18 – 偽教師

これらは全能の神の聖なる言葉です。
私たちは人間の言葉には興味がありません。
神を愛する人なら誰でも...神は次のように言われています。 偽教師.

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しかし、 民 たみ の 間 あいだ に、にせ 預言者 よげんしゃ が 起 おこ ったことがあるが、それと 同 おな じく、あなたがたの 間 あいだ にも、にせ 教師 きょうし が 現 あらわ れるであろう。 彼 かれ らは、 滅 ほろ びに 至 いた らせる 異端 いたん をひそかに 持 も ち 込 こ み、 自分 じぶん たちをあがなって 下 くだ さった 主 しゅ を 否定 ひてい して、すみやかな 滅亡 めつぼう を 自分 じぶん の 身 み に 招 まね いている。 また、 大 おお ぜいの 人 ひと が 彼 かれ らの 放縦 ほうしょう を 見習 みなら い、そのために、 真理 しんり の 道 みち がそしりを 受 う けるに 至 いた るのである。 彼 かれ らは、 貪欲 どんよく のために、 甘言 かんげん をもってあなたがたをあざむき、 利 り をむさぼるであろう。 彼 かれ らに 対 たい するさばきは 昔 むかし から 猶予 ゆうよ なく 行 おこな われ、 彼 かれ らの 滅亡 めつぼう も滞ることはない。

彼 かれ は、どの 手紙 てがみ にもこれらのことを 述 の べている。その 手紙 てがみ の 中 なか には、ところどころ、わかりにくい 箇所 かしょ もあって、 無学 むがく で 心 こころ の 定 さだ まらない 者 もの たちは、ほかの 聖書 せいしょ についてもしているように、 無理 むり な 解釈 かいしゃく をほどこして、 自分 じぶん の 滅亡 めつぼう を 招 まね いている。

ただし 預言者 よげんしゃ が、わたしが 語 かた れと 命 めい じないことを、わたしの 名 な によってほしいままに 語 かた り、あるいは 他 た の 神々 かみがみ の 名 な によって 語 かた るならば、その 預言者 よげんしゃ は 殺 ころ さなければならない』。

聖書の順序のすべての聖句 - 328 節

さて 主 しゅ なる 神 かみ が 造 つく られた 野 の の 生 い き 物 もの のうちで、へびが 最 もっと も 狡猾 こうかつ であった。へびは 女 おんな に 言 い った、「 園 その にあるどの 木 き からも 取 と って 食 た べるなと、ほんとうに 神 かみ が 言 い われたのですか」。 女 おんな はへびに 言 い った、「わたしたちは 園 その の 木 き の 実 み を 食 た べることは 許 ゆる されていますが、 ただ 園 その の 中央 ちゅうおう にある 木 き の 実 み については、これを 取 と って 食 た べるな、これに 触 ふ れるな、 死 し んではいけないからと、 神 かみ は 言 い われました」。 へびは 女 おんな に 言 い った、「あなたがたは 決 けっ して 死 し ぬことはないでしょう。 それを 食 た べると、あなたがたの 目 め が 開 ひら け、 神 かみ のように 善悪 ぜんあく を 知 し る 者 もの となることを、 神 かみ は 知 し っておられるのです」。

そこで 主 しゅ なる 神 かみ は 女 おんな に 言 い われた、「あなたは、なんということをしたのです」。 女 おんな は 答 こた えた、「へびがわたしをだましたのです。それでわたしは 食 た べました」。 主 しゅ なる 神 かみ はへびに 言 い われた、「おまえは、この 事 こと を、したので、すべての 家畜 かちく 、 野 の のすべての 獣 けもの のうち、 最 もっと ものろわれる。おまえは 腹 はら で、 這 は いあるき、 一生 いっしょう 、ちりを 食 た べるであろう。 わたしは 恨 うら みをおく、おまえと 女 おんな とのあいだに、おまえのすえと 女 おんな のすえとの 間 あいだ に。 彼 かれ はおまえのかしらを 砕 くだ き、おまえは 彼 かれ のかかとを 砕 くだ くであろう」。

それにひれ 伏 ふ してはならない。それに 仕 つか えてはならない。あなたの 神 かみ 、 主 しゅ であるわたしは、ねたむ 神 かみ であるから、わたしを 憎 にく むものは、 父 ちち の 罪 つみ を 子 こ に 報 むく いて、三四 代 だい に 及 およ ぼし、 わたしを 愛 あい し、わたしの 戒 いまし めを 守 まも るものには、 恵 めぐ みを 施 ほどこ して、千 代 だい に 至 いた るであろう。

あなたは 偽 いつわ りのうわさを 言 い いふらしてはならない。あなたは 悪人 あくにん と 手 て を 携 たずさ えて、 悪意 あくい のある 証人 しょうにん になってはならない。 あなたは 多数 たすう に 従 したが って 悪 あく をおこなってはならない。あなたは 訴訟 そしょう において、 多数 たすう に 従 したが って 片寄 かたよ り、 正義 せいぎ を 曲 ま げるような 証言 しょうげん をしてはならない。

あなたがたは 盗 ぬす んではならない。 欺 あざむ いてはならない。 互 たがい に 偽 いつわ ってはならない。

民 たみ のうちを 行 い き 巡 めぐ って、 人 ひと の 悪口 わるぐち を 言 い いふらしてはならない。あなたの 隣人 りんじん の 血 ち にかかわる 偽証 ぎしょう をしてはならない。わたしは 主 しゅ である。 あなたは 心 こころ に 兄弟 きょうだい を 憎 にく んではならない。あなたの 隣人 りんじん をねんごろにいさめて、 彼 かれ のゆえに 罪 つみ を 身 み に 負 お ってはならない。

神 かみ は 人 ひと のように 偽 いつわ ることはなく、また 人 ひと の 子 こ のように 悔 く いることもない。 言 い ったことで、 行 おこな わないことがあろうか、 語 かた ったことで、しとげないことがあろうか。

あなたがたの 目 め は、 主 しゅ がバアル・ペオルで 行 おこな われたことを 見 み た。ペオルのバアルに 従 したが った 人々 ひとびと は、あなたの 神 かみ 、 主 しゅ がことごとく、あなたのうちから 滅 ほろ ぼしつくされたのである。

それゆえ、あなたがたの 神 かみ 、 主 しゅ が 命 めい じられたとおりに、 慎 つつし んで 行 おこな わなければならない。そして 左 ひだり にも 右 みぎ にも 曲 まが ってはならない。

あなたの 神 かみ 、 主 しゅ がこの四十 年 ねん の 間 あいだ 、 荒野 あらの であなたを 導 みちび かれたそのすべての 道 みち を 覚 おぼ えなければならない。それはあなたを 苦 くる しめて、あなたを 試 こころ み、あなたの 心 こころ のうちを 知 し り、あなたがその 命令 めいれい を 守 まも るか、どうかを 知 し るためであった。 それで 主 しゅ はあなたを 苦 くる しめ、あなたを 飢 う えさせ、あなたも 知 し らず、あなたの 先祖 せんぞ たちも 知 し らなかったマナをもって、あなたを 養 やしな われた。 人 ひと はパンだけでは 生 い きず、 人 ひと は 主 しゅ の 口 くち から 出 で るすべてのことばによって 生 い きることをあなたに 知 し らせるためであった。

あなたはまた 人 ひと がその 子 こ を 訓練 くんれん するように、あなたの 神 かみ 、 主 しゅ もあなたを 訓練 くんれん されることを 心 こころ にとめなければならない。 あなたの 神 かみ 、 主 しゅ の 命令 めいれい を 守 まも り、その 道 みち に 歩 あゆ んで、 彼 かれ を 恐 おそ れなければならない。

あなたがたは 心 こころ が 迷 まよ い、 離 はな れ 去 さ って、 他 た の 神々 かみがみ に 仕 つか え、それを 拝 おが むことのないよう、 慎 つつし まなければならない。

あなたがたはわたしが 命 めい じるこのすべての 事 こと を 守 まも って 行 おこな わなければならない。これにつけ 加 くわ えてはならない。また 減 へ らしてはならない。

あなたがたのうちに 預言者 よげんしゃ または 夢 ゆめ みる 者 もの が 起 た って、しるしや 奇跡 きせき を 示 しめ し、 あなたに 告 つ げるそのしるしや 奇跡 きせき が 実現 じつげん して、あなたがこれまで 知 し らなかった『ほかの 神々 かみがみ に、われわれは 従 したが い 仕 つか えよう』と 言 い っても、 あなたはその 預言者 よげんしゃ または 夢 ゆめ みる 者 もの の 言葉 ことば に 聞 き き 従 したが ってはならない。あなたがたの 神 かみ 、 主 しゅ はあなたがたが 心 こころ をつくし、 精神 せいしん をつくして、あなたがたの 神 かみ 、 主 しゅ を 愛 あい するか、どうかを 知 し ろうと、このようにあなたがたを 試 こころ みられるからである。

ただし 預言者 よげんしゃ が、わたしが 語 かた れと 命 めい じないことを、わたしの 名 な によってほしいままに 語 かた り、あるいは 他 た の 神々 かみがみ の 名 な によって 語 かた るならば、その 預言者 よげんしゃ は 殺 ころ さなければならない』。

あなたは 心 こころ のうちに『われわれは、その 言葉 ことば が 主 しゅ の 言 い われたものでないと、どうして 知 し り 得 え ようか』と 言 い うであろう。 もし 預言者 よげんしゃ があって、 主 しゅ の 名 な によって 語 かた っても、その 言葉 ことば が 成就 じょうじゅ せず、またその 事 こと が 起 おこ らない 時 とき は、それは 主 しゅ が 語 かた られた 言葉 ことば ではなく、その 預言者 よげんしゃ がほしいままに 語 かた ったのである。その 預言者 よげんしゃ を 恐 おそ れるに 及 およ ばない。

そむくことは 占 うらな いの 罪 つみ に 等 ひと しく、 強情 ごうじょう は 偶像 ぐうぞう 礼拝 れいはい の 罪 つみ に 等 ひと しいからである。あなたが 主 しゅ のことばを 捨 す てたので、 主 しゅ もまたあなたを 捨 す てて、 王 おう の 位 くらい から 退 しりぞ けられた」。

その 時 とき 一つの 霊 れい が 進 すす み 出 で て、 主 しゅ の 前 まえ に 立 た ち、『わたしが 彼 かれ をいざないましょう』と 言 い いました。 主 しゅ は『どのような 方法 ほうほう でするのか』と 言 い われたので、 彼 かれ は『わたしが 出 で て 行 い って、 偽 いつわ りを 言 い う 霊 れい となって、すべての 預言者 よげんしゃ の 口 くち に 宿 やど りましょう』と 言 い いました。そこで 主 しゅ は『おまえは 彼 かれ をいざなって、それを 成 な し 遂 と げるであろう。 出 で て 行 い って、そうしなさい』と 言 い われました。 それで 主 しゅ は 偽 いつわ りを 言 い う 霊 れい をあなたのすべての 預言者 よげんしゃ の 口 くち に 入 い れ、また 主 しゅ はあなたの 身 み に 起 おこ る 災 わざわい を 告 つ げられたのです」。

その 時 とき 一つの 霊 れい が 進 すす み 出 で て、 主 しゅ の 前 まえ に 立 た ち、『わたしが 彼 かれ をいざないましょう』と 言 い ったので、 主 しゅ は 彼 かれ に『 何 なに をもってするか』と 言 い われた。 彼 かれ は『わたしが 出 で て 行 い って、 偽 いつわ りを 言 い う 霊 れい となって、すべての 預言者 よげんしゃ の 口 くち に 宿 やど りましょう』と 言 い った。そこで 主 しゅ は『おまえは 彼 かれ をいざなって、それをなし 遂 と げるであろう。 出 で て 行 い って、そうしなさい』と 言 い われた。 それゆえ、 主 しゅ は 偽 いつわ りを 言 い う 霊 れい をこの 預言者 よげんしゃ たちの 口 くち に 入 い れ、また 主 しゅ はあなたについて 災 わざわい を 告 つ げられたのです」。

その 先祖 せんぞ の 神 かみ 、 主 しゅ はその 民 たみ と、すみかをあわれむがゆえに、しきりに、その 使者 ししゃ を 彼 かれ らにつかわされたが、 彼 かれ らが 神 かみ の 使者 ししゃ たちをあざけり、その 言葉 ことば を 軽 かろ んじ、その 預言者 よげんしゃ たちをののしったので、 主 しゅ の 怒 いか りがその 民 たみ に 向 む かって 起 おこ り、ついに 救 すく うことができないようになった。

あなたがたは 偽 いつわ りをもってうわべを 繕 つくろ う 者 もの 、 皆 みな 、 無用 むよう の 医師 いし だ。

なにゆえ、もろもろの 国 くに びとは 騒 さわ ぎたち、もろもろの 民 たみ はむなしい 事 こと をたくらむのか。 地 ち のもろもろの 王 おう は 立 た ち 構 かま え、もろもろのつかさはともに、はかり、 主 しゅ とその 油 あぶら そそがれた 者 もの とに 逆 さか らって 言 い う、 「われらは 彼 かれ らのかせをこわし、 彼 かれ らのきずなを 解 と き 捨 す てるであろう」と。 天 てん に 座 ざ する 者 もの は 笑 わら い、 主 しゅ は 彼 かれ らをあざけられるであろう。

あなたは 偽 いつわ りを 言 い う 者 もの を 滅 ほろ ぼされる。 主 しゅ は 血 ち を 流 なが す 者 もの と、 人 ひと をだます 者 もの を 忌 い みきらわれる。

彼 かれ らの 口 くち には 真実 しんじつ がなく、 彼 かれ らの 心 こころ には 滅 ほろ びがあり、そののどは 開 ひら いた 墓 はか 、その 舌 した はへつらいを 言 い うのです。

【 聖歌 せいか 隊 たい の 指揮者 しきしゃ によってうたわせたダビデの 歌 うた 】 愚 おろ かな 者 もの は 心 こころ のうちに「 神 かみ はない」と 言 い う。 彼 かれ らは 腐 くさ れはて、 憎 にく むべき 事 こと をなし、 善 ぜん を 行 おこな う 者 もの はない。 主 しゅ は 天 てん から 人 ひと の 子 こ らを 見 み おろして、 賢 かしこ い 者 もの 、 神 かみ をたずね 求 もと める 者 もの があるかないかを 見 み られた。 彼 かれ らはみな 迷 まよ い、みなひとしく 腐 くさ れた。 善 ぜん を 行 おこな う 者 もの はない、ひとりもない。

高 たか ぶりと 侮 あなど りとをもって 正 ただ しい 者 もの をみだりにそしる 偽 いつわ りのくちびるをつぐませてください。

あなたの 舌 した をおさえて 悪 あく を 言 い わせず、あなたのくちびるをおさえて 偽 いつわ りを 言 い わすな。

しかし 神 かみ は 悪 あ しき 者 もの に 言 い われる、「あなたはなんの 権利 けんり があってわたしの 定 さだ めを 述 の べ、わたしの 契約 けいやく を 口 くち にするのか。 あなたは 教 おしえ を 憎 にく み、わたしの 言葉 ことば を 捨 す て 去 さ った。

虚偽 きょぎ を 行 おこな う 者 もの よ、あなたの 舌 した は 鋭 するど いかみそりのようだ。 あなたは 善 ぜん よりも 悪 あく を 好 この み、まことを 語 かた るよりも 偽 いつわ りを 語 かた ることを 好 この む。〔セラ 欺 あざむ きの 舌 した よ、あなたはすべての 滅 ほろ ぼす 言葉 ことば を 好 この む。 しかし 神 かみ はとこしえにあなたを 砕 くだ き、あなたを 捕 とら えて、その 天幕 てんまく から 引 ひ き 離 はな し、 生 い ける 者 もの の 地 ち から、あなたの 根 ね を 絶 た やされる。〔セラ

その 口 くち は 牛酪 ぎゅうらく よりもなめらかだが、その 心 こころ には 戦 たたか いがある。その 言葉 ことば は 油 あぶら よりもやわらかだが、それは 抜 ぬ いたつるぎである。

彼 かれ らの 口 くち の 罪 つみ 、そのくちびるの 言葉 ことば のために 彼 かれ らをその 高 たか ぶりに 捕 とら われさせてください。 彼 かれ らが 語 かた るのろいと 偽 いつわ りのために

欺 あざむ くことをする 者 もの はわが 家 いえ のうちに 住 す むことができません。 偽 いつわ りを 言 い う 者 もの はわが 目 め の 前 まえ に 立 た つことができません。

すべてあなたの 定 さだ めから 迷 まよ い 出 で る 者 もの をあなたは、かろしめられます。まことに、 彼 かれ らの 欺 あざむ きはむなしいのです。

わたしは 偽 いつわ りを 憎 にく み、 忌 い みきらいます。しかしあなたのおきてを 愛 あい します。

主 しゅ を 恐 おそ れることは 知識 ちしき のはじめである、 愚 おろ かな 者 もの は 知恵 ちえ と 教訓 きょうくん を 軽 かろ んじる。

「 思慮 しりょ のない 者 もの たちよ、あなたがたは、いつまで 思慮 しりょ のないことを 好 この むのか。あざける 者 もの は、いつまで、あざけり 楽 たの しみ、 愚 おろ かな 者 もの は、いつまで、 知識 ちしき を 憎 にく むのか。 わたしの 戒 いまし めに 心 こころ をとめよ、 見 み よ、わたしは 自分 じぶん の 思 おも いを、あなたがたに 告 つ げ、わたしの 言葉 ことば を、あなたがたに 知 し らせる。

心 こころ をつくして 主 しゅ に 信頼 しんらい せよ、 自分 じぶん の 知識 ちしき にたよってはならない。 すべての 道 みち で 主 しゅ を 認 みと めよ、そうすれば、 主 しゅ はあなたの 道 みち をまっすぐにされる。 自分 じぶん を 見 み て 賢 かしこ いと 思 おも ってはならない、 主 しゅ を 恐 おそ れて、 悪 あく を 離 はな れよ。

曲 まが った 言葉 ことば をあなたから 捨 す てさり、よこしまな 談話 だんわ をあなたから 遠 とお ざけよ。

あなたの 目 め は、まっすぐに 正面 しょうめん を 見 み 、あなたのまぶたはあなたの 前 まえ を、まっすぐに 見 み よ。 あなたの 足 あし の 道 みち に 気 き をつけよ、そうすれば、あなたのすべての 道 みち は 安全 あんぜん である。 右 みぎ にも 左 ひだり にも 迷 まよ い 出 で てはならない、あなたの 足 あし を 悪 あく から 離 はな れさせよ。

主 しゅ の 憎 にく まれるものが六つある、 否 いな 、その 心 こころ に、 忌 い みきらわれるものが七つある。 すなわち、 高 たか ぶる 目 め 、 偽 いつわ りを 言 い う 舌 した 、 罪 つみ なき 人 ひと の 血 ち を 流 なが す 手 て 、 悪 あ しき 計 はか りごとをめぐらす 心 こころ 、すみやかに 悪 あく に 走 はし る 足 あし 、 偽 いつわ りをのべる 証人 しょうにん 、また 兄弟 きょうだい のうちに 争 あらそ いをおこす 人 ひと がこれである。

あざける 者 もの を 戒 いまし める 者 もの は、 自 みずか ら 恥 はじ を 得 え 、 悪 あ しき 者 もの を 責 せ める 者 もの は 自 みずか ら 傷 きず を 受 う ける。 あざける 者 もの を 責 せ めるな、おそらく 彼 かれ はあなたを 憎 にく むであろう。 知恵 ちえ ある 者 もの を 責 せ めよ、 彼 かれ はあなたを 愛 あい する。 知恵 ちえ ある 者 もの に 教訓 きょうくん を 授 さづ けよ、 彼 かれ はますます 知恵 ちえ を 得 え る。 正 ただ しい 者 もの を 教 おし えよ、 彼 かれ は 学 がく に 進 すす む。

主 しゅ を 恐 おそ れることは 知恵 ちえ のもとである、 聖 せい なる 者 もの を 知 し ることは、 悟 さと りである。

真実 しんじつ を 言 い うくちびるは、いつまでも 保 たも つ、 偽 いつわ りを 言 い う 舌 した は、ただ、まばたきの 間 あいだ だけである。

偽 いつわ りを 言 い うくちびるは 主 しゅ に 憎 にく まれ、 真実 しんじつ を 行 おこな う 者 もの は 彼 かれ に 喜 よろこ ばれる。

真実 しんじつ な 証人 しょうにん はうそをいわない、 偽 いつわ りの 証人 しょうにん はうそをつく。 あざける 者 もの は 知恵 ちえ を 求 もと めても 得 え られない、さとき 者 もの は 知識 ちしき を 得 え ることがたやすい。 愚 おろ かな 者 もの の 前 まえ を 離 はな れ 去 さ れ、そこには 知識 ちしき の 言葉 ことば がないからである。

まことの 証人 しょうにん は 人 ひと の 命 いのち を 救 すく う、 偽 いつわ りを 吐 は く 者 もの は 裏 うら 切 ぎり 者 もの である。

あざける 者 もの は 戒 いまし められることを 好 この まない、また 知恵 ちえ ある 者 もの に 近 ちか づかない。

悪 あく を 行 おこな う 者 もの は 偽 いつわ りのくちびるに 聞 き き、 偽 いつわ りをいう 者 もの は 悪 あ しき 舌 した に 耳 みみ を 傾 かたむ ける。

偽 いつわ りの 証人 しょうにん は 罰 ばつ を 免 まぬか れない、 偽 いつわ りをいう 者 もの はのがれることができない。

偽 いつわ りの 証人 しょうにん は 罰 ばつ を 免 まぬか れない、 偽 いつわ りをいう 者 もの は 滅 ほろ びる。

あざける 者 もの を 追放 ついほう すれば 争 あらそ いもまた 去 さ り、かつ、いさかいも、はずかしめもなくなる。

ゆえなく 隣 とな り 人 びと に 敵 てき して、 証言 しょうげん をしてはならない、くちびるをもって 欺 あざむ いてはならない。

あからさまに 戒 いまし めるのは、ひそかに 愛 あい するのにまさる。 愛 あい する 者 もの が 傷 きず つけるのは、まことからであり、あだの 口 くち づけするのは 偽 いつわ りからである。

