼくしゃ であり 監督 かんとく であるかたのもとに、たち 帰 かえ ったのである。

キリストも、あなたがたを 神 かみ に近づけようとして、 自 みずか らは 義 ぎ なるかたであるのに、 不義 ふぎ なる 人々 ひとびと のために、ひとたび 罪 つみ のゆえに 死 し なれた。ただし、 肉 にく においては 殺 ころ されたが、 霊 れい においては 生 い かされたのである。

この 水 みず はバプテスマを 象徴 しょうちょう するものであって、 今 いま やあなたがたをも 救 すく うのである。それは、イエス・キリストの 復活 ふっかつ によるのであって、からだの 汚 けが れを 除 のぞ くことではなく、 明 あき らかな 良心 りょうしん を 神 かみ に 願 ねが い 求 もと めることである。 キリストは 天 てん に 上 のぼ って 神 かみ の 右 みぎ に 座 ざ し、 天使 てんし たちともろもろの 権威 けんい 、 権力 けんりょく を 従 したが えておられるのである。

イエス・キリストの 僕 しもべ また 使徒 しと であるシメオン・ペテロから、わたしたちの 神 かみ と 救主 すくいぬし イエス・キリストとの 義 ぎ によって、わたしたちと 同 おな じ 尊 たっと い 信仰 しんこう を 授 さず かった 人々 ひとびと へ。 神 かみ とわたしたちの 主 しゅ イエスとを 知 し ることによって、 恵 めぐ みと 平安 へいあん とが、あなたがたに 豊 ゆた かに 加 くわ わるように。

こうして、わたしたちの 主 しゅ また 救主 すくいぬし イエス・キリストの 永遠 えいえん の 国 くに に 入 はい る 恵 めぐ みが、あなたがたに 豊 ゆた かに 与 あた えられるからである。

わたしたちの 主 しゅ イエス・キリストの 力 ちから と 来臨 らいりん とを、あなたがたに 知 し らせた 時 とき 、わたしたちは、 巧 たく みな 作 つく り 話 ばなし を 用 もち いることはしなかった。わたしたちが、そのご 威光 いこう の 目撃者 もくげきしゃ なのだからである。 イエスは 父 ちち なる 神 かみ からほまれと 栄光 えいこう とをお 受 う けになったが、その 時 とき 、おごそかな 栄光 えいこう の 中 なか から 次 つぎ のようなみ 声 こえ がかかったのである、「これはわたしの 愛 あい する 子 こ 、わたしの 心 こころ にかなう 者 もの である」。

そして、わたしたちの 主 しゅ また 救主 すくいぬし イエス・キリストの 恵 めぐ みと 知識 ちしき とにおいて、ますます 豊 ゆた かになりなさい。 栄光 えいこう が、 今 いま も、また 永遠 えいえん の 日 ひ に 至 いた るまでも、 主 しゅ にあるように、アァメン。

わたしの 子 こ たちよ。これらのことを 書 か きおくるのは、あなたがたが 罪 つみ を 犯 おか さないようになるためである。もし、 罪 つみ を 犯 おか す 者 もの があれば、 父 ちち のみもとには、わたしたちのために 助 たす け 主 ぬし 、すなわち、 義 ぎ なるイエス・キリストがおられる。 彼 かれ は、わたしたちの 罪 つみ のための、あがないの 供 そな え 物 もの である。ただ、わたしたちの 罪 つみ のためばかりではなく、 全 ぜん 世界 せかい の 罪 つみ のためである。

あなたがたが 知 し っているとおり、 彼 かれ は 罪 つみ をとり 除 のぞ くために 現 あらわ れたのであって、 彼 かれ にはなんらの 罪 つみ がない。

さらに、 神 かみ の 子 こ がきて、 真実 しんじつ なかたを 知 し る 知力 ちりょく をわたしたちに 授 さづ けて 下 くだ さったことも、 知 し っている。そして、わたしたちは、 真実 しんじつ なかたにおり、 御子 みこ イエス・キリストにおるのである。このかたは 真実 しんじつ な 神 かみ であり、 永遠 えいえん のいのちである。