もし 治 おさ める 者 もの が 偽 いつわ りの 言葉 ことば に 聞 き くならば、その 役人 やくにん らはみな 悪 わる くなる。

神 かみ の 言葉 ことば はみな 真実 しんじつ である、 神 かみ は 彼 かれ に 寄 よ り 頼 たの む 者 もの の 盾 たて である。 その 言葉 ことば に 付 つ け 加 くわ えてはならない、 彼 かれ があなたを 責 せ め、あなたを 偽 いつわ り 者 もの とされないためだ。

良 よ き 名 な は 良 よ き 油 あぶら にまさり、 死 し ぬる 日 ひ は 生 うま るる 日 ひ にまさる。

天 てん よ、 聞 き け、 地 ち よ、 耳 みみ を 傾 かたむ けよ、 主 しゅ が 次 つぎ のように 語 かた られたから、「わたしは 子 こ を 養 やしな い 育 そだ てた、しかし 彼 かれ らはわたしにそむいた。 牛 うし はその 飼主 かいぬし を 知 し り、ろばはその 主人 しゅじん のまぐさおけを 知 し る。しかしイスラエルは 知 し らず、わが 民 たみ は 悟 さと らない」。 ああ、 罪深 つみぶか い 国 くに びと、 不義 ふぎ を 負 お う 民 たみ 、 悪 あく をなす 者 もの のすえ、 堕落 だらく せる 子 こ らよ。 彼 かれ らは 主 しゅ を 捨 す て、イスラエルの 聖者 せいじゃ をあなどり、これをうとんじ 遠 とお ざかった。 あなたがたは、どうして 重 かさ ね 重 がさ ねそむいて、なおも 打 う たれようとするのか。その 頭 あたま はことごとく 病 や み、その 心 こころ は 全 まった く 弱 よわ りはてている。

しかし、そむく 者 もの と 罪 つみ びととは 共 とも に 滅 ほろ ぼされ、 主 しゅ を 捨 す てる 者 もの は 滅 ほろ びうせる。

わざわいなるかな、 彼 かれ らは 悪 あく を 呼 よ んで 善 ぜん といい、 善 ぜん を 呼 よ んで 悪 あく といい、 暗 くら きを 光 ひかり とし、 光 ひかり を 暗 くら しとし、 苦 にが きを 甘 あま しとし、 甘 あま きを 苦 にが しとする。 わざわいなるかな、 彼 かれ らはおのれを 見 み て、 賢 かしこ しとし、みずから 顧 かえり みて、さとしとする。

あなたがたは、ただ 万軍 ばんぐん の 主 しゅ を 聖 せい として、 彼 かれ をかしこみ、 彼 かれ を 恐 おそ れなければならない。 主 しゅ はイスラエルの二つの 家 いえ には 聖所 せいじょ となり、またさまたげの 石 いし 、つまずきの 岩 いわ となり、エルサレムの 住民 じゅうみん には 網 あみ となり、わなとなる。

ただ 教 おしえ とあかしとに 求 もと めよ。まことに 彼 かれ らはこの 言葉 ことば によって 語 かた るが、そこには 夜明 よあ けがない。

黎明 れいめい の 子 こ 、 明 あ けの 明星 みょうじょう よ、あなたは 天 てん から 落 お ちてしまった。もろもろの 国 くに を 倒 たお した 者 もの よ、あなたは 切 き られて 地 ち に 倒 たお れてしまった。 あなたはさきに 心 こころ のうちに 言 い った、『わたしは 天 てん にのぼり、わたしの 王座 おうざ を 高 たか く 神 かみ の 星 ほし の 上 うえ におき、 北 きた の 果 はて なる 集会 しゅうかい の 山 やま に 座 ざ し、 雲 くも のいただきにのぼり、いと 高 たか き 者 もの のようになろう』。 しかしあなたは 陰府 よみ に 落 おと され、 穴 あな の 奥底 おくそこ に 入 い れられる。 あなたを 見 み る 者 もの はつくづくあなたを 見 み 、あなたに 目 め をとめて 言 い う、『この 人 ひと は 地 ち を 震 ふる わせ、 国々 くにぐに を 動 うご かし、

エジプトびとの 魂 たましい は、 彼 かれ らのうちにうせて、むなしくなる。わたしはその 計 はか りごとを 破 やぶ る。 彼 かれ らは 偶像 ぐうぞう および 魔術 まじゅつ 師 し 、 巫子 みこ および 魔法使 まほうつかい に 尋 たず ね 求 もと める。

しかし、これらもまた 酒 さけ のゆえによろめき、 濃 こ き 酒 さけ のゆえによろける。 祭司 さいし と 預言者 よげんしゃ とは 濃 こ き 酒 さけ のゆえによろめき、 酒 さけ のゆえに 心 こころ みだれ、 濃 こ き 酒 さけ のゆえによろける。 彼 かれ らは 幻 まぼろし を 見 み るときに 誤 あやま り、さばきを 行 おこな うときにつまづく。

主 しゅ は 言 い われた、「この 民 たみ は 口 くち をもってわたしに 近 ちか づき、くちびるをもってわたしを 敬 うやま うけれども、その 心 こころ はわたしから 遠 とお く 離 はな れ、 彼 かれ らのわたしをかしこみ 恐 おそ れるのは、そらで 覚 おぼ えた 人 ひと の 戒 いまし めによるのである。

あなたがたは 転倒 てんとう して 考 かんが えている。 陶器 とうき 師 し は 粘土 ねんど と 同 おな じものに 思 おも われるだろうか。 造 つく られた 物 もの はそれを 造 つく った 者 もの について、「 彼 かれ はわたしを 造 つく らなかった」と 言 い い、 形 かたち 造 つく られた 物 もの は 形 かたち 造 つく った 者 もの について、「 彼 かれ は 知恵 ちえ がない」と 言 い うことができようか。

心 こころ のあやまれる 者 もの も、 悟 さと りを 得 え 、つぶやく 者 もの も 教 おしえ をうける」。

彼 かれ らはそむける 民 たみ 、 偽 いつわ りを 言 い う 子 こ ら、 主 しゅ の 教 おしえ を 聞 き こうとしない 子 こ らだ。

彼 かれ らは 先見者 せんけんしゃ にむかって「 見 み るな」と 言 い い、 預言者 よげんしゃ にむかっては「 正 ただ しい 事 こと をわれわれに 預言 よげん するな、 耳 みみ に 聞 き きよいことを 語 かた れ、 迷 まよ わしごとを 預言 よげん せよ。 大路 おおじ を 去 さ り、 小路 こうじ をはなれ、イスラエルの 聖者 せいじゃ について 語 かた り 聞 き かすな」と 言 い う。 それゆえ、イスラエルの 聖者 せいじゃ はこう 言 い われる、「あなたがたはこの 言葉 ことば を 侮 あなど り、しえたげと、よこしまとを 頼 たの み、これにたよるがゆえに、 この 不義 ふぎ はあなたがたには 突 つ き 出 で て、くずれ 落 お ちようとする 高 たか い 石 いし がきの 破 やぶ れのようであって、その 倒壊 とうかい はにわかに、またたくまに 来 く る。

偽 いつわ る 物 もの のしるしをむなしくし、 占 うらな う 者 もの を 狂 くる わせ、 賢 かしこ い 者 もの をうしろに 退 しりぞ けて、その 知識 ちしき を 愚 おろ かにする。

見張 みはり 人 にん らはみな 目 め しいで、 知 し ることがなく、みな、おしの 犬 いぬ で、ほえることができない。みな 夢 ゆめ みる 者 もの 、 伏 ふ している 者 もの 、まどろむことを 好 この む 者 もの だ。 この 犬 いぬ どもは 強欲 ごうよく で、 飽 あ くことを 知 し らない。 彼 かれ らはまた 悟 さと ることのできない 牧者 ぼくしゃ で、 皆 みな おのが 道 みち にむかいゆき、おのおのみな、おのれの 利 り を 求 もと める。

あなたがたは、だれにむかって 戯 ざ れをなすのか。だれにむかって 口 くち を 開 ひら き、 舌 した を 出 だ すのか。あなたがたは 背信 はいしん の 子 こ ら、 偽 いつわ りのすえではないか。

イスラエルの 家 いえ とユダの 家 いえ とはわたしにまったく 不信 ふしん であった」と 主 しゅ は 言 い われる。 「 彼 かれ らは 主 しゅ について 偽 いつわ り 語 かた って 言 い った、『 主 しゅ は 何事 なにごと もなされない、 災 わざわい はわれわれに 来 き ない、またつるぎや、ききんを 見 み ることはない。 預言者 よげんしゃ らは 風 かぜ となり、 彼 かれ らのうちに 言葉 ことば はない。 彼 かれ らはこのようになる』と」。

驚 おどろ くべきこと、 恐 おそ るべきことがこの 地 ち に 起 た っている。 預言者 よげんしゃ は 偽 いつわ って 預言 よげん し、 祭司 さいし は 自分 じぶん の 手 て によって 治 おさ め、わが 民 たみ はこのようにすることを 愛 あい している。しかしあなたがたはその 終 おわ りにはどうするつもりか。

「それは 彼 かれ らが、 小 ちい さい 者 もの から 大 おお きい 者 もの まで、みな 不正 ふせい な 利 り をむさぼり、また 預言者 よげんしゃ から 祭司 さいし にいたるまで、みな 偽 いつわ りを 行 おこな っているからだ。 彼 かれ らは、 手軽 てがる にわたしの 民 たみ の 傷 きず をいやし、 平安 へいあん がないのに『 平安 へいあん 、 平安 へいあん 』と 言 い っている。

人 ひと はみな、その 隣 とな り 人 びと を 欺 あざむ き、 真実 しんじつ を 言 い う 者 もの はない。 彼 かれ らは 自分 じぶん の 舌 した に 偽 いつわ りを 言 い うことを 教 おし え、 悪 あく を 行 おこな い、 疲 つか れて 悔 く い 改 あらた めるいとまもなく、 しえたげに、しえたげを 積 つ み 重 かさ ね、 偽 いつわ りに 偽 いつわ りを 積 つ み 重 かさ ね、わたしを 知 し ることを 拒 こば んでいると、 主 しゅ は 言 い われる。

彼 かれ らの 舌 した は 殺 ころ す 矢 や のようだ、それは 偽 いつわ りを 言 い う。その 口 くち ではおのおの 隣 とな り 人 びと におだやかに 語 かた るが、その 心 こころ では 彼 かれ を 待 ま ち 伏 ぶ せる 計 はか りごとを 立 た てる。

主 しゅ はわたしに 言 い われた、「 預言者 よげんしゃ らはわたしの 名 な によって 偽 いつわ りの 預言 よげん をしている。わたしは 彼 かれ らをつかわさなかった。また 彼 かれ らに 命 めい じたこともなく、 話 はな したこともない。 彼 かれ らは 偽 いつわ りの 黙示 もくし と、 役 やく に 立 た たない 占 うらな い、および 自分 じぶん の 心 こころ でつくりあげた 欺 あざむ きをあなたがたに 預言 よげん しているのだ。 それゆえ、わたしがつかわさないのに、わたしの 名 な によって 預言 よげん して、『つるぎとききんは、この 地 ち にこない』と 言 い っているあの 預言者 よげんしゃ について、 主 しゅ はこう 仰 おお せられる、この 預言者 よげんしゃ らは、つるぎとききんに 滅 ほろ ぼされる。

主 しゅ はこう 言 い われる、「おおよそ 人 ひと を 頼 たの みとし 肉 にく なる 者 もの を 自分 じぶん の 腕 うで とし、その 心 こころ が 主 しゅ を 離 はな れている 人 ひと は、のろわれる。

心 こころ はよろずの 物 もの よりも 偽 いつわ るもので、はなはだしく 悪 あく に 染 そ まっている。だれがこれを、よく 知 し ることができようか。 「 主 しゅ であるわたしは 心 こころ を 探 さぐ り、 思 おも いを 試 こころ みる。おのおのに、その 道 みち にしたがい、その 行 おこな いの 実 み によって 報 むく いをするためである」。

預言者 よげんしゃ たちについて。わが 心 こころ はわたしのうちに 破 やぶ れ、わが 骨 ほね はみな 震 ふる う。 主 しゅ とその 聖 せい なる 言葉 ことば のために、わたしは 酔 よ っている 人 ひと のよう、 酒 さけ に 打 う ち 負 ま かされた 人 ひと のようである。

「 預言者 よげんしゃ と 祭司 さいし とは 共 とも に 神 かみ を 汚 けが す 者 もの である。わたしの 家 いえ においてすら 彼 かれ らの 悪 あく を 見 み たと、 主 しゅ は 言 い われる。 それゆえ、 彼 かれ らの 道 みち は、おのずから 暗黒 あんこく の 中 なか にあるなめらかな 道 みち のようになり、 彼 かれ らは 押 お されてその 道 みち に 倒 たお れる。わたしが 彼 かれ らの 罰 ばっ せられる 年 ねん に、 災 わざわい をその 上 うえ に 臨 のぞ ませるからであると、 主 しゅ は 言 い われる。

しかしエルサレムの 預言者 よげんしゃ のうちには、 恐 おそ ろしい 事 こと のあるのを 見 み た。 彼 かれ らは 姦淫 かんいん を 行 おこな い、 偽 いつわ りに 歩 あゆ み、 悪人 あくにん の 手 て を 強 つよ くし、 人 ひと をその 悪 あく から 離 はな れさせない。 彼 かれ らはみなわたしにはソドムのようであり、その 民 たみ はゴモラのようである」。 それゆえ 万軍 ばんぐん の 主 しゅ は 預言者 よげんしゃ についてこう 言 い われる、「 見 み よ、わたしは 彼 かれ らに、にがよもぎを 食 た べさせ、 毒 どく の 水 みず を 飲 の ませる。 神 かみ を 汚 けが すことがエルサレムの 預言者 よげんしゃ から 出 で て、 全 ぜん 地 ち に 及 およ んでいるからである」。

万軍 ばんぐん の 主 しゅ はこう 言 い われる、「あなたがたに 預言 よげん する 預言者 よげんしゃ の 言葉 ことば を 聞 き いてはならない。 彼 かれ らはあなたがたに、むなしい 望 のぞ みをいだかせ、 主 しゅ の 口 くち から 出 で たのでない、 自分 じぶん の 心 こころ の 黙示 もくし を 語 かた るのである。 彼 かれ らは 主 しゅ の 言葉 ことば を 軽 かる んじる 者 もの に 向 む かって 絶 た えず、『あなたがたは 平安 へいあん を 得 え る』と 言 い い、また 自分 じぶん の 強情 ごうじょう な 心 こころ にしたがって 歩 あゆ むすべての 人 ひと に 向 む かって、『あなたがたに 災 わざわい はこない』と 言 い う」。

主 しゅ の 怒 いか りは、み 心 こころ に 思 おも い 定 さだ められたことをなし 遂 と げられるまで 退 しりぞ くことはない。 末 すえ の 日 ひ にあなたがたはそれを 明 あき らかに 悟 さと る。 預言者 よげんしゃ たちはわたしがつかわさなかったのに、 彼 かれ らは 走 はし った。わたしが、 彼 かれ らに 告 つ げなかったのに、 彼 かれ らは 預言 よげん した。

わが 名 な によって 偽 いつわ りを 預言 よげん する 預言者 よげんしゃ たちが、『わたしは 夢 ゆめ を 見 み た、わたしは 夢 ゆめ を 見 み た』と 言 い うのを 聞 き いた。 偽 いつわ りを 預言 よげん する 預言者 よげんしゃ たちの 心 こころ に、いつまで 偽 いつわ りがあるのであるか。 彼 かれ らはその 心 こころ の 欺 あざむ きを 預言 よげん する。 彼 かれ らはその 先祖 せんぞ がバアルに 従 したが ってわが 名 な を 忘 わす れたように、 互 たがい に 夢 ゆめ を 語 かた って、わたしの 民 たみ にわが 名 な を 忘 わす れさせようとする。 夢 ゆめ をみた 預言者 よげんしゃ は 夢 ゆめ を 語 かた るがよい。しかし、わたしの 言葉 ことば を 受 う けた 者 もの は 誠実 せいじつ にわたしの 言葉 ことば を 語 かた らなければならない。わらと 麦 むぎ とをくらべることができようかと、 主 しゅ は 言 い われる。 主 しゅ は 仰 おお せられる、わたしの 言葉 ことば は 火 ひ のようではないか。また 岩 いわ を 打 う ち 砕 くだ く 鎚 つち のようではないか。

見 み よ、わたしは、『 主 しゅ は 言 い いたもう』と 舌 した をもって 語 かた る 預言者 よげんしゃ の 敵 てき となると、 主 しゅ は 言 い われる。 主 しゅ は 仰 おお せられる、 見 み よ、わたしは 偽 いつわ りの 夢 ゆめ を 預言 よげん する 者 もの の 敵 てき となる。 彼 かれ らはそれを 語 かた り、またその 偽 いつわ りと 大言 たいげん をもってわたしの 民 たみ を 惑 まど わす。わたしが 彼 かれ らをつかわしたのではなく、また 彼 かれ らに 命 めい じたのでもない。それで 彼 かれ らはこの 民 たみ にすこしも 益 えき にならないと、 主 しゅ は 言 い われる。

そして、『 主 しゅ の 重荷 おもに 』と 言 い うその 預言者 よげんしゃ 、 祭司 さいし 、または 民 たみ のひとりを、その 家族 かぞく と 共 とも にわたしは 罰 ばっ する。 あなたがたは、みな 互 たがい に、 隣 とな り 人 びと に、また 兄弟 きょうだい に、こう 言 い わなければならない、『 主 しゅ はなんと 答 こた えられましたか』、『 主 しゅ はなんと 言 い われましたか』と。 しかし 重 かさ ねて『 主 しゅ の 重荷 おもに 』と 言 い ってはならない。 重荷 おもに は 人 ひと おのおのの 自分 じぶん の 言葉 ことば だからである。あなたがたは 生 い ける 神 かみ 、 万軍 ばんぐん の 主 しゅ なるわれわれの 神 かみ の 言葉 ことば を 曲 ま げる 者 もの である。

もしあなたがたが『 主 しゅ の 重荷 おもに 』と 言 い うならば、 主 しゅ はこう 仰 おお せられる、『わたしが 人 ひと をあなたがたにつかわして、あなたがたは「 主 しゅ の 重荷 おもに 」と 言 い ってはならないと 言 い わせたのに、あなたがたは「 主 しゅ の 重荷 おもに 」という 言葉 ことば を 言 い ったので、 わたしは 必 かなら ずあなたがたを 捕 とら え 移 うつ させ、あなたがたとあなたがたの 先祖 せんぞ とに 与 あた えたこの 町 まち と、あなたがたとを、わたしの 前 まえ から 捨 す て 去 さ る。 そして、 忘 わす れられることのない 永遠 えいえん のはずかしめと 永遠 えいえん の 恥 はじ を、あなたがたにこうむらせる』」。

それで、あなたがたの 預言者 よげんしゃ 、 占 うらな い 師 し 、 夢 ゆめ みる 者 もの 、 法 ほう 術 じゅつ 師 し 、 魔法使 まほうつかい が、「あなたがたはバビロンの 王 おう に 仕 つか えることはない」と 言 い っても、 聞 き いてはならない。 彼 かれ らはあなたがたに 偽 いつわ りを 預言 よげん して、あなたがたを 自分 じぶん の 国 くに から 遠 とお く 離 はな れさせ、わたしに、あなたがたを 追 お い 出 だ してあなたがたを 滅 ほろ ぼさせるのである。

あなたがたはバビロンの 王 おう に 仕 つか えることはないとあなたがたに 告 つ げる 預言者 よげんしゃ の 言葉 ことば を 聞 き いてはならない。 彼 かれ らがあなたがたに 預言 よげん していることは 偽 いつわ りであるからだ。 主 しゅ は 言 い われる、わたしが 彼 かれ らをつかわしたのではないのに、 彼 かれ らはわたしの 名 な によって 偽 いつわ って 預言 よげん している。そのために、わたしはあなたがたを 追 お い 払 はら い、あなたがたと、あなたがたに 預言 よげん する 預言者 よげんしゃ たちを 滅 ほろ ぼすようになるのだ」。 わたしはまた 祭司 さいし とこのすべての 民 たみ とに 語 かた って 言 い った、「 主 しゅ はこう 仰 おお せられる、『 見 み よ、 主 しゅ の 宮 みや の 器 うつわ は 今 いま 、すみやかに、バビロンから 返 かえ されてくる』とあなたがたに 預言 よげん する 預言者 よげんしゃ の 言葉 ことば を 聞 き いてはならない。それは、 彼 かれ らがあなたがたに 預言 よげん していることは 偽 いつわ りであるからだ。

万軍 ばんぐん の 主 しゅ 、イスラエルの 神 かみ はこう 言 い われる、あなたがたのうちにいる 預言者 よげんしゃ と 占 うらな い 師 し に 惑 まど わされてはならない。また 彼 かれ らの 見 み る 夢 ゆめ に 聞 き き 従 したが ってはならない。 それは、 彼 かれ らがわたしの 名 な によってあなたがたに 偽 いつわ りを 預言 よげん しているからである。わたしが 彼 かれ らをつかわしたのではないと 主 しゅ は 言 い われる。

わたしの 民 たみ は 迷 まよ える 羊 ひつじ の 群 む れである、その 牧者 ぼくしゃ がこれをいざなって、 山 やま に 踏 ふ み 迷 まよ わせたので、 山 やま から 丘 おか へと 行 い きめぐり、その 休 やす む 所 ところ を 忘 わす れた。

わたしが 悪人 あくにん に『あなたは 必 かなら ず 死 し ぬ』と 言 い うとき、あなたは 彼 かれ の 命 いのち を 救 すく うために 彼 かれ を 戒 いまし めず、また 悪人 あくにん を 戒 いまし めて、その 悪 わる い 道 みち から 離 はな れるように 語 かた らないなら、その 悪人 あくにん は 自分 じぶん の 悪 あく のために 死 し ぬ。しかしその 血 ち をわたしはあなたの 手 て から 求 もと める。 しかし、もしあなたが 悪人 あくにん を 戒 いまし めても、 彼 かれ がその 悪 あく をも、またその 悪 わる い 道 みち をも 離 はな れないなら、 彼 かれ はその 悪 あく のために 死 し ぬ。しかしあなたは 自分 じぶん の 命 いのち を 救 すく う。 また 義人 ぎじん がその 義 ぎ にそむき、 不義 ふぎ を 行 おこな うなら、わたしは 彼 かれ の 前 まえ に、つまずきを 置 お き、 彼 かれ は 死 し ぬ。あなたが 彼 かれ を 戒 いまし めなかったゆえ、 彼 かれ はその 罪 つみ のために 死 し に、その 行 おこな った 義 ぎ は 覚 おぼ えられない。しかしその 血 ち をわたしはあなたの 手 て から 求 もと める。 けれども、もしあなたが 義人 ぎじん を 戒 いまし めて、 罪 つみ を 犯 おか さないように 語 かた り、そして 彼 かれ が 罪 つみ を 犯 おか さないなら、 彼 かれ は 戒 いまし めを 受 う けいれたゆえに、その 命 いのち を 保 たも ち、あなたは 自分 じぶん の 命 いのち を 救 すく う」。

イスラエルの 家 いえ のうちには、もはやむなしい 幻 まぼろし も、 偽 いつわ りの 占 うらな いもなくなる。

主 しゅ の 言葉 ことば がわたしに 臨 のぞ んだ、 「 人 ひと の 子 こ よ、イスラエルの 預言者 よげんしゃ たちに 向 む かって 預言 よげん せよ。すなわち 自分 じぶん の 心 こころ のままに 預言 よげん する 人々 ひとびと に 向 む かって、 預言 よげん して 言 い え、『あなたがたは 主 しゅ の 言葉 ことば を 聞 き け』。 主 しゅ なる 神 かみ はこう 言 い われる、なにも 見 み ないで、 自分 じぶん の 霊 れい に 従 したが う 愚 おろ かな 預言者 よげんしゃ たちはわざわいだ。

イスラエルよ、あなたの 預言者 よげんしゃ たちは、 荒 あ れ 跡 あと にいるきつねのようだ。 あなたがたは 主 しゅ の 日 ひ に 戦 たたか いに 立 た つため、 破 やぶ れ 口 くち にのぼらず、またイスラエルの 家 いえ のために 石 いし がきを 築 きず こうともしない。 彼 かれ らは 虚偽 きょぎ を 言 い い、 偽 いつわ りを 占 うらな った。 彼 かれ らは 主 しゅ が 彼 かれ らをつかわさないのに『 主 しゅ が 言 い われる』と 言 い い、なおその 言葉 ことば の 成就 じょうじゅ することを 期待 きたい する。 あなたがたはむなしい 幻 まぼろし を 見 み 、 偽 いつわ りの 占 うらな いを 語 かた り、わたしが 言 い わないのに『 主 しゅ が 言 い われる』と 言 い ったではないか」。

それゆえ、 主 しゅ なる 神 かみ はこう 言 い われる、「あなたがたはむなしいことを 語 かた り、 偽 いつわ りの 物 もの を 見 み るゆえ、わたしはあなたがたを 罰 ばっ すると 主 しゅ なる 神 かみ は 言 い われる。

わたしの 手 て は、むなしい 幻 まぼろし を 見 み 、 偽 いつわ りの 占 うらな いを 言 い う 預言者 よげんしゃ に 敵対 てきたい する。 彼 かれ らはわが 民 たみ の 会 かい に 臨 のぞ まず、イスラエルの 家 いえ の 籍 せき にしるされず、イスラエルの 地 ち に、はいることができない。そしてあなたがたはわたしが 主 しゅ なる 神 かみ であることを 知 し るようになる。 彼 かれ らはわが 民 たみ を 惑 まど わし、 平和 へいわ がないのに『 平和 へいわ 』と 言 い い、また 民 たみ が 塀 へい を 築 きず く 時 とき 、これらの 預言者 よげんしゃ たちは 水 みず しっくいをもってこれを 塗 ぬ る。 それゆえ、 水 みず しっくいを 塗 ぬ る 者 もの どもに『これはかならずくずれる』と 言 い え。これに 大雨 おおあめ が 注 そそ ぎ、ひょうが 降 ふ り、あらしが 吹 ふ く。 そして 塀 へい がくずれる 時 とき 、 人々 ひとびと はあなたがたに 向 む かって、『あなたがたが 塗 ぬ った 水 みず しっくいはどこにあるか』と 言 い わないであろうか。 それゆえ、 主 しゅ なる 神 かみ はこう 言 い われる、わたしはわが 憤 いきどお りをもって 大風 おおかぜ を 起 おこ し、わが 怒 いか りをもって 大雨 おおあめ を 注 そそ がせ、 憤 いきどお りをもってひょうを 降 ふ らせて、これを 滅 ほろ ぼす。 またわたしはあなたがたが 水 みず しっくいをもって 塗 ぬ った 塀 へい をこわして、これを 地 ち に 倒 たお し、その 基 もとい をあらわす。これが 倒 たお れる 時 とき 、あなたがたはその 中 なか に 滅 ほろ びる。そしてあなたがたは、わたしが 主 しゅ であることを 知 し るようになる。 こうしてわたしが、その 塀 へい と、これを 水 みず しっくいで 塗 ぬ った 者 もの との 上 うえ に、わたしの 憤 いきどお りを 漏 も らし 尽 つく して、あなたがたに 言 い う、 塀 へい はなくなり、これを 塗 ぬ った 者 もの もなくなる。 これがすなわち 平和 へいわ がないのに 平和 へいわ の 幻 まぼろし を 見 み 、エルサレムについて 預言 よげん したイスラエルの 預言者 よげんしゃ であると、 主 しゅ なる 神 かみ は 言 い われる。

人 ひと の 子 こ よ、 心 こころ のままに 預言 よげん するあなたの 民 たみ の 娘 むすめ たちに 対 たい して、あなたの 顔 かお を 向 む け、 彼 かれ らに 向 む かって 預言 よげん して、

あなたがたは 偽 いつわ りをもって 正 ただ しい 者 もの の 心 こころ を 悩 なや ました。わたしはこれを 悩 なや まさなかった。またあなたがたは 悪人 あくにん が、その 命 いのち を 救 すく うために、その 悪 あ しき 道 みち から 離 はな れようとする 時 とき 、それをしないように 勧 すす める。 それゆえ、あなたがたは 重 かさ ねてむなしい 幻 まぼろし を 見 み ることができず、 占 うらな いをすることができないようになる。わたしはわが 民 たみ を、あなたがたの 手 て から 救 すく い 出 だ す。そのとき、あなたがたはわたしが 主 しゅ であることを 知 し るようになる」。

その 預言者 よげんしゃ たちは、 水 みず しっくいでこれを 塗 ぬ り、 偽 いつわ りの 幻 まぼろし を 見 み 、 彼 かれ らに 偽 いつわ りを 占 うらな い、 主 しゅ が 語 かた らないのに『 主 しゅ なる 神 かみ はこう 言 い われる』と 言 い う。

それゆえ、 主 しゅ なる 神 かみ はこう 言 い われる、あなたは 自分 じぶん を 神 かみ のように 賢 かしこ いと 思 おも っているゆえ、 見 み よ、わたしは、もろもろの 国民 こくみん の 最 もっと も 恐 おそ れている 異邦人 いほうじん をあなたに 攻 せ めこさせる。 彼 かれ らはつるぎを 抜 ぬ いて、あなたが 知恵 ちえ をもって 得 え た 麗 うるわ しいものに 向 む かい、あなたの 輝 かがや きを 汚 けが し、

彼 かれ は 国 くに につるぎが 臨 のぞ むのを 見 み て、ラッパを 吹 ふ き、 民 たみ を 戒 いまし める。 しかし 人 ひと がラッパの 音 おと を 聞 き いても、みずから 警戒 けいかい せず、ついにつるぎが 来 き て、その 人 ひと を 殺 ころ したなら、その 血 ち は 彼 かれ のこうべに 帰 き する。 彼 かれ はラッパの 音 おと を 聞 き いて、みずから 警戒 けいかい しなかったのであるから、その 血 ち は 彼 かれ 自身 じしん に 帰 き する。しかしその 人 ひと が、みずから 警戒 けいかい したなら、その 命 いのち は 救 すく われる。 しかし 見守 みまも る 者 もの が、つるぎの 臨 のぞ むのを 見 み ても、ラッパを 吹 ふ かず、そのため 民 たみ が、みずから 警戒 けいかい しないでいるうちに、つるぎが 臨 のぞ み、 彼 かれ らの 中 なか のひとりを 失 うしな うならば、その 人 ひと は、 自分 じぶん の 罪 つみ のために 殺 ころ されるが、わたしはその 血 ち の 責任 せきにん を、 見守 みまも る 者 もの の 手 て に 求 もと める。

それゆえ、 人 ひと の 子 こ よ、わたしはあなたを 立 た てて、イスラエルの 家 いえ を 見守 みまも る 者 もの とする。あなたはわたしの 口 くち から 言葉 ことば を 聞 き き、わたしに 代 かわ って 彼 かれ らを 戒 いまし めよ。 わたしが 悪人 あくにん に 向 む かって、 悪人 あくにん よ、あなたは 必 かなら ず 死 し ぬと 言 い う 時 とき 、あなたが 悪人 あくにん を 戒 いまし めて、その 道 みち から 離 はな れさせるように 語 かた らなかったら、 悪人 あくにん は 自分 じぶん の 罪 つみ によって 死 し ぬ。しかしわたしはその 血 ち を、あなたの 手 て に 求 もと める。 しかしあなたが 悪人 あくにん に、その 道 みち を 離 はな れるように 戒 いまし めても、その 悪人 あくにん がその 道 みち を 離 はな れないなら、 彼 かれ は 自分 じぶん の 罪 つみ によって 死 し ぬ。しかしあなたの 命 いのち は 救 すく われる。

また、わたしが 悪人 あくにん に『あなたは 必 かなら ず 死 し ぬ』と 言 い っても、もし 彼 かれ がその 罪 つみ を 離 はな れ、 公道 こうどう と 正義 せいぎ とを 行 おこな うならば、 すなわちその 悪人 あくにん が 質物 しちもつ を 返 かえ し、 奪 うば った 物 もの をもどし、 命 いのち の 定 さだ めに 歩 あゆ み、 悪 あく を 行 おこな わないならば、 彼 かれ は 必 かなら ず 生 い きる。 決 けっ して 死 し なない。

あなたの 民 たみ の 人々 ひとびと は『 主 しゅ の 道 みち は 公平 こうへい でない』と 言 い う。しかし 彼 かれ らの 道 みち こそ 公平 こうへい でないのである。 義人 ぎじん がその 義 ぎ を 離 はな れて、 罪 つみ を 犯 おか すならば、 彼 かれ はこれがために 死 し ぬ。 悪人 あくにん がその 悪 あく を 離 はな れて、 公道 こうどう と 正義 せいぎ とを 行 おこな うならば、 彼 かれ はこれによって 生 い きる。 それであるのに、あなたがたは『 主 しゅ の 道 みち は 公平 こうへい でない』と 言 い う。イスラエルの 家 いえ よ、わたしは 各自 かくじ のおこないにしたがって、あなたがたをさばく」。

「 人 ひと の 子 こ よ、イスラエルの 牧者 ぼくしゃ たちに 向 む かって 預言 よげん せよ。 預言 よげん して 彼 かれ ら 牧者 ぼくしゃ に 言 い え、 主 しゅ なる 神 かみ はこう 言 い われる、わざわいなるかな、 自分 じぶん 自身 じしん を 養 やしな うイスラエルの 牧者 ぼくしゃ。 牧者 ぼくしゃ は 群 む れを 養 やしな うべき 者 もの ではないか。 ところが、あなたがたは 脂肪 しぼう を 食 た べ、 毛織物 けおりもの をまとい、 肥 こ えたものをほふるが、 群 む れを 養 やしな わない。 あなたがたは 弱 よわ った 者 もの を 強 つよ くせず、 病 や んでいる 者 もの をいやさず、 傷 きず ついた 者 もの をつつまず、 迷 まよ い 出 で た 者 もの を 引 ひ き 返 かえ らせず、うせた 者 もの を 尋 たず ねず、 彼 かれ らを 手荒 てあら く、きびしく 治 おさ めている。 彼 かれ らは 牧者 ぼくしゃ がないために 散 ち り、 野 の のもろもろの 獣 けもの のえじきになる。 わが 羊 ひつじ は 散 ち らされている。 彼 かれ らはもろもろの 山 やま と、もろもろの 高 たか き 丘 おか にさまよい、わが 羊 ひつじ は 地 ち の 全面 ぜんめん に 散 ち らされているが、これを 捜 さが す 者 もの もなく、 尋 たず ねる 者 もの もない。

主 しゅ なる 神 かみ は 言 い われる、わたしは 生 い きている。わが 羊 ひつじ はかすめられ、わが 羊 ひつじ は 野 の のもろもろの 獣 けもの のえじきとなっているが、その 牧者 ぼくしゃ はいない。わが 牧者 ぼくしゃ はわが 羊 ひつじ を 尋 たず ねない。 牧者 ぼくしゃ は 自身 じしん を 養 やしな うが、わが 羊 ひつじ を 養 やしな わない。 それゆえ 牧者 ぼくしゃ らよ、 主 しゅ の 言葉 ことば を 聞 き け。 主 しゅ なる 神 かみ はこう 言 い われる、 見 み よ、わたしは 牧者 ぼくしゃ らの 敵 てき となり、わたしの 羊 ひつじ を 彼 かれ らの 手 て に 求 もと め、 彼 かれ らにわたしの 群 む れを 養 やしな うことをやめさせ、 再 ふたた び 牧者 ぼくしゃ 自身 じしん を 養 やしな わせない。またわが 羊 ひつじ を 彼 かれ らの 口 くち から 救 すく って、 彼 かれ らの 食物 しょくもつ にさせない。

主 しゅ なる 神 かみ はこう 言 い われる、あなたがた、わが 群 む れよ、 見 み よ、わたしは 羊 ひつじ と 羊 ひつじ との 間 あいだ 、 雄羊 おひつじ と 雄 お やぎとの 間 あいだ をさばく。

それゆえ、 主 しゅ なる 神 かみ はこう 彼 かれ らに 言 い われる、 見 み よ、わたしは 肥 こ えた 羊 ひつじ と、やせた 羊 ひつじ との 間 あいだ をさばく。 あなたがたは、わきと 肩 かた とをもって 押 お し、 角 つの をもって、すべて 弱 よわ い 者 もの を 突 つ き、ついに 彼 かれ らを 外 そと に 追 お い 散 ち らした。 それゆえ、わたしはわが 群 む れを 助 たす けて、 再 ふたた びかすめさせず、 羊 ひつじ と 羊 ひつじ との 間 あいだ をさばく。

あなたがたは、わたしに 対 たい して 口 くち をもって 誇 ほこ り、またわたしに 対 たい して、あなたがたの 言葉 ことば を 多 おお くした。わたしはそれを 聞 き いた。

わたしの 民 たみ は 知識 ちしき がないために 滅 ほろ ぼされる。あなたは 知識 ちしき を 捨 す てたゆえに、わたしもあなたを 捨 す てて、わたしの 祭司 さいし としない。あなたはあなたの 神 かみ の 律法 りっぽう を 忘 わす れたゆえに、わたしもまたあなたの 子 こ らを 忘 わす れる。

わが 民 たみ は 木 き に 向 む かって 事 こと を 尋 たず ねる。またそのつえは 彼 かれ らに 事 こと を 示 しめ す。これは 淫行 いんこう の 霊 れい が 彼 かれ らを 迷 まよ わしたからである。 彼 かれ らはその 神 かみ を 捨 す てて 淫行 いんこう をなした。

わが 民 たみ を 惑 まど わす 預言者 よげんしゃ について 主 しゅ はこう 言 い われる、 彼 かれ らは 食 た べ 物 もの のある 時 とき には、「 平安 へいあん 」を 叫 さけ ぶけれども、その 口 くち に 何 なに も 与 あた えない 者 もの にむかっては、 宣戦 せんせん を 布告 ふこく する。 それゆえ、あなたがたには 夜 よる があっても 幻 まぼろし がなく、 暗 くら やみがあっても 占 うらな いがない。 太陽 たいよう はその 預言者 よげんしゃ たちに 没 ぼっ し、 昼 ひる も 彼 かれ らの 上 うえ に 暗 くら くなる。 先見者 せんけんしゃ は 恥 はじ をかき、 占 うらな い 師 し は 顔 かお をあからめ、 彼 かれ らは 皆 みな そのくちびるをおおう。 神 かみ の 答 こたえ がないからである。

そのかしらたちは、まいないをとってさばき、その 祭司 さいし たちは 価 あたい をとって 教 おし え、その 預言者 よげんしゃ たちは 金 きん をとって 占 うらな う。しかもなお 彼 かれ らは 主 しゅ に 寄 よ り 頼 たよ んで、「 主 しゅ はわれわれの 中 なか におられるではないか、だから 災 わざわい はわれわれに 臨 のぞ むことがない」と 言 い う。

あなたがたのなすべき 事 こと はこれである。あなたがたは 互 たがい に 真実 しんじつ を 語 かた り、またあなたがたの 門 もん で、 真実 しんじつ と 平和 へいわ のさばきとを、 行 おこな わなければならない。 あなたがたは、 互 たがい に 人 ひと を 害 がい することを、 心 こころ に 図 はか ってはならない。 偽 いつわ りの 誓 ちか いを 好 この んではならない。わたしはこれらの 事 こと を 憎 にく むからであると、 主 しゅ は 言 い われる」。

テラピムは、たわごとを 言 い い、 占 うらな い 師 し は 偽 いつわ りを 見 み 、 夢見 ゆめみ る 者 もの は 偽 いつわ りの 夢 ゆめ を 語 かた り、むなしい 慰 なぐさ めを 与 あた える。このゆえに、 民 たみ は 羊 ひつじ のようにさまよい、 牧者 ぼくしゃ がないために 悩 なや む。

その 羊 ひつじ の 群 む れを 捨 す てる 愚 おろ かな 牧者 ぼくしゃ はわざわいだ。どうか、つるぎがその 腕 うで を 撃 う ち、その 右 みぎ の 目 め を 撃 う つように。その 腕 うで は 全 まった く 衰 おとろ え、その 右 みぎ の 目 め は 全 まった く 見 み えなくなるように」。

万軍 ばんぐん の 主 しゅ は 言 い われる、その 日 ひ には、わたしは 地 ち から 偶像 ぐうぞう の 名 な を 取 と り 除 のぞ き、 重 かさ ねて 人 ひと に 覚 おぼ えられることのないようにする。わたしはまた 預言者 よげんしゃ および 汚 けが れの 霊 れい を、 地 ち から 去 さ らせる。 もし、 人 ひと が 今後 こんご 預言 よげん するならば、その 産 う みの 父母 ふぼ はこれにむかって、『あなたは 主 しゅ の 名 な をもって 偽 いつわ りを 語 かた るゆえ、 生 い きていることができない』と 言 い い、その 産 う みの 父母 ふぼ は 彼 かれ が 預言 よげん している 時 とき 、 彼 かれ を 刺 さ すであろう。 その 日 ひ には、 預言者 よげんしゃ たちは 皆 みな 預言 よげん する 時 とき 、その 幻 まぼろし を 恥 は じる。また 人 ひと を 欺 あざむ くための 毛 け の 上着 うわぎ を 着 き ない。 そして『わたしは 預言者 よげんしゃ ではない、わたしは 土地 とち を 耕 たがや す 者 もの だ。 若 わか い 時 とき から 土地 とち を 持 も っている』と 言 い う。

祭司 さいし のくちびるは 知識 ちしき を 保 たも ち、 人々 ひとびと が 彼 かれ の 口 くち から 律法 りっぽう を 尋 たず ねるのが 当然 とうぜん である。 彼 かれ は 万軍 ばんぐん の 主 しゅ の 使者 ししゃ だからだ。 ところが、あなたがたは 道 みち を 離 はな れ、 多 おお くの 人 ひと を 教 おし えてつまずかせ、レビの 契約 けいやく を 破 やぶ ったと、 万軍 ばんぐん の 主 しゅ は 言 い われる。 あなたがたはわたしの 道 みち を 守 まも らず、 律法 りっぽう を 教 おし えるに 当 あた って、 人 ひと にかたよったがために、あなたがたをすべての 民 たみ の 前 まえ に 侮 あなど られ、 卑 いや しめられるようにする」。

義 ぎ のために 迫害 はくがい されてきた 人 ひと たちは、さいわいである、 天国 てんごく は 彼 かれ らのものである。 わたしのために 人々 ひとびと があなたがたをののしり、また 迫害 はくがい し、あなたがたに 対 たい し 偽 いつわ って 様々 さまざま の 悪口 あっこう を 言 い う 時 とき には、あなたがたは、さいわいである。 喜 よろこ び、よろこべ、 天 てん においてあなたがたの 受 う ける 報 むく いは 大 おお きい。あなたがたより 前 まえ の 預言者 よげんしゃ たちも、 同 おな じように 迫害 はくがい されたのである。

わたしが 律法 りっぽう や 預言者 よげんしゃ を 廃 はい するためにきた、と 思 おも ってはならない。 廃 はい するためではなく、 成就 じょうじゅ するためにきたのである。 よく 言 い っておく。 天地 てんち が 滅 ほろ び 行 ゆ くまでは、 律法 りっぽう の一 点 てん 、 一画 いっかく もすたることはなく、ことごとく 全 まっと うされるのである。 それだから、これらの 最 もっと も 小 ちい さいいましめの一つでも 破 やぶ り、またそうするように 人 ひと に 教 おし えたりする 者 もの は、 天国 てんごく で 最 もっと も 小 ちい さい 者 もの と 呼 よ ばれるであろう。しかし、これをおこないまたそう 教 おし える 者 もの は、 天国 てんごく で 大 おお いなる 者 もの と 呼 よ ばれるであろう。

なぜ、 兄弟 きょうだい の 目 め にあるちりを 見 み ながら、 自分 じぶん の 目 め にある 梁 はり を 認 みと めないのか。 自分 じぶん の 目 め には 梁 はり があるのに、どうして 兄弟 きょうだい にむかって、あなたの 目 め からちりを 取 と らせてください、と 言 い えようか。 偽善者 ぎぜんしゃ よ、まず 自分 じぶん の 目 め から 梁 はり を 取 と りのけるがよい。そうすれば、はっきり 見 み えるようになって、 兄弟 きょうだい の 目 め からちりを 取 と りのけることができるだろう。 聖 せい なるものを 犬 いぬ にやるな。また 真珠 しんじゅ を 豚 ぶた に 投 な げてやるな。 恐 おそ らく 彼 かれ らはそれらを 足 あし で 踏 ふ みつけ、 向 む きなおってあなたがたにかみついてくるであろう。