すなわち、わたしたちの 救主 すくいぬし なる 唯一 ゆいいつ の 神 かみ に、 栄光 えいこう 、 大能 たいのう 、 力 ちから 、 権威 けんい が、わたしたちの 主 しゅ イエス・キリストによって、 世々 よよ の 初 はじ めにも、 今 いま も、また、 世々 よよ 限 かぎ りなく、あるように、アァメン。

ヨハネからアジヤにある七つの 教会 きょうかい へ。 今 いま いまし、 昔 むかし いまし、やがてきたるべきかたから、また、その 御座 みざ の 前 まえ にある七つの 霊 れい から、 また、 忠実 ちゅうじつ な 証人 しょうにん 、 死人 しにん の 中 なか から 最初 さいしょ に 生 うま れた 者 もの 、 地上 ちじょう の 諸王 しょおう の 支配者 しはいしゃ であるイエス・キリストから、 恵 めぐ みと 平安 へいあん とが、あなたがたにあるように。わたしたちを 愛 あい し、その 血 ち によってわたしたちを 罪 つみ から 解放 かいほう し、 わたしたちを、その 父 ちち なる 神 かみ のために、 御国 みくに の 民 たみ とし、 祭司 さいし として 下 くだ さったかたに、 世々 よよ 限 かぎ りなく 栄光 えいこう と 権力 けんりょく とがあるように、アァメン。 見 み よ、 彼 かれ は、 雲 くも に 乗 の ってこられる。すべての 人 ひと の 目 め 、ことに、 彼 かれ を 刺 さ しとおした 者 もの たちは、 彼 かれ を 仰 あお ぎ 見 み るであろう。また 地上 ちじょう の 諸 しょ 族 ぞく はみな、 彼 かれ のゆえに 胸 むね を 打 う って 嘆 なげ くであろう。しかり、アァメン。

今 いま いまし、 昔 むかし いまし、やがてきたるべき 者 もの 、 全能者 ぜんのうしゃ にして 主 しゅ なる 神 かみ が 仰 おお せになる、「わたしはアルパであり、オメガである」。

その 声 こえ はこう 言 い った、「あなたが 見 み ていることを 書 か きものにして、それをエペソ、スミルナ、ペルガモ、テアテラ、サルデス、ヒラデルヒヤ、ラオデキヤにある七つの 教会 きょうかい に 送 おく りなさい」。

そこでわたしは、わたしに 呼 よ びかけたその 声 こえ を 見 み ようとしてふりむいた。ふりむくと、七つの 金 きん の 燭台 しょくだい が 目 め についた。 それらの 燭台 しょくだい の 間 あいだ に、 足 あし までたれた 上着 うわぎ を 着 き 、 胸 むね に 金 きん の 帯 おび をしめている 人 ひと の 子 こ のような 者 もの がいた。 そのかしらと 髪 かみ の 毛 け とは、 雪 ゆき のように 白 しろ い 羊毛 ようもう に 似 に て 真白 まっしろ であり、 目 め は 燃 も える 炎 ほのお のようであった。 その 足 あし は、 炉 ろ で 精錬 せいれん されて 光 ひか り 輝 かがや くしんちゅうのようであり、 声 こえ は 大水 おおみず のとどろきのようであった。 その 右手 みぎて に七つの 星 ほし を 持 も ち、 口 くち からは、 鋭 するど いもろ 刃 は のつるぎがつき 出 で ており、 顔 かお は、 強 つよ く 照 て り 輝 かがや く 太陽 たいよう のようであった。

わたしは 彼 かれ を 見 み たとき、その 足 あし もとに 倒 たお れて 死人 しにん のようになった。すると、 彼 かれ は 右手 みぎて をわたしの 上 うえ において 言 い った、「 恐 おそ れるな。わたしは 初 はじ めであり、 終 おわ りであり、 また、 生 い きている 者 もの である。わたしは 死 し んだことはあるが、 見 み よ、 世々 よよ 限 かぎ りなく 生 い きている 者 もの である。そして、 死 し と 黄泉 よみ とのかぎを 持 も っている。

すると、 長老 ちょうろう のひとりがわたしに 言 い った、「 泣 な くな。 見 み よ、ユダ 族 ぞく のしし、ダビデの 若 わか 枝 えだ であるかたが、 勝利 しょうり を 得 え たので、その 巻物 まきもの を 開 ひら き七つの 封印 ふういん を 解 と くことができる」。 わたしはまた、 御座 みざ と四つの 生 い き 物 もの との 間 あいだ 、 長老 ちょうろう たちの 間 あいだ に、ほふられたとみえる 小羊 こひつじ が 立 た っているのを 見 み た。それに七つの 角 つの と七つの 目 め とがあった。これらの 目 め は、 全 ぜん 世界 せかい につかわされた、 神 かみ の七つの 霊 れい である。