狭 せま い 門 もん からはいれ。 滅 ほろ びにいたる 門 もん は 大 おお きく、その 道 みち は 広 ひろ い。そして、そこからはいって 行 い く 者 もの が 多 おお い。 命 いのち にいたる 門 もん は 狭 せま く、その 道 みち は 細 ほそ い。そして、それを 見 み いだす 者 もの が 少 すく ない。

にせ 預言者 よげんしゃ を 警戒 けいかい せよ。 彼 かれ らは、 羊 ひつじ の 衣 ころも を 着 き てあなたがたのところに 来 く るが、その 内側 うちがわ は 強欲 ごうよく なおおかみである。

良 よ い 実 み を 結 むす ばない 木 き はことごとく 切 き られて、 火 ひ の 中 なか に 投 な げ 込 こ まれる。 このように、あなたがたはその 実 み によって 彼 かれ らを 見 み わけるのである。

わたしにむかって『 主 しゅ よ、 主 しゅ よ』と 言 い う 者 もの が、みな 天国 てんごく にはいるのではなく、ただ、 天 てん にいますわが 父 ちち の 御旨 みむね を 行 おこな う 者 もの だけが、はいるのである。 その 日 ひ には、 多 おお くの 者 もの が、わたしにむかって『 主 しゅ よ、 主 しゅ よ、わたしたちはあなたの 名 な によって 預言 よげん したではありませんか。また、あなたの 名 な によって 悪霊 あくれい を 追 お い 出 だ し、あなたの 名 な によって 多 おお くの 力 ちから あるわざを 行 おこな ったではありませんか』と 言 い うであろう。 そのとき、わたしは 彼 かれ らにはっきり、こう 言 い おう、『あなたがたを 全 まった く 知 し らない。 不法 ふほう を 働 はたら く 者 もの どもよ、 行 い ってしまえ』。

また 人 ひと の 子 こ に 対 たい して 言 い い 逆 さか らう 者 もの は、ゆるされるであろう。しかし、 聖霊 せいれい に 対 たい して 言 い い 逆 さか らう 者 もの は、この 世 よ でも、きたるべき 世 よ でも、ゆるされることはない。

だから、 彼 かれ らには 譬 たとえ で 語 かた るのである。それは 彼 かれ らが、 見 み ても 見 み ず、 聞 き いても 聞 き かず、また 悟 さと らないからである。 こうしてイザヤの 言 い った 預言 よげん が、 彼 かれ らの 上 うえ に 成就 じょうじゅ したのである。『あなたがたは 聞 き くには 聞 き くが、 決 けっ して 悟 さと らない。 見 み るには 見 み るが、 決 けっ して 認 みと めない。

そこで、 種 たね まきの 譬 たとえ を 聞 き きなさい。 だれでも 御国 みくに の 言 ことば を 聞 き いて 悟 さと らないならば、 悪 わる い 者 もの がきて、その 人 ひと の 心 こころ にまかれたものを 奪 うば いとって 行 い く。 道 みち ばたにまかれたものというのは、そういう 人 ひと のことである。 石地 いしじ にまかれたものというのは、 御言 みことば を 聞 き くと、すぐに 喜 よろこ んで 受 う ける 人 ひと のことである。 その 中 なか に 根 ね がないので、しばらく 続 つづ くだけであって、 御言 みことば のために 困難 こんなん や 迫害 はくがい が 起 おこ ってくると、すぐつまずいてしまう。 また、いばらの 中 なか にまかれたものとは、 御言 みことば を 聞 き くが、 世 よ の 心 こころ づかいと 富 とみ の 惑 まど わしとが 御言 みことば をふさぐので、 実 み を 結 むす ばなくなる 人 ひと のことである。 また、 良 よ い 地 ち にまかれたものとは、 御言 みことば を 聞 き いて 悟 さと る 人 ひと のことであって、そういう 人 ひと が 実 み を 結 むす び、百 倍 ばい 、あるいは六十 倍 ばい 、あるいは三十 倍 ばい にもなるのである」。

イエスは 答 こた えて 言 い われた、「なぜ、あなたがたも 自分 じぶん たちの 言伝 いいつた えによって、 神 かみ のいましめを 破 やぶ っているのか。

『この 民 たみ は、 口 くち さきではわたしを 敬 うやま うが、その 心 こころ はわたしから 遠 とお く 離 はな れている。 人間 にんげん のいましめを 教 おしえ として 教 おし え、 無意味 むいみ にわたしを 拝 おが んでいる』」。

イエスは 答 こた えて 言 い われた、「わたしの 天 てん の 父 ちち がお 植 う えにならなかったものは、みな 抜 ぬ き 取 と られるであろう。 彼 かれ らをそのままにしておけ。 彼 かれ らは 盲人 もうじん を 手引 てび きする 盲人 もうじん である。もし 盲人 もうじん が 盲人 もうじん を 手引 てび きするなら、ふたりとも 穴 あな に 落 お ち 込 こ むであろう」。

わたしが 言 い ったのは、パンについてではないことを、どうして 悟 さと らないのか。ただ、パリサイ 人 びと とサドカイ 人 びと とのパン 種 だね を 警戒 けいかい しなさい」。 そのとき 彼 かれ らは、イエスが 警戒 けいかい せよと 言 い われたのは、パン 種 だね のことではなく、パリサイ 人 びと とサドカイ 人 びと との 教 おしえ のことであると 悟 さと った。

イエスは 振 ふ り 向 む いて、ペテロに 言 い われた、「サタンよ、 引 ひ きさがれ。わたしの 邪魔 じゃま をする 者 もの だ。あなたは 神 かみ のことを 思 おも わないで、 人 ひと のことを 思 おも っている」。

もしあなたの 兄弟 きょうだい が 罪 つみ を 犯 おか すなら、 行 い って、 彼 かれ とふたりだけの 所 ところ で 忠告 ちゅうこく しなさい。もし 聞 き いてくれたら、あなたの 兄弟 きょうだい を 得 え たことになる。 もし 聞 き いてくれないなら、ほかにひとりふたりを、 一緒 いっしょ に 連 つ れて 行 い きなさい。それは、ふたりまたは三 人 にん の 証人 しょうにん の 口 くち によって、すべてのことがらが 確 たし かめられるためである。 もし 彼 かれ らの 言 い うことを 聞 き かないなら、 教会 きょうかい に 申 もう し 出 で なさい。もし 教会 きょうかい の 言 い うことも 聞 き かないなら、その 人 ひと を 異邦人 いほうじん または 取税人 しゅぜいにん 同様 どうよう に 扱 あつか いなさい。

イエスは 彼 かれ らの 悪意 あくい を 知 し って 言 い われた、「 偽善者 ぎぜんしゃ たちよ、なぜわたしをためそうとするのか。

そのときイエスは、 群衆 ぐんしゅう と 弟子 でし たちとに 語 かた って 言 い われた、 「 律法 りっぽう 学者 がくしゃ とパリサイ 人 びと とは、モーセの 座 ざ にすわっている。 だから、 彼 かれ らがあなたがたに 言 い うことは、みな 守 まも って 実行 じっこう しなさい。しかし、 彼 かれ らのすることには、ならうな。 彼 かれ らは 言 い うだけで、 実行 じっこう しないから。 また、 重 おも い 荷物 にもつ をくくって 人々 ひとびと の 肩 かた にのせるが、それを 動 うご かすために、 自分 じぶん では 指 ゆび 一 本 ぽん も 貸 か そうとはしない。 そのすることは、すべて 人 ひと に 見 み せるためである。すなわち、 彼 かれ らは 経札 きょうふだ を 幅広 はばひろ くつくり、その 衣 ころも のふさを 大 おお きくし、

また、 宴会 えんかい の 上座 じょうざ 、 会堂 かいどう の 上席 じょうせき を 好 この み、 広場 ひろば であいさつされることや、 人々 ひとびと から 先生 せんせい と 呼 よ ばれることを 好 この んでいる。 しかし、あなたがたは 先生 せんせい と 呼 よ ばれてはならない。あなたがたの 先生 せんせい は、ただひとりであって、あなたがたはみな 兄弟 きょうだい なのだから。 また、 地上 ちじょう のだれをも、 父 ちち と 呼 よ んではならない。あなたがたの 父 ちち はただひとり、すなわち、 天 てん にいます 父 ちち である。 また、あなたがたは 教師 きょうし と 呼 よ ばれてはならない。あなたがたの 教師 きょうし はただひとり、すなわち、キリストである。 そこで、あなたがたのうちでいちばん 偉 えら い 者 もの は、 仕 つか える 人 ひと でなければならない。 だれでも 自分 じぶん を 高 たか くする 者 もの は 低 ひく くされ、 自分 じぶん を 低 ひく くする 者 もの は 高 たか くされるであろう。

偽善 ぎぜん な 律法 りっぽう 学者 がくしゃ 、パリサイ 人 びと たちよ。あなたがたは、わざわいである。あなたがたは、 天国 てんごく を 閉 と ざして 人々 ひとびと をはいらせない。 自分 じぶん もはいらないし、はいろうとする 人 ひと をはいらせもしない。〔 偽善 ぎぜん な 律法 りっぽう 学者 がくしゃ 、パリサイ 人 びと たちよ。あなたがたは、わざわいである。あなたがたは、やもめたちの 家 いえ を 食 く い 倒 たお し、 見 み えのために 長 なが い 祈 いのり をする。だから、もっときびしいさばきを 受 う けるに 違 ちが いない。〕 偽善 ぎぜん な 律法 りっぽう 学者 がくしゃ 、パリサイ 人 びと たちよ。あなたがたは、わざわいである。あなたがたはひとりの 改宗者 かいしゅうしゃ をつくるために、 海 うみ と 陸 りく とを 巡 めぐ り 歩 ある く。そして、つくったなら、 彼 かれ を 自分 じぶん より 倍 ばい もひどい 地獄 じごく の 子 こ にする。

偽善 ぎぜん な 律法 りっぽう 学者 がくしゃ 、パリサイ 人 びと たちよ。あなたがたは、わざわいである。はっか、いのんど、クミンなどの 薬味 やくみ の十 分 ぶん の一を 宮 みや に 納 おさ めておりながら、 律法 りっぽう の 中 なか でもっと 重要 じゅうよう な、 公平 こうへい とあわれみと 忠実 ちゅうじつ とを 見 み のがしている。それもしなければならないが、これも 見 み のがしてはならない。 盲目 もうもく な 案内 あんない 者 しゃ たちよ。あなたがたは、ぶよはこしているが、らくだはのみこんでいる。 偽善 ぎぜん な 律法 りっぽう 学者 がくしゃ 、パリサイ 人 びと たちよ。あなたがたは、わざわいである。 杯 さかずき と 皿 さら との 外側 そとがわ はきよめるが、 内側 うちがわ は 貪欲 どんよく と 放縦 ほうじゅう とで 満 み ちている。 盲目 もうもく なパリサイ 人 びと よ。まず、 杯 さかずき の 内側 うちがわ をきよめるがよい。そうすれば、 外側 そとがわ も 清 きよ くなるであろう。 偽善 ぎぜん な 律法 りっぽう 学者 がくしゃ 、パリサイ 人 びと たちよ。あなたがたは、わざわいである。あなたがたは 白 しろ く 塗 ぬ った 墓 はか に 似 に ている。 外側 そとがわ は 美 うつく しく 見 み えるが、 内側 うちがわ は 死人 しにん の 骨 ほね や、あらゆる 不潔 ふけつ なものでいっぱいである。 このようにあなたがたも、 外側 そとがわ は 人 ひと に 正 ただ しく 見 み えるが、 内側 うちがわ は 偽善 ぎぜん と 不法 ふほう とでいっぱいである。

偽善 ぎぜん な 律法 りっぽう 学者 がくしゃ 、パリサイ 人 びと たちよ。あなたがたは、わざわいである。あなたがたは 預言者 よげんしゃ の 墓 はか を 建 た て、 義人 ぎじん の 碑 ひ を 飾 かざ り 立 た てて、こう 言 い っている、 『もしわたしたちが 先祖 せんぞ の 時代 じだい に 生 い きていたなら、 預言者 よげんしゃ の 血 ち を 流 なが すことに 加 くわ わってはいなかっただろう』と。 このようにして、あなたがたは 預言者 よげんしゃ を 殺 ころ した 者 もの の 子孫 しそん であることを、 自分 じぶん で 証明 しょうめい している。 あなたがたもまた 先祖 せんぞ たちがした 悪 あく の 枡目 ますめ を 満 み たすがよい。 へびよ、まむしの 子 こ らよ、どうして 地獄 じごく の 刑罰 けいばつ をのがれることができようか。 それだから、わたしは、 預言者 よげんしゃ 、 知者 ちしゃ 、 律法 りっぽう 学者 がくしゃ たちをあなたがたにつかわすが、そのうちのある 者 もの を 殺 ころ し、また 十字架 じゅうじか につけ、そのある 者 もの を 会堂 かいどう でむち 打 う ち、また 町 まち から 町 まち へと 迫害 はくがい して 行 い くであろう。 こうして 義人 ぎじん アベルの 血 ち から、 聖所 せいじょ と 祭壇 さいだん との 間 あいだ であなたがたが 殺 ころ したバラキヤの 子 こ ザカリヤの 血 ち に 至 いた るまで、 地上 ちじょう に 流 なが された 義人 ぎじん の 血 ち の 報 むく いが、ことごとくあなたがたに 及 およ ぶであろう。

そこでイエスは 答 こた えて 言 い われた、「 人 ひと に 惑 まど わされないように 気 き をつけなさい。 多 おお くの 者 もの がわたしの 名 な を 名 な のって 現 あらわ れ、 自分 じぶん がキリストだと 言 い って、 多 おお くの 人 ひと を 惑 まど わすであろう。

そのとき、 多 おお くの 人 ひと がつまずき、また 互 たがい に 裏切 うらぎ り、 憎 にく み 合 あ うであろう。 また 多 おお くのにせ 預言者 よげんしゃ が 起 おこ って、 多 おお くの 人 ひと を 惑 まど わすであろう。 また 不法 ふほう がはびこるので、 多 おお くの 人 ひと の 愛 あい が 冷 ひ えるであろう。

にせキリストたちや、にせ 預言者 よげんしゃ たちが 起 おこ って、 大 おお いなるしるしと 奇跡 きせき とを 行 おこな い、できれば、 選民 せんみん をも 惑 まど わそうとするであろう。 見 み よ、あなたがたに 前 まえ もって 言 い っておく。

天地 てんち は 滅 ほろ びるであろう。しかしわたしの 言葉 ことば は 滅 ほろ びることがない。

イエスは 彼 かれ らに 近 ちか づいてきて 言 い われた、「わたしは、 天 てん においても 地 ち においても、いっさいの 権威 けんい を 授 さづ けられた。 それゆえに、あなたがたは 行 い って、すべての 国民 こくみん を 弟子 でし として、 父 ちち と 子 こ と 聖霊 せいれい との 名 な によって、 彼 かれ らにバプテスマを 施 ほどこ し、 あなたがたに 命 めい じておいたいっさいのことを 守 まも るように 教 おし えよ。 見 み よ、わたしは 世 よ の 終 おわ りまで、いつもあなたがたと 共 とも にいるのである」。

種 たね まきは 御言 みことば をまくのである。 道 みち ばたに 御言 みことば がまかれたとは、こういう 人 ひと たちのことである。すなわち、 御言 みことば を 聞 き くと、すぐにサタンがきて、 彼 かれ らの 中 なか にまかれた 御言 みことば を、 奪 うば って 行 い くのである。 同 おな じように、 石地 いしじ にまかれたものとは、こういう 人 ひと たちのことである。 御言 みことば を 聞 き くと、すぐに 喜 よろこ んで 受 う けるが、 自分 じぶん の 中 なか に 根 ね がないので、しばらく 続 つづ くだけである。そののち、 御言 みことば のために 困難 こんなん や 迫害 はくがい が 起 おこ ってくると、すぐつまずいてしまう。 また、いばらの 中 なか にまかれたものとは、こういう 人 ひと たちのことである。 御言 みことば を 聞 き くが、 世 よ の 心 こころ づかいと、 富 とみ の 惑 まど わしと、その 他 た いろいろな 欲 よく とがはいってきて、 御言 みことば をふさぐので、 実 み を 結 むす ばなくなる。 また、 良 よ い 地 ち にまかれたものとは、こういう 人 ひと たちのことである。 御言 みことば を 聞 き いて 受 う けいれ、三十 倍 ばい 、六十 倍 ばい 、百 倍 ばい の 実 み を 結 むす ぶのである」。

イエスは 言 い われた、「イザヤは、あなたがた 偽善者 ぎぜんしゃ について、こう 書 か いているが、それは 適切 てきせつ な 預言 よげん である、『この 民 たみ は、 口 くち さきではわたしを 敬 うやま うが、その 心 こころ はわたしから 遠 とお く 離 はな れている。 人間 にんげん のいましめを 教 おしえ として 教 おし え、 無意味 むいみ にわたしを 拝 おが んでいる』。

あなたがたは、 神 かみ のいましめをさしおいて、 人間 にんげん の 言伝 いいつた えを 固執 こしつ している」。 また、 言 い われた、「あなたがたは、 自分 じぶん たちの 言伝 いいつた えを 守 まも るために、よくも 神 かみ のいましめを 捨 す てたものだ。

にせキリストたちや、にせ 預言者 よげんしゃ たちが 起 おこ って、しるしと 奇跡 きせき とを 行 おこな い、できれば、 選民 せんみん をも 惑 まど わそうとするであろう。 だから、 気 き をつけていなさい。いっさいの 事 こと を、あなたがたに 前 まえ もって 言 い っておく。

天地 てんち は 滅 ほろ びるであろう。しかしわたしの 言葉 ことば は 滅 ほろ びることがない。

イエスは 答 こた えて 言 い われた、「『 人 ひと はパンだけで 生 い きるものではない』と 書 か いてある」。

人 ひと が 皆 みな あなたがたをほめるときは、あなたがたはわざわいだ。 彼 かれ らの 祖先 そせん も、にせ 預言者 よげんしゃ たちに 対 たい して 同 おな じことをしたのである。

イエスはまた一つの 譬 たとえ を 語 かた られた、「 盲人 もうじん は 盲人 もうじん の 手引 てびき ができようか。ふたりとも 穴 あな に 落 お ち 込 こ まないだろうか。 弟子 でし はその 師 し 以上 いじょう のものではないが、 修業 しゅうぎょう をつめば、みなその 師 し のようになろう。

この 譬 たとえ はこういう 意味 いみ である。 種 たね は 神 かみ の 言 ことば である。 道 みち ばたに 落 お ちたのは、 聞 き いたのち、 信 しん じることも 救 すく われることもないように、 悪魔 あくま によってその 心 こころ から 御言 みことば が 奪 うば い 取 と られる 人 ひと たちのことである。 岩 いわ の 上 うえ に 落 お ちたのは、 御言 みことば を 聞 き いた 時 とき には 喜 よろこ んで 受 う けいれるが、 根 ね が 無 な いので、しばらくは 信 しん じていても、 試錬 しれん の 時 とき が 来 く ると、 信仰 しんこう を 捨 す てる 人 ひと たちのことである。 いばらの 中 なか に 落 お ちたのは、 聞 き いてから 日 ひ を 過 す ごすうちに、 生活 せいかつ の 心 こころ づかいや 富 とみ や 快楽 かいらく にふさがれて、 実 み の 熟 じゅく するまでにならない 人 ひと たちのことである。 良 よ い 地 ち に 落 お ちたのは、 御言 みことば を 聞 き いたのち、これを 正 ただ しい 良 よ い 心 こころ でしっかりと 守 まも り、 耐 た え 忍 しの んで 実 み を 結 むす ぶに 至 いた る 人 ひと たちのことである。

隠 かく されているもので、あらわにならないものはなく、 秘密 ひみつ にされているもので、ついには 知 し られ、 明 あか るみに 出 だ されないものはない。 だから、どう 聞 き くかに 注意 ちゅうい するがよい。 持 も っている 人 ひと は 更 さら に 与 あた えられ、 持 も っていない 人 ひと は、 持 も っていると 思 おも っているものまでも、 取 と り 上 あ げられるであろう」。

しかし、 律法 りっぽう の 一画 いっかく が 落 お ちるよりは、 天地 てんち の 滅 ほろ びる 方 ほう が、もっとたやすい。

イエスが 言 い われた、「あなたがたは、 惑 まど わされないように 気 き をつけなさい。 多 おお くの 者 もの がわたしの 名 な を 名 な のって 現 あらわ れ、 自分 じぶん がそれだとか、 時 とき が 近 ちか づいたとか、 言 い うであろう。 彼 かれ らについて 行 い くな。

天地 てんち は 滅 ほろ びるであろう。しかしわたしの 言葉 ことば は 決 けっ して 滅 ほろ びることがない。

しかしイエスご 自身 じしん は、 彼 かれ らに 自分 じぶん をお 任 まか せにならなかった。それは、すべての 人 ひと を 知 し っておられ、 また 人 ひと についてあかしする 者 もの を、 必要 ひつよう とされなかったからである。それは、ご 自身 じしん 人 ひと の 心 こころ の 中 なか にあることを 知 し っておられたからである。

彼 かれ を 信 しん じる 者 もの は、さばかれない。 信 しん じない 者 もの は、すでにさばかれている。 神 かみ のひとり 子 こ の 名 な を 信 しん じることをしないからである。 そのさばきというのは、 光 ひかり がこの 世 よ にきたのに、 人々 ひとびと はそのおこないが 悪 わる いために、 光 ひかり よりもやみの 方 ほう を 愛 あい したことである。 悪 あく を 行 おこな っている 者 もの はみな 光 ひかり を 憎 にく む。そして、そのおこないが 明 あか るみに 出 だ されるのを 恐 おそ れて、 光 ひかり にこようとはしない。

しかし、まことの 礼拝 れいはい をする 者 もの たちが、 霊 れい とまこととをもって 父 ちち を 礼拝 れいはい する 時 とき が 来 く る。そうだ、 今 いま きている。 父 ちち は、このような 礼拝 れいはい をする 者 もの たちを 求 もと めておられるからである。 神 かみ は 霊 れい であるから、 礼拝 れいはい をする 者 もの も、 霊 れい とまこととをもって 礼拝 れいはい すべきである」。

そこでイエスは 彼 かれ らに 答 こた えて 言 い われた、「わたしの 教 おしえ はわたし 自身 じしん の 教 おしえ ではなく、わたしをつかわされたかたの 教 おしえ である。 神 かみ のみこころを 行 おこな おうと 思 おも う 者 もの であれば、だれでも、わたしの 語 かた っているこの 教 おしえ が 神 かみ からのものか、それとも、わたし 自身 じしん から 出 で たものか、わかるであろう。

モーセはあなたがたに 律法 りっぽう を 与 あた えたではないか。それだのに、あなたがたのうちには、その 律法 りっぽう を 行 おこな う 者 もの がひとりもない。あなたがたは、なぜわたしを 殺 ころ そうと 思 おも っているのか」。 群衆 ぐんしゅう は 答 こた えた、「あなたは 悪霊 あくれい に 取 と りつかれている。だれがあなたを 殺 ころ そうと 思 おも っているものか」。

うわべで 人 ひと をさばかないで、 正 ただ しいさばきをするがよい」。

イエスは、また 人々 ひとびと に 語 かた ってこう 言 い われた、「わたしは 世 よ の 光 ひかり である。わたしに 従 したが って 来 く る 者 もの は、やみのうちを 歩 ある くことがなく、 命 いのち の 光 ひかり をもつであろう」。

イエスは 自分 じぶん を 信 しん じたユダヤ 人 じん たちに 言 い われた、「もしわたしの 言葉 ことば のうちにとどまっておるなら、あなたがたは、ほんとうにわたしの 弟子 でし なのである。 また 真理 しんり を 知 し るであろう。そして 真理 しんり は、あなたがたに 自由 じゆう を 得 え させるであろう」。

どうしてあなたがたは、わたしの 話 はな すことがわからないのか。あなたがたが、わたしの 言葉 ことば を 悟 さと ることができないからである。 あなたがたは 自分 じぶん の 父 ちち 、すなわち、 悪魔 あくま から 出 で てきた 者 もの であって、その 父 ちち の 欲望 よくぼう どおりを 行 おこな おうと 思 おも っている。 彼 かれ は 初 はじ めから、 人殺 ひとごろ しであって、 真理 しんり に 立 た つ 者 もの ではない。 彼 かれ のうちには 真理 しんり がないからである。 彼 かれ が 偽 いつわ りを 言 い うとき、いつも 自分 じぶん の 本音 ほんね をはいているのである。 彼 かれ は 偽 いつわ り 者 もの であり、 偽 いつわ りの 父 ちち であるからだ。

神 かみ からきた 者 もの は 神 かみ の 言葉 ことば に 聞 き き 従 したが うが、あなたがたが 聞 き き 従 したが わないのは、 神 かみ からきた 者 もの でないからである」。

そこでイエスは 言 い われた、「わたしがこの 世 よ にきたのは、さばくためである。すなわち、 見 み えない 人 ひと たちが 見 み えるようになり、 見 み える 人 ひと たちが 見 み えないようになるためである」。 そこにイエスと 一緒 いっしょ にいたあるパリサイ 人 びと たちが、それを 聞 き いてイエスに 言 い った、「それでは、わたしたちも 盲 めくら なのでしょうか」。 イエスは 彼 かれ らに 言 い われた、「もしあなたがたが 盲人 もうじん であったなら、 罪 つみ はなかったであろう。しかし、 今 いま あなたがたが『 見 み える』と 言 い い 張 は るところに、あなたがたの 罪 つみ がある。

よくよくあなたがたに 言 い っておく。 羊 ひつじ の 囲 かこ いにはいるのに、 門 もん からでなく、ほかの 所 ところ からのりこえて 来 く る 者 もの は、 盗人 ぬすびと であり、 強盗 ごうとう である。 門 もん からはいる 者 もの は、 羊 ひつじ の 羊飼 ひつじかい である。 門番 もんばん は 彼 かれ のために 門 もん を 開 ひら き、 羊 ひつじ は 彼 かれ の 声 こえ を 聞 き く。そして 彼 かれ は 自分 じぶん の 羊 ひつじ の 名 な をよんで 連 つ れ 出 だ す。 自分 じぶん の 羊 ひつじ をみな 出 だ してしまうと、 彼 かれ は 羊 ひつじ の 先頭 せんとう に 立 た って 行 い く。 羊 ひつじ はその 声 こえ を 知 し っているので、 彼 かれ について 行 い くのである。 ほかの 人 ひと には、ついて 行 い かないで 逃 に げ 去 さ る。その 人 ひと の 声 こえ を 知 し らないからである」。

羊飼 ひつじかい ではなく、 羊 ひつじ が 自分 じぶん のものでもない 雇人 やといにん は、おおかみが 来 く るのを 見 み ると、 羊 ひつじ をすてて 逃 に げ 去 さ る。そして、おおかみは 羊 ひつじ を 奪 うば い、また 追 お い 散 ち らす。 彼 かれ は 雇人 やといにん であって、 羊 ひつじ のことを 心 こころ にかけていないからである。

このように 多 おお くのしるしを 彼 かれ らの 前 まえ でなさったが、 彼 かれ らはイエスを 信 しん じなかった。 それは、 預言者 よげんしゃ イザヤの 次 つぎ の 言葉 ことば が 成就 じょうじゅ するためである、「 主 しゅ よ、わたしたちの 説 と くところを、だれが 信 しん じたでしょうか。また、 主 しゅ のみ 腕 うで はだれに 示 しめ されたでしょうか」。 こういうわけで、 彼 かれ らは 信 しん じることができなかった。イザヤはまた、こうも 言 い った、 「 神 かみ は 彼 かれ らの 目 め をくらまし、 心 こころ をかたくなになさった。それは、 彼 かれ らが 目 め で 見 み ず、 心 こころ で 悟 さと らず、 悔 く い 改 あらた めていやされることがないためである」。

わたしを 捨 す てて、わたしの 言葉 ことば を 受 う けいれない 人 ひと には、その 人 ひと をさばくものがある。わたしの 語 かた ったその 言葉 ことば が、 終 おわ りの 日 ひ にその 人 ひと をさばくであろう。

イエスは 彼 かれ に 言 い われた、「わたしは 道 みち であり、 真理 しんり であり、 命 いのち である。だれでもわたしによらないでは、 父 ちち のみもとに 行 い くことはできない。

もしあなたがたがわたしを 愛 あい するならば、わたしのいましめを 守 まも るべきである。

それは 真理 しんり の 御霊 みたま である。この 世 よ はそれを 見 み ようともせず、 知 し ろうともしないので、それを 受 う けることができない。あなたがたはそれを 知 し っている。なぜなら、それはあなたがたと 共 とも におり、またあなたがたのうちにいるからである。

しかし、 助 たす け 主 ぬし 、すなわち、 父 ちち がわたしの 名 な によってつかわされる 聖霊 せいれい は、あなたがたにすべてのことを 教 おし え、またわたしが 話 はな しておいたことを、ことごとく 思 おも い 起 おこ させるであろう。

わたしが 父 ちち のみもとからあなたがたにつかわそうとしている 助 たす け 主 ぬし 、すなわち、 父 ちち のみもとから 来 く る 真理 しんり の 御霊 みたま が 下 くだ る 時 とき 、それはわたしについてあかしをするであろう。

けれども 真理 しんり の 御霊 みたま が 来 く る 時 とき には、あなたがたをあらゆる 真理 しんり に 導 みちび いてくれるであろう。それは 自分 じぶん から 語 かた るのではなく、その 聞 き くところを 語 かた り、きたるべき 事 こと をあなたがたに 知 し らせるであろう。

真理 しんり によって 彼 かれ らを 聖 せい 別 べつ して 下 くだ さい。あなたの 御言 みことば は 真理 しんり であります。

そこで、ペテロが 言 い った、「アナニヤよ、どうしてあなたは、 自分 じぶん の 心 こころ をサタンに 奪 うば われて、 聖霊 せいれい を 欺 あざむ き、 地所 じしょ の 代金 だいきん をごまかしたのか。 売 う らずに 残 のこ しておけば、あなたのものであり、 売 う ってしまっても、あなたの 自由 じゆう になったはずではないか。どうして、こんなことをする 気 き になったのか。あなたは 人 ひと を 欺 あざむ いたのではなくて、 神 かみ を 欺 あざむ いたのだ」。

ああ、 強情 ごうじょう で、 心 こころ にも 耳 みみ にも 割礼 かつれい のない 人 ひと たちよ。あなたがたは、いつも 聖霊 せいれい に 逆 さか らっている。それは、あなたがたの 先祖 せんぞ たちと 同 おな じである。

どうか、あなたがた 自身 じしん に 気 き をつけ、また、すべての 群 む れに 気 き をくばっていただきたい。 聖霊 せいれい は、 神 かみ が 御子 みこ の 血 ち であがない 取 と られた 神 かみ の 教会 きょうかい を 牧 ぼく させるために、あなたがたをその 群 む れの 監督者 かんとくしゃ にお 立 た てになったのである。

わたしが 去 さ った 後 のち 、 狂暴 きょうぼう なおおかみが、あなたがたの 中 なか にはいり 込 こ んできて、 容赦 ようしゃ なく 群 む れを 荒 あら すようになることを、わたしは 知 し っている。 また、あなたがた 自身 じしん の 中 なか からも、いろいろ 曲 まが ったことを 言 い って、 弟子 でし たちを 自分 じぶん の 方 ほう に、ひっぱり 込 こ もうとする 者 もの らが 起 おこ るであろう。 だから、 目 め をさましていなさい。そして、わたしが三 年 ねん の 間 あいだ 、 夜 よる も 昼 ひる も 涙 なみだ をもって、あなたがたひとりびとりを 絶 た えずさとしてきたことを、 忘 わす れないでほしい。

それは、 彼 かれ らの 目 め を 開 ひら き、 彼 かれ らをやみから 光 ひかり へ、 悪魔 あくま の 支配 しはい から 神 かみ のみもとへ 帰 かえ らせ、また、 彼 かれ らが 罪 つみ のゆるしを 得 え 、わたしを 信 しん じる 信仰 しんこう によって、 聖 せい 別 べつ された 人々 ひとびと に 加 くわ わるためである』。

神 かみ の 怒 いか りは、 不義 ふぎ をもって 真理 しんり をはばもうとする 人間 にんげん のあらゆる 不信心 ふしんじん と 不義 ふぎ とに 対 たい して、 天 てん から 啓示 けいじ される。

神 かみ の 見 み えない 性質 せいしつ 、すなわち、 神 かみ の 永遠 えいえん の 力 ちから と 神性 しんせい とは、 天地 てんち 創造 そうぞう このかた、 被 ひ 造物 ぞうぶつ において 知 し られていて、 明 あき らかに 認 みと められるからである。したがって、 彼 かれ らには 弁解 べんかい の 余地 よち がない。 なぜなら、 彼 かれ らは 神 かみ を 知 し っていながら、 神 かみ としてあがめず、 感謝 かんしゃ もせず、かえってその 思 おも いはむなしくなり、その 無知 むち な 心 こころ は 暗 くら くなったからである。

彼 かれ らは 自 みずか ら 知者 ちしゃ と 称 しょう しながら、 愚 おろ かになり、

彼 かれ らは 神 かみ の 真理 しんり を 変 か えて 虚偽 きょぎ とし、 創造者 そうぞうしゃ の 代 かわ りに 被 ひ 造物 ぞうぶつ を 拝 おが み、これに 仕 つか えたのである。 創造者 そうぞうしゃ こそ 永遠 えいえん にほむべきものである、アァメン。

なぜなら、 律法 りっぽう を 聞 き く 者 もの が、 神 かみ の 前 まえ に 義 ぎ なるものではなく、 律法 りっぽう を 行 おこな う 者 もの が、 義 ぎ とされるからである。

断 だん じてそうではない。あらゆる 人 ひと を 偽 いつわ り 者 もの としても、 神 かみ を 真実 しんじつ なものとすべきである。それは、「あなたが 言葉 ことば を 述 の べるときは、 義 ぎ とせられ、あなたがさばきを 受 う けるとき、 勝利 しょうり を 得 え るため」と 書 か いてあるとおりである。

悟 さと りのある 人 ひと はいない、 神 かみ を 求 もと める 人 ひと はいない。 すべての 人 ひと は 迷 まよ い 出 で て、ことごとく 無益 むえき なものになっている。 善 ぜん を 行 おこな う 者 もの はいない、ひとりもいない。 彼 かれ らののどは、 開 ひら いた 墓 はか であり、 彼 かれ らは、その 舌 した で 人 ひと を 欺 あざむ き、 彼 かれ らのくちびるには、まむしの 毒 どく があり、

このようなわけで、 律法 りっぽう そのものは 聖 せい なるものであり、 戒 いまし めも 聖 せい であって、 正 ただ しく、かつ 善 ぜん なるものである。

わたしはキリストにあって 真実 しんじつ を 語 かた る。 偽 いつわ りは 言 い わない。わたしの 良心 りょうしん も 聖霊 せいれい によって、わたしにこうあかしをしている。

わたしは、 彼 かれ らが 神 かみ に 対 たい して 熱心 ねっしん であることはあかしするが、その 熱心 ねっしん は 深 ふか い 知識 ちしき によるものではない。 なぜなら、 彼 かれ らは 神 かみ の 義 ぎ を 知 し らないで、 自分 じぶん の 義 ぎ を 立 た てようと 努 つと め、 神 かみ の 義 ぎ に 従 したが わなかったからである。 キリストは、すべて 信 しん じる 者 もの に 義 ぎ を 得 え させるために、 律法 りっぽう の 終 おわ りとなられたのである。

したがって、 信仰 しんこう は 聞 き くことによるのであり、 聞 き くことはキリストの 言葉 ことば から 来 く るのである。

「 神 かみ は、 彼 かれ らに 鈍 にぶ い 心 こころ と、 見 み えない 目 め と、 聞 きこ えない 耳 みみ とを 与 あた えて、きょう、この 日 ひ に 及 およ んでいる」と 書 か いてあるとおりである。

信仰 しんこう の 弱 よわ い 者 もの を 受 う けいれなさい。ただ、 意見 いけん を 批評 ひひょう するためであってはならない。

さて 兄弟 きょうだい たちよ。あなたがたに 勧告 かんこく する。あなたがたが 学 まな んだ 教 おしえ にそむいて 分裂 ぶんれつ を 引 ひ き 起 おこ し、つまずきを 与 あた える 人々 ひとびと を 警戒 けいかい し、かつ 彼 かれ らから 遠 とお ざかるがよい。 なぜなら、こうした 人々 ひとびと は、わたしたちの 主 しゅ キリストに 仕 つか えないで、 自分 じぶん の 腹 はら に 仕 つか え、そして 甘言 かんげん と 美辞 びじ とをもって、 純朴 じゅんぼく な 人々 ひとびと の 心 こころ を 欺 あざむ く 者 もの どもだからである。

この 世 よ は、 自分 じぶん の 知恵 ちえ によって 神 かみ を 認 みと めるに 至 いた らなかった。それは、 神 かみ の 知恵 ちえ にかなっている。そこで 神 かみ は、 宣教 せんきょう の 愚 おろ かさによって、 信 しん じる 者 もの を 救 すく うこととされたのである。 ユダヤ 人 じん はしるしを 請 こ い、ギリシヤ 人 じん は 知恵 ちえ を 求 もと める。 しかしわたしたちは、 十字架 じゅうじか につけられたキリストを 宣 の べ 伝 つた える。このキリストは、ユダヤ 人 じん にはつまずかせるもの、 異邦人 いほうじん には 愚 おろ かなものであるが、 召 め された 者 もの 自身 じしん にとっては、ユダヤ 人 じん にもギリシヤ 人 じん にも、 神 かみ の 力 ちから 、 神 かみ の 知恵 ちえ たるキリストなのである。 神 かみ の 愚 おろ かさは 人 ひと よりも 賢 かしこ く、 神 かみ の 弱 よわ さは 人 ひと よりも 強 つよ いからである。

兄弟 きょうだい たちよ。わたしもまた、あなたがたの 所 ところ に 行 い ったとき、 神 かみ のあかしを 宣 の べ 伝 つた えるのに、すぐれた 言葉 ことば や 知恵 ちえ を 用 もち いなかった。 なぜなら、わたしはイエス・キリスト、しかも 十字架 じゅうじか につけられたキリスト 以外 いがい のことは、あなたがたの 間 あいだ では 何 なに も 知 し るまいと、 決心 けっしん したからである。 わたしがあなたがたの 所 ところ に 行 い った 時 とき には、 弱 よわ くかつ 恐 おそ れ、ひどく 不安 ふあん であった。 そして、わたしの 言葉 ことば もわたしの 宣教 せんきょう も、 巧 たく みな 知恵 ちえ の 言葉 ことば によらないで、 霊 れい と 力 ちから との 証明 しょうめい によったのである。 それは、あなたがたの 信仰 しんこう が 人 ひと の 知恵 ちえ によらないで、 神 かみ の 力 ちから によるものとなるためであった。

しかしわたしたちは、 円熟 えんじゅく している 者 もの の 間 あいだ では、 知恵 ちえ を 語 かた る。この 知恵 ちえ は、この 世 よ の 者 もの の 知恵 ちえ ではなく、この 世 よ の 滅 ほろ び 行 い く 支配者 しはいしゃ たちの 知恵 ちえ でもない。 むしろ、わたしたちが 語 かた るのは、 隠 かく された 奥義 おくぎ としての 神 かみ の 知恵 ちえ である。それは 神 かみ が、わたしたちの 受 う ける 栄光 えいこう のために、 世 よ の 始 はじ まらぬ 先 さき から、あらかじめ 定 さだ めておかれたものである。 この 世 よ の 支配者 しはいしゃ たちのうちで、この 知恵 ちえ を 知 し っていた 者 もの は、ひとりもいなかった。もし 知 し っていたなら、 栄光 えいこう の 主 しゅ を 十字架 じゅうじか につけはしなかったであろう。

いったい、 人間 にんげん の 思 おも いは、その 内 うち にある 人間 にんげん の 霊 れい 以外 いがい に、だれが 知 し っていようか。それと 同 おな じように 神 かみ の 思 おも いも、 神 かみ の 御霊 みたま 以外 いがい には、 知 し るものはない。 ところが、わたしたちが 受 う けたのは、この 世 よ の 霊 れい ではなく、 神 かみ からの 霊 れい である。それによって、 神 かみ から 賜 たま わった 恵 めぐ みを 悟 さと るためである。 この 賜物 たまもの について 語 かた るにも、わたしたちは 人間 にんげん の 知恵 ちえ が 教 おし える 言葉 ことば を 用 もち いないで、 御霊 みたま の 教 おし える 言葉 ことば を 用 もち い、 霊 れい によって 霊 れい のことを 解釈 かいしゃく するのである。

生 うま れながらの 人 ひと は、 神 かみ の 御霊 みたま の 賜物 たまもの を 受 う けいれない。それは 彼 かれ には 愚 おろ かなものだからである。また、 御霊 みたま によって 判断 はんだん されるべきであるから、 彼 かれ はそれを 理解 りかい することができない。 しかし、 霊 れい の 人 ひと は、すべてのものを 判断 はんだん するが、 自分 じぶん 自身 じしん はだれからも 判断 はんだん されることはない。 「だれが 主 しゅ の 思 おも いを 知 し って、 彼 かれ を 教 おし えることができようか」。しかし、わたしたちはキリストの 思 おも いを 持 も っている。

なぜなら、すでにすえられている 土台 どだい 以外 いがい のものをすえることは、だれにもできない。そして、この 土台 どだい はイエス・キリストである。

だれも 自分 じぶん を 欺 あざむ いてはならない。もしあなたがたのうちに、 自分 じぶん がこの 世 よ の 知者 ちしゃ だと 思 おも う 人 ひと がいるなら、その 人 ひと は 知者 ちしゃ になるために 愚 おろ かになるがよい。 なぜなら、この 世 よ の 知恵 ちえ は、 神 かみ の 前 まえ では 愚 おろ かなものだからである。「 神 かみ は、 知者 ちしゃ たちをその 悪知恵 わるぢえ によって 捕 とら える」と 書 か いてあり、 更 さら にまた、「 主 しゅ は、 知者 ちしゃ たちの 論議 ろんぎ のむなしいことをご 存 ぞん じである」と 書 か いてある。

それでは、その 報酬 ほうしゅう はなんであるか。 福音 ふくいん を 宣 の べ 伝 つた えるのにそれを 無 む 代価 だいか で 提供 ていきょう し、わたしが 宣教者 せんきょうしゃ として 持 も つ 権利 けんり を 利 り 用 よう しないことである。

また、ある 者 もの たちがしたように、わたしたちは 主 しゅ を 試 こころ みてはならない。 主 しゅ を 試 こころ みた 者 もの は、へびに 殺 ころ された。

しかし、だれかがそれに 反対 はんたい の 意見 いけん を 持 も っていても、そんな 風習 ふうしゅう はわたしたちにはなく、 神 かみ の 諸 しょ 教会 きょうかい にもない。

まず、あなたがたが 教会 きょうかい に 集 あつ まる 時 とき 、お 互 たがい の 間 あいだ に 分争 ぶんそう があることを、わたしは 耳 みみ にしており、そしていくぶんか、それを 信 しん じている。 たしかに、あなたがたの 中 なか でほんとうの 者 もの が 明 あき らかにされるためには、 分派 ぶんぱ もなければなるまい。

だから、ふさわしくないままでパンを 食 しょく し 主 しゅ の 杯 さかずき を 飲 の む 者 もの は、 主 しゅ のからだと 血 ち とを 犯 おか すのである。 だれでもまず 自分 じぶん を 吟味 ぎんみ し、それからパンを 食 た べ 杯 さかずき を 飲 の むべきである。 主 しゅ のからだをわきまえないで 飲 の み 食 く いする 者 もの は、その 飲 の み 食 く いによって 自分 じぶん にさばきを 招 まね くからである。 あなたがたの 中 なか に、 弱 よわ い 者 もの や 病人 びょうにん が 大 おお ぜいおり、また 眠 ねむ った 者 もの も 少 すく なくないのは、そのためである。 しかし、 自分 じぶん をよくわきまえておくならば、わたしたちはさばかれることはないであろう。 しかし、さばかれるとすれば、それは、この 世 よ と 共 とも に 罪 つみ に 定 さだ められないために、 主 しゅ の 懲 こ らしめを 受 う けることなのである。