彼 かれ らは 新 あたら しい 歌 うた を 歌 うた って 言 い った、「あなたこそは、その 巻物 まきもの を 受 う けとり、 封印 ふういん を 解 と くにふさわしいかたであります。あなたはほふられ、その 血 ち によって、 神 かみ のために、あらゆる 部族 ぶぞく 、 国語 こくご 、 民族 みんぞく 、 国民 こくみん の 中 なか から 人々 ひとびと をあがない、

さらに 見 み ていると、 御座 みざ と 生 い き 物 もの と 長老 ちょうろう たちとのまわりに、 多 おお くの 御使 みつかい たちの 声 こえ が 上 あ がるのを 聞 き いた。その 数 かず は万の 幾 いく 万 倍 ばい 、千の 幾 いく 千 倍 ばい もあって、 大声 おおごえ で 叫 さけ んでいた、「ほふられた 小羊 こひつじ こそは、 力 ちから と、 富 とみ と、 知恵 ちえ と、 勢 いきお いと、ほまれと、 栄光 えいこう と、さんびとを 受 う けるにふさわしい」。 またわたしは、 天 てん と 地 ち 、 地 ち の 下 した と 海 うみ の 中 なか にあるすべての 造 つく られたもの、そして、それらの 中 なか にあるすべてのものの 言 い う 声 こえ を 聞 き いた、「 御座 みざ にいますかたと 小羊 こひつじ とに、さんびと、ほまれと、 栄光 えいこう と、 権力 けんりょく とが、 世々 よよ 限 かぎ りなくあるように」。 四つの 生 い き 物 もの はアァメンと 唱 とな え、 長老 ちょうろう たちはひれ 伏 ふ して 礼拝 れいはい した。

その 後 のち 、わたしが 見 み ていると、 見 み よ、あらゆる 国民 こくみん 、 部族 ぶぞく 、 民族 みんぞく 、 国語 こくご のうちから、 数 かぞ えきれないほどの 大 おお ぜいの 群衆 ぐんしゅう が、 白 しろ い 衣 ころも を 身 み にまとい、しゅろの 枝 えだ を 手 て に 持 も って、 御座 みざ と 小羊 こひつじ との 前 まえ に 立 た ち、 大声 おおごえ で 叫 さけ んで 言 い った、「 救 すくい は、 御座 みざ にいますわれらの 神 かみ と 小羊 こひつじ からきたる」。 御使 みつかい たちはみな、 御座 みざ と 長老 ちょうろう たちと四つの 生 い き 物 もの とのまわりに 立 た っていたが、 御座 みざ の 前 まえ にひれ 伏 ふ し、 神 かみ を 拝 はい して 言 い った、

御座 みざ の 正面 しょうめん にいます 小羊 こひつじ は 彼 かれ らの 牧者 ぼくしゃ となって、いのちの 水 みず の 泉 いずみ に 導 みちび いて 下 くだ さるであろう。また 神 かみ は、 彼 かれ らの 目 め から 涙 なみだ をことごとくぬぐいとって 下 くだ さるであろう」。

第 だい 七の 御使 みつかい が、ラッパを 吹 ふ き 鳴 な らした。すると、 大 おお きな 声々 こえごえ が 天 てん に 起 おこ って 言 い った、「この 世 よ の 国 くに は、われらの 主 しゅ とそのキリストとの 国 くに となった。 主 しゅ は 世々 よよ 限 かぎ りなく 支配 しはい なさるであろう」。

兄弟 きょうだい たちは、 小羊 こひつじ の 血 ち と 彼 かれ らのあかしの 言葉 ことば とによって、 彼 かれ にうち 勝 か ち、 死 し に 至 いた るまでもそのいのちを 惜 お しまなかった。

なお、わたしが 見 み ていると、 見 み よ、 小羊 こひつじ がシオンの 山 やま に 立 た っていた。また、十四万四千の 人々 ひとびと が 小羊 こひつじ と 共 とも におり、その 額 ひたい に 小羊 こひつじ の 名 な とその 父 ちち の 名 な とが 書 か かれていた。