しかし 教会 きょうかい では、一万の 言葉 ことば を 異言 いげん で 語 かた るよりも、ほかの 人 ひと たちをも 教 おし えるために、むしろ五つの 言葉 ことば を 知性 ちせい によって 語 かた る 方 ほう が 願 ねが わしい。 兄弟 きょうだい たちよ。 物 もの の 考 かんが えかたでは、 子供 こども となってはいけない。 悪事 あくじ については 幼 おさ な 子 ご となるのはよいが、 考 かんが えかたでは、おとなとなりなさい。 律法 りっぽう にこう 書 か いてある、「わたしは、 異国 いこく の 舌 した と 異国 いこく のくちびるとで、この 民 たみ に 語 かた るが、それでも、 彼 かれ らはわたしに 耳 みみ を 傾 かたむ けない、と 主 しゅ が 仰 おお せになる」。

神 かみ は 無 む 秩序 ちつじょ の 神 かみ ではなく、 平和 へいわ の 神 かみ である。 聖徒 せいと たちのすべての 教会 きょうかい で 行 おこな われているように、 婦人 ふじん たちは 教会 きょうかい では 黙 だま っていなければならない。 彼 かれ らは 語 かた ることが 許 ゆる されていない。だから、 律法 りっぽう も 命 めい じているように、 服従 ふくじゅう すべきである。 もし 何 なに か 学 まな びたいことがあれば、 家 いえ で 自分 じぶん の 夫 おっと に 尋 たず ねるがよい。 教会 きょうかい で 語 かた るのは、 婦人 ふじん にとっては 恥 は ずべきことである。 それとも、 神 かみ の 言 ことば はあなたがたのところから 出 で たのか。あるいは、あなたがただけにきたのか。 もしある 人 ひと が、 自分 じぶん は 預言者 よげんしゃ か 霊 れい の 人 ひと であると 思 おも っているなら、わたしがあなたがたに 書 か いていることは、 主 しゅ の 命令 めいれい だと 認 みと めるべきである。 もしそれを 無視 むし する 者 もの があれば、その 人 ひと もまた 無視 むし される。

兄弟 きょうだい たちよ。わたしが 以前 いぜん あなたがたに 伝 つた えた 福音 ふくいん 、あなたがたが 受 う けいれ、それによって 立 た ってきたあの 福音 ふくいん を、 思 おも い 起 おこ してもらいたい。 もしあなたがたが、いたずらに 信 しん じないで、わたしの 宣 の べ 伝 つた えたとおりの 言葉 ことば を 固 かた く 守 まも っておれば、この 福音 ふくいん によって 救 すく われるのである。

まちがってはいけない。「 悪 わる い 交 まじ わりは、 良 よ いならわしをそこなう」。 目 め ざめて 身 み を 正 ただ し、 罪 つみ を 犯 おか さないようにしなさい。あなたがたのうちには、 神 かみ について 無知 むち な 人々 ひとびと がいる。あなたがたをはずかしめるために、わたしはこう 言 い うのだ。

そうするのは、サタンに 欺 あざむ かれることのないためである。わたしたちは、 彼 かれ の 策略 さくりゃく を 知 し らないわけではない。

しかるに、 神 かみ は 感謝 かんしゃ すべきかな。 神 かみ はいつもわたしたちをキリストの 凱旋 がいせん に 伴 ともな い 行 ゆ き、わたしたちをとおしてキリストを 知 し る 知識 ちしき のかおりを、 至 いた る 所 ところ に 放 はな って 下 くだ さるのである。 わたしたちは、 救 すく われる 者 もの にとっても 滅 ほろ びる 者 もの にとっても、 神 かみ に 対 たい するキリストのかおりである。 後者 こうしゃ にとっては、 死 し から 死 し に 至 いた らせるかおりであり、 前者 ぜんしゃ にとっては、いのちからいのちに 至 いた らせるかおりである。いったい、このような 任務 にんむ に、だれが 耐 た え 得 え ようか。 しかし、わたしたちは、 多 おお くの 人 ひと のように 神 かみ の 言 ことば を 売物 うりもの にせず、 真心 まごころ をこめて、 神 かみ につかわされた 者 もの として 神 かみ のみまえで、キリストにあって 語 かた るのである。

神 かみ はわたしたちに 力 ちから を 与 あた えて、 新 あたら しい 契約 けいやく に 仕 つか える 者 もの とされたのである。それは、 文字 もんじ に 仕 つか える 者 もの ではなく、 霊 れい に 仕 つか える 者 もの である。 文字 もんじ は 人 ひと を 殺 ころ し、 霊 れい は 人 ひと を 生 い かす。

実際 じっさい 、 彼 かれ らの 思 おも いは 鈍 にぶ くなっていた。 今日 こんにち に 至 いた るまで、 彼 かれ らが 古 ふる い 契約 けいやく を 朗読 ろうどく する 場合 ばあい 、その 同 おな じおおいが 取 と り 去 さ られないままで 残 のこ っている。それは、キリストにあってはじめて 取 と り 除 のぞ かれるのである。 今日 こんにち に 至 いた るもなお、モーセの 書 しょ が 朗読 ろうどく されるたびに、おおいが 彼 かれ らの 心 こころ にかかっている。 しかし 主 しゅ に 向 む く 時 とき には、そのおおいは 取 と り 除 のぞ かれる。

恥 は ずべき 隠 かく れたことを 捨 す て 去 さ り、 悪巧 わるだく みによって 歩 ある かず、 神 かみ の 言 ことば を 曲 ま げず、 真理 しんり を 明 あき らかにし、 神 かみ のみまえに、すべての 人 ひと の 良心 りょうしん に 自分 じぶん を 推薦 すいせん するのである。 もしわたしたちの 福音 ふくいん がおおわれているなら、 滅 ほろ びる 者 もの どもにとっておおわれているのである。 彼 かれ らの 場合 ばあい 、この 世 よ の 神 かみ が 不信 ふしん の 者 もの たちの 思 おも いをくらませて、 神 かみ のかたちであるキリストの 栄光 えいこう の 福音 ふくいん の 輝 かがや きを、 見 み えなくしているのである。

わたしたちの 戦 たたか いの 武器 ぶき は、 肉 にく のものではなく、 神 かみ のためには 要塞 ようさい をも 破壊 はかい するほどの 力 ちから あるものである。わたしたちはさまざまな 議論 ぎろん を 破 やぶ り、 神 かみ の 知恵 ちえ に 逆 さか らって 立 た てられたあらゆる 障害物 しょうがいぶつ を 打 う ちこわし、すべての 思 おも いをとりこにしてキリストに 服従 ふくじゅう させ、 そして、あなたがたが 完全 かんぜん に 服従 ふくじゅう した 時 とき 、すべて 不 ふ 従順 じゅうじゅん な 者 もの を 処罰 しょばつ しようと、 用意 ようい しているのである。

ただ 恐 おそ れるのは、エバがへびの 悪巧 わるだく みで 誘惑 ゆうわく されたように、あなたがたの 思 おも いが 汚 けが されて、キリストに 対 たい する 純情 じゅんじょう と 貞操 ていそう とを 失 うしな いはしないかということである。 というのは、もしある 人 ひと がきて、わたしたちが 宣 の べ 伝 つた えもしなかったような 異 こと なるイエスを 宣 の べ 伝 つた え、あるいは、あなたがたが 受 う けたことのない 違 ちが った 霊 れい を 受 う け、あるいは、 受 う けいれたことのない 違 ちが った 福音 ふくいん を 聞 き く 場合 ばあい に、あなたがたはよくもそれを 忍 しの んでいる。

こういう 人々 ひとびと はにせ 使徒 しと 、 人 ひと をだます 働 はたら き 人 びと であって、キリストの 使徒 しと に 擬装 ぎそう しているにすぎないからである。 しかし、 驚 おどろ くには 及 およ ばない。サタンも 光 ひかり の 天使 てんし に 擬装 ぎそう するのだから。 だから、たといサタンの 手 て 下 した どもが、 義 ぎ の 奉仕者 ほうししゃ のように 擬装 ぎそう したとしても、 不思議 ふしぎ ではない。 彼 かれ らの 最期 さいご は、そのしわざに 合 あ ったものとなろう。

あなたがたは、はたして 信仰 しんこう があるかどうか、 自分 じぶん を 反省 はんせい し、 自分 じぶん を 吟味 ぎんみ するがよい。それとも、イエス・キリストがあなたがたのうちにおられることを、 悟 さと らないのか。もし 悟 さと らなければ、あなたがたは、にせものとして 見捨 みす てられる。

あなたがたがこんなにも 早 はや く、あなたがたをキリストの 恵 めぐ みの 内 うち へお 招 まね きになったかたから 離 はな れて、 違 ちが った 福音 ふくいん に 落 お ちていくことが、わたしには 不思議 ふしぎ でならない。 それは 福音 ふくいん というべきものではなく、ただ、ある 種 たね の 人々 ひとびと があなたがたをかき 乱 みだ し、キリストの 福音 ふくいん を 曲 ま げようとしているだけのことである。

しかし、たといわたしたちであろうと、 天 てん からの 御使 みつかい であろうと、わたしたちが 宣 の べ 伝 つた えた 福音 ふくいん に 反 はん することをあなたがたに 宣 の べ 伝 つた えるなら、その 人 ひと はのろわるべきである。 わたしたちが 前 まえ に 言 い っておいたように、 今 いま わたしは 重 かさ ねて 言 い う。もしある 人 ひと が、あなたがたの 受 う けいれた 福音 ふくいん に 反 はん することを 宣 の べ 伝 つた えているなら、その 人 ひと はのろわるべきである。

今 いま わたしは、 人 ひと に 喜 よろこ ばれようとしているのか、それとも、 神 かみ に 喜 よろこ ばれようとしているのか。あるいは、 人 ひと の 歓心 かんしん を 買 か おうと 努 つと めているのか。もし、 今 いま もなお 人 ひと の 歓心 かんしん を 買 か おうとしているとすれば、わたしはキリストの 僕 しもべ ではあるまい。 兄弟 きょうだい たちよ。あなたがたに、はっきり 言 い っておく。わたしが 宣 の べ 伝 つた えた 福音 ふくいん は 人間 にんげん によるものではない。 わたしは、それを 人間 にんげん から 受 う けたのでも 教 おし えられたのでもなく、ただイエス・キリストの 啓示 けいじ によったのである。

それは、 忍 しの び 込 こ んできたにせ 兄弟 きょうだい らがいたので―― 彼 かれ らが 忍 しの び 込 こ んできたのは、キリスト・イエスにあって 持 も っているわたしたちの 自由 じゆう をねらって、わたしたちを 奴隷 どれい にするためであった。 わたしたちは、 福音 ふくいん の 真理 しんり があなたがたのもとに 常 つね にとどまっているように、 瞬時 しゅんじ も 彼 かれ らの 強要 きょうよう に 屈服 くっぷく しなかった。

ところが、ケパがアンテオケにきたとき、 彼 かれ に 非難 ひなん すべきことがあったので、わたしは 面 めん とむかって 彼 かれ をなじった。 というのは、ヤコブのもとからある 人々 ひとびと が 来 く るまでは、 彼 かれ は 異邦人 いほうじん と 食 しょく を 共 とも にしていたのに、 彼 かれ らがきてからは、 割礼 かつれい の 者 もの どもを 恐 おそ れ、しだいに 身 み を 引 ひ いて 離 はな れて 行 い ったからである。 そして、ほかのユダヤ 人 じん たちも 彼 かれ と 共 とも に 偽善 ぎぜん の 行為 こうい をし、バルナバまでがそのような 偽善 ぎぜん に 引 ひ きずり 込 こ まれた。 彼 かれ らが 福音 ふくいん の 真理 しんり に 従 したが ってまっすぐに 歩 ある いていないのを 見 み て、わたしは 衆人 しゅうじん の 面前 めんぜん でケパに 言 い った、「あなたは、ユダヤ 人 じん であるのに、 自分 じぶん 自身 じしん はユダヤ 人 じん のように 生活 せいかつ しないで、 異邦人 いほうじん のように 生活 せいかつ していながら、どうして 異邦人 いほうじん にユダヤ 人 じん のようになることをしいるのか」。

ああ、 物 もの わかりのわるいガラテヤ 人 びと よ。 十字架 じゅうじか につけられたイエス・キリストが、あなたがたの 目 め の 前 まえ に 描 えが き 出 だ されたのに、いったい、だれがあなたがたを 惑 まど わしたのか。

兄弟 きょうだい たちよ。もしもある 人 ひと が 罪過 ざいか に 陥 おちい っていることがわかったなら、 霊 れい の 人 ひと であるあなたがたは、 柔和 にゅうわ な 心 こころ をもって、その 人 ひと を 正 ただ しなさい。それと 同時 どうじ に、もしか 自分 じぶん 自身 じしん も 誘惑 ゆうわく に 陥 おちい ることがありはしないかと、 反省 はんせい しなさい。 互 たがい に 重荷 おもに を 負 お い 合 あ いなさい。そうすれば、あなたがたはキリストの 律法 りっぽう を 全 まっと うするであろう。 もしある 人 ひと が、 事実 じじつ そうでないのに、 自分 じぶん が 何 なに か 偉 えら い 者 もの であるように 思 おも っているとすれば、その 人 ひと は 自分 じぶん を 欺 あざむ いているのである。

御言 みことば を 教 おし えてもらう 人 ひと は、 教 おし える 人 ひと と、すべて 良 よ いものを 分 わ け 合 あ いなさい。 まちがってはいけない、 神 かみ は 侮 あなど られるようなかたではない。 人 ひと は 自分 じぶん のまいたものを、 刈 か り 取 と ることになる。 すなわち、 自分 じぶん の 肉 にく にまく 者 もの は、 肉 にく から 滅 ほろ びを 刈 か り 取 と り、 霊 れい にまく 者 もの は、 霊 れい から 永遠 えいえん のいのちを 刈 か り 取 と るであろう。

こうして、わたしたちはもはや 子供 こども ではないので、だまし 惑 まど わす 策略 さくりゃく により、 人々 ひとびと の 悪巧 わるだく みによって 起 おこ る 様々 さまざま な 教 おしえ の 風 かぜ に 吹 ふ きまわされたり、もてあそばれたりすることがなく、 愛 あい にあって 真理 しんり を 語 かた り、あらゆる 点 てん において 成長 せいちょう し、かしらなるキリストに 達 たっ するのである。

そこで、わたしは 主 しゅ にあっておごそかに 勧 すす める。あなたがたは 今後 こんご 、 異邦人 いほうじん がむなしい 心 こころ で 歩 ある いているように 歩 ある いてはならない。 彼 かれ らの 知力 ちりょく は 暗 くら くなり、その 内 うち なる 無知 むち と 心 こころ の 硬化 こうか とにより、 神 かみ のいのちから 遠 とお く 離 はな れ、

こういうわけだから、あなたがたは 偽 いつわ りを 捨 す てて、おのおの 隣 とな り 人 ひと に 対 たい して、 真実 しんじつ を 語 かた りなさい。わたしたちは、お 互 たがい に 肢体 したい なのであるから。

悪 わる い 言葉 ことば をいっさい、あなたがたの 口 くち から 出 だ してはいけない。 必要 ひつよう があれば、 人 ひと の 徳 とく を 高 たか めるのに 役立 やくだ つような 言葉 ことば を 語 かた って、 聞 き いている 者 もの の 益 えき になるようにしなさい。

あなたがたは、だれにも 不誠実 ふせいじつ な 言葉 ことば でだまされてはいけない。これらのことから、 神 かみ の 怒 いか りは 不 ふ 従順 じゅうじゅん の 子 こ らに 下 くだ るのである。

あなたがたは、 以前 いぜん はやみであったが、 今 いま は 主 しゅ にあって 光 ひかり となっている。 光 ひかり の 子 こ らしく 歩 ある きなさい―― 光 ひかり はあらゆる 善意 ぜんい と 正義 せいぎ と 真実 しんじつ との 実 み を 結 むす ばせるものである―― 主 しゅ に 喜 よろこ ばれるものがなんであるかを、わきまえ 知 し りなさい。

実 み を 結 むす ばないやみのわざに 加 くわ わらないで、むしろ、それを 指摘 してき してやりなさい。

わたしたちの 戦 たたか いは、 血肉 けつにく に 対 たい するものではなく、もろもろの 支配 しはい と、 権威 けんい と、やみの 世 よ の 主権者 しゅけんしゃ 、また 天上 てんじょう にいる 悪 あく の 霊 れい に 対 たい する 戦 たたか いである。

すなわち、 立 た って 真理 しんり の 帯 おび を 腰 こし にしめ、 正義 せいぎ の 胸当 むねあて を 胸 むね につけ、 平和 へいわ の 福音 ふくいん の 備 そな えを 足 あし にはき、 その 上 うえ に、 信仰 しんこう のたてを 手 て に 取 と りなさい。それをもって、 悪 あ しき 者 もの の 放 はな つ 火 ひ の 矢 や を 消 け すことができるであろう。 また、 救 すくい のかぶとをかぶり、 御霊 みたま の 剣 つるぎ 、すなわち、 神 かみ の 言 ことば を 取 と りなさい。

わたしはこう 祈 いの る。あなたがたの 愛 あい が、 深 ふか い 知識 ちしき において、するどい 感覚 かんかく において、いよいよ 増 ま し 加 くわ わり、 それによって、あなたがたが、 何 なに が 重要 じゅうよう であるかを 判別 はんべつ することができ、キリストの 日 ひ に 備 そな えて、 純真 じゅんしん で 責 せ められるところのないものとなり、

わたしがこう 言 い うのは、あなたがたが、だれにも 巧 たく みな 言葉 ことば で 迷 まよ わされることのないためである。

あなたがたは、むなしいだましごとの 哲学 てつがく で、 人 ひと のとりこにされないように、 気 き をつけなさい。それはキリストに 従 したが わず、 世 よ のもろもろの 霊力 れいりょく に 従 したが う 人間 にんげん の 言伝 いいつた えに 基 もとづ くものにすぎない。

あなたがたは、わざとらしい 謙 けん そんと 天使 てんし 礼拝 れいはい とにおぼれている 人々 ひとびと から、いろいろと 悪評 あくひょう されてはならない。 彼 かれ らは 幻 まぼろし を 見 み たことを 重 おも んじ、 肉 にく の 思 おも いによっていたずらに 誇 ほこ るだけで、

もしあなたがたが、キリストと 共 とも に 死 し んで 世 よ のもろもろの 霊力 れいりょく から 離 はな れたのなら、なぜ、なおこの 世 よ に 生 い きているもののように、 「さわるな、 味 あじ わうな、 触 ふ れるな」などという 規定 きてい に 縛 しば られているのか。 これらは 皆 みな 、 使 つか えば 尽 つ きてしまうもの、 人間 にんげん の 規定 きてい や 教 おしえ によっているものである。 これらのことは、ひとりよがりの 礼拝 れいはい とわざとらしい 謙 けん そんと、からだの 苦行 くぎょう とをともなうので、 知恵 ちえ のあるしわざらしく 見 み えるが、 実 じつ は、ほしいままな 肉欲 にくよく を 防 ふせ ぐのに、なんの 役 やく にも 立 た つものではない。

互 たがい にうそを 言 い ってはならない。あなたがたは、 古 ふる き 人 ひと をその 行 おこな いと 一緒 いっしょ に 脱 ぬ ぎ 捨 す て、 造 つく り 主 しゅ のかたちに 従 したが って 新 あたら しくされ、 真 しん の 知識 ちしき に 至 いた る 新 あたら しき 人 ひと を 着 き たのである。

すべてのものを 識別 しきべつ して、 良 よ いものを 守 まも り、

だれがどんな 事 こと をしても、それにだまされてはならない。まず 背教 はいきょう のことが 起 おこ り、 不法 ふほう の 者 もの 、すなわち、 滅 ほろ びの 子 こ が 現 あらわ れるにちがいない。

不法 ふほう の 者 もの が 来 く るのは、サタンの 働 はたら きによるのであって、あらゆる 偽 いつわ りの 力 ちから と、しるしと、 不思議 ふしぎ と、 また、あらゆる 不義 ふぎ の 惑 まど わしとを、 滅 ほろ ぶべき 者 もの どもに 対 たい して 行 おこな うためである。 彼 かれ らが 滅 ほろ びるのは、 自分 じぶん らの 救 すくい となるべき 真理 しんり に 対 たい する 愛 あい を 受 う けいれなかった 報 むく いである。 そこで 神 かみ は、 彼 かれ らが 偽 いつわ りを 信 しん じるように、 迷 まよ わす 力 ちから を 送 おく り、 こうして、 真理 しんり を 信 しん じないで 不義 ふぎ を 喜 よろこ んでいたすべての 人 ひと を、さばくのである。

そこで、 兄弟 きょうだい たちよ。 堅 かた く 立 た って、わたしたちの 言葉 ことば や 手紙 てがみ で 教 おし えられた 言伝 いいつた えを、しっかりと 守 まも り 続 つづ けなさい。

兄弟 きょうだい たちよ。 主 しゅ イエス・キリストの 名 な によってあなたがたに 命 めい じる。 怠惰 たいだ な 生活 せいかつ をして、わたしたちから 受 う けた 言伝 いいつた えに 従 したが わないすべての 兄弟 きょうだい たちから、 遠 とお ざかりなさい。

わたしがマケドニヤに 向 む かって 出発 しゅっぱつ する 際 さい 、 頼 たの んでおいたように、あなたはエペソにとどまっていて、ある 人々 ひとびと に、 違 ちが った 教 おしえ を 説 と くことをせず、 作 つく り 話 ばなし やはてしのない 系図 けいず などに 気 き をとられることもないように、 命 めい じなさい。そのようなことは 信仰 しんこう による 神 かみ の 務 つとめ を 果 はた すものではなく、むしろ 論議 ろんぎ を 引 ひ き 起 おこ させるだけのものである。 わたしのこの 命令 めいれい は、 清 きよ い 心 こころ と 正 ただ しい 良心 りょうしん と 偽 いつわ りのない 信仰 しんこう とから 出 で てくる 愛 あい を 目標 もくひょう としている。 ある 人々 ひとびと はこれらのものからそれて 空論 くうろん に 走 はし り、 律法 りっぽう の 教師 きょうし たることを 志 こころざ していながら、 自分 じぶん の 言 い っていることも 主張 しゅちょう していることも、わからないでいる。

神 かみ は、すべての 人 ひと が 救 すく われて、 真理 しんり を 悟 さと るに 至 いた ることを 望 のぞ んでおられる。 神 かみ は 唯一 ゆいいつ であり、 神 かみ と 人 ひと との 間 あいだ の 仲保者 ちゅうほしゃ もただひとりであって、それは 人 ひと なるキリスト・イエスである。 彼 かれ は、すべての 人 ひと のあがないとしてご 自身 じしん をささげられたが、それは、 定 さだ められた 時 とき になされたあかしにほかならない。 そのために、わたしは 立 た てられて 宣教者 せんきょうしゃ 、 使徒 しと となり(わたしは 真実 しんじつ を 言 い っている、 偽 いつわ ってはいない)、また 異邦人 いほうじん に 信仰 しんこう と 真理 しんり とを 教 おし える 教師 きょうし となったのである。

女 おんな は 静 しず かにしていて、 万事 ばんじ につけ 従順 じゅうじゅん に 教 おしえ を 学 まな ぶがよい。 女 おんな が 教 おし えたり、 男 おとこ の 上 うえ に 立 た ったりすることを、わたしは 許 ゆる さない。むしろ、 静 しず かにしているべきである。 なぜなら、アダムがさきに 造 つく られ、それからエバが 造 つく られたからである。 またアダムは 惑 まど わされなかったが、 女 おんな は 惑 まど わされて、あやまちを 犯 おか した。

しかし、 御霊 みたま は 明 あき らかに 告 つ げて 言 い う。 後 のち の 時 とき になると、ある 人々 ひとびと は、 惑 まど わす 霊 れい と 悪霊 あくりょう の 教 おしえ とに 気 き をとられて、 信仰 しんこう から 離 はな れ 去 さ るであろう。 それは、 良心 りょうしん に 焼 や き 印 いん をおされている 偽 いつわ り 者 もの の 偽善 ぎぜん のしわざである。

これらのことを 兄弟 きょうだい たちに 教 おし えるなら、あなたは、 信仰 しんこう の 言葉 ことば とあなたの 従 したが ってきた 良 よ い 教 おしえ の 言葉 ことば とに 養 やしな われて、キリスト・イエスのよい 奉仕者 ほうししゃ になるであろう。 しかし、 俗悪 ぞくあく で 愚 ぐ にもつかない 作 つく り 話 ばなし は 避 さ けなさい。 信心 しんじん のために 自分 じぶん を 訓練 くんれん しなさい。

これらの 事 こと を 命 めい じ、また 教 おし えなさい。 あなたは、 年 とし が 若 わか いために 人 ひと に 軽 かろ んじられてはならない。むしろ、 言葉 ことば にも、 行状 ぎょうじょう にも、 愛 あい にも、 信仰 しんこう にも、 純潔 じゅんけつ にも、 信者 しんじゃ の 模範 もはん になりなさい。 わたしがそちらに 行 ゆ く 時 とき まで、 聖書 せいしょ を 朗読 ろうどく することと、 勧 すす めをすることと、 教 おし えることとに 心 こころ を 用 もち いなさい。 長老 ちょうろう の 按手 あんしゅ を 受 う けた 時 とき 、 預言 よげん によってあなたに 与 あた えられて 内 うち に 持 も っている 恵 めぐ みの 賜物 たまもの を、 軽視 けいし してはならない。 すべての 事 こと にあなたの 進歩 しんぽ があらわれるため、これらの 事 こと を 実行 じっこう し、それを 励 はげ みなさい。 自分 じぶん のことと 教 おしえ のこととに 気 き をつけ、それらを 常 つね に 努 つと めなさい。そうすれば、あなたは、 自分 じぶん 自身 じしん とあなたの 教 おしえ を 聞 き く 者 もの たちとを、 救 すく うことになる。

よい 指導 しどう をしている 長老 ちょうろう 、 特 とく に 宣教 せんきょう と 教 おしえ とのために 労 ろう している 長老 ちょうろう は、二 倍 ばい の 尊敬 そんけい を 受 う けるにふさわしい 者 もの である。 聖書 せいしょ は、「 穀物 こくもつ をこなしている 牛 うし に、くつこをかけてはならない」また「 働 はたら き 人 びと がその 報酬 ほうしゅう を 受 う けるのは 当然 とうぜん である」と 言 い っている。

長老 ちょうろう に 対 たい する 訴訟 そしょう は、ふたりか三 人 にん の 証人 しょうにん がない 場合 ばあい には、 受理 じゅり してはならない。 罪 つみ を 犯 おか した 者 もの に 対 たい しては、ほかの 人々 ひとびと も 恐 おそ れをいだくに 至 いた るために、すべての 人 ひと の 前 まえ でその 罪 つみ をとがむべきである。 わたしは、 神 かみ とキリスト・イエスと 選 えら ばれた 御使 みつかい たちとの 前 まえ で、おごそかにあなたに 命 めい じる。これらのことを 偏見 へんけん なしに 守 まも り、 何事 なにごと についても、 不 ふ 公平 こうへい な 仕方 しかた をしてはならない。 軽々 かるがる しく 人 ひと に 手 て をおいてはならない。また、ほかの 人 ひと の 罪 つみ に 加 くわ わってはいけない。 自分 じぶん をきよく 守 まも りなさい。

もし 違 ちが ったことを 教 おし えて、わたしたちの 主 しゅ イエス・キリストの 健全 けんぜん な 言葉 ことば 、ならびに 信心 しんじん にかなう 教 おしえ に 同意 どうい しないような 者 もの があれば、 彼 かれ は 高慢 こうまん であって、 何 なに も 知 し らず、ただ 論議 ろんぎ と 言葉 ことば の 争 あらそ いとに 病 やまい みついている 者 もの である。そこから、ねたみ、 争 あらそ い、そしり、さいぎの 心 こころ が 生 しょう じ、 また 知性 ちせい が 腐 くさ って、 真理 しんり にそむき、 信心 しんじん を 利得 りとく と 心 こころ 得 え る 者 もの どもの 間 あいだ に、はてしのないいがみ 合 あ いが 起 おこ るのである。

テモテよ。あなたにゆだねられていることを 守 まも りなさい。そして、 俗悪 ぞくあく なむだ 話 はなし と、 偽 いつわ りの「 知識 ちしき 」による 反対 はんたい 論 ろん とを 避 さ けなさい。 ある 人々 ひとびと はそれに 熱中 ねっちゅう して、 信仰 しんこう からそれてしまったのである。 恵 めぐ みが、あなたがたと 共 とも にあるように。

あなたは、これらのことを 彼 かれ らに 思 おも い 出 だ させて、なんの 益 えき もなく、 聞 き いている 人々 ひとびと を 破滅 はめつ におとしいれるだけである 言葉 ことば の 争 あらそ いをしないように、 神 かみ のみまえでおごそかに 命 めい じなさい。

あなたは 真理 しんり の 言葉 ことば を 正 ただ しく 教 おし え、 恥 は じるところのない 錬達 れんたつ した 働 はたら き 人 びと になって、 神 かみ に 自分 じぶん をささげるように 努 つと めはげみなさい。 俗悪 ぞくあく なむだ 話 はなし を 避 さ けなさい。それによって 人々 ひとびと は、ますます 不信心 ふしんじん に 落 お ちていき、

彼 かれ らの 言葉 ことば は、がんのように 腐 くさ れひろがるであろう。その 中 なか にはヒメナオとピレトとがいる。 彼 かれ らは 真理 しんり からはずれ、 復活 ふっかつ はすでに 済 す んでしまったと 言 い い、そして、ある 人々 ひとびと の 信仰 しんこう をくつがえしている。 しかし、 神 かみ のゆるがない 土台 どだい はすえられていて、それに 次 つぎ の 句 く が 証印 しょういん として、しるされている。「 主 しゅ は 自分 じぶん の 者 もの たちを 知 し る」。また「 主 しゅ の 名 な を 呼 よ ぶ 者 もの は、すべて 不義 ふぎ から 離 はな れよ」。

愚 おろ かで 無知 むち な 論議 ろんぎ をやめなさい。それは、あなたが 知 し っているとおり、ただ 争 あらそ いに 終 おわ るだけである。 主 しゅ の 僕 しもべ たる 者 もの は 争 あらそ ってはならない。だれに 対 たい しても 親切 しんせつ であって、よく 教 おし え、よく 忍 しの び、 反対 はんたい する 者 もの を 柔和 にゅうわ な 心 こころ で 教 おし え 導 みちび くべきである。おそらく 神 かみ は、 彼 かれ らに 悔改 くいあらた めの 心 こころ を 与 あた えて、 真理 しんり を 知 し らせ、 一 度 ど は 悪魔 あくま に 捕 とら えられてその 欲 ほっ するままになっていても、 目 め ざめて 彼 かれ のわなからのがれさせて 下 くだ さるであろう。

その 時 とき 、 人々 ひとびと は 自分 じぶん を 愛 あい する 者 もの 、 金 かね を 愛 あい する 者 もの 、 大言壮語 たいげんそうご する 者 もの 、 高慢 こうまん な 者 もの 、 神 かみ をそしる 者 もの 、 親 おや に 逆 さか らう 者 もの 、 恩 おん を 知 し らぬ 者 もの 、 神聖 しんせい を 汚 けが す 者 もの 、 無情 むじょう な 者 もの 、 融和 ゆうわ しない 者 もの 、そしる 者 もの 、 無 む 節制 せっせい な 者 もの 、 粗暴 そぼう な 者 もの 、 善 ぜん を 好 この まない 者 もの 、 裏切 うらぎ り 者 もの 、 乱暴 らんぼう 者 もの 、 高言 こうげん をする 者 もの 、 神 かみ よりも 快楽 かいらく を 愛 あい する 者 もの 、 信心 しんじん 深 ぶか い 様子 ようす をしながらその 実 じつ を 捨 す てる 者 もの となるであろう。こうした 人々 ひとびと を 避 さ けなさい。

彼 かれ らの 中 なか には、 人 ひと の 家 いえ にもぐり 込 こ み、そして、さまざまの 欲 よく に 心 こころ を 奪 うば われて、 多 おお くの 罪 つみ を 積 つ み 重 かさ ねている 愚 おろ かな 女 おんな どもを、とりこにしている 者 もの がある。 彼女 かのじょ たちは、 常 つね に 学 まな んではいるが、いつになっても 真理 しんり の 知識 ちしき に 達 たっ することができない。

ちょうど、ヤンネとヤンブレとがモーセに 逆 さか らったように、こうした 人々 ひとびと も 真理 しんり に 逆 さか らうのである。 彼 かれ らは 知性 ちせい の 腐 くさ った、 信仰 しんこう の 失格者 しっかくしゃ である。 しかし、 彼 かれ らはそのまま 進 すす んでいけるはずがない。 彼 かれ らの 愚 おろ かさは、あのふたりの 場合 ばあい と 同 おな じように、 多 おお くの 人 ひと に 知 し れて 来 く るであろう。

いったい、キリスト・イエスにあって 信心 しんじん 深 ぶか く 生 い きようとする 者 もの は、みな、 迫害 はくがい を 受 う ける。 悪人 あくにん と 詐欺 さぎ 師 し とは 人 ひと を 惑 まど わし 人 ひと に 惑 まど わされて、 悪 あく から 悪 あく へと 落 お ちていく。

しかし、あなたは、 自分 じぶん が 学 まな んで 確信 かくしん しているところに、いつもとどまっていなさい。あなたは、それをだれから 学 まな んだか 知 し っており、 また 幼 おさな い 時 とき から、 聖書 せいしょ に 親 した しみ、それが、キリスト・イエスに 対 たい する 信仰 しんこう によって 救 すくい に 至 いた る 知恵 ちえ を、あなたに 与 あた えうる 書物 しょもつ であることを 知 し っている。 聖書 せいしょ は、すべて 神 かみ の 霊 れい 感 かん を 受 う けて 書 か かれたものであって、 人 ひと を 教 おし え、 戒 いまし め、 正 ただ しくし、 義 ぎ に 導 みちび くのに 有益 ゆうえき である。 それによって、 神 かみ の 人 ひと が、あらゆる 良 よ いわざに 対 たい して 十分 じゅうぶん な 準備 じゅんび ができて、 完全 かんぜん にととのえられた 者 もの になるのである。

御言 みことば を 宣 の べ 伝 つた えなさい。 時 とき が 良 よ くても 悪 わる くても、それを 励 はげ み、あくまでも 寛容 かんよう な 心 こころ でよく 教 おし えて、 責 せ め、 戒 いまし め、 勧 すす めなさい。 人々 ひとびと が 健全 けんぜん な 教 おしえ に 耐 た えられなくなり、 耳 みみ ざわりのよい 話 はなし をしてもらおうとして、 自分 じぶん 勝手 かって な 好 この みにまかせて 教師 きょうし たちを 寄 よ せ 集 あつ め、 そして、 真理 しんり からは 耳 みみ をそむけて、 作 つく り 話 ばなし の 方 ほう にそれていく 時 とき が 来 く るであろう。

教 おしえ にかなった 信頼 しんらい すべき 言葉 ことば を 守 まも る 人 ひと でなければならない。それは、 彼 かれ が 健全 けんぜん な 教 おしえ によって 人 ひと をさとし、また、 反対者 はんたいしゃ の 誤 あやま りを 指摘 してき することができるためである。 実 じつ は、 法 ほう に 服 ふく さない 者 もの 、 空論 くうろん に 走 はし る 者 もの 、 人 ひと の 心 こころ を 惑 まど わす 者 もの が 多 おお くおり、とくに、 割礼 かつれい のある 者 もの の 中 なか に 多 おお い。 彼 かれ らの 口 くち を 封 ふう ずべきである。 彼 かれ らは 恥 は ずべき 利 り のために、 教 おし えてはならないことを 教 おし えて、 数々 かずかず の 家庭 かてい を 破壊 はかい してしまっている。 クレテ 人 びと のうちのある 預言者 よげんしゃ が「クレテ 人 びと は、いつもうそつき、たちの 悪 わる いけもの、なまけ 者 もの の 食 く いしんぼう」と 言 い っているが、 この 非難 ひなん はあたっている。だから、 彼 かれ らをきびしく 責 せ めて、その 信仰 しんこう を 健全 けんぜん なものにし、 ユダヤ 人 じん の 作 つく り 話 ばなし や、 真理 しんり からそれていった 人々 ひとびと の 定 さだ めなどに、 気 き をとられることがないようにさせなさい。 きよい 人 ひと には、すべてのものがきよい。しかし、 汚 けが れている 不 ふ 信仰 しんこう な 人 ひと には、きよいものは一つもなく、その 知性 ちせい も 良心 りょうしん も 汚 けが れてしまっている。 彼 かれ らは 神 かみ を 知 し っていると、 口 くち では 言 い うが、 行 おこな いではそれを 否定 ひてい している。 彼 かれ らは 忌 い まわしい 者 もの 、また 不 ふ 従順 じゅうじゅん な 者 もの であって、いっさいの 良 よ いわざに 関 かん しては、 失格者 しっかくしゃ である。

しかし、あなたは、 健全 けんぜん な 教 おしえ にかなうことを 語 かた りなさい。 老人 ろうじん たちには 自 みずか らを 制 せい し、 謹厳 きんげん で、 慎 つつし み 深 ふか くし、また、 信仰 しんこう と 愛 あい と 忍耐 にんたい とにおいて 健全 けんぜん であるように 勧 すす め、

年老 としお いた 女 おんな たちにも、 同 おな じように、たち 居 い ふるまいをうやうやしくし、 人 ひと をそしったり 大酒 たいしゅ の 奴隷 どれい になったりせず、 良 よ いことを 教 おし える 者 もの となるように、 勧 すす めなさい。 そうすれば、 彼女 かのじょ たちは、 若 わか い 女 おんな たちに、 夫 おっと を 愛 あい し、 子供 こども を 愛 あい し、 慎 つつし み 深 ふか く、 純潔 じゅんけつ で、 家事 かじ に 努 つと め、 善良 ぜんりょう で、 自分 じぶん の 夫 おっと に 従順 じゅうじゅん であるように 教 おし えることになり、したがって、 神 かみ の 言 ことば がそしりを 受 う けないようになるであろう。

若 わか い 男 おとこ にも、 同 おな じく、 万事 ばんじ につけ 慎 つつし み 深 ぶか くあるように、 勧 すす めなさい。 あなた 自身 じしん を 良 よ いわざの 模範 もはん として 示 しめ し、 人 ひと を 教 おし える 場合 ばあい には、 清廉 せいれん と 謹厳 きんげん とをもってし、 非難 ひなん のない 健全 けんぜん な 言葉 ことば を 用 もち いなさい。そうすれば、 反対者 はんたいしゃ も、わたしたちについてなんの 悪口 あっこう も 言 い えなくなり、 自 みずか ら 恥 は じいるであろう。

奴隷 どれい には、 万事 ばんじ につけその 主人 しゅじん に 服従 ふくじゅう して、 喜 よろこ ばれるようになり、 反抗 はんこう をせず、 盗 ぬす みをせず、どこまでも 心 こころ をこめた 真実 しんじつ を 示 しめ すようにと、 勧 すす めなさい。そうすれば、 彼 かれ らは 万事 ばんじ につけ、わたしたちの 救主 すくいぬし なる 神 かみ の 教 おしえ を 飾 かざ ることになろう。

しかし、 愚 おろ かな 議論 ぎろん と、 系図 けいず と、 争 あらそ いと、 律法 りっぽう についての 論争 ろんそう とを、 避 さ けなさい。それらは 無益 むえき かつ 空虚 くうきょ なことである。 異端者 いたんしゃ は、一、二 度 ど 、 訓戒 くんかい を 加 くわ えた 上 うえ で 退 しりぞ けなさい。 たしかに、こういう 人 ひと たちは、 邪道 じゃどう に 陥 おちい り、 自 みずか ら 悪 あく と 知 し りつつも、 罪 つみ を 犯 おか しているからである。

こういうわけだから、わたしたちは 聞 き かされていることを、いっそう 強 つよ く 心 こころ に 留 と めねばならない。そうでないと、おし 流 なが されてしまう。 というのは、 御使 みつかい たちをとおして 語 かた られた 御言 みことば が 効力 こうりょく を 持 も ち、あらゆる 罪過 ざいか と 不 ふ 従順 じゅうじゅん とに 対 たい して 正当 せいとう な 報 むく いが 加 くわ えられたとすれば、 わたしたちは、こんなに 尊 たっと い 救 すくい をなおざりにしては、どうして 報 むく いをのがれることができようか。この 救 すくい は、 初 はじ め 主 しゅ によって 語 かた られたものであって、 聞 き いた 人々 ひとびと からわたしたちにあかしされ、

兄弟 きょうだい たちよ。 気 き をつけなさい。あなたがたの 中 なか には、あるいは、 不 ふ 信仰 しんこう な 悪 わる い 心 こころ をいだいて、 生 い ける 神 かみ から 離 はな れ 去 さ る 者 もの があるかも 知 し れない。

また、 神 かみ が、わたしの 安息 あんそく に、はいらせることはしない、と 誓 ちか われたのは、だれに 向 む かってであったか。 不 ふ 従順 じゅうじゅん な 者 もの に 向 む かってではなかったか。 こうして、 彼 かれ らがはいることのできなかったのは、 不 ふ 信仰 しんこう のゆえであることがわかる。

というのは、 神 かみ の 言 ことば は 生 い きていて、 力 ちから があり、もろ 刃 は のつるぎよりも 鋭 するど くて、 精神 せいしん と 霊魂 れいこん と、 関節 かんせつ と 骨髄 こつづい とを 切 き り 離 はな すまでに 刺 さ しとおして、 心 こころ の 思 おも いと 志 こころざし とを 見分 みわ けることができる。 そして、 神 かみ のみまえには、あらわでない 被 ひ 造物 ぞうぶつ はひとつもなく、すべてのものは、 神 かみ の 目 め には 裸 はだか であり、あらわにされているのである。この 神 かみ に 対 たい して、わたしたちは 言 い い 開 ひら きをしなくてはならない。

いったん、 光 ひかり を 受 う けて 天 てん よりの 賜物 たまもの を 味 あじ わい、 聖霊 せいれい にあずかる 者 もの となり、 また、 神 かみ の 良 よ きみ 言葉 ことば と、きたるべき 世 よ の 力 ちから とを 味 あじ わった 者 もの たちが、 そののち 堕落 だらく した 場合 ばあい には、またもや 神 かみ の 御子 みこ を、 自 みずか ら 十字架 じゅうじか につけて、さらしものにするわけであるから、ふたたび 悔改 くいあらた めにたち 帰 かえ ることは 不可能 ふかのう である。

もしわたしたちが、 真理 しんり の 知識 ちしき を 受 う けたのちにもなお、ことさらに 罪 つみ を 犯 おか しつづけるなら、 罪 つみ のためのいけにえは、もはやあり 得 え ない。 ただ、さばきと、 逆 さか らう 者 もの たちを 焼 や きつくす 激 はげ しい 火 ひ とを、 恐 おそ れつつ 待 ま つことだけがある。 モーセの 律法 りっぽう を 無視 むし する 者 もの が、あわれみを 受 う けることなしに、二、三の 人 ひと の 証言 しょうげん に 基 もとづ いて 死刑 しけい に 処 しょ せられるとすれば、 神 かみ の 子 こ を 踏 ふ みつけ、 自分 じぶん がきよめられた 契約 けいやく の 血 ち を 汚 けが れたものとし、さらに 恵 めぐ みの 御霊 みたま を 侮 あなど る 者 もの は、どんなにか 重 おも い 刑罰 けいばつ に 価 あたい することであろう。

気 き をつけて、 神 かみ の 恵 めぐ みからもれることがないように、また、 苦 にが い 根 ね がはえ 出 で て、あなたがたを 悩 なや まし、それによって 多 おお くの 人 ひと が 汚 けが されることのないようにしなさい。 また、 一杯 いっぱい の 食 しょく のために 長子 ちょうし の 権利 けんり を 売 う ったエサウのように、 不品行 ふひんこう な 俗悪 ぞくあく な 者 もの にならないようにしなさい。 あなたがたの 知 し っているように、 彼 かれ はその 後 のち 、 祝福 しゅくふく を 受 う け 継 つ ごうと 願 ねが ったけれども、 捨 す てられてしまい、 涙 なみだ を 流 なが してそれを 求 もと めたが、 悔改 くいあらた めの 機会 きかい を 得 え なかったのである。