また 見 み ていると、 見 み よ、 白 しろ い 雲 くも があって、その 雲 くも の 上 うえ に 人 ひと の 子 こ のような 者 もの が 座 ざ しており、 頭 あたま には 金 きん の 冠 かんむり をいただき、 手 て には 鋭 するど いかまを 持 も っていた。

彼 かれ らは 小羊 こひつじ に 戦 たたか いをいどんでくるが、 小羊 こひつじ は、 主 しゅ の 主 しゅ 、 王 おう の 王 おう であるから、 彼 かれ らにうち 勝 か つ。また、 小羊 こひつじ と 共 とも にいる 召 め された、 選 えら ばれた、 忠実 ちゅうじつ な 者 もの たちも、 勝利 しょうり を 得 え る」。

またわたしが 見 み ていると、 天 てん が 開 ひら かれ、 見 み よ、そこに 白 しろ い 馬 うま がいた。それに 乗 の っているかたは、「 忠実 ちゅうじつ で 真実 しんじつ な 者 もの 」と 呼 よ ばれ、 義 ぎ によってさばき、また、 戦 たたか うかたである。 その 目 め は 燃 も える 炎 ほのお であり、その 頭 あたま には 多 おお くの 冠 かんむり があった。また、 彼 かれ 以外 いがい にはだれも 知 し らない 名 な がその 身 み にしるされていた。 彼 かれ は 血染 ちぞ めの 衣 ころも をまとい、その 名 な は「 神 かみ の 言 ことば 」と 呼 よ ばれた。 そして、 天 てん の 軍勢 ぐんぜい が、 純白 じゅんぱく で、 汚 けが れのない 麻布 あさぬの の 衣 ころも を 着 き て、 白 しろ い 馬 うま に 乗 の り、 彼 かれ に 従 したが った。 その 口 くち からは、 諸 しょ 国民 こくみん を 打 う つために、 鋭 するど いつるぎが 出 で ていた。 彼 かれ は、 鉄 てつ のつえをもって 諸 しょ 国民 こくみん を 治め おさめ 、また、 全能者 ぜんのうしゃ なる 神 かみ の 激 はげ しい 怒 いか りの 酒 さか ぶねを 踏 ふ む。 その 着物 きもの にも、そのももにも、「 王 おう の 王 おう 、 主 しゅ の 主 しゅ 」という 名 な がしるされていた。

すると、 御座 みざ にいますかたが 言 い われた、「 見 み よ、わたしはすべてのものを 新 あら たにする」。また 言 い われた、「 書 か きしるせ。これらの 言葉 ことば は、 信 しん ずべきであり、まことである」。 そして、わたしに 仰 おお せられた、「 事 こと はすでに 成 な った。わたしは、アルパでありオメガである。 初 はじ めであり 終 おわ りである。かわいている 者 もの には、いのちの 水 みず の 泉 いずみ から 価 あたい なしに 飲 の ませよう。

のろわるべきものは、もはや 何 なに ひとつない。 神 かみ と 小羊 こひつじ との 御座 みざ は 都 みやこ の 中 なか にあり、その 僕 しもべ たちは 彼 かれ を 礼拝 れいはい し、

「 見 み よ、わたしはすぐに 来 く る。 報 むく いを 携 たずさ えてきて、それぞれのしわざに 応 おう じて 報 むく いよう。 わたしはアルパであり、オメガである。 最初 さいしょ の 者 もの であり、 最後 さいご の 者 もの である。 初 はじ めであり、 終 おわ りである。

わたしイエスは、 使 つかい をつかわして、 諸 しょ 教会 きょうかい のために、これらのことをあなたがたにあかしした。わたしは、ダビデの 若 わか 枝 えだ また 子孫 しそん であり、 輝 かがや く 明 あ けの 明星 みょうじょう である」。

これらのことをあかしするかたが 仰 おお せになる、「しかり、わたしはすぐに 来 く る」。アァメン、 主 しゅ イエスよ、きたりませ。 主 しゅ イエスの 恵 めぐ みが、 一同 いちどう の 者 もの と 共 とも にあるように。

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KOG1955 - Kougoyaku Senji Kuroi Colloquial - 1955

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