さまざまな 違 ちが った 教 おしえ によって、 迷 まよ わされてはならない。 食物 しょくもつ によらず、 恵 めぐ みによって、 心 こころ を 強 つよ くするがよい。 食物 しょくもつ によって 歩 ある いた 者 もの は、 益 えき を 得 え ることがなかった。

あなたがたの 知 し っているとおり、 信仰 しんこう がためされることによって、 忍耐 にんたい が 生 う み 出 だ されるからである。 だから、なんら 欠点 けってん のない、 完全 かんぜん な、でき 上 あ がった 人 ひと となるように、その 忍耐力 にんたいりょく を 十分 じゅうぶん に 働 はたら かせるがよい。 あなたがたのうち、 知恵 ちえ に 不足 ふそく している 者 もの があれば、その 人 ひと は、とがめもせずに 惜 お しみなくすべての 人 ひと に 与 あた える 神 かみ に、 願 ねが い 求 もと めるがよい。そうすれば、 与 あた えられるであろう。

そして、 御言 みことば を 行 おこな う 人 ひと になりなさい。おのれを 欺 あざむ いて、ただ 聞 き くだけの 者 もの となってはいけない。 おおよそ 御言 みことば を 聞 き くだけで 行 おこな わない 人 ひと は、ちょうど、 自分 じぶん の 生 うま れつきの 顔 かお を 鏡 かがみ に 映 うつ して 見 み る 人 ひと のようである。 彼 かれ は 自分 じぶん を 映 うつ して 見 み てそこから 立 た ち 去 さ ると、そのとたんに、 自分 じぶん の 姿 すがた がどんなであったかを 忘 わす れてしまう。

わたしの 兄弟 きょうだい たちよ。あなたがたのうち 多 おお くの 者 もの は、 教師 きょうし にならないがよい。わたしたち 教師 きょうし が、 他 た の 人 ひと たちよりも、もっときびしいさばきを 受 う けることが、よくわかっているからである。 わたしたちは 皆 みな 、 多 おお くのあやまちを 犯 おか すものである。もし、 言葉 ことば の 上 うえ であやまちのない 人 ひと があれば、そういう 人 ひと は、 全身 ぜんしん をも 制 せい 御 ぎょ することのできる 完全 かんぜん な 人 ひと である。

それと 同 おな じく、 舌 した は 小 ちい さな 器官 きかん ではあるが、よく 大言壮語 たいげんそうご する。 見 み よ、ごく 小 ちい さな 火 ひ でも、 非常 ひじょう に 大 おお きな 森 もり を 燃 も やすではないか。 舌 した は 火 ひ である。 不義 ふぎ の 世界 せかい である。 舌 した は、わたしたちの 器官 きかん の一つとしてそなえられたものであるが、 全身 ぜんしん を 汚 けが し、 生存 せいぞん の 車輪 しゃりん を 燃 も やし、 自 みずか らは 地獄 じごく の 火 ひ で 焼 や かれる。

この 石 いし は、より 頼 たの んでいるあなたがたには 尊 たっと いものであるが、 不 ふ 信仰 しんこう な 人々 ひとびと には「 家 いえ 造 つく りらの 捨 す てた 石 いし で、 隅 すみ のかしら 石 いし となったもの」、 また「つまずきの 石 いし 、 妨 さまた げの 岩 いわ 」である。しかし、 彼 かれ らがつまずくのは、 御言 みことば に 従 したが わないからであって、 彼 かれ らは、 実 じつ は、そうなるように 定 さだ められていたのである。

「いのちを 愛 あい し、さいわいな 日々 ひび を 過 す ごそうと 願 ねが う 人 ひと は、 舌 した を 制 せい して 悪 あく を 言 い わず、くちびるを 閉 と じて 偽 いつわ りを 語 かた らず、

ただ、 心 こころ の 中 なか でキリストを 主 しゅ とあがめなさい。また、あなたがたのうちにある 望 のぞ みについて 説明 せつめい を 求 もと める 人 ひと には、いつでも 弁明 べんめい のできる 用意 ようい をしていなさい。 しかし、やさしく、 慎 つつし み 深 ぶか く、 明 あき らかな 良心 りょうしん をもって、 弁明 べんめい しなさい。そうすれば、あなたがたがキリストにあって 営 いとな んでいる 良 よ い 生活 せいかつ をそしる 人々 ひとびと も、そのようにののしったことを 恥 は じいるであろう。

身 み を 慎 つつし み、 目 め をさましていなさい。あなたがたの 敵 てき である 悪魔 あくま が、ほえたけるししのように、 食 く いつくすべきものを 求 もと めて 歩 ある き 回 まわ っている。 この 悪魔 あくま にむかい、 信仰 しんこう にかたく 立 た って、 抵抗 ていこう しなさい。あなたがたのよく 知 し っているとおり、 全 ぜん 世界 せかい にいるあなたがたの 兄弟 きょうだい たちも、 同 おな じような 苦 くる しみの 数々 かずかず に 会 あ っているのである。

聖書 せいしょ の 預言 よげん はすべて、 自分 じぶん 勝手 かって に 解釈 かいしゃく すべきでないことを、まず 第 だい 一に 知 し るべきである。 なぜなら、 預言 よげん は 決 けっ して 人間 にんげん の 意志 いし から 出 で たものではなく、 人々 ひとびと が 聖霊 せいれい に 感 かん じ、 神 かみ によって 語 かた ったものだからである。

しかし、 民 たみ の 間 あいだ に、にせ 預言者 よげんしゃ が 起 おこ ったことがあるが、それと 同 おな じく、あなたがたの 間 あいだ にも、にせ 教師 きょうし が 現 あらわ れるであろう。 彼 かれ らは、 滅 ほろ びに 至 いた らせる 異端 いたん をひそかに 持 も ち 込 こ み、 自分 じぶん たちをあがなって 下 くだ さった 主 しゅ を 否定 ひてい して、すみやかな 滅亡 めつぼう を 自分 じぶん の 身 み に 招 まね いている。 また、 大 おお ぜいの 人 ひと が 彼 かれ らの 放縦 ほうしょう を 見習 みなら い、そのために、 真理 しんり の 道 みち がそしりを 受 う けるに 至 いた るのである。 彼 かれ らは、 貪欲 どんよく のために、 甘言 かんげん をもってあなたがたをあざむき、 利 り をむさぼるであろう。 彼 かれ らに 対 たい するさばきは 昔 むかし から 猶予 ゆうよ なく 行 おこな われ、 彼 かれ らの 滅亡 めつぼう も滞ることはない。

彼 かれ らが、 主 しゅ また 救主 すくいぬし なるイエス・キリストを 知 し ることにより、この 世 よ の 汚 けが れからのがれた 後 のち 、またそれに 巻 ま き 込 こ まれて 征服 せいふく されるならば、 彼 かれ らの 後 のち の 状態 じょうたい は 初 はじ めよりも、もっと 悪 わる くなる。 義 ぎ の 道 みち を 心得 こころえ ていながら、 自分 じぶん に 授 さづ けられた 聖 せい なる 戒 いまし めにそむくよりは、むしろ 義 ぎ の 道 みち を 知 し らなかった 方 ほう がよい。

彼 かれ は、どの 手紙 てがみ にもこれらのことを 述 の べている。その 手紙 てがみ の 中 なか には、ところどころ、わかりにくい 箇所 かしょ もあって、 無学 むがく で 心 こころ の 定 さだ まらない 者 もの たちは、ほかの 聖書 せいしょ についてもしているように、 無理 むり な 解釈 かいしゃく をほどこして、 自分 じぶん の 滅亡 めつぼう を 招 まね いている。

愛 あい する 者 もの たちよ。それだから、あなたがたはかねてから 心 こころ がけているように、 非道 ひどう の 者 もの の 惑 まど わしに 誘 さそ い 込 こ まれて、あなたがた 自身 じしん の 確信 かくしん を 失 うしな うことのないように 心 こころ がけなさい。 そして、わたしたちの 主 しゅ また 救主 すくいぬし イエス・キリストの 恵 めぐ みと 知識 ちしき とにおいて、ますます 豊 ゆた かになりなさい。 栄光 えいこう が、 今 いま も、また 永遠 えいえん の 日 ひ に 至 いた るまでも、 主 しゅ にあるように、アァメン。

わたしたちがイエスから 聞 き いて、あなたがたに 伝 つた えるおとずれは、こうである。 神 かみ は 光 ひかり であって、 神 かみ には 少 すこ しの 暗 くら いところもない。 神 かみ と 交 まじ わりをしていると 言 い いながら、もし、やみの 中 なか を 歩 ある いているなら、わたしたちは 偽 いつわ っているのであって、 真理 しんり を 行 おこな っているのではない。

もし、わたしたちが 彼 かれ の 戒 いまし めを 守 まも るならば、それによって 彼 かれ を 知 し っていることを 悟 さと るのである。 「 彼 かれ を 知 し っている」と 言 い いながら、その 戒 いまし めを 守 まも らない 者 もの は、 偽 いつわ り 者 もの であって、 真理 しんり はその 人 ひと のうちにない。 しかし、 彼 かれ の 御言 みことば を 守 まも る 者 もの があれば、その 人 ひと のうちに、 神 かみ の 愛 あい が 真 しん に 全 まっと うされるのである。それによって、わたしたちが 彼 かれ にあることを 知 し るのである。 「 彼 かれ におる」と 言 い う 者 もの は、 彼 かれ が 歩 ある かれたように、その 人 ひと 自身 じしん も 歩 ある くべきである。

わたしは、あなたがたを 惑 まど わす 者 もの たちについて、これらのことを 書 か きおくった。 あなたがたのうちには、キリストからいただいた 油 あぶら がとどまっているので、だれにも 教 おし えてもらう 必要 ひつよう はない。この 油 あぶら が、すべてのことをあなたがたに 教 おし える。それはまことであって、 偽 いつわ りではないから、その 油 あぶら が 教 おし えたように、あなたがたは 彼 かれ のうちにとどまっていなさい。

愛 あい する 者 もの たちよ。すべての 霊 れい を 信 しん じることはしないで、それらの 霊 れい が 神 かみ から 出 で たものであるかどうか、ためしなさい。 多 おお くのにせ 預言者 よげんしゃ が 世 よ に 出 で てきているからである。 あなたがたは、こうして 神 かみ の 霊 れい を 知 し るのである。すなわち、イエス・キリストが 肉体 にくたい をとってこられたことを 告白 こくはく する 霊 れい は、すべて 神 かみ から 出 で ているものであり、 イエスを 告白 こくはく しない 霊 れい は、すべて 神 かみ から 出 で ているものではない。これは、 反 はん キリストの 霊 れい である。あなたがたは、それが 来 く るとかねて 聞 き いていたが、 今 いま やすでに 世 よ にきている。

彼 かれ らは 世 よ から 出 で たものである。だから、 彼 かれ らは 世 よ のことを 語 かた り、 世 よ も 彼 かれ らの 言 い うことを 聞 き くのである。 しかし、わたしたちは 神 かみ から 出 で たものである。 神 かみ を 知 し っている 者 もの は、わたしたちの 言 い うことを 聞 き き、 神 かみ から 出 で ない 者 もの は、わたしたちの 言 い うことを 聞 き かない。これによって、わたしたちは、 真理 しんり の 霊 れい と 迷 まよ いの 霊 れい との 区別 くべつ を 知 し るのである。

父 ちち の 戒 いまし めどおりに 歩 ある くことが、すなわち、 愛 あい であり、あなたがたが 初 はじ めから 聞 き いてきたとおりに 愛 あい のうちを 歩 ある くことが、すなわち、 戒 いまし めなのである。

なぜなら、イエス・キリストが 肉体 にくたい をとってこられたことを 告白 こくはく しないで 人 ひと を 惑 まど わす 者 もの が、 多 おお く 世 よ にはいってきたからである。そういう 者 もの は、 惑 まど わす 者 もの であり、 反 はん キリストである。 よく 注意 ちゅうい して、わたしたちの 働 はたら いて 得 え た 成果 せいか を 失 うしな うことがなく、 豊 ゆた かな 報 むく いを 受 う けられるようにしなさい。

すべてキリストの 教 おしえ をとおり 過 す ごして、それにとどまらない 者 もの は、 神 かみ を 持 も っていないのである。その 教 おしえ にとどまっている 者 もの は、 父 ちち を 持 も ち、また 御子 みこ をも 持 も つ。 この 教 おしえ を 持 も たずにあなたがたのところに 来 く る 者 もの があれば、その 人 ひと を 家 いえ に 入 い れることも、あいさつすることもしてはいけない。 そのような 人 ひと にあいさつする 者 もの は、その 悪 わる い 行 おこな いにあずかることになるからである。

わたしは 少 すこ しばかり 教会 きょうかい に 書 か きおくっておいたが、みんなのかしらになりたがっているデオテレペスが、わたしたちを 受 う けいれてくれない。 だから、わたしがそちらへ 行 い った 時 とき 、 彼 かれ のしわざを 指摘 してき しようと 思 おも う。 彼 かれ は 口 くち ぎたなくわたしたちをののしり、そればかりか、 兄弟 きょうだい たちを 受 う けいれようともせず、 受 う けいれようとする 人 ひと たちを 妨 さまた げて、 教会 きょうかい から 追 お い 出 だ している。

愛 あい する 者 もの たちよ。わたしたちが 共 とも にあずかっている 救 すくい について、あなたがたに 書 か きおくりたいと 心 こころ から 願 ねが っていたので、 聖徒 せいと たちによって、ひとたび 伝 つた えられた 信仰 しんこう のために 戦 たたか うことを 勧 すす めるように、 手紙 てがみ をおくる 必要 ひつよう を 感 かん じるに 至 いた った。 そのわけは、 不 ふ 信仰 しんこう な 人々 ひとびと がしのび 込 こ んできて、わたしたちの 神 かみ の 恵 めぐ みを 放縦 ほうじゅう な 生活 せいかつ に 変 か え、 唯一 ゆいいつ の 君 きみ であり、わたしたちの 主 しゅ であるイエス・キリストを 否定 ひてい しているからである。 彼 かれ らは、このようなさばきを 受 う けることに、 昔 むかし から 予告 よこく されているのである。

わたしは、あなたのわざと 労苦 ろうく と 忍耐 にんたい とを 知 し っている。また、あなたが、 悪 わる い 者 もの たちをゆるしておくことができず、 使徒 しと と 自 じ 称 しょう してはいるが、その 実 じつ 、 使徒 しと でない 者 もの たちをためしてみて、にせ 者 もの であると 見抜 みぬ いたことも、 知 し っている。

わたしは、あなたの 苦難 くなん や、 貧 まず しさを 知 し っている(しかし 実際 じっさい は、あなたは 富 と んでいるのだ)。また、ユダヤ 人 じん と 自 じ 称 しょう してはいるが、その 実 じつ ユダヤ 人 じん でなくてサタンの 会堂 かいどう に 属 ぞく する 者 もの たちにそしられていることも、わたしは 知 し っている。

しかし、あなたに 対 たい して 責 せめ むべきことが、 少 すこ しばかりある。あなたがたの 中 なか には、 現 げん にバラムの 教 おしえ を 奉 ほう じている 者 もの がある。バラムは、バラクに 教 おし え 込 こ み、イスラエルの 子 こ らの 前 まえ に、つまずきになるものを 置 お かせて、 偶像 ぐうぞう にささげたものを 食 た べさせ、また 不品行 ふひんこう をさせたのである。 同 おな じように、あなたがたの 中 なか には、ニコライ 宗 しゅう の 教 おしえ を 奉 ほう じている 者 もの もいる。 だから、 悔 く い 改 あらた めなさい。そうしないと、わたしはすぐにあなたのところに 行 い き、わたしの 口 くち のつるぎをもって 彼 かれ らと 戦 たたか おう。

しかし、あなたに 対 たい して 責 せめ むべきことがある。あなたは、あのイゼベルという 女 おんな を、そのなすがままにさせている。この 女 おんな は 女 おんな 預言者 よげんしゃ と 自 じ 称 しょう し、わたしの 僕 しもべ たちを 教 おし え、 惑 まど わして、 不品行 ふひんこう をさせ、 偶像 ぐうぞう にささげたものを 食 た べさせている。

わたしはあなたのわざを 知 し っている。あなたは 冷 つめ たくもなく、 熱 あつ くもない。むしろ、 冷 つめ たいか 熱 あつ いかであってほしい。 このように、 熱 あつ くもなく、 冷 つめ たくもなく、なまぬるいので、あなたを 口 くち から 吐 は き 出 だ そう。 あなたは、 自分 じぶん は 富 と んでいる、 豊 ゆた かになった、なんの 不自由 ふじゆう もないと 言 い っているが、 実 じつ は、あなた 自身 じしん がみじめな 者 もの 、あわれむべき 者 もの 、 貧 まず しい 者 もの 、 目 め の 見 み えない 者 もの 、 裸 はだか な 者 もの であることに 気 き がついていない。

すべてわたしの 愛 あい している 者 もの を、わたしはしかったり、 懲 こ らしめたりする。だから、 熱心 ねっしん になって 悔 く い 改 あらた めなさい。

この 巨大 きょだい な 龍 りゅう 、すなわち、 悪魔 あくま とか、サタンとか 呼 よ ばれ、 全 ぜん 世界 せかい を 惑 まど わす 年 とし を 経 へ たへびは、 地 ち に 投 な げ 落 おと され、その 使 つかい たちも、もろともに 投 な げ 落 おと された。 その 時 とき わたしは、 大 おお きな 声 こえ が 天 てん でこう 言 い うのを 聞 き いた、「 今 いま や、われらの 神 かみ の 救 すくい と 力 ちから と 国 くに と、 神 かみ のキリストの 権威 けんい とは、 現 あらわ れた。われらの 兄弟 きょうだい らを 訴 うった える 者 もの 、 夜昼 よるひる われらの 神 かみ のみまえで 彼 かれ らを 訴 うった える 者 もの は、 投 な げ 落 おと された。 兄弟 きょうだい たちは、 小羊 こひつじ の 血 ち と 彼 かれ らのあかしの 言葉 ことば とによって、 彼 かれ にうち 勝 か ち、 死 し に 至 いた るまでもそのいのちを 惜 お しまなかった。

わたしはまた、もうひとつの 声 こえ が 天 てん から 出 で るのを 聞 き いた、「わたしの 民 たみ よ。 彼女 かのじょ から 離 はな れ 去 さ って、その 罪 つみ にあずからないようにし、その 災害 さいがい に 巻 ま き 込 こ まれないようにせよ。

また、おまえの 中 なか では、あかりもともされず、 花婿 はなむこ 、 花嫁 はなよめ の 声 こえ も 聞 き かれない。というのは、おまえの 商人 しょうにん たちは 地上 ちじょう で 勢力 せいりょく を 張 は る 者 もの となり、すべての 国民 こくみん はおまえのまじないでだまされ、

しかし、 獣 けもの は 捕 とら えられ、また、この 獣 けもの の 前 まえ でしるしを 行 おこな って、 獣 けもの の 刻印 こくいん を 受 う けた 者 もの とその 像 ぞう を 拝 おが む 者 もの とを 惑 まど わしたにせ 預言者 よげんしゃ も、 獣 けもの と 共 とも に 捕 とら えられた。そして、この 両者 りょうしゃ とも、 生 い きながら、 硫黄 いおう の 燃 も えている 火 ひ の 池 いけ に 投 な げ 込 こ まれた。

彼 かれ は、 悪魔 あくま でありサタンである 龍 りゅう 、すなわち、かの 年 とし を 経 へ たへびを 捕 とら えて千 年 ねん の 間 あいだ つなぎおき、 そして、 底 そこ 知 し れぬ 所 ところ に 投 な げ 込 こ み、 入口 いりぐち を 閉 と じてその 上 うえ に 封印 ふういん し、千 年 ねん の 期間 きかん が 終 おわ るまで、 諸 しょ 国民 こくみん を 惑 まど わすことがないようにしておいた。その 後 のち 、しばらくの 間 あいだ だけ 解放 かいほう されることになっていた。

そして、 彼 かれ らを 惑 まど わした 悪魔 あくま は、 火 ひ と 硫黄 いおう との 池 いけ に 投 な げ 込 こ まれた。そこには、 獣 けもの もにせ 預言者 よげんしゃ もいて、 彼 かれ らは 世々 よよ 限 かぎ りなく 日夜 にちや 、 苦 くる しめられるのである。

しかし、おくびょうな 者 もの 、 信 しん じない 者 もの 、 忌 い むべき 者 もの 、 人殺 ひとごろ し、 姦淫 かんいん を 行 おこな う 者 もの 、まじないをする 者 もの 、 偶像 ぐうぞう を 拝 おが む 者 もの 、すべて 偽 いつわ りを 言 い う 者 もの には、 火 ひ と 硫黄 いおう の 燃 も えている 池 いけ が、 彼 かれ らの 受 う くべき 報 むく いである。これが 第 だい 二の 死 し である」。

しかし、 汚 けが れた 者 もの や、 忌 い むべきこと 及 およ び 偽 いつわ りを 行 おこな う 者 もの は、その 中 なか に 決 けっ してはいれない。はいれる 者 もの は、 小羊 こひつじ のいのちの 書 しょ に 名 な をしるされている 者 もの だけである。

犬 いぬ ども、まじないをする 者 もの 、 姦淫 かんいん を 行 おこな う 者 もの 、 人殺 ひとごろ し、 偶像 ぐうぞう を 拝 おが む 者 もの 、また、 偽 いつわ りを 好 この みかつこれを 行 おこな う 者 もの はみな、 外 そと に 出 だ されている。

この 書 しょ の 預言 よげん の 言葉 ことば を 聞 き くすべての 人々 ひとびと に 対 たい して、わたしは 警告 けいこく する。もしこれに 書 か き 加 くわ える 者 もの があれば、 神 かみ はその 人 ひと に、この 書 しょ に 書 か かれている 災害 さいがい を 加 くわ えられる。 また、もしこの 預言 よげん の 書 しょ の 言葉 ことば をとり 除 のぞ く 者 もの があれば、 神 かみ はその 人 ひと の 受 う くべき 分 ふん を、この 書 しょ に 書 か かれているいのちの 木 き と 聖 せい なる 都 みやこ から、とり 除 のぞ かれる。

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KOG1955 - Kougoyaku Senji Kuroi Colloquial - 1955

